タイトル:【虐/愛】 里親さんを探しているデス(1)
ファイル:里親さんを探しているデス1.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4710 レス数:1
初投稿日時:2007/01/08-05:00:56修正日時:2007/01/08-05:00:56
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■プロローグ、あるいは『実SAW』



仔実装と呼ぶには大きすぎ、成体実装ほどには育っていない実装石が、
わずかな明かりの下で目を覚ました。
月明かり程度の照度でも不自由しない野良実装ならともかく、
彼女にとっては光源が遠すぎた。
暗がりの中、大の字に寝ていること以外、
今どこにいて、自分がどういう状態かさえ把握できない。

もし、彼女に野生の本能が十分に残っていれば、
自分以外の糞と血のかすかな臭いを嗅ぎ取っていた筈だった。
だが、自分の糞と血の臭いが、中実装の嗅覚を占有していた。

自分は糞をもらしてしまったのか?
怪我をして血を流しているのか?
粗相をしてしまったのではないか?
──そんなことじゃ、里子実装は失格テス。
それが、目覚めた中実装が最初に考えたことだった。
そして否応なく、できれば思い出したくない記憶が脳裏によみがえった。
こうなる前、自分はご主人様を──「おおママ」を怒らせてしまったテス。

「ごめんなさい」をしなければ。
そう思い、中実装は立ち上がろうと右手に力を込めた。

「デッ!!」

思わず悲鳴を上げる。
右手に激痛が走ったのだ。
掌に当たる部分の中心に太い釘が打ち込まれ、床に固定されていた。

「テェッ!?」

中実装はもう一度悲鳴を上げた。
動かそうとすると、容赦なく釘が傷口を刺激する。
引き抜こうにも釘の頭が大きく、自分の力ではどうしようもなかった。
右手は全く床に打ちつけられており、わずかでも動かそうとすれば、
脳天に突き刺さるような痛みが右手から駆けてきた。

「テェーン、テェーン」

どうしてよいかわからず、ついに中実装は寝転がったまま泣き出してしまう。
おおママ、怒らせてしまってごめんなさい。
ワタチが悪いんテス。
「ごめんなさい」するから、ここから出してほしいテス。
中実装は泣きながら、心の中でそう叫んでいた。

たっぷり十分ほど泣いただろうか。
涙腺内に流れ込んだ血涙も果て、涙の色もしまいに透明になった。
その涙も枯れ、中実装はしゃくり上げるようになった。

「ヒック、ヒック。おおママ、どうして何も言ってくれないテス?
ワタチのこと、怒ってくださいテスーッ!」

中実装は叫んだ。
反応を期待して、右耳をピクピク動かす──折れた左耳はもともと動かない。
しかし、物音一つ聞こえなかった。

右手の怪我を刺激しないよう、そろりと上半身を起こして座った。
首に巻かれたドッグ・タグが引っ張られた。
左手で届く範囲で頭の後ろをまさぐると、
ドッグ・タグに針金のようなものが結ばれていることがわかった。
力任せに引っ張っても、中実装の力ではびくともしなかった。

ドッグ・タグは中実装のものだった。
「おおママ」の家で暮らすようになってから、プレゼントされたものだ。
金属製で、タグには迷子になっても困らないように、
名前と連絡先、それに家族になった記念日が彫られていた。
彼女にとってはおおママとの絆であり、一番の宝物であった。
枯れたはずの涙がにじんできた。

左手で涙を拭った。
すると暗がりになれてきた目が、床の上、
長さ二十センチほどの棒状の何かが転がっているのを捉えた。

手を伸ばせば届きそうだ。
中実装は這いつくばって左手を伸ばす。
辛うじて手の先が何かに触れる。
あと少し。
右手が痛み、首を針金に引っ張られるのを承知で、体を思いっきり伸ばす。
再生しかけの右手の細胞組織が悲鳴を上げ、額に汗がにじむ。
どうにか届いた。

それを掴み、自分のほうに引っ張る。
紐のようなもので壁につながっていたが、簡単に紐が壁から抜けた。

痛みに耐えた自分を労うかのように、中実装はゆっくりと姿勢を戻す。
左手で掴んだものは、見たことのない道具だった。
中実装が持つには、やや重い。
持ち手の部分はプラスチック製だが、その先は鋭利だ。

「テチャッ!」

刃先に熱を感じ、思わずそれを──ホットナイフを放り出す。
中実装が掴み取るまで、壁のコンセントにつながれていた。

「目覚めたようだね」

天井から声がして、中実装はテギャッと悲鳴を上げて驚く。
実装リンガルが合成する機械的な音声が続ける。

「ミミ、俺は知れば知るほど、実装石を嫌いになったんだ」

「お、おおママテス? さっきはごめんなさいテス。
ワタチが悪かったんテス、許して欲しいテス」

ミミと呼ばれた中実装は、音がする暗闇に顔を向け、精一杯声を上げた。
生みの親を「ママ」と呼ぶのに対し、育ての親に当たる飼い主のことを
「ママママ」「ニンゲンママ」「大きなママ」などと実装石は呼ぶ。
ミミは「おおママ」と呼んでいたのだ。

「そんな気持ちの悪い呼び方はやめてもらいたいな」

男は、ぷっと吹き出した。

「本当に、お前たち実装石は自分の立場というものをわきまえない生き物だな」

「ごめんなさいテス。
ミミのことを嫌いにならないて欲しいテス」

中実装の懇願を男は無視する。

「実装石の中でも、最悪なのは里子実装だということに気づかされたよ。
なあ、野良は命がけで託児を行い、
飼い実装は商品になるまで死に物狂いで努力し、買われなかったら保健所送りだ。
それなのに里子実装はインターネットで里親探しってか?」

「何言っているか、わからないテス。
ミミはおおママのことが大好きなんテス」

男は、実装石の存在そのものが悪なのだと、心の中で呟きながら言葉を続けた。
ミミの言葉を封じるように、必要以上に大きな声を出す。

「そこで俺はこう思うようになったんだ。
里子実装には再教育が必要だってね。
自分がどれだけ恵まれた環境にいるか、少し知っておくほうがいい。
そうすれば里親に少しは感謝するようになるだろうよ」

「ワタチ、もう一回、勉強するテス。
どんなことでも覚えるから、頑張るから、おおママと一緒に暮らしたいテス」

右手の痛みも忘れ、ミミは必死に訴えた。

「結構、結構。
じゃあ、これからいくつかゲームをしよう」

「ゲームテス?」

「そう、ゲームだ。
このゲームを全部クリアできれば、お前は今までどれだけ恵まれていたか、
実装石は生かされているというだけでどれだけ幸せか、学ぶことができるだろう。
そうすれば、今よりもっと賢くなれる」

「本当テス? ミミは賢くなれるテス?
おおママは喜んでくれるテス?」

ミミは瞳を潤ませて言った。
「賢くなれる」という言葉に反応したのだ。

良かった、おおママは本当は怒っていないんだ。
自分の至らぬところを矯正してくれようとしているんだ。
おおママが喜んでくれるなら、ワタチは何だってしてみせるテス。

「その代わり、ゲームに失敗したらお前は死ぬ」

「デッ!?」

「そう、これは命を賭けたゲームなんだ。
今から十数えたら、首に巻いている電線のスイッチを入れる。
それまでに右手を切り離せばお前は生きていられる。
しかし右手がつながったままだとお前の体内を高圧電流が流れて、
ミミちゃんの黒焦げトーストのでき上がりだ」

「デデッ!?」

「助かるためには、目の前にあるナイフで右手を切り落とすしかない」

「い、いやテス。
そんなことできないテス。
右手がなくなったら、もうお絵描きができないテス」

「おい、野良実装は食うや食わずの生活を送っているんだぞ。
下手糞な絵が描けなくなるくらいで何だ?」

ミミは、言葉を詰まらせた。
そして思い直す。
右手を切るのは辛い、けれど少し痛い思いをすれば、後で再生するのだ。
そうしたら、また絵を描けばいい。
そんな実装石の浅知恵を、男の笑い声が吹き飛ばす。

「わかっていると思うが、それはホットナイフだからな。
切断面は焼き潰され、再生することはない。
お前は右手を永遠に失うんだ」

「いや、そんなのいやテチ」

語尾を仔実装に戻して、ミミはいやいやをする。

「嫌なら嫌でいいんだ。
お前の代わりなんて、いくらでもいるんだからな。
何、右手を失う代わりに生きていられる喜びを学べるんだ。
安いものだろう」

「い、いやテチ」

十までなら、数くらいは数えられるだろう? 始めるよ。
十、九……」

男は一方的に言い放った。
その言葉が真実であるなら、首輪と釘とに結びつけられている電線に、
間もなく高圧電流が流されることになる。
もちろん、ミミには何のことかはわからないが、
男が嘘を言っているようには思えなかった。
それに、「代わりがいる」という言葉が、ミミを憔悴させた。

左手で、床に落としたホットナイフを拾った。
右手に当てようとして、躊躇う。
これまで描いてきた絵、それを見て喜んでくれるママ。
頭を撫でてくれた、おおママ。
右手を失えば、そんな楽しい思い出も霧消してしまうように思えた。

できない。

「四、三……」

けれど、死んでしまえば二度とママにも、おおママにも会えなくなる。

「二」

刃を右手に当てた。
じゅっという音がして、たちまち嫌な臭いと煙が上がる。
反射的に左手を離そうとする。

「一」

離れようとする左手を、ミミは全体重で押さえつけた。
右手がなくなっても、そのぶんミミが賢くなったら、
おおママは喜んでくれるよね?

「テッテチャアアアアアアアッ!
アアアアアアッ、デヂュアアアアアアアアッ!
テッテッ、テヂュアアアアアアアアッ!」

中実装の絶叫と肉を焦がす臭いが、狭い空間を満たしたのだった。





■『里親さんを探しているデス』(一)



一、



適切な語句を検索エンジンに与えてやることで、
男は目的のwebサイトにすぐにアクセスできた。

『実装石里親募集中』

それがwebサイトのタイトルだった。
素人による手作り感の漂うシンプルなデザインではあったが、
それがユーザーに親しみやすさを与えてもいた。

そこは何らかの事情により飼えなくなった実装石、
あるいは保護された不幸な実装石と、
実装石を飼いたいという奇特な人との出会いの場である。
自分が住んでいる地方、都道府県を選択すれば、里親募集情報が表示される。
里子になる実装石の写真と簡単なプロフィールが書かれている。
男が検索した都道府県には百件近い情報が寄せられていた。

意外なことに、供給より需要のほうが大きかった。

まず、実装石飼い初心者に、里親システムは人気があった。
ペットショップで販売されている売り実装は高額だが、
里子なら、ワクチン接種にかかる費用を除けば、原則として無料である。
そして、売り実装並みに人懐こくて賢い。
中には手に負えない糞蟲級もいる
(多くの場合、プロフィールに「ちょっと甘えん坊」とか
「やんちゃな仔です」などと書かれている)が、
親実装が里親システムを理解していれば、仔実装に因果を含めて育てている。
最低限の躾はできているので、初心者にも飼いやすいのだ。

そして、好ましからざる人物がこれを利用することもあった。
実験用動物を扱っている業者と、虐待目的で応募する者である。
これは愛護派にとって許されざる行為であり、
そうした事実が発覚してからというもの、
サイト管理者は応募者の身分照会を徹底するようになった。
もちろん、それでも抜け道はあり、完全とは言えなかったが。
それに、最初はそのつもりではなくても、躾けの度が過ぎ、
気がつけば虐待派と言われても仕方ない里親もいた。

業者や虐待派を排除しても、まだ需要のほうが大きかった。
それは厳密な意味での供給量が少ないからでもあった。
里親を希望する者は、当然、賢い仔実装を欲しがる。
明らかに教育が施されていないような、
馬鹿面を下げた仔実装に引き取り手は現れない。
賢そうに見えても、先天的な障害を持つ仔実装も敬遠された。
親の素性がはっきりしない仔実装も不人気だった。

そうすると、必然的に一部の仔実装に人気が集中する。
競争率が二桁になることも珍しくなく、その時は面談の上で引き取り先が決まった。
一方で、里子に出される仔実装は陸続と現れるので、
応募する者は気に入った仔実装が手に入るまで、待つことができたのである。

などという情報を、男は実装石の専門誌『実装石の手帖』、
通称『実手』で学んでいた。

男はいわゆる愛護派でも、虐待派でもなかった。
ペットに興味のない人間にとっては犬猫すら、
意識しない限り存在しないのと同じように、男にとっての実装石もそうだった。
あえて言えば「無関心派」ということになるだろうか。

実装石との出会いは、全くの偶然だった。
あるwebサイトでその存在を知り、多くの人の観察日記、
あるいは飼育日記を読み、俄然、興味を抱いたのだった。
そうすると、不思議なもので日常生活の中で実装石の存在を意識し始める。
マンションのゴミ捨て場で、駅前のコンビニエンス・ストアで、
近所の公園で実装石を見かけた。
いつもなら無視して通り過ぎるところを、立ち止まって観察するようになった。

悪臭を放ち、媚びるか威嚇してくるかしかしない野良実装は、
なるほど駆除する必要があるし、カラスよけにカラスの屍骸を使うように、
野良実装の増長を抑制する上でも、虐待は意味のあることと思えた。

その一方、よく躾けられた飼い実装は、非常に好ましい存在に感じられた。
飼い主と良好な関係を築いている飼い実装を見るにつけ、
自分でも飼ってみたいという欲求が湧き出てきた。
さすがに実装石を使って性欲を解消する気にはなれなかったが、
一人暮らしの生活を潤してくれるのではないか、そう思えたのである。

幼馴染みが実装石を飼っていることを思い出し、男は相談を持ちかけた。

「別れた彼女の代わりに実装石を飼うってのは賛成しかねるな」

幼馴染みはそう返した。
男がつき合っていた女性と別れたばかりというのは事実である。
この幼馴染み、柔道の黒帯を持ち、見るからに強面だが実装石を寵愛している。
そのギャップを笑いのネタにしたがる向きも多かったが、
当人を前にして、面と向かって言える者はいなかった──男を除いて。

「お前じゃあるまいし。
子供の頃、犬を飼っていたしさ、もともと動物が好きだし、
一人暮らしでも面倒のないペットを飼いたくなってさ」

「実装石を飼うの、思ったより楽じゃないぞ」

「いや、でも、お前のところ楽しそうじゃないか」

「これはこれで苦労があるんだぜ。
ウチのグリュン、俺が仕事に行っている間は一人で留守番しているけどな、
本当はすごい寂しがり屋なんだ。
俺が帰宅すると気丈にも『お帰りなさいませデス』なんて出迎えてくれるけど、
本当は抱っこして欲しくてたまらないんだ。
だからたまに一緒に風呂に入って……」

「のろけは結構」

この幼馴染みの進言もあって、男は里子を探すことに決めたのである。
グリュンとは幼馴染みが中学生の頃から飼っている実装石であり、
一人暮らしを始めた大学時代の四年間は離れ離れだったが、
就職を機に、再び幼馴染みと一緒に暮らすようになった。
できる範囲は限られているが、一通りの家事をこなすので、
端から見れば、さながら世話女房のようだった。

「グリュンに仔がいれば里親になってもらうところだけど、
もう妊娠する年齢でもないからなあ。
ま、初めて実装石を飼いたいっていうなら、里親募集に応じるのが一番かな。
最低限の躾けができているから、お前のような入門者向きだ」

「躾けしなくてもいいってことか」

「いや、それはない。
下の始末や着替えとか、最低限のことはできるだろうが、それまでだ。
飼い主と生活していく上でのルール、これは教え込む必要がある。
それが実装石を飼う醍醐味でもあるんだけどな」

「ふーん」

「実装石と一緒に苦労してな、お互い辛い目を見るわけよ。
それを乗り越えた後に、本当の信頼関係が生まれるんだ。
グリュンの時もな……」

男は咳払いをして幼馴染みの話を制止した。

「ただな、里子は里子なりの難しさってのがあるからな。
それは気をつけたほうがいい。
あと、衝動買いならぬ衝動決めで里子を選ぶなよ。
相性ってのがあるから、じっくり吟味しないと後悔するからな」

電話を切る直前、幼馴染みは言葉を付け加えた。

「どうしてもいい仔が見つからなかったら、俺が良い仔を探してやるからさ。
でも、最初は独力で探せよ」

相変わらずお節介な奴だと、男は聞こえないように言った。



二、



男は三杯目のコーヒーを飲み干し、ふうとため息をついた。
里親募集サイトにアクセスして、かれこれ三時間が経過していた。
一件一件の情報に目を通していると、どうしても時間がかかるのだ。
短い文章の中に、写真からだけではわからない情報が埋もれているので、
どうしても無視することはできない。

例えば──、

─────────────────────────────────────

[掲載番号:J36349]

[登録:2006/12/05]

(携帯電話で撮影したと思われる画像。
男性に抱かれた愛くるしい仔実装。
きょとんとした表情を浮かべている)
××県××市
生後2週間前後

[特徴]
好奇心一杯で、少しやんちゃな性格です。
保護されてからこれまで、愛情一杯に育ててきたので、人馴れしています。

[経緯]
近所の公園に捨てられていた飼い実装です。
ある里親さんに引き取ってもらったのですが、
どうしても飼えない事情が発生したため、戻されてしまいました。
私の家では猫を飼っているために飼えません。里親募集中です。

[その他]
可愛がってくださる方なら、こちらからどこへでも連れて行きます。

[掲載者]
○○○○(女性名) 様

※里親希望の方、及び掲載者へ連絡を希望の方は、メールアドレスをご記入の上、
 アイコンをクリックして下さい。
 掲載者の連絡先をメールいたします。 
 同意事項の確認をお願いします。

─────────────────────────────────────

とまあ、こんな具合である。
この仔実装は写真写りが非常に良く、あどけない表情が何とも可愛らしい。
少し上目遣いなのも今風で、男の気を引いた。

だが、説明文のどこにも躾けに関する記載がなかった。
「少しやんちゃな性格」も引っかかった。
しかも、どんな事情があったかはわからないが、最初の飼い主に捨てられ、
里親からも返品を喰らっているのである。
また、「どこへでも連れて行きます」という記述からは、
応募者がいれば誰にでも押しつけてしまおうという印象を受けてしまう。

これは手を出さないほうがいいな、と思って画面をスクロールさせる。

─────────────────────────────────────

[掲載番号:J34649]

[登録:2006/11/01]

(茶髪の少女に抱かれた仔実装。
仔実装の髪の毛も脱色されており、写真からもひどく痛んでいるのがわかる。
実装服も食べこぼしなどで極めて汚れている。
ピースサインを出して一緒に写る娘が痛々しい)
××県××市
生後3週間前後

[特徴]
マジ最高? の実装石。
ペットショップなら10万円のところを、特別にサービスするZE。

[経緯]
亜理紗の娘。6匹いるから世露死苦。

[その他]
たくさんの応募、待ってるZE。

[掲載者]
○○○○(男性名) 様

(以下、サイト運営者が用意したテンプレートの注意書きが続く)

─────────────────────────────────────

まあ、あれだ。
実装石より頭の悪い人種のようだ。
検討する余地もなかった。

─────────────────────────────────────

[掲載番号:J36226]

[登録:2006/12/20]

(親指実装が蛆実装を抱え、こちらを見ている写真。
他に、二匹が一緒にご飯を食べていたり、
親指が蛆実装のお腹をマッサージしている写真も)
××県××市
生後1週間以内

[特徴]
妹思いの親指実装と、無邪気な蛆実装姉妹です。
非常に賢く、また人懐っこくもあります。
姉妹の結びつきが強いので、二匹一緒に飼って下さる方を募集します。

[経緯]
近所の公園で倒れているのを保護しました。
発見した当時、既に親の姿はなく、二匹が力を合わせて生きているようでした。
まだ体が小さいのに、親指ちゃんはマラ実装の襲撃から蛆実装を守ったりと、
頑張って生きている姉妹です。

[その他]
写真多数用意してあります。
http://XXX.YYY.ne.jp/ZZZZ
にアクセスしてみてください。

[掲載者]
○○○○(女性名) 様

※頑張って生きている姉妹です。
 絶対に虐待はしないでください。
 (以下、テンプレートの注意書き)

─────────────────────────────────────

男はこの姉妹に興味を持った。
親指実装は蛆実装並みに脆弱な生き物であり、
初めて飼育するのに適しているとは言えなかった。
しかし、その二匹が力を合わせて生きているということに胸を打たれた。

問い合わせのボタンをクリックしようとして気づいた。

「既に大勢の方からお問い合わせをいただいており、
現在は新規のお問い合わせをご遠慮しております」

ボタンの代わりに、そう注意書きされていた。

まあ、そうだよな。
男はため息をついた。
実装石初心者の自分でも気を引かれるくらいの姉妹なのだ、
引く手あまたに違いない。

諦めて、男は別の情報に目を移す。

「浄化槽で保護した仔実装(禿裸)です。
胸に傷跡もあります。
本来は算数もできる賢い仔のようですが、とても人間を恐れています。
また長い間、浄化槽で暮らしていたようで臭いが取れません。
心優しい方、里親になってください」

これは敷居が高い、高すぎる。

他の情報も当たってみたが、初心者である自分でも飼えそうな仔実装の多くは
引き取り先が既に決まっており、難易度の高そうなものが多かった。
えいやで決めてしまってもいいかと思い始めたが、
「衝動決めはするな」との幼馴染みの言葉が思い起こされる。

明日の仕事に差し支えるといけないから、今日は終わりにしよう。
出会いは縁のもの、今日は縁がなかったのだ。

そう自分に言い聞かせ、マウスのホイールを人差し指でぐるりと転がした。
ブラウザの画面が勢いよく上に流れていく。
そうして無作為に表示された画面に目を奪われた。
ぽかんと、阿呆のように口を開いて説明文を読む。
読み終わると同時に、問い合わせのボタンをクリックしていた。

─────────────────────────────────────

[掲載番号:J36116]

[登録:2006/12/20]

(あどけない笑顔を浮かべる仔実装の写真。
知性的な顔立ちをしているものの、ボールに抱きついてる写真、
授乳中の写真は何とも無邪気な表情をしている。
が、彼女は左耳が折れ伏せており、それがマイナス要因になっていた)
××県××市
生後2週間

[特徴]
非常に賢い飼い実装の仔です。
基本的な躾けはできており、里子に出されることを本人も自覚しています。
頭も良く、人懐っこい仔で、手間もかからないと思います。
ただ、少しママへの依存心が強いかもしれません。
左耳は、産まれた時の事故で曲がっていますが、聴力は並みです。

[経緯]
ペットショップのお客さんからの依頼です。
飼い主さんは妊娠を望んでいなかったのですが、産まれてしまいました。
仔実装を飼い続けることができないため、里子に出します。
お姉ちゃん2匹は既に貰い手が決まりました。
心優しい方、よろしくお願いします。

[その他]
ワクチンの接種は、現在の飼い主さんが負担してくださるとのことです。

[掲載者]
ペットショップ G-SAW 様

※終生、責任もって世話をして下さる方、
 成体実装になるまで(鳴き声で「デス」になるまで)、
 毎月一回の面会に同意して下さる方の応募をお待ちしています。
(以下、テンプレートの注意書き)

─────────────────────────────────────

男はこの仔実装に、どこか運命的なものを感じていたのだった。



三、



数日後、男のもとにペットショップ「G−SAW」からメールが届いた。
ついては、今の飼い主と面談をしてもらって詳細を決めたい、とのことだった。
委細承知しました、と返信した。

G−SAWは最寄り駅で言えば二つ離れていた。
駅から五分ほど歩いたところにある、スーパーマーケットの向かいの店だ。
犬猫主体の店なら子犬、子猫などが看板に描かれているところだが、
この店では仔実装のイラストが使われていた。

自動ドアをくぐった男は、店の奥にあるケージを見つけると、
興味本位で真っ直ぐにそちらへ向かった。
各ケージの仕切りには仔実装が一匹ずつ収められている。
スピスピと寝息を立てて眠っているものもいれば、
壁にスポンジボールをぶつけて一人遊びをしているもの、
男の姿を認めると、テチテチと近寄って、ペシペシとガラス扉を叩くものがいた。
その音で目覚めたのか、眠っていた仔実装がむっくりと起きると、
男を見て、しきりに興奮してテチテチ鳴き始めた。

「ワタチを見るテチ、ワタチを見るテチ。
この可愛いワタチを飼うテチ。
損はさせないテチ」

そんなことを言っているのだが、リンガルを持たない男には、
「テチテチ、テチィーン」としか聞こえない。
男はその仔実装に目線を合わせるためにしゃがみ、指でこつこつとガラス扉を叩く。
その指に、仔実装が手を合わせた、
男が指を横に動かすと、仔実装も必死になって手を横に動かす。

「離さないテチ、その手を離さないテチ」

「はは、可愛いなあ」

男は目を細めて仔実装を見やった。
男が指でゆっくりと円を描くと、仔実装もそれに合わせて手をぐるりと回す。
少しいじわるをしてやろうと、仔実装の背より高い位置に指を動かす。
仔実装はジャンプしてその指を追いかけるが、わずかに届かなかった。
着地した時に足を滑らせ、「テビャッ」と声を上げて背中から倒れる。

「仔実装をお求めですか?」

背後から声をかけられ、驚く男。
振り返ると、エプロンをつけた女性店員が立っていた。

「え、ええ。あの、実は里親募集サイトで応募した者なんです」

「ああ!」

思わず声を上げた女性店員の顔に、安堵の表情が浮かんだ。
その理由に思い至らぬ男は、次の言葉を待った。

「間もなく飼い主さんが来られますから、こちらでお待ちください」

そう言って、バックヤードのほうを手で示す。
男は立ち上がり、女性店員の言葉に従った。

「実装石を飼うのは初めてでしたよね?
だったらこの臭い、辛いんじゃないですか」

「いえ……はい」

ガラス扉越しには全く気にならなかったが、ケージの裏に回ると、
実装石の臭いに頭がくらくらした。
ペットショップの子犬や子猫がそうであるように、仔実装もまた、
どんなに清潔にしたところで、獣の体臭を消すことはできなかった。

「思ったより、臭うものなんですね」

「でも、ちゃんとお風呂に入れて、清潔にしてあげれば大丈夫ですよ。
ここは数が多いので、どうしても臭いがしてしまいますが、
室内飼いの犬猫と比べれば臭いは少ないほうです」

「はあ、そうなんですか」

「ただ、フンの臭いが強烈なので、餌には注意してくださいね。
雑食性なので何でもかんでも食べてしまいますが、
人間と同じものを食べさせると、その、人間と同じような臭いがしますから」

「あ、それは本で読みました。
栄養的にバランスが取れていて、フンの臭いも軽減できるので、
実装フードを食べさせるのが一番だって」

男は、ケージの中の仔実装の変化に気づいていた。
先ほど、ガラス越しに手を合わせていた仔実装は、
男が客でないことを悟ると、寝転がり、男に尻を向けて放屁をした。
他の仔実装たちも男は眼中にないようで、
世話にしてくれる女性店員に向かってテチテチと鳴いている。
女性店員はちらと実装リンガルの表示を見て、仔実装たちを叱る。

「ご飯はさっきあげたでしょ。
決められた時間以外はご飯はあげられません」

「お腹すいたテチー! ニンゲン、いいからご飯持ってこいテチ!」

聞き分けのない仔実装が一匹いた。
女性店員は間髪入れず、がしゃんとケージを叩いた。
一瞬で鳴き声が止んだ。
男も驚いて言葉をなくした。

「驚かせてご免なさい。
でもこの仔たち、まだ躾けの最中なの。
実装石はちょっと甘い顔を増長するから、厳しく躾けないといけないんですよ」

女性店員はそう言いつつ、文句を言っていた仔実装の処分を考え始めていた。

「ごめん下さい」

一人の老婦人が、実装石を連れて店内に入ってきた。
その実装石は、片耳が折れた仔実装を手に抱いていた。



  ※



狭いバックヤードの中、椅子に座った男と老婦人が向かい合う。
親実装は老婦人の傍らに立ち、品定めするように男を見ていた。
仔実装は親実装にべったり抱きつきながらも、ちらちらと男のほうを見る。

老婦人の態度は良く言えば凛とした、悪く言えば冷たいものだった。
男は、射すくめられるような視線を感じた。

「まいったな」

内心ではそう思っている。

「たかが実装石を引き取るのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだ」

心の中で毒づきながら、

「あなた」

と老婦人に声をかけられると、

「ハイッ」

と、背筋を伸ばして返事をする。
実際のところ、男は生真面目で、小心者だった。

「失礼ですが、お仕事は何をなさっているの?」

老婦人は根掘り葉掘り、男のことを尋ねた。
この場の主導権を完全に握られた男は、馬鹿正直にありのままを答えていった。
いや、聞かれないことまで、自分のことを話した。
曰く、普通の会社員であること。
仕事はそれなりに忙しく、残業をする日もあること。
役職者になったばかりで、給与はそれなりであること。
一人暮らしであること。
住んでいるワンルーム・マンションはペット飼育が許可されていること。
子供の頃、犬を飼っていたこと。
その犬は子犬の頃から育て、老衰で死ぬまできちんと世話をしたこと。

「ペットが傍にいると、癒されるんですよね」

男は言った。

「だったら、人間の彼女をつくったほうが良いんじゃなくて。
彼女に癒してもらうほうが良いでしょう」

「それがこの前、振られ……、いや、別れたばかりで」

言って、男はしまったと思った。
それではまるで、彼女に振られてできた心の隙間を埋めるため、
実装石を飼おうと言っているようなものじゃないか。

老婦人はぷっと噴き出すと、声を上げて笑い始めた。
初めて見せる笑顔だった。
つられて男も笑い出す。

「あなたって、本当に正直な方ね」

「は、はあ」

「じゃあ、実装石を飼うのは、その寂しさを紛らわせるため?」

「もしかするとそういう気持ちもあるかもしれませんが、それだけじゃないんです。
ペットとの関係は、飼い主が一方的に癒されるだけじゃありません。
癒してくれる代わりに、そいつのために頑張ろうという気になれるんです。
うまく言えませんが、パートナーみたいなものでしょうか。
お互い、依存するのは良くないと思うんです。
共生できる関係を築きたいと考えています」

老婦人は言葉を挟まず、笑顔を男に向ける。
軽く頷いて言葉を促す。

「実装石と犬とは違います。
犬以上に感情を持つ生き物と暮らすのは、大変なことだと覚悟しています。
だから、僕に飼われて幸せになるとは断言できません。
でも、お互いに努力して、さっき言った『共生できる関係』を築ければ、
他の動物ではできないような絆がつくれると思うんです」

老婦人は黙って頷いた。
先ほど女性店員が使ったのと同じ機械──実装リンガルをバッグから取り出すと、
親実装に話しかけた。
親実装は「デス」「デスゥ」と興奮気味に鳴き、ぶんぶんと頭を縦に振る。

「この人はとっても良い人のように感じるデス。
きっとこの仔を立派に育ててくれるデス」

リンガルにはそう表示されていた。

「じゃあ、決まりね」

「ワタシもグランマの意見に賛成デス。
お前はどうデス? あの人がお前の里親さんになるデス」

「……テチィ。よくわからないテチ。
ママと離れるのは恐いテチ」

「デ、デェ。駄目デス! ちゃんと教えられた通りにするデス。
お前はワタシと一緒には暮らせないデス。
それはわかっていたはずデス」

「そうだけど……テチィィィ」

仔実装は親実装の胸に顔を埋める。
親実装はそんな仔実装の頭を優しく撫でた。

「離れていても、ワタシはお前のママデス。
あの人はきっと良い人デス。
グランマもそう言っているデス。
あの人と一緒に暮らして、立派な実装石になるデス」

「チィ……。わかったテチ」

男は、親実装と仔実装が「デスデス」「テチテチ」言い合うのを眺めていた。
やっぱり、親子で引き裂かれるのは辛いものなのだろう。
そう思うと、少し罪悪感を覚えないでもなかった。
しかし、この老婦人も事情があって里子に出すのだ。
自分が気に病むことはないだろう。

親仔実装が鳴き止み、家族会議が終わった。
老婦人が男に向き直り、口を開いた。

「この仔を、よろしくお願いします」

椅子から立ち上がって頭を下げた。
親実装も頭を下げる。
親実装は抱きついている仔実装の頭を押さえて、お辞儀をさせる。
男は予想外のことに驚き、弾かれたように立ち上がり、

「こ、こちらこそ」

と言って深々と頭を下げた。

「そうと決まれば話は早いわ。
いつからお世話になれるかしら?」

「僕のほうはいつからでも」

「じゃあ、善は急げね」

そう言って、老婦人は親実装の背中をぽんと叩いた。
親実装は男の目に見つめながら、一歩一歩、ゆっくりと歩み寄った。
最後の最後まで、男の人となりを確かめようというつもりだった。
それは仔を託そうという親として、至極当然の行為だった。
一歩進むごとに、仔実装の体が強張っていくのがわかる。
仔実装は声にこそ出さなかったが、心の中で「いやテチ」を連呼していた。

親実装の両手で仔実装の両脇を掴むと、
親実装に抱きつく仔実装の両手に力がこもった。

「……ママを失望させないで欲しいデス」

親実装は小さく呟いた。

「最後に、ぎゅっとして欲しいテチ」

「仕方ない仔デス」

親実装はほんの一瞬だけハグをすると、
仔実装が安心して脱力した隙に両脇を掴み、男のほうに差し出した。
仔実装は親実装に悲しい顔を見せたが、親実装は首を横に振ると、
仔実装の体を百八十度回転させて男のほうに向けた。

飼い実装は野良実装の野性を失う代わりに、人間の感情に敏感だった。
前者が野良生活に必要な──しかし十分ではないスキルとすれば、
後者は人間と一緒に暮らす上で不可欠な能力だった。
まじまじと男を見て、そして震える男の両手に触れられた仔実装は、
瞬時に自分の役割を悟った。

両手にすくわれた格好で座る仔実装は、両手を挙げて万歳のポーズを取り、

「テッチューン」

と甘えた声で鳴いてみせた。

この人の里子になるから、という打算が働いた結果ではない。
少なくとも今は、甘えた態度を取るほうがこの人は喜んでくれる、
そしてそれは自分にとっても嬉しいことだという、
強いて言うなら幼い母性の現れのようなものだった。

事実、緊張して強張っていた男の表情は、
左耳の折れた仔実装と向き合うなり、
たちまち優しいものに変化したのだった。



(続く)

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1 Re: Name:匿名石 2024/07/04-03:48:44 No:00009219[申告]
続きはどこデスァ!!!!?
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