タイトル:【虐】 駆除業者の休日
ファイル:駆除業者の休日.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:8035 レス数:6
初投稿日時:2006/09/09-03:20:09修正日時:2006/09/09-03:20:09
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「諸君、よーく聞くデス!!
ついに、ついに決起の用意が整ったデス!!
ここまでの道のりで、多くの仲間の命がニンゲンどもに奪われてきたデスゥ・・・。
しかし、私たちはここであきらめはしないデスゥ!!
散っていった仲間のため、そしてこれから生まれてくる新しい仲間のために、
私たちは今!戦わねばならんのデスゥ!!」

「「デェーーーーーーーーッス!!」」

「「デデェーーーーーーーーッス!!」」

「「「「「デスーーーーーーーーーーーーーーゥ!!!!!!」」」」」

『なんじゃこれ?』

公園近くのビルから望遠鏡で謎の集会を眺めつつ、俺は顔をしかめるのだった。





『実は今、公園の実装石が活気付いているのです』

『ほう。ところでおいしい饅頭ですな』

休日の昼下がり、手土産を持ってきた町内会の会長は、一番にこう切り出した。

日頃留守がちな上、一人暮らしなために町内会とあまり関わりなんてないのだが、なるほ
ど。たしかに実装石に関する相談事なら俺に来てもおかしくはない。マイナーな中小会社
だが、俺の勤めているところが実装石の駆除を専門にした会社だからだ。

・・・・・・まさか『私は虐待派です』とばれているわけではあるまい。そんなことになったら
この気の弱そうなおっさんの代わりに、頭のネジのとんだババアがすっ飛んできそうだからなぁ。

それはともかく。

『活気付いている・・・。と仰いましたが。具体的にはどうなっているんです?
公園から溢れるくらい増えたとか。いきなりブレイクダンスを踊るとか?』

『全然違いますよ・・・。むしろ数は増えるどころか頭打ちの傾向にあるようです。問題は
別のところにありまして』

そういって、会長はつい先日町内会で問題になったそのことについて話し始めた。


なにやら最近、公園に遊びに行った子供たちが、糞まみれになったり、軽い怪我をして泣
きながら帰ってくるようになったらしい。

この前までの公園といえば、休日の子供たちが実装石を蹴散らしたり、どこぞの虐待派が
バールのようなもので実装石をゴルフスイングしたり、どこぞの愛護派が餌まきをしたり
とごく普通の公園だった。

が、一時期を経てそれが一変する。とにかく鈍重で知られる実装石だが、そいつらが数匹
で徒党を組み子供を襲ったり、数十匹でスクラムを組んで虐待派に逆襲したり、愛護派に
対しては彼らが望む実装石の姿(仔をかわいがったり仲良くしたりして)をみせて余分に
餌をせしめたり。

そう。どうにもいらん知恵をつけ始めたようなのだ。

弱い相手には強く、強い相手には数で、そして何より媚びる相手を間違えずに。

単純なようだが、どうしようもない単細胞の実装石どもがこれらをやってのけるのは難しい。
しかも一匹ならまだしも、これは公園に住むすべての実装石に見られる傾向なのだそうだ。
驚きを通り越して感心してしまう。

職業柄妙な能力を持った実装石に多く出くわす俺だが、これを聞く限り体験してきた中で
一、二を争うほどの珍現象といっていいだろう。

しかし、いくら頭が良くなっても実装石は実装石。肝心なことを忘れているようだ。すな
わち、『人間と実装石の絶対的な力関係』。ようするに調子付いてると駆除されるということ。

その点を俺が尋ねると、会長は力なく首をふった。

町内会では当然、子供たちの被害を中心にこのことが話題になった。実装石が大嫌いな奥
様方は当然のように駆除を要求。近日中に役所に話を持っていき、業者を呼んで事に当た
って欲しいと言ったのだそうだ。

そのままいけばうちの会社に仕事が舞い込んでくるはずだったのだが、当たり前のように
反対意見が出た。大嫌いな奥様方がいるのならば当然大好きな、愛護派の奥様方がいるわ
けで、その奥様方いわく。

『おたくの子供が要らぬちょっかいをかけたのではないか』

『実装石は知能のある生き物であり、本来的に穏やかな性格である。その実装石がこんな
ことをするはずがない』

『よしんばしたとしても、少数の犯行だろう。木を見て森を見ざるまねをしてはいけない』

『駆除という残虐行為をするというならば、こちらにも考えがある』

・・・・・・うん。ツッコミとかは勘弁ね。
ちなみに考えというのは町内会に納入しているお金を全面的にカットするということだそ
うだ。愛護派に限って小金持ちなわけで、そういうことになると町内会的には非常にイタイ。

上記の理由により大規模な駆除は不可能。しかし実際被害が出ている以上、なんらかの対
策は必要である。結局両者が妥協しあって決めたこととは、犯行を犯した実装石、あるい
は複数犯である場合、犯行の中心的な存在である実装石を駆除するといったものだった。
つまり、山ほどいる実装石の中で、数匹くらいしか殺しちゃだめ。


『・・・・・・というわけで、そんなややこしいことに決まってしまいまして。
つきましては、あなたが実装石駆除を専門にしているという会社に勤めておられるという
ことをお聞きしまして、こういったことが得意な業者を紹介していただけたらと思ったん
です。
お恥ずかしながら、わたしらのなかでそういったことに詳しいひとがいなかったもんで。。。』

『んー。たしかに、かなり限定的な条件ですねェ』

話を聞いてあごに手を当てて思案する。

目標を選別するための調査。そして目標だけの駆除。他には手を出してはだめ。

要するにどれがどれだか解らん没個性の塊の実装石の中から目標を見つけ出し、そいつだ
けを暗殺しろということか?

俺の知る限り、実装石駆除というのはいかにすばやく手際よく皆殺しに出来るか、という
物騒な行いのことだ。うちの会社は特殊な装備で特殊な条件にいる実装石を駆除すること
を業務としているが、そういう経験はない。

ついでにいうと、ヘンな条件がつけばつくほど料金も高くなるし。この人はよさそうだが
見た目がショボそうなおっさんにそんな額が払えるかどうかは疑わしい。

『もしよかったら、業者じゃなくて私がやってみましょうか?』

『え?』

会長はどうやら虚を突かれたようだった。

『なんだかんだで業者に頼むとお金がかかってしまいますし、幸い私は多少なりとも実装
石に詳しい。
日頃町内会の行事に参加することもないし。公園の掃除とか町内清掃とか出たことないで
すしね。これも何かの縁ですから』

実に物珍しく、おもしろそうだから引き受けます。などと本音は隠しておくことにした。

おおお、と会長は感極まったように、

『本当ですか!?では是非、ぜひお願いします!!』

んー、町内会では愛護派と実装石嫌いの間で板ばさみになってそうだし、それで相当もま
れたんだろうな。やっと味方が出来たんだろうなー。
苦笑を返しながら同情する。

『さすがに今すぐ出来るわけではありませんが。ちょうど来週三連休がありますからその
ときに調査を始めたいと思います。
それまでは公園に子供が入り込まないように連絡してもらえますか?お話のとおりだと、
ちょっと危ないようですし。
あと・・・・・・』

ほとんど全滅した饅頭の箱を指差して、

『この饅頭を売ってる店を教えちゃもらえませんか?報酬はこれでお願いします』

冗談じみた要求に、町内会長はやっと深刻そうな表情を崩して笑ったのだった。







さて連休一日目。

人影もまばらな公園。散歩する主婦も遊びまわる子供も見えず、いるのは実装石を偏愛す
る愛護派と、実装石を恐れぬ虐待派のみ・・・。あ、一人糞を被った。

そんな光景を、俺は近くのビルの屋上から双眼鏡で眺めているのだった。

調査をするにあたって、考えたのが調査することによる影響だった。犯行の中心的な実装
石がいるとしたら、そいつは確実にずば抜けて頭の切れるやつだろう。当然『実装石の中
で』なのだが、だからといって侮っていい理由にはならない。そいつを探しているとばれ
たとなると、そいつは調査を逃れるために潜伏してしまうだろう。そうすると探し当てる
のは非常に困難となる。

駆除業者の端くれとして言わせてもらうと、なんだかんだで実装石は厄介な相手なのだ。

結局考え付いたのが、実装石の思いもよらない遠距離から探す、というものだった。

会社の装備部から借りてきた双眼鏡望遠鏡と、小型集音マイク。昨夜のうちにこっそりと
しかけたマイクは無線で音声を送れるようになっており、そいつを6基ほど公園内に設置
した。その音声は手元のノートパソコンに送られ保存されており、今でもイヤホンから公
園内の様子を俺に聞かせている。肝心の駆除にも役に立ちそうな装備をいくつか見繕って
きて、それは今家に置いてきている。

ヘンなものばっかりあるよなあ。会社の倉庫。

それはともかく、朝から半日観察していてわかったのだが、たしかに妙な行動が目に付く。

先ほど虐待派が一人糞をかぶったといったが、そのやり口もちょっと思いつかないような
ものだった。

まず、普通の実装石が二匹と、禿裸の実装石が一匹いる。禿裸は奴隷なのだろうか、全身
を恐怖か何かで震わせている。

相手の前で禿裸が地面に手を突いて四つんばいになり、尻の方向を目標に向ける。微調整
は二匹の実装石の仕事のようで、両肩を1匹づつが抑え、足を踏ん張る。

そして照準がついたら普通の実装石が金平糖(?)をとりだし、禿裸に食わせた。

なんで奴隷に金平糖?と思った瞬間、えらい勢いで禿裸の尻から糞が飛び出し、実装石の
体積では考えられない量の液状の糞は目標の全身をべちゃべちゃに汚し、しかも目に入っ
たのか、目標にされた虐待派は顔を抑えてうずくまっていた。

金平糖じゃなくてドドンパだったのか。

おそらく虐待派が散々ばら撒いたドドンパを回収し、その特性を理解してこんなまねをし
たんだろう。子供が糞まみれになって帰ってきた、という話を聞いたが、おそらくこれに
やられたんだろう。

ほかにも、浅いながらも落とし穴に引っ掛けたり、四方八方から五匹ずつ襲い掛かって退
散させたりとチームプレイが目立つ。

愛護派もちらほらと見かけるが、こちらでは実におとなしく、あるいは親子や仲間と仲良
くしている。媚びるヤツもいるが少数な上迫るようないつもの媚び方ではなく、実に控え
めだ。それが愛護派を喜ばせ、結構な量の実装フードや、菓子パンなどを振舞っている。

これは愛護派の習性を理解している、と考えていいのか?

それに、見回す限り仔実装の数が少ない。いや、いないわけではないのだが、親子連れを
見かけても仔は一匹か二匹程度で、実装石の多産性を知っているこちらとしてはこちらも
疑問符を浮かべざるを得ない。

公園のほとんどの親実装が、早い時期に間引きしたのか?

そのとき、マイクがかすかに悲鳴らしきものを拾った。すぐにマイクのスイッチを切り替
える。第一マイクから近い場所・・・。第三マイクか?

すると、より鮮明に悲鳴が聞こえてきた。この耳障りな甲高い叫びは、仔実装か。

第三マイク付近に視線を向ける。第三マイクは林のある茂みの入り口付近に仕掛けており、
悲鳴はその奥から聞こえてくるようだった。

林に遮られて視界は悪い。しかし、何とかスキマを見つけ出したそこには。

「テチャー!ヂャー!」
「テチーテチー!」
「チュァァァチャァー!」

・・・いた。仔実装だ。しかもやたらたくさんいる。それが一箇所に固められ、叫び声を上げ
ている。

騒ぎ立てているとはいえ林の一番奥だ。そのせいか、叫び声はあたりをうろつく虐待派に
も愛護派にも届いていない。

何かおかしいと思ってよく見ると、全員裸だ。望遠鏡の倍率を上げる。その体は仔実装の
範疇とはいえやせており、体のあちこちに再生途中のあざが見える。

さっぱり移動しないのもおかしいと思ったら、背の高いダンボールで囲いが作られ、逃げ
られないようになっている。

仔実装を一括して育てているにしちゃ様子がおかしい。

そのとき、成体実装が仔実装たちに近寄ってきた。マイクの音声を実装リンガルで翻訳する。

「うるさいデスゥゴミ蟲ども!!静かにしないと酷い目にあわせるって何度いったらわか
るんデスゥ!!」

成体実装が一喝する。しかし、静かになったのは一瞬だけで、仔実装たちはさらに大きい
声で叫び続ける。

お腹すいた。餌をよこせ。ここから出せ。ママに合わせて。助けて。助けて。助けろ。

成体実装は無言で一匹の仔実装を取り上げる。その仔実装は自分が選ばれたと思ったのだ
ろうか。チププ、といやらしい笑みを浮かべ、振り返って他の仔実装たちを挑発する。

取り残された仔実装たちはそれに煽られてより激しく悪罵をはきかける。

なるほど。こいつらは選別済みの糞蟲どもか。だったら成体実装石のすることは・・・。

持ち上げた仔実装の両腕を、ためらいもなく引きちぎった。

「チギャァーーーーーーーーー!!」

悲鳴を上げる仔実装。成体実装はさらに両足を噛み千切り、ぺっと囲いの中に吐き出す。

同族の破片に群がる囲いの中の仔実装たち。よほど腹をすかせていたのか、それとも大喰
らいの本能ゆえか、両手足に飽き足らず競争相手の同族にも襲い掛かっている。

まさに選別された糞蟲どもだ。実装石の汚点を惜しげもなくさらしている。

その狂演を冷ややかに見下ろしながら、成体実装石は糞蟲どもの上で手にもった仔実装の
首をゆっくりひねる。総排泄口から糞をだだ漏れさせる。頭の上から降り注ぐ糞の雨に悲
鳴をあげて逃げ惑う糞蟲ども。幸い囲いはそれなりに広く、端に寄れば十分よけることが
出来た。もちろん、端を占拠できたやつが、逃げようとしているやつを糞の雨に押しやろ
うともしている。

「少しは身の程をわきまえるデスゴミ蟲。
本来ならすぐに殺しているところを、餌を与えて生かしてやっているんデスよ?
むしろ感謝しなければならないんデスゥ。
それに、もし死ぬとしてもそれはお前たちでは想像もつかないような栄誉デスゥ。
なにしろ、私たち実装石の未来のために、お前たちはわざわざ生きているんデス・・・」

ぱき、と軽い音とともに首が180度回転し、その衝撃で偽石が崩壊したのだろう。顔中
の穴という穴から体液を垂れ流し、さらに激しく糞を噴出し、仔実装は絶命した。

成体実装石はその死体を振り上げ、思い切り囲いの中に叩きつけた。
その場所には他の仔実装はいなかったが、地面に激突した死体は、原形をとどめぬ残骸と
化した。

さすがにここまで来ると文句も中断している。囲いの中の糞蟲どもは、争うのを中断して
ガタガタと震えていた。

「こんどくだらないことで騒ぎ出したらこんなもんじゃすまないデス。
お前たちに残してやった髪を引きちぎって、全員手足をもいで蛆実装にしてやるデスゥ。
わかったらおとなしくしてるデス」

最後まで冷静に、そしてあくまで冷酷なままで成体実装石は去っていった。

この光景を見て、俺は頭を抱えた。

これまで、多数の実装石が結託して選別後の仔実装を集め、『牧場』のようなものを作っ
ていたことがあった。その場合、どうしても育てるよりも先に仔実装を食いつぶしてしま
い、非常食以上の意味はなくなる。牧場の家畜を養うためには、どうしても餌が必要だか
らだ。牧場を維持しようとすると、結果的に多数の仔実装を養うのと同じくらいの餌をと
らなくてはならない。

しかし、この仔実装たちはどうにもそれとは違うような気がする。

牧場に必要なのは頭数の維持だが、管理していた成体実装石は躊躇いもなく見せしめのた
めに仔実装をブチ殺した。また目の前で共食いが発生しても、咎めもしなかった。

ここにいる仔実装がすべがらく発育不良気味なのも気になる。食料に本気でしたいのなら、
ある程度は太らせなければならないというのに。

また、成体実装石の言ったことも気になる。

『実装石の未来のために、か・・・』

実装石らしい、いつものたわごとと一蹴することは簡単だ。しかし、激しやすい実装石が
終始冷静で、雰囲気の違っていたことを思い出す。

思っていたよりもこの一件は根が深いのかもしれない。

このほかにはろくな成果もなく、疑問を抱えたまま調査の一日目は終わった。




二日目である。

『うーん』

朝から昼過ぎまで昨日と同じ位置で公園を観察しているのだが、結局目新しいものは見つ
からなかった。

いやまあ、虐待派が実装石に追い散らされるのは十分珍しいのだが。

バールのようなもので一撃すれば実装石なんぞ簡単にやれるのだが、そのために全身糞ま
みれになっては割に合わないだろう。あのおっそろしい臭いの遊星からの物体Xは、付着
しただけで人間の神経を逆なでする。服についたらやたらと念入りに仕事をするクリーニングに
出さなきゃならんし、体にぶっ掛けられたら皮膚ごとそぎ落としたいぐらいなかなか臭い
が取れない。

それを考えると、糞をかけるという子供じみた発想の攻撃は、実装石相手にも人間相手に
も十分効果を発揮するのやもしれん。

それはともかく。

これだけ監視して成果なし、というのは痛い。休日をつぶしてこんなことやっているのだ
からなおさら痛い。

仕方がないので別の手段を実行することにしよう。名前も知らないビルの屋上に広げた荷
物をしまいこみ、いったん家に帰ることにした。



『はっ、はっ、はっ、はっ』

小刻みに息を吐きながら、速めのペースで公園を走る。右手には重石代わりのペットボト
ル。首からはタオル。着ているものはジャージ。

思い立ったがなんとやらということで、『休日にランニングをしている暇人』のいでたち
で公園に侵入である。

しばらく走ったところで、休憩のためにベンチに腰を下ろす。スポーツドリンクの入った
ペットボトルは完全にぬるくなっていたのだが、それでも疲れた体には心地よかった。顔
から浮き出た汗の玉を、タオルでぬぐう。

なんか普通に休日やっとるなぁ・・・。

それはともかく、しばらく公園の中を走っていて気付いたのだが。

(監視されてる・・・?)

結構前からこの公園で暴れることがなかったせいか、俺の顔を知っている実装石は全滅し
ていたのだろう。そのせいでいきなり襲い掛かられはしなかった。

しかし、公園に入った瞬間から何者かからの視線は感じた。

当然人間の走るスピードに実装石はついてこれない。それは背の低い実装石の視線も同じだ。
しかし、見られているという感覚は、公園を走っている間ほぼ途切れなく続き、今ベンチ
で休んでいるときも続いている。

これはつまり、公園すべての実装石が顔のわからない人間に対する注意を行っているとい
うことだろう。

そう考えるとここの実装石は平均的に、それなりに賢いことになる。

ぼんやりとしているふうを装って、目だけで辺りを見回す。

——いた。茂みの奥にオッドアイが二組。こいつらが今の監視組か。

人間を見かければ媚びずにいられないのが実装石だ。しかも、一見して無害そうならなお
さらだ。今の俺はそういうふうになるように心がけているが、この二匹はしばらく経って
も警戒姿勢を崩そうとしなかった。

監視される、とあらかじめ考えていなければ、この二匹が見ていることなんか気付かなか
ったことも考えると、普段の立場が逆になったようで妙な気分になった。

と、少しはなれたところで腹だけ妙に迫力のあるおばちゃんが、鞄一杯に詰め込んだ餌を、
よってきた実装石にばら撒いている。うちの町内会の愛護派か?

実装石どもは昨日の観察と同様、他の公園の実装石とは比べ物にならないくらい控えめに
媚び、餌をねだり、その様子がたまらないくらいかわいいのか、金切り声を上げながらお
ばちゃんが実装フードをばら撒いている。

この瞬間だけは人間よりも実装石のほうがマシだと思ってしまった。

やれやれ、とつぶやき、ベンチから立ち上がって軽く屈伸する。こんな風景見るくらいな
ら運動だ運動。首をこきこきと鳴らし、そこでふと気付いた。

(監視が外れてやがる)

茂みの奥からむけられていた警戒が、今はない。試しにしばらく公園を走ってみると、ま
だ視線を感じるものの注意といったものではない。たんに目に付いたから見ているといっ
た程度だ。それも三十分ほど続けると、その視線すらまばらになった。

ここでやっと俺は『愛護派でも虐待派でもない、無視していい人間』として認識されたようだ。

にやり、と心の中だけでほくそ笑む。正直監視を外すのが早くないか、とも思ったが、こ
れ以上走るのも正直めんどくさいのでちょうどいい。
嗚呼、合計二時間以上も走り回ったかいがあったってもんだ。

胸のポケットに入ったものを意識しながら、しばらくの間公園の隅に注意を向けながらラ
ンニングを続ける。目当ては孤立し、なおかつ他のだれも視線の届かない位置にいる実装
石。

まるで不審者さながらの考えに苦笑する。

そして見つける。単独で公園の入り口付近にいる一匹の実装石。

その周りを走りながら見回す。幸いにして一匹の実装石も、愛護派も虐待派もいない。

さっきまでと同じペースで走る。それを自分に心がけながら、胸ポケットから筒を取り出す。

その実装石の視線の外で、ランニングで手を振る延長で胸ポケットの筒を取り出し、その
後端を口にくわえ、唇と手の動きで実装石に照準を合わせる。ついでに鼻から息を吸い込
み肺に溜める。

その状態でちょっと間をおき、5メートル以内に接近。実装石が気付いて振り返る前に息
を思い切り噴出す!

ふっ

口にくわえた筒から、極細の針が飛び出す。針には羽のようなものがついており、それが
口からの息を受けて相当な速度で目標に飛び出す。

害獣捕獲ではおなじみの装備、吹き矢だ。今回持ってきたものは俺が趣味的な虐待に使う
もので、射程その他より携帯性を重視してかなり短くしている。実装石の群れに吹き矢を
撃って筒を隠し、何食わぬ顔で何が起こったのか混乱する群れを眺めるために作ったもの
だが、まさかこんなときに役に立つとは思わなかった。

後頭部に命中した針は先端に塗られた睡眠薬を実装石の体中に流し、目標は悲鳴も同様も
パンコンもせずに眠りにつく。

俺は筒をしまうと尻のポケットから小さく折りたたまれたビニール袋(今では珍しい中身
の見えない黒いゴミ袋用ビニール袋)を取り出し、一気に広げなら目標の実装石を倒れる
直前で受け止め、ビニール袋の中に放り込む。

そのままビニール袋の口をねじって肩越しに担ぎ、公園から走って出た。

吹き矢の筒を取り出してから三十秒かかってない(と、思う)。これなら他の実装石ども
に見つかってもいないだろう。見つかってたら・・・。まあそのときはそのときだ。

我が家への道を急ぎながら、さてこいつをどうしてやろうと考える。

こんな面倒なまねをして拉致ったのは他でもない。この公園の実装石がおかしい理由を、
当の公園の実装石自身の口で証言してもらうためだ。

当然そう簡単に口を割るとは思えない。それなりに賢い実装石なら、仲間のことを売るよ
うな真似はしないだろう。たとえ糞蟲みたいな奴でも、売った後に仲間のところに戻され
ることを勘定に入れ、仲間を売るにしても高く売りつけようとするだろう。

当たり前のことを言うようだが、そんな売り物をまともに買う気なんかない。強制的にタ
ダで大放出してもらう。いや、代金というか代わりのものはたっぷり味わってもらうのだ
が。

当然、情報を喋るまで実装石に対する拷問、というか虐待でだ。




かっきりと固定された拉致実装石を叩く。

『おい、起きろ。いい加減に目を覚ませ』

「デ・・・?デェー・・・」

ち。まだ寝ぼけてやがる。薬が強すぎたか?

まあそれならそれでかまわんけどな。

『ほーれさっさと起きないとこんなことしちゃうぞ〜』

声を潜めながら、拉致実装石の頭にかかるようにポットの口を持っていき、ボタンを押す。
先ほどたっぷり補充して沸騰させておいたから、こいつは腹いっぱい熱湯を浴びるわけだ。

じゃぼじゃぼじゃぼ。

「デ。デヘ、・・・!、!?デギ、デッヂャァーーーーーーーーーーーー!!!」

そら叫び声も上げたくなるわな。露出した皮膚を真っ赤にしながら叫ぶ拉致実装石。しか
し、体をしっかりと固定しているため、暴れても少しも動くことが出来ない。

『お、起きたか。俺がわかるかミスジッソー?あなたは我が領土に連れてこられたのですよー?』

リンガルをオンにして話しかける。俺の言っていることが理解できているのか、熱湯攻撃
が止んだとたんにしきりに頭を振ろうとし、それが出来ないとわかると必死に視線をめぐ
らして今の状態を探ろうとしていた。

正面に見えるのはやや古い日本家屋。そんなに広くないが一人暮らしなので広く感じる俺
の家だ。左右に広がるのはその庭。いつもは塀沿いにつつましくプランターが並んでいる
が、今は見えない。家の中にはうちの飼い実装である実蒼石が1匹。俺が実装石を連れて
くるなり(虐待するのは解っているからだろう)プランターを全部物置の隅に移動させた
本人だ。いや、この前虐待途中に調子に乗って花壇を全滅させられた後遺症なんだろうけ
どね。そして上からは俺が見下ろしている。

拉致実装石は『日』の字の下の横棒を取ったような形の器具に固定されている。上の四角
に頭が入り、下の縦棒から腕が出ており、若干足が浮くように作ってあるそれには、天井
部分にクランクが、横の部分には同じサイズの穴が一定感覚で続いている。

ついでに糞を撒き散らされるのが嫌なので、下半身にはビニール袋をきっちりと巻きつけ
ている。

以前日曜大工の真似事で作ったオリジナル実装拷問器だ。あまり時間がかからなかったワ
リには頑丈で、又使おうと思って物置にしまいこんでいたものだ。備えあれば憂いなしで
ある。

「ニンゲンデスゥ!なんでニンゲンがいるデス!?何でこんなところにいるデスぅ!!
デギャア!実蒼石までいるデス?!助けて、だれか、ころ、ころころ殺されるデスゥ!!」

パニくっとるパニくっとる。

面白いのでしばらくほうっておきたいが、やかましいし限りある時間を無駄には出来ない
ので、ぶん殴って黙らせる。

ちょっと顔がへこんで右目が浮きでかかってしまったが、まあいい。

『とりあえず黙って俺の話を聞け。黙って聞くならとりあえず殺さない。しかし、下らん
ことを喚いて話の腰を折るようならー』

そこで一拍置いて、

『生まれてきたことを後悔するくらい、殺さずにたっぷり虐待する』

出来るだけ威圧感たっぷりに告げる。

俺の言ったことをちゃんと理解したらしく、拉致実装石は恐怖に体を震わせ、糞をもらし
ながらも悲鳴どころかうめき声も上げなかった。

ふむ。適当にさらってきたんだが、頭は悪くない。少なくともこっちのいうことは曲解せずに
わかるようだな。見た目も公園で生活していることを差し引けば清潔な部類に入る。こりゃ
あたりを引けたかな?

『よしよし、物分りのいい奴は嫌いじゃないぞ』

ニヤニヤ笑を浮かべながら、目の前で軽くバールのようなものをちらつかせる。虐待派の
象徴ともいえる工具は、見せるだけで威嚇効果抜群なのだ。

『俺はこれからお前にいくつか質問する。お前は理解できる範囲でそれに答えてくれればいい。
おっと、嘘なんかつこうと思うなよ?
実装石の嘘がわかる便利な機械が俺の手元にあるんだ。速攻でばれるからな。
もし嘘をついてくれるなら、それでも虐待する。いいな?』

ぶんぶんと頭を振りたいが、それも出来ないので目線だけが上下している。赤と緑の眼球
がせわしなく動くさまはちとキモイ。

『よろしい。そんじゃ一つ目の質問だ。
公園の茂みの中で仔実装がたくさんダンボールの囲いの中で飼われていたが、ありゃ一体なんなんだ?』

デ、といきなり押し黙る拉致実装石。

なんだ?あれは仲間内だけの秘密だってのはわかるが、それでも命の危機と引き換えにし
ても守らなきゃならないものなのだろうか。

そのまま時間が過ぎるが、一向に実装石は喋ろうとしなかった。

『・・・・・・あー。あきらかにわざと喋ろうとしないときも、虐待するからな』

固定台についたクランクを回す。さしたる抵抗もなくクランクはくるくると回せた。

「デヒ、デギャァ〜〜〜〜〜〜〜!?」

直後、拉致実装石がやっと喋ってくれた。悲鳴だけどな。

固定台の頭についたクランクは、天井の板を隔てて内側と繋がっており、回すと徐々に下
にさがる様になっている。離れてみると、『日』の字の上の四角が縮んでいるように見え
るだろう。

これこそ拘束式虐待器具、『実装頭蓋骨砕き器』。じわじわと長くいたぶれることから、
今回の虐待式尋問に出張ってもらったわけだ。

本当なら自白剤でも用意すべきなんだろうが、さすがにそんな劇薬のストックはなかった。

『ほれほれ。ちゃっちゃと言わんと頭が半分くらいに縮んだり、頭が割れるように痛いぞ』

「言う!いういう喋るデス!お願い止めて止めて止めろデスゥー!!」

『うむ。素直が一番だ』

クランクを回すのを止める。

おお。縮んだ分だけ顔が伸びてる。右左は固定台の壁があるため、前後ろに伸びている。

顔中の穴という穴から体液を垂れ流しており、かなりキモイ。

「デヘッ、デェ、あ、あれは、『武器』デスゥ。おま、お前たちニンゲンに一矢報いるた
めの、ワタシたちの、たちの武器デスゥ」

武器・・・?

『どんな使い方をするんだ?』

クランクに手をかけながらさらに問う。今度は意外とすらすらと喋った。

『・・・ほほう。実装石にしちゃよく考えたもんだ。それで怪我を負わせるのは絶対に無
理だが、嫌がらせとか慌てさせるのにはちょうどいいかもな。
それじゃ、舌が軽くなったうちに次の質問に行こうか。
最近お前の住んでいる公園では、糞蟲・・・というか極端に頭の悪い奴とか、お前たちの中で
争うような奴とかいないらしいじゃないか。いきなりお前らが相互互助とか汝の隣人を助
けよとか、そんなのに目覚めるはずもないし、それはなんでなんだ?』

その質問で拉致実装石の顔が輝く。それを聞いてくれてありがとう!てな具合だ。

いや、変形した顔でそんな表情されてもキモイだけなんだが。

「よくそれを聞いてくれたデスゥ!いや、ニンゲンにも理解できるくらい、あの方のご威
光が公園からもはみ出しているに違いないデス!
ああ〜まさに天が使わせたワタシたちの女神様デスゥ・・・」

『一人で悦に入るな。俺のわかるように話せ』

クランクを一回点半回す。

デギャアァ、と恍惚タイム終了。

「デエェ、短気なニンゲンデスゥ・・・。
デヒ、デェエ!?あたま痛いデス!?話す、話すデスゥ!!
それは、ワタシたちの『教祖様』のお陰デスゥ!!」

『教祖様ぁ!?』

怪訝な顔をしてオウム返しに問う俺。

「そうデス。あのお方はある日、唐突に公園の外からやってきたデスゥ・・・」

そういって遠い目をする拉致実装石。そのいうことを鵜呑みにし、結構順序がばらばらな
ので整理してみるとこうなる。

ことははるか昔(実装石基準の時間経過で。実際には二ヶ月前くらい)、一匹の流れ
者の実装石があの公園にやってきたところから始まる。

昔の公園は他の公園と大差なく、ちょっとでも餓えれば共食い仔食い、大半の実装石が頭
も悪く糞蟲個体も少なからず住んでおり、そもそも間引きの知識すらない個体も多かった
ため、さらに糞蟲ばかりが増えるという実装石の生態的悪循環状態だった。

それが、『教祖様』とやらが来てから一変したという。

まず、教祖は歯向かう糞蟲どもを皆殺しにした。よそ者が紛れ込めば排除せずにはいられ
ないのが実装石だ。そのときも例外ではなく糞蟲がわらわらと詰め寄っていったそうだが、
逆に簡単に返り討ちにしたという。

少し生き残った糞蟲は、服と髪を奪われ奴隷にしたそうだ。

次に仔を間引くことを教えた。自分の奴隷たちを使い人間のいない時間帯に公園すべての
実装石を集め、たくさんの仔を持つ親たちに間引くことの重要性を説いたという。

最初は頭が悪くても可愛い我が仔、どうしてそんなことが出来ようかと反対はあったが、
結局のところそういう親の期待を裏切ってこそ間引き候補の糞蟲である。数日のうちに親
をいらぬ挑発で煽り、自分の寿命を縮めてしまったのだそうだ。

教祖は間引きされる仔実装たちを一箇所に集め、原形をとどめぬまでにぐしゃぐしゃにし、
奴隷以外のすべての実装石に公平に分配した。まさに自分の価値を印象付けるアピールで、
糞蟲を壊滅させた実力とあいまって公園内での自分の地位と人気を不動のものにした。

ここまでは実装石に作用する話だが、これからが人間に対する教祖の影響となる。

教祖は公園の実装石に、媚びることを教えた。頭のよい実装石ほど媚びることを避ける傾
向にある。その媚が人間の神経を逆なですると知っているからだ。しかし、教祖はそれと
正反対の考えにたどり着いていた。

悪いのは媚の売り方であり、媚を売る相手だ。正しい方法で正しい相手に媚びるのならば、
それは正しい結果をもたらすであろう——。

それは正しかった。ただ首をかしげるだけではなく、まずもらった餌を子供に食べさせる
アピール、仲間と分け合うアピール、もらった後には必ず頭を下げ、お礼を言うアピール。
これらはすべて媚を売る正しい相手、愛護派のナニカを直撃したらしく、餌のグレードも量
も上がっていったという。

成る程。実害が出ているにもかかわらず町内会の愛護派オバハンどもが実装石をかばうの
は、こういう裏があったってわけだ。

媚びるには正しくない相手、虐待派に対抗するすべも教祖は教えた。まずは単純に木の枝
やガラス片、割り箸や爪楊枝などを集め、それらを簡易的な武器とする。これらを持たせ
た実装石数匹を一組にし、何組もがいっせいに襲い掛かるといった集団戦術。実際に怪我
を負わせることは出来なくても、驚かせて退散させるくらいは出来ただろう。

そりゃ、俺だって十分に武器を持ってなかったら逃げるよなァ。

次に、虐待派のばらまいたドドンパやゲロリ等を集めさせた。こちらは集めるのは簡単だ
ったらしい。愛護派は普段金平糖を配らず、金平糖のときに限っていちいち手渡しにして
いた。虐待派の場合、なぜか金平糖(に見えるドドンパやゲロリ、コロリ)をやたらとば
ら撒いており、解りやすかったのだそうだ。

ちなみに、ドドンパかゲロリかコロリかは、奴隷実装に食べさせて判別したんだそうだ。
たしかに撒くときは一回につき一種類が多いからな。

それで出来たのが昨日見た糞の大砲や、先ほど拉致実装石が話した『仔実装を使った武器』
なのだそうだ。

このころになると、集団の和を乱したり罪を犯した実装石は、服と髪をもがれて奴隷身分
に落とされていた。いわば司法の概念が存在していたといっていい。おそらく教祖は奴隷
の一定量の確保と、公園内の秩序を保つ一石二鳥の効果を狙っていたのだろう。

ちなみに、罪の判断は教祖がやっていたそうで、このころにはすでに教祖の地位はそれま
でのニンゲン対策もあいまって、絶対的な物となっていた。

さらに教祖は、その公園の実装石をすべて参加させた、ある計画を進行させていた。

『計画?お前らのことだからろくなことじゃないだろうが・・・これまでもろくなもんじゃな
いか。とにかく、一体どんな変な事を思いついたんだ?』

「それはデスゥ・・・」

そこではた、とお喋りが止まる。変形した顔面からだらだらと脂汗を流し、体を小刻みに
震わせている。

『どうした?なんでだまるんだ』

「デデェ・・・・・・」

あ。まさかこいつ。

『教祖のこと、お前口止めされてたことを調子に乗って、べらべらと今まで喋ってたんだな?』

そしてギリギリのことで踏みとどまったと。

「デギャァーーーーーーーーー!?まずいデスやばいデス!
これがばれたら教祖様に何を言われるか・・・」

『話を聞く限りじゃ、奴隷になって他の実装石のオモチャになるんじゃないか』

「デヒィーーーーーーーーー!!!」

『まあそんなのはどうでもいいんだが』

再びクランクに手をかける。

『口ごもったことを洗いざらい吐いてもらおうか。忘れてると思うが、喋ってないと頭が
割れるように痛くなっちゃうぞ』

先ほどの苦痛を味わっていながら、拉致実装石は、

「い、嫌デスゥ!!確かに教祖様への誓いを破ってしまったデスが、それでも教祖様への
忠誠はこれっぽっちも揺らいでないデスゥ!!
これからどんなに虐待されたって、絶対に喋らないデス!奴隷になったって守るデスー!!」

おお。げに恐ろしきは教祖のカリスマ。ただの実装石にここまで言わせようとは。

しかし、こいつには知識がないためそんなことが言えるのだろうが、古今東西、どんなに
訓練された人間であってもプロの拷問には耐えられないということを。

いや、俺は拷問のプロじゃないけどね。

『それじゃ虐待スタート。喋る気になったら早く言えよ?そうじゃないとかなり痛い目見
るぞ。偽石は摘出済みだから簡単には死ねんし』

クランクから手を離し、置かれていた手動ドリルに手を伸ばす。ドリルの先端を固定台の
横の穴に差し入れ、回す。ざりざりざり。

「デビャ、ディ、デビョッ」

今度は反対側から、ドリルを差し入れ、回す。今度は至極ゆっくりとである。

「ッデヒ、デヒ、デヒデヒデヒ」

そのまま3分くらい回していたが、叫び声以外上げなかった。意外としぶとい。

次は大き目の爪切りを取り出し、拉致実装石の右腕の先端に当てる。

「な、なに、な、こんどは、なに、する、デス、ゥ」

生きも絶え絶えだが、まだまだ余裕はありそうじゃないか。爪切りで手の先の肉を少し挟
み、ぱちんとやる。といっても、ぱちんではなくざくんという音がした。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

痛みが想像できなくもないため、こっちも結構気持ち悪いなぁ。痛いよな、深爪。

そのままざくん、ざくんと肉をえぐっていく。爪切りで切るには少々大きい実装石の腕だ
が、周りの肉を徐々に切って鉛筆削りのように先端を細らせ、最後に細まった腕、白い骨
だけが目立つ先端を切る、といった感じでやると、十分爪切りでも実装石の腕をジャンク
に出来た。

しかし・・・。うわあ。顔が酷いことになってる。火傷したわけでもなく顔を真っ赤にさせ、
舌が抜けるくらい口から突き出し、まるで酸欠のようにぜいぜいと息をしている。当然、
顔中にへばりついた血涙で、顔は二色の体液で染まっていた。

『わあキモイ』

というわけでもっとキモクすべくクランクを回す。顔の高さが元の半分、長さが倍になっ
たが、それでもまだ喋ろうとしなかった。

『なかなかしぶといねお前さん。じゃあ、喋れないくらい顔が変形する前に、別の方法を
試してみようか』

俺はぱちん、と指を鳴らす。家の中に控えていた実蒼石が鋏をシャキン、シャキンと音が
鳴るように開閉を繰り返した。

はじめ渋っていたワリには、協力的なのね。

実装石の本能を刺激し、精神を直撃する金属音に、拉致実装石は声にならない金切り声を
上げる。こんな声、俺の精神もダメージだ。

と、この悲鳴に聞き覚えがあったので、実装石の耳にイヤホンを取り付ける。

『まあこれでも聞いて落ち着いてくれや』

ボリュームマックスでBGMスタート!

「ヂィーーーーーーーーーーーーーー」

やっぱりガラスを引っかく音のエンドレスはきっついか。

しかし、これで終わりと思ってもらっちゃ困る。まだまだ虐待グッズも虐待アイデアも一
杯あるのだ。久々の趣味的虐待、たっぷり楽しませてもらわないとなァ。




そして、暗くなるころには、拉致実装石は生物としての原形をとどめていなかった。

上方向後方からの圧迫によりバナナ型に変形した頭部。電気ショックを加えたことにより
体液が一部沸騰しポップコーンのようにはじけた二個の目玉。料理鋏で根元まで5ミリ刻
みで切り裂かれた舌。右腕は前述のとおりだが、左腕はバールのようなもので一撃され、
吹き飛んでいって塀にへばり付いている。体中には針で落書きをし、傷がふさがれる前に
塗料(薄めたペンキ)を流し込み、なかばオブジェじみたことになっている。ただし、そ
れは前から見た状態で、後ろは肉ごと皮をはがしているため、出来損ないの人体模型みた
いになってしまった。

ちなみに服と髪は、我が飼い実蒼石インディくん(くん、とかいっちゃまずいか)が芸術
的なカット技術を披露し、その模様は正面におかれた鏡で余すことなく拉致実装石に伝え
ていた。

もっとも、途中で眼球がなくなってしまったが。

肉体的にはこんなものだが、精神的苦痛も存分に味わってもらったことを付け加えておこう。

糞を撒き散らされるのが嫌だったから、ビニール袋を巻きつけた下半身にはほとんど手出
しできなかったな。せっかく古典的方法、総排泄口に焼き鏝挿入をやってみたかったのだが。

さすがにここまでやると、肉体以上に精神がだめになってしまい、拉致実装石は「でーーーー」
と壊れたラジオのようにそれしか繰り返さなくなってしまった。

よって、今日の虐待はこれにて終了である。

『ふう、いい虐待だったぜ』

さわやかな笑顔を浮かべながら、額から流れる汗をぬぐう。顔だけじゃなく体中汗だくだ
が、今はそれも心地いい。

「虐待するのはいいけれど、ちゃんと片付けてよ。ボクも手伝うからさ」

『インディ、人が感慨にふけっているときに水をさすんじゃない。
あと、お前もノリノリだったじゃないか』

「う、それはそうだけど・・・。
そういえば、コイツに何か聞きたいことがあったんじゃないの?何かたずねているみたい
だったけど」

『あ』

そういやそうだった。教祖とやらはどんな姿なのか、どんなことを教えているのか、計画
とはなんなのか、聞くことはやたらとあったのだが。

突っ込みをもらって急に冷静になってしまう。落ち着いた頭で目に付いたものは、庭中に
撒き散らされた体液と肉片、そしてそれらがこびりついたジャージだった。

そういやいっぱい叫び声もあげていましたね。もしかしたらお隣さんから苦情が来るかもね。

ていうか、普通あんな金切り声を延々と聞かされれば、文句の一つも言いたくなるよね。

昼間あんなに暑かったのに、妙に寒い風が庭を吹き抜け、二日目が終わってしまった。








三日目である。連休の最終日、出来ることならばこの日のうちにケリをつけたいが・・・。

今日も二日目と同じく、ビルの屋上から望遠鏡で公園を観察することにした。もちろん設
置したマイクも活用し、探偵張りの一人監視を続行する。

ちなみに、隣近所からの苦情は来なかった。家族みんなで出かけていたり、家族みんなで
大音量でビデオを見ていたりと休日を満喫していたらしい。

これは労働に対する幸運なのだろうか?それはともかく。

見つけるべき目標は『教祖』その実装だ。昨日の実装石が吐いてくれたお陰で、すべての
元凶はこいつであることが判明した。現在の公園の体制は教祖あってのものであることも。

つまり、教祖さえ殺せば公園は元の状態に近づくということだ。たしかに、平均的に知能
の向上が見られ一つにまとまっている公園の実装石であるが、それも教祖がいなければど
うなるか?

たった一人のカリスマが束ねている集団というものは、そのたった一人が欠けただけで一
気に崩壊するものだ。おそらくは、知能レベルも団結も崩れ去ることが予想できる。

しかし、肝心の教祖は中々見つからない。

具体的には、『大量の実装石に指示を飛ばしている一匹の実装石』を見つけようとしてい
るのだが、実装石の見た目の没個性ぶりは目を覆うものがある。すでに何匹か指示を出し
ている個体は発見できた。しかし、同じ一匹が別の場所で指揮しているのか、同レベルの
実装石が何匹もいるのか、それすら見当もつかない。

知能レベルの底上げのお陰で、ドイツもコイツもよごれ具合が大差ないしなァ。

お陰で日も暮れようとしているこの時間まで、これまでと同じ光景を見ることになってし
まった。変化といえば、一日目に見かけた仔実装の集団飼育場で、仔実装の頭数が減って
いるくらいか。こいつら共食いしてやがんな。

ちなみに、昨日拉致った実装石の話は出てきたが、仲間が減ってしまうのはいつものこと
らしく、「あいつは抜けてたけどいい奴だったデスゥ」と一匹がつぶやいた後話題になる
ことはなかった。

やはり、どれだけ死亡率が減少しようと、実装石と突然死は避けられないんだろうな。

・・・現実逃避しても答えは変わらんか。

晩飯時になってもほとんど変化がない。辺りからは暖かな夕餉のにおいが漂い、公園でも
実装石も仲間と家族に囲まれて夕食に舌鼓を打ち(愛護派のお陰で食料事情はいいのだ)、
俺は朝に買い込んだパンの残りをかじりながら、望遠鏡を覗いている。

本当に、素敵な休日だね。涙が出そうだよ。

虚しい思いを抱いて帰ろうとしていたとき、夕食を食べ終えた実装石たちが一箇所に集ま
り始めた。

『・・・・・・なんだ?』

改めて望遠鏡を覗き込む。茂みの中から続々と出てくる実装石。成体もいれば仔実装もい
る。蛆や親指もいるが、これらの数はだいぶ少ない。その数、成体だけで百匹あまり。

そのすべてが、公園の滑り台の前に集まり、デスデスと何かを待っていた。

こんなに実装石が集まるのをみるのは、この公園では初めてだ。もっとも、これまでにも、
調査を開始してからでも何度かあったのかもしれない。ほぼ完全に日が暮れてからもこう
やって公園を見続けているのは初めてだからだ。

公園には人影はもうない。晩飯時ともなればだれもが家に帰るし、日が暮れてからも公園
に用のある奴なんかほとんどいないだろう。

成る程。こんなことを今までにも何回かやっているのだろうが、それに気付かなかったの
は人間のいない時間帯を狙って集まっているせいか。

すると、滑り台の上に一匹の実装石が現れた。見た目的にはほとんど普通の実装石と代わ
りはない。適度によごれた実装服、だらしない口元、ガラス玉みたいなオッドアイ、筒み
たいな体型、そして額には銀の十字架・・・・・・十字架?

「諸君、今日はよく集まってもらったデスゥ!!」

滑り台の上の実装石が、その下に集まった公園中の実装石に向けて喋り始める。

「まずは、みなの力をあわせたお陰で今日という日を、ニンゲンの魔の手から乗り切れた
ことを感謝するデスゥ」

おそらくはキーホルダーか何かを拾ったものをつけているのだろう。十字架を額につけた
実装石の言葉に、他の実装石たちは雑談も止めて聞き入っていた。

目をきらきらと光らせ、一言一句聞き逃すまいという集中っぷり。普段の実装石を知って
いれば、演技抜きでこんなまねが出来るのだと驚くばかりだ。いや、むしろ驚くのはこれ
だけ大勢の実装石を従えている、この十字架をつけた実装石だ。

間違いない、こいつが『教祖』だ!!

しかし、こんな解りやすい見た目のやつ、何で今まで解らなかったんだろう・・・。

「今日は諸君らにいい知らせがあるデス。・・・ついに明日の早朝、計画を実行するデス」

デデェ!とあたりからざわめきが漏れる。計画。昨日の拉致実装石が喋ってたことか。




ここで、冒頭の演説が入る。個人的にあんまり衝撃的だったので、思わず書いてしまった。




教祖実装石はその後、計画の詳細を説明していく。参加する実装石の詳細、計画の実行場
所、そして計画が一体何を意味するのか。

説明が終わった後、俺は背筋を寒くした。

選抜された四十匹の実装石が、人気のない道を選んで近場の駅に移動する。この数は連れ
て行く奴隷実装や、『仔実装を使った武器』は含まれていない。すでにルートは選別済み
だった。
到着後、四十匹は幾つものグループに分かれて潜伏。実装石のサイズなら、隠れるところ
には事欠かないだろう。
そして、駅にニンゲンが溢れたとき、つまり早朝のラッシュ時に計画を実行する。
奴隷実装を使った糞の大砲、『仔実装を使った武器』、ほかにこの日のために集めた様々
な武器を使い、いっせいにニンゲンに襲い掛かる——。

それはまさに、実装石によるニンゲンへのテロリズムだった。

『なんてこった・・・』

明日繰り広げられるであろう光景を想像する。混雑する駅のホームにぶちまけられる実装
糞。ガラス片や楊枝、串を持って足につきかかる実装石。キヨスクに群がる糞蟲。そして汚
物と悪臭から逃げ惑う人間。

いつも通りの通勤風景は、阿鼻叫喚のパニック状態に陥る。下手すりゃ線路に転落して電
車に引かれるなどして死人まで出るかもしれない。

正直言って、洒落にならない。今すぐにでもバールのようなものを担いで、連中を皆殺し
にしてやりたい衝動に駆られる。

しかし、俺は実に個人的な理由からそれを行うことは出来ない。

町内会からの依頼では、『少数ならともかく、大量虐殺は駄目である』ということになっ
ている。それを破った場合、あの気の弱そうな町内会会長ではその犯人をかばいきること
は出来ないだろう。その結果、実に面白くないことになる。

つまり、うちに大挙して愛護派のオバハンが押しかけることになる。下手すりゃトチ狂っ
たオバハンのお陰で、引越しせざるを得ないような嫌がらせを受けるかもしれない。

ガキのころから住み慣れた我が家だ。それは絶対に嫌だった。

ふと、うちの会社の社長が言っていたことを思い出す。

二人して飲み屋でウダウダしていたとき、何で駆除業者始めたんだ?と尋ねたことがある。

そのとき社長は、「実装石が怖いからだ」と答えた。それなりの知能と冗談みたいな再生
能力と繁殖力、適応性。もし一万年後や十万年後、人間の文明が衰退したとき地球の覇
者になるのは彼らだと自分は思っている。そんなことを未来の自分が見るのは嫌だから、
一匹でも多くの糞蟲どもを殺しておきたい。

はじめそれを聞いたとき、大笑いしたように思える。お前飲みすぎだと。しかし今ならそ
の気持ちは少しはわかる。ただ全面的に同意は出来ない。

このように、知能ある実装石、言ってしまえば自分の知能に絶対の自信を持っている実装
石に共通する欠点がある。いや、実装石の本能に刷り込まれた致命的な欠点といってもいい。

実装石は、人間を侮りすぎる。

今もこうして、気付かれているのにもかかわらずばれていないと思って「計画」の準備を
進めている。俺にヘンな縛りがなければ、今すぐ皆殺しにされるというのに。それに「計画」
自体、成功しようと失敗しようと参加する実装石の全員死亡は確定的だ。例え成功しても、
人間に一矢報いる以外の効果はない。その後は、運がよければこの地方、悪ければ全国で
の実装石の一斉駆除が始まるだけだ。まったく無意味な自爆テロ。それを教祖も含めて公
園中の実装石が人間に復讐できると喜んで準備を進めている。滑稽以外の何者でもない。

もっとも、そんな喜びは今日限りなんだけどな。

広げた荷物をしまって、いったん家に帰ることにする。手持ちの道具では心もとないし、
教祖だけを殺るなら時間はまだ早い。

望遠鏡を最後に見たときには、例の仔実装を使った武器を、公園の実装石全員で作り始め
ていた。

どこから持ってきたのかライターを使って小さな焚き火を作り、その火で、手足を千切ら
れた糞蟲仔実装の傷口をあぶり、再生できなくする。次に熱した釘を総排泄口に差し込み、
焼いて穴をふさぐ。後は髪を抜くだけだ。

仔実装を使った手りゅう弾。使うときには集めたゲロリかドドンパを食べさせて投げつけ
る。ゲロリのときは糞を口から吹きながら宙を舞い、ドドンパのときは行き場を失った糞
が仔実装の体を破裂させ、肉片と体液と糞を撒き散らす。はた迷惑な武器だ。

朝にはストレス死する個体もあるだろうが、それでも十分な数が計画時には残るだろう。
実装石たちは嬉々として作業を続けている。

精々頑張れよ。もっとも、その努力は無駄に終わるんだけどな。

一人つぶやいてから、俺はその場を離れた。





夜11時半ごろ、俺はまた公園に来ていた。

家からバールのようなものを含む虐待、というよりも殺害を前提にした武器を持ち出し、
動きやすい格好に着替えてから時間をつぶし、今に至る。

動きやすい格好といっても、闇夜のカラスになれる仕事着の黒ツナギだけどな。

公園を注意しながら歩いてまわる。

体力の乏しい実装石のことだから、朝が早いと考えれば早めに就寝するに違いない。その
考えはあたりだったようで、公園では歩き回る実装石など一匹もおらず、ただあちこちの
ダンボールからいびきが聞こえてくるだけだ。

シチュエーション的には完璧だ。ふふふ、覚悟しろよ教祖実装石。

足音を殺しながら茂みの中に入り、昨日使ったよりも長い吹き矢の筒を構えながら、一つ
一つダンボールハウスを調べていく。筒の中には睡眠薬が塗布された矢が装てんされてい
る。騒がれちゃまずいからな。

面倒だが、これが一番確実だろう。

縦置き、横置き型とダンボールハウスにもいろいろあるな。何かダンボールハウス見物を
しているような気分だ。

ちなみに、公園で自由に動き回れるのはこれが最後みたいなので、設置した集音マイクも
回収していく。

・・・・・・中々見つからないな。あちこちのダンボールをあけたりしめたりしながら、心の中
だけでぼやく。成体実装石の数だけダンボールハウスがあると考えると、最大で約50個
のダンボールハウスを調べなければならない。今あけたので16個目。中々先は長い。

と、林の中の一つのダンボールを開くと、いた。額に十字架を貼り付けた実装石。教祖だ。

仔はいないらしく、餌の転がる大き目のダンボールを一人占拠していびきをかいている。

アホ面さらしやがって。覚悟しやがれこの・・・・・・。

ふと何かが気になり、振り上げたバールのようなものをその場で止めてしまった。

多くの場合、実装石は賢いほど住居に気を使う。具体的には、人間にばれないように茂み
の中に作ったり、浅くとも穴を掘ったりする。逆に言えば住居が賢さのバロメータになる
わけだが。

この教祖のダンボールは、ただ開口部が上にあるだけの、ただのダンボールハウスだ。

その時、俺の頭の中で何かがはじけた。見つからなかった教祖。人間には見分けのつかな
い公園の実装石たち。あっさりと見つかった教祖。そして額の十字架。

結論が出た。その瞬間、俺は得物を振り下ろした。

鉄で出来たバールのようなものは、一撃で教祖の体を打ち砕く。縦に一文字の大怪我を負
わされ、体の中の偽石を破壊されたのだろう、悲鳴の一つもなく絶命した。

俺はこいつの死亡を確認した後、あたりの小石を拾い集めてポケットに突っ込み、手近な
木に登った。ガキのころ以来の木登りは、思いのほかスムーズにてっぺんに登ることが出
来た。

その後、ポケットの小石を使って見える範囲のダンボールハウスに手当たり次第に投げつ
ける。いかに鈍感な実装石とは言え、寝込みを襲われれば慌てて飛び出してくる。その数
が頃合になったとき俺は木の幹にへばりつき、息を殺して動きを止めた。

案の定寝ているところをたたき起こされて、実装石どもはパニックになって右往左往して
いる。そして、額に十字架をつけた実装石を見つけて、パニックは頂点に達した。

「教祖様がシンデルデスゥーーーーーーーーーーー!!!」

その叫び声に反応してか、他の場所からも続々と実装石が集まってくる。そのすべてが、
教祖の死体を見つけては絶叫し、その場に泣き崩れる。中には死体を見た瞬間、ショック
で偽石が砕けたものまでいた。

公園中の実装石がその場に集まり、教祖の死体を確認して嗚咽を漏らす。物事の分別がつ
かないような幼い仔実装まで泣き声を上げている。げに恐ろしきは教祖のカリスマ。

だが、今夜のショーはこれで終わるわけじゃない。・・・ほら、きた。

教祖の死体の周りにはひざまずいた実装石の群れがひしめいている。その外側から、群れ
をすり抜けるように一匹の実装石が死体まで近づいていく。自然と、実装石たちの注目は
そいつに集まる。

「諸君、落ち着くデスゥ」

その実装石は、教祖の死体から十字架を剥ぎ取ると、自分の額につけなおした。呆然とす
る他の実装石たち。

「こいつはこの教祖から証を奪おうとした大罪実装デスゥ。この私こそ本当の【教祖】。
諸君はなんら悲しむことはないのデスゥ」

デデェ、と驚く実装石たち。無理もない。今まで教祖が死んでいたと思っていたのに、い
きなり似たような奴が出てきて、自分こそが本当の教祖だといったのだ。どちらが本物か、
一瞬では判断がつかなかったのだろう。

「嘘つくなデスゥ!!教祖様は死んじゃったデスゥ!!偽者が嘘つくなデスーー!」

パニック状態の一匹が新たな教祖に殴りかかる。だが、その拳(?)が触れることはなく、
その実装石は教祖にあっさりと投げ飛ばされ宙を舞う。

実装石にしてはかなり大きい放物線を描き、デギャと茂みの向こうで着地する。ふむ、な
かなかやるな、教祖。

「諸君らが驚き、悲しみ、そして私を疑うことも無理はないデスゥ。しかし、まずはこの
教祖の言葉を聞いて欲しいデス」

そういって教祖は事の顛末を話し始めた。

『皆が解散し、眠りについたころ、一匹の糞蟲が自分の不意をつき、十字架を奪った』

『私はその後糞蟲を追いかけて公園中を探し回ったが、結局今まで見つからなかった』

『糞蟲は私に成り代わろうとしたが、おろかなことにニンゲンの手にかかり死んだ』

『そして今、私はこの十字架を取り戻したのだ』

「おろかなニンゲンはこの教祖の命を奪おうとしたデス。しかしこの糞蟲を教祖である私
と勘違いし、糞蟲を殺したことで満足してさっていったデスゥ。
今日、この計画を控えた日に糞蟲の発生とニンゲンの襲撃!!しかし、それらを持ってし
ても私を殺すことは出来なかった!!
この神の寵愛こそが実装石の長たる証。諸君らを栄光と幸福に導く、教祖の力なのデスゥ」

デデェ〜〜、とひざまずく実装石たち。公園中の実装石の知能の底上げは、演説の内容を
理性的に受け付けるという効果として発揮されている。もはやこの実装石を教祖でないと
疑うものはいない。公園中の実装石が、この教祖の発する威厳だか後光だかを感じている
だろう。

・・・何が『神の寵愛』だ。お前はわかっていて十字架を俺が殺した実装石につけさせていた
んだろうが。

教祖くらいの知能の発達した実装石が、他の実装石と同じようなダンボールハウスを使用
するわけがない。そう考えた俺はある仮説を立てた。

ダンボールハウスの中身は、教祖ではなく教祖の身代わりだと。

結局、ここの実装石たちも俺も、額についた十字架で教祖であるかどうかを判別していた。
実装石は同族にしかわからない臭いの差で個体を区別するという話を聞いたことがあるが、
それよりも解りやすい『十字架』という特徴が、普段の識別方法を上回っていたのだ。

それに、体格、よごれ具合など、ほかに外見で識別する方法は、教祖自身が公園の実装石
に洗濯の方法を教え、自身もそれに合わせた洗い方で統一することによってつぶすことが
出来る。個体数の調整と食生活の改善で、全体的に体格もよくなったろうしな。

これらから昼間の指示を出していた実装石は、『判別できないが同じ実装石があちこちで
指示を出している』ということが解る。

そして、ダンボールに転がっていた餌。金平糖すら混じる野良にしては上質な餌は、おそ
らく口止め料なのだろう。『夜だけお前はこの教祖の代わりとなるのデスゥ。これはその
お礼デスゥ』みたいな感じで。

だからこそわざと偽者を殺し、あたりに石をぶつけまくって他の実装石をたたき起こし、
騒ぎを大きくさせた。そうすれば大事を控えた今、混乱を収めるためにも本物の教祖が姿
を現さざるを得ない。

俺の予想は的中したわけだ。

目の前では教祖の忠実な僕たちが、カルト宗教真っ青の土下座を披露している。そしてそ
の光景に笑みを浮かべる教祖実装石。

ああ、お前の考えていることは、その笑みでわかるよ。何しろ嫌というほど見てきた、他
人を見下し、自分こそがすべての頂点であると思い込んだ糞蟲の笑い方だからな。

そうだろう?計画もニンゲンに一矢報いるということは違わないが、それについての犠牲
はひたすら説明しなかった。おそらく、計画実行時には道案内だけを済ませて、自分は安
全な場所に隠れ、恐慌状態に陥る人間たちと死滅していく同族たちを見物するつもりなの
だろう。

その後は、ほかの公園かどこかに移動し、同じ計画を練るか、あるいは単純にボスとして
栄光の日々を送るのだろう。

それだけの知能と実行力があれば、確かに並みの実装石なんてゴミにしか思えないだろう
な。使い捨ての道具くらいにしか思えないんだろうな。でなけりゃ、身代わりを立てるな
んてこと思いもよらんだろうな。

今も自分にひざまづくたくさんの実装石を見て、悦に浸っているんだろう?

あんまり嬉しくて楽しいもんだから、そんな笑みをこぼしているんだろう?

だがな、俺に言わせてみりゃお前は、お前が道具扱いした実装石たちよりもはるかに劣る、
最低の糞蟲だ。飢えから来る同族食いにも、自己優先の外見差別よりも醜い悪意の塊だよ。

俺はばれないように体を動かし、吹き矢の筒を構える。今装てんされているのは睡眠薬を
塗られた針じゃない。会社の装備部から借り受けた最後の道具だ。

照準が整い、思い切り息を吸い込んだ瞬間、俺と教祖の目が会った。

これまでの静かな嘲笑は一瞬で崩れ、絶望という名の帳が顔を覆う。叫ぼうと口が動く。

残念だが、ちょっと遅いよ。

ふっっっ!!!

狙いたがわず、教祖の額に矢が命中した。

はじめは周りの実装石はだれも気付かなかった。命中しても音が出なかったからだ。

だが、教祖の近くの実装石たちが教祖が小刻みに震えているのに気付く。

間を置かずに、教祖の目から血涙が流れ出す。口からも体液を吐き出し、股間からは下着
から溢れるくらい糞をもらす。

尋常ではない様子に驚きおののく実装石たち。しかし、この薬の効果はこれからだ。

教祖の体が一瞬で膨れ上がる。そして。

ばぢんっ!!

まるで風船がはじけるようにして、爆裂四散した。

これこそ虐待派御用達の実装企業メイデン社が試作した新型コロリの試供品だ。偽石と体
成分に働きかけ、体液を一瞬で沸騰させ、体を破裂させる。よく仕組みはわからないが、
これでもかという苦痛を与えつつ、周りにもある程度の被害を与えられる。

元々の用途は見せしめ、大勢の前での処刑用なのだとか。少数の試作品が駆除業者に回り、
俺はそれを拝借したというわけだ。

あたりの実装石は一瞬何が起こったのか理解できず、しかし今度こそ教祖が死んでしまっ
たことに完全にパニック状態に陥っている。

この調子だと計画は完全に頓挫してるだろう。リーダーシップを発揮する唯一の実装石が
消えて集団行動も出来なくなれば、公園での実装石は以前に戻る。晴れて依頼を完遂したわけだ。

しかし・・・・・・。

『これからどうやって降りようか』

下の大騒ぎを見下ろしながら、暗澹たる気分でつぶやいた。










十日目である。というか連休が終了し次の日曜日だ。

土曜はほぼ寝て過ごしたため、いつもの日曜よりも早く起きてしまった。

その証拠に、インディがかじりつきでテレビに見入っている。スーパーヒーロータイムだっけ。

机の上に置かれた新聞を広げながら、先週の出来事を反芻する。

教祖殺害後、俺は木から下りることが出来ず、そのままの格好で夜を過ごした。当然、出
勤を控えているのに徹夜だ。結局降りられたのは空が白み始めてしばらく経った六時過ぎ
だった。

ドンチャン騒ぎで疲れ果ていびきを立てる実装石たちを尻目に自宅に戻り、不安げに詰め
寄るインディに事の顛末を説明しながら着替えて出勤。徹夜はつらいが一日くらいいつも
通りに仕事をすることは出来るだろう、駆除の予定はないからデスクワークばっかりだし。

その予想は大幅に外れた。装備部の連中が社長にこの話を漏らしやがったからだ。

社長曰く、『おおいに興味深い特殊な実装石の例です。本来、社の備品の個人的な使用は
罰則が適用されますが、これを書いてくれれば多めに見ましょう』

命令は唯一つ、報告書という名の白い紙束を埋める作業だった。

三日ばかしの深夜残業が追加された瞬間だった。

町内会のほうでは公園の実装石が可愛くなくなった、うちの子供への被害がなくなったと
話題沸騰だったらしい。もちろん町内会長は質問攻めだったらしいが、会長は笑顔で、

『プロの技術を持つ専門家の方に依頼しただけですよ』

とだけ言ったそうだ。やるな、おっさん。

ただ、木曜日に段ボール箱三つ分になる饅頭が大挙として送られてきたときはびびった。親
戚が作っている饅頭らしく、世話になった人が喜んで食べていたと話すと、これだけ持っ
てきてくれたそうだ。

これでいいとは言ったが、ここまで持ってくることもないだろうが。一人と一匹で片付け
ようと努力したが胸焼けでストップし、会社の連中にだいぶ持っていったが、まだ段ボー
ル箱一箱半が現在も居間に鎮座している。・・・視界の端に映っている。

実装石たちの計画は未だに起こっていない。ルートを完全に把握していたのが教祖だった
だけに、残りの連中はとにかく目立つが解りやすい道しか知らなかったんだろう。

一人に頼った計画なんて、そんなもんだ。

ふと、新聞の地方欄に気になる記事があった。

『深夜の集団移動? 実装石の交通事故。
土曜の午前三時ごろ、道路で実装石の集団がトラックにひかれる事故が発生した。四十匹
ほどの実装石が車道の真ん中を行進しており、トラックの運転手がそれに気付かず引いて
しまった模様。
専門家は住んでいた公園から他の公園へと移住しているのだろう、と話している』

・・・・・・そうか。あいつら結局計画を実行しようとしたのか。

その根性は認める。しかし、人間にとっても実装石にとっても、その計画は成功してはい
けなかった。お前たちには悪いが、失敗してよかったんだよ。

なんとなく諸行無常とかそんなことを考えながら、俺は大きくあくびをしたのだった。




























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1 Re: Name:匿名石 2017/02/10-23:02:40 No:00004254[申告]
ニンゲンサンの縛りプレイに救われてただけの糞蟲が実装石の限界の下、死んでいく
どんなに頭が切れて悪辣な実装石でもその末路はむなしいものだ
2 Re: Name:匿名石 2017/02/23-14:04:15 No:00004359[申告]
この話大好き。
まさにエンターテイメント。
3 Re: Name:匿名石 2017/08/22-15:14:21 No:00004845[申告]
おもしろかった。ドラマがある。
4 Re: Name:匿名石 2017/09/08-19:18:23 No:00004857[申告]
やっぱり糞蟲は最後には駆除されないとな
5 Re: Name:匿名石 2019/09/23-15:39:18 No:00006109[申告]
謎解き感がたまらないスクだね
6 Re: Name:匿名石 2019/09/23-16:09:01 No:00006110[申告]
良かった…怪我をしたドライバーさんはいなかったんだね
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