薄汚く黒っぽい埃は室外機から出てきたものだろうか。 それがあちこちにこびりついた薄汚いベランダだった。 実装ハウスと実装ボール、実装給水機や実装トイレが備え付けられた立派な水槽がある。 実装好みのピンク色や黄色が基調の彩色がされた小空間だがすっかり汚れてしまっていた。 仔実装がその中に一匹だけ飼われていた。 「テェンテェェン!」チラッ「テェェエエエン!」 ペチペチと小さな手で水槽の壁面を叩き、哀れっぽく自分をアピールする仔実装。 ご主人様に聞こえるようにわざとらしく大声で泣きじゃくる。 チラッチラッ…時折パタリと泣き止んでご主人様がこちらを見ているか確認する。 ウソ泣きなのだ。 「テェン!テェェン!!」見られていないのを確認したらまた嘘泣きへと戻る。 無視しないで!とでも言いたげだ。 「テェェ!チーッ!」カン高い鳴き声が安アパートのベランダにこだまする。 水槽はそこそこ防音がしっかりしているのか、隣近所が怒鳴り込むほどの音量ではない。 「テェハァ…テェ…」息を切らし、疲れ切ったのかぐったりとする仔実装。 壁面にベッタリと顔面を張り付けて、室内、くつろぐご主人様を血眼で見つめていた。 ~~~ 実装石の祖先とは出来損ない玩具に命が宿ってしまったものという都市伝説がある。 曰く、不出来な奇跡の元に生まれついたそれは処分を間近に脱走した。 曰く、自分が無価値な失敗作だと信じたくなかったからだった。 そうしてその末裔達はニンゲンに愛される事を求め構われたがり遊んでもらいたがる。 存在を承認される事でこの世界に居ていい事を保証してもらう為。 大袈裟に泣いたり事ある毎に糞をするのも、喜怒哀楽がいちいち激しいのさえ、 本質的には人間の反応を引き出す為なのだと。 しかし好きの反対は無関心とはよく言ったもの。 ニンゲンの多くは無関心派で、虐待派にせよ愛護派にせよごく一握り。 実装石が無視を加虐される事より本能的に恐れるという研究結果を鑑みれば、 正しく大多数である彼らこそが実装石の天敵と言えるのかもしれない。 どうあってもニンゲンに構われたい存在、それが実装石というものなのだから。 ~~~ 「テェン…」疲れた仔実装は静かに泣いていた。 僅かばかりであるが流れる涙は色付きの本気涙だ。 人間に構ってもらいたがって流すニセモノの透明涙ではないもの。 目を潤ませながら、熱心に室内を覗く。 自分に関心を向けずと楽しそうに過ごすご主人様がいる。 その様子に心を引き裂かれていた。 ワタシといたほうが楽しいのに!仔実装は思う。 「テェ〜テチュ〜♪……テテチィ…」 ワタシの愉快な実装ダンスは見たくないの?おウタも沢山思いついたよ! 少し口ずさんだおウタはずっと一緒にいてほしいというような歌詞。 実装ショップで選ばれて、飼われた当初は何度も実装ボールで遊んでくれた。 楽しい楽しい実装ランドにも連れて行ってくれた。 何より家の中で一緒に暮らしていた! なのに今はベランダに追い出され、寒空の下で一人暮らし(仔実装視点)。 全く構ってくれなくなった。なんで?仔実装は小さな手で頭を抱える。 「テチャアン……」日にちにしてまだ数日ほど前までの話だ。 あの時はお風呂だって一緒だったのに…… 顔をなおべったりべったりと壁面に密着させる。 仔実装はゲームに夢中になっているご主人様を凝視する。 「こっちを見て!」の感情を込めた表情で見つめ続けた。 ~~~ 「まだ見てるわ。キモすぎ」 彼女のご主人様がようやく横目で仔実装の様子を見た。ため息を漏らす。 べったりと壁に顔をくっつけこちらを見る仔実装姿にはやや心が痛まない事もない。 それでもまあ絵面が見苦しくまあ気色悪くてしょうがない、といった様子。 出てくる感想の数々もシンプルなものだ。 「相手したくねえなあ」 イヤイヤでリンガルを手に取って、ベランダに向けて言葉を発する。 「俺は今忙しいから一匹で遊んでろ、実装ボールとか相手にままごとでもしてな」 「テェ~ン?」 構われた事でキラキラとした顔になった仔実装は小首をかしげて聞こえないふりをした。 もっと構ってもらいたいので、もう一度声を掛けられたいからだった。 その様子と意図を察し、リンガルを手放して無視した。 「そもそも商店街の福引でなんで受け取っちまったかなー……」 ご主人様は後悔を口にする。 福引きの賞品・『仔実装チャンお迎えセット』を当ててしまった事から全てが始まった。 商店街によくある催しの福引イベントにたまたま協賛していた実装ショップが出した当たり枠。 それが『仔実装チャンお迎えセット』 各種仔実装向け設備に成長抑制フード、生体仔実装一匹のセット。 実の所、仔実装の主観とは違いご主人様は仔実装を選んですらいなかった。 ただ偶然手に入った賞品。それだけなのだ。 はじめのうちはご主人様も好奇心があった。 「飼っていたら新しい世界が見えてきたりするだろう」 そう思った。世のペット購入者と同じように、一応は最後まで面倒を見るつもりもあった。 だから賞品として、その品を受け取った。 ある種の『お試し期間』を設け、仔実装の飼育へご主人様は踏み出した。 〜〜〜 一言で言えばご主人様は実装石に関心のない無関心派そのもので、 まあ、当然と言えば当然のようにうまくいくはずもなかった。 愛着を育もうとそこそこいろんなことを試したが、 却ってどんどんと実装石に対する認知そのものが冷え込む結果となってしまう。 鳴き声がカン高くてやや耳障り、 何かといえば自分に見せたがり見られたがる構ってちゃん、 隙あらば自作のおウタやタコ踊りを披露し『楽しませてやった』カオをしてくる、 リンガル越しに会話ができるかと思えばくだらない仔実装夢物語を聞かされる、 王子様として自分が出てきてお姫様仔実装と結婚するなどというお決まりの展開も気色悪い、 じゃれついて懐き、言葉を解して話が通じる緑色の小人といえば愛らしいとも思えるが…… まるで己を物語の主人公と信じこむような楽観的で能天気な実装石特有の気質がきつい、 仔実装がご主人様にとって億劫なものになるまでは早かった。 もし、福引の商品が実装石ではなく、何か他の存在であれば話は違っただろう。 ~~~ 誤解なきようにいえば、こんなものでも飼い実装ならまともどころか上等の部類だ。 粗相もせずに大したワガママも言わない、寂しいからと新しい主人を求めて脱走も企てない。 結局、実装石というのも自体が人を選びすぎる存在だった。 『お試し期間』の終わりと共にご主人様が出してしまった答えは『処分をしよう』 最後まで面倒を見るという当初の思いからすれば、血も涙もない無責任なものだった。 もはやペットの飼育というよりは問題の解決という要素が明らかに大きかった。 …… 「受け取らなきゃよかったなぁ…よっこいしょ…悪いけど今日からお前ベランダね、ベランダ」 「テェ!?テチィ!テッチィ!!テェェェン!」 左右に首を振ってイヤイヤのジェスチャー、 お決まりの鳴き声でかわいそうな私のアピール。 急におうち(水槽)の揺れが走ることに何事かと騒ぐ仔実装、 おうちがサムイサムイのベランダへと運ばれたことに本能的な忌避感を覚えて叫んでいた。 水槽を激しくペチペチ、ペチペチと殴打する仔実装。 「ごめんなー」ご主人様の反応は冷淡だった。 彼はその時、大きく騒ぐ仔実装に良心も痛んだ、だからだった、 相手すれば心身疲れる事を嫌というほど理解していたので、目を合わす事も避け耳を塞いだ。 「テチィィィィッ!!?」 ぴしゃり、とベランダのサッシが閉められた。 その時、仔実装はひときわ大きく叫んだ。 背を向けて扉を閉める、という一連の動作に容易に『拒絶』の二文字を見いだせたからだった。 「テェン!」 仔実装のウソ泣き生活はその時始まった。 …… 仔実装には水と食料が時たま与えられ、一応死なないようにされている。 保健所の不要実装受け入れの列待ち中に死なれては困るかもしれないからだ。 野良ならともかくショップ上がりで役所にも登録済みの仔実装は出自がカッチリしている。 突然死んだとなったら場合によっては虐待で殺したという判定になる可能性がないでもない、 そうなれば数千円の罰金と形式的ではあるが注意がある。それは面倒だ。 なら数百円で済む不要実装処分の方がいい。 一週間ほどで列は進み、自分の番が来れば早急に受け入れは行われる。 ~~~ 「テェ!テッェエエエ!」 「キモすぎ注意報発令だなありゃ」 ご主人様の明確な視線をもらった事で仔実装は疲れを忘れて元気を取り戻し、大喜びしていた。 やっぱり見ていた!そのうち部屋の中に戻れる! また愛される(と思っている)日々が戻ってくるんだ! 「テェ!テェェェン!」チラッチラッ ご主人様の視線が、早く始末したいという意思を秘めているものであるとも知らずに。 「テェェン!テェェン!」仔実装はニヤケながら嘘泣きし続ける。見られた事がまだ嬉しいのだ。 ご主人様に構われたくてしょうがないので反射的にそれを続ける。 あと数日の間、処分されるまでに何度仔実装は嘘泣きするだろう? いや、望まれない奇跡の末裔たちは、あと何度構われたがるのだろう? おわり
1 Re: Name:匿名石 2024/12/17-03:00:37 No:00009437[申告] |
景品として不成立のハズレ過ぎる…
実装石がいくらコミュニケーションが取れるとはいっても 我欲と保身を相手の利益とすり替え思い込んでバレバレの猿芝居や小細工に腐心する怪生物なんぞ物好き以外に受け入れられないだろう まして無関心派なら尚更一度それに気付いてしまうとパーソナルスペースに入れるとかは拒絶されるわな |
2 Re: Name:匿名石 2024/12/17-07:04:50 No:00009438[申告] |
実装が鳴き声オンリーな所が無関心派視点感
言葉として受け取ってないんだ |
3 Re: Name:匿名石 2024/12/17-20:48:58 No:00009439[申告] |
自我ばかり肥大した構ってちゃん生物を景品に押し付ける狂気 |
4 Re: Name:匿名石 2024/12/17-22:31:03 No:00009440[申告] |
ある意味虐待よりよっぽど残酷な気がする無関心 |