『今年もよろしく!』 基本的に、野良の実装石に暦の概念はない。 平均的な個体なら1~3まで、賢い個体でも10までしか数えられないと言われている実装石には、そもそも1か月というサイクルすら理解することはできないのだ。 彼女たちはただ肌感覚で季節の移り変わりを捉え、他の動物たちと同じように本能で冬の訪れを感じとり、親から子へと代々伝えられた知識をもってその脅威に備える。 唯一の例外があるとすれば、クリスマスである。 飼いでなければ人間が決めた暦など知りようもない実装石だが、クリスマスだけは数週間前から浮つく男女やライトアップされる街の様子からその日が近いことを知り、 いわゆる『幸せのお裾分け』的な善行をしたがる偽ぜ……もとい愛護派からの施しや、次の日にコンビニから廃棄されるケーキやチキンなどの売れ残りにありつこうとする。 (もちろん多くの者がそういった実装石を狙う虐待派に捕まったり、コンビニのゴミ捨て場に仕掛けられた罠にかかって命を落とすのだが) が、それも12月25日が明けるまでの話だ。 クリスマスが済んでしまえば、実装石が人間の活動に興味を示すことも、その特別な日のおこぼれに与ろうとすることもない日々がまた始まる。 しかし、それゆえに起こる悲劇もまた……ある。 年が明けて3日目、一人の男が公園を訪れた。 「さーて、また明日からクソめんどくせぇ仕事漬けの毎日が始まるし、今日はいっちょ景気づけにブワーっといっときましょうかねえ」 男は雨も降っていないというのに、膝近くまであるゴム製の長靴をはいていた。さらに上下とも汚れの落ちやすい雨合羽のような服を着て、手にも工場などで使われる 使い捨てのゴム手袋をはめている。 そして両足を左右に開いて軽くストレッチをした後、男は腰を落としてこれから誰かと殴り合いでもするかのような構えをとった。 その男の脳内に、80年代のロボットアニメ『戦闘メカ ザブ〇グル』のOP曲『疾風ザブ〇グル』のイントロが流れ始める。 「今年の実装虐待始めじゃぁ! 双葉としあきは男の子ぉぉーー!! そしてボク、アルバイトぉぉーーーーっ!!!!」 そう叫ぶやいなや、男がいきなり短距離走の選手を思わせる美しいフォームで走りだす。そして公園の四方を囲う茂みの一角に突っ込むと、そこから大きなダンボール箱を蹴り出した。 「デゲェッ!?」 「「「テチャァッ!?!?」」」 「レヒャッ!?」 砂の地面にゴロゴロと転がった箱から、数匹の実装石が転び出てくる。親と思われる成体が1匹、仔実装が3匹、蛆が1匹。 「な、なんデス? 一体なにが起こったデスッ!?」 一番大きな成体の実装石が立ち上がって周りを見回したその瞬間、彼女の目に信じがたい光景が飛び込んできた。 なんと全身をゴムやビニールで覆った人間が自分たちの家を何度も踏みつけ、飛び乗り、ぐしゃぐしゃに潰しているのだ。 もちろん彼女がこの冬を越すために蓄えていたドングリなども粉々に砕け、水を汲むのに重宝していたペットボトルもひしゃげ、生活に必要だった品々の全てが台無しになっている。 「や、やめるデスゥ! それはワタシたちが生きていくための大切なものなんデスーッ!」 「レビュェ!?」 なんという皮肉であろうか、慌てて男に駆け寄ろうとした実装石は、その拍子に自分の末娘である蛆を踏み潰してしまった。 だがそんなことに気づく余裕すらない彼女は男の足に縋りつき、ふくらはぎの裏あたりを両手でぽふぽふと殴りつけている。 「チッ、うぜぇなあ。お前は殺すつもりねえんだから、ちょっとそこでじっとしてろ」 男が突進前に地面を蹴る牛のような動作で足を後ろにぶんと振り上げると、実装石は悲しいほどあっけなく吹っ飛ばされ、近くにあった木の幹に叩きつけられた。 「デグァッ!?」 激突の衝撃で腰骨が砕け、その根元から背骨が外れてしまった実装石は、重症のヘルニア患者がそうなるように尻を突き上げた姿勢のまま動けなくなった。 それでもなんとか顔を上げ、男の行方を目で追うと、そこにあったのはさらなる地獄絵図——————自分が踏み潰してしまった蛆以外の三姉妹が男に捕まり、 その手の中で長女が今まさに握り潰されようとしている光景だった。 「オームヴァジュラウンタラカンタラナンタラソワカ……」 男はまるで魔界に入ってしまった北〇琉拳伝承者、もしくは帝都を滅ぼそうと企む魔人のような恐ろしい形相で、何やら怪しげな呪文を唱えながら長女の体をめきめきと締めつけていた。 もちろんこの顔にも呪文にも特に深い意味はない。 呪文はただ手の中の仔実装を極限まで怖がらせるためのものであり、顔のほうはちょっとボルテージが上がりすぎてしまっているだけなのだ。 「ヴァァジュラァァァァァ!!!!!!」 「テビャァァァァァァァ!?!?」(パキン!) あまりにも恐ろしい男の顔と大声に、長女は肉体が潰れてしまう前に精神と偽石を崩壊させた。 両目を灰色に濁らせ、ぐったりとした長女の体を男は親の前へと投げつける。 そして偽石は壊れていないものの、姉の無惨な死にざまを見て気を失っていた次女と三女は、頬の肉をむしり取られるというえげつない方法で強制的に気付けされ、その痛みで目を覚ました。 「テ……テチュゥン♪」 「……テッチュゥ~ン♪」 媚びた。 人間によって命の危険に晒された二匹は、皮肉にも人間からの庇護を受けることで究極の安心を得ようとする実装石の本能に従い、虐待派である男に媚びてしまった。 愛護派の人間以外に対してそれを行うことは最大のタブーであると、親から教わっていたにも関わらずだ。 「はいぃぃ~」 「ヂィィッ!?」 どこぞのエスパー芸人のように気の抜けた掛け声とともに、男は軽く白目を剥きながら次女の顔を地面に擦りつけた。 人間でも砂の地面の上で転べば膝をすり剥く。次女もまたヤスリのごとき砂地で顔面を削られ、皮膚と両目を丸ごと失った。 「ヂャァァッ!? 痛いテチ! おメメが見えないテチ! ママ、どこなんテチ? ママー! ママー!」 おぞましい顔になってしまった次女が親を探し、短い両手で宙を探る。男はそんな次女の肩と両足を左右の手で掴むと、雑巾を絞るような手つきで胸と腹の真ん中あたりをぐきりと捻った。 「ヂュエ……?」(パキン!) 上半身と下半身の方向を正反対にされた次女が、どこか間抜けな声を上げながらこと切れる。 そして再び失神しそうになっていた三女もまた、股から首の下にかけて真っ二つに裂かれ、無惨な死体となって親の前に投げ捨てられた。 「な、なぜデス……どうしてワタシたちがこんな目に遭うデス……。ワタシも仔供たちも何一つ悪いことなんてしてないデス……なのにどうしてこんな……」 這いつくばった実装石が爪のない手で地面を掻き、怨嗟の声を吐く。 だが男はそれに対して少しも悪びれることなく、彼女にとって信じられない言葉を口にした。 「ん? そんなもん、お前らが『そのためにいるから』に決まってんじゃん。お前ら実装石は俺ら人間がストレスを発散したくなったときのサンドバッグとして存在してんだよ」 「デ……ェ……?」 あまりといえばあまりの暴言に、実装石の小さな脳みそはその言葉を理解することを拒んでいた。が、男は構わず手前勝手な理屈を並べ立てる。 「とはいえ、俺たち(虐待派)はこう見えてもお前らのことをリスペクトして、それなりに感謝もしてるんだぜ? なんせお前らはこの世の誰よりも人間様のために役立ってるんだからな。 お前らが他人の飼い実装でない限りは殺しても法に触れず、社会的にも『まあ実装石だからいいか』って特にドン引きされもしない存在でいてくれるからこそ、 この社会では大したイジメもパワハラも起きず、みんな適度にガス抜きできてるんだ。お前らを絶滅させるべきなんて言ってる連中(駆除派や虐殺派)もいるけど、 この世に実装石がいなかったら人間同士でどれだけの争いや刃傷沙汰が起きてることやら」 そう、人間に限らず、全ての生物は弱肉強食というルールに従って生きている。 どんなに高等な社会性を持った生物であろうと、しょせん畜生の一種でしかないのだ。 ならばヒト同士の間で社会性を損ねることなく、自由にストレスを発散できる実装石という生物の存在は実にありがたいものではないだろうか。 男の『実装石をリスペクトしている』という言葉は、そういう意味で嘘ではなかった。 「お前を殺さないって言ったのも、もっと長生きして俺たちが殺すための仔供をどんどん増やしてもらわないといけないからさ。というわけで、今年もよろしくぅ!」 男はそう言いつつ、スポーツ飲料のCMに出演できそうなほどの爽やかな笑顔でサムズアップを決めてみせた。 さっきまでの鬼のごとき形相が嘘のようだ。彼が言うとおり、実装石を虐待することには尋常ならざるストレス解消効果があるのかもしれない。 「なぜデス……なぜ……」 男の言葉を理解することを拒んだ実装石は、とっくの昔に彼が公園を去り、砕けた腰骨が再生してからも地面に這いつくばったまま、ずっとそうつぶやき続けていた。 彼女が納得できないのも同然である。彼女たちに非は一切ないのだから。 しいて言うなら、ただ運が悪かったのだ。 そう、男が正月に買ったレトロゲームの詰め合わせ福袋に、懐かしの『スーパー〇ボット〇戦α外伝』(戦闘メカ ザブ〇グル参戦作品)が入っていたのが悪かったのだ……。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき 久しぶりにキチゲを発散したくて実装スクを書いてみました。 ネタ的に本当は正月中に書き上げたかったのですが、ダラダラしてたらいつの間にか節分まで過ぎて……一年経つの早すぎィ! 他にもいくつかネタはあるんですが、数年前からちょっと文章がド下手になる病気みたいなもんに罹っておりまして、次に何か出せるのはいつのことやら……。
1 Re: Name:匿名石 2025/02/06-20:08:47 No:00009505[申告] |
α外伝のストーリー良かったよなー αの主役出てこないけど台詞で匂わせるの好きだった |
2 Re: Name:匿名石 2025/02/09-13:51:53 No:00009510[申告] |
まあそこに居てくれないと成立しない時点で甚振るだけが目的の虐待派は災害の様なものだけど根絶やしにしてくる駆除派や虐殺派と似てる様で結構違うわな
あっちは増悪や義務で種族そのものへの滅絶意識明確に高いしね |