タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話03
ファイル:「実装石が支配する世界編」3.txt
作者:敷金 総投稿数:9 総ダウンロード数:35 レス数:0
初投稿日時:2024/09/23-08:48:36修正日時:2024/09/23-08:48:36
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜す
ため強引に異世界を旅行させられる羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間という
タイムリミットの中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 実装石が主権を握る世界に現れたミドリとぷちは、女王エメラルデス42世に謁見する。
 女王より、世界を巡る旅を終えて、この世界に留まらないかと申し出られた二人は、激しく
動揺する。
 しかし、謁見の間に突如出現した初期実装の子供のため、二人はすぐに隔離されて
しまった。

 ミドリとぷちに接触を図る初期実装は、としあきが捕らわれている事と、この世界が崩壊
しかけている事を伝える。
 困惑した二人は、事実を確かめるために、外界へ出ようと試みるのだった。


【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。
 現在、マリアというメイドと共に、一人だけ豪邸住まいだが……

・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。

・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。

・オルカ・ベリーヴァイオレット:人間
 “偉大なる大ローゼン”という謎の組織に属する特殊工作チーム「Deceive」の女性リーダー。
 「山実装の世界」から登場し、何故かとしあき達に味方する。

・マリア:メイド
 としあきに尽くす謎の巨乳美人メイド。
 その正体は——?

・エルメス:実装石
 大ローゼンの幹部実装石の一匹。
 オルカの上司にあたるが、非常に当たりがきつい。

・エメラルデス42世:実装石
 “実装石が支配する世界”の女王で、シティ・ザ・エメラルディア王宮に滞在する。
 非常にブサイクだが、それを笑った相手をも快く赦すほど人(?)が出来た存在。



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    じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話 ACT-3 【 人間世界は複雑 】

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 6月2日午前11時。
 ミドリとぷちがこの世界にやって来て、15時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと105時間——


 ミドリとぷちは、部屋から無事解放された。
 特に何をされるでもなく、人間のメイド達によるとても丁寧な対応と案内で、王宮の庭へと
導かれていく。

 そこは、奥行きがとても大きな、白く輝く幻想的な雰囲気が漂う園庭だった。

 芝生や花壇、クロスグリが栽培されている豪華なプランター、少し大きな庭石が設置され、
小さな川も流れている。
 太陽の光がふんだんに降り注ぎ、とても近代的なビル街の中に居るとは思えない。
 ある物を見つけ、ぷちは、ふと足を止める。
 それは三メートル強程度の高さの堂で、クロスグリに覆われた神殿風の柱に囲まれている。

「ここ、なんだかとっても神秘的テチ」

「デェ? 確かに、ここだけ変な雰囲気デス?」

「テェ、見とれてる場合じゃないテチ、早く街に出てみるテチ!」

「合点承知の介デス!」

 特に急がなくても問題はなかったのだが、二人は何かに突き動かされるように、急いで
園庭を走り抜けた。
 見送ったメイド達は、まるで作り物のような表情で、二人の後姿を見つめている。

 園庭の出口から再びオフィスビルのような建物の中に入り、複雑な通路を抜け、ミドリと
ぷちは、十数分後にようやく外へ通じる出口に辿り着いた。

「オネーチャ、これから何処にいくテチ?」

「え〜と……とにかく、行けるところまで行ってみるデス!」

「テェェン! やっぱり行き当たりばったりテチィ!」

 出口を出た二人は、当て所なく歩き出す。
 その背後から、一つの人影が忍び寄っていることにも気付かず。

(全く、何故私がこんな真似をしなければならないんだ!!)

 人影の正体は、Deceiveの行動隊長——オルカ・ベリーヴァイオレットだった。



 「ジオ・フロント」とは、この世界の中枢都市「シティ・ジ・エメラルディア」の中心部にある、
巨大な隔壁で覆われたエリアの総称である。
 この街は、四重の円のような構造をしており、それぞれの円(エリア)が均等に四分割
されている構成だ。

 中心部はエリアA、それを囲むエリアB、更にそれを囲むエリアC……という具合で、ここまで
が所謂「実装石居住エリア」である。
 Cエリアと、それを取り囲む外周エリアの境界には、全高三百メートル強に及ぶ巨大な隔壁
が設けられている。

 その隔壁の向こう側に広がるのが「人間居住エリア」だ。
 DからKまで区分されたこのエリアは、ジオ・フロントの数倍以上に及ぶ広大さとなり、
ここまでを全てひっくるめたのが、「シティ・ザ・エメラルディア」。

 オルカは、黒い隔壁をふと見上げ、そんな“この世界の常識”を、思い浮かべる。

(こんな極端な世界は、ここだけだな)


 ミドリとぷちはジオ・フロントのエリアを抜け、やがて隔壁を越えて人間の居住エリアへと
向かい始める。
 実装石と人間は、それぞれの居住エリアを無断で越えることは許されていない。
 そのため、互いのエリアを区分するために、このような超巨大な隔壁を設けたのだ。
 しかし二人は、隔壁の出入り口を管理する職員達に何やら話しかけ、そのままあっさりと
通り抜けてしまった。
 オルカは、慌てて職員達に詰め寄った。

「なぜ、あのお二人を通したんだ?!」

『何故と言われても、オペレーションルームからの通達があったからだ。
 ミドリ様とぷち様を、自由に行き来させろとの指示を得ているが?』

 偉そうな態度で、年輩の実装石が鼻息を荒げる。
 オルカは舌打ちをすると、大急ぎでミドリとぷちの後を追った。

(見失ったか!? くそ、どこへ!!)

 C1エリアと記されたゲートをくぐり、D2エリアに出る。
 ものの数分、そんなに遠くへは行っていない筈だった。
 しばらく後、ジオ・フロントを取り囲む環状道路の向こう側に、あの派手な露出のメイド服を
見止める。
 オルカは、信号が変わった瞬間、全力で道路を走り渡った。


 ミドリとぷちには、簡単に追いつくことが出来た。
 辺りをきょろきょろ見回しながら、まるで散歩でも楽しんでいるかのように、ゆっくりとした
足取りだ。
 それが、オルカの苛立ちを煽る。

(エリア外に出て、いったい何処へ行くつもりなんだ?)

 ミドリ達がこの世界の地理に詳しい筈がないので、その行先は適当である事は間違いない。
 その筈なのだが、その割には、なんだか目的地を定めているかのように、何処かへと
向かっている。

(今まで色々な世界を巡って来たから、そういった事に躊躇いがない?)

 そう考えたオルカは、足音を殺し、尾行を継続する。

 やがて二人はD7エリアの市街地に入り、更にビル街の方へと向かい始めた。



 ミドリ達が入り込んだ市街地は、ジオ・フロント内部のような、近未来的で洗練されたような
都市ではない。
 どちらかというと、1980年代の日本の街に近い雰囲気で、建物のデザインや装飾、走って
いる車、行き交う人々の服装などは、いささか時代を感じさせるものだ。
 そこは街の中心部に近いせいか、人通りはとても多く、今のオルカにとっては尾行が
しやすくなり、とても助かる。
 だがやがて、彼女はとある違和感に気づいた。

(おかしい……実装石が堂々と歩いてるのに、誰も反応しない?)

 そう、ここは、人間居住エリア。
 そのため、街中を実装石が歩くということは非常に稀有であり、また人間達にとっては
かなりの脅威の筈だ。

 何故なら、彼ら人間達にとって、実装石はまさに“雲の上の存在”なのだから。

(尾行を、継続しよう)

 あえて違和感を振り切り、オルカは尚も、ミドリとぷちを追跡する。
 やがて彼女達はビル街を抜け、裏通りへ入り、所謂「裏通り」へと進んでいく。

 この辺は、あまり風紀や治安のよろしくない、ちょっとしたスラムのような雰囲気を漂わせる
エリアでもある。
 そしてミドリとぷちは、迷うことなく、小さな雑居ビルの中に入って行った。
(こんな所へ、何をしに?)

 二人が中に入ったのを確認すると、オルカは素早く雑居ビルの入口に接近した。
 建物の古さに似合わず、妙に新しい看板には、「京橋ビル」と刻まれており、テナントが
入っている様子はなく、まるで廃墟のようですらある。
 ビルの右脇に設置された階段は、暗く湿った空気漂う上階へ続いているようだ。
 どう見ても、初めてこの街に来た者が訪れるような場所ではない。

 このビルは五階建てのようで、築数十年は経っていると思われる、この世界の基準でも
かなり古い構造だ。
 真っ直ぐ最上階まで伸びた階段を上り、左側にあるドアを開けてそれぞれの階へ入る
方式で、踊り場はドアの手前にしかない。
 右側は外壁であり、外窓に非常用梯子でも設置しない限り、このドアを通る以外に外へ
出る方法はなさそうだ。

 現在、階段のスペースに、ミドリとぷちの姿はない。
 つまり、どこかの階に入り込んだということになるが……

(ドアの開閉音がしなかった?)

 このビルに入り込んでから、オルカは何となく奇妙な雰囲気を覚えていた。
 これまでの経験に基く、微妙な空気の違和感。
 それを感じる能力で、これまで幾多の危機を乗り越えて来た。
 その感覚が、こんな所で反応し始めたのだ。

(ドアの向こうは……ここからではわからないな)

 オルカはまず、一旦最上階まで上り、ドアの外から状況を確認し始める。
 ドアにはガラス窓などはなく、また密閉性も高いのか、中からの音や光が全く確認出来ない。

 そのまま一階まで順番に状況確認を済ませたオルカは、どれかドアを開けないと話が
始まらないという結論に達した。

 現状ほぼ唯一の装備・腕時計型端末では、周辺環境の測定を行うのが精一杯だが、
この雑居ビル内ではそれもままならない。

(明らかに、センサーが阻害されている。何のために?)

 やはり、このビルは何かおかしい。
 そう結論付けたオルカは、無理に室内に侵入するのを避け、張り込みに方針変更した。
 雑居ビルの正面にある廃店舗の前に立ち、ビルの様子を窺う。

三十分程度経過した頃、変化が起きた。

(誰だ、あれは?)

 雑居ビルの出口から、二人の男性が降りて来た。
 見たところ、二十代半ばくらいの、ごく普通の若者といういでたちだが、不自然に大きな
黒いバッグを両方とも肩から提げている。
 何やら楽しげに話しているが、その会話中に「実装石」という言葉が聞こえたような気がした。

「あ、ごめん忘れ物!」

 片方の男性が、そう呟いて今出た雑居ビルに戻って行く。
 何やら奇妙な予感に駆られたオルカは、周囲に他に人影がいないことを確認すると、素早く
待たされている男性に近づいた。

「あの、すみませんが」

「え?! は、はい?」

 ——バシッ! 

 振り返るよりも早く、男性は瞬時に気を失い、その場に崩れ落ちる。

 小型スタンガンで強制的に意識を失わせると、オルカは手早く男性の荷物を奪い取り、
ビルの隙間に身を隠した。
 黒い皮製のバッグのファスナーを開いた途端、むせ返るような鉄の臭いが鼻を突く。
 この臭いには、明確な覚えがあった。

(血の臭い……)

 バッグの中に入っていたのは、若者の見た目からはとても想像出来ないような、物騒な
シロモノだった。

 大きな金槌、バール、ノコギリ、金バサミ、鎖、ノミ……その他多数。
 そしてその全てが、不気味な色の液体で汚れている。

(赤と緑が混じったような、やや粘性のある液体。
 これは、実装石の血?!)

「あれ? おい、どうした!? おいっ!!」

 さっき戻った若者が戻って来たようで、気絶している方にしきりに呼びかけている。
 オルカは、腕時計に仕込まれたリールから極細のワイヤーを引き出すと、素早い動きで
若者の背後に回った。
 若者の首にワイヤーが瞬時に巻き付き、締め上げる。

「うぐっ?!」

「動くな、首を切断可能な超鋼繊維だ」

「……っ?!」

「このビルの中で、何をしていた?」

「!」

「素直に答えれば、命の保障はする。だが——」

「い、い、言います、言います!!」

 携帯式の拘束具を手早く取り出し、若者を後ろ手に拘束すると、オルカはそのまま、
先程潜んだビルの隙間に連行した。

(これは、もはやミドリやぷちの尾行どころの騒ぎじゃない!
 以前から噂は聞いていたが、まさか……!!)





 6月2日午後2時。



「——報告は、以上です」

 概要報告をまとめ伝えると、端末のボイスレコーダー機能をオフにする。
 後は、今の報告内容をファイルに記入し、正式に提出するだけだ。

 ここは、大ローゼンの総合オペレーションルーム。
 目の前に佇むエルメスを見下ろし、オルカは、少しだけ鼻息を荒げた。


 雑居ビルから出て来た若者から得た情報は、とんでもないものだった。
 あのビルは、人間による実装石の虐待や虐殺行為が平然と行われる、会員制の実装石
虐待派クラブだった。

 一見何処にでもあるような古びた雑居ビルだが、実は最新の防音・遮光機能を組み込んだ
物件であった。
 中に踏み込んだオルカが見た光景は、無惨な実装石の死体や、重傷を負った個体、また
監禁されている個体が乱雑に散らばる、凄惨な光景だった。

 それが各階の各部屋で展開しており、また「宴」に興じる者達も、全部で七人も滞在していた。
 オルカはそれを一網打尽にすることに成功し、全員その場で逮捕、警察に引き渡した。

 ビルに居た者達は、若い男だけではなく、若い女、中年の男女などもおり、特段共通点は
ないようだった。
 彼らの証言では、これらはジオ・フロント在住の実装石ではなく、虐待専用に飼育している
個体だということだが、この世界ではそれでも重罪である。

 以前から、人間の中に実装石に対する危険思想を持っている者が存在し、それらが非合法
な活動を行っているという噂はあったが、居住エリア区分が災いし、それらの検挙はほぼ
不可能な状況であった。

 そんな状況下にも関わらず、オルカは虐待クラブの実態を掴んだのだ。
 これは、大ローゼン内でも過去に例を見ない快挙と云えた。
 偶然の手柄ではあったものの、オルカは、これで自分の評価は益々高まる筈だという自負
を持っていた。

 だが——

『それで、ミドリ様とぷち様の行方は?』

「は?」

『貴方に課せられた任務は、ミドリ様とぷち様の追跡および身辺警護の筈です。
 それなのに、一番肝心なことをおろそかにするとは、どういう事なのですか?』

 エルメスは、無表情のまま、不気味なほど冷静な口調で問いかける。
 長年の経験で、それは激しい怒りを内包した態度であると、オルカは悟った。

「それについては、誠に申し訳ありません。
 ですが、今回はそれよりも——」

『貴方は、自分に課せられた任務が、どれほど重要なものなのか、理解しているのですか?』

「もちろんです」

『とてもそうには思えませんね。
 あのお二人は、MOTHERが三百年もの月日を費やして、この世界にお迎えしようとしている、
 最重要VIPです。
 いわば、この世界の歴史の中で、最も大事な存在と云えます』

「はい、それは——」

『にも関わらず、貴方は、虐待派が大挙するかもしれないエリアで、お二人を見失った。
 これがどれほど大きな問題か、把握しているのですか?』

「……っ!」


『いつから貴方は、自分の任務を平然とないがしろにするようになったのでしょうねえ?』

「……な」

『貴方の任務は、あくまでお二人の安全を見守る事だった筈です。
 虐待派の活動を抑えるものではありません』

「は、はい、それは判っております。
 しかし、エルメス様——」

『任務に忠実という点だけしか、評価のしようがないというのに。
 今度という今度は、貴方を見損ないました』

(な……!?)

 自分の足下から見上げる、冷たく高圧的な、赤と緑の視線。
 わざと聞こえるように吐き出す、呆れた溜息。
 瞬間的に激しい怒りが湧き上がったが、オルカは表情を変えぬまま、必死でそれを押し
留めた。

『リーダーがこの調子では、貴方が率いるDeceiveもたかが知れたものですね』

「……」

『もう結構。下がりなさい』

 もはや興味なし、といった態度で、エルメスは踵を返す。

「お待ちください! エルメス様!」

 咄嗟の呼びかけに、エルメスが足を止める。
 振り返りはせずに。

「これより、本来の任務に戻ります! ですので——」

『もう結構、と言った筈です。
 今後、貴方に任務を課すことはありません』
 
「そ、それは、どういう意味でしょう?!」

『人間は、本当に頭の回りが鈍いのですね。
 はっきり言わないと、理解出来ませんか?』

「是非」

『この度の処分について連絡があるまで、貴方は謹慎です』

「き……?!」

 エルメスの冷酷な宣言と共に、周囲から嘲笑の笑みが聞こえ出す。
 室内で作業をしている、オペレーターの実装石達が、オルカをあざ笑っているのだ。
 エルメスは、はじめからこうしてオルカを辱めるために、わざと他者が居る場所で報告を
させたのだろう。

 クスクス、クスクス……
   クスクス、クスクス……
 クスクス、クスクス……

 耳障りな含み笑いと、理不尽な処分に、オルカの我慢が限界に達した。
 無意識に、右足で床を強く蹴る。
 バン! という予想外に大きな音に、実装石達の嘲笑が止まる。

『どうしました? オルカ。
 何か不満でも?』

「納得が……行きません。
 なぜ、私が謹慎処分などに?」

『呆れたものですね。
 人間は、自分で考える事すら出来ないほど、脳機能が低下したのですか?』

「確かに、任務を遂行出来なかった事については、陳謝いたします。
 しかし、Deceiveなら、今からでもあのお二人の行方を捜索し、警護するだけの能力を
 有しています!
 エルメス様も、それは充分ご存知の筈ではありませんか?!」

 もはや、冷静な口調で話すことは無理だった。
 怒鳴りたい気持ちを抑えるのが精一杯で、あらぶる声を止めることは出来ない。
 エルメスに対し、こんなに感情を露呈したのは、初めてのことだった。

『Deceiveの能力云々の話ではありません。
 貴方自身が、任務を放棄した事を咎めているのです』

「ですから、その責任を取るために、もう一度——!」

『それでは、ハッキリと言い渡しましょう。
 オルカ、貴方は懲戒処分です。
 最重要任務放棄という重罪を犯したため、それなりの重い処罰が課せられます』

「ち、懲戒……だって?!」

『以上。
 もう二度と、私の前に、その惨めな姿を晒すことは許しません』

 そう呟くと、エルメスは足早に、オペレーションルームから退出する。
 膝をがっくりと折ったオルカはその場で崩れ落ち、また周囲から嘲笑が響く。

(どういうことだ……どういうことなんだ! エルメス!)

 声にならない呻き声が、実装石達の嘲笑と混ざり合い、室内に響き渡った。





 オペレーションルームを退出したエルメスは、逆上したオルカが追いかけてこないよう、
素早く物陰に隠れ、息を吐いた。

(やはり、人間は駄目だな)

 携帯端末を取り出すと、エルメスは通信を始める。

「私だ。大至急、大ローゼン最高評議会の招集を。
 ——そう、最速・最優先でだ」

 端末を閉じると、エルメスは窓の外を眺めた。

 ジオ・フロントの外に広がる、広大なビル街を見つめ、苦々しい表情を浮かべる。

(実装石虐待グループの存在が明るみに出た以上、もはや一刻の猶予もならない。
 人間共が、不満を爆発させるより前に、手を打たなければ)





 その頃、ミドリとぷちは、オルカが追跡した場所とは全く異なる所に居た。

「テェ……なんだか、ちょっと古臭い感じがする街テチ」

「全くデス。ワタシが居た世界と同じくらいデス」

「オネーチャが居た世界って、私が居た時代より、ちょっと昔だったテチ?」

「詳しい事はわからんデス。
 クソドレイが居れば、もっとわかるかもしれんデス」

「クソドレイサン、何処に行っちゃったんテチィ?」

 1980年代頃の日本にそっくりな町並みを、二人はとぼとぼ歩いていた。
 ぷちの露出の多いメイド服のせいか、それともミドリが居るせいか、街行く人々の注目を
どうしても集めてしまう。
 さすがに恥ずかしくなったぷちは、ミドリを抱き上げ、人の少ない路地に進んだ。

 しばらく進むと、人通りの少ない、寂れた雰囲気の通りに出る。
 古めかしい雑居ビルが並ぶエリアに立ち入った二人は、賑やかだった表通りとのギャップに、
しばし戸惑った。

「こりゃあまた、随分寂れた所デス」

「ちょっと暗くて、臭い気もするテチ。
 早く別な場所に行くテチ」

「と言っても、何処に行けばいいのか——って、アレ?」

 ミドリは、前方から迫ってくる一台のトラックに注目した。
 それは寂れた通りの一角に停車し、何やら大きな木箱のようなものを降ろしている。
 二人の男が木箱を雑居ビルの中に、次々に運び入れていく。
 特に何の変哲もない光景の筈だが、ミドリは、言い知れぬ不穏さを覚えた。

「おいぷち、あの箱の中身を確かめるデス」

「テェ?! な、なんでテチ?」

「いいから、ちょちょっと行って、見てくるだけでいいデス」

「オネーチャが行くのじゃ駄目なんテチ?」

「だーっ! グダグダ言わずに、とっとと行けデシャー!」

「テチャア! 蹴らないでテチィ!」

 渋々トラックに向かったぷちは、物陰に隠れるミドリを肩越しに見ながら、トラックの脇に
立った。
 ビルから出てきた男達が、ぷちを見てぎょっとする。

「すみません、これ、何が入ってるテチ?」

「……」

「教えて欲しいテチ。——テ?」

 ぷちが問い質そうとした時、大きな耳に、何かが微かに聞こえた。


 ——テチィ……

「実装石の鳴き声テチ!」

 ぷちが思わず声を出した次の瞬間、男達が彼女に襲いかかった。
 
「テチャア! な、何するテチィ!?」

 いきなり両腕を掴まれたぷちは、そのままトラックに押し込められる。
 非力なぷちには、抗う術はない。
 荷物を全部降ろすことなく、男達もトラックに飛び乗り、エンジンをかける。
 その音は、離れた所で待機するミドリの耳にも届いた。

「デェ? あれ? ぷちは何処に行ったデス?」

 次の瞬間、トラックのフロントウィンドウの向こうで、女性の脚がちらりと見えた。
 薄緑色のオーバーニーを穿いた、少しむっちりとした脚——ぷちだ!
 即座に事態に気付いたミドリは、通りに転がり出た。

「デギャアー!! お前ら、ワタシの妹になんばすっとねデシャアァー!!」

 ミドリの姿に驚いたのか、それとも焦ったのか、トラックは猛スピードで発進した。
 あっという間に目の前を走り去るトラックに、所詮実装石でしかないミドリが対応出来る筈
もない。
 何も出来ないまま、走り去るトラックを、見つめるしかなかった。

「デエェェェ!! ぷ、ぷちがさらわれたデス?!
 え、えらいことになったデスーっ!!」





 エルメスに見放されたオルカは、再び、先ほどの雑居ビルにやって来た。
 見失ったミドリとぷちの行方を、どうしても知りたかったのだ。

 エルメスへの対抗心もあり、また同時に、自分に課せられた任務へのこだわりもある。
 本来の目的を見失ってしまった事そのものは事実なのだから、その責任は自らで
果たしたい。
 そう思ってやまなかったのだ。

 「京橋ビル」の看板を見上げ、まるで何事もなかったかのように静まりかえる通りから、
素早くビルへと接近する。

(恐らくだが、彼女達は、もうここには居ない気がする)

 オルカは足音を殺しながら階段を上り、左側にある古臭い鉄製のドアの前に立った。
 二階に上り、ドアノブに手をかけようとした瞬間、向こう側から声をかけられた。

『みどりとぷちを追って、ここまで来たです?』

「!!」

 咄嗟に銃を構えると、ドアの正面から素早く身を翻す。

(待ち伏せされた?! 誰だ?)

 息を殺し、銃のセーフティを解除しつつ、ドアの向こうの反応に全神経を集中させる。
 次第に落ち着きを取り戻したオルカは、改めて階段の上下を目視確認した。

 誰かに進路を阻まれている様子はなく、ここはまだ二階。
 ——逃走は、容易だ。

『そんなに警戒する必要はないです。
 さぁ、こちらに来るのです』

 ドアの向こうから響く声は、女性のものだ。
 まるでこちらの思考を把握しているかのような物言いに。オルカは僅かな気味悪さを覚えた。

『残念ながら、ここにあの二人はいないです。
 でも代わりに、お前が知りたがっている秘密があるです』

(な…?!)

 予想外の言葉に、オルカは思わず狼狽した。
 あの二人がもういないだろうことは想定していたが、そこまで読まれて先手を打っている
とは……ドアの向こうの存在は、何者?

 ゴクリと唾を飲み込み、滴る冷や汗を軽く拭うと、オルカはしばしの間、思考を巡らせる。
 軽く息を吐き、オルカは端末を通じ、通信を行おうとした。
 だが——

『今ここで連絡をしたら、お前は恥の上塗りです』

(……!!)

『悪いようにはしないです。
 実は、お前にどうしても頼みたい事があるのです、オルカ』

(名指し、か)

 手段は不明だが、どうやら先方は、こちらの一挙一動を把握出来る状況にあるようだ。
 特殊任務の訓練生時代、教官から「逆境をピンチではなく、チャンスと考えろデス」と
教えられた事を思い出す。

 苦笑いを浮かべたオルカは、瞬時に覚悟を決めると、素早くドアノブに手をかけた。

 ドアを開くと同時に、銃を構え、射撃体勢を取る。

「FREEZE!!」


 次の瞬間、オルカは、自分の判断が甘かった事を、心底思い知らされた。

 爆薬、ガスなどの薬物、小型レーザー等の武器は事前確認、刺突系武装や刀剣による
攻撃にも備え、部屋の中には深入りしなかった。
 室内の状況を瞬時に判断し、問題があれば即判断を下し、退出する準備もあった。
 最悪の場合、煙幕弾を投下し、その間に退出することも考えた。

 だがしかし、室内では数多の予想を上回り、オルカの思考を停止させる斜め上の展開が
広がっていた。

「ようこそ、“実を葬”へ」

 部屋の奥にある、大きな黒いデスクに座っている、長身長髪の女性が、静かな声で
呼びかける。
 その周囲には、おびただしい数の——実装石の死体が散らばっていた!


 オルカは思わず、目の前に広がる惨状を見回した。

 そのフロアは、せいぜい二十平米強程度の広さで、ドアに向かい合うように置かれた大型の
デスク以外には、基本的に何も置かれていない。
 その代り、床や壁、窓に至るまで、無数の実装石の死体が散らばっている。

 首を刎ねられた者、腹部を裂かれ内臓を引き出された者、真っ二つにされた者や何か
重い物で潰された者……その他もろもろ。
 大きな槍のようなもので壁に串刺しにされていたり、窓を塞ぐように貼られたシートに、
切り取られた顔だけがぶら下げられている。

 はじめは人間の子供の死体かと思ったが、顔や手足の形状で、すぐ実装石とわかる。
 それらは、随分前から晒されているようで、死体特融の不快な腐敗臭はせず、逆に乾燥剤
のような鼻に突く香りが漂っていた。

 そんな中、全く表情を変えずに佇む長身の女性に、オルカは銃を向けた。

「貴様、実装石を!!」

「まあ落ち着くです、オルカ」

「何故、私の名前を知っている? 何者だ?」

「これは、私がやった物ではないです。
 “実を葬”の者達が作り上げたオブジェです。
 と言っても、素材は本物の実装石ですけど」

「実を葬……だと?!
 ディメンションコード9261に居た、実装虐待テロリストのことか?」

「そのなんちゃらコードはわからんですが、“実装愛護の世界”という通称で呼べば、
 分かってもらえるです?」

(的中、か)

「私の名前は——そう、“お初さん”と呼ぶです。
 オルカ、お前のことは、別の世界で動いていたのを知っているです」

「別の世……ま、まさか?!」

 オルカは、トリガーにかけた指に力を込める。
 だが、今持っている実弾銃が、この“お初さん”とやらに効くとは思えなかった。
 そう、オルカの予想が正しければ、この女は——

「まず先に、こちらの質問に答えてもらいたい」

「どうぞ」

「ミドリ様とぷち様は、どこへやった?
 ここに入った筈だが、その後の行方は?」

「あの二人なら、最初からここには来ていないです」

「?!」

「あれは、私がお前に見せた“幻影”です。
 どうです? 上手に再現出来ていたです?」

「貴様……やはり」

 その話が本当なら、そんな離れ業を行える存在は、一つしかない。
 オルカの予想が、確信に変わる。

「あのエルメスとかいう、不細工なコスプレ実装は元気です?」

 普通の人間が知る筈のない名前を挙げた時点で、オルカは更に確信を深めた。、

「最重要警戒態!
 人間の姿にまでなれるとはな」

「その舌を噛みそうなめんどくさい呼び方は、勘弁して欲しいです」

 オルカの鋭く睨みつける眼光をものともせず、「お初さん」を名乗る存在は、更に話を続ける。

「実は、お前を、“実を葬”のメンバーに迎えようと思うです」

「何を愚かなことを! 何故私が」

「私は全て知っているです。
 お前、謹慎処分になったです?
 このビルの利用者を検挙しようとして」

「全てお見通し、というわけか?」

「その通りです。
 しかしお前も、大変なもんです」

(いったい、何処で私の状況を確認していたのだ?)

 オルカはしばしの沈黙の後、徐に銃のトリガーを引いた。

 パン、パン!!

 乾いた音が、二発。
 頭と心臓の位置に、的確に命中させる。
 だがお初さんは微動だにせず、また状況を意に介さないような態度だ。

「な?!」

「そんなもので、私は殺せないです」

 即座に銃の設定を切り替え、レーザーガンモードにしようとする。
 だがそれは、瞬時に間を詰めたお初さんの手により、遮られた。
 氷のように冷たい手が、オルカの体温を瞬時に奪う。

「くっ!!」

「無駄なことは止めるです。
 それよりお前、あのエルメスという奴に、復讐したいと思わないです?」

「な、何だと?!」

「“実を葬”に加われば、それが可能です」

「馬鹿なことを言うな!
 私は、偉大なる大ローゼンの工作員・Decieveの行動隊長だぞ!!」

「でも、もうクビになったです」

「く、クビではない! これは——」

「可哀想に。
 お前は、あの実装石が何を企んでいるのか、知らないようです」

「企む……だと? エルメス様が?」

 意味深な呟きに、つい意識を向けてしまう。
 その隙を突いて、お初さんは、オルカの手から銃をするりと奪い取ってしまった。
 即座に、銃口を彼女の頭に向ける。

「し、しまった!」

「このまま少し、私に付き合うです」

「何?」

「どうせ謹慎処分中なんだから、時間はいくらでも余ってるです?
 安心しろです、危害は加えないことを約束するです」 

「大ローゼン最大の敵である、最重要警戒態の言葉を、安易に信じるとでも?」

 精一杯の強がりで、言葉だけの反抗をする。
 だがオルカには、もう分かっていた。
 この状況では、どのように抵抗したとしても、恐らく最重要警戒態に取り押さえられるのが
オチだ。
 この存在に、常識な一切通用しない。
 射程距離に入ってしまった時点で、こちらの負けなのだ、と。

 だとしたら、後は覚悟を決めるだけだ。
 何かしらの、チャンスが訪れることを望みつつ。

「まあ、話だけでも聞いて行けです。
 その方が、お前の知的好奇心も満たされるです?」

「……」

「よぉし、じゃあ行くです」

 オルカの手を握ったまま、お初さんは、空中で何やら大きな円を描くような動作を行う。
 と同時に、その円周部分の空間が歪み、捻じれた。

「“実を葬”の本拠地へ、ご案内です〜♪」

 無表情なまま、妙なハイテンションで叫ぶお初さんは、凄まじい違和感を覚えさせた。





 オルカが連れて来られたのは、真っ暗闇の空間だった。
 足音が妙に響き、踵の感触が硬い。
 音の反響から、そこはコンクリート造りのかなり大きな部屋のように思える。
 暗視バイザーを取り出す余裕は、ない。

「ここは?」

「F3ブロックの中にある、とあるマンションの地下です」

「ここが、お前達の本拠地だというのか?」

「その通りです。
 ほら、あそこを見るです」

「!!」

 お初さんの言葉と共に、突然、一角に明りが灯る。
 そこには、頭まで覆う黒装束をまとった者達が、十数人ほど立ち尽くしていた。
 まるで怪しいカルト宗教団のようであるが、その更に奥に、また誰かが居る。
 玉座のようなものに座っている、大柄の……それ以上は、暗闇に覆われてわからない。

 お初さんがオルカと共に歩み寄ると、黒装束達が下がり、道を作った。

「“実を葬”のことは、良く知ってるです?」

 不意に話しかけるお初さんに、オルカは嘲笑を返す。

「当然だ。
 ディメンションコード9261にて、実装石を過度に愛護する者達に反発していた、テロリスト
 グループ。
 あの世界では、後に愛護派勢力を圧倒し、強大な存在になったと聞く。
 しかし、この世界で存在や活動は認知されていない」

「さすがは大ローゼンのお猿さんです。
 そこまで知っていれば、文句なしです」

「貴様……もしや、彼らを連れて来たのか?」

「いくら私でも、そんなことは不可能です。
 あいつら、今や数万人単位に膨らんでるです」

 それは確かに、と、オルカは内心思う。
 いくら初期実装でも、そんなに大勢の者達を流入させることは無理だろうし、第一、
それだけの人数が世界線を越えて来たら、即座に異変をキャッチ出来る。

「確かにこの世界には、特定の実装石虐待テロリストグループは存在しなかったです。
 ——だから、結成したんです」

「なんだと?」

「お前も、うすうす分かっている筈です?
 実装石に支配されている、この世界の異常さを。無視し難い、いびつさを」

「……」

 お初さんの言葉に、黒装束達が無言で頷く。
 だがオルカも、頷きこそしないものの、それには半ば同意出来た。

 お初さんの話は、尚も続く。

 この世界だけに存在する、知能の高い実装石種。
 それが、とある世界的災害の後、人間にとって代わり、あらゆる生物のトップに立った。
 そう仕向けた存在が、「MOTHER」と呼ばれる者。
 「MOTHER」は、一時的に壊滅状態に陥った世界を一掃し、世界再興とも呼べるほどの
大改革に成功した。

 しかしそれは、実装石が人間達の全てを一方的に管理し、あらゆる権限をはく奪し君臨
するという、おぞましい支配形態を形成するという結果に至る。

「人間達は、長い間の支配に慣れ、実装石に刃向う意思そのものをなくしているです。
 まあ、そうなるように細工したのは、わかってるですけど」

「愚問だな。
 この世界の実装石は、他の世界の底辺生物とはわけが違う。
 彼らは、世界支配を司るのに相応しい存在だ」

「……と、お前を含めた多くの者達は、そう刷り込まれて来たわけです。
 三百年という、とんでもなく長い教育期間で」

「……」

 だがその間、人間側の反発が全くなかったわけではない。
 この世界も、かつては他の世界同様の、人間と実装石の関係があったのだ。
 それが逆転した事に対する反発は起きない方がおかしい。
 そして実装石達は、それを想定しており、早い段階から対処を行っていた。

「人間の前頭葉に改良を加え、反抗の意志を押さえる“品種改良”を、ね」

 そう言いながら、お初さんは、自分の額を指でとんとんと叩いた。

「ば、馬鹿な事を言うな!」

 思わず怒鳴り声を上げるオルカに、お初さんは人差し指を立てて「シーッ」と囁いた。

「どうせ教えられていないだろうと思ったけど、案の定です」

「そんな事がある筈がない!
 実装石が、我々人間を……改造するなど……」

 愕然とするオルカに、お初さんは尚も話を続ける。

「改造といっても、手術したわけじゃないです。
 いわば“品種改良”です」

「表現が違うだけで、同じようなことじゃないか!」

「その通りです。
 MOTHERは三百年前、この世界の生き残ったごく僅かな人間を集めて、長い時間をかけて
 人間に誤った認識を植え付けさせたです」

「いったい、どうやってそんな事を?!」

「お前も知っている、アレを使ったんです」

「アレ?」

 疑惑の眼差しを向けるオルカに、お初さんは右手でピストルの形を作り、向けた。

「——デスゥタンガン」

「な、何?! 馬鹿な、それはおかしい!」

「何がおかしいです?」

 無表情に呟くお初さんに、オルカは噛み付くような勢いで怒鳴る。

「デスゥタンガンは、我々が先日回収したばかりだ!
 それまで、この世界にアレが存在した記録はない!!」

「はぁ〜、一からか? 一から説明しなきゃだめです?」

「……??」


 髪をボリボリ掻き毟りながら、お初さんはうざったそうに溜息を吐く。

「リライトロジックディバイダー。聞いたことあるです?」

「——いや」

「デスゥタンガンに内蔵されている中枢システムです。
 まあ、名前を覚えておくことです。
 こいつがどういう物なのか、その真価を知った時、お前はもう実装石に忠誠を誓えなくなる
 です」
 
「そんな事は、ない! 絶対に……
 そ、そんな事で……」

「お前自身、この世界の実装石達に対して、思うことがあるんじゃないです?」

「うぐ……!!」

 お初さんの指摘は、正しかった。
 大ローゼンの特殊工作チームとして、様々な世界を渡り歩いたオルカにとって、他世界の
人間達の、実装石に対する考え方や振る舞い、それを巡る生活などは、この世界とはあまり
にも異なっていた。

 否、実装石に対する考え方だけではない。
 人間としての尊厳、自意識のあり方、権利、主張、その他もろもろ。
 あらゆる要素が自分達とは異質で、本当の意味で「自我」というものを確立している。

 任務に忠実だったオルカは、以前はそのような事を考える事などなかった。
 しかし、様々な世界を巡るうちに、少しずつ疑念が生じるようになった。

 よりによって、それを、初期実装の言葉で再認識させられるとは!

「それで、私に、どうしろと云うのだ?
 そんな話を訊かせて」

「こいつを見るです」

 お初さんが、部屋の奥の暗闇を指さす。
 すると、そこにスポットライトが当たり、一体のケージが出現した。
 その中には——

「!! エルメス——様?!」

 デ、デデェェ……

 ケージの中に居たのは、エルメスだった、
 黒いスーツを纏い、長い髪を垂れた、太目できつい目つきの実装石。
 思わず駆け寄ろうとするオルカの前に、お初さんが立ち塞がった。

「安心しろです、こいつはエルメスではないです」

「なに?!」

「エルメスと同じ格好をさせただけの、ごく普通の実装石です」

「何のために、そんなことを?」

「こうするためです」

 お初さんがパチンと指を鳴らすと、今までじっと立ち尽くしていた黒装束達が動き出し、
偽エルメスをケージから解放する。
 すると、別な黒装束が歩み寄り、オルカにあるものを差し出した。

 ——それは、「バール」だった。

「さあ、遠慮はいらないです」

「な、何をしろというのだ?!」

「これで、憎たらしいあいつの姿をした実装石を、おもっくそブッ叩いてやるがいいです」

「ば、馬鹿な事を言うな!
 仮にも大ローゼンの一員である私に、そんな真似が——」

「あるぇ? その大ローゼンの中にも、“実を葬”の入会希望者が居るのに、今更ですぅ?」

 オルカの顔を覗き込むお初さんの顔が……顔だけが、あの「初期実装」のものに変わる。
 真っ白い肌、不気味な赤と緑の血走った眼、点だけの鼻、三つ口。
 わかってはいたものの、こうして至近距離で正体を露呈されると、さすがにたじろいてしまう。
 だがそれよりも、重要なことがある。

「今、何と言った?!
 だ、大ローゼンの中に、だと?!」

「そうです」

「大ローゼンの者達は、全員、実装石に忠実な人間達だ!
 そのような行いに走る筈がない!」

「本当にそう思うです? 思うです?」

 そう言うとお初さんは、後ろに立つ黒装束の一人を招き寄せた。

「例えばこいつは、大ローゼンのとある重要な部門に、現役で関わっている奴です。
 素顔を見るです? きっとお前も驚くです」

 その言葉に合わせるように、黒装束がマスクに手をかける。

「あ、ああ……」

「さあどうするです?
 こいつの顔を見たら、お前はもう大ローゼンには戻れないです」

「な?! そんな事はない……」

「だってそうです?
 お前は何時何処で、どういう状況下で、こいつと逢ったと証言するんです?
 虐待テロリストの本部で、テロに走った仲間の顔を見たと説明して、誰がお前の潔白を
 認めるです?」

「う……!」

 ここに至って、オルカは自分の迂闊さを噛み締めていた。
 この場所に来てしまった以上、たとえどのような意志が伴っていようと、見聞きした事柄の
全ては、彼女の立場を悪くする要素ばかりだ。
 しかもお初さんは、自分が事実を歪曲して報告することが出来ないという、性格の生真面目さ
までも考慮の上なのだ。

 仮にこの「大ローゼンの一員」とされる者が本物であろうとがなかろうが、もはや関係など
ない。

 エルメスの姿をさせた実装石を前に、バールを渡され、最重要警戒態と会話を交わす。
 これだけで、もはや大ローゼンのエージェント・オルカの立場は、崩壊したも同然なのだ。
 ——それが、外部に知れたら、の話だが。

(所詮私も、この世界の人間だということなのか)

 今、オルカに突きつけられる選択は、二つ。

 一つは、この場に居る全員を皆殺しにして、口封じを図って脱出する。
 もう一つは——

「さあ、頭巾を——」

「待て! もう、いい」

 オルカは黒装束の者を止めると、目の前にうずくまる、偽エルメスに向き直った。

「貴方は、どうしてこんなところに?」

「ニンゲン、ワタシを助けろデス!
 ここのニンゲン達は皆おかしいデス!
 高貴で上品で麗しいこのワタシを、酷い目に遭わせようとするデス!!」

「……」

「何をしてるデス、このクズニンゲン!
 ワタシの言ってることが、理解出来ないお馬鹿さんデス?
 デププププ♪ やっぱり、醜くて愚かで頭のわるーい子は、これだから困るデス〜♪」

「……」

 ——バキィッ!!

 デギャッ?!

 次の瞬間、オルカは思い切り力を込めて、偽エルメスのどてっ腹を蹴り飛ばしていた。




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