神の谷 3 前回までのあらすじ 村の掟を破り麓に行くと言う禁を犯した 仔実装姉妹への処罰を下しその件は解決したが 持ち込まれた品の処分と言う問題がまだ残っていた 村に保管していてはやがてそれが元になって災厄が訪れる かといって適切な処分方法を皆思いつけないでいた 見かねた長老は神の使いを仕立て この品を神の谷まで運んでその手に委ねる事を提案したのだった 名誉な役割である一方命の次に大切な髪を失い また仔を生めなくされる事に 若い衆達は志願する事を躊躇していた そんな時村の幹部の後継者であるイチノコが 神の使いになる事を志願してきた 将来の活躍を期待されている次世代の若者が 神の使いに志願するにあたり長老も躊躇したが 決心が固いとみるやその役を任命するのであった その後イチノコは身を清められ庵に閉じ込められて体内の穢れを落した後 断髪と仔ナシの儀を受け 神の使いの御印を額に描かれ神の使いとして仕立てられた 翌朝になって少数の者達に見送られてイチノコは神の谷を目指し歩み出した ***************************************************** 神の谷へと続く道は険しくは無かった 毎年秋仔をお返しするために道が整えられているからだ だが今の季節は草木の生育がもっとも激しくなる時期である 進む先は草や蔓草が生い茂り行く手を阻んでいた それを携えている山刀で切り裂き払いのけてゆくのだが これが結構な重労働であった 無駄な消耗を避けるためになるべく山刀を小さく振り降ろし 自分が通れる最小の道幅を確保していったが 延々と続く草の壁に徐々に体力を削られて行った 思いのほか先に進む事が出来ず疲れ果てたイチノコは その場に座り込み休憩を取る事にした 「疲れたデス…ここで食事にして回復するデス」 山の坂道は自身が思っている以上に体力を消耗する ゆえにこうしてこまめに休息をとり食べ物や水を少しずつ補給するのだ こうして進んでは休憩を繰り返したこともあり中間地点に到達する頃には 日が暮れようとしていた 夜に山道を進むのは危険なのでここで夜を明かすことにした 山道を外れた先にある目印代わりの大木に向かい その根元を掘るとオトナが余裕で出入りできる大きさの穴が現れた ここの中間地点には非常時に備えた退避場所が設けてあるのだ イチノコは穴に荷物を入れた後自分も潜り込み 穴の上を偽装して眠りについた ***************************************************** 次の日の朝穴から這い出たイチノコは朝食を済ませると 神の谷を目指して進み始めた 進むにつれ木々が生い茂って下まで日が差し込まないせいか 蔓草も少なくなり進行ペースも上がっていった そして山頂に近づいてくると遠くから水が流れる音が聞こえてきた 神の谷はもう間近であった 山道を抜けるとそこには巨大な谷が広がっていた 谷底はひたすら深くそこに向かって巨大な滝の水が 唸りを上げて流れ落ちていた その水煙と湿度がもたらす霧に覆われていて底が どうなっているのかは見ることができない 「神の谷に到着したデス」 イチノコは改めて身を引き締めるのであった 背負子を降ろし積んでいた例の品を取り出すと 谷の淵まで移動してそれを高らかに掲げた 「神様っ!この品は我々の手に余る物デス ゆえに神様に捧げ委ねたいと思いますデス どうかお受け取りくださいデス」 そう叫ぶと件の品を谷に向かって投げ込んだ そして霧の中にそれが飲み込まれていくまで見届けた後 その地を後にした 「全てが終わったデス…」 役目を終えたイチノコは急いで神の谷を降りていった ***************************************************** 帰りの道中は何の障害もなくスムースに進んだ こうして夕方には村の近くに辿り着いた あと少しで村に到着すると言う所まで近づいた時だった 目の前に何故か長老と幹部達がいた 出迎えなのか?それにしもここまで長老が出向いて来るのは珍しい事だ しかも護衛とは言え幹部達が武装しているのも気がかりだった だがイチノコは不安を払拭するためにも長老に報告をした 「長老様お役目を果たして無事戻ってきたデス」 報告を聞いた長老は満面の笑みを浮かべイチノコを労った 「イチノコよ大役のお勤めご苦労だったデス」 長老の言葉を聞いてイチノコは安堵に包まれた 「ついてはだがイチノコを労う宴の席を用意したデス 案内するので付いて来るデス」 そう言って長老が村から外れた道に進み早く付いてこいと誘った その後ろを幹部達がついて来た 暫く進んでいくとただっ広い所に出てきた 辺りには何も用意されていない 違和感を感じた刹那背中から幾つも貫かれる激痛が走った 「長老…何故…デス…」 イチノコはそれだけ言うと絶命した 長老は背中から槍が抜かれて倒れ込んだイチノコの躯を抱きかかえ 死に顔を看取るとそっと見開いたままになっていた瞼を降ろした 「皆の者これですべてが終わったデス…神の使いは再び 神の元へと帰って行ったデス…躯は懇ろに葬るデス ただしこの事は他言無用デス」 それだけ言って長老はその場を後にした どこに隠れていたのか側付えが現れて付いて行った そして気が付くとイチノコの躯の前で座り込んで泣いている幹部がいた イチノコの親である幹部のイチであった 「スマンデスゥ…スマンデスゥ…ワタシがお前を止められなかったばかりに こんな事に…スマンデスゥ…」 イチの慟哭は暫く続いた ***************************************************** イチノコが村を出発したその日の夜であった 長老が突然臨時の幹部会を招集したのだ 何時もなら先触れを飛ばして数日後に執り行うのに その日の内に集まれと言う呼びかけに皆戸惑った しかも深夜と言う事でこれは穏やかな事ではないと みんな思って集まった そこで長老は驚くべき事実を明らかにしたのだ 隠していた事実とは役目を果たした神の使いの今後の事であった 神の使いはいわば神と我ら同属との間を取り持つ高位の存在となる これには長老と言えど逆らえない事になる それがどういう意味なのかは言わずもながである 例え本人にそんな気が無くても身近にいるものが不心得を起こして その力の威を借りて悪さをするやもしれない また近隣の他の村々がこの存在を利用または排除するために 戦争が起きるかもしれないのだ ゆえに役目を終えた神の使いは速やかに消えなくてはならないのだ その事に一番衝撃を受けたのはイチノコの親であるイチであった その場で取り乱し周りに押さえつけられてしまう程であった 最終的にはイチもこの事実を受け入れ 最後の務めに参加する事を表明した イチはこれも村を守る為デスと何度も自分に言い聞かせるように つぶやいていた ***************************************************** 季節は廻り目覚めの春がやって来た ここしばらくで変わった事と言えば長老が代替わりしたと言う事だ あの騒動からしばらくして先代は塞ぎ込むようになってきて 秋になる頃には著しく衰え始めた 何とか冬は乗り切ったものの 先日便所でこと切れているのが側仕えによって発見され その場で死亡が確認された その後村を挙げての盛大な葬儀の後 先代の躯は村外れの墓地に葬られた 葬儀が終わり後始末が一段落付いたころ 次の長老を決める会議が行われ イチが満場一致で新しい長老に選ばれた 新長老となったイチは手始めに村の掟の見直しを始めた 明かに今の時代にそぐわないものは修正または廃止をしていくという 新しい体制の元皆忙しくそれぞれの役目に没頭した その頃からであった 誰が歌いだしたのか分からないのだが 神の使いとその活躍の様子を歌詞にしたためた歌が 村の仔の間で流行っていた それは神の使いが大蛇に襲われた姉妹を助け 持っていた剣の一撃で頭を砕いたとか ある時は悪霊の呪いがかかった品を神の谷に持っていき 浄化したとか その行いが神様に認められて神の国に召されて 今でもそこで自分達の事を見守りながら 幸せに暮らしていると言う内容だった 何時しかそれは良い仔にしていると神の使いが贈り物をくれるとか 逆に悪い仔のままだと夜に大蛇がやってきて食べられてしまうという 話になっていき 夜なかなか寝ない仔は大蛇が来るぞと脅されるようになった こうして山実装の村の夜は更けていった 終
1 Re: Name:匿名石 2023/08/29-19:41:00 No:00007890[申告] |
土竜とかジッ君とかあちこちで話が繋がってて面白い
ラストの歌が流行ってそして歌詞が変わっていく場面がそういうのあるよねって感じで好き |
2 Re: Name:匿名石 2023/08/29-23:28:26 No:00007897[申告] |
口伝ガバガバなのに実装フードに対する知識が割と適切なのは飼い実装との接触での騒動が意外と定期的にあるのではと思ってしまうな |
3 Re: Name:匿名石 2023/08/30-18:23:33 No:00007908[申告] |
神の使いになった実装石が伝承として語り継がれて名誉は救われ出て良かった |
4 Re: Name:匿名石 2023/08/30-20:51:38 No:00007910[申告] |
ジッ君の事なんだよなぁ… |
5 Re: Name:匿名石 2023/09/02-12:29:36 No:00007927[申告] |
実装フード捨てに行ったのも伝承されてるから… |
6 Re: Name:匿名石 2023/12/04-18:34:58 No:00008513[申告] |
先代が塞ぎ込むようになって便所で人知れずこと切れていたのは単に寿命だったのか?一件に罪悪感を感じてストレスが重なった結果のパキンなのか?或いはそれとは別の何かが起こったのか? |
7 Re: Name:匿名石 2025/01/28-03:31:05 No:00009488[申告] |
峻厳にして清冽。山実装たちの静謐な暮らしがいつまでも続くことを祈る気持ちになりました。椋鳩十の動物小説を想起しました。乙です。素晴らしい! |
8 Re: Name:匿名石 2025/01/28-04:57:56 No:00009489[申告] |
全然糞蟲じゃない実装石がたまにはいても良い
このスクに関してはデモに参加していた奴こそ糞だ |