タイトル:【飼い観察】仔飼いの実装石
ファイル:仔飼い.txt
作者:中将 総投稿数:51 総ダウンロード数:1273 レス数:11
初投稿日時:2023/08/09-16:45:26修正日時:2023/08/09-22:24:31
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「ニンゲンサン、ワタシを拾ってくださいデスゥ……」

男を呼び止めたのは一匹の小汚い実装石の声。
雨の降る夕暮れ時、夏の日は長いと言えども時計だけ見ればもう夜といっていい時間だった。
コンビニ返りの男は託児防止に袋の口を縛って帰宅中、この実装石に出会った。
すでに成体実装石だ。大きく痛んでいるところはないが、全体的に野良らしくくすんで汚れている。
猛暑の熱さと読めない雨になぶられ、実装石は体力の限界のようだった。

こんな無礼な声かけ、通常ならば無視されるか、あわれ実装石はその命を散らすところである。
しかし男はそうはしなかった。
ふむ、と思案する仕草。そして、こいつでいいか、と一人頷く。

「いいだろう、約束を守るなら、住処と餌をくれてやる」
「デッス!?」

ダメもとで声をかけたつもりの実装石は予想外の返事に驚いてしまった。
男が続ける。

「条件は、主人の命令に従うことだ」
「デッス! デッス!」

実装石は男の言い分に激しく首肯した。


*********************************


               仔飼いの実装石


*********************************


「というわけで、ミド、ドリ、今日からお前らが二匹がかりでこいつを世話しろ」
「デデエ!?」

実装石は驚いた。目の前には質素ながらも躾けられた小ざっぱりとした仔……中型……いやぎりぎり仔実装が二匹いる。
ミドとドリと呼ばれた二匹は困惑したように人間を見上げるも、テッチ、としっかり頷いた。
混乱する実装石。

「どういうことデス!? 説明してほしいデスゴシュジンサマ!」
「俺はお前の主人じゃないぞ」

人間はあっさりとそう言い放った。

「お前の主人はこっちの仔実装二匹だ。約束通りしっかりいうことを聞けよ」
「は、話が違うデス!」

実装石は吼えた。人間相手なら下げる頭もある。媚びのひとつだって打って見せよう。
でも相手が自分よりも小さな仔実装となれば話が別だ。
それも薄汚れた自分を見下すような小奇麗な仔実装! 外で見かけたなら飼いでも関係なく挽肉にしてやるものを!

「なんも違ってないが」

男は淡々という。

「俺がお前を飼うなんて俺は一言も言ってない」
「デェ……」

今度こそ実装石は絶句した。
男は容赦なく続ける。

「お前がこの二匹の主人の言うことに従って生活する限り、空調の利いた外敵のいない棲家と、一匹分の餌を用意してやる」
「もし言うことに背いたらどうなるデス?」

実装石は恐る恐る聞いた。

「そのときはお前の主人が裁定を下すよ」
「デェ……」

怒り、困惑、失意、反発、渦巻く感情を持て余す実装石の首に、男は首輪をはめた。
そして、小さなボタン付きの装置を仔実装二匹の首に下げた。
ミドと呼ばれた方の仔実装が首をかしげる。

「ゴシュジンサマ、これはなんテチ?」
「これはあの首輪の電撃スイッチだよ」
「デデエエエエ!?」

とんでもない言葉に本日何度目かわからない悲鳴を上げる実装石。

「この装置をお前たち一匹にひとつずつ渡しておく。もし電撃を流したいときは、2つ以上のボタンを同時に押し込めばいい」
「同時じゃないとダメなんテチ?」
「ああ、ひとつだけじゃ安全装置が作動して動かない」
「じゃあ、ワタチとドリが同時にあのオバチャンをメッ!したいときに押せばいいテチ?」
「呑み込みが早いな、その通りだ」
「デ、デ、デ、このクソガキふざけんじゃねえデス!」

ここにきてとうとう実装石はキレた。
相手はサイズ的には自分の体の半分もない中型に満たない仔実装二匹。
力でどうとでもなると襲い掛かろうとして

カチッ カチッ

「デビャビャビャビャビャビャビャバブボブェ!?」

二匹がスイッチを押すのと同時に、首輪から強力な電流が迸った。
ばたりと倒れ伏す実装石、それをむしろ驚きに目を見開いて見つめる仔実装二匹。

「試運転役まで買って出てくれるとは殊勝なことだ。ではこれからしっかりやるように」
「……デ……」

男の声をどこか遠くに聞きながら、実装石は意識を手放した。


     *     *     *


「起きるテチオバチャン」
「そろそろゴシュジンサマがバンゴハンを持ってくるテチ」

……ゴハン!?

実装石は跳ね起きた。目の前の忌々しい仔実装は癪だが、腹は確かに減っている。
ほどなく男が皿に盛られたフードを持ってくる。それを仔実装たちの前に置いた。

「いただきますデス!」

実装石は餌に飛びつこうとして、そのまま電撃に撃たれて地面に転がった。

「デ……デエ……なんでデス……」
「まだゴハンを分けてないテチ。がっつくんじゃないテチ」
「このゴハンは三匹分テチ。ゴシュジンがオバチャンの分を取り分けるテチ」
「デェ……」

屈辱である。しかし電撃に痺れた体では恨み言を言う余裕もない。
結局餌はミドと名前の書かれたピンクの皿、ドリと書かれた水色の皿、何も書かれていない無色の容器に三等分された。

「デスゥ……」

実装石は納得がいかない。自分の半分くらいの大きさしかない仔実装がなんで自分と同じ量のゴハンをもらっているのだ。
おかしい、ありえない、不条理だ。
痺れから復活した実装石は猛然と男に抗議した。

「ニンゲンサン! これはどう考えても不公平デス!」
「なんでだ? 不公平じゃないぞ」

男は淡々と言った。

「俺はこいつらを飼う時もそれぞれフードは一匹分、お前にもフードを一匹分与えると言っている。
 こいつらはよく覚えていてお前をしっかり飼っている」
「デェ……でもデス……」

実装石は食い下がる。男はすっと目を細めて実装石に言う。

「それともなんだ? お前はフード一匹分じゃ約束が違うというのか?」
「デエ……それは……」
「違うというのか?」
「違わない……デス」

悔しそうにうなだれる実装石を冷ややかに見つめる男。
実際実装石に支給されたフードは一匹分として決して少ない量ではない。
実装石の今までの流浪の飢えを埋めるために暴食するほどにはないが、標準的な一食分だった。

男は約束を守るたちだった。
そして契約には残酷なほど厳密な男だった。
それは実装石相手の約束であっても同じことだ。

実装石は本能的に理解した。
このニンゲンに逆らってはいけないと。

男は仔実装たちに向き直った。

「ミド、ドリ、ペットの躾が行き届いてないようだが?」
「申し訳ないテチゴシュジンサマ」
「良く聞かせておくテチ」
「ところで、こいつの名前だが……」

名前!

それを聞いてうなだれていた実装石が目を輝かせる。
飼い実装の証、名前! それを人間から授かることは実装石の憧れである。
しかし期待を裏切るように男は言う。

「そろそろお前たちでつけてやりなさい」
「デエエエエ!?」

なんで!? こいつらが!? ワタシに名前を!?
ふざけんじゃないデス!!

「えーと、オバチャンは緑色だから……」
「緑色といったら草テチ」
「オバチャンの名前はクサにするテチ」
「ふ、ふざけんじゃねえデッスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

実装石…‥改めクサは再びキレた。

本日三度目の電流が迸る。


     *     *     *


男の住居は広めのワンルームだった。
日中は男は仕事に出かける。そんな中をミドとドリはかなり自由に生活させてもらえていた。

一方、クサは二匹にケージに入れられた。
理由はトイレの躾が済んでないからである。

失神したクサがした粗相の始末はミドとドリが苦労して行っていたが、そんなことはクサは知らない。
首輪で脅され入り、外から鍵のかけられたケージから仔実装たちを睨みつける。

ミドもドリもそんなクサの様子を冷ややかに見るのみだ。

「トイレはそこの隅のシートのとこテチ」
「トイレを覚えないと部屋を歩かせるわけにはいかないテチ」
「クソチビがァ……覚悟しておくデス……」
「まだわからんテチ?」
「ワタチタチはオマエのゴシュジンとして躾を任されてるテチ」
「次糞虫な口を利いたらビリビリ食らわせるテチ」
「おのれぇ……ゥゥ……わかった……デス……ゴシュジン……」
「サマは?テチ」
「ゥゥゥ……ゴシュジンサマ……」
「いい返事テチ、クサ」
「ギギギ……」

クサは血涙を流しながら決意する。いつかあの二匹に痛い目見せてやると。
そのためにはまず何としてでもこのケージから出なくてはならない。

「ほらクサ、ウンチがはみ出してるテチ」
「いくら野良でもまともにウンチくらいしたことないんてテチ?」
「好き勝手生きてきたのはここでは通用しないテチ」
「ギギギ……ガガガ……」

二匹の指導は止まらない。
クサは血が出るほど歯を食いしばって耐えるしかなかった。


     *     *     *


屈辱と執念のトイレトレーニングを一週間、クサはトイレの躾を無事完了した。
しかしクサはまだ半釈放の身だった。
男が部屋にいる間はゲージの外で遊ぶことも許される。
しかし、男がいない間はケージに戻されてしまうのだ。
これでは仔実装たちに復讐ができない。

もちろんそんなクサの反抗的な目を知ってのミドとドリの計らいだった。

ミドとドリはクサの躾を男に任されている。
クサの不始末は二匹の失点になり、二匹のご主人様への裏切りなのだ。
必然監視の目も必死だ。

「ほら、クサいくテチ」
「……デス」
「ゆっくり丁寧に返すテチ。オウチの中のもの壊したら殺すテチ」
「……わかってるデス」
「ゴシュジンサマは?テチ」
「ギギ……わがりまじだデス……ゴシュジンサマ……デズ……」

ドリの転がしたスポンジボールで「遊んでもらう」クサ。
これはミドとドリの私物だ。クサは「ゴシュジンサマになにもオモチャを与えられていない」。
ミドとドリとて人から与えられたものを勝手に他者に渡すわけにもいかない。
だからこうやって、オモチャを貸して遊んであげているのだ。

「楽しいテチ?クサ」
「……楽しいデス」

ひきつった笑顔のクサを興味なさそうに見下ろす男。
クサはそんな男の態度も気に入らない。

なんでデス!? こんなにもいい子にしてるデス!
せめてオリコウにしてるって褒めてくれてもいいはずデス!

男はクサを顧みない。
男にとってクサは飼い実装ではないのだ。
だから本当に興味がないのである。

男が見ているのは自らの飼い実装二匹の躾の手腕のみ。
それがまたクサに脳を掻きむしりたくなるようなストレスを与えるのだった。


     *     *     *


「クサァ! なんテチその目はァ!」
「デデッ!?」

ある朝クサのケージをのぞき込んだドリがそう叫ぶ。
目つきが悪いと叱られたわけではなさそうだ。クサは慌てて背筋を正す。

「その目はどうしたって言ってるんテチ!」

ドリの指さすクサの顔、その目は両目とも緑色に染まっていた。

「デデッ!」

ケージの板に反射した自分の姿を見て確認するクサ、そんなクサにドリはいう。

「仔を産むことなんか許可してないテチ! さっさと自分で始末するテチ!」
「こ、断るデス!」
「オマエ……!」

目を剥くドリにクサはまくしたてる。

「ワタシはいい子にしてたデス! ゴシュジンサマの言うとおりに暮らしてただけデス!
 そうしたら仔ができたんデス! だからワタシが仔を潰す理由はないんデシャアアアア!」
「こ、この……!」
「……いいんテチ?」

激昂するドリにくらべて後から駆け付けたミドは冷静だった。

「オマエ、本当に産んで育てる気テチ?」
「当たり前デシャアアアア!」
「ならいいテチ」
「ミド!?」
「そう言ってるならセキニンをとらせればいいテチ」
「……」

ドリも黙った。
そんな二匹をケージの中からここに来てから初めて愉悦の気分で眺めるクサ。

仔を授かる!

これは実装石、特に飼い実装にとっては最大の至福である。
安全な環境で仔を育てられることほど恵まれたことはない。

そして、あのチビの糞虫二匹より先に自分は仔を授かった!
そのことがクサにはたまらない優越感をもたらしていた。

「♪デッデロゲ~ デッデロゲ~」

クサは上機嫌で幸せの胎教の歌を歌いだした。


     *     *     *


クサは結局3匹の仔実装を産んだ。

そんなクサ一家の前に支給される一匹分の実装フード。

「ママ、これじゃ足りないテチ」
「お腹すくテチ」
「あっちのオバチャンたちのほうがゴハン多くて狡いテチ」

テチテチメソメソ泣く仔らにクサは頷く。食事中のミドに声をかける。

「ゴシュジンサマ、こっちは4匹デス。ゴハンを増やしてほしいデス」
「ならんテチ」
「デエ!?」
「クサの取り分はゴハン一匹分だけ。これはゴシュジンサマとの契約のはずテチ」
「ワタチタチはその分をしっかりと与えてるテチ」

ドリも会話に加わる。

「それよりもお前はコクサ1、2、3を躾けないんテチ?」
「デ! なんデスその名前は! 勝手に名付けるなデス! 
 せめてカワイイこの仔達はニンゲンサン名付けて……」
「飼い主の正当な権利テチ」
「何度言われたらわかるテチ。ゴシュジンサマはお前を飼ってないテチ」
「オマエタチのゴシュジンはワタシタチテチ」
「デェェ……」

「ママを虐めるなテチィィィ!」

親実装の惨めな姿を見かねたのか、生まれたばかりの仔実装‥…コクサたちはミドとドリになんと投糞を開始した。
大した飛距離も出ない。ケージの外にも届かないが、わずかな飛沫がケージの外に跳ねた。
それを見てミドは嘆息する。

「クソムシテチ」

二匹はケージを開ける。

「デ!? 何するデス! 仔に手は出させんデギャアアアアア!?」

流れる電流に地面に倒れるクサ。
痙攣するクサの前でミドがコクサ2の体を持ち上げる。
中実装間近な二匹に比べて生まれたばかりのコクサたちはあまりに小さい。

「糞投げはー1テチ」

前髪を引き抜く。

「テチャアアアアア!?」

初めて体験する痛みに泣きわめくコクサ2。
そんな様子に腰を抜かしパンコンして震えるコクサ1と3。

「そして、ゴジュシンサマから預かった部屋を汚したテチ」

右の後ろ髪を引き抜く。

「やめるテチ!ワタチの大事なカミノケがなくなっちゃうテチ!
 これじゃニンゲンサンにかわいがってもらえなくなっちゃうテチ!」

見事な胎教成果を述べるコクサ2にミドは告げる。

「オマエははニンゲンには飼われんテチ」

そう言って残った左の後ろ髪も引き抜いた。
ぽてりと地面に落とされるコクサ2。

「テェ……? テェェ……?」

完全な禿になった自分の頭を力なく撫でるコクサ2にミドは言う。

「お前のゴシュジンはワタシタチテチ。ゴシュジンに刃向った分で合計ー3テチ」
「テェェ……テチャァァァァァァ!!!」

とうとうコクサ2は泣きだした。
ミドは振り返る。

「残りの糞虫二匹も躾テチ」
「「テチャ……!」」
「やめるデスゥ…‥!やめるデスゥ……!」

せっかく産んだばかりの仔達が禿にされてしまう!
クサは言うことを利かない体でなんとか仔達を守ろうとした。
でも体が動かないのだ。
ドリが冷酷に言う。

「オマエが躾をしないからこうやって飼い主の手を煩わせるテチ」
「やめてくださいデスゥ…‥! カワイイ仔なんデスゥ……」
「だったらなおさら躾しろテチ。オマエは自分で育てるといったテチ」
「デエエエ……」

目の前で髪をむしられていく我が仔を血涙を流して見ていくしかない。

「ママァァァ! なんで助けてくれないテチィィィ!」
「このままじゃワタチタチカミノケなくなっちゃうテチィィィ!」
「こいつらやっつけてテチィィィ!」
「なんでずっと見てるだけなんてチィィィ!!」
「デェェェェ……!」

立ち上がりたくても腰から下の感覚がない。短い手をちぱちぱ揺らすくらいしかできない。

「そしてこれが仕置きテチ」

ドリはケージの中に置かれたフードの皿を引き上げてしまう。

「デェェェ! ゴハン持って行かないでくださいデスゥゥゥ!」
「これは罰テチ。今回はゴハン抜きテチ。次のゴハンまで糞虫どもを躾けておくテチ」
「デェェェェ……!!」

二匹にがしゃりと閉められたケージのカギを睨みながら、クサはうめくことしかできなかった。


     *     *     *


クサの躾は難航した。
幸せにあふれた胎教の歌はウソッパチだったと仔に思われている……まあ実際にウソッパチだったわけだが。
おまけに親として情けない姿も仔に見せてしまった。コクサたちがクサを見る目は冷ややかだ。
さらにあれからも餌は一匹分から増える気配はない。
脳にも十分な栄養が与えられないコクサたちの育成状況は極めて悪かった。

男もコクサたちには一瞥をくれたものの、はげて力なく座ってる姿を見て小さく噴き出しただけだった。

なんでこんなことになるデス……!

飢えで朦朧とする意識の中でクサは怒りと情けなさで狂いそうになっていた。
いや実際狂っていた。
自分のために、仔達のために、なんとしてでもあの糞虫二匹を殺さねば!

狂気の炎は裏返って冷静さをもたらす。
二匹を油断させるためにはもっといい飼い実装を演じなければならない。

「長女、ウンチはこっちでするデス」
「……ワタチはコクサ1テチ。ママの言うこと聞いてもいいことなんてなんもないテチ」
「いいから従うデシャアアア!」
「テチェエエ!?」

いきなり殴りつけてきた親に驚くコクサ1。今まではこんなことはなかったからだ。

「オマエのゴシュジンはあの二匹デス! でもワタシはオマエの親デス!
 お前がクソムシだと家族全員に迷惑がかかるデス! いいから言うことを聞くデス!」
「テェェェェ……」

泡を飛ばしながら激怒する親の剣幕に、コクサたちも従わざるを得ない。
そんなケージの中を満足そうに眺めるミドとドリ。

そうやって上から目線で見てればいいデス……!

内心を知られないようにクサは怒りを溜める。

隙を見せたら血祭りにあげてやるデシャアアアア!!

クサは心の中で吼えた。


     *     *     *


クサの執念が実り、男のいる間だけはコクサたちもケージの外に出られるようになった。
ミドとドリはクサ一家にボール遊びをしてくれるようになった。
コクサたちはやっぱり二匹のおもちゃを欲しがった。だがそんな態度をとればクサは猛然と躾をする。
どんどんふさぎ込んでいく我が仔達に対してクサは心の中で念を送る。

もうすぐデス……! だからあと少し頑張るデス……!


そしてその時はやってきた。


「え、あ、はい、お世話になっています……ええ? それは……すぐ駆け付けます!」

男がスマホを受けたと思ったら背筋を伸ばして対応する。そしてミドとドリに告げる。

「すまん、急用で出かける。いつも通りにしとくから、あとのことは任せた。いい子にしてろよ」
「わかったテチ」
「ゴシュジンサマも気を付けてテチ」

がちゃりと鍵をかけて出かけていく男。
それを見送った二匹がクサ一家を振り返る。

「さあ、オマエタチもケージに……」
「今デスゥ!」
「チャ!?」

油断した一瞬の隙をついて、クサはミドの首から電撃スイッチの端末を奪い取った。
衝撃で弾き飛ばされるミド、駆け寄るドリ。
そんな二匹をクサは見下ろす。
もともと体格差がある。電撃さえなければどうとでもなる相手だ。

「このスイッチは二つ同時に押さないと意味がないデス……だからオマエタチにはもうこれは使えないデス」
「……」

感情なくこちらを見てくる二匹にクサは大興奮だった。
ああ! これだ! 野良のときに味わった自分より弱いものを一方的に追い詰めるカタルシス!
あの様子ならニンゲンもすぐには戻ってくるまい。邪魔はもう入らない!
突如覚醒した親に一瞬あっけにとられていたコクサたちだが、なにが起こったか理解すると一気に熱狂した。

「ママ! すごいテチ!」
「やってやったテチ!」
「そいつらメタメタにしてやるテチ!」
「あわてるんじゃないデス。長女、こいつらどうしたいデス!?」
「ワタチみたいに髪を全部ぬいてやるテチ!」
「次女はなにが望みデス?」
「服をズタズタに破いてやるテチ!」
「三女は?」
「そいつらをボコボコに殴って首がちぎれ飛ぶとこが見たいテチ!」
「いいデス。全部叶えるデス」

ぬらりと二匹に迫るクサ。
そんなクサにドリが言う。

「それでいいんテチ?」
「デア? 今更命乞いデス? 遅いデス。
 ワタシタチはオマエラを殺してさっさとこのオウチからオサラバするデス」
「……わかったテチ」
「さあ覚悟するデス!」

まずはミドからと襲い掛かったクサの目の前で、ドリは首から下げられたスイッチを押し込んだ

「かたっぽだけじゃ無駄で……デガババババババギャアアアアアアアアア!!!!?」

クサの体に走るいつもより長い電流。熱狂外人姿勢のまま固まるコクサたち。
静かにミドとドリが告げる。

「スイッチは3つあるテチ」
「ひとつはゴシュジンサマが持ってるテチ」
「出かけるときは、モシモのためにスイッチを入れて玄関のところに置いていくんテチ」
「知らなかったテチ? まあ知らせてないテチ」
「役に立つとは思いたくなかったテチ」
「そんな……ズル……デス」
「ズルでもなんでもないテチ」
「オマエがただ約束を守ればよかっただけテチ」

ドリはいまだにスイッチをいつでも押せる体制のままでクサを睨む。
そしてミドは……コクサたちの前に立ちはだかった。

もともと対格差がある。
どうとでもなる相手だ。

「髪はもうないテチから、服からテチ」
「テチャアアアアッ」

あっというまに禿裸にされるコクサ1、2、3。
そしてそんな3匹をミドは次々と殴打し始める。

「首が飛ぶまで殴るってのがよくわからんテチ、オマエ、これで合ってるテチ?」
「テビェ、ブエ、ママッ! 助け、テボェ、ゲビェ」

「ゴシュジンが聞いてるテチ、合ってるかどうかだけでも言うテチ」
「テバッ、痛いテチ! やめエブェ、テビャ、ジェ」

「こっちのクソムシなら答えられるテチ?」
「悪かったボブェ、アボァ、これからいい仔にボエブ、デバア」

いびつな青痣まみれの肉塊にされていく我が仔を見せられながら、クサは叫ぶ。

「ワタシが悪かったデス! もう逆らったりしないデス! だからアビャゲバボベベベベッベ」
「もう終わりテチ」

再度の電撃を放ったドリが告げる。

「なんでいつまでも次があると思うテチ?」
「デェ……デェ……」
「オマエが飼われるのをやめるというのなら、ワタシタチもオマエタチを飼うのをやめるテチ」

ミドが倒れたコクサ1の首元に足を乗せる。

「イア…‥たひゅけ……ママ……ママァ‥…」
「そこは最期くらいゴシュジンに助けを求めたらどうなんテチ?」
「チベッ」

そして一気に踏み抜いた。千切れたコクサ1の首が転がる。

「長女ォォォォ……ギャベババババビャイアアアアアアア」
「だからオマエも終わりなんテチ」

電撃で消える意識の中、クサが最期に見た光景はコクサ2……次女の首がちぎれ飛ぶところだった。
三女の首が転がるころには、黒こげのクサの体の中にもう命は残っていなかった。


     *     *     *


「大変だったな」 

帰ってきた男をミドとドリは殊勝な態度で出迎えた。

「結局ムリだったテチ」
「上手に飼えなかったテチ…‥」

うなだれる二匹に男は告げる。

「いや、もう飼えないと思ったなら飼い主責任でしっかり処分をするのは大事なことだ」
「テチ……?」
「どうだ、自分以外の命を預かる大変さ、仔を持つことでの意識の変化の怖さ、躾の大切さ、いい勉強になっただろう」
「テチ」「テッチ」
「始末をつけることで試しに拾ってきた実装石をしっかり飼えという俺との命令は守ったし、俺もお前たちとの約束は守ろう。
 仔を作ってもいいぞ。もちろん食事もしっかり面倒見てやろう」
「ほ、ほんとテチ!?」
「うれしいテチ!」
「ああ、だが躾はしっかりしろよ? 約束を破ったら俺が殺すからな?」
「「テ、テチ!」」

男との約束は絶対なのだ。
ミドとドリは今一度背筋を正し、男に頭を下げたのだった。




完



*********************************

中将◆.YWn66GaPQ

1012と1013が重複なのを除いて、これで投下スク50本目ということで
ちょっと長めのものを書いてみました。
正確なカテゴリが自分でもわかりません。人間が手出しをしてないから観察でいいかな……

なんか過去に作ったサイトが残っていたので貼っておきます。
編集方法は忘れたので更新できるかの目処はないです。
過去に塩にあげたスレスクとか読めます。
http://chyuuzyo.zouri.jp/

とりあえず区切りということで今までのスクインデックスをつけてみました。

1003	【虐?馬?】 中国製リンガル(初スクです)
1004	【哀?馬?】 集めてフィーバー
1005	【愛?馬?】 逆転実装
1006	【俺?馬?】 実装拳
1011	【観】 火事場の実装石
1012	【愛+愛=哀】 御主人様とゴシュジンサマ・改(AB同時進行)
1013	【哀+哀】 御主人様とゴシュジンサマ・改(A→B)
1116	【虐…?】 遠い日の郷実装
1131	【あっさり虐】 屋根の上のバイオハザード
1138	【愛・俺】 異形の望むもの (スク祭便乗)
1205	【馬・虐】 さようなら蛆ちゃん(一斉駆除祭りにやや便乗)
1662	【観】 駅舎の実装石(1/5) 【オムニバス】
1664	【観】 駅舎の実装石(2/5) 【オムニバス】
1666	【観】 駅舎の実装石(3/5) 【オムニバス】
1667	【観】 駅舎の実装石(4/5) 【オムニバス】
1670	【観】 駅舎の実装石(5/5) 【オムニバス】
1673	【記録】 追憶のピザ実装
1687	【ほのぼの】 ジッソーのタイショー 1 【人?】
1690	【ほのぼの】 ジッソーのタイショー 2 【人?】
1694	【被愛護】 ジッソーのタイショー 3 【完結】
1730	【観】 甘い夢 【虐】
1742	【馬・虐】 くそたろう 【童話】
1745	【観】 桜の下で 【哀】
1843	【工作】 実装石をつくろう
1861	【淡々】 実装園のお客たち
1872	【虐】 ネメシスの願い【哀】
1910	【スク祭り】 髪飾り
1938	【筋肉】 マッソー石 【馬鹿】
1984	【虐】 双葉市OL殺人事件・前編
1991	【虐】 双葉市OL殺人事件・後編
1995	【虐】 半愛半虐
2139	【悲哀 七夕】 一年越しの約束 【祭り参加】
2294	【虐】 【名詞】芸当、たくらみ、卑劣なやり方 【秋祭り】
3161	【食】 蛆実装料理専門店 寺屋橋次相
3165	【虐・悲・駆除】 河原の百葉箱
3170	【馬鹿】令和リバイバル【託児】
3172	【悲劇】七夕様のとおりみち
3179	【食・駆除】ばあちゃん秘伝の糠仔
3180	【虐小ネタ】虐待派専用出会いサービス アンケート項目
3183	【食べない食実装】実装石調理師になりたい
3185	【馬鹿】暑気払い 実装石の怪談
3187	【虐寄り観察】階段で君を飼う
3197	【虐・悲劇】お前は私のママじゃない【託児】
3200	【駆除】夏の繭

2216	【観察】 親指の世界 序章 【ボックスサム】
2218	【観察】 親指の世界 一章 「食」 【ボックスサム】
3159	【観察】親指の世界 二章 「住」 【ボックスサム】
3167	【観察】親指の世界 三章 「遭遇」 【ボックスサム】
3194	【観察】親指の世界 四章 「衝突」 【ボックスサム】
3201	【観察】親指の世界 五章 「背任」 【ボックスサム】
(以下不定期連載中)
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1 Re: Name:匿名石 2023/08/09-19:45:01 No:00007745[申告]
ありそうで無かった仔が成体を飼うという新しい視点はとても面白かった
高級実装石並みに賢く仔実装達を指導する男はブリーダーの才能があるかも
2匹がクサに子を生んで良いと言ったのは自分達も同じ夢を見る共感からだったのかもしれない
クサも自分を省みる程度の知能があれば普通の飼い以上の幸せが手に入ったかもしれないのに自ら幸せを手放したのは実に糞蟲らしい最期だった
2 Re: Name:匿名石 2023/08/09-20:44:46 No:00007747[申告]
ドリとミドを殺したところで待遇は改善されないのをクサが理解できないのが好き
3 Re: Name:匿名石 2023/08/09-21:56:46 No:00007748[申告]
中将さんは名作ばかり作る天才デス
これからも楽しみデッスン
4 Re: Name:匿名石 2023/08/10-00:30:48 No:00007749[申告]
どんどん推察が進む読み手と最後まで進歩の無いクサの対比構造もあって面白かった。
男の提示の意図を考える事も、この序列構造の意味も察する事もできず
実装石の安いプライドと価値観だけで安楽な飼い生活に下剋上出来ると浅知恵を回らす事しか出来ない時点でクサは完全に詰んでたんだなぁ
危機を乗り切り襟も正せるミドとドリとは飼い実装の資質に雲泥の差がある
5 Re: Name:匿名石 2023/08/10-06:20:33 No:00007751[申告]
二匹はおそらくペットショップの高級躾済み仔実装なのは確定だけど
野良は別生命体に思えるぐらい差があるな

というか生まれたときの髪の毛抜かれるとずっとハゲという違和感
6 Re: Name:匿名石 2023/08/10-19:08:05 No:00007757[申告]
髪の毛に似た寄生型の組織と考えればそこまで違和感は無い
7 Re: Name:匿名石 2023/08/11-02:03:31 No:00007760[申告]
髪の毛引き抜いたらみな等しく当たり前に生え変わるという幻想は捨てるデス…
「それがいつ」かなんて誰にもわからんのデス
「なんで生え変わらないの?不自然!不自然!」とか言われた日には…

戦争デス
8 Re: Name:匿名石 2023/08/11-04:55:29 No:00007761[申告]
普通の動物は毛包が毛を発生させるが
実装石は毛球に該当する組織が逆に分泌物で周囲を刺激しその周辺に毛穴のような構造を発生させるのでそれが失われると云々
とか理屈自体は適当でいいでしょ
9 Re: Name:匿名石 2023/08/12-06:42:54 No:00007772[申告]
服も髪も、永久歯みたいなモノと思えば良いんじゃない?
そもそも人の仕組みと同じ所なんて殆ど無いし、
口からご飯食べて尻からウンチして髪のようなモノ生えてて
服っぽいもの着てるからって、生命として人と類似してる方がおかしい
10 Re: Name:匿名石 2024/03/21-15:13:57 No:00007803[申告]
クサって名前いいなあ。
凄く淡々とクサ家族の世話をするミドとドリは今までどんな躾をされてきたか想像出来る
はたしてこの仔たちは自分の仔をちゃんと育成出来るのか…どちらに転んでも楽しそうだ
11 Re: Name:匿名石 2023/08/27-18:13:37 No:00007868[申告]
相変わらず読みやすい文章デスゥ
中将氏好き
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