実家が取り壊されることになった。 既に不動産業者に売却済みで、大学進学以来離れて暮らしている僕に、 両親がそのことに意見を求めることもなかった。 持って行くものがあればいついつまでに回収なさいと言われたが、 親元を離れたこの10年間のうちに、必要なものはあらかた引き取ってある。 あるいはそれは単なる口実で、 両親は自分たちの引っ越しの手伝いをさせたいだけかもしれなかった。 たまには親孝行も悪くない、 それに幼き日の思い出を置き忘れているかもしれないと、 僕は久しぶりに双葉市に戻った。 生家は建売住宅で、隣家との間隔は民法に定められているぎりぎりの1メートル。 のはずだが、あれやこれやとものが置かれ、 子ども以外はその隙間を通って裏手に回ることはできなかった。 身体が大きくなる頃には、悪さをして裏手に身を隠すこともなくなり、 隙間を通れなくても困ることはなくなった。 左右の隣家は既に存在せず、更地となっていた。 不動産業者はこの辺りの土地を買い占めて、 集合住宅でも建てるつもりなのかもしれないな、と考えながら、 僕はぐるりと実家の周りを歩く。 築30年の木造家屋の適切な痛み具合など知る由もないが、 雨だれの跡が目立つもののクラックの類いはなく、 あと20年くらいは住めそうだった。 何に邪魔されることもなく裏手に回る。 黒いゴミ袋のようなものが置かれている。 刹那、背筋に寒いものが走った──ゴミ袋じゃない、赤ちゃんの死体じゃないか? いやそんなはずはない、人形か何かだろうと、 隣家の解体業者が忘れていった箒を拾い、柄の部分でひっくり返す。 その軽さに一瞬で安堵した。 人間のはずがない。 ひっくり返したそれは、干からびた実装石の死骸だった。 野良猫は死期が迫ると姿を隠し、人目につかない場所で朽ち果てる、 などという話を聞いたことがある。 運良く同族に襲われず、車にも轢かれず、虐待の餌食にもならなかった 野良の実装石もそうなのだろうか。 確かにこの家の裏手なら、人間に見つかることはない。 人の目があるので棲み着くことは不可能だが──それは猫だって同じだ──、 ひっそり死ぬには悪くない場所だったのだろう。 そんなことを思いながら、ミイラ化した実装石を見下ろす。 頭皮にへばりついた数えるほどの毛を除けば髪の毛は失われ、 赤と緑の眼球があった場所は空洞になっている。 左耳の先端に切り欠きがあり、野良は野良だが「地域実装石」であることがうかがえた。 服はほとんど原形を留めていないが、 茶色く変色した前垂れは残っていた。 その実装石の格好はさながら「胎児のポーズ」。 だが両の手は顔の前ではなく、前垂れのポケットの中に入っていた。 箒の柄で片方の手を外そうとして力を入れると、あっさり右手だったものが崩壊した。 ポケットの中にあったのは様々な体液で薄汚れたスマートフォン。 今はもう事業から撤退した国内メーカーのモデルだった。 ※※※ 前置きが長くなった。 僕がこれから書き記そうとしているのは、 干からびた実装石が後生大事にしていたスマホにインストールされていた アプリ版「実装リンガル」のログである。 しかし、そのまま文章にしたのでは読み辛い、あるいは理解しづらい部分があったので、 お馴染みの「スク」のスタイルにリライトしてみた。 双葉市を離れて10年以上が経ち、実装石とは無縁の生活を送っていた僕にとってそれは、 困難であったが、やり甲斐のある作業だった。 このスクにタイトルをつけるとすれば、ログに残されていた彼女の最後の言葉になるだろうか。 【みんなしあわせ】 (続く)
1 Re: Name:匿名石 2023/03/17-17:47:31 No:00006933[申告] |
続き楽しみにしてるデス |
2 Re: Name:匿名石 2023/03/17-18:38:38 No:00006934[申告] |
結構いい感じで楽しみな導入
それと、去勢が割と面倒でそれで病む事もある実装石で地域実装って成立するのか前からちょっとだけ疑問 |
3 Re: Name:匿名石 2023/03/18-02:37:50 No:00006936[申告] |
これは続きが楽しみな一本デス |
4 Re: Name:匿名石 2023/07/12-20:26:29 No:00007509[申告] |
この導入は続きが気になって仕方がない
地域実装については片目を摘出(して義眼に)するとかすればあるいは |