タイトル:【観察】 コンビニと託児と広い広い駐車場
ファイル:コンビニと託児と広い広い駐車場.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1374 レス数:10
初投稿日時:2022/12/20-01:54:00修正日時:2022/12/21-11:24:15
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■



「テッチュウーン」



夕暮れ。
地方の家族経営コンビニの明るい光を、広い駐車場から、仔実装は見つめていた。
ここにいい思い出などない。けれど、つい来てしまう。

少し前、ママはここで託児をすると言った。
三匹の姉仔実装を連れて出かけたが、その時まだ親指だった彼女は置いて行かれた。

そして、誰も帰って来なかった。
風雨に朽ちかけたダンボールハウスの中で蛆を抱きながら、捨てられた、と思った。



都会からはだいぶ離れたこの町では実装石の密度は大したことなく、
野良実装同士の残酷な諍いともほぼ無縁だった。
が、だからといって定期的な駆除がないわけではない。

たまたま駆除を免れた親実装は、毎日顔を合わすほかの実装一家三世帯が
どこにもいないことに気付き、駆除が行われたことを悟った。そして。
一家のダンボールハウスなど家財が無傷であるのにも関わらず、託児を敢行したのだ。



ママやオネチャタチは帰って来なかったが、親指と蛆と、そのハウスは無事だった。
親指は仕方なく餌探しを始めた。
地方の行政の駆除はずさんで、ほどなくしてほかの一家の備蓄食料を見つけた。
ハウスの痕跡はなくなっていたが、落ち葉などで隠された食糧庫は無事だったのだ。

親指は毎日それを持ち帰り、蛆と分けて食べた。
外敵も、ほかの実装石もいなくなった公園で、しばらくして親指は仔実装となった。



身体は大きくなり、食料的にも余裕ができていた。
ハウスの備蓄は増えるばかりで、一日何もしない毎日がしばらく続いた。

「レッフーン。プニフープニフー」

餌を食べ蛆チャンをプニプニし、糞をして、たまの雨の日には服と身体を洗った。
そんな何不自由ない日々を過ごしていると、
仔実装には、自分でも制御しきれないほどの募る想いに苛まれた。



「さびしいテチ。愛されたいテチ」
「レフー。レフーン」

「誰かワタチを見テチ」



これは、どうしようもなく実装石の性であったとも言える。
現状で充分に満たされているのに。
野良の仔実装と蛆二匹きりなら幸せだと言ってもいいはずなのに。



仔実装は親指の時、ママや姉たちに愛された記憶がなかった。
そのさびしさを蛆チャンを撫で、プニプニすることで埋めていた。

しかし。
ママはワタチを捨てたのだ。駆除の後、託児をすると言ってみんないなくなった。
あれから永遠に会えなくなった三人のオネチャ達も何も言ってくれなかった。

ワタチははじめからいないも同然だった。



「テチャァ…」

ワタチはここにいるテチ!今も元気に生きてるテチ!
ご飯も食べて、蛆チャを毎日プニプニして…。
ワタチは立派テチ!がんばってるテチ!

だから。
ママ。オネチャ。
一人でもいいから戻ってきて、ワタチを褒めて。



■



ママやオネチャを求めて、コンビニに行く日々が続いた。

餌探しで行ったことはある風景。託児の日には置いてけぼりだったけど。
けど、ママやオネチャは勝算があったテチ。
ここなら、なんとなかるって思ったに決まってるテチ。



毎日、夕暮れから日没後まで、そして閉店で電気が落ちるまで仔実装は張り付いていた。
地方の家族経営コンビニの閉店はせいぜい19-20時。
仔実装がその時間、広い広い駐車場から見つめるのはもはや日課だった。

「テチャア…」

ニンゲンが出たり入ったりしてるテチ。
公園ではほとんど見ないニンゲンだけど、こうして見てると色んな種類がいるテチ。

ママは託児をしようとしたテチ。
虐待派じゃない、愛護なニンゲンを選んで、そのビニール袋にオネチャをきっと投げたテチ。
ちゃんと選んで、オネチャ達は三匹もいたのに、どうして誰も帰ってこなかったテチ?



地方のコンビニは、基本近所の住人がチャリやバイクで乗りつける。
あとは大体、長距離運送のトラックドライバーがメインの客だ。
仔実装が夕暮れにのぞく限りは、徒歩のニンゲンなんて一人もいなかった。

ママはどうやって、誰に、託児をしたんテチ?



仔実装は遠くから、或いは大型トラックの陰から、
人の目につかないようにいつもコンビニを見つめていた。
実装石が過密でない地方のコンビニで、託児をしようとする光景なんか見たことがない。



少し足元がおぼつかない、あやしい感じのニンゲンがコンビニから出てきた。
仔実装にはわからないが、大分酔っている。
しかも、そのニンゲンは駐車してた大型トラックに乗って去って行った。

「テチャ」

キラリ、と光るものが見えた。
酔いニンゲンが何か落として行ったのだ。
仔実装は、身を晒す危険を一瞬忘れて、吸い込まれるように歩き出した。

「テチャア」

メダルだった。
まんまるな、少し重くて、仔実装が持つには両手でないとダメなくらいの。

玩具のメダルを見たことがあったから、これはニンゲンの子供の玩具だと思った。
あのニンゲン、子供のオミヤゲを落としたテチ?

仔実装はそれを大事なものと思って、重いけれど、両手で持ち上げた。



「おや?」

「テヒャア!?」

ニンゲンがいた。エプロンをしている。

その地方コンビニのバイトをしている老人だった。
明らかにドライバーなのに酔っている客を訝しんで、店の外に出てきたのだ。
(もっとも、地方の悪習で長距離ドライバーの飲酒は当たり前だった。
 老人はコンビニバイトとしては新人で、それを知らなかったのだ)

「おやおや」
「テチャア」

仔実装は山のように大きな老ニンゲンを前に、震えた。
両手のメダルを高く掲げることしか、できることがなかった。
500とかかれたそのメダルを持ち上げる仔実装を見て、老人は少し微笑んだ。

「くれるのかね?」

指先を伸ばして、優しくそう仔実装に問いかけた。

「テチャア」

落とし物テチ。拾っただけテチ。盗む気はないテチ。だから、落とし主に返すテチ。

仔実装は狂乱して、そんなことを言った。

ワタチは糞蟲じゃないテチ。ニンゲンサンに迷惑はかけないテチ。だから殺さないでテチ。
家には蛆チャンが待ってるテチ。蛆チャンはいい子テチ。ワタチがいないと死んじゃうテチ!

老コンビニ店員はリンガルは持っていなかったが、そこは年の功なのか、
色々察した様子で穏やかに微笑むと、その500円玉をふんわりと受け取った。



■



「これはお金だからね。ただで貰うわけにはいかない。これでどうかね?」

老コンビニ店員はそんなことを言うと、商品を持ち、誰もいないのにレジを打ち。
併設のレンジで数十秒温めた総菜を、仔実装に差し出した。

「テッ!?テェ…」

さすがに仔実装も困惑する。
何を言われてるのかわからない。老人が優しそうなニンゲンだということはわかる。
ワタチは糞蟲じゃない。だから、ニンゲンが落としたメダルを老ニンゲンに返した。
そうしたら、ホカホカでおいしそうなウマウマを渡そうとしてくるのだ。

「テッ?」

ニンゲンは怖い。が、老人を見上げる仔実装。老人は微笑み、頷いた。
コンビニ袋に包まれた、ホカホカでおいしそうなウマウマを、仔実装は受け取った。



「テチャア!テチャア!テッチューン♪」
「レフー。レフーン」

あまりにおいしそうなので備蓄食料は備蓄のままに、仔実装と蛆はそれを食べた。
あまりにもおいしくてびっくりして、頬が緩み、皿まで舐めて、ウンチが漏れた。

「テチャテチャテチャア」
「レッフーン♪」

蛆チャンも泣いて喜んでいた。
餌の備蓄が満たされている今。ワタチは蛆チャンに糞を食べさせたことなんかない。
その自負も含めて、蛆チャンの幸せを目の当たりにして、嬉しくて嬉しくて。
らららら、コトバニできない。ウンチが漏れた。



ママやオネチャを追いかける目的以外に、コンビニに行く頻度が増えた。
餌の備蓄は申し分ないし、生活には余裕がある。

ニンゲンが落とすメダルを注視していた。



三日に一度くらい。ふらふらしたニンゲンがメダルを落とす。
仔実装はそれを拾った。
重いのもあれば、軽いのもあり、穴が空いているのもあった。
ただ、それを拾って両手で高く掲げていると、老ニンゲンが来て、褒めてくれた。
頭を撫でてくれたこともある。

「テチュウ…」

仔実装は夢見心地だった。

こころが、満たされていく気がする。
ママやオネチャをあれだけ求めていた心が、安らかになっていく気がする。



「これは、10円玉だね。でも、サービス」

老ニンゲンは、仔実装にはよくわからないが、30円の長いチョコ菓子を持たせてくれた。
100円玉の時には三日あっても食べきれないくらいのスナック菓子をくれた!

「これは1円。ごめんね。ほぼゴミ」

言ってる意味はわからなかったが、
何も貰えなかったけど、あまりに軽いのでそうかなーとも思った。

「これはお守りになるから、持っておいた方がいい」

5円の時にはいつもそんなことを言っていた。
穴のあいたメダル。それにビニール紐を通して、持ち帰り易いように、首にかけてくれた。
50円の時は駄菓子をくれたが、仔実装には5円と50円の違いなどわからない。

ハウスに穴の空いたメダルが何枚か貯まりだした。



仔実装にとっては永遠のような幸せな日々だったが、
現実で換算するとそれは一月に満たない期間の出来事だった。

老店員に会わない日々が続き、彼が夏の終わりにバイトを辞めていたことを
知るすべもないままに、仔実装は何度もコンビニを往復した。

そんな頃、蛆チャンが繭をつくった。



■



「テッテロケー。テッテロケー」

ワタチはうろ覚えの胎教の歌をうたう。
まだ子供を産んだことはない。
けど、最愛の蛆チャンが繭をつくり、これから仔実装に変態するのだ。
ワタチがずっと見てきた蛆チャン。ずっとプニプニしてきた蛆チャン。

蛆チャンはワタチが育てた(ドヤァ



コンビニに行く回数が減った。

メダルを拾っても、掲げても、老店員が現れなくなったのだ。
取り替えてくれるニンゲンがいないのなら、メダルを持ち帰っても仕方がない。
いつかのために取っておきたくても、メダルは重くて、
せいぜい軽いものを一つ抱えるので精いっぱいだ。
軽いものの価値は低い。
それを感じていた仔実装は、数日でメダル拾いをやめた。

今、大事なのは蛆チャンだ。
蛆チャンが仔実装になった時、飢えないように。
仔実装のあたまにはそればっかりがあった。



餌を集めた。

しばらくぶりに、生ゴミとかを漁り、腐敗臭に吐いたりもした。
これはゴハンテチィ?毒じゃないテチィ?

悩むことも無理はないほど、仔実装は今まで、奇跡的に、満たされていたのだ。



とにかくも、どうしていたっていずれ冬は来る。
仔実装は、それに備えなければならない。

経験として知っているわけではなかったが、ママがそんな話をよくしていた。
あたたかい日が終わると、あっという間に動けなくなる程の寒さが来る。
冬はとても長くて、餌もどこにもなくて、うかつに外に出ると死ぬ。



備蓄倉庫に生ごみを投げ入れる中ある日、

「デスゥ…?」

仔実装はもう、成体になっていた。



声変りをしたのだろうか。
自分の声が自分の声じゃないみたい。
少し濁って、
まるで、あの時のママのような……



■



蛆チャンの繭が、孵らない。
数日見守っていたが、違和感は違和感のまま。何も進展しない。

「デジャア!」

すでに成体になっていた彼女は叫んで、その濁った声色に改めてびっくりした。

「デッス……」

そんなことはどうでもいい。
自分の命が大切であるのと同じように、蛆チャンの命は大切だ。
何しろ、蛆チャンを育て、はぐくんできたことこそが自身の存在証明と言っていい。
ママやアネチャに公然と捨てられたワタシには蛆チャンしかいないのだ!!

蛆チャンはいつも言ってくれる。

「プニフープニフー」

プニプニして欲しいレチ。

「レチレチレッチー」

オネチャンいつもありがとうレチ。大好きレチ。



「デッスー」

ワタシを愛し、求めて喜んでくれる存在がほかにいるデス!?



だから、もと仔実装こと成体実装は蛆チャンを失うことを恐れた。
びっくりしただけでパキンする蛆チャンをだ!!

「デッスン」

彼女は、決して賢くはなかったから、決心して、タカラモノを漁った。
メダル。
いくつかの、軽いし穴が空いてるしで餌に交換して貰えなかったメダル。

それらの備蓄はそれなりに貯まっていて、両手でも持てない程だ。

「デスゥ…」

もう成体になった仔実装は、フンスと鼻を鳴らした。
思い浮かぶのはあの優しい老コンビニ店員。あの人は、偽りなく優しかった。
もう、頼れるのはあのニンゲンしかいない。

飼って欲しいとか絶対言わないし、ワタシは糞蟲じゃないし、
ワタシの求めるのは蛆チャンの生存だけ!



「デッスン」

備蓄のビニール袋にメダルを全部入れた。
彼女にも、それが財産だということはわかっていた。

けれど、それが、なんだ。

メダルは食べれないし、ワタシを楽園に導かないし、蛆チャンを助けない。
名前のない、成体実装が、重い袋を引きずって歩き出した。

コンビニへ。



■


駐車場で何度かメダルを掲げても、やはり老店員は姿を見せなかった。
気付かないデス? 遠いからダメなのかデス。

「デスゥ…」

実装石は、コンビニ店内に入ることを決心した。
何しろ、蛆チャンの命が懸ってるのだ。

「デスゥ…」

実装石の体重では自動ドアは開かない。
何度も試したが、どうしても店内に入れなかった。
出入りするニンゲンに紛れて入ろうとしたが、

「デギャ!」

その都度、例外なく蹴られた。
初めて味わう、ニンゲンからの暴力だった。



客は入ろうとする実装石を、毎日利用するコンビニが快適であるために、
軽く足で払いのける。軽くだ。
それでも、実装石のウレタンのような体は2メートルは跳ね飛び、アスファルトに擦られ、
そのたびに怪我をして血を流した。



「デジャア!デジャア!!」

実装石は怒った。
何で邪魔をするデス!? ワタシは誰にも迷惑をかける気はないデス!!
ワタシの蛆チャンへの想い、どうしてそれをないがしろにするデス!?



「デジャア!デジャア!!」

やみくもに手足を振り回し叫んで、行き交う客に足で払われ、転がり、血が出る。
すり傷だらけになっていく体。
今まで味わったことのない痛みだ。
そして、味わったことのない怒りだ。

実装石は、怒りにまかせてウンチをしたい欲求にかられた。
勢いよく脱糞して、その糞をニンゲンに投げつけてやりたい。
ニンゲンだけじゃない。
ワタシを助けないこのコンビニの床や壁やドア一面に糞を塗りたくってやりたい。



「デッスーン!!」

実装石は怒りのあまりパンツも脱がずに脱糞した。
自分から敢えてパンコンなんて初めてだ!
ワタシはそれくらい怒っているデス!!

ずっしりホカホカになっているパンツを下して、
投糞するために右手を突っ込もうとしたその時、



「あーあー。汚ねえな。糞蟲が!」

自動ドアを開けて、店員が出てきた。
あの老店員ではない。若い男で、表情は歪み、嫌悪だけを実装石に向けていた。



30分近くも自動ドア付近に張り付いていた実装石。
足で払われこそし続けたが、蹴るや踏むなどの直接的な加害は受けていない。
それくらいここの客層は実装石に対して穏やかだったのだ。

だが、入り口に野良が居続けることにさすがにクレームなり入ったのか、
店員が確かめに来たのだ。



汚い成体実装が入り口まわりで汚い声でデスデス喚いている。
あまつさえ、糞まで漏らしている。

楽なバイトのはずが、余計な仕事が増えたのだ。
地面どころか、入り口マットにも糞がついているかも知れない。
若いコンビニ店員はすでに十二分に怒っていた。



「デッ…」

実装石は急激に冷静になっていった。
大きなニンゲンが自分に怒っている。はっきりと。
それはとんでもない恐怖であり、どうしようもない力の差を感じた。

怒りにまかせてウンコを投げつける?
それで何が改善するデス!? まるで糞蟲デス!!

背筋が寒くなり、全身がガタガタと震え、上下の歯がカチカチ鳴る。



「デス。デスデスデッス」

蛆チャンが。

あの。蛆チャンが繭から孵らなくて。
蛆チャンのために。
ワタシは。
蛆チャンに。



■



「デギャ!!」

怯えて糞を漏らしながら言い訳をした実装石の顔に、店員の爪先がめり込んだ。
手加減のない蹴りだった。

本当の暴力だ。

先程までと比べるべくもない。
死の危険をはっきりと味わわされる実装石。

「畜生。糞撒き散らしてんじゃねえよ」

吹き飛ばされた実装石に毒づいて追いかける店員。
アスファルトの駐車場にとは言え、実装石の糞が散らばったのだ。
ますます仕事が増えた。イライラした。



「デスッ。デスデスッ」

ニンゲンさん許してデス! ワタシは糞蟲じゃないデス!
ワタシは蛆チャンを助けたいだけデス!!

文字通り必死に訴える実装石。
もちろん店員に対して何の効果もない。
店員は怒っている。
ちょうど客足も途絶え、止めに入る者もない。



「デスデスデス!」

「うるせえよ糞蟲。人間様の邪魔をすんじゃねえ」
「潰す」

ニンゲンが殺意を帯びて近づいてくる。
ますます糞が漏れる実装石。



しかし、奇跡的にこの状況下であたまが回った。
実装石は起死回生の策を思いつき、
メダルを満載したビニール袋の口を大きく開いた。
ニンゲンによく見えるように。これが貴重なものだと分かるように。

「デスデスデスゥ!!」

メダル!
メダルがあるデス!

これはきっと貴重なものデス!
子供たちのオミヤゲになるデス!
これを全部あげるから見逃してデス!!

「何だあ? 金か? 何で糞蟲が持ってる?」

「デスデスデスデス!」

謝るデス!
命だけは許してデス!
ワタシは糞蟲じゃないデス!
蛆チャンが待ってるんデス!!

店員が反応したのに気付いて、一気にまくしたてる。
ここで死ぬわけにはいかない。
メダル全部を渡してでも、見逃してもらわないと。

「いらねえよ。そんな糞まみれの金」



■



ビニール袋を蹴り飛ばされ、
続けて容赦のない蹴りが実装石を襲った。

今までで一番の痛みだった。

「デジャアアアア」

実装石は泣きながら逃げ出す。
今となっては命だけが大事だ。
ニンゲンへのお願いも、財産であるメダルも、どうでもいい。
見切りをつけないと、自分が死ぬ。
自分が死んだら、蛆チャンも死ぬ。

死にたくなかった。

「デジャアアアア」

泣き叫びながら走る。
コンビニを背にし、家に向かって。公園に向かって。

ちょうど夕闇だったことも幸いした。
店員は一瞬、実装石を見失い、
そして追いかけることと片づけをするという仕事の両方を天秤にかけ、

「糞蟲!! どうせ公園だろ!! 追いかけて絶対殺してやるかんな!!!」

大声で罵るが、実装石を追うことを諦めた。



「デジャ…。デッス。デッス…」

どうしてあれほどの逃げ足を出せたのか自分でも分からないくらい、
実装石は満身創痍だった。

頭は一部潰れていたし、手足は何ヶ所も折れていた。
耐えようもなく、糞が漏れている。
糞の跡をたどられたら、本当に公園まで追いかけられてしまう。巣がばれてしまう。
実装石は泣きながら、足を引きずるようにして、それでも公園まで走り続けた。



「テッテレー♪」

半死半生でダンボールハウスにたどり着くと、笑顔で仔実装が迎えてくれた。

「蛆チャン?」
「テチ。テチテチテチ。テッチィ♪」

蛆チャンだったテチ。オネチャありがとうテチ! ワタチ、仔実装になったテチ!

蛆チャンが繭から孵っていた。
自然に。
そもそも栄養状態も、愛情も充分に満たされていた蛆チャンだ。

ニンゲンに頼らなくてもよかったのだ。
コンビニに行かなくてもよかったのだ。

「デッスー」

実装石は、色々な感情のこもった血涙を流しながら、ハウスの中に倒れ込んだ。



■



「テチテチ。テッチュー」

蛆チャンはオネチャにいっぱいお世話になったテチ。愛してもらったテチ。オネチャのことが大好きテチ。

「デスゥ…」

蛆チャン…。よかったデス。よかったデス。
実装石の涙が止まらない。嬉しくて、愛しくて。

「テチテチテチ」

ワタチ、オテテとあんよが生えてとても嬉しいテチ。
オネチャ怪我してるテチ?
大丈夫、今度はワタチがププニしてあげられるテチ♪

「デスー」

愛されていることの喜びに震えて。
蛆チャンだった仔実装にプニプニされて、実装石は一晩中泣き続けた。

仔実装は繭から孵った歓喜に、多幸感に、実装石に甘え通しだ。
実装石の深い傷や、ただならぬ雰囲気には気付けなかった。

「プニテチ。プニテチ♪」
「デッスーン…」

実装石も、極力気付かれないように、涙を流しながら笑い続けた。



「デッス!」

翌朝。
実装石は目覚めるなり真っ青になった。
傍らでは仔実装が幸せそうに寝息を立てている。

忘れもしない。
あのニンゲンの殺意の宣言。

「追いかけて絶対殺してやる」

どう考えても、あれは本気だ。
このハウスも公園も、もう安全ではない。
全て自分が招いたことだ。



「デッス…」

ここを捨てなきゃならない。

すぐにでもニンゲンが来て、ワタシが殺される。仔実装が死ぬ。
想像するだけで糞が漏れるほど怖い。
何より、やっと繭から孵った仔実装が殺されることが怖い。

逃げないと。
どこか遠くへ。

抗いがたい恐怖心と同時に、あたまは冷静になっていく。
できることは、選択肢は、わずかしかない。

けれど、いい。

ワタシは確かに愛されている。
必要とされた喜びは、この実感は、全てと引き換えにしたって構わない。

実装石は、決心した。



■



「デスデスデス」
「テッチー?」



実装石と仔実装はあの恐ろしいコンビニに来ていた。

入り口にはもう近づかない。
いるのは広い駐車場だ。

どこか遠く。
ここではないどこか。

方法を思いついたのだ。



「デスデス」
「テチュウ」

公園からのコンビニ。
これが実装石の行動の限界だ。

けれど、このコンビニの駐車場にはいつも長距離トラックがいる。
どこか知らない遠くから来て、どこか知らない遠くへ行くのだ。



仔実装を、イモチャを託児する。
長距離トラックのドライバーに。

もし最高にうまくことが運んだら、自分も連れて行ってもらおう。
どこか遠くへ。

ニンゲンに殺されない遠くへ。



実装石の決意は揺るぎなかった。
きっとママもこんな気持ちだったのだろう。
初めて、ママと通じ合えた気がした。

不幸だったのは、ただその時自分がまだ蛆を抱いた親指だったからだ。
仔実装になっていたら、きっとママと一緒に行っていた。

遠くへ。



「ああん?」

その長距離トラックドライバーも酔っていた。
倫理観は最悪だが、ある地方やある時代にはそれが当たり前の悪しき風習があった。

隠れもせずに自分を見上げ、
手元の仔実装をアピールする実装石を怪訝な顔で見下ろした。



「デス。デスデスデス」
「テチ? テッチー?」

実装石はあらん限りの言葉を尽くしてニンゲンさんに現状を訴えた。
酔ったドライバーはリンガルを持っていないので伝わっていない。

「デスデスデス!」

全財産デス!

一番重い、虎の子の、500と刻印されたメダルを高く掲げる実装石。
満身創痍の怪我は全く治っておらず、これこそ本当の火事場の馬鹿力だった。

「金じゃん」

酔ったドライバーはふらつく視界にそれを認め、
アルコールに震える指先を伸ばした。



「デッス!」

500円玉をつまみ上げた。
実装石ごと。

「テチ!テチテチテチ!!」

オネチャ!? オネチャー!?



トラックは、実装石を乗せ走り出した。
置き去りにされた仔実装は何が起きたのか理解できず、しばらく途方にくれた。



■



「テチテチテチ」

半日後。
ハウスに一人きり戻った仔実装は膝を抱え、背中を丸めてしばらく床を見つめていた。

「テッチー」

考えを整理する。
オネチャが一人でニンゲンさんとどこかへ行ったテチ。

オネチャは託児をすると言ったテチ。

どこか遠くへ行くと言ったテチ。

一緒に行くと言ったテチ。



「テチィ!!」

置いてかれたテチィ!!
遠くに行ったのはオネチャだけテチィ!!!!



仔実装は泣いた。
昨日からわずか一日で天国から地獄だ。

「テチィ…」

ワタチは捨てられたテチ?



オネチャ。
なんで。
どうして一人だけ。



酔った長距離ドライバーはふらふらトラックを蛇行させながら、車を走らせていた。

ストロングゼロを煽り、煙草をふかし、朦朧としながらも、
広い国道をそれなりに進んで行く。



「デスゥ」

実装石は焦っていた。

拾われた、わけではないことは気付いていた。
そもそも、自分の存在を認識されていない。

「デスデスデスデス!」

引き返して欲しい。
仔実装が乗っていないのだ。

彼女を幸せにするための託児だ。
自分だけ遠くに行ってもどうにもならない。
何なら、仔実装だけで行ってくれて構わなかったのだ。
優しいニンゲンさんに拾われるのなら。



「デスデスデスデス!」

引き返すデス! 仔実装を忘れてるデス!
ワタシだけ幸せになっても嬉しくないデス!!

「デスデスデスデス!!」



「うわっ!?何だこの糞蟲!?」

酔ったドライバーが実装石にやっと気付いた。
膝を、左腕を延々とポフポフ叩かれてやっとその存在に気付いたのだ。
何で運転席に糞蟲がいるのか分からない。
ドライバーは酔っているのだ。

「デスデスデスデスデスデス!!」

実装石はやっと気付いてもらえたことに興奮して、あらゆる要求をまくし立てた。







「ヂッ」

ドライバーは左手で実装石の頭を握り潰すと、
赤信号で停車した時に窓からその死体を外に投げ捨てた。






おしまい






■

5作目です

最近引っ越しをして同時にコロナ陽性になってたのですが
その前後にかいていたものがいっぱいありまして
どれも面白くなくて完成できなかったのですが

バッサリ切ったり改変して「終わらせる」ことのコツみたいなものが
わかるようなわからないような、そんな感じでして、

これも一気に終わらせてみました
できあがりにします
まだまだ書きかけはもっとありますのでコンゴトモヨロシクデスゥ



@ijuksystem

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1 Re: Name:匿名石 2022/12/20-02:38:04 No:00006641[申告]
賢くても愛情があっても不幸な最期を迎えるそれが実装石…
2 Re: Name:匿名石 2022/12/20-12:58:47 No:00006642[申告]
次回作もお待ちしてます!
3 Re: Name:匿名石 2022/12/20-22:11:23 No:00006643[申告]
賢くても愛情があっても相手の事情、都合を考えるという他者との関係の最低限ができない。頭以上に心が弱いから糞蟲なんだなあ。
4 Re: Name:匿名石 2022/12/21-18:56:37 No:00006644[申告]
あなたのスク、文章が読みやすくて好きです
今回も面白かった
5 Re: Name:匿名石 2022/12/25-22:28:59 No:00006649[申告]
いやぁ、いつ読んでも主の作品は面白いわ。
6 Re: Name:匿名石 2023/01/06-21:41:00 No:00006664[申告]
凄く読みやすく面白かった~
ダウンロードしとこう
7 Re: Name:匿名石 2023/02/04-15:15:36 No:00006745[申告]
面白かったです
余計なことしなければいいのに常に行動が裏目に出るのが印象的
諸行無常な終わりもいい感じでした
8 Re: Name:匿名石 2023/06/11-19:44:15 No:00007281[申告]
良かったです
9 Re: Name:匿名石 2023/10/10-00:15:23 No:00008103[申告]
一生懸命に知恵を絞り、それでも足りずに人間の厚意にすがるしかない幼い姉妹実装石。性格がひねくれてもいない、過剰に卑しくもない、日々できることを必死に続けて、人間社会の片隅にしがみつきながら行きているけど、人間側はそんなの知ったこっちゃない。
でも、ここで実装石を下げるわけでもなく、人間側に長々と主張を説かせるわけでもなく、全体的に落ち着いた文体で、実装石側のアテが外れてどんどん事態が悪化し、何も対策できずに破滅する。しっとりとした悲劇が読んでいて心地よかった。
10 Re: Name:匿名石 2024/04/12-17:16:18 No:00009013[申告]
コンビニで餌付けするなぁ!?
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