【ある踊る仔実装の悲哀】 実装通販は数多くあるが、大手通販サイトが始めた実装関連商品通販サービスの 『namamon』も大手のひとつとして存在する。 本元の通販サイトアカウントと連携できるため、新たにアカウントを作る必要がない手軽さから、 実装石に興味があるけど専門サイトに登録するのは敷居が高い、というライト層に人気だった。 * * * 「へぇ、即日発送かぁ。いいじゃん……ポチッとな」 そんなライト層の一人、名野ふたばが購入したのは『ダンス♪ダンス♪コジッソーちゃん』という、 よくある踊る仔実装の商品だ。 エサは不要、排泄しない、飽きたら箱ごと実装ゴミの日にポイ!という手軽さが売りである。 エサ無しでどうやって生きるのかとふたばは不思議に思ったが、以下のような説明があった。 【本商品の仔実装は仮死状態で配送されます。 付属の容器に入った偽石に別添の栄養剤を注ぐと仔実装は蘇生します。 栄養剤の養分が偽石に吸収されることで仔実装はエサを食べなくても生きられます。 この栄養剤には成長抑制剤も含まれている為、体が成長することはありません。 ただし、週に一度は栄養剤を取り換えてください。 本商品に栄養剤は4回分封入されていますが、栄養剤のみの販売もしております。 また、容器内の偽石を傷つけると仔実装は死んでしまうことがあるのでご注意ください】 * * * 翌日、ふたばが仕事から帰ってくると、置き配ボックスに商品が届いていた。 「さすがに早いね……さぁて、初めての実装石、楽しみだなあ」 部屋に入ったふたばは、さっそく届いた商品を開封した。 まず目についたのは、一辺30cmほどの透明な立方体の箱。 天板は取り外せるようになっていて、中に密封されて仮死状態の身長15cmほどの仔実装が寝ている。 外壁には長さ3cmほどの試験管のような容器がテープで固定されており、 容器の中には小さな偽石が入っていた。 「これを傷つけちゃいけないんだったよね、気をつけないと」 さらに、透明な立方体ケースとは別に付属していたのが、醤油のタレビンのような容器が4本。 中には説明にあった栄養剤が入っているようだ。 「さて、なになに……まずは仔実装の密封を解きます、か。はい、開封した。 そして、偽石の入ったケースに栄養剤を注ぎます……はい、注いだ」 すると、わずか数秒後……。 『……テチュ?』 「おぉ……!」 動き出す仔実装に感激するふたば。 仔実装はふたばを見上げ、ぺこりとおじぎをして挨拶した。 『はじめましテチ!オカイアゲありがとうございますテチ!』 「わぁ、可愛い!君、名前は何ていうの?」 『ゴシュジンサマのおすきなおナマエをつけてほしいテチ!』 「よーし、じゃあ君の名前は……テチコよ!」 『テチコ……!ステキなナマエテチィ!ありがとうございますテチ!』 飼い実装の証である名前を付けてもらい、テチコは感激に目を潤ませた。 そしてさっそく踊り始める。 『ワタチ、イッショーケンメイおどるテチ!みてくださいテチ! テッチュン♪テッチュン♪テチテチテチューン♪』 それは手足をジタバタさせたり、身体をグネグネさせるという奇っ怪な動きであったが、 実装石初心者のふたばにとっては全てが珍しく新鮮だった。 「あはは、おもしろーい!」 それから一週間、ふたばとテチコは仲良く一緒に暮らしていた。 * * * その日、ふたばは仕事でのストレスを抱えて帰宅した。 職場でのハラスメントが問題視される時代だが、ふたばのいる職場ではまだそういうモノが残っていた。 「ったく、クソ係長が!やってらんないわよ!」 部屋に帰るなり、冷蔵庫から缶チューハイを取り出して一気に喉に流し込む。 ストレスが少し洗い流される気がした。 『おカエりなさいテチ!おシゴトおツカれさまテチィ!』 しかしテチコの甲高い声が、今日のふたばにはとても耳障りに感じられ、再びストレスを生じさせる。 「……」 『……テ、テチュ?』 いつもならただいまの挨拶をしてくれて、優しい笑顔を向けてくれるご主人様。 だが今日は冷たい視線を向けてくる……テチコは戸惑った。 何かつらいことがあったなら、自分の踊りで励まさなくては! そう思ったテチコは、元気いっぱいに鳴きながら踊り始めた。 『テッチュー!テッチュンテッチュン♪テチュテッチュン♪テチテチテチュン、テチテッチュ——』 「うるさい!」 『——テッ!?』 踊りを見せると、ご主人様はいつも笑ってくれた。なのにどうして? 戸惑いを隠せないテチコだったが、自分は踊ることで人間を励ますために産まれたと胎教されている為、 ご主人様に拒絶されたとしても、すぐに踊りを止めるわけにはいかなかった。 『テェェ……ゴシュジンサマ、ワタチのおどりをみてゲンキになってほしいテチ……。 テッチュン、テッチュン……』 ふたばの機嫌を伺うように視線をちらちら向けながら、テチコは恐る恐る踊り始める。 だが、その視線はふたばを余計にイライラさせた。 「やめて!今はあんたに構う気になれない」 『テェェ……』 ここまで拒絶されてしまうと、さすがのテチコも踊りを止めざるを得なかった。 立方体ケースの中に座り込み、しょんぼりと俯いて黙りこくった。 (ちょっと可哀想だったかな……でも、私が仕事であんなに苦しんでるのに、 テチコは人の気も知らずに踊ってばかりで……) そもそも踊るだけが能である商品なので、踊ってばかりなのは仕方ないのだが、 今のふたばには当たり散らす対象が欲しかった。 そして、実装石初心者のふたばでも知っている「糞蟲」という存在の知識。 双方がふたばの心の中で出会うことで、もし犬や猫をペットに選んでいたなら 決して至らなかったであろう結論に、ふたばは達してしまった。 (そうよ……私の気も知らずにへんてこな踊りを自慢げに見せつけてくるなんて ……もしかしてあいつ、糞蟲じゃない?) 一度そう思い始めてしまうと、その考えが心を占めていくのはすぐだった。 糞蟲は人間に逆らうどうしようもない実装石で、関わると碌なことがないくらいの知識しかないふたば。 しばらく考えていたが、やがて意を決した。 購入時に付属してきた栄養剤のタレビンを保管していた引き出しから取り出すと、ゴミ箱に捨てる。 立方体ケースの外壁にテープで固定されていた試験管の中身はそろそろ換え時なのだが、 もうふたばにその気はないようだった。 その日、ふたばが布団に潜り込んで電気を消すと、テチコの小さな泣き声が聞こえてきた。 『……テチュン、テチュン……』 踊りを見せて怒られたことがよほどショックだったのだろう。 だが、ふたばはもう何とも思わなかった。 * * * 数日後、テチコは体の不調を訴えていた。 偽石を浸している栄養剤が古くなっているが故の症状だったが、テチコにそんなことはわからないし、 実装初心者のふたばにも詳しいことはよくわからなかった。 もっとも、ふたばにとってはもはやどうでもいいことだったのだが。 『ゴシュジンサマ……何だかだるいテチ……』 「ふぅん。仕事行ってくるから、一日寝て治しときなよ」 『わかったテチ……』 ふたばが部屋を出る際にチラリとテチコのケースを振り返ると、 テチコはケースの中で横になり、目を閉じていた。 (……栄養剤を換えてないからかな?もう捨てちゃったからどうしようもないけど) その日、ふたばは何故かテチコのことが頭から離れず、仕事にあまり集中できず上司に怒られた。 * * * 「ただいま……」 ストレスを抱えて帰宅したふたばは、冷蔵庫から缶チューハイを取り出して喉に流し込む。 上司に怒られたストレスが少し洗い流される気がした。 テーブルの上に置かれたテチコのケースを見ると、ふたばの帰宅に気づいたテチコが のろのろと体を起こしていた。 『おかえりなさいテチ』 「……少しは元気になった?」 『な、なったテチ。もうおどれるテチ』 テチコは何やら慌てた様子で、体を動かして元気アピールをしている。 そして以前のようにテチテチ鳴きながら踊り始めた。 『ゴシュジンサマ、ワタチのおどりでゲンキになるテチ。 テッチュン、テッチュン。テチテチューン』 しかしその踊りには以前のような元気さはなかった。 元々不格好な踊りだったが、今ではふらふらしながら踊っているので不気味な踊りといった感じだ。 体調が快復していないのは明らかだったが、踊る仔実装として生み出されたテチコにとって、 ご主人様の為に踊れないことは死よりもつらいことと胎教されていたので必死だった。 その必死さはふたばにも伝わったようで。 (……お前が元気になれよってくらい体調悪そうなのに、こんなに私の為に一生懸命に踊って。 もしかして、こいつ良い仔なのかな……?) などと考え直していた。 「わかったわかった。もういいよ。まだふらふらしてるじゃない。 今日はもういいから寝なよ」 『はいテチ、おやすみなさいテチ……』 そして翌朝、ふたばは仕事に行く前にテチコの様子を確認した。 前日よりもさらにつらそうで、ふらふらしながら笑顔を向けてくる。 「も、もういいから、今日も寝てな」 『あ、ありがとうございますテチ、ゴシュジンサマ……』 * * * そして、ふたばが仕事を終えて帰宅すると、テチコは死んでいた。 朝、仕事に出かける前の笑顔は最後のカラ元気だったのだろう。 立方体ケースの中で仰向けに倒れ事切れていたテチコの表情は苦痛に歪んでいたが、 よく見ると笑っているようにも見えた。 もしかしたら、ふたばの為に踊りの練習をしていたのかもしれない。 「テチコ……栄養ドリンク買ってきたのに……」 昨晩、実装初心者のふたばがネットで調べた情報によると、 偽石を栄養ドリンクに漬ければ実装石は元気を取り戻すとのことだった。 だから仕事帰りにコンビニで高い栄養ドリンクを買ってきたのだが……。 ケースの外壁に貼られた試験管の中の偽石は崩壊していた。 「……ゴキュッ」 気がつくと、ふたばは栄養ドリンクを飲み干していた。 そしてテチコのケースを中の死体ごとゴミ袋へ。 「……明日か」 目元を袖で拭うと、ゴミ袋を玄関に運ぶ。 そう、明日は実装ゴミの日。忘れずにゴミを出さなければ。 そして明日もまた仕事なのだ。 テチコの死を引きずって、また上司に怒られるのは御免だった。 * * * テチコとの出会いと別れを経て、ふたばは少しだけ実装石を知ることができた。 もっともそれは、今後の彼女の人生において毒にも薬にもならない些末な経験だったのだが。 それでも、テチコがいた冬の時期になると。 「あの時、栄養剤を捨てなかったら、まだテチコと一緒だったのかなあ」 そんな風に思い出すことが、ごくたまにあるのだった。 終わり
1 Re: Name:匿名石 2025/01/31-03:00:27 No:00009494[申告] |
ゴミみたいな人間だな笑 |
2 Re: Name:匿名石 2025/01/31-05:16:15 No:00009495[申告] |
取り巻く全てが軽くて薄い
でも手軽って事は究極こういうことよね… 実装の命なんてその程度なんだろうけどそれにしたってなんか希薄だ |
3 Re: Name:匿名石 2025/02/03-04:46:56 No:00009499[申告] |
いい話ふうにしてるのが残念 |
4 Re: Name:匿名石 2025/02/07-11:05:26 No:00009506[申告] |
可哀想 |
5 Re: Name:匿名石 2025/02/12-20:34:33 No:00009514[申告] |
人間があまりにもダメ屑すぎて、実装石が不憫に思えてしまった。 |
6 Re: Name:匿名石 2025/02/12-22:44:23 No:00009515[申告] |
空気読めない以外は割と良個体っぽいから可愛そう
情緒不安定な飼い主に飼われた不幸だね |
7 Re: Name:匿名石 2025/02/18-04:03:35 No:00009524[申告] |
テチコ可愛いわあ
こういう仔だったら飼ってみたい、飽きたら箱ごとゴミでいいそうだし。 食べる楽しみも成長して仔を産む喜びも知らず、ただ踊って人間を喜ばせるだけが生きる意味 本当酷い扱いだな! |