警衛実装 ------------------------------------------------------------------ 都内に所在するとある駐屯地。 正門のすぐ側にある警衛詰所の裏手で、二人の自衛官が話し込んでいた。 その足元には、気を失った状態の成体実装が一匹転がっている。 「それで、見つけてきたのがこいつってわけか・・・」 警衛勤務に就いていた虹川2曹は、外柵の見回りから戻ってきた部下の浦田3曹から報告を受けていた。 いつも通り異状はなかったものの、どこからか来たのか分からない成体実装が外柵の近くで倒れており、 始末に困ったので持ち帰って来たとのことだった。 「身なりからして、おそらく飼い実装と思われます」 「そうだろうな」 未だに気を失ったままの成体実装の首元には、ややくたびれた感のあるリボン付きの首輪が巻かれていた。 迷子になっか、捨てられたか、それとも逃げ出してきたか。 いずれにしても野良実装のように追い払って終わり、という訳にはいかない。 ペットである以上は他者の財物という扱いになるため、下手な真似は出来なかった。 「とりあえずは話でも聞いてみるか。ほら、起きろ、大丈夫か?」 指先で頬を何度かつついてやると、デェ・・と鳴き声を上げて成体実装が目を覚ます。 『デデッ!?』 自分を見下ろす男二人に驚いた様子だったが、逃げたり媚びたりしないあたり、それなりに躾けられた個体なのだろうと虹川2曹は思った。 スマホのリンガルアプリを立ち上げて話しかける。 「こちらの言葉はわかるか?」 『デ・・・分かりますデス。ここはどこデス?』 「ここは・・・まあ言ってもわからんとは思うが、自衛隊の駐屯地だ。お前さんが気を失って倒れてたんで連れてきた」 『それは・・・ありがとうございますデス。それと、勝手に入ってごめんなさいデス』 「何故こんなところで倒れていたんだ?お前さん、おそらく飼い実装だろう?」 『デェ・・ 話すと長くなるデス・・・』 この実装石が語ったところによると、元々は飼い実装だったが、飼い主だった老婆が亡くなり、この実装石も路頭に迷う羽目になったらしい。 とりあえず住処を確保するために公園に行こうとしたところで、駐屯地に迷い込んだらしかった。 おそらく飼い主だった老婆は、独居老人で身寄りも無かったんだろうな、と虹川2曹は推察した。 「虹川2曹、どうしますか、この実装石?」 浦田3曹の言葉に虹川2曹は腕を組んで考え込んだ。 長い間人間に飼われていたこの実装石が、野良で生きていけるとは思えなかった。 さりとて自分で引き取ることも難しい。 虹川2曹は営外者だが、住んでいるアパートはペット禁止だった。 視界の端に使う者が居ない犬小屋が映る。 元々その犬小屋を使っていた警備犬は老齢で引退していた。 今は新たな飼い主の元で穏やかな余生を過ごしていることだろう。 代わりの警備犬はまだ配置されていなかった。 これは予算不足と、警備犬育成上の都合によるものだ。 いっそ里親が見つかるまでの間、警備犬の代わりってことにでもするか。 「よし、実装石。お前さんの行き先が決まるまで、しばらくここに置いてやる」 『いいんデス?迷惑じゃないデス?』 「その代わり、俺達が命じた仕事をしっかりこなしてもらう。どうだ?」 『デェ・・・願ってもないデス!頑張りますデス!』 実装石はペコペコと頭を下げた。 「いいんですか?」 「まあ、大丈夫だろう」 眉をひそめて問う浦田3曹と対照的に、虹川2曹はわりと楽観的だった。 この駐屯地の警備担当の幹部は、初級幹部時代に虹川2曹があれこれ世話を焼いたことに未だに恩を感じていた。 他の幹部も諧謔のある人達ばかりだから、よほどのことがない限り問題視するまい。 「そういえば実装石、お前、名前は何て言うんだ?」 『ミドリ、デス。ご主人サマがつけてくれた大切な名前デス』 「そうか。よろしくな、ミドリ」 『よろしくお願いしますデス』 翌日から早速、ミドリの警衛実装としての勤務が始まった。 虹川2曹から使い古しの私物の作業帽を被せてもらい、これも適当にでっち上げた「警衛」と書かれた腕章を左腕に巻いて、 ミドリは警衛任務に従事した。 主な仕事は午前と午後に一回ずつ、外柵に沿って見回りを行う事と、来隊者があれば警衛勤務の人間と共に敬礼して出迎えることだった。 大した仕事とは言えなかったが、これには意外な広報効果があった。 駐屯地が公園に面していることから、ミドリが外柵沿いに見回りしている様子は近隣住民の目にもよく留まった。 「今日もがんばってねーっ!」 『ありがとうデスーッ』 物珍しさに手を振る幼子達に手を振り返し、時には挙手の敬礼を返すミドリは、ちょっとした人気者になっていた。 一度、近隣の小学校の児童が職場見学に訪れた時も、ミドリが挙手の敬礼で出迎えたことが大いに受けて、 ミドリを中心に集合写真を撮りたい、と児童達からせがまれるなどといった場面もあった。 こうしたプラスの効果があってか、ミドリの存在について文句をつける人間は誰もいなかった。 「今日もご苦労さん」 『デスッ!』 なにせ、ここの駐屯地司令が、挙手の敬礼で出迎え・見送りをするミドリにしっかりと答礼しているのだ。 文句が出ようはずもない。 ミドリはこうした新たな生活に満ち足りたものを感じていた。 ご主人サマが亡くなった時はどうなるかと思ったが、優しいニンゲンさん達のおかげでこうして日々楽しく生きていられる。 もっともっと頑張ろう、そうしてニンゲンさん達の役に立って恩を返すんだ。 だが、ミドリの意思に反して、穏やかな日々は少しずつ陰りを見せ始めていた。 南西諸島方面での対象国による領海侵犯や領空侵犯が多発し、軍事的緊張が高まりを見せる中で、国内では自衛隊基地周辺での「平和を求めるデモ」が頻発していた。 最初のほうこそ基地の周辺を練り歩いて平和がどうの憲法がどうのと叫ぶだけだったが、 最近では隊員に対する罵声や基地内への投石、閉鎖した門からの侵入を試みるといった危険な行為が頻発していた。 「まったく、平和平和というわりには物騒な真似をしてくれるな・・・」 虹川2曹が頭を掻いてぼやく様子に、ミドリはそこはかとなく不吉なものを感じていた この日はミドリの居る駐屯地を標的にデモが行われていた。 平和を謳ってのデモだったはずだが、デモ隊は人殺しだの軍国主義者だのと物騒な罵り声を駐屯地に向かって投げつけている。 この日、運悪く警衛任務に就いていた虹川2曹と浦田3曹は、立哨としてその矢面に立されていた。 虹川2曹の足元には、当然のようにミドリが付いてきている。 正門は閉じられているものの、興奮したデモ隊がいつ乗り越えてくるか知れたものではなかった。 「ここまで悪意をぶつけられるほど悪いことをした覚えはないんですけどね」 「別れた女房の悪態を思い出すよ。たまらんな」 離婚して今は独り身の虹川2曹が複雑な顔でぼやく。 仕事で忙しい自分を女房は文句も言わず支えてくれる。 そんな感謝は独りよがりのものだったことを、虹川2曹が思い知らされた。 突然の罵りに困惑している間に、女房は一人娘と飼っていた実装石を連れて出て行った。 それ以来、娘達とは一度も会えていない。 娘達は元気にしているだろうが。 そんな場違いな思いが脳裏をよぎる。 虹川2曹は足元のミドリに声を掛けた。 「ミドリ、危ないからお前は詰所の陰に隠れていろ」 『デ、デスッ!」 やや躇いながらも、ミドリは敬礼して詰所の陰に走っていった。 隠れながらもこちらを心配そうなのを視界の端に捉え、虹川2曹は口の端を吊り上げた。 真面目な奴め。やる気のない若い奴らに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ。 まあ、実装石には爪などないが。 そんな事を考えている合間に、デモ隊は投石を始めていた。 「退避!退避!手近な物陰に退避しろ!」 そう指示を飛ばしながら、虹川2曹も哨舎の陰に飛び込む。 詰所のガラスが投石で割られ、破片が飛び散った。 残念ながらこちらから手は出せない。 投石がひどくて近づけないし、そもそも人数が違いすぎる。近寄ったところで袋叩きにさ れるのがオチだろう。 ミドリは詰所の陰から事態の推移を見守っていた。 門の外からは石を投げたり大声で悪口を言ってきたりとやりたい放題だ。 幸いミドリの方に石が飛んでくることはなかったが、このままでは皆怪我をしてしまうと、冷や冷やしながら見守っていたときだった。 石に混ざって、何か筒状の物が投げ込まれた。 端の方からは白い煙が出ている。 あれは危険だ、よく分からないがきっと凄く危ないものだとミドリの本能が告げる。 だが、ニンゲンさん達は身を隠すのに手一杯で誰も気付いていない。 ミドリは詰所の陰から飛び出して細長い物体を抱え上げると、人気の無い広場の方へと全速力で駆けだした。 虹川2曹は、突然詰所の陰から飛び出してきたミドリが、何かを抱え上げたのを視界に捉えた。 金属製の筒。 端からは白煙が出ている。 おそらくは手製のパイプ爆弾か何かだろう。 頭の片隅で冷静に状況を分析しつつ、虹川2曹は思った。 ミドリの奴、そんな物騒な物を抱えて何をしようと・・・。 「よせ、ミドリ!止めろ!」 虹川2曹の呼びかけにミドリは一瞬だけこちらを振り向くが、そのまま誰もいない広場の方へと駆けていった。 虹川2曹は追いかけようと哨舎の陰から身を乗り出そうとするか、投石が集中して動きを封じられてしまう。 その十数秒後。 パイプ爆弾が爆発し、ミドリの身体を跡形もなく吹き飛ばした。 「ミドリ・・・」 爆発の光景の一部始終を見ていた虹川2曹は呆然と呟いた。 投石や罵声はいつの間にやら止んでいる。 パイブ爆弾の爆発後、デモ隊は蜘蛛の仔を散らすように逃げていった。 「虹川2曹、ご無事ですか!?」 詰所から浦田3曹ら数名が出てきて虹川2曹に駆け寄る。 虹川2曹は被害状況等について確認し上に報告するように指示を出すと、爆発現場を確認してくると告げて広場へと駆けだした。 浦田3曹も後に続く。 爆発現場の広場は、肉片やパイプ爆弾の破片が飛び散り、あちこち焦げた跡があるばかりで、肝心のミドリの姿はどこにも見当たらなかった。 「・・・虹川2曹、これを・・・」 浦田3曹が血と肉片で汚れ、所々が裂けた状態の作業帽を差し出す。 虹川2曹がミドリに被せてやっていた作業帽に違い無かった。 「ミドリのやつ、俺たちを守るために・・・」 「・・・ああ、米国なら議会名誉勲章ものだな」 虹川2曹は浦田3曹に広場の状況について上に報告してくるよう伝えると、自身は詰所の被害状況を再確認するため踵を返した。 皆の前に戻る前に、せめて涙を止めなきゃな。 そうだろ、ミドリ。 数日後。 「遅くなって済まんな、ミドリ」 詰所の裏手の目立たぬ箇所に穴を掘り、ミドリの唯一の遺品となった作業帽を安置する。 あの後、マスコミが押しかけて大騒ぎしたりお偉いさんからのご下問があったりとでやたらと忙しかったため、 なかなか時間を作れず今日まで引き伸ばしになってしまっていたのだ。 後は穴を埋め戻し、駐屯地内で見つけてきた手頃な石を墓石代わりに置いてお仕舞、というところで、思わぬ来客があった。 「済まんが、邪魔するよ」 まさかの駐屯地司令のお出ましである。 虹川2曹らが驚いて敬礼すると、駐屯地司令は微笑を浮かべながら答礼する。 「その実装石の活躍で人的被害は皆無だった。せめてものこと、見送りぐらいはさせて欲しいと思ってね」 こうして、ささやかながらも厳かな埋葬が始まった。 列席者が直立不動で敬礼を送る中、虹川2曹がミドリの作業帽にそっと土を被せて穴を埋める。 作業帽が完全に土の下に消えたところで、虹川2曹も姿勢を正して敬礼する。 ありがとうな、ミドリ。 どうか安らかに眠ってくれ。 そう祈る虹川2曹だった。 「お越しいただき、ありがとうございました」 虹川2曹が駐屯地司令に敬礼すると、駐屯地司令も答礼する。 「・・・毎日見ていた顔が急にいなくなると、寂しいものだな」 そう言い残して去ってゆく駐屯地司令を、虹川2曹らは改めて敬礼で見送った。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2025/01/26-16:30:47 No:00009485[申告] |
元飼いとは思えない随分と献身的な個体だなあ忠実装というべきか
元々善性があったのか後天的なのか主人との死別も影響しているのか… 付け焼き刃や取り繕いではないだろう気になるバックボーンや実装格している |
2 Re: Name:匿名石 2025/01/26-16:52:52 No:00009486[申告] |
これは良い話
たまにこういう個体もいるんだよな…生まれついての性格も大きいだろうし育った環境も良かったんだろう |
3 Re: Name:匿名石 2025/01/27-06:12:21 No:00009487[申告] |
映画『イージー・ライダー』で主人公たちにくっついてきた男が
ヒッピーやバイカーたちを迫害するアメリカ人たちを揶揄して 「自由についてはいくらでも語るくせに、本当に自由な人間を見るのが怖いんだ」というシーンがあるけど こういうデモに参加して喜んでる連中も同じだな 平和や人権を語り、まるで自分たちが弱者であるかのように振舞いながら その立場を盾にして自分たちが気に入らないものを攻撃する ヘドが出るルサンチマンどもだわ 実装石の糞蟲のほうが自分は糞蟲ですと包み隠さず全身で表現してる分まだマシまである |
4 Re: Name:匿名石 2025/01/28-05:00:59 No:00009490[申告] |
たまには糞蟲ではない実装石がいてもいいじゃないか |
5 Re: Name:匿名石 2025/02/08-18:39:48 No:00009509[申告] |
ミドリ隊員に、敬礼 |
6 Re: Name:匿名石 2025/02/15-23:16:24 No:00009522[申告] |
がんばったね、ミドリ
こういう立派な実装ほどニンゲンの意思とは関係なく死んでしまうんだよなあ… |