【散歩に行こう】 としあきは一匹の実装石を飼っている。 処分品を安く買ってミドリと名付けたその実装石は、当たりと言っていい大人しい性格の良個体だった。 だが、としあきにはある不満があった。 ……ミドリが最近太ってきていたのだ。 大きな水槽で飼われているミドリは、まだ仔実装の頃ははしゃぎまわったりおもちゃで遊んで しっかり運動できていたのだが、成長するにつれ水槽は狭くなり、あまり動き回ることができなくなった。 その結果、あまり動かずにゴロゴロ寝ていることが多くなってしまった。 水槽から出して室内で飼えばいいと思うだろうが、としあきはずぼらな性格で、 処分品で躾がしっかりされていなかったミドリのトイレの躾をいい加減にしかしなかったので、 ミドリを水槽で飼う分にはその中だけ掃除すればよかったが、室内で放し飼いするのはリスクが大きかった。 ともかく、太ったミドリは今日も水槽の中で横になっている。 その寝顔は幸せそうだが、あごはたるみ、ほほは垂れ下がっている。 おまけに鼻水とよだれを垂れ流すその寝顔は、お世辞も可愛いとは言えない。 『デプゥ……デプゥ……』 何だか寝息まで太った感じだ。 そんなことを思いながらその寝顔を見ていたとしあきは、ついにある決断をした。 「おいミドリ、起きろ!」 『……デプッ!?あ、おはようございますデス、ゴシュジンサマ』 「おい、起きたか!?散歩だ、散歩に行くぞ!」 『さ、さんぽデス!?』 まだ寝ぼけまなこのミドリの手を引き、玄関へ連れて行って外出の準備をする。 ミドリには飼い実装の証である首輪をつけ、としあき自身もミドリが粗相をした時用の袋など、 いくつかの道具を手提げ袋に入れた。 『さんぽは久しぶりデスゥ!』 「あぁ、そうだな。そうだ、近所の公園でも行くか?」 としあきがわざとらしくそう尋ねる。 実はとしあきはミドリを公園に連れて行ったことがないし、ミドリが行きたがることもなかった。 公園にいる野良実装は飼い実装を襲って食べてしまうと、仔実装の頃に教え込んだからだ。 そんなことを教えた理由は簡単だった。 ただ単に、外に散歩に連れて行くのが面倒くさかったからである。 『こ、公園は行きたくないデス!野良のオトモダチは怖いデスゥ!』 「ははは、ミドリは怖がりだなあ。じゃあ近所をぐるっとひと回りするか」 としあきとミドリは玄関から連れ立って外に出て、住宅地の小道を歩き始める。 「お前と散歩するのも久しぶりだな。仔実装の頃は何回か散歩したけど……」 『おさんぽ楽しいデス』 「前に散歩に連れてった時は、お前にあわせてゆっくり歩いてやったなあ」 『もう大きくなったからゴシュジンサマの好きな速さで歩いても平気デス』 それでもとしあきは、最初はミドリに合わせた速度で歩いた。 大きくなったと言っても人間と実装石では歩幅に差があり過ぎるから当然なのだが……。 そのまま10分ほど歩いた頃、としあきはミドリを見下ろして言った。 「これじゃ運動にならないな。もう少し早く歩いてもいいか?」 『デフゥ、デフゥ……!』 歩き疲れたのか、ミドリは答えるのも辛そうだったが、それでも小さくうなずいた。 ……少なくともとしあきはそう判断した。 「よし、じゃあ先に行ってるからな!」 としあきはそのまま速度を速めて、曲がり角を曲がってしまう。 それを見たミドリは慌てるが、すぐにあることを思い出す。 (これはあの時と同じデス……仔実装の頃にさんぽした時も、ゴシュジンサマは先に行ってしまった。 ワタシが泣きべそかきながら走って追いかけると、道の先にはゴシュジンサマが待っていて……) 『————抱き上げてくれたデスゥ!』 あの時と同じように、ゴシュジンサマが抱き上げてくれるに違いない。 そう思ったミドリは息を切らせて走り、曲がり角を曲がった。 ……だが、そこには誰もいなかった。 『ご、ゴシュジンサマ……?』 誰もいない路地。 その先は左右に別れた丁字路になっている。 『も、もしかしてその先にいるデス!?』 分かれ道を左に曲がってみたが、誰もいない。 では反対側かと後ろを振り返るが、そこにもいない。 『ど、どこに行ったデス……?』 丁字路の先をさらに進むと、再び現れる分かれ道。 今度こそ……と、どんどん曲がるうちに元来た道が分からなくなる。 『ご、ゴシュジンサマァ……!』 ミドリは半べそをかきながら、不安げに周囲を見回す。 辺りは住宅地なので似たような家が立ち並び、実装石にとって目印になりそうなものは見当たらない。 さらに言えば、自宅と同じようなアパートもいくつか建っていて、自宅かそうでないかの判別もつかない。 『そ、そうデス!臭いをたどって帰るデス!』 あらゆる身体能力が低い実装石だが、託児した仔の臭いをたどる等、嗅覚だけは優れている。 飼い実生を謳歌していたミドリにもその自覚はあったようで、鼻を鳴らして周囲の臭いを嗅ぎ始める。 鼻水を垂らした鼻でどうやって嗅ぎ取ったのか判らないが、やがて元来た道に残る自らの臭いを嗅ぎ取ると、 パァッと表情を明るくし、来た道を戻り始めた。 いくつかの曲がり角で自身の臭いを嗅ぎ取って、正しい道を引き返すミドリ。 だが……。 『……デデッ!?臭いがないデス!』 時間が経ったせいなのか、あるいは何か他の理由があるのか、その曲がり角には臭いが残っていなかった。 がっくりと肩を落として落胆するミドリ。 『どうすればいいんデスゥ……』 帰り道が分からぬままに、しばらくとぼとぼ道を歩いていくと、木が茂った広場のような場所が見えてきた。 そこはとしあきの家の近所にある公園の前だったが、ミドリはその位置関係を知らない。 なので、近くにとしあきの家があることには気づかず、公園に来てしまったという恐怖のみを意識した。 『ま、まずいデス!ワタシは飼いの証の首輪をしてるデス! このままだと野良のオトモダチに食べられちゃうデス!』 ミドリは急いで立ち上がると、疲れた体に鞭打って全力で走り始めた。 『ゴシュジンサマ……!迎えに来てデスゥ、ゴシュジンサマァァァァ!』 泣きながら公園の前の交差点を突っ切って走るミドリ。 ゴシュジンサマの助けを求めて、そして野良実装への恐怖に駆られて走るミドリには 横から走ってくるトラックの姿は見えてはいなかった。 『————デブェッ!』 * * * 翌日。 としあきの家に電話が掛かってきた。 「はい、実装石飼ってます、ミドリと言いまして……。 えぇ、はい、散歩中にはぐれてしまって探していたんですが……」 実装石の轢死体からミドリの情報が登録されたマイクロチップが見つかったという連絡だ。 「はい、残念ですが仕方ないですね……いえ、さすがにトラックに轢かれた姿は見たくないです。 そちらで何とか、はい、片付けて頂けると……ありがとうございます、ご苦労さまでした」 電話を切ると、としあきはミドリの水槽を外に出して洗い始めた。 主に糞便で付いた汚れを念入りに洗い流すと、最後に実装用消臭スプレーを念入りに噴き掛ける。 水槽の掃除が終わると、家の中にもスプレーを噴き掛け、ミドリの残り香をすっかり消してしまう。 「トラックに轢かれたか……事故にならなくて良かった。 まあ、帰って来なくて良かったってのもそうだけどな……」 散歩の途中でミドリを撒いたとしあきは、アパートの周囲に消臭スプレーを噴き掛けて臭いを消していた。 ほとんど外出したことがないミドリには、臭いさえなければ家の区別などつかないと思ってのことだったが、 思ったとおり自宅まで帰りつくことはできなかったようだ。 「独り暮らしってのも寂しいし、このアパートは実装シリーズ以外のペットは飼えないし……。 どうするかなあ、次はちゃんとトイレの躾済みのやつを買うか? それなら水槽に入れなくても飼えるかもしれないし」 * * * その後としあきは躾済みの仔実装を買い、ちゃんと散歩に連れて行くなどして可愛がってみたが、 今度は糞蟲化して処分する羽目になること数回。 「処分品なのに性格良かったミドリの奴は、当たりだったんだなあ……悪いことした」 『ポク?』 とうとう実装石を飼うのを諦め、高い金を払って仔実蒼を購入した。 アオと名付けたその仔実蒼との関係は良好で、独り暮らしの寂しい心を埋めてくれていたが……。 としあきの家には今でも、ミドリの使っていた水槽が自らの過去を戒めるように置いてあるのだった。 * * * * * 実装用消臭スプレー『ムシューデス!』 大分由来の成分を使っていない為、実装石が居るご家庭でも安心してお使い頂けます! 終わり
1 Re: Name:匿名石 2025/02/20-04:27:43 No:00009526[申告] |
なんか知らんけど不可抗力ってやつだなたぶんきっと
そういう事にしとこう |
2 Re: Name:匿名石 2025/03/01-20:02:47 No:00009541[申告] |
トラックと衝突してる時点で事故案件なのでは…?
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3 Re: Name:匿名石 2025/03/01-21:42:35 No:00009542[申告] |
トラックくらいの質量があれば成体実装とぶつかっても何ら問題ないので大丈夫 |
4 Re: Name:匿名石 2025/03/01-22:26:08 No:00009544[申告] |
まあこの世界だと浮かれ出たカエルより轢かれてるだろうからな実装石
変にアクション起こした方が事故に繋がる恐れある |