実翠石との生活Ⅲ 初詣 ------------------------------------------------------------------------ 今日は元日、ということで、私は実翠石の若菜を伴い近所の神社に初詣に行くことにした。 「お父さま、どうです?似合ってるです?」 「・・・ああ、とてもよく似合っているよ。すごく可愛い」 「えへへ♪」 商店街の服屋で振袖を着付けて貰いご満悦な若菜の手を引き、神社へと向かう。 慣れぬ草履に少々足元が覚束ないのか、若菜は両手でしっかりと私の手を握っていた。 気温は少し低めだったが、繋いだ小さな手から伝わる温かさが、心も温めてくれていた。 神社に着くと、既にそれなりの行列が出来ていた。 数は多くないが、屋台も何件か並んでいて賑わいを見せている。 お参りするまでただ並んでいるだけというのもつまらないため、屋台でベビーカステラを買い求め、若菜と分け合って摘むことにした。 「お父さま、あーん、です」 腕を伸ばして私にベビーカステラを差し出す若菜。 人前では少々気恥ずかしかったが、若菜の笑顔には逆らえず口に含む。 口の中でふんわりと広がる甘さと嬉しそうな若菜の表情に、自然と頬が緩む。 「あらあら、ずいぶんと仲がいいようで」 いつの間にか後ろに並んでいた老婦人の、好意的な笑みを含んだ声が聞こえて思わず赤面する。 「いや。これはお恥ずかしいところを・・・」 声の主は近所にお住まいの老婦人だった。 実蒼石を飼っており、若菜との散歩中にお会いした際は良くしてもらっている間柄だった。 今日もその足元には、マフラーを巻いた実蒼石がリードに繋がれて立っている。 「明けましておめでとうございますです」 ペコリと頭を下げる若菜を皮切りに、互いに新年の挨拶を交わし合う。 「可愛い振袖ね、良く似合っているわよ」 「ありがとうございますです。お父さまに選んでもらいましたです」 老婦人に振袖を褒められて照れる若菜に、私のほうが嬉しくなってしまう。 親バカだな、と自覚しつつも、そんなやり取りをお参りの順番が来るまで楽しんでいた。 『デギィィィィィ・・・!』 そんな若菜達のやり取りを、憎悪のこもった視線で見つめる存在があった。 若菜達の幾らか後ろに並んだ親子(父母に幼い娘の三人)に連れられた飼い実装のミドリは、目の前で楽しげにしている実翠石を見てはらわたが煮えくり返る思いだった。 自分が着たこともない綺麗な服で着飾り、ニンゲンにチヤホヤされて、天敵である実蒼石と楽しそうにしているヒトモドキのデキソコナイ。 翻って自分達の扱いはどうだろう? 着ているのは生まれた時から変わらぬ実装服だけ。 実蒼石が巻いているマフラーすら無く、寒い事この上ない。 飼い主である少女に抱かれた四匹の娘も同様だ。 実翠石が手に持っている美味しそうな食べ物など、自分達は口にしたこともない。 ここ最近はさして美味しくもないフードばかりで、コンペイトウすら与えられていなかった。 自分達の受けている冷遇と、デキソコナイが生意気にも厚遇され愛されている姿に我慢ならなくなったミドリは、 何としてでも痛い目を見せてやろうと無い知恵を絞って策を巡らせていた。 ミドリは自身が冷遇されていると感じていたが、客観的に見れば必ずしもそうとは言えなかった。 不意の妊娠で止む無くとはいえ仔を持つことを許されていたし、食事は欠かさず与えられていた。 防寒具や金平糖が与えられないのは、四匹も増えた仔実装のために餌代その他の出費が嵩んだためだった。 だいだい、勝手な妊娠や出産を理由として処分される同族が多い中で飼い実装の地位を維持し続けられるだけでも僥倖なのだ。 だが、実翠石との理不尽な格差を見せつけられたと思い込んだミドリには、そんな客観的事実はなんの慰めにもならなかった。 ようやくお参りの順番が回ってきた。 お賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼し、今年も若菜が健やかに育ってくれるようお祈りする。 横目で見やると、若菜も見様見真似で作法通りのお参りしていた。 お参りを終えると、後続の参拝者の邪魔にならぬよう、若菜の手を引き列から離れる。 「若菜は何をお願いしていたんだい?」 「お父さまと、ずっと一緒にいられますように、ってお願いしましたです」 私の問いかけに、若菜ははにかんだ笑みを浮かべる。 「お父さまはどんな事をお願いしていたんです?」 「若菜がずっと元気に育ってくれますようにって、お願いしたよ」 正直に答えると、若菜は嬉しそうに身体を寄せて来た。 「お父さまと、両想い、です・・・」 なんとも言えぬ照れ臭さがこみ上げてくるのを誤魔化すように、御守りでも買おうかと、私は若菜の手を引き社務所へと足を向けた。 飼い主に身体を擦り付けて媚を売る実翠石の姿を見て、ミドリはもう我慢ならなかった。 『デキソコナイがいるテチ!』 『糞蟲がニンゲンに媚びてるテチ!』 『ムカつくテチ!』 『ヒトモドキなんてドレイにしてやるテチ!』 ミドリの娘達も実翠石の姿を認めたのか、テチテチとうるさく鳴き声を上げている。 実翠石との距離は数メートル程。 飼い主に媚びるのに夢中な間抜けな実翠石はミドリに気付いていない。 やるなら今だと思ったミドリは、ひり出した糞を手にすると実翠石に向かって駆け出した。 あれほど綺麗な服を汚したとなれば、実翠石も飼い主に愛想を尽かされて捨てられるだろう。 実翠石がデキソコナイらしく惨めに野垂れ死ぬ様を思い浮かべたところで、ミドリは何かに足を払われて顔面から地面に突っ込んだ。 『デギャァッ!?』 痛みを堪えて顔を上げると、目の前には実翠石とじゃれあっていた実蒼石が、自慢の鋏を構えて立っていた。 『デ・・・デデッ・・・!?』 天敵である実蒼石に睨まれて、恐怖のあまりたっぷりと糞を漏らすミドリ。 実装石の抱く悪意に敏感な実蒼石は、実装石の浅はかな悪事を看過し得なかったようだった。 「アオイ?いきなり走り出してどうしたの?」 少し離れたところで飼い主の老婦人が実蒼石を呼ぶ。 実蒼石はミドリに冷たく一瞥をくれると、そのまま老婦人の元へと戻ってゆく。 恐怖と屈辱に醜く顔を歪めるミドリだったが、事態はもうそれだけでは済まなくなっていた。 「え、何?すっごく臭いんだけど?」 「げっ、糞蟲じゃん」 「うわ、糞漏らしてるぞ」 「誰だよ、こんな糞蟲連れてきた奴」 「どうせネジの外れた愛護派だろ?」 「新年早々嫌なもの見ちゃった。やだやだ」 周囲のニンゲンから向けられる悪意に気付いたミドリは、困惑と拒絶される恐怖に顔面を青くする。 更に悪い事に、ミドリの娘達が致命的なやらかしをしていた。 「お母さん、この仔たち、ウンチもらしちゃった!」 飼い主の少女が悲鳴に近い声を上げる。 実翠石に怒り狂ったのか、実蒼石に恐怖したのかあるいはその両方か、ミドリの娘達は飼い主の少女に抱っこされた状態でたっぷりと糞を漏らしていた。 少女が着ていた晴れ着には、ミドリの娘達が漏らした糞により汚い緑色がベッタリと染み付いてしまっている。 それでも投げ捨てたりせずに抱っこしたままにしていた少女だったが、その愛情が被害をより悪化させる結果となった。 周囲からの視線にいたたまれなくなり、少女の両親はお参りも出来ずにその場を後にせざるを得なくなる。 半ば引きずられるように連れて行かれるミドリだったが、これから自分達を見舞うであろう不幸な運命に、身体よりも心を酷く痛めつけられていた。 糞まみれになった晴れ着の弁償代で、新年早々多額の出費を強いられたミドリの飼い主一家は怒り心頭だった。 『悪いのはあのヒトモドキなんデス!ワタシタチは悪くないデス!』 『そうテチ!悪いのはあのデキソコナイテチ!』 『ワタチタチは悪いことなんてしてないテチ!』 『あの媚びる糞蟲をぶっ殺してこいテチャァッ!』 『むしろワタチタチの待遇が悪すぎるテチ!ご飯はステーキとスシにしろテチィッ!』 デスデステチテチ喚き散らすミドリ一家に完全に愛想を尽かした飼い主一家は、反省の色が見られないミドリ一家を手放す事に決めた。 近所に住む普段は疎遠にしている虐待派の親戚に、ミドリ一家を引き渡したのだ。 年明け早々虐待初めとして親仔共々全身を滅多打ちにされ糞喰いを強要されたミドリ一家だったが、偽石を抜き取られて栄養剤に漬けられているため、 これから相当の期間、死ぬことさえ許されない苦痛と悲哀に満ちた日々を送ることとなる。 『ワ、ワタシタチは悪くないデス・・・』 『悪いのはヒトモドキテチ・・・』 『もうこんなのイヤテチャァッ・・・』 『クソママが余計なことしたせいテチィッ・・・』 『もうウンチなんて食べたくないテチュゥゥ・・・』 元日の夜。 共にベットに入った若菜の頭を撫でて明かりを消す。 「お休み、若菜。いい初夢が見られるといいね」 「お休みなさいです、お父さま」 横になると、頬に若菜の唇が触れる感触があった。 「夢の中でも、お父さまと一緒、です」 何とも言えぬ頬のくすぐったさと温かさが、たまらなく心地良かった。 今年も若菜と一緒ならば、きっと良い一年になるだろう。 そんな不思議な確信を抱いて、私は目を閉じた。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2025/01/01-20:22:43 No:00009455[申告] |
若菜たちに気づかれてもいないまま新年早々に転落実生を迎えるミドリ親仔に笑った
あとアオイGJ |
2 Re: Name:匿名石 2025/01/04-05:26:08 No:00009456[申告] |
年中行事に連れてこられてるだけで十二分に優遇されてた事に気付けていない時点で遅かれ早かれって感じだったね
万が一その浅はかなプランとやらが成功していたら飼い主は大ダメージを被る訳だし公の場に出していい存在じゃない名実共の糞蟲だよミドリ |