タイトル:【愛虐】 善意
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初投稿日時:2023/05/22-11:13:50修正日時:2024/02/25-07:39:04
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ある寒い夜、男が大雨の中を帰宅すると、自宅の前にずぶ濡れの仔実装が倒れていた。
全身はボロボロに傷付いており、どうやら何者かに襲われた後のようだった。
体の所々に千切れた服の切れ端が残るのみで、ほぼ全裸の状態と言ってもいい。
起き上がる気力すらないありさまで、消え入りそうな声でテチテチと小さな声で鳴いている。
仔実装が周囲の気配を察して、傷を負った体で地面に手を付き片膝立ちになると、
顔を持ち上げ男を見やり、雨に負けそうなほど小さな声でテチューンと鳴いた。
男は仔実装の前でしばらく考え込む。
この仔を保護するべきかどうか…
思考に迷いが生じているうちに、体力の尽きた仔実装がぱたりと倒れ、そのまま動かなくなった。
このままでは危ない。
男はそう判断すると、冷えきった仔実装の体を抱え、玄関のカギを開け家の中に入っていった。

自宅の電気をつけると、真っ暗だった家の中が一瞬で明るくなる。
男はまず洗面所に行きタオルを用意すると、ぐったりと意識のない仔実装の全身を包んでやった。
冷えた体を温めるため、エアコンとヒーターで室温を上げ、汚れた体を洗うために風呂の用意をする。
風呂が沸くまでの間にコンビニへ走り、仔実装用のエサをいくつか購入した。
自宅に戻ると、部屋はかなり温かくなっており、少し顔色の良くなった仔実装はスースーとよく眠っていた。
男は、ビニール袋から実装フードを取り出して封を開けた。
実装フード独特のツンとする匂いがふわりと漂い始めた。
音と匂いに釣られてか、仔実装の目がパチリと開き、意識が戻ったようだった。
「テ、テチュ…」
見たことのない天井と、知らない男の顔に、仔実装が戸惑い気味に鳴いた。
男はしゃがみ込み、仰向けで寝かせていた仔実装を上半身だけ立たせると、頭を撫でながら優しく言った。
「もう大丈夫だ、安心していいからね」
見知らぬ場所に戸惑いがちの仔実装だったが、撫でられ続けて緊張が和らいできたのか、
男の手に体を預け、テチテチと甘えるように鳴いていた。
「テチュ…」
ふと、気が付いたように仔実装が手で自分のお腹を撫でた。
どうやら空腹のようだった。

「お腹空いたか、待ってな、今ご飯の用意するからな」
キッチンへと向かった男を待つ間、仔実装は、キョロキョロと部屋を見回したり、
自分を包むタオルに顔を当てたり、手で触って柔かな感触を楽しんだりしていた。
男が用意したものは、水で溶いた仔実装用の粉ミルクにフードを数粒入れた後、
数十秒電子レンジで温めふやかし、食べやすくしたものだった。
「これなら食べられるだろ」
男は小さなスプーンでエサをすくい、仔実装の口に運んだ。
「テ、テチュ…」
「ほら、口を開けなさい」
仔実装は恐る恐る口を開き、エサの入ったスプーンを咥える。
モグモグと咀嚼すると、口に合ったようで「テチュ~ン♪」と鳴いた。
「美味いか?」
「テチュン♪」
「そうか、ゆっくり食べな」
スプーンが口に運ばれる度に、仔実装はテチュンテチュンと嬉しそうに鳴きながら食べていた。

仔実装がエサを完食すると、少しだけ元気が出たようなので、予定通り風呂に入れる。
タオルから仔実装を引っ張り出すと、風呂場へと連れて行った。
仔実装は、服がビリビリに破け、ほぼ裸と言っても良かった。
全身の至る所に傷や痣があり、体に付着した泥は血が混じったような色をしていた。
洗面器にお湯を張り、仔実装に浸からせると、傷に沁みたのか「テチッ!」と小さい叫び声を上げた。
「ごめん、ちょっと熱かったな」
洗面器に水を加えると湯の温度を下がったためか、落ち着いた様子で湯に浸かり始めた。
「テチー」
仔実装は湯に浸かったのは、今日が初めてだった。
厳しい野良生活では、もしかすればお湯に触れたことすらなかったかもしれない。
まさか、全身で浸かることになるとは、夢にも思ったことはなかっただろう。
仔実装の全身が温まった頃を見計らって湯から出す。
おそらく野良だからだろう、仔実装を入れたお湯は泥と汚れで濁りきっていた。
男は、手で石鹸を泡立てると、仔実装の体に泡を塗り付け洗っていく。
傷に石鹸が沁みたのか、仔実装が「テチャー!」と叫び、手の中でもがき始めた。

「こら!我慢しなさい!」
「テチャー!」
男は、これは必要なことだからと仔実装を叱りつけ、洗浄を続けた。
石鹸で汚れが浮かび上がり、濁った泡だらけになった全身をお湯で洗い流す。
鼻からお湯を吸い込んでしまった仔実装が、ケホケホとむせていた。
体の洗浄が終われば、次は髪の番である。
仔実装の髪は、ろくに手入れもされていなかったのか、なかなか泡立たなかった。
繰り返しシャンプーを付けて洗うと、ようやく泡立ち始めてきた。
シャンプーが目に入って染みたのか、仔実装が「テチャー」と鳴いた。
洗い終わった後は、頭からお湯をかけ、汚れごとシャンプーを洗い流した。

風呂から上がった後は、傷の治療に取り掛かった。
脱脂綿に消毒液を充分に湿らせると、とにかく傷だらけだった全身に脱脂綿を押し付けていく。
痛さで暴れる仔実装を片手でがっちりと掴み、頭の天辺からつま先まで満遍なく消毒していった。
消毒が完了すると、次は化膿止めを取り出す。
ジンジンと染みる薬品だったが、幸い消毒ほどの痛みはないようで、
全身に塗られる間、仔実装はひたすら我慢していた。

薬を塗り終わると、ほぼ全身にガーゼを貼り付け、その上から包帯を巻いた。
「包帯グルグル巻きなのは、ちょっとミイラみたいだな」
「テチュ?」
ミイラを知らない仔実装は、よく分からないと言った表情で首を傾げていた。

「今日はもう寝なさい」
「テチュ」
寝る直前、男は仔実装に栄養剤を飲ませた。
本当ならば、偽石を取り出し漬けておく方が治癒効果は高かったのだろう。
だが、男は偽石の取り出し方を知らなかったし、弱った仔実装には危険な処置だった。
男はダンボールを用意すると底にタオルを敷き、仔実装を仰向けに寝かせると、
その上からタオルをかけて、仔実装の腹をポンポンと軽く叩いた。
「おやすみ」
「テチュン…」
様々なことで疲れ切っていた仔実装は、あっという間に睡魔に襲われ眠りについた。

一週間が経過した。
仔実装は、元気に部屋の中を走り回っている。
男の治療が良かったのか、全身いたる所にあった傷は完全に塞がり、痣なども消えてなくなった。
平日の仔実装は、男が仕事のため、与えられた遊具で一匹で遊んでいる。
夜間、男が帰宅すると、歓呼の声で玄関に出迎え、足に抱き着いてくる。
日に二食のエサも文句一つ言わずに平らげ、決められた場所以外では粗相をしない、
一度躾けられたことは忘れない、ワガママも言わない、とても優秀な個体であった。
だが、男はこの仔実装を飼い続けるつもりはなかった。
当初の目的は、怪我の治療と一時的な保護だった。
男も、この仔実装に少しも愛着を持っていないと言えば嘘になる。
しかし、生き物を飼うことは、ある一定以上の責任を負うことになる。
男は、朝早くに出勤して、夜中にならねば帰ってこられない。
仮に仔実装が病気にでもなった場合、自分の他に面倒を見られる人もいない。
どう考えても、責任の取れる立場とは言えなかった。
そろそろ、お別れしないとな…
別れるなら早い方が辛くない。
男は仔実装を公園に放すことにした。

仔実装とお別れするにあたり、男はプレゼントを買ってきた。
首にリボンのチョーカーのついた、ピンクで愛らしい仔実装用の服と、肩かけのポーチである。
ようやく怪我も治り包帯も取れたので、裸のまま生活させるのは心苦しかった。
高価な物では決してないのだが、ビリビリに破れていた服の代わりにと購入した。
プレゼントを仔実装に見せた時は、感激のあまり泣きつかれてしまった。
飼い実装用の服を着せると、鏡の前でクルクルと回ってみたり、首元のリボンをフリフリと揺らしたり、
テレビで見たらしい謎の魔法少女っぽいポーズを取ったりと大変ご満悦の様子である。
仔実装はよほど嬉しかったのか、その日は珍しく深夜までテチテチと騒いでいたので、
静かにするようにと男に叱られてしまったが、それでもやはり嬉しそうだった。

翌日、珍しく土曜日に休みの取れた男は仔実装を外に連れ出した。
仔実装は散歩のつもりだが、男にとっては別の目的だった。
普段より豪華な朝ご飯を食べ、仔実装を腕に抱えて玄関を出る。
商店街を横切り、家から200メートルほど歩くと、住宅街の一角にある公園に辿り着いた。
仔実装を公園に放すと、石畳の上を全力で走り始めた。

「テチー♪」
久々の外である、それも男が一緒であったことがたまらなく嬉しかった。
仔実装は、公園の噴水の周りをクルクルと走り周りはしゃいでいる。
男は笑顔だったが、どことなく寂し気な表情でしばらくそれを眺めていた。
別れの時間が刻々と近づいてきた。
もうそろそろだな…
しばらく経った後、男は仔実装を呼び止めると、服と一緒に買ったポーチを付けてあげた。
「よく聞いてね、この中にはご飯が入ってる、少ないけどお腹が空いた時食べるんだよ」
「テチ?」
仔実装は、よく分かっていない様子だった。
男はしゃがみ込むと、仔実装の頭を優しく撫でた後、意を決して絶望的な一言を告げた。
「これでお別れだ、元気でね」
「テッ・・・」
男は立ち上がり、足早に仔実装の元から離れていく。
普段より歩くペースが速く見えるのは、きっと男にとっても別れは寂しいからだろう。
「テチーーーー!!」
男にかなりの距離を取られて、仔実装はようやく自分が捨てられることを理解した。

「テチャーーーーーーーーー!!」
仔実装は、青ざめた顔で男を追い始める。
振り向いてくれることを期待して精一杯の叫び声を上げるが、男は構わず歩き続けた。
「テチャァーーーーーーーーーーーーー!!」
懸命の走りにも関わらず、男と仔実装の距離は、縮まるどころか容赦なく開いていく。
沸き上がる恐怖は、それと比例して増していった。
パンツは、自然と緑色に染まり、膨れているのも構わずに仔実装は走り続ける。
泣きじゃくり、声が潰れそうなほど叫んでも、男は振り向いてすらくれなかった。
「テチッ!」
走り続けていた仔実装は、地面の凹凸に足を取られ転倒した。
転んだ拍子に足を擦りむき、怪我をしてしまった。
仔実装が痛さを堪えて立ち上がった時、男の姿はもうどこにも見当たらなかった。
「テェーーーン!テェーーーン!」
一匹だけ公園に取り残され仔実装は、男のことを想い、ひたすら泣き続けた。

何故、男は自分を捨てたのか。
自分のことを大切にしてくれていたではなかったのか。
こことは違う公園で生まれ、自分を愛してくれた大切なママは、大きな棒を持ったニンゲンに殴り殺された。
一匹になったところを、別の実装石に襲われ、死に物狂いで逃げ続けて、偶然男の元に辿り着いた。
あの時、男に見つかった時は殺されるかと思った。
だが、一縷の望みをかけて男に「助けて」と告げたのだ。
それを理解してか、男は自分を家の中に迎え入れ、助けてくれた。
死にそうになった後、目が覚めた時は柔らかいタオルで体全体が包まれていた。
「もう大丈夫」と、優しい顔をして、頭を撫でてくれた。
ご飯をお腹いっぱい食べさせてくれた。
ちょっと痛かったけど、温かいお風呂に入った時は、とても気持ちが良かった。
石鹸とシャンプーが染みて痛かったけど、全身を洗われてお姫様のように綺麗になった。
治療中は苦しかったけど、怪我を治してくれた。
夜寂しくて鳴いていたら、一緒に寝てくれた。
失くしてしまった服の代わりに、新しい可愛い服も買ってくれた。
あの時の自分はとても幸せだった。

男はママの代わりになってくれたのだと思っていた。
いずれ、大人になってもっと可愛くなれたら、男との赤ちゃんも産みたかった。
そのために、踊りもお歌も頑張った。
嫌われたくなかったから、男の言うことは一生懸命覚えた。
男も「エライエライ」と撫でてくれて嬉しかった。
これからもずっと男と一緒にいられるはずだったのだ。
それらの感情は、男からすれば勘違いだったが、仔実装にとっては大切な真実だった。
「テェーーーン!テェーーーン!」
仔実装はその後も泣き続けた。
涙が一粒零れる度に男との大切な思い出が一つずつ零れ落ちていくようだった。
しかし、仔実装にとっての悲劇はこれだけでは終わらなかった。

いい加減泣き疲れたのか、仔実装は焦点の定まらぬ瞳でうなだれていた。
その様子を物陰から食い入るように見張る視線が少なからずあることに、仔実装は気が付かなかった。
男を呼び止めるための絶叫が、不幸にもその視線の主達を呼び寄せてしまったのだ。
男は勘違いをしていた。
元々野良だから、公園に放せば問題なく生活できるだろう。
公園は仲間も沢山いるから生きていけるだろうと。
現実には、野良生活を続けた大人の実装石ですら、生き続けることはとても難しい。
野生の環境下では、同種の実装石と言えど助け合うことなどほぼなかった。
その厳しい野良の世界で、全長が10センチ半ばの仔実装が単身で過ごすことは狂気の沙汰だった。
その上、今の仔実装には、より厳しい悪条件が重なっていた。
男は知らなかった。
泥と糞尿で汚れきった実装石達の中に、ただ一匹だけ磨かれたような肌と艶やかな髪を持った仔実装を
無防備に近い状態で放り込むことが何を意味するかを。
善意でプレゼントした綺麗な服が、野良の実装石達からどのような目で見られるかと言うことを。

公園の草むら、建物の陰、木々の間、あらゆる場所に潜んでいた、野良の実装石達が飛び出してきた。
仔実装が気が付いた時には既に遅かった。
複数の実装石に囲まれ、男から送られた服とポーチはあっという間に剥ぎ取られてしまった。
「テチャーーー!」
返して!と裸になった仔実装は叫んだ。
捨てられた今となっては、服とポーチだけが唯一残された男との大切な絆だったのだ。
「デッスーーーー!」
実装石達から殴る蹴るの暴力が振るわれる。
公園の野良達から見れば、綺麗な服とポーチで着飾った仔実装は憎むべき対象であった。
飼い実装、それは野良の実装石から見れば、永遠の憧れである。
自分は誰よりも可愛くて美しいのに、何故ニンゲンは自分を飼ってくれないのか。
それを差し置いて、こんなに幼くブサイクな仔実装が飼われることは絶対に許せない。
嫉妬に満ち満ちた実装石達の怒りと鬱憤が、仔実装一匹に襲い掛かる。
大人の実装石達は、小さく見積もっても、それぞれ40センチ以上はあるだろう。
産まれて一月も経たない、10センチ半ばの仔実装には、敵う相手ではなかった。

シャンプーとリンスで丁寧に洗い、クルクルのカールに仕立てた大切な後ろ髪を強引に引き千切られる。
残った前髪すらも、お前なんかには勿体ないと言わんばかりに、ブチブチと音を立てて引っこ抜かれた。
理不尽な暴力に耐えかね、逃げようとしたところを複数で抑えつけられ、片方の耳を齧り取られた。
頭に激痛が走り、血がドバドバと滴ってくる。
「テチャーーーーーー!」
仔実装は泣き叫び、必死に抵抗するが、所詮仔の膂力では大人の拘束からは逃れられなかった。
暴れ続けているところを肩口から噛み付かれ、片腕ごと食い千切られる。
振り回したもう片方の腕の半ばも齧りつかれて失ってしまう。
このままでは、仔実装の余命は幾ばくもなかっただろう。
しかし、ここで一つ仔実装にとって予想していなかった幸運が訪れる。
男が持たせていたポーチの中に、コンペイトウが詰まっていたのを、野良の一匹が発見したのだ。
野良生活において、甘味は貴重品である。
死に損ないの仔実装一匹は途端に放置され、野良同士によるコンペイトウの争奪が始まった。
仔実装は公園の出口まで必死に走った。
全身から血は流れ、股間からは糞尿が垂れ続けるが、脇目も振らずに走り続けた。
努力の甲斐あって、仔実装は何とか一命だけは取り留めたのだった。

命が助かったと言っても、予断が許される状況ではなかった。
両腕、それも片方は肩口から先を失い、耳が千切れ、傷口から血が滴り続けている。
公園を飛び出した仔実装は、男の後を追いって必死に歩き続けた。
幸いにして公園までのルートは覚えていた。
男が、より遠くの公園を選んでいたなら、もっと複雑な道を使っていたなら、
いくら賢いと言えど仔実装の知能では厳しかっただろう。
公園から男の家までは、およそ200メートルほどの距離がある。
人の足ならば問題ないが、仔実装の、それも深手を負った状態では生易しくなかった。
しかし、懸命にも仔実装は歩き続けた。
それは、愛しい男にただ会いたいと言う健気な感情からだった。
もう一度男に会って、お話しして、甘えて、頭を沢山撫でてもらのだ。
子供じみた妄想だが、死にかけの仔実装を動かすには十分な動機だった。
一歩ごとに体に激痛が走り、目の前が真っ暗になる。
視界はぐにゃりと曲がり、真っ直ぐ歩けない。
体からは、血と汗と涙と糞尿が止めどなく流れていた。

数十分かけ、仔実装はフラフラになりながらも、商店街まで辿り着く。
人通りは激しいが、ここを渡れば男の家はすぐだった。
ハァハァと息を切らしながら商店街を横断する仔実装を、無慈悲にも自転車が跳ね飛ばしていく。
衝撃で空中を舞った後、ゴロゴロと地面を転がり、壁にぶつかってようやく止まることができた。
立ち上がろうと足に力を入れたが、どうにも上手く立てない。
違和感を覚えた仔実装が足元を見ると、片足が折れ曲がり潰れていた。
既に全身を激痛が支配していたので、痛みはさほど感じなかった。
仔実装は、潰れた片足を引きずりながら、懸命に歩き続けた。
途中から歩くことすら困難になったので、這いつくばりながら進んだ。
遂に見慣れた場所が見えた、男の自宅である。
後少しだ、もうすぐ男に会える。

歯を食いしばって玄関まで辿り着き、声を上げた。
「テ、テチュ~ン…」
力一杯鳴いたが、いくら待っても返事はなかった。
「テチュ~ン…」
ママ…ママ…
「テチュ~ン…」
家に入れてママ…
「テチュ~ン…」
助けてママ…
「テチュ~ン…」
気が付いて…ママ…
「テチュ~ン…」
戻って来たよ…ママ…
人気のない庭に仔実装の声だけが延々とこだまし続けた。

男は少し後悔していた。
仔実装を公園に放したことである。
公園から戻った後で、よくよく考えてみたが、あの仔実装はかなり小さい。
保護目的だったとは言え、一度拾った手前、責任を取って飼い続けるべきではないか。
幸いなことに、あの仔実装は賢く、手がかからない。
それに、男自身も少なからず愛着を感じていた。
平日は、少し寂しい思いをさせるかもしれないが、たまの休みには遊んであげられるだろう。
何だったら、もう一匹飼ってもいいし、何かの拍子で子供でも産まれたら寂しくないだろう。
連れ戻すなら早い方が良い。
男は決心すると、即座に立ち上がり玄関へと向かった。
ガチャリ…
玄関のドアを開けると、そこには瀕死の仔実装が倒れていた。
あの夜と同じように、しかし、あの時よりも酷い状態で。
服は着ていない、当然ポーチもなかった、髪はほぼ失ってしまっている。
片耳がない、両腕がない、片足は潰れて、今にも千切れてしまいそうだ。
男は、倒れた仔実装の首にリボンが付けられているのを見て確信をした。

あの仔だ…
男は仔実装を優しく抱き上げた。
仔実装は弱り切っていて、今すぐにも事切れそうだった。
男の温かな腕の中に納まった仔実装は、最後に少しだけ意識を取り戻した。
仔実装が瞳を開くと、そこには優しい男の顔があった。
ずっと見たかった顔を見た仔実装は、とても安心した声で小さく鳴いた。
「テチュン…」
ママ…大好き…
パキン…
仔実装の体の中で、偽石の割れる音がした。
小さな偽石に似つかわしいとても儚い音だったが、男の耳にはっきりと届いた。
「ごめんな…」
命が潰え、力を失った幼い体を腕に抱え、男は仔実装の頭を撫で続けたのだった。

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1 Re: Name:匿名石 2023/05/22-13:18:14 No:00007209[申告]
保護した野兎を放したら猛禽類が捕まえる動画思い出すな。
2 Re: Name:匿名石 2023/05/22-14:54:21 No:00007210[申告]
>いずれ、大人になってもっと可愛くなれたら、男との赤ちゃんも産みたかった。
比較的良蟲とはいえ発想が気持ち悪すぎる…叶わなくてよかった…
3 Re: Name:匿名石 2023/05/22-15:10:14 No:00007211[申告]
>比較的良蟲とはいえ発想が気持ち悪すぎる…叶わなくてよかった…
まあ多分生きていても叶わないっすね。
男は実装石を性対象として認識してないので、成長しても恋慕のまま終わります。
正直この部分は、仔実装が男を母親代わりとして扱っている一方で性対象としても見てることに気付いて、
書いてる側からしても少しどうかと思いました。
なくても問題ない部分なので削ろうとも思ったのですが、まあこの身勝手さも実装石っぽいなあと思い残しました。
4 Re: Name:匿名石 2023/05/22-17:29:40 No:00007212[申告]
実装石に救いなんてないのデスゥ
5 Re: Name:匿名石 2023/05/22-22:39:43 No:00007213[申告]
うむ。飼うつもりがないのなら、拾ってはいけませんな。
6 Re: Name:匿名石 2023/05/22-23:07:34 No:00007214[申告]
実装あるあるな地獄への道は善意で云々を地で行く話だけど終始丁寧な描写表現でよかった
たとえ飼い続けたとしてもあまり考えもなく子を産ませたり多頭飼いしようとしていたので遅かれ早かれだったのかな感はある
これは前々からの疑問だけど実装フードって熱帯魚や亀の餌と需要大差無さそうだけどコンビニにあるのだろうか?都合上仕方ないが
7 Re: Name:匿名石 2023/05/23-02:47:27 No:00007215[申告]
とても面白かったデス!
この作品の男は善意だったんだろうけど、虐待派の上げ落としとなんら変わらない所業はまさに愛誤派そのもので皮肉デスゥ
8 Re: Name:匿名石 2023/05/24-10:59:04 No:00007222[申告]
>たとえ飼い続けたとしてもあまり考えもなく子を産ませたり多頭飼いしようとしていたので遅かれ早かれだったのかな感はある
一応、男の中ではそれなりに考えての行動なのですが、
作中では触れていませんが、男はペットを飼う経験が乏しいのと、
実装石にあまり詳しくないと言う設定で書いているので、
こうしたらどうなるかの想像が割と苦手です。
実装石の場合、一寸先は闇なので、特にそれが顕著に現れてきます。
ちなみに、もう一匹飼った場合は相手次第で、子供の場合は生まれた仔次第で地獄のような目に合います。

>これは前々からの疑問だけど実装フードって熱帯魚や亀の餌と需要大差無さそうだけどコンビニにあるのだろうか?都合上仕方ないが
犬猫のエサくらいなら置いているコンビニもあるので、
世界設定次第では実装フードくらいなら有りかなあと思いました。
ただ、作中で出した仔実装用粉ミルクはやり過ぎですね。
仔実装を拾ったのが夜中だったので、ストーリーの都合を考えると、
24時間経営のスーパー辺りが無難だったと今になって思ってます。
9 Re: Name:匿名石 2023/05/24-21:02:10 No:00007225[申告]
善意による上げ落としはいつ読んでも良いですね
何かのスクで一食100円でも一年で10万以上かかると野良実装を詰める場面があって読者としてもハッとしたな軽率に助けてはいけないって
コンビニ、間違いなく実装処理袋や抗脱糞成分入りのシビレやコロリはありそうなんですが実装フードってどうだろうって思っちゃうんですよね…
スーパーには汎用品ならありそうだけど嗜好性の高い物や愛護用品は実装ショップか一般ネットショップ(出品者は実装ショップ系)かなぁとか
10 Re: Name:匿名石 2023/10/19-07:54:33 No:00008131[申告]
王道無自覚上げ落とし惨死展開にニヤニヤしながら読みましたが最後でしんみりしちゃった…面白かったです
11 Re: Name:匿名石 2024/05/02-23:04:10 No:00009078[申告]
>男との赤ちゃんも産みたかった。
だめだこりゃ!
12 Re: Name:匿名石 2024/05/03-09:11:09 No:00009080[申告]
俺は御主人様の赤ちゃん産みたい仔好きだよ
総排泄腔を焼き潰してあげたい
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