『……村咲議員が独裁をもくろんだ双葉市が、いま市民たちの手で解放されていきます! あっ、いま公園にボランティアのモヒカン肩パッド集団が突入しました! 害虫共に占拠されていた市民の憩いの場が人々の手に戻ってくるのです! お聞きください、醜悪な害虫共の断末魔の叫びを!』 テレビから流れてくるニュースを、博士は呆然としながら眺めていた。 村咲の野望は成功し、一つの都市を実装石のパラダイスとした。 しかし、それは住人を虐げ、ただの飼い実装の増長を許しただけの、偽りの楽園でしかなかった。 実装石をかりそめの玉座に座らせるようなやり方は多くの国民の反発を招き、結果としてほんの数か月ですべてが崩れ去った。 博士が提供した即席管理システムは双葉市の公園などで上手く運営されていたようだが、何者かの手であっさりと崩壊させられたようだ。 尊厳を奪われていた国民たちの怒りは首謀者の村咲よりも、何も知らないうちに楽園の住人となっていた実装石たちに向かう。 双葉市は虐待派はもちろん、すべての人間にとっての実装石の狩場となった。 「これが実装石の幸福を求めた結末、か……」 村咲もまた、やり方を間違えた。 博士以上に拙速な手段を選んだ結果、作り出されたのは実装石にとっての地獄だったのは皮肉か。 でも自分たちもそうだ。 1つめの楽園は修羅の地獄と化した。 2つめの楽園は空虚感だけが残る地獄と化した。 3つめの楽園は生物としての停滞の果てに終焉を待つだけの地獄と化した。 村咲に貸し与えた飼育された疑似野良の楽園は崩壊直前まで安泰だったが、博士はあれを楽園とは認めない。 人に飼われ、人の好むように趣向や常識まで捻じ曲げられた生物の何が幸せか。 現に自分たちを飼育する人間が別の人間と敵対したらその巻き添えを食らって一方的に滅ぼされたじゃないか。 実装石の都合も、飼われていた理由も関係なく。 「良富博士だな」 いつのまにか背後に男が立っている。 後頭部に銃口を突きつけられているが、博士は振り向きもしなかった。 「……たしか、木下とか言ったか。私に何か用か?」 「お前が作った楽園計画の研究データをすべて渡してもらう。逆らえば命はないと思え」 「わかった。奥の部屋にまとめあるから、勝手に持っていけ」 「ずいぶんあっさりと言うことを聞くんだな?」 「もう必要ないからな。見てもたぶんつまらんと思うぞ」 おそらくは政府か警察のバックアップを受けているのだろうか、見事な手段で双葉市を開放した男。 実装石を効率的に殺害することで市民の目を覚まさせた優秀な工作員だと聞いている。 「なあ木下くん、あんたは実装石の虐待派なのか?」 「違うな。俺は『滅亡派』だ。実装石を滅ぼすことだけが俺の目的だ」 それを聞いた博士はくっくっくと笑った。 「何がおかしい」 「いや、あんたの願いは叶えられるだろうよ」 手を下す必要なんてない。 実装石はどうしたところで早晩、滅ぶ。 いいや滅んだ方がむしろ幸いかもしれない。 生きている以上は人間の手による奴隷化、家畜化、サンドバッグ化。 彼女たちに許されるのは生物としての尊厳を奪われた道具としての存続だけ。 あとは逃げるように隠れ潜みながらいつ殺されるか怯えながら生きていくしかない。 ああ、いや。 この世界の動物はみんなすでにそうか。 鶏も牛も豚も犬も虎も獅子も竜も。 もしかしたら人間自身も、な。 「よけりゃこの命もくれてやるぞ」 「いらん。抜け殻のような老人を殺したところで、何の益もない」 そうして木下は楽園の研究成果だけを奪い、博士の屋敷から姿を消した。 ※ ぴんぽーん。 チャイムが鳴っても博士は無視したが、しばらくすると玄関を破壊する音がしてその人物が部屋に入って来た。 「邪魔するぞ」 「ああ、村咲サン。随分とワイルドな格好で」 スポンサーの村咲窈窕。 現在は双葉市独立事件の犯人として日本政府から追われる人物だ。 紫色のバトルドレスはところどころが破れ、筋骨隆々とした肉体にはいくつもの銃創が見える。 「そこで警察の一個大隊とやり合ってきた。300人ほどまでは屠ったのだが、な……くっくっく、我も鈍ったものよ」 「あ、はい」 「残念だが我が野望は潰えた。双葉市は解放され、実装ちゃんたちは愚かな人間共の手に落ちた」 ほんの数か月で議会を掌握し、双葉市を日本から半独立させた手腕はたいしたものだ。 しかし、現代社会で国家相手に挑むのはやはり無茶だったのだ。 これだけ好き勝手にやって治安を悪化させた村咲は捕まれば極刑も免れないだろう 「それで、これからどうするつもりなんですか」 「こいつを使う」 村咲はデスクの上によくわからない機械を置いた。 リモコンのようにも見えるが、何をするためのものかはわからない。 「Diabolic Eraser X-Type。知り合いの狂人教授が発明したもので、エヴェレット解釈に基づく並行世界論に基づき、世界の一部、この場合は実装石の存在を切り取って送り込むものだ」 「へえ?」 「つまり——」 博士は量子論は専門外であるが、村咲の説明でこれがどういうものかは理解した。 これを作動させた瞬間、世界そのものの合わせ鏡のようなもうひとつの世界が、薄皮一枚隔てた別の次元に発生。 ただし片方の次元には人間が、片方の世界には実装石だけが移動するというものだ。 人間の残る世界ではただ実装石だけが消滅し、それ以外は変わりなく続く。 実装石の移動する世界では人間だけが存在せず、それ以外は変わりなく続く。 「人間さえいない世界なら実装ちゃんたちは平穏に暮らせるはずだ。私はこれを起動し、すべての実装ちゃんを救う」 「それは……」 人間さえいなくなれば実装石は平和に暮らせる。 いかにも愛護派が考えそうなことだが、それが間違いであることを博士は知っていた。 人の手がなくても実装石は必ず滅ぶ。 博士は楽園実験でそれを確信していた。 だがそれを言ったところで、目の前の敗北者の慰めにはならないだろう。 「それで、村咲サンは実装石のいる世界の方に行くってことですか」 「そのつもりはない。これは人間を別世界に送れるようにはなっていないのだ。あくまで実装石という存在を世界から切り離す道具に過ぎん」 「じゃあ、なんのためにここへ?」 「楽園計画第一期の生き残り」 っ!? 博士はうろたえた。 第三期が失敗してから初めて、感情が大きく動いたのを自覚する。 「なぜ、それを……?」 「我を侮るな。貴様の研究は逐一監視しておったわ。我に提出した楽園が実験に基づかない即興のものであることも知っておる」 自分の理想にとっては都合が良いから問題にはしなかったがな、と村咲は付け加える。 「貴様はたった3度の実験で実装ちゃんの可能性を見限ったが、我は違う。完全なる野生を取り戻せば実装ちゃんは必ず人類に代わってこの地球の覇者となろう。貴様の作った過保護な楽園では得られない、数多の試練を乗り越えた後にな」 「それは……」 一理ある、と言えるかもしれない。 自分はただ過保護にすぎた、それだけなのか。 エサを与えられ、安全を与えられ、娯楽を与えられ、平和を与えられ…… それはよく考えたら彼が忌み嫌ったペットとしての扱いそのものじゃなかったか。 すべてを与えたつもりで、『大自然の試練』という生物を強くする環境を奪っていたのでは。 「ここまで文明が栄えてしまった人類にはどんな生物でも勝てん。だが、覇者の座が空白となれば実装ちゃんは必ず勝者となる……ひとつ心残りがあるとすれば、我が娘マイとの因縁に決着をつけられなかったことか」 「家族がいたんですか」 「ああ…… (以下読み飛ばし可)実を言うとすでに後編を投稿した時点で我とマイたちチームの決戦として完結編をほぼ書き終えていたのだが読み直したときに『あれこれ実装ちゃんでてなくね?』となってさすがにオリジナル人間キャラの話だけを投稿するのは保管庫の趣旨に合ってない空気が読めてない行為だと思い直してどうにか実装ちゃんを組み込んだプロットを描こうとしたけどあそこから話の流れをそう持っていくのは無理で気がつけば長期間放置していたのでまあこの機会に新作のどさくさに紛れてだいぶ簡略化した形だけど完結させてしまおうと考えました。結局この話も実装ちゃんはほとんど出ていていませんが。だ……」 小声でつぶやく村咲の声は博士の耳にはほとんど届かなかった。 「話を戻すが、お前に会いに来た理由はそれだ。『あれ』をDEXTの移転対象から外すので、実装ちゃんがいなくなった人間の世界には解き放って欲しい」 「あ、あれはダメです。そんなことをしたら大変なことになりますよ! というか下手に関わろうとすればあなたも死にます!」 クニを作って戦いに明け暮れた第一期楽園の生き残り。 最終的に全滅した中において、わずかに1匹だけ第二楽園に逃げ延びて生き残った個体がいた。 まだエサの供給を開始しておらず、他に生物も存在していない、水と雑草だけの第二楽園で生き残っていたその個体は……奇妙な突然変異を遂げていた。 あれから三十余年。 その突然変異体は世代を重ねて今も楽園の地下に生息している。 「我は己の死に方を決めかねて今日まで生きてきた」 村咲は博士に手を差し伸べる。 「病気に殺されるのも時間に殺されるのもまっぴらだ。だが実装ちゃんになら殺されてもいい。すべての人間を殺してくれるならな。数えきれない屍の上、それが我の死に場所だ」 「あ、あんたは、狂っている!」 「今さらだな。進んで実装ちゃんに関わろうとする人間は、みな正気ではない」 「私はあんたとは違う!」 「そうだろうな。貴様、いままで実験と称していったい何体の実装ちゃんを殺した」 「そ、それは……」 誰よりも実装石を愛すると言っていた博士が楽園計画で死なせた実装石の数は少なくとも数十万匹。 博士はそれらをただの数字として管理し、死を悼むことすらしてこなかった。 「認めろ。貴様は所詮『そちら側』の人間だ。己の独善で実装ちゃんの幸せを定義し、己の満足のためだけに好き勝手振る舞い結果的により多くの実装ちゃんを不幸にしてしまうだけの————」 『愛誤派』、だ…… 「う、うわああああっ!」 博士は懐からM1911を取り出した。 次の瞬間、村咲は一瞬にして博士の背後に回り、その首をねじ切った。 「安心しろ。すぐに私もそちらに行ってやる……ザマス」 ※ 楽園地下。 その封じられた場所に村咲は足を踏み入れた。 頑丈に施錠された鋼鉄の扉を開き、彼女がまず目にしたのは一匹の仔実装。 無造作に生い茂る雑草を食していた彼女は村咲の姿を見かけると小首をかしげた。 「テチ?」 「おお、可愛い仔ザマスね」 村咲はその場にしゃがみ込み、仔実装に手を差し伸べる。 テチテチと呟きながら近寄って来た仔実装は村咲の指先を腕で抑えて躊躇なく噛みついた。 「元気な仔で嬉しいザマス。たくさん食べて大きくなるザマスよ」 左腕を嚙みちぎられながら、右手でDEXTの操作を行う。 この周辺の実装石を移転対象から排除。 「テチテチ?」 「テチャ?」 「テェェ……?」 そうしているうちに奥からも次々と仔実装がやってくる。 村咲はにこりと微笑んでDEXTを作動させた。 ふわりとあふれ出した何かがが空気を伝い、世界中へ拡がっていく。 目に見えないけれど、キラキラと輝くもの。 透明な光が地上を包んでいく。 次元を渡るトンネルから漏れた楽園地下の仔実装たちは初めて覚えた肉の味に夢中になっていた。 「テチャア! テチャテチャ!」 「ふふ、喜んでくれて嬉しいザマス。この味をよく覚えて、次は自分たちの手で狩るザマスよ」 痛みはない。 大好きな実装ちゃんとひとつになれる喜びが、村咲の死出への旅を心地よく飾り付けた。 ※ 48時間後。 なぜか世界中から実装石が消えたという異常事件に対応するため警察の対応は鈍化。 警察が楽園地下に踏み込んだときにはすでに開け放たれた扉の先には何物も残っていなかった。 ただ、村咲のものだったと思われる三角眼鏡と紫色のバトルドレスの切れ端だけが乱雑に散らかっている。 そして楽園周囲の山は完全に封鎖され…… 「テチィ」 そこに住み着いた実装石たちは、しばしの間だれにも見つけられることなく繁殖を続けた。 ————いんぷれめんてっど☆でぃすとぴあ & 楽園計画 おわり
1 Re: Name:匿名石 2023/02/12-22:45:44 No:00006796[申告] |
え、終わり?
当然新シリーズとかで続きあるよね? 散々待たせてこの終わりは許されないでしょ |
2 Re: Name:匿名石 2023/02/17-04:21:13 No:00006818[申告] |
長期間止まってたのが再開して過去明かしと完結が書かれた大作のオチなんてしょっぱいものといえばそうだけど
半端にホラー要素を残して薄気味悪いオチを残していくのが何というか微妙な |
3 Re: Name:匿名石 2023/09/25-15:56:00 No:00008023[申告] |
実装石出ない方の完結編読みたいよォ! |
4 Re: Name:匿名石 2023/10/21-17:40:04 No:00008140[申告] |
これは完結というより普通に新シリーズが始まる前の布石では?
人を食うような狂暴化した実装石が・・・って展開を作者は考えているはず |
5 Re: Name:匿名石 2023/11/04-01:29:02 No:00008200[申告] |
次回作お待ちしてます! |