タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話06
ファイル:「実装石が支配する世界編」6.txt
作者:敷金 総投稿数:9 総ダウンロード数:41 レス数:0
初投稿日時:2024/09/23-17:57:20修正日時:2024/09/23-17:57:20
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため強引に
異世界を旅行させられる羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミットの
中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 としあきはマリアより「因子」と「因果」、そして「ユナイト現象」というものについて説明を受ける。
 彼が元の世界に戻れば、彼自身がその世界を滅ぼしてしまうのだという。
 そしてこの“実装石が支配する世界”も、かつて「因子」によって滅びかけたらしい。

 一方、大ローゼン幹部・エルメスはオルカの報告により実装石虐待派の存在を知り、それを口実に人間
を滅ぼす計画を遂行し始める。
 同時に、この世界の支配者“MOTHER”の不信任案を提案し、更には衛星兵器をも用いて全人類を殲滅
する提案も述べる。

 同時にオルカも、Deceive全体で実装石に反旗を翻す準備を始める。

 大ローゼンの中で、大きな変化が起ころうとしている。


【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。
 現在、マリアというメイドと共に、一人だけ豪邸住まいだが……

・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。
 現在、人間居住エリアに潜む実装石達と合流中。

・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。
 現在、仮面の謎人物により捕らわれの身。

・オルカ・ベリーヴァイオレット:人間
 大ローゼンに属する特殊工作チーム「Deceive」の女性リーダー。
 エルメスの部下であり、任務失敗を理由に懲戒処分を下されるも、一時的に謹慎を解かれ
 Deceiveの隊員を引き連れて人間居住区へ侵攻。
 しかし、その目的は——

・マリア:メイド
 としあきに尽くす謎の巨乳美人メイド。
 その正体は——?

・エルメス:実装石
 大ローゼンの幹部実装石の一匹。
 人類抹殺を企て、大ローゼンを巻き込んでの反逆計画を遂行し始める。

・エメラルデス42世:実装石
 “実装石が支配する世界”の女王で、シティ・ザ・エメラルディア王宮に滞在する。
 エルメスによって更迭されてしまう。



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    じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話 ACT-6 【 まさかの、実を葬!? 】

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 エルメスによって更迭されたエメラルデス女王は、哀れなことに、大ローゼン地下階層深くに存在する、
未使用の空き部屋に軟禁されていた。

 部屋そのものは明るく真っ白な壁で包まれ、暗さは全くなかったが、椅子やテーブルをはじめとする家具
や休息に用いれそうな道具すらも一切ない、完全な未使用空間だ。

 二十畳はあるだろう空虚な部屋の真ん中に、女王はただ一人放置されていた。
 部屋に閉じ込められてから、既に十時間。
 実装石にあらざる落ち着きと寛容さを持つ女王も、さすがに精神的な限界が訪れようとしていた。

「誰か、誰か、おりませんか?!
 どうか、私の話を、聞いてください!!」

 この部屋のドアは特殊な構造で、一度閉じてしまうと、他の壁と区別がつかなくなる。
 当然、内側から開くためのノブなどない。

 いつしか女王の声は、普段の態度からは想像も出来ないような必死さを湛え始めた。

「お願いです! 話し合いましょう!
 きっと、何か誤解がある筈です!
 エルメス、エルメス! ああ、いったいどうしてしまったのです、貴方は?!」

 醜い外観と相反し、女王は最後まで気品と冷静さ、そして威厳を損なわないように必死で努力する。
 MOTHERへの呼びかけも、相変わらず何の応答がない。
 さすがの女王も、MOTHERに何か異常が発生しているのでは? という疑念を抱き始めていた。

 その時——

『——エメラルデス、聴こえますか?』

 突如、女王の頭の中に、優しい声が響いた。

「ま、MOTHER!!」

 困惑と恐怖に歪んでいた女王の表情が、ぱっと明るくなった。
 だがその顔も、すぐに元の暗い表情に戻る事となる。

「大変ですMOTHER! エルメスが——」

『今すぐに大ローゼン本部に、ディメンジョンドライバーの準備をするよう、伝達しなさい』

「は……? な、何故、こんな時に?!」

『それに伴い、人間用のディメンジョンドライバー端末を一点準備するよう、手配を行うのです。
 移動先の詳細な設定は、私が直接行いますので、オペレーターの操作は不要です』

「お待ちください、MOTHER!!
 今は、それどころではありません! 謀反が、謀反が起こったのです!」

『エメラルデス、これは何よりも優先される最重要事項です。
 あらゆる物事を差し置き、最優先で事に当たりなさい。
 判りましたね?』

「ま、MOTHER!! 私の、私の話を、聴いてくださいぃぃぃ!!」

 ——ブツッ


 女王の頭部内に仕込まれた通信システムが、停止する。
 と同時に、女王は、力なくその場にどさっと倒れこんだ。

「MOTHER……何故……?」

 女王の目に、涙が浮かぶ。
 困惑状態にあるとはいえ、さすがの女王も、MOTHERの異変を察知し始めていた。





 6月3日午後12時。
 ミドリとぷちがこの世界にやって来て、40時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと80時間——


 マリアの用意した寝室は、部屋の作りそのものは簡素だったものの、大きくてふかふかなベッドと枕、
そして丁度良い気温に調整された空調が効いており、また想像以上に静かだった。
 としあきは、ベッドに溺れるように惰眠を貪った。
 ——空腹感で、目が覚めるまで。

『おはようございます、としあき様』

 どこからか、マリアの声がする。
 少しの間を置き、夕べの状況を思い出したとしあきは、目を擦りながら、辺りをキョロキョロ見回した。
 すると、いつの間にか、マリアがベッドの脇に立っていた。

「あ? え?
 あ、お、おはよう」

『おはようございます。
 ゆっくりお休み頂けましたか?』

「ああ、お蔭様で」

 欠伸をしながら応えるとしあきにクスクスと笑いながら、マリアは優しい声で囁きかける。

『それは大変ようございました。
 お食事を用意しております』

「え? あ、ありがとう!
 ちょうど腹が減ってたんだ!」

『それに、夕べは浴室をお使いになられていないようでしたので、宜しければ角のドアからご利用ください。
 着替えも用意しておりますので』

「お、おう、何から何まで、悪いね」

『いえ、とんでもございません。
 私はMOTHERによって、としあき様の全てをお世話するように命じられております』

「そうなんだ」

『さぁ、朝食をどうぞ。
 としあき様の大好物をご用意しております』

「えっ、そうなの?」

 少し楽しげなマリアの声に促され、としあきは、早速室内のテーブルに準備された料理に目を向けた。

「——牛丼」

 ほかほかと湯気を立て、大きな丼に山と盛られた牛肉の山。
 そして、その脇に添えられた小鉢には、生卵とお新香、味噌汁まで置かれている。
 当然、箸や水の入ったコップまで準備済みだ。

 朝っぱらからいきなりごつくないか? とも思ったが、空腹感に苛まれた今のとしあきには、余裕で
平らげられそうだった。

「これってまさか」

『はい、としあき様の特に好まれておられる“吉野屋特盛仕様”でございます』

「お、おお!(朝から特盛かよ!)」

『どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください。
 私は、お風呂の準備をして参りますので、失礼いたします』

「あ、ありがとう、マリア!」

 としあきの礼に、マリアは一瞬硬直する。

『あ、ありがとうございます!』

 まるで新人のメイドのような固い動きになったマリアは、顔を赤らめながら脱衣場の方へ姿を消した。
 その仕草が妙に可愛らしく、としあきも頬を赤らめてしまった。

(可愛いよなマリアって。頭も良さそうだし、胸もデケェし……やっぱ最高だな!)

 その後、マリアの世話を受け、食事と風呂、着替えを済ませたとしあきは、部屋を出て、夕べ話しをした
場所まで移動した。



「それでマリア、夕べ話してたディメンジョンドライバーとかいう奴は、どうなったの?」

 としあきは、自分の口調が昨日より柔らかくなっている事に気付く。
 しばらく沈黙が続いた後、マリアは、としあきの傍らにやって来た。

『申し訳ありません。
 どうも外部でトラブルがあったようで、まだ準備が完了しておりません。
 現在、状況の確認をしております』

「あ、そっか。
 じゃあ、もうしばらく待つしかないか」

『本当に、申し訳ありません』

「じゃあその間に、一つ質問させてよ。
 ミドリとぷちは、今どこにいる?」

 気持ちは逸っていたが、出来るだけ落ち着いた口調を心がけ、としあきはマリアに問いかけた。
 再び、不自然な沈黙が、訪れる。

「まさか、俺に言えないようなことになってるんじゃ」

『いえ、そうではありません。
 そちらについても、現在調査中で、回答待ちの状態です』

 微妙に言い難そうな態度のマリアに、猜疑心が湧き上がる。
 しかし、ここでマリアを強く責めるのは、何か違う気がした。
 深呼吸を一回して、としあきは更に質問を繰り返す。

「他にも、聞きたいことがあるんだ。
 俺がこの世界に来て、どのくらいの時間が経ってる?
 それと、初期実装の奴も、この世界に来てるのか?
 つうかそもそも、ミドリやぷちって、この世界にいるの?」

『それは……』

 返答に戸惑うマリアの態度に、としあきは僅かな怒りと同時に、可愛らしさも感じていた。

『まず、としあき様の滞在時間ですが。
 現在までで、40時間58分38秒53が経過しております』

「だいたい一日半以上ってことか。
 思ってたより、長居してんだな」

『次に、ミドリさんとぷちさんについてですが、勿論この世界に、としあき様とほぼ同時に到着しています』

「それは良かった。んで?」

 胸を撫で下ろしながら、としあきはマリアの次の言葉を待つ。

『この世界を、MOTHERに代わり統治している女王・エメラルデス42世陛下が、お二人に逢って話をして
 おります。
 その際、お二人にもこの世界に残るように提案を述べております』

「そうか。で、あいつらはどう返答したの?」

『それが……回答を頂く直前に謁見の場でトラブルが起きまして、お二人は大ローゼンのスタッフが保護
 いたしました』

 意外な報告に、としあきの心が動揺する。

「保護? トラブル? いったいどういう事だよ?!」

『具体的な情報は、まだ入っておりませんので』

「なんだ、全然わかんないんだな」

『申し訳ありません』

「まあ、マリアに言ってもしょうがないんだけど」


 その後、特に会話が弾むことはなく、二人の間に何とも言いがたい静寂が訪れた。

 特に何もすることがないとしあきは、仕方なく先程まで居た寝室に戻ることにした。



 ベッドに飛び込むと、無意味に布団を頭から被り身体を丸める。
 その間に、ここまでの状況を脳内で一旦整理してみることにした。

(そもそもなんで、俺達ぁこの世界に連れて来られたんだ?
 初期実装の奴は、本当に関わってないのか?
 いんや、そもそも、MOTHERもマリアも、なんで俺ばっかり特別扱いしようとするんだ?)

 考えてみれば、今回の世界移動は、これまで以上に不自然だった。
 大ローゼンの工作員の介入や、ディメンジョンドライバーなる謎の機器による世界移動、そしてミドリ達との
別行動。
 加えて、マリアに見せられていた、意味不明なブルジョワ生活の幻影。

 これまでのように、初期実装の力と思われる謎移動で、異世界を巡るのも奇妙なものではあるが、今回の
ようなパターンは、それ以上だ。

 まるで、最初から自分を、この世界に引き込む事が目的みたいじゃないか?

(あの時逢った工作員は、MOTHERの命令で……って言ってた気がする)

 「実装産業の世界」から移動する直前、としあきに語りかけた男の工作員のことを思い出す。
 そして、その直後に出現した、初期実装の言葉も。


『もうお前達に、これ以上、ワタシの知らん世界に行かせるわけにはいかんのデスゥ』


 初期実装は、そう言ってとしあき達の世界移動を邪魔しようとした。
 結果的に奴の手を逃れることが出来たが、今改めて考えると、やはり色々と納得の行かない点がある。

(あの大ローゼンってのも、MOTHERって奴の手下なんだよな?
 でもあの連中、確か俺達が「山実装の世界」に居た時から、関わって来た。
 それに、「実装産業の世界」でも、あんな無茶してまで俺達に接触して来たな。
 いったいなんで、俺にそんな事をする必要があるんだ?) 

 だんだん混乱してきたとしあきだったが、出来るだけ冷静な思考を巡らせるように努力する。
 やがて彼の中では、ある一つの結論が導き出されようとしていた。

(それに「ユナイト現象」ってのが本当なら、俺は行く先々の世界を滅茶苦茶にしちまうことになるんじゃない
 か?
 でも、そんな事になったのは——「他実装の世界」くらいで、後は何もなかったぞ?)

 心の中で、黒い渦のようなものが、どんどん大きくなっていく感覚に捉われる。
 猜疑心が、更に鎌首をもたげ始めた。

(やっぱりMOTHERって奴は、俺を使って何か企んでいるに違いない。
 理屈はわからないけど、そうでなければ、そこまで俺を必死に獲得しようとする理由がないもんな)

「だんだん……きな臭くなってきたな」
 
 思わず、声に出して呟く。

 ひとまずの結論を導き出したとしあきは、外が落ち着くまでベッドの中でゴロゴロすることにした。
 というより、今はそれ以外、何もすることが出来ないのだ。





「ほ、本当に、やるんですか?!」

「そうデス、バシッとやるデス!」

「し、しかし、下手をしたら我々は……命が……」

「今ここで捻り潰されて、確実にくたばるよりも!
 逃げられる可能性がある“作戦遂行”の方が、まだ未来は明るいんじゃないデス〜?」

「ひ、ひぃぃぃぃ!! わ、わかりました!
 わかりましたから、その怖い顔、止めてぇ!!」

「判ってくれれば、それでいいんデス(ニンマリ)」





 6月3日午後1時。
 としあき達がこの世界にやって来て、41時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと79時間——


 ミドリは、複数の禿裸を伴って、とあるマンションの付近にやって来ていた。
「愛(ラブ)虐パレス」と記された、奇妙な看板を掲げるマンションに。

 禿裸の隠れ家で効かせたドスが影響しているのか、禿裸達は、いまやミドリの言いなりになっている。
 しかし、それでもミドリに対する僅かな希望を抱いているのか、決して非協力的ではない。
 色々と些細な摩擦こそあったが、禿裸達は、ぷち奪回作戦に協力する事となった。

 だが、その作戦内容は、あくまでミドリの思案によるものだ。
 ここに最大の問題があるのだが、当然、本人は全く気付いてなどいない。


 禿裸モロモは、恐る恐るミドリに尋ねた。

「あ、あの〜、ミドリさん?」

「何デス? 今更怖気付いたデス?」

「本当に、あそこに行くんですか? 我々全員?」

「デス」

「あそこ、虐待派が沢山集まる拠点だから、一番近づいちゃいけない場所なんですけど?!」

「だーかーらーこそ! お前ら“囮”が必要になるんじゃないデス?!
 インテリの癖に、そんな事もわからんとデス?」

「わかるから、行きたくないんじゃないですかーっ!!」

「だぁ〜〜っ!! 往生際の悪い奴デス!
 いいから、とっとと逝って来いデス、ゴートゥーヘル!!」

「い、今ヘルって言った! ヘルって——ぎゃあ!」

 どげしっ!!

 哀れモロモは、ミドリのスーパードロップキックをまともに食らい、何度もバウンドしながら、マンションの
真正面へ転がっていった。
 その後を追うように、他の禿裸達もビルの前へ飛び出していく。
 しかし、そんな彼女達は、皆血涙を流していた。

「こうなりゃ、ヤケだぁー!!」
「モロモさぁ〜ん! 大丈夫ですかぁー!!」
「人間達が出てきたら、すぐに脇道に逃げるぞぉーっ!!」

 デスデスデスデスデスデス———ッ!!!

 ミドリの作戦は、所謂「囮作戦」だった。
 虐待派の前で禿裸を大量に走らせ、そちらに気を取られている間にマンションへ侵入、ぷちを助け出す
という内容だった。

 実装石の中でも特に賢い頭脳を持つモロモ達は、ただ隠れ家で身を隠し続けていた訳ではない。
 人間の生活圏から奪って来た通信設備を改良したり、或いは直接行動に出たりして、人間の——特に
虐待派の行動や拠点を調査し、生き延びる為の方法を模索していたのだ。

 彼らはジオ・フロントを追い出された後に、人間居住区の「現実」をまざまざと見せ付けられ、かつての
自分達が想定していた物事が、完全な机上理論に過ぎないことを痛感していたのだ。
 その為、彼らはこれ以上ない程の危機感を募らせ、今まで地下生活を行って来た。

 それが、たった一人の来客のせいで、表に引っ張り出されたのだから、たまったもんじゃない。

 このマンションが、実装石虐待派と思われる人間が集う場であり、最重要危険地帯であることは、禿裸達
の間で周知されている。
 例の雑居ビルからは相当離れた場所だが、ここにぷちが捕らわれている可能性が最も高いと、禿裸達は
言う。
 ミドリは、その報告を信用することにした。

 一応、逃走用ルートは確保してあり、マンションのすぐ脇の小路から建物の隙間に潜り込めば、逃走用に
開けたマンホールへの近道になる。
 しかし、実装石の——しかも年配者の脚力で、人間から逃れつつそこまで辿り着けるかどうか……

 だがそんな絶望的な状況にも関わらず、彼女達がミドリに逆らえない理由がある。

 マンションの一階、駐車場への入り口へ突入した禿裸シ実装達は、ありったけの声で叫びながら、暗闇の
中を突進していく。
 しばらくすると、マンションの管理人と思われる者が現れ、駐車場内に入ると大慌てで飛び出して来た。

(グフフ、これでニンゲン達が気付いたデス♪
 よしみんな、今度は玄関の前で大騒ぎするデス!)

 ものの数分もしないうちに、離れた場所からでもはっきり判るレベルで、マンション内がざわめき始めた。
 駐車場から玄関前に移動した禿裸達は、ひとしきり騒ぎ立てた後、まるで蜘蛛の子を散らすが如き勢いで
逃走を開始した。
 それを見たマンションの住人らしき者達は、奇声を発しつつ追跡を開始した。

(やった! 大成功デス!!)

 マンションの正面のビルの脇から状況を伺うミドリは、禿裸を追い次々に飛び出してくる人間達を見て、
デププ♪ と下品に笑う。
 このまましばらく待てば、マンションの人間は全員外に出てスッカラカンになる。
 その隙に忍び込めば——

 ミドリは、実装石にしては優れた作戦内容(人間的には浅知恵)とその実践結果に満足し、早速自分も
行動することにした。

「案の定、駐車場には誰も居ないデス。
 でかしたデス! 我が下僕の禿裸共♪」

 トテテ……と小走りに侵入し、駐車場の中に止まっている車を観察する。
 すると、奥の方に見覚えのあるトラックが停車しているのを確認した。

「ややっ、やっぱりここに来ていたデス!
 ワタシの読みは、見事的中デスン♪」

 実際にここを特定したのはモロモ達なのだが、もはやミドリにそんな記憶は微塵もない。
 更に奥の方に、マンション内部へ通じるドアがある。
 スキップ交じりでそこに駆け寄ったミドリは、自分の身長と力では開けないことに気付き、愕然とした。

「しまった! ここからじゃ入れないデス!
 仕方ない、表に回って玄関から入るデス〜」

 踵? を返すと、ミドリはとっとと駐車場を飛び出した。
 尊い犠牲はともかく、ここまで順調に行っているのだから、この先もきっと上手く行く!
 無根拠に働く、実装脳の幸福回路機能。
 ミドリは、自分に対する危機感すら振り捨て、全く無防備に、マンションの玄関前へと突進した。



 数十秒後——

「デギャアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアア?!?!?!!」


ある一匹の糞蟲の悲鳴が、閑静なビル街に木霊しまくった。

「いたぞぉ! 糞蟲だぁ!」
「すげぇぞ! 今時実装服着てやがる!」
「こいつぁとんでもねぇレア糞蟲だぁ! 絶対捕まえろぉ!」
「殺せ殺せぇ、ヒャッハアァァァァッ♪」

 哀れ、ミドリは十数人にも及ぶ虐待派の人間達に、追い掛け回される羽目に陥った。

「な、なんでこうなるデス?! 何かがおかしいデギャアアア!!」

 ミドリは咄嗟に、先程出て来たばかりの駐車場に飛び込んだ。
 無論、それに深い考えなどない。
 当然のように、虐待派の連中も、その後を追いかけた。

「——おい、アイツ、どこ行った?」
「車の陰に隠れてんだろ、探せ!」
「くっそ、引きずり出してやる!!」
「おらあぁぁぁ! 出て来いやぁ糞蟲がぁ!!」

 しかし、数十分にも及ぶ捜索にも関わらず、ミドリの姿はおろか、その痕跡すら見つけ出す事は出来
なかった。

「どうなってんだ、いったい?!」
「あのドアの奥に逃げたんじゃねぇの?」
「だって、実装石の背丈じゃドアノブに手が届かないだろ?」
「あ、そうか。じゃあ本当に、どこに消えたんだ?!」

 どうしても見つからないミドリに、虐待派達はとうとう諦め、文句を呟きながら駐車場を出て行った。
 その頃、ミドリは——

「ふい〜、危なかったデス……一時はどうなる事かと思ったデス〜」

 キィ

 ドアの向こうに隠れていた。

 少しだけドアを開けて駐車場を覗き、誰も居なくなったのを確認したミドリは、身体を出そうとして思い
止まる。

「待てよ? このドアの向こうは、マンションの中デス?
 だったら、このまま先に進めばいいだけデスン♪」

 そう呟くと、ミドリはドアを閉め、トトトッと通路を走っていった。

 自分がどうやって、鉄製の重たいドアを開けたのか、自覚すらせぬままに——


 一方その頃、モロモをはじめとする禿裸実装達「囮チーム」は、その大半が虐待派人間達に捕らえられて
しまい、即座にマンションの中へ連行されてしまった。
 その様子を、たまたまマンションの窓から見たミドリは、深い溜息を吐いた。

「お前達の犠牲は、きっと無駄にはしないデス〜」

 適当にナムナムした後、ミドリは鼻をピスピスさせながら、ぷちを求めてマンション内を捜索することにした。
 だが、ミドリの体格では……否、部屋が無数にあるマンション内では、たとえ人間であっても捜索は難しい。

 しばらく無人の通路や階段を彷徨い、疲労困憊したミドリは、踊り場に座り込んで途方に暮れた。

「ぐえええ〜、やっぱりワタシ一人では無理だったかもデス〜。
 こりゃあ、禿裸共にも、ぷち捜しを手伝わせるべきだったデス〜」

 不可思議な展開を数多く引き起こしておきながら、ミドリの怠惰で自分勝手な性質は、全く変わることは
ない。
 しばらく後、何者かの足音が近づいて来る事に気付いた。

「おおっ、助けが来たデス!
 きっと、疲れ果てて困ってるワタシを見かねて、天が救いを与えてくれたデッスン☆
 オ〜イ、オ〜イ! ここデス、ワタシはこっちに居るデス〜ッ!!」

 ニンマリと不気味に笑いながら、ミドリは迫り来る足音に向かい、ありったけの声で呼びかけた。
 自分の置かれている状況すらも、完璧に忘れて。





「テェ……テェェン……」 
 
 薄暗がりの中、ぷちのか細い泣き声が響く。
 あれから手を替え品を替え、様々な手法で責め立てられ続けたぷちは、もはや体力と精神力の限界に
達していた。
 それでも、殺されることはなく、ぎりぎりの所で生かされ続けている。
 その理由は——

「この娘は、この世界の支配者の主賓。
 だからもし、こちらが不利になった時の交渉材料として重要になるのです」

「キキキ……黙っていればわからないざ……です」

「それに、コイツに死なれるとこっちも困るんです。
 あのアホ男を操れなくなるし」

「キキ……?」

「なんでもないです。
 さあ、いいからその手に握っている物騒な物を寄越すです」

「グウ……」

 ガラン、と大きな音を立てて、鎌やノコギリ、ハンマーなどの凶器が床に散乱する。
 いずれもドス黒い染みがこびりついていて、鼻をつく異臭を漂わせている。
 お初さんはそれを一瞥すると、僅かに眉間に皺を寄せた。

 ぶくぶくと太った巨体をノソリノソリと揺すりながら、仮面の人物は、部屋の奥に消えて行く。
 だが、ものの数分もしないうちに再び戻って来た。
 何かをブラ下げながら。

 グエェェ……

 それは、一体の成体実装。
 顔面をボコボコに殴られ、血まみれになっている。
 まだ死んではおらず、四肢を痙攣させ続けていた。

「たった今! 手に入った糞蟲ざますっ!
 ホラ、コイツなら! コイツならいいざます?!
 ねぇねぇねぇねぇ?!?!」

 被った仮面が浮き上がりそうな勢いで、仮面の人物が興奮する。
 それを冷ややかな目で見つめるお初さんは、溜息を吐くと、ぶら下げられている実装石を見た。

 途端に、表情が——否、顔そのものが変わる。
 血走ったギョロ眼を見開いた、初期実装の顔に。

「——ミドリ!」

「えっ?」

「なんでこんな所にいるんです?!
 おい! コイツも殺しちゃダメです!」

 慌てて仮面の人物から、ボロボロの実装石……ミドリを奪い取る。
 だがその態度に、仮面の人物はついに怒りを爆発させた。

「キギャアァ——ッ!!
 何故ざます?! 何故、お前は片っ端から、私の欲求不満解消を邪魔するざます?!
 お前は言ったざます! 実装虐待派に寝返れば、この恨みもストレスも発散し放題だって!
 それなのに、何故ことごとく私の愉しみを奪おうとするざますっ?!」

「それなら、他の実装石を、思う存分甚振ればいいだけです」

「私は! ソイツに! 酷い目に遭わされたざますっ!
 こんな醜い顔に! ソイツのせいで!!
 コイツは、私を虐待派に生まれ変わらせた根源ざますっ!
 お前がなんと言おうと、コイツだけは——」

「いい加減にするです」

 そう呟くと、お初さんはそっと手を伸ばし、仮面の人物に向ける。
 すると、仮面の人物は凄まじい轟音と共に、部屋の反対側まで吹き飛ばされてしまった。
 百数十キロは確実にあるだろう、巨体にも関わらず。

「お前は、私の言う通りに動いていれば、それでいいです。
 ——忘れたんです?
 私が救い出さなければ、お前は“実装愛護の世界”で、あのまま消滅していたです」

「……グルルルルル……」

 さほどダメージを受けた様子のない仮面の人物は、大きく上下にずれた目を輝かせ、お初さんを睨み
つける。
 その殺気に反応したのか、ミドリとぷちが、僅かに意識を取り戻した。

『デ……デ、デェッ?!』

 目を開けたミドリは、自分に向かって迫ってくる巨体に気付き、短い悲鳴を上げた。

「久々の再会ざます……この糞蟲めぇえええええ!!」

『デェッ!? わ、ワタシの事を知ってるデス? 何故に!?』

「それは、お前がかつて、こいつに逢った事があるからです」

 疑問符だらけのミドリに、お初さんが返答する。
 だがミドリの目は、背後の景色が歪んで見えるほどの憎悪を滾らせた、仮面の人物に釘付けになっていた。

『デ…デデ……?!』

「お、オネーチャ……! そ、その人は……!!」

「思い出せないざます?!
 お前に、顔と! 身体の半分を滅茶苦茶にされた! この私をぉぉぉぉぉぉ!!」

 そう叫ぶと、仮面の人物は、白い異形の仮面を剥ぎ取った。

 その下から出て来たのは——


『デ、デギャアアァァァァァァァァァァ!!!』


 薄暗いマンションの一室に、ミドリのおぞましい悲鳴が響き渡った。 





 それから、丸一日。
 まるで平静に戻ったかのように、事態は変化を見せぬまま、時間だけが過ぎ去った。





 6月4日午後12時。
 としあき達がこの世界にやって来て、64時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと56時間——


「ミドリ様とぷち様の行方は、まだわからないのか!」

 エルメスは、激怒していた。
 オルカが作戦行動を開始して以降、何の進展もないまま、無駄に時間が過ぎたせいだ。

 オルカをはじめDesieveの誰とも連絡が取れなくなり、追加で送り出した調査員達も連絡を絶った。
 その上で、MOTHERとの交渉材料となる筈のミドリとぷちの消息も掴めないままなので、いわばエルメスの
計画は暗礁に乗り上げた状態だ。
 
(まずい……
 このままでは、渋々MOTHER更迭に同意した老害共が、何を言い出すかわかったものじゃない)

 エルメスの計画は、こういうものだった。
 エメラルデス女王とMOTHERの更迭を実施し、大ローゼンの完全独立化を果たす。
 MOTHERではなく、大ローゼン自体がこの世界を支配し、そこから各世界を支配していく。
 実装石をないがしろにする異世界に対しては、ディメンジョンドライバーとDESU-EXの併用で各世界の
地球そのものを壊滅に追い込み、場合によっては壊滅させる。
 そうする事で、大ローゼンの名を各異世界に広め、全ての実装石を人間達の支配から解放する。

 ——そして、その大ローゼンの頂点に自らが立ち、あらゆる事象を司る存在となる。

 その為には、なんとしてもMOTHERの存在が邪魔なのだ。

 しかし、DESU-EXをはじめとして、この世界に存在するあらゆる機器、システム、ユニット、エネルギーが、
全てMOTHERに直結しているという現実がある。
 つまり、単にMOTHERを更迭すれば、それで全てが解決するわけではない。

 またMOTHERという存在は、この世界に於ける絶対神であり、この世界の住人全てにとって崇拝の対象
ですらある。
 しかも偶像崇拝ではなく、確実に存在し、実際にそれぞれの生活にも影響を与えている。
 それがあるため、MOTHER更迭に同意した老害達も、いつ掌を返すか判らないのだ。

 だがエルメスには、そんなMOTHERを屈服させる策があった。
 その為にも、ミドリとぷちの存在は重要であり、決して見失うようなことはあってはならないのだ。
 逆に云えば、この二人の存在を把握、または拘束していれば、彼女にとって完璧な布陣が完成する筈
なのだ。

(どうすればいい? どうすれば、あの二人の所在を突き止められる?)

 あと一歩、あと一歩の詰めが足りない。
 自分専用のオフィスルームに篭り、エルメスは、必死で思考を巡らせている。

 しかし、そんな彼女の思考は、たった一本の連絡でストップをかけられた。

 prrrr....

「はい、私です。
 ——何?!」

 携帯端末を放り出し、エルメスは慌てて、室内のモニタを点けた。
 




『実装石! そして、実装石の支配に甘んじる愚かな者達よ。
 我々は“実を葬”!
 この世界を我が物顔で支配し、腐敗と混沌をもたらす糞蟲共に、怒りの鉄槌を食らわせるべく立ち上がった
 正義の集団である!』

 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!





「な、なんだコレは?!」

 エルメスは、突然モニタ画面に表示された、実装石の顔を模した仮面を被る人間の演説に、度肝を抜かれた。
 背後からは、大勢の人間達の掛け声が響いている。



『実装石などという愚かで忌まわしい生命体の支配に甘んじ過ぎたばかりに、我々は自我という、最も大事
 なものを失った!
 今こそ、我等は人間らしさを取り戻し、三百年以上にも及ぶ実装石の支配を振り払わんとすべきである!
 我々は、この世にはびこる実装石と、それを護ろうとする愚か者全てに対し、ここに宣戦布告をするもの
 である!』

 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!
 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!



 「実を葬」。
 それは、エルメスも良く知る名だった。

 「実装愛護の世界」に於いて、実装石愛護派に反するための大規模な虐殺行為を実践し、あげくには
同世界を“実装石の地獄”に変えてしまった恐るべきテロリスト集団。

 そんなものがこの世界にも出現したという事実は、さすがのエルメスにも受け入れ難い事実だった。

 言葉を失い、呆然と画面を見つめるエルメス。
 その眼前では、更なる演説が続いていた。



『明日、6月5日の正午!
 我々は、決起するだろう!
 そしてあらゆる実装石は、例外なく冥府の門をくぐり、己が愚かさを地獄の底で痛感する筈である!
 我々は、お前達が真に懺悔する事を望んでいるのだ!』

 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!



 実装石の生首が、プレス機で潰される映像が流れ、それで放送は締められる。
 ほんの数十秒程度の短い時間だったが、その衝撃は、あまりにも凄まじすぎた。

「電波ジャックだと?! この世界で?!」

 エルメスが驚くのは、理由があった。
 この世界で、電波ジャックを行う事は、限りなく不可能に近い。
 完全にデジタル化された上、総合通信局による電波監視体制が強化されている上に、更にMOTHERにより
開発されたジャマーキャンセラーが敷かれている環境のため、限られた関係者以外が通信放送を行う事は
不可能だ。
 にも関わらず、「実を葬」を名乗る連中は電波ジャックをやってのけた。

 エルメスの端末に、先程の電波ジャックに関する情報が次々に寄せられる。
 しかし、逆探知をはじめとする情報源の特定は、まだ出来ていないようだ。

 更に、先程エルメスが提案した募集も、この事件の影響で即応が不可能となり、また充分な効果が
得られるとは思えなかった。
 まさに最悪のタイミングで最悪の事態が発生したのだ。

「実を葬?
 いったい何故、こんなことに?!」

 エルメスは、再度携帯端末から、各部門に連絡を行った。
 もし奴らの言っている事が本当なら、すぐに対策を取らなければならない。
 各セクションをフル動員し、犯人グループの特定とその居場所の追及、そして実被害の確認と、制圧の
手段を考慮する必要がある。

「まったく! どうしてこう、次から次へと、私の目論みを狂わせるのだ!!」

 まるで見えない何かが、ダイレクトに自分の妨害工作をしているようだ。
 今の彼女には、そうとしか思えなかった。

 ——事実、その予感は正しいのだが。





「マリア、あれからどうなったんだよ?」

 としあきの口調に、怒気が含まれる。
 丸一日何も起こらず、ひたすら待たされているだけの状況に、さすがの彼も怒りを禁じえない。
 ただでさえ、滞在時間が限られている身なのだ。
 このまま無駄に時間を費やすことは出来ない、そんな焦りが彼を駆り立てていた。

 しかし、そんなとしあきを、マリアは必死で言いくるめるだけだ。

『大変申し訳ありません、としあき様!
 なにとぞ、なにとぞ今しばらくのご辛抱を』

「こっちは、時間がないんだ!」

『わかっております。
 しかし、以前に説明しました通り……』

「ユナイトなんとかって奴の話だろ?
 でも、それを証明するのにこんなに待たされるんだったら、もう信じろっていう方が無理ってもんだろ!」

 あまりの勢いに気圧されたか、としあきの言葉に、マリアはつい頷いてしまった。

『確かに、仰る通りですね』

「だろ?! それに、俺はここの外で何がどうなってるのかも知らないんだぜ?
 ミドリやぷちも心配だし——」

『そんなに、あのお二人の方が……』

「へ?」

 不意に漏れた己の言葉に驚いたのか、マリアは咄嗟に、手を口に当てる。
 だが、としあきはその呟きを聞き逃さなかった。

「もしかして、お前、まさか」

『と、としあき様! こ、これは違——』

「ミドリとぷちを?」

『お、お待ちください!』

 としあきは、怒りの形相でマリアに迫る。
 不自然なまでに、自分を外に出そうとしない態度は、あの二人に何か危機的状況が発生している事の証明
だと、としあきは考えた。
 だとしたら、今までの彼女の不自然な態度も納得出来る。

 としあきは、一気に距離を詰めると、マリアを突き飛ばした——つもりだった。
 だが、彼の身体は不自然にすり抜け、マリアの背後ですっ転びそうになった。

「どわっ、どわっ……なっ?!」

『としあき様、誤解です!』

「何が誤解だ! おかしな術まで使いやがって!」

『こ、これはその……』

「誤解だってぇなら、俺をここから出せ!」

『えっ?! そ、それは危険です!』

「何が危険なんだ?
 お前、そんな危険なところに、俺を住まわせようっていうのかよ?!」

『いえ、そうではなく。
 最重要警戒態が——』

「あ〜もう、そういうのどうでもいいから!
 いいか、今すぐ俺をここから解放しないと、俺は——」

 そこまで言った時点で、としあきは、さてどう言い切ったものかと詰まった。
 要は、マリアに動揺を与えることが目的だ。
 それによって、彼女の上に立つ(らしき)MOTHERという存在に、無理を通せば良いのだ。
 だとしたら、どう言えばいいものか?

 その瞬間、頭の上に電球が浮かび、パリンと割れた。

『か、解放しないと?』

「俺は、ここで自殺する」

『ええっ?!』

 効果覿面。
 マリアは、瞬時に顔色を変え、激しく動揺した。
 気のせいか、それと連動するかのように、機会室内が不気味な唸りを上げた気もする。

「舌を噛むなり、死ぬまでそこらの壁に頭打ち付けるなり——
 あ、そうだな! あの高い所に昇って頭から真っ逆さまにダイブってのもいいな!」

『お、お待ちください!
 わかりました!』

 想像を絶する速さで、マリアはあっさりと屈した。
 としあきは、自分が一種の「人質」状態にあるのではないか、と推察し、あえて思い切ったことを言ってみた
が、見事的中したようだ。
 もっともそうでなかった場合、どういう事になってしまうかまでは一切考えていない所がとしあきなのだが。

 渋々という感じで、マリアはとしあきに応える。

『それでは、としあき様ご自身に、外の様子をご覧頂きたいと思います』

「やった!」

『ですが、やはり危険が伴う可能性もありますので、としあき様に直接外出して頂く事は、承服致しかねます』

「はい?!」

 マリアの、意味不明な切り替えしに毒つく。
 しかしマリアは、自身の身体を指差すと、更に続ける。

『ですが、ご心配には及びません。
 としあき様はここにおられたまま、外で活動して頂く事が可能なのです』

「どういう意味だってばよ?」

『“アバター”を用います』

「あば…た?」

『詳しくご説明いたしますと——』

 マリアは、としあきにアバターについて説明し始めた。

 “アバター”とは、本来は「WEB上での分身」を指す言葉である。
 しかしこの世界に於いては、MOTHERの力及び管轄により、特定者のアバターを現実世界に投影し、これ
を用いて、今居る場所とは異なる位置での活動が可能となるという。

 しかも、ここでいうアバターは実体であるため、使用者は普段と同じように立ち回ることが可能であり、同時
に普段と同じように情報収集を図れるらしい。
 それでいて、使用者自身は絶対安全圏に居たまま操作が出来るため、仮にアバターが何かしらの被害に
遭ったとしても、それが本体に影響を及ぼすことはない。

 更に加え、アバターに接触する者は、それが本人でない事を見抜く事はほぼ不可能だという。

「なんだ! いい事ずくめじゃん!」

『としあき様には、専用のボックスルームにてご滞在頂く形となりますが、それでも宜しければ』

「ああ、外の様子が見られるなら、何でもいいよ!
 じゃあ早速頼む!」

『お待ちください。
 これより、としあき様のアバターを作成いたします』

「えっ、ど、どのくらいかかるの?」

『一分強くらいでしょうか』

「そ、そんなに早いの……お、おけ!」

 としあきの了承を得たマリアは、一礼すると、どこへともなく姿を消してしまった。
 しばらくボゥッと周りを見回していたとしあきは、突然響いてきたアナウンスにびくっとした。

『としあき様、準備が整いました。
 床に表示されたラインに従って、ご移動をお願いいたします』

「お、おう……一分も経ってないな、ウン」

 突然床に表示された光のラインに沿って、としあきは、機械室の更に奥へと歩いて行った。





 「実を葬」のテロ宣言は、当然のように、シティ・ジ・エメラルディア全域に大きな波紋を巻き起こした。
 実装石の住むジオ・フロントのみならず、人間居住区内に到るまで、一瞬にしてこの話題があらゆる情報
ネットワークを占有した。
 人間の中に実装石虐待派が存在するとはいえ、この世界には、まだ数多くの「実装石に味方する人間」が
存在する。
 だが、そういった者達の中に少なからずとも存在する、実装石に対する不満を抱く層は、このテロ宣言に
大きく心を揺さ振られていた。

 大ローゼンにとっても、この宣言は由々しき事態であり、なんとしても阻止しなければならないものであった。
 だが、ここに一つの新たな問題が発生しかけていた。


 実装石と人間の、関係の崩壊。


 大ローゼンが実装石を中心に構成された組織といっても、末端及び各種実動部隊は殆どが人間による
ものである。
 その為実装石達は、物理的に自分達の力が及ばない点に関しては、人間の力を借りねばならないのだ。
 にも関わらず「実を葬」のテロ発言は、実装石の間に“人間への不信感”をも急激に植え付けてしまった。
 それはつまり、大ローゼンの頭脳と肉体が、遊離しつつある状態とも云える状況。

 それを自覚しているのかいないのか、実装石の大幹部達は即座に対策検討会議に入ったは良いものの、
決定事項に伴う作戦指示を出す段階で戸惑いを覚えていた。

 その迷いとも呼べる動揺は、会議を無駄に引き伸ばし、結果的に大ローゼンとしての行動を大きく遅延
させる結果に結びつく。


 それは、具体的な対策が講じられないまま6月5日を迎えてしまうという、最悪の事態を招いてしまった。
 



 6月5日午前8時。
 としあき達がこの世界にやって来て、84時間が経過。
 残りの滞在時間は、あと36時間——


 エルメスは、徹夜で続けられた対策会議で最終決定が定まらなかった事に、心底いらついていた。

(あと四時間! 四時間だと?!
 どうすればいい? もはや、老害共の意見を呑気に聞いている場合ではない!
 今、ここから早急に対応出来る術は、なにかないものか?!)

 自室の中をうろうろと歩き回り、眉間に皺を寄せているエルメス。
 そんな彼女の携帯端末が、突然鳴り出した。

「もしもし! ああ私です。
 ——えっ、女王?」

 エルメスは、すっかり頭の中からエメラルデス女王の存在を飛ばしていた。
 今、彼女は部下により監禁されており、MOTHERとのコンタクトを図るのを期待され、監視状態にある。
 しかし、いまだにMOTHERとの連絡は果たされていないようで、女王は尚も悲痛な呼びかけを行っている
ようだった。

(さすがに、これだけ長い間、MOTHERが女王の呼びかけに無反応なのは、おかしい)

 携帯端末からの部下の連絡は、女王の状況報告と、今後の対応についてだった。
 しばし足を止め、エルメスは一旦通話を打ち切ると、再度考え込んだ。


 この世界に於ける万物の神——MOTHER。
 これまで、この世界で発生した様々な事件や事象、災害などに対し、真っ先に対応を考慮・実践対応を
命じて来た存在。
 それが、このような状況に於いて尚全くの無反応というのは、普通では有り得ない事だ。

(待てよ?
 もしもMOTHERが、何かの理由で、「実を葬」の事に全く気付いていないとしたら?)

 しばしの間を置くと、エルメスは、再び携帯端末を取り出した。

「もしもし、私です。
 これより緊急会議を行いますので、大至急大会議室のリザーブと、役員達の緊急招集を行いなさい!」


 


 午前九時。

「——っとぉ! うぉ、まぶしっ!」

 ひょいっ、っと軽くジャンプするような動きで、としあきはとある道路の端に降り立った。
 自分の両手を見回し、その場でくるりと回ってみる。
 いつもと変わらない自分、いつも通りの身体感覚。
 ……しかし、今のとしあきは、MOTHERが作り出した「アバター」という存在だ。

「なんかすっげぇなコレ。
 普通に外に居るのと変わりねぇぞ?
 風の流れも感じるし」

 としあきは、MOTHERに指示を行い、人間居住エリアに降り立つことにした。
 まるで昭和末期頃の時代がそのまま再現されたような、ややレトロチックな町並みを眺めながら、しばらく
適当にブラついてみる。
 
 何となくズボンのポケットに手を入れたとしあきは、いつもの感触がない事に気付き、慌てた。

「あれっ?! け、携帯がない?」

 としあきの持つガラケー……何故か実装石の会話を自動翻訳してくれる謎機能が付加されたもの。
 これまで、様々な世界において、実装石達とのコミュニケーションに役立ってきたアイテムなのだが。

「ああそうか!
 本体の俺のポケットにあるから、アバターでは再現されてないのか」

 まあ、人間居住区なら、実装石とも会わないだろうし、大丈夫か……と無理矢理納得したとしあきは、
諦めて散歩の続きをすることにした。
 ミドリの事など、完全に頭から外したまま。

 としあきの関心は、外界で起きているという「危険」の意味とその理由だった。
 マリアは、自分と初期実装を会わせる事に懸念を抱いているようだった。
 
(アイツと会うと、具体的にどう危険になるっつんだ?)

 確かに、前の世界は初期実装のせいで滅茶苦茶な世界移動になったが、初期実装自身は基本的に彼ら
の行動に直接絡むことはなかった。
 突然現れ、意味不明な事を呟いて消えることばかりで、直接害を与えた事は少ない。

(ま、皆無じゃないがな。
 そもそも、あいつがいなきゃ、俺はこんな世界巡りなんかすることなかったんだし)

 としあきは、ここまでの長い旅路の間、ずっと初期実装に対して“罪の意識”を覚えていた。
 時折忘れたり薄まったりすることはあったが、初期実装の子供を踏みつけてしまい、異世界に飛ばして
しまった事については、純粋に悪いと思っている。
 だからこそ、初期実装を捕まえ、親元に返してやらなければという、使命感があるのだ。

 としあきが、マリアの言葉に怒りを覚えたのも、これに起因する。

「さて、しかしこれからどうしたものか」

 残り時間は、あと一日と少ししかない。
 限られた時間で目的を果たす為には、普通のことはやっていられない。
 それに、これ以上、マリアやMOTHERに制限を食らうのも御免だった。

 何か行動を起こすヒントを……と、街中をうろついていたとしあきはふと、ある場所に集まっている人だかり
を見つけた。
 彼らは、街の電気屋のショーウィンドウに置かれたテレビを見ているようだった。

(今時、ウインドウ越しにテレビ眺めるなんて光景、ありえねぇだろ)

 一瞬、ここが異世界だということを忘れたとしあきは、一応何を観ているのかと覗き込んでみることにした。


『——以上のことから、「実を葬」を名乗るテロリスト達の犯行声明は、大ローゼンにより本物と判断され、
 現在、早急に対策が検討されているということですが——』

(えっ、「実を葬」?
 どっかで聞いたような)

「やばくね?テロだってよ」
「正午って、もうすぐじゃない?」
「実装石どうすんだろうなあ、こりゃ大騒ぎになるぞぉ」

「あ、あの、すみません!」

 テレビの前で話し込む年輩の男女の集団に、としあきは思い切って声をかけてみた。

「何があったんですか?」

「あんた知らないの? テロリストが犯行予告したんだよ!」
「実装石を皆殺しにするんだってさ!」
「今日の正午に実行するって宣言してね、今大騒ぎなんさ」

「は? は、はぁ」

 彼らから大雑把に事情を聞いたとしあきは、首を傾げながら街の様子を窺った。

(って、別に、大騒ぎしているようには見えないけどなあ)

 街の様子は、傍目にはとても穏やかで、街往く人々も、特に慌てたり焦っているようには見えない。
 この世界が実装石によって支配されているというのが本当なら、彼らは、まもなく支配階級を失いかねない
ピンチに晒されていることになる筈だ。
 にも関わらず、まるで対岸の火事を眺めているかのように、彼らは皆落ち着いている。

 としあきには、そんな温度差が妙に気味悪く思えた。

 挨拶もそこそこに、街の表通りを過ぎたとしあきは、次に裏通りの方へ向かってみた。
 なんとなく、そっちに足が向いたのだ。

 古臭い信号を渡り、どことなく胡散臭そうな雰囲気漂う商店街へ向かおうとした瞬間、としあきの足が
止まった。
 視線が、一箇所に釘付けになる。

「初期……実装……?」

 前方約十メートルほど。
 そこに、小さな実装石が佇んでいた。
 明らかに、成体のサイズではない。
 掌に乗りそうなくらいのミニマムサイズで、それでいて、異様な存在感を放っている。

 初期実装の、子供だ!

「こんな所に、なんで?」

 としあきは、思わず駆け寄りそうになったが、それを察したように、初期実装の子供は素早く走り出した。
 歩幅が全然違うのに、何故か追いつくことが出来ない。
 としあきは、以前にもこんな事があったことを思い出し、不意に足を止めた。

(まさかあいつ、また、俺のことを誘導してるんじゃ?)

 「実装産業の世界」でも、初期実装の子供は、としあきを誘うような意味深な行動をした。
 その結果、彼は酷い目に遭ったのだが、代わりにその世界の暗黒面を垣間見るに到った。

(付いて行ってみるか、今回も)

 今は、とにかく何でもいいから情報が欲しい。
 としあきは走るのを止め、徒歩で初期実装の子供の後を追うことにした。

 そして初期実装の子供は、まるで彼がそうするのをわかっていたかのように、時折振り返りながら、ゆっくり
とゆっくりと、裏通りの奥へと進んでいった。



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