※注　幸せな話ではないです

「幸せな部類の実装石」

厳しい訓練を乗り越えてようやく店頭に並ぶ、ペットショップの仔実装石たち
「どんな飼い主さんが迎えてくれるテチ？」
皆一様に期待に心を躍らせているが、期待通り幸せになれる実装石など極一握りだ
そもそも成長の早い実装石は購入されずに、そのまま処分される確率も高い
特にペット用として育成された個体は知能自体は高いため、自分の処遇もわかっている
それでも仔実装達は絶望せずに、明るい未来を信じている
売れずに最終処分価格…処刑寸前の水槽に入れられるまでは。

ある仔実装も売れ残り、最終処分価格の水槽に入れられて毎日を絶望の気持ちで過ごしていた
売れ残りとは言え選別と教育を受け、賢い仔実装だ。しかし、知能が高いからこそ不幸でもある
別の水槽から見ていたから自分の今の立場がわかる。これは死へのカウントダウンだ
自分はあと数日で処分されるだろう

「テチャ！テッチュンテッチュン♪」
今にも絶望で泣いてしまいそうな気持ちの中でもお客さんが来ればアピールをする
元気に手足を動かし、右手を頬に当てて首をかしげて決めポーズをする
自分がどれだけ人間のペットにふさわしいかわかってもらうために、全力を出した

通常販売物よりもかなり価格が落ちる、処分寸前の個体を購入するのはほとんどが虐待目的だ
しかし、この仔実装は幸いにも一般的な３人家族の男の子に目をつけられ、選ばれた
「テエ…テチューン♪テチャアー♪テッチャー」
仔実装は涙を流しながら喜び土下座をした

子供「今日からお前はうちの仔だよ！名前は…女の子だからテチコでいこう」
テチコ「テチー♪」
初めてのご主人様、初めての名前…全てが眩しかった。これからずっとこの家族に尽くしていこう
抱っこされたテチコはそう思い、何度も頭を下げ「テチュー♪」とご主人様の手に頬を擦り寄せた

テチコは一軒家で愛情を受けて生活をすることができた
小学生の男の子のご主人様とそのパパ、ママ。みんな優しかった
美味しい餌に温かいお風呂。いつも遊んでくれるご主人様
十把一絡げの扱いのペットショップにいたときとは全然違う、自分が愛されている感覚…
他の実装石では味わえないような実生の絶頂期を味わっただろう
「テチャテチャー♪」幸せを誇るように両手を掲げ、家族達に感謝を伝える
テチコは他の実装石にありがちな増長をするというようなことは無かった
処分寸前に買われたということもあり生きているだけでも十分だと感じ、このような好待遇で飼わ
れることの奇跡を理解していた
故に飼い主家族との関係は良好であったのだが、テチコには唯一の欠点があった

パパ「ただいまー…って、家が臭い…いやテチコが臭いな。ちゃんと風呂いれてるのか？」
子供「昼間にしっかり洗ってあげたよ」
ママ「実装石用のボディソープ使ってるけど夜になると臭くなっちゃうね…」
テチコ「テェ？」

体臭だ。そもそも実装石は独特の臭気があり、また自分では清潔を保持するのが難しいため入浴等
をこまめに行う必要がある
実装石の飼育は躾を含め犬猫以上に細かい管理が必要となるのだ
飼われ始めた時期が夏であり、脂性で汗をかきやすいテチコは入浴をしたあともすぐ臭ってしまう
これは飼い主家族にとっては誤算だった。ご主人様のパパとママは相談し、あることを決定する

パパ「テチコに家を作ってやろう。お庭で自然に暮らしてもらうんだ」
テチコ「テチ？」
子供「お庭で？やっぱり臭いから？でもちょっとかわいそうじゃない？」
ママ「実装石は元々お外で暮らすものなのよ。野良実装もそうでしょう？」
子供「それもそっか。お家作り手伝うよ！」
テチコ「テチャー♪」
よくわかっていないテチコは恵まれた生活の上に、新たに自分専用の家までもらえるのだと思い喜
んだ
DIYで作った犬小屋のような家ができたとき、「テッチャー！」とダンスをしながら歓喜する
プレゼントされたかわいいピンクの首輪と小屋に繋がれたリードも素敵なアクセサリーに見えた
目を輝かせて手で触り、ぺこりとお辞儀をして「テチ！」と感謝を伝える

…しかし喜びは一瞬だった。庭で生活するようになり、自分の状況と処遇がわかり始めてきてし
まった

庭に出されたら飼い主との時間は極端に短くなる。家の中では時間がある限り構ってくれたご主人
様も餌と水を与えてくれるし挨拶はしてくれるが、その触れ合いは一日数十分だけになった
暑さが酷い。汗かきのため日によっては喉の乾きにも苦しむことになる
家で飼っていた頃とは違い、風呂も数日に一度ホースで水をかけられるだけになった
虫にも悩まされた。虫刺されの痒みと痛み、羽音と暑さで眠れない日々が続く
飼い主が蚊取り線香をつけてくれるが、焼け石に水だった

寂しい。構ってほしい。話しかけてほしい。お水がいっぱい飲みたい。お家に入れてほしい。
暑い。苦しい。首輪が邪魔だ。息が苦しい。身体が痛い。痒い。臭い。お家に入れてほしい。
寂しい寂しい寂しい寂しい…
テチコは様々な負の感情に苛まれた
家の中と比べて過酷な環境ということもあるが、何よりも人間との触れ合いが生き甲斐の飼い実装
としては孤独感が耐え難かった

ストレスで自分の手や袖口を噛む自傷行為や、大事な髪を自ら抜いてしまう行動に出てしまい、家
に来た時のかわいらしい仔実装は今やすっかりボロボロの、半端にハゲたみすぼらしい姿になって
しまった

子供「テチコかわいくなくなったな…」
ご主人様が庭にきて餌と水を入れてくれる
ご飯もお水も嬉しいけど、求めているのはぬくもりだ
テチコ「テチャッ♪テチャテチャ！」
子供「臭いな…明日お風呂（ホースで水かけ）いれてあげるから。じゃ、またね」
テチコ「テチー…」
触れ合いを求めるように伸ばした手は掴まれることなく、ご主人様はすぐに家に戻っていった
仕方なくのそのそと餌箱に行き、餌を腹に詰め込む
家の中で食べていたものと同じ餌なのに、今では全く美味しくない
気がつけば食べながら涙が流れていた…

ストレスで精神状態がおかしくなっていたが、それでも飼い主一家に感情をぶつけないのはまた家
に入れてもらって以前の生活を送るという希望を持ち続けていたからだろう
どんなに心が闇に覆われても、飼い実装として模範的な精神は持ち続けていた

テチコ「テチャアアア…」
今日も家をじっと見て、血涙を流し続ける
家の窓を叩いて家に入れてくれるようにお願いしたいが、首輪と短いリードがそれを許さない

テチコ視点では不幸そのものだった
しかし世の実装石のことを思えば特に飼育放棄もされておらず適正、いやむしろ幸せな部類の飼い
実装といえるだろう

程なくして、飼い主家族は家の中で猫を飼育し始める
子供「ミーちゃん（猫）はかわいいなー」
パパ「こんなに可愛いとは思わなかったな」
ママ「やっぱり言ったでしょ、飼うなら猫だって」
飼い主家族の笑い声が庭まで響いてくる

テチコは「テエエン、テエエン」と家を睨みつけながら泣き続ける
どうして自分がいるのに別の動物を飼い始めたのか
どうして自分が庭で暮らさなくてはいけないのか
どうしてあそこで笑顔の中心になっているのが自分ではないのか
……飼い主家族の心は、既に自分から離れているのではないか

皮肉にも、状況を理解できる知能がテチコの偽石を削ってゆく
そのうちにテチコは「テヂィィーーー！！」と発狂したように泣き叫ぶ

どんな意にそぐわない状況でも、辛くても、苦しくても。
飼い実装は与えられたその環境で生き続けるしか無い
テチコは実直で善良ではあったが幸せだった頃の生活に固執し続け、現在の環境に適応しようとす
る柔軟性が致命的に欠けていた
夏のピークが過ぎた今日も、テチコはあの日と現在のギャップに耐えられず自らの手を噛み頭を掻
きむしりながら悲痛な声をあげていく…

テチコの叫び声を聞いて、近所の野良実装は呟く
「またあそこの家の飼い実装が甘ったれて泣いてるデス…衣食住あんなに恵まれているのに。
まったく、とんでもないクソムシデスゥ」
（終）


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過去作
3405【哀虐】実装石が実装されなくなる世界
3396【虐哀】短〜中編色々詰め合わせ2 黒髪系他
3395【愛虐】働く野良仔実装
3368【虐哀パ】短〜中編色々詰め合わせ1 テチコ系他
3270【虐観察】楽園とは実装石の産物なり
3240【観察】フォトコンテスト
3199【虐観察】本能と理性の狭間で
3193【虐】里親
3140【虐】ビン飼育