タイトル:【愛】 テチ
ファイル:テチ13(完).txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:5292 レス数:6
初投稿日時:2007/01/05-21:09:33修正日時:2007/01/05-21:09:33
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『テチ』13(完)

■登場人物
 男    :テチの飼い主。
 テチ   :母実装を交通事故で失った仔実装。

■前回までのあらすじ
 街中に響いたブレーキ音。1匹の飼い実装石が交通事故で命を失う。
その飼い実装は、ピンクの実装服の1匹の仔を残した。その名は『テチ』。
天涯孤独のテチは、男に拾われ、新しい飼い実装の生活を始める。
紆余曲折を経ながら、テチと男は互いに信頼を重ね、男の飼い実装となる。
男に淡い恋心を描きながら、テチは男と同じ時を刻んでいく。しかし、
テチに残された刻みの時間は、あと僅かしか残っていなかった。
テチに降された病の名は、『後天性免疫不全症候群』通称:実装AIDSだった。
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【家庭の実装医学より抜粋】

■後天性免疫不全症候群(実装AIDS)
 実装免疫不全ウイルス(JIV)が免疫細胞に感染し、免疫細胞を破壊して
後天的に免疫不全を起こす免疫不全症のことである。

JIVに感染して1〜2週間程度で、全身倦怠、発熱など軽い風邪に近い症状が現れる。
こういった症状に気づいても単なる風邪として見過ごすことも多く、また症状が
出ない実装石もいる。

多くの実装石は上記の感染期を過ぎて症状が軽快し、だいたい数週間〜数年は
無症状で過ごす。この期間は個体差が多く、キャリアでも無発症で生涯を終える
実装石も多い。

発症すると、実装石特有の再生機能であるJ細胞が破壊され、風邪や下痢などの
症状を併発する。その後、JIV感染細胞が体中の主要機関を破壊し、肺炎や癌など
の重病を併発させる。また、JIV感染細胞が中枢神経系組織へ浸潤し、脳の神経細胞が
冒されると精神障害や痴呆、記憶障害を引き起こすこともある。

感染源は、親がキャリアによる先天性要因。また別の乳母からの授乳による2次感染。
またマラ実装などの激しい性交渉による感染が上げられる。

JIVには人には感染はしないため、実装AIDSを発症した実装石を看護する愛護派も
少なくない。だが発症後の致死率は100%を占めるため、安楽死を選択する愛護派も
近年は増えてきている。



◇

 テスゥゥゥゥゥッッ!! テスゥゥゥゥゥッッ!!

「駄目。散歩は中止。外は一杯ばい菌があるんだ。テチは出たら駄目なの」

 テキャァァァァァッッ!! デヂヂーーッ!!  デヂヂーーッ!!

今日は折角の休日。楽しみな公園の散歩の日だ。
玄関先で、外行きの実装靴に履き替えて、鼻をピスピスと言わしているテチを男が制している。

その為、玄関前でテチが癇癪に近い駄々をこねていた。

実装医から実装AIDSを宣言されてから1週間。
テチに大きな変化は見当たらなかった。それも男が細心の注意をテチに施している賜物であった。

通常なら無菌室へ入れて隔離する。
それぐらいの事をしなければならないだろう。

しかし、男にはそのような財力もなければ時間もなかった。
出来得る範囲内で、テチを出来るだけ延命させるための手段を講じるしかない。

幸いインターネットでも、同病で悩んでいる飼い主のサイトがあり、有効な処方の情報や
できるだけ併発病を避ける予防策などのコラムなどもあった。

その中では、他の実装石との接触など避けるために、公園などの散歩は厳禁である旨も書かれていたのだ。

男は心を鬼にしながら、散歩を要求するテチに言いつけ、嫌がるテチをリビングへと連れ戻す。

 チュワッ!? デヂヂーッ!! チャァァァァッ!! デヂヂーッ!!

手の中の暴れ具合からして、テチが病気だなんて嘘のようである。

男はテチに金平糖を与えて、機嫌を宥める。

 テスゥ!! テステスゥーッ!!

金平糖ぐらいでは機嫌は収まらないらしく、次いで与えたプリンで大人しくなる。

 テスゥ〜ン♪ チュワ〜ン♪

甘いプリンを前掛け一杯にべっとりと汚しながら、プリンに興じるテチ。

金平糖であれプリンであれ、栄養価の高い物を摂取してくれる事は、病中のテチにとっていい事である。

食事も、お徳用実装フードから栄養価を重視した実装フードに切り替えた。
味のレベルも格段に上がったらしく、テチは食事時も前以上に食欲を増して、食べてくれるようになった。

そういった男の気配りのためか、テチも病らしい病状も見せず、何時もと変わらぬ元気さを男に見せてくれた。

今日は公園の日だったが、男の陥落にも会い、しぶしぶリビングで遊ぶテチ。
スポンジボールを取り出し、テスーとぺしんぺしんと叩いて遊んでいる。

 テェ…? テェェェッ!! テスゥゥゥゥゥゥッッ!! テスゥゥゥゥゥゥッッ!!

テチがいきなり大声で叫び出す。
リビングで寛いでいた男に近づき、服を引張り始めた。

「なんだ。どうしたんだ、テチ?」

  テスゥゥゥゥゥゥッッ!! テスゥゥゥゥゥゥッッ!!

しきりにリビングの窓を指差し、男に何かを訴えかけている。

「うわ…、道理で冷えると思ったよ」

男は窓の外を見て、思わず叫んでしまう。

 テスゥゥゥゥゥゥッッ!? テスゥゥゥゥゥゥッッ!?

男はテチを抱き上げて、窓の外の景色を見せてあげた。

それは、空から舞い落ちる雪の景色だった。
テチは初めて雪を見るためか、目を白黒させながらチュワッ!? チュワッ!?と顔をしきりに上下させ、
空から舞い落ちる雪を目で追っていた。

「そうか。おまえ、雪見るの生まれて初めてだよな」

 テェ!? テェ!?

「あの白いのが雪。わかるか?」

 チュワッ!! チュワワッ!!

男に抱かれたテチは、引っ切り無しに手を窓の方へと伸ばし、雪を掴む仕草を繰り返す。
そして、掴んだであろう雪を口に運び、もごもごと口を動かしている。

 テスゥゥゥゥッ!! テスゥゥゥゥッ!!

次にテチは、仕切りに出せ出せと男に対して訴えかけている。

「駄目。家で暖かくして大人しくしてなさい」

男は騒ぐテチにきつく言い聞かせ、テチをリビングにそのままに置き、台所へ向った。

今日は、久しぶりの休日である。
溜まっている洗い物や夕餉の仕込など、する事は山程ある。
そんなわけで、風呂の掃除やゴミの始末など、あれやこれやとやっていると気がつけば、
1時間は祐に過ぎていた。

「もうこんな時間か…」

男がリビングへと戻ってくる。

「そろそろ、オヤツの時間かな。テチー、おまえ何食べた… テチッ!!」

 テスゥゥゥゥゥゥ〜♪ テスゥゥゥゥゥゥゥ〜♪

気がつけば、テチは何と下着1枚で、庭を駆け回っていた。

「ば、馬鹿! 何やってんだ!おまえ!」

生まれて初めての雪体験ではしゃぎ過ぎたのか、汗だくになり暑くなったテチは
緑の実装服も脱ぎ出し、下着1枚で目の前の舞う雪をチュワッ!! チュワッ!!と追うのに大忙しだった。

「テ、テチ! 家に戻りなさい!」

 テェッ!? テスゥゥゥゥッ!! テスゥゥゥゥゥッ!!

男によって捕えられるテチ。
男の手の中では、外気温と同じ温度まで下がった汗ぐっちょりのテチが暴れていた。
男は庭に脱ぎ捨ててあった汗びっちょりの緑の実装服と頭巾を手にして、急ぎリビングへと戻る。

「おまえ、どうやって外に…」

 テェ〜 テェ〜

散歩に連れて行けなかった鬱憤を晴らしたのか、リビングで肩で息をするテチ。

見れば、リビングの窓の近くには、孫の手が落ちてある。
それを利用して、どうやらテチはリビングの窓の鍵を開けたらしい。

 テェ〜 テェ〜… クシュンッ!!

男は急いでテチを風呂場へ連れて行き、体を温めてやった。

しかし、後から考えれば、この行為がいけなかった。
テチはその夜から高熱を出し、寝込み始めてしまった。



◇

深夜——

 ェェェ〜〜〜… 

静まり返った深海の底のような真冬の夜。
男の家のリビングで、唸る声が聞こえてくる。

 テェェェ〜〜〜… テェェェェ〜〜〜…

テチであった。
昼間、下着一枚で粉雪舞う外で1時間近く遊んだのが、無理が祟ったのだ。

 テェェェ〜〜〜… エロッ!! エロッ!! ロパァァァァーーー……

高熱で魘され、朦朧とする意識の中、絶えず波のように訪れる嘔吐感。

 テェェェ… テェェェ…

ケロヨンの洗面器に、胃液を何回も何回もぶちまける。

 テェック… テェック… テェェェ〜〜〜…

胃液と共に、テチの瞳から落ちた大粒の涙の雫が、洗面器の中に滴り落ちる。

そのテチの背中を、絶えず擦ってやっているのが男であった。
時計は既に深夜の3時を過ぎている。

医者に宣告されてからは、色々な文献を調べた。
冒頭で述べたインターネットのコミュニティは勿論、専門書も何冊かは購入した。

実装AIDSで怖い物。
それは免疫力が低下した時に発症する併発病に、徐々に患実装の体力を削がれる事である。

通常、健康体の実装石であれば、同じ風邪を引いても体内の再生システムにより
多少の病気も一晩経てば回復する。
腕を切断しても翌日には再生する、その仕組みと同じ事が、発病した病にも言える。

しかし、実装AIDSはその再生システムの元となる免疫性を著しく低下させる病気である。
風邪一つでも、患実装の命に関わる危険性を伴うのだ。

体力が低下すると、さらに別の併発病を誘うことになる。
大切な事は、併発した病を極力悪化させないように処方することである。

無精髭をそのままに、苦しむテチの背中をさする男。

 テゲェ〜ッ!! テゲェ〜ッ!! ロパァァァァァーーー…

再び黄色い胃液を何度も吐き続けるテチ。

「テチ。水飲むか?」

 テェェェ…

男がスポイトで水をテチの口に含ませる。
その時、涙眼のテチが男の目と合った。

 テッス… テッス… テェェェェェンッ!! テェェェエエエエエンッッ!!

思わずテチは泣き出しながら、男の膝に飛びつく。

 テェェェェェンッ!! テェック… テェェェェェェンッ!!

苦しい。苦しい。
どうして、こんな苦しい目に会わないといけないの?

テチは体を使って、そう男に訴えている。

「よしよし」

男が指でテチの頭を撫でてやる。
テチはそれだけで少し楽になったのか、疲労困憊した体のため、直に寝息を立て始めた。

テチが眠っている間、男はひたすら額の濡れティッシュを交換しながら、テチの熱が下がることを祈った。


何回、濡れティッシュを交換しただろうか。
午前4時を廻ると、さすがに男もウトウトとし始めた。

 ェェェ〜〜〜…

男の膝の上で毛布に包まりながら、熟睡しているテチの口から、再び魘される声が響き始めた。

 ゥゥゥ〜〜… ェェェ〜〜…

高熱で魘されているためか、歯軋りをしながら、珠のような汗を額に浮かべている。
震える手で毛布を掴みながら、身を捩って苦しんでいる。

 ェェェェ〜〜… ィィィィィ〜〜…

テチは悪夢に魘されていた。
朦朧とする脳裏に、過去の混濁した記憶が混入し、テチにおぞましい悪夢を見せていた。

夢の中では、小学生たちがテチを取り囲んでいる。
ニヤニヤと笑った顔で、怯えるテチを一様に見つめている。

 テェ…!?

その小学生の中に、男の姿もあった。

 テェ…!? テェ…!?

ポリアンナの姿もあった。エリサベスの姿もあった。

 チュワッ!? チュワッ!?

皆一様に花火を持ち、テチに熱い火花をテチの浴びせかける。

 テェェェェェ…ッ!! デチチーッ!! デチチーッ!!

小学生たちが目を三日月状にして、一様に笑う。
男も笑っている。

 デーピャピャピャッ!!
 ピャーピャピャピャッ!!

ポリアンナもエリサベスも花火を持ち、テチの間抜けな悲鳴に侮蔑の笑みを浮かべている。

 テェェェェェッ!! テッスン… テッスン…

泣きながら逃げ惑うが、逃げる先には必ず花火がテチを襲う。

 テェェェェ……ッ!! テチュ〜ン… テチュ〜ン…

とても怖い夢。
とても悲しい夢。
とても…

「おい。テチ!! しっかりしろ」

 テェ…?

テチは男の声で目が覚める。
リビングでは、男が心配そうに魘されるテチを見つめていた。
テチは涙を一杯浮かべて、朦朧とする頭で、先程が夢だった事を知る。

 テェェェェェ…ッ!! テェェェェェェンッ!! テェェェェェエエエンッ!!

テチはふらつく体で、男の指に全身で掴まり、掠れた声で泣きに泣いた。
男は再びテチに水を与え、指で頭を撫でてやり、再びテチを寝かした。

夜が明けるまで、何回かこれを繰り返すと、テチは憔悴したのか
悪夢も見ることなく、テェ… と小さな声で鳴くのみで仮死したかのように眠った。


◇

男の看病の甲斐もあったか、翌日にはテチの熱は幾分か下がった。

 ケホンッ!! ケホンッ!!

しかし、完全に体が回復したわけでもなく、しわがれた声でテチはまだ咳き込んでいる。

 テー…

テチは、鼻からべっとりと緑色の鼻水を垂らしている。

「はい。チーンしなさい」

 テェ… チーン!

男は甲斐甲斐しくテチの看病を続けた。


「テチ。食べなきゃ駄目だぞ」

 テー…

テチは、リビングに移されたテチの簡易ベットの上で、上半身だけを起こしている。
テチは、自分の膝の上に置かれたお皿の実装フードを見て、テーと小さく呟いている。

少し前は、あれだけ口一杯に頬張っていた実装フードも、今は手でそれを取るだけで
食指がまったく動かない。

 カリ… コリ…

しかし、テチは無理やりそれを口に入れる。
自分のためではない。男がそうしろ、と言っているから無理やり詰め込んでいる。

しかし、それも1粒までのようで、2粒目からはテスゥゥゥ〜と力弱く、男に向かって鳴いた。

男はテチの背を擦りながら、手元のスーパーの袋から栄養ドリンクを取り出す。
固形物である実装フードが取れないならば、せめて水分から栄養を確保するしかない。

 テェ… ン〜!! ン〜!!

栄養ドリンクの容器を見て、テチも男の意図を悟ったのか、目を瞑り口を尖らせて、それを強請った。
栄養ドリンクであれば、まだ楽に栄養が取れるのはテチも理解できている。

「ああ。待ってろ」

男はスポイトでテチに栄養ドリンクを与えて行く。

 ングッ… チュ〜 テチュ〜♪

栄養ドリンクを飲み干し、幼稚語で男に美味だった事を伝えた。

「さ、寝なさい」

 テスゥゥゥゥ〜…

テチは力弱く鳴きながら、しきりに何かを訴えかけている。

テチの手の差す方向は、玩具箱。
どうやら、布団の中での退屈を訴えているらしい。

「駄目だ、テチ。遊ぶのは元気になってから。わかるな」

 テスゥ…

「絵本を読んでやる。だから寝ろ」

そう言って、男は玩具箱から絵本を取り出し、テチに読ませ聞かせた。


徹夜の無理が祟ったのだろう、絵本で寝てしまったのは男の方だった。
リビングの床に毛布に包まり、ウトウトとしていた自分に気がつく。

眠気眼で頭を掻きながら、時計を見る。昼の12時をとうに過ぎていた。

「ん…?」

ふと耳にする聞きなれた声に気がつく。

 テッス〜♪ テステスゥ〜♪

「テチ?」

見れば簡易ベットの中にテチの姿はない。
声のする方を見れば、テチは玩具箱から積み木やボールなどで遊んでいた。

栄養ドリンクが効いたのか、まだ軽い咳き込みをしながら、転がるピンポン玉を追いながら
テチャー♪と叫んで駆けている。

「テチ!! 寝てなさい!!」

 テスゥ?

男は強引にテチからピンポン玉を奪い、嫌がるテチを簡易ベットへと押し込んだ。

 テェェェェッ!! テスゥゥゥゥッ!! テスゥゥゥゥゥゥッ!!

押し込められた簡易ベットの中で、遊びたい遊びたいと主張を繰り返すテチ。

でも、少し元気になってよかった。
男は不満顔で鳴き続けるテチをあやしながら、少し胸をなでおろした。

だとすれば、食欲も戻るだろう。
ならば、今日はテチに栄養のある食事を取らせてあげよう。

男は時計を見る。買い物に行ける内に行った方がいい。
男はテチに大人しくするように言いつけ、買い物に出かけた。


◇

 テェェェ…

テチはつまらなそうに、男が出かけた後の無人のリビングを眺めていた。
簡易ベットの隣に佇む実装人形に向かって、テーと鳴いてみる。

男が戻るまで、天井の木目などを数えていたが、それも10分も持たず、テチは我慢できなくなり
ベットから抜け出してしまう。

 テスゥ〜

再び玩具箱の中漁ったり、廊下を覗いて玄関まで行ったりする。
完全にテチは手持ち無沙汰の状態だった。

 テシュンッ!! テー…

ふとリビングの窓を見る。

 テスゥゥー テスゥゥー

テレビの裏に男が隠した孫の手を取り出し、窓の鍵を外そうとするが、前みたいに
どうも旨くいかない。何度か試みたが徒労に終わり、テチは数分で汗だくになりテェーと呟いた。

 テ…? クンッ! クンクンクンッ!!

昨日から病中、汗を掻きっぱなしである。
服にテチの汗の匂いがべっとりとついている。

 テスゥゥ〜♪

テチは浴室へと駆けて、脱衣場で服を脱ぎ始める。
中実装のテチであれば、洗濯や入浴など、一人の力でできるのだ。

 ガラッ…

覚束ない手で浴室の扉を開けて、裸のまま浴室へと入る。
そして、不器用な手でシャワーのノズルを回す。

 チュワ!? テェェェェェ…ッ!!

上から冷たい冷水が降ってくる。
しかし、テチは知っている。少し待てば、それは暖かいお湯に変わるのだ。

 テスゥゥゥゥ〜ッ!!

テチはケロヨンの洗面器を持ち出し、シャワーがかかる場所に置き、洗面器の中に入り込む。
そして、その中で体操座りをして、冷水が温水になるのを待った。


◇

近所のスーパーでは、仔実装用の流動食など栄養価の高いレトルトパックなどが置いてあった。
病中・病後にも適切とある流動食を選び、卵、牛乳などテチに与える食材を集め、急いで家に戻った。

時間にすれば、ほんの1時間ほど家を空けたことになる。
流石のテチも、あれだけきつく言いつけたのだから、大人しくしているだろう。

男が淡い期待を寄せながら帰宅すると、リビングで嬌声を上げて遊んでいるかと思えば、
リビングは至って静かである。

よかった。
男は安堵の息を漏らし、実装人形がもたれ掛っている簡易ベットの中を覗きこむ。

「………あいつ」

テチはいなかった。

男は、苦虫を噛み締めたような顔をして、周囲を見渡す。
リビングの窓の鍵はロックをした。確かめるとまだロックは外れていない。

しかし、隠したはずの孫の手が下に落ちているということは、外に出ようと試みたらしい。

男は、台所や客間などを見て廻るがテチの姿はない。
廊下に出ると、ふと浴室からシャワーの音がするのに気がつく。

急ぎ浴室に向うと、脱衣場でテチが脱いだ緑の頭巾と実装服、下着が脱ぎ捨てられているのが見えた。

おそらく汗を掻いて、気持ち悪かったのだろう。
中実装であれば、自らの手で入浴なども可能だ。

「って、種火つけてねーよ!」

台所にある風呂用の主電源を見て、急ぎ風呂場に舞い戻る。

「テチッ!!」(ガラッ!!)

 ェェェェェェ…ッ!!

見れば、テチが冷水が溢れる洗面器の中で、体操座りのまま血涙を流していた。
男が現れるのをみると、ギョロリと窪んだ目をそちらに向ける。

上から打ちつけられる冷水のシャワーに、濡れた前髪を肌に貼り付けながら、
ガチガチと青紫の唇で、兎口をめくり上げ、犬歯を露わにしながら、

 テェェェ…ッ!! (ガチガチガチガチ……)

と、小さく鳴いている。

手が震え体が動かないのか、男が洗面器からテチを助け出しても、テチは体操座りのまま
固まったように小刻みに震えるだけだった。

その晩、昨日以上にテチは高熱を出し、肺炎を併発することになった。



◇

あれから1週間が経過した。

 テゲェ〜!! テゲェ〜!!

テチは食べた餌のほとんどを戻す日々が続いていた。
最初は流動食であれば、そこそこ食べる事はできたのだが、今のテチの胃は、既に食べ物を
消化する体力も失っていた。そこには、見る見るうちにやつれて行くテチの姿があった。

『安楽死をお奨めします』

日々、看病する男の脳裏に実装医師の言葉がこびりついてた。

 テゲェ〜!! テゲェ〜!!

テチは一通り胃の中の物と胃液をケロヨンの洗面器に吐きつくすと、涙目で男の顔を
じっと見つめて泣き出す。

 テェェェェェェ〜ン!! テェェェェェェ〜ン!!

「苦しいか?テチ」

 テェック!! テェック!!

「辛いだろうな」

 テェェェェェ…

「楽になる方法もあるんだぞ」

 テェェェェェェ〜ンッ!! テェェェェェェ〜ンッ!!

テチは男の服を掴み、楽になれるなら何でもする、といった懇願する目で男を見続けた。
男の手のひらには、実装医から渡された一つのカプセル型の薬がある。

それは、『即効性コロリ』
医学用に品種改良されたそれは、患実装に痛みを伴わせずに安楽死させる事ができるという。

「テチ… これを飲みなさい」

 テェ…?

「これを飲んだら楽になれるんだ」

 チュ〜!! テチュ〜〜ッ!!

テチは男の服を掴み、何でもいいからそれを頂戴!と男に向かって無垢な瞳で縋ってくる。

「………楽になれるんだ」

 テスゥゥゥ〜!! スゥゥゥゥ〜ンッ!!

テチはボロボロと涙を流しながら、男に縋ってくる。

 テスゥゥッゥ〜ン!! テスゥゥゥゥゥ〜ン!!

「…………っ」

男の服に涙の染みを作りながら、頬を擦りつけるテチを抱きしめる。
結局、男はテチに即効性コロリを与えることはできなかった。

その判断は、単なる飼い主の偽善、自己満足に過ぎないと責められるだろう。
正直、それがテチ自身を苦しみ続けることは確かだった。

偽善と言われようが、男は否定するつもりはなかった。
ただ即効性コロリを与え、後の人生で後悔するよりも、残された時間をテチと精一杯生きたい。

男の選んだ選択肢が、安易な道か艱難な道か、それは男にとってもわからない。
だが決めた以上、男はテチを延命させるために、あらゆる手段を処した。

会社から帰ると、薬局で購入した「ひえピタ」や「のど飴」などを与えて見る。

人間の乳幼児用の「ひえピタ」はテチに具合がいいらしく、テチはその気持ちよさに
チュゥ〜ン♪ チュゥ〜ン♪と幼児語で甘えた。

汗だくになった体を拭きながら、男は着替えとして、中年女から貰ったピンクの実装服をテチに着させる。

 チュワッ!? テェェェェェェッッ!!! チュワ〜ン♪ テチュチュ〜♪

テチは久しぶりに着るピンクの実装服に、ベットの中で嬌声を上げて喜んだ。
冷えピタをオデコに、久しぶりにピンクの実装服に身を包むテチ。

「他にもあるぞ。ほら」

男が出したのは、これも中年女から貰っていた玩具。
新種のテチテチ☆魔法スティックだ。

 ジャァァァァァァァァァァァッッッ!!!! アッアッ〜〜〜〜ッッ!!!

顎の関節が外れんばかりに、絶叫するテチ。
あまり興奮させるのはよくないが、悲観的に日々を過ごさせるよりかは何倍かマシだ。

男の指に撫でられながら、テチテチ☆魔法スティックを抱きながら、ベットで眠るテチ。

その笑顔の寝顔を見るにつれ、男は、一瞬でもコロリを与えようと思った自分を責めた。

テチは健気にも、まだ生きようとしている。
まだ一生懸命、この世の生を楽しもうと頑張っている。

飼い主である男の気持ちが折れれば、すなわちそれはテチが折れると同じ事だ。

テチの残された時間がどれくらいあるかわからない。
インターネットでも、同病に苦しみながら看病を続けている愛護派は多数ある。
中には延命を続けて、1年以上頑張っている飼い主もいるのだ。

結果、男の試行錯誤のお陰か、テチに合った看護方法がいくつか見つかった。

熱を出した時には「冷えピタ」
喉が渇いた時には「栄養ドリンク」と「実装ドロップ」
そして食が進まない時に有効なのが「座薬」であった。

「う〜ん。ちょっと食が進まないようだな」

男がテチに与えたミルクで煮込んだ実装フードを見てそう呟く。

「テチ。座薬するか?」

そう言って、テチの前で座薬の包み紙を持ち出し、それを破り始める。

 テェ!?

テチが男の持つ座薬に気がついたようだ。

 テスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!

今までの病気は何処へやら。

テチは頬を赤らめ、鼻からプシュッ!! プシュッ!!と荒い息を吐き、いそいそと下着を脱ぎ始める。
そして、それを顔に被り、四つん這いになって、高々と臀部を男に向けて差し出す。

 テスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!! テスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!

くぐもったテチの嬌声が、被った下着の下から響いている。

下着の穴から覗く両目で、後ろ向きでチラリチラリと男の顔を伺う。
期待を込めた潤んだ瞳で、座薬の準備がまだかまだかと待っているのだ。

男が指に座薬を掴み、残った手でテチの割れた臀部をやさしく包んだ。

 テェェェェェッ!?

全身性器となったテチが甘い嬌声をひり出す。
男が親指と人差し指で、テチの総排泄孔をくぱぁと広げる。

どす黒いヒダの奥に覗くピンク色の肉壷にやさしく座薬を宛がい、男は右手の中指で
それを奥の方へと押し込んだ。

 テェェェェ!! デスゥゥゥゥゥ!! デスゥゥゥゥゥゥ!!

余りの感覚に、テチの声帯が裏返り、大人びた声を発する。

中指をゆっくり抜くと、括約筋の動きでか座薬が外に押し出される。
それを男が、また中指で奥へと押し込む。

 デッ! デッ! デッ! デッ!

押し込む。押し出される。押し込む。押し出される。押し込む。

何回か繰り返すと、男の指もべっとりとテチの体液で濡れ出す。
テチがデッ!と声を荒げる度に、男の中指はテチの括約筋で、きゅっときつく圧迫される。
その感覚は、まるで赤子の手で指を掴まれているような感覚にも似ていた。

 デスゥ〜ン…♪ デスゥ〜ン…♪

テチは大人びた声で荒い息を発しながら、涙目で腰を振りながら、よがり始める。

ようやく座薬を飲み込んだ菊座は、白濁した泡を吐き出しながら、呼吸する別の生物のように、
緩んだり萎んだりしていた。

結果的には、この座薬がテチの体質にあったらしい。
食欲を回復させる薬や栄養剤が入った座薬を入れると、テチは幾分か元気を取り戻した。


◇

テチとの闘病生活は、男にとっては苦しくもあり、不謹慎ではあるが、楽しくもあった。
少しでもテチが餌を食べることができれば、男は我が事のように喜び、いい色の便が出れば
テチと一緒に喜んだ。

そして、季節は巡る。

年が明け、新年を迎える。

テチは、目の前に広がる御節料理に頬を赤らめている。
座薬が効いているのか、今日は食欲があるようだ。

「はい、テチ。お年玉」

 テスゥゥ〜?

テチは?な顔で、目の前に転がる500玉をぺしんぺしんと叩いている。

雪がちらつく2月。

ケホンケホン と咳をしながら、窓の外に降り積もる雪を指差す。
男がテチを抱き上げ、庭へ連れ出す。

空から舞い降りる雪を見上げて、チュワッ!! チュワッ!!と叫び続ける。
積もった雪に触れさすと、チャァァァァッ!!と男の胸に顔を埋めて、驚いた表情を繰り返す。

雪に興奮しているのか、血色はいい。
もう少し、庭を散策してみようか。

男は庭のある樹に近づき、テチを抱きながら、その樹を見上げた。

「テチ。春には、綺麗な花が咲くんだぞ」

 テスゥゥ?

「おまえが着ているピンク色の実装服と同じ色の花が咲くんだ」

 テェ!? テスゥゥゥゥー!! テスゥゥゥゥゥー!!

「ははは。一緒に花見しような。で、お団子を食べるんだ。金平糖もあるぞ」

 テッスゥ〜♪ テッスゥ〜♪

テチはお団子と金平糖を夢見ながら、まだ見ぬピンクの花を咲かせる樹を、まじまじと見上げた。

 テッスゥ〜♪ テッ… テッシュンッ!!

「そろそろ入るか」

男はテチを連れて家に戻る。
テチは男の体から乗り出すようにして、赤い頬をしながら、その樹をじーと見つめていた。

それは、まだ蕾もつけぬ小さな桜の樹だった。



外に連れ出した事がいけなかったのか。
その日を境に熱が下がらない日々が続いた。

 テェピュゥー… テェピュゥー…

熱が下がらないため、テチは真夜中になっても眠ることができない。
テェー テェーと荒い息を吐き、両目から血涙を流しながら、天井を見つめて喘ぐ毎日。

熱のために幻でも見えているのか。
時節、宙の一点を睨んで、デギャァァァァ!! デギャァァァァ!!と叫び出す。

テチには見えていた。
青白い顔をした年老いた老人。
それは見る人が見れば、それを死神と表現するかもしれない。

その老人が、天井辺りでニタァと笑みを浮かべて、テチを嘲笑い続けている。

 チュワッ! チュワッ! デギャァァァァ!! デギャァァァァ!!

簡易ベットからずり落ち、震えながら部屋の隅へと逃げる。

 テェェェ…ッ!! テェェェェェェ……

実装人形に飛びつき、じょぉぉぉぉぉ〜とお漏らしをしながら、
テチは、蝿を払うような宙を掻く仕草を何度も繰り返し、寒い夜間一晩中震え続ける。

熱の次は痛み。
テチは男にしきりに痛みを毎日訴える。

 テェェェェェンッッ!! テェェェエエエエンッッ!!

男は気付いていなかったが、テチはこの時、合併症として癌を併発していた。

それが、既にテチの胃腸や肺、食道や膀胱など、ありとあらゆる処に転移しており、
テチに想像を絶する痛みを、毎日与え続けていた。

 ジャァァァァァァァァァァ〜〜〜ッッッ!!!!

何もしていないのに、いきなりテチが痛みのため暴れ回る。

 デヂヂーッッ!! デヂヂーッッ!!

のた打ち回る。そう表現するような暴れぶりで、男を困らせる。
糞も小便も垂れ流しだ。

そんなテチに男はある処置を行った。

俗に言う実装アンプル。
インターネットで同じ境遇で悩む知人から譲り受けたアンプルである。
言えば、中身はモルヒネである。

今では合法的に手に入らないそれは、医療現場での薬として流通しているだけの代物である。

男は自らの糞を顔に塗りたくり、ガンガンと頭を床に叩き続けて苦しむテチに、アンプルを注射する。

 テェ!? テェェェェッ…!!

次第に痛みが和らいで来たのか、テチの目がトロンとなり、極度の寝不足のためか
安らかな寝顔になる。

男は涙ぐみながら、寝入ったテチを風呂に入れ、いつもより綺麗に髪を梳いてやった。
髪型はテチの大好きな三つ編みである。

目覚めたテチは、ケロリと痛みも忘れて、テスゥゥゥゥゥ〜♪ テスゥゥゥゥゥ〜♪とリビングを処狭しと
駆け回っている。

今までの分を取り戻すかのように、実装フードをこれでもかと口に詰め込む。

 テ・ス〜ン♪ テ・ス〜ン♪

実装ダンスのDVDを見ながら、今までのストレスを解消せんが如く踊り狂い、
ピンクの実装服姿で冷えピタを貼ったまま、男に踊りまで披露する。

 プギャァァァァァッッ!! プギャァァァァァァッッ!!

男に座薬をせがみ、眠くないのか明け方まで、テチ子ちゃんのDVDを見ながら、
テチテチ☆魔法スティックを床に叩きつけながら、嬌声を上げる。

そして、アンプルが切れると、近所に響き渡る程の絶叫で痛みを訴え始めるのだ。



◇

男の看病は続いた。
いつしかそれは看病ではなく、男の処置は「延命」に近い物へとなっていた。

痛みを訴えるテチにアンプルを打つ。
モルヒネを打つと、テチはケロリとして、リビングを駆け回った。

もう男はテチを制したりはしない。
全て、テチのさせたいようにさせていた。

 テスゥゥゥゥゥゥゥ!! テスゥゥゥゥゥゥ!!!

玄関前からテチがリードを手にして、リビングに居る男に向かって駆けて来る。
散歩を強請っているらしい。

「わかった。散歩に行くか」

リードに引かれたテチは、意気揚々にして玄関から飛び出す。
飛び出したはいいが、わずか5分で息が上がり、道路の上で蹲ってしまう。

「テチ。こっちにおいで」

 テスゥゥゥゥゥ!! テスゥゥゥゥゥ!!

男の肩の上で、両手を上げて嬌声を上げるテチ。
見る景色の視線が違うと、今までの散歩コースがまるで別に見える。

テチは、痩せこけた頬を赤く染めて、散歩中いつまでも陽気な鳴き声で鳴いていた。

「テチ。よく見とけよ」

 テスゥゥ〜?

テチは男の言っている意味がわからず首を傾げる。

「見納めになるかもしれないからな」

 テスゥゥゥ!! テスゥゥゥ!!

「何でもない景色だけど、俺とおまえで見る景色だ」

男はまるで自分に言い聞かせるように言った。

公園を歩く。
テチを肩に抱いて公園を歩く。

公園は既に春の兆しが至る所に見え隠れしている。
風はまだ肌寒いが、梅の樹の蕾はほころび始め、公園のあちこちには菜の花が咲き始めていた。

男が指差す方向をテチが見る。
言葉は通じないが、男が話しかけると、テチが相槌を打つ。
男が笑うとテチが笑う。

公園の何でもない景色と
飼い主と飼い実装の何でもない光景。

遠くの芝生では、この町の愛護派の飼い実装だろうか。
沢山の仔実装たちに囲まれて、忙しそうに子供達を追いかけたりしている。

男はテチを公園へと放ってやる。
テチは大喜びで、芝生の上を駆け始めた。

 テッスゥ〜♪ テッスゥ〜♪

よろけながら駆けるテチを見ながら、男は嗚咽した。
テチに気付かれぬよう、人目を憚らず、泣き崩れた。

この日が、男とテチの公園の最後の日となった。



◇

季節は春を迎えようとしていた。

テチは既に簡易ベットからも抜け出す体力も失っていた。
痛みの緩和のために、何度も打つアンプルがテチの体力を削ぎ続けていたのだ。

ほとんど1日中簡易ベットの上で過ごすようになった。
アンプルを打った後は、痛みがないためか、男を簡易ベットの中からよく呼びつける。

 テスゥゥー!! テスゥゥー!!

そのベットの中で、テチは男を呼び、しきりにリビングの窓の外を指差す。
テチが指差しているのは、庭の桜の樹だった。

男がテチに近づき、庭の桜の樹を見る。

「そうか… もうそんな季節なんだな…」

庭の桜の樹には、小さな小さな蕾が膨らんできていた。

 テスゥゥッ!! テスゥゥッ!!

「そうだな。団子だったな」

 テスゥゥー!! テスゥゥー!!

「わかった、わかった。約束な」

男はテチの手を取り、小指を合わせる。

「とびっきりのうまい団子を用意してやる。だから、おまえも頑張るんだぞ」

 テー?

テチは首を傾げて、ただ男の顔を見上げるだけだった。



◇

◇3月24日(土)晴れ

 テチが痛みを訴える。アンプルを打つ。
 会社が休みのため、テチの相手ができる。
 夜鳴きする。

◇3月25日(日)晴れ

 テチの髪の毛が抜ける。アンプルの後遺症らしい。
 ベットの上で抜けた髪の毛を集めて元に戻す仕草を1日中繰り返す。
 夜鳴きする。

◇3月26日(月)晴れ

 髪の毛が抜けたのがショックだったのか塞ぎこむ。座薬を打ち会社へ。
 1日中泣き続けたのか、テチの瞼が倍ぐらい腫れている。
 夜鳴きする。

◇3月27日(火)晴れ

 座薬を打ち会社へ。まだ塞ぎこみ、手の中の髪の毛をまだ見つめている。
 帰宅後、天井を見て笑い出す仕草が顕著。心配。
 夜鳴きする。

◇3月28日(水)雨

 朝、スティックを使い自慰行為。
 自慰の後は、決まって胎教の唄を歌う。
 座薬を打ち会社へ。精神障害の可能性あり。
 夜間、徘徊しながら夜鳴き。

◇3月29日(木)雨

 記憶の混濁が激しくなる。会社を休む。
 食事を与えても吐き続ける。病院へ連れて行く。
 点滴後、落ち着き、庭の桜ばかりを見ている。
 雨が心配。徘徊と夜鳴き。

◇3月30日(金)晴れ

 朝起きるとテチが冷たくなっていた。
 急ぎ蘇生処置を行う。30分後、息を吹き返す。
 仮死というものらしい。会社を休み看病。

◇3月31日(土)晴れ

 久しぶりにテチの笑い顔を見る。嬉しい。
 なんと庭の桜がほころび始めた。
 夜鳴き、久しぶりになし。

◇4月 1日(日)晴れ

 気温低し。寒の戻り。予報では桜の開花は遅れるとのこと。
 テチ、2度目の仮死。蘇生処置。

◇4月 2日(月)晴れ

 気温低し。霜が降りるほどの寒さ。
 今朝判明したが、耳が既に聞こえていない模様。反応もにぶい。
 庭だけを見ている。会社休み、一緒に居てやる。
 テチ喜ぶ。


◇

春の陽気が戻って来た。
男とテチの祈りが適ったのか、予報よりも少し早く庭の桜は開花した。

 テェ…?

目覚めたばかりのテチは、簡易ベットから見える庭の桜の樹に気付く。
見れば、桜の花が満開に咲き誇っていた。

 テェェェッ!! チュワッ!? チュワワッ!!

首を振り、慌てて男を呼ぼうとするが、リビングには男の姿はない。

 チュワワワッッ!! テチィィィッ!! テチィィィッ!!

簡易ベットから抜け出し、急ぎ家中を駆け回り男を捜す。
しかし、男の姿はない。

「ぉ〜ぃ テチィ…」

 テェ!?

洗面所の足拭きマットを捲っていると、男の声がした。
男の声は、先程見たはずの庭から聞こえてくる。

テチは、洗面所から廊下を渡り、急いでリビングへ。
見れば男が庭に茣蓙(ござ)を敷き、山程の団子を用意している処だった。
茣蓙の上には、ピンクの実装服を着た実装人形も置いてある。

「降りて来いよ。桜の樹が満開だ」

 テェェェッ!!

庭に降り立ったテチは、頭上に広がる満開の桜の樹を見て、小さな悲鳴を上げる。

「言ったろ。お前の服と同じ色だって」

 テェェッ!! テチィィィィッ!! テチィィィィッ!!

テチは頬を赤らめて、桜の花に向い、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 テェ!?

飛び跳ねた弾みで、テチが地面につんのめる。

 テェェェ…!! (パスン) 

そのつんのめるテチを、倒れる寸前で抱きかかえる者が居た。

 テェ…? テェッ!! チュワッ!! チュワッ!!!

騒ぐテチを抱きかかえながら、優しい瞳で見つめる成体実装石が1匹。
そのテチを後から抱くように、テチの肩に手を添える成体実装石がもう1匹。

互いにテチとお揃いのピンクの実装服に身を包み、頬を桜色に染めてテチを見つめている。

「ははは。おまえのママ達の服も同じ色だなぁ」

 テチィィ!? テチィィィィィィィィィィーーーー!!!!

大粒の涙をぼろぼろと流すテチをエリサベスが抱き上げる。

 テェックッ!! テェックッ!! テチィィィィィッッ!!! テチィィィィィッッ!!!

ポリアンナが団子を持って、テチの顔を覗き込み、それを与える。

「さ、みんな揃った処で始めるか」

 テェェェェェェンッ!!! テェェェェエエエンッ!!!

テチが泣き止むのにかなりの時間を要した。
エリサベスとポリアンナに頭を撫でられ、テチテチ☆スティックを手にして、テチはようやく泣き止む。

その時、一陣の風が吹いた。

雪のように舞う桜の花びらが、実装人形と2匹のママ、そして男に囲まれたテチの頭に降り注いだ。

 テチュゥゥゥゥゥゥゥゥッッーーー♪
 デスゥ〜ン♪
 デス〜♪

「はは、こりゃ綺麗なもんだなぁ」

皆一様に、頬を桜色に染めて、頭上を見上げた。

その降り注ぐ桜の花びらの下で、テチは踊り続けた。

幸せ一杯に踊り続けた。



◇

満開の桜の下、男は山盛りの団子を茣蓙の上に並べている。
見上げる庭の桜は、ここ数日の陽気のため、開花予報よりも幾分早く咲いた。

男は茣蓙の上に実装人形を置き、主役を連れてくるためにリビングへと戻る。

「さ、テチ。約束だ」

今朝、テチは玄関で丸く冷たくなっていたのを、男に発見された。

男は、既に動かないテチを抱き上げ、主賓を庭の上座へと迎える。

男の膝の上で身を縮めて、もう動かないテチ。
男はテチを膝の上にテチを抱き、庭の満開の桜を見上げる。

もう1日桜が咲くのが早ければ、テチは生まれて初めて桜を見れたかもしれない。

「テチ。団子だぞ」

男の声が震えている。

「花見、一緒にやろうって約束したよな」

男の嗚咽は止まらなかった。

「俺が約束を守ったんだ。おまえも約束を守れよ」

男は嗚咽しながら、冷たくなったテチの躯を抱いた。

実装人形だけが、静かにその光景を無言で見つめていた。



テチ 完

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【あとがき】
サクラの実装石についで長い話になりました。
(参考まで サクラの実装石367k、テチ324k)

毎回、毎回下がりかけたモチベーションを支えて下さったのが
絵師の皆様方です。

挿絵については、私が数えた限り、テチ11までに26枚も描いて頂き
スク師にとっては、無上の喜びです。

絵師の皆様にはこの場を借りて、お礼申し上げます。

また最後まで、愚作にお付き合いして頂いた方々に感謝致します。

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1 Re: Name:匿名石 2023/07/06-02:24:57 No:00007448[申告]
男が素晴らしい虐待派だったっていう・・・
2 Re: Name:匿名石 2023/11/10-13:01:21 No:00008441[申告]
泣いちゃったじゃないか…
3 Re: Name:匿名石 2023/11/10-14:47:21 No:00008442[申告]
ハイヴェン氏のサイトのエピローグもぜひ読んで欲しい
4 Re: Name:匿名石 2023/11/11-02:31:23 No:00008445[申告]
美化せず実装の面倒臭さや無様さみたいなのも存分に表現してるのに人間側のやらかしも含めて、早よ助けんかいって思わせちゃう塩梅で愛護スクとして成立させてるのは絶妙だと思う
5 Re: Name:匿名石 2023/12/23-14:01:25 No:00008554[申告]
しつけ厳しめ派としては序盤の男の甘やかしっぷりにイライラしたけど、まあこのテチに関してはそれで良かったんだな
それにしても中盤の恩知らずっぷりwこの糞蟲がw
6 Re: Name:匿名石 2025/03/02-06:33:21 No:00009545[申告]
延命でさんざん地獄の苦しみを与えた挙句に桜を観させることなくくたばらせるとは上質な虐待だよな
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