庭いじり



ある日、俺が庭の手入れをしていると、不快な鳴き声が聞こえてきた。

『デッスゥ～ン♪』

鳴き声の方に目を向けると、小首を傾げて口元に手を当てた成体実装が１匹、こちらを見ている。
俺の家は公園の近くなので、餌を探してうろつく実装石がこのように庭先に現れることがよくある。

『デスゥデスゥ♪』

リンガルアプリを入れたスマホは家の中なので、こいつが何を言ってるかは分からない。
まあ、どうせ餌をくれとか飼ってくれとか言ってるのは想像に難くないが。

「…しっしっ！　あっち行け、邪魔だ！」

俺がホウキを振って追い払おうとするが、野良実装はしつこく鳴き声を上げてくる。

『デスゥーン♪デスデッスゥ～ン♪』

そいつは身体をくねらせて俺に流し目をくれてきた。
…まったく、不快な害獣だ。
俺は足下の石を拾うと、そいつの方に適当に投げつけた。

『デデッ！？　デシャーッ、デシャシャーッ！』

石は命中しなかったが、そいつは驚いたらしく歯を剥き出してよつんばいになり威嚇してくる。
やれやれ、ここまでやっても逃げないとは、いい根性をしている。
俺がホウキを振り上げると、そいつはデシャデシャ鳴きながらパンツに手を突っ込んだ。
…あぁ、もうこいつは駄目だ。
俺は「あらかじめ用意してあった」実装用スプレーのりを手にし、素早くそいつの身体に噴きかけた。

————シューッ！　シューーーーッ！！
『デデェッ！？　』

ノズルから噴射されたのりが、そいつの身体に付着するなり素早く固まり動きを封じる。
この「のり」は実装石を構成する成分に反応すると瞬時に硬化する特徴があるのだ。

『デェェェッ！？』

そいつは全身に付着し硬化したのりのせいで、身動きが取れなくなり、ブザマに転がった。
俺はさらにそいつのパンツにも念入りにスプレーを噴きかけ、糞が漏れるのを阻止する。

『デェェェン、デェェェェン！』

庭に転がったそいつは、血涙を流して鳴きながらも俺の方に顔を向けている。
もしかしたら何か言いたいのかもしれない。

「俺の大事な庭に無断侵入したことはともかく、糞を投げようとしたことは許さん。
　…何か言うことはあるか？」
『デスゥ！　デスデスゥ！』
「…何言ってるか分かんねぇよ。弁解は無しってことでいいな？　…じゃあ処分だ」
『デェェェェッ！？　デッス～ン、デッスゥゥゥゥン！』

俺は必死に媚びるそいつの顔に、スプレーのりを噴きかけた。

————シューーーーッ！
『デベッ、デビェェェェッ！？』

顔面をのりで覆われ、そいつは苦しそうに、しかしのりで固まってほとんど動かない手足でイゴイゴする。
次第に顔面は紫に染まっていき、全身をピクピクと痙攣させる。
普通なら糞を漏らすような状況だが、パンツはのりで固めてあるので糞が漏れることはない。

…俺の家は公園の近くにあるせいか、野良実装がよくやってくる。
俺は庭の手入れを趣味としているが、やってきた野良実装を潰して薄汚い緑の染みをつけられたり、
悪臭のする糞を垂れ流されて庭を汚されてはたまらない。
そこで役立つのがこの『実装用スプレーのり』だ。
目の前で苦しむ姿を見ながら、しかし庭を汚さずに処分できる。
家族連れで侵入してきた時は、逃がさないようネムリを与え箱に入れてからスプレーを使うこともあるが、
１匹で来た場合はその必要はない。

無論、俺とて手当たり次第に野良実装を処分するほど暇ではない。
だから今回したように、最初は追い払おうとする。
それでも逃げずに投糞などの暴挙に出た相手にのみ、スプレーのりを使うのだ。
こののりは実装石以外には無害で、基本的に水で洗い流せるので庭木に付いても害はないのも良い。
また、のりはただ顔面に噴きかけて窒息させるだけでなく…

『……』パキン

実装石にとって有害な成分が含まれているため、窒息からの仮死で留まることなくパキンさせる効果がある。
俺はそいつが動かなくなり、偽石が割れる音を確認すると、死骸を実装ゴミ用のゴミ袋に放り込んだ。
…その際にちょっと観察してみたが、そいつはやけに痩せていた。
餌の不足でなりふり構わず人間の前に現れ、媚びたり威嚇したりして餌を得ようとしたのかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。

「さあて、花に水でもやるか…」

庭いじりは俺の数少ない楽しみだ。
実装石なんかに邪魔されてたまるか。



おわり