タイトル:【馬虐】 稲川ミドリちゃんの怪談ナイトツアー
ファイル:【虐】稲川ミドリちゃんの怪談ナイトツアー.txt
作者:ジグソウ石 総投稿数:41 総ダウンロード数:879 レス数:5
初投稿日時:2016/07/26-21:39:16修正日時:2016/07/26-21:54:19
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『テレレテッテレ〜!』

実装石の仔が生まれるときに上げる産声を模したという、微妙に調子外れなオープニングテーマとともに、その曲調には似つかわしくないおどろおどろしい字体のテロップがテレビの画面に映し出される。

画面には『稲川ミドリちゃんの怪談ナイトツアー 緊急生放送・元野良実装は見た!』というタイトルが、血のような赤い文字で描かれていた。

稲川ミドリというのは、四ヶ月ほど前からよくテレビに出演するようになった飼い実装だ。

元は公園で暮らす野良実装であったが、住んでいた公園が増えすぎた同属同士の争いによって地獄の様相を呈してきたのをきっかけに棲み家を離れ、放浪しているところを、
その風体だけでいかにも愛“誤”派であることが容易に想像できるバb……もとい老婦人に拾われ、飼い実装になったらしい。

実装石が生まれた公園を離れて別の公園へと移動しようとする行為は“渡り”と呼ばれるが、元来あまりにも肉体が脆弱すぎるため、犬猫やカラスなどの他種族はもちろん、
悪意があろうとなかろうと、ただ“出会った間が悪かった”だけの人間によっていつ命を奪われてもおかしくない実装石にとって、その行為には想像を絶するほどの苦難が待ち構えているという。

しかし野良実装同士の争いを避けるためとはいえ、そんな危険な行為をあえて行なおうと決意し、なおかつ道中において死ぬことなく生き延びたあたり、バb……もとい老婦人によって
ミドリと名づけられたこの実装石は、かなり賢い部類の個体といえた。

そしてそれなりに高い知能を持つミドリには一つの特技というか、飼い主にそれまでの実装生を語る中で培われた能力があった。

放浪時代に味わってきた苦難の日々、恐ろしい目に遭ってきた経験、またその中で出会った同属から聞かされた話などをおどろおどろしく、臨場感溢れる口調で語ることができたのだ。

それは聞く者にとっても恐ろしさを感じさせつつも、続きを聞かずにはいられないという、ある種の中毒性と娯楽性を生むものだった。

ミドリがテレビに出演するようになったきっかけは、バb……もとい老婦人がミドリの特技を録画して、とあるバラエティ番組の『わが家の実装ちゃん自慢』コーナーに投稿したものが
心霊番組プロデューサーの目に留まったのが始まりである。

そして椅子に座らせた実装石に怪談を語らせるだけという、安上がり極まりない構成の特番が最初に放送されて以降、その語り口に魅了されたファンによって小さなブームが起こり、
わずか数ヶ月の間にミドリの人気はうなぎ上りとなって、今では全国ツアーが組まれるまでになっていた。

いま放送されているのは、その第一回となる講演の生中継である。


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「これは……私が野良実装だった頃に出会った、あるお友達から聞いたお話デスゥ……」

人間用の丸いイスに腰掛けたミドリが、大勢の観客を前に語り始める。

リンガルを持っていない人のために、観客にはテレビ局が用意したリンガル(安物ではあるが)が前もって全員分配られていた。

「(エリザベスだから……)仮に……Eちゃんとしておくデスゥ。そのEちゃんが、飼われていたご主人様に連れられて、ご主人様の田舎にあるお家に泊まりにいったときのお話なんデスが……」

わずか十数秒の語りだったが、リンガルを通してそれを聞いた人間は皆、ミドリがかなり賢い実装石であることに気がついた。

リンガルの表示に漢字が多いのである。

リンガルを通して通訳された実装石の言葉というのは、幼生体から成体に近づくほどカタカナ→ひらがな→漢字といった具合に、表記が高度になっていく。

たとえば蛆実装が自分のことを呼ぶとき、または親指実装が蛆実装のことを呼ぶときは『ウジチャン』と全てカタカナ表記で表示されるのだが、これが仔実装以上になると『ウジちゃん』というひらがな表記が混ざり、
賢い成体実装になると『蛆ちゃん』と漢字表記までされるようになる。(成体でも馬鹿な個体の言葉は『ウジちゃん』表記のままだが)

それはリンガルが主に声のトーンで実装石の生育段階を判断し、それを表記にも反映しているからであるが、実は実装石という生物は賢い個体ほど言葉の発音がしっかりしているというのもあり、
リンガルはそれを実装石の言葉を漢字表記に変換するかどうかの判断基準としている。

難しくてうろ覚えで使っている言葉や、意味を知らずに使っているような言葉、ご飯や金平糖といった本能に訴えかける言葉は理性が吹っ飛びやすいのでカタカナ表記に戻ることも多いが、
つまりはリンガルの表示に漢字表記が多いほど賢い実装石ということになるのだ。



ミドリは膝の上に手を置いて、少し前のめりの姿勢で感情を込めて語り続ける。

「そこはとーっても古い、ぜんぶ木でできたお家で、お外から見ると二階建てのはずなのに、一階と二階の間が変に長くて、Eちゃんは入る前から少し怖い感じがしたそうデス」

「でもご主人様に抱っこされていたから、一緒に入るしかなかったデス。ほんのちょっとだけウンチが漏れちゃったのをご主人様に気づかれたらやだなー、やだなー、と思いながらお家の中に入ってみると、
 中はそれほど古い感じがしなくて、Eちゃんはひとまず安心したそうデスゥ」

「ご主人様のオバちゃんにあたる人間さんに案内されたのは、おウチに入る前にお庭からも見えてた、縁側のある広いお部屋だったデス。そのお部屋の奥にはとっても大きくて黒い、人間さんが
 “オブツダン”と呼んでいる箱があって、他には大きな机と、ご主人様が寝るために用意されていたお布団だけがあったデス」

「『今日はここで一晩泊まるんだよ』とご主人様に言われて、少し不安になったEちゃんがキョロキョロとお部屋を見てみると、お庭が見える縁側の上の、カモイというところにたくさんの額ブチがかけてあって、
 そこには私Eちゃんと同じ実装石の写真が入っていたそうデスゥ……」

「その写真に写っている実装石たちは皆まっすぐにこっちを見ていて、それを見ているとEちゃんはなんだかまた怖くなってきたそうデス。それでご主人様に『あのコたちは誰なんデス?』と聞いてみたデス」

「するとそこに、ご主人様のイトコだという人間さんが現れて『あれは僕が今まで飼っていた実装石たちの写真だよ』と答えてくれたそうデス」

「Eちゃんは『あんなにたくさん?』と不思議に思ったそうデスが、ご主人様のイトコさんが続けて『もう死んじゃって今はいないけど、歴代の子を写真に撮って残してあるんだ』と言うと、
 ご主人様が『あんなにたくさんの実装石を飼うなんて、君は実装石が本当に大好きで、きっとどの仔も大切にされてきたんだろうね』と言ったので、Eちゃんはまた安心して、それどころか
 なんだか胸のお石がポカポカして、あったかい気持ちになったそうデスゥ」



「その日の夜、Eちゃんはご主人様と、オバちゃんと一緒にゴハンを食べたデス。でもイトコさんがいないことに気づいたEちゃんが、ご主人様のオバちゃんに『イトコさんはゴハンを食べないデスゥ?』と聞いてみると、
 オバちゃんさんは『あの子、日が暮れると部屋に閉じこもって、いつも食事は一人で食べてるのよ。ごめんなさいね』と答えたそうデスゥ」

「Eちゃんは少しだけ『どうしてだろう?』と思ったデスが、オバちゃんさんのおウチで出された実装フードがとても美味しい高級品だったので、すぐに忘れちゃったそうデスゥ」

「そして夜も更けて、Eちゃんはお仏壇のあるお部屋でご主人様と寝ていたデス。けど、なぜだかとっても息苦しい感じがして、Eちゃんは夜中に目が覚めてしまったそうデス」

「目覚めたEちゃんがあたりを見回してみると、なぜかどこにもご主人様の姿がなかったデス。急に怖くなったEちゃんは、あわててお布団から飛び出して、ご主人様を探しに行ったデス」

「オブツダンのあるお部屋を出ると、真っ暗なロウカに少しだけ明かりが漏れているお部屋があったデス。そこはさっきゴハンを食べたお部屋だったので、ご主人様はきっとそこにいるんだと思ったEちゃんは、
 フスマの隙間からそっとお部屋をのぞいてみたデスゥ。するとお部屋の中にはご主人様とオバちゃんさんがいて、二人で何やら話しこんでいたそうデス」

「Eちゃんがフスマを開けてご主人様に声をかけようとすると、二人のお話が聞こえてきたデス。すると……Eちゃんはわが耳を疑ったデスゥ」

「『あなた、本当にEちゃんをこの家に置いていく気なの?』『仕方ないだろ、今度引っ越すことになったマンションはペット禁止なんだ』『あんなに懐いてるのに……』そんな会話が聞こえてきたそうデス」

「そしてご主人様が『ていうか、イトコも実装石好きみたいじゃん。縁側の鴨居にいっぱい写真飾ってあったし』と言うと、なぜかオバちゃんさんは黙ってしまったそうデスゥ」

「……そうなんデス、ご主人様はEちゃんを捨ててオバちゃんさんのお家に引き取らせるつもりだったんデス。それを聞いたEちゃんはすごくショックを受けて、泣きながらオブツダンのあるお部屋に戻ったそうデスゥ」

「『デェェーン! デェェーン!』、Eちゃんは頭からお布団を被って泣いたデスゥ」

「しばらくして、やっと泣き止んだEちゃんは、ご主人様に『ワタシを捨てないようにもう一度頼んでみよう!』と思ったそうデス。そしてEちゃんがお布団の上にスクっと立ち上がったとき、縁側からお部屋の中に
 お月様の光が差し込んできたデスゥ」

「キレイな光に包まれて、Eちゃんは『きっとカミサマがワタシを勇気づけてくれているデスゥ』と思ったそうデス。そしてEちゃんがお月様を見上げようと上を向いたそのときデスゥ!」

「……………Eちゃんは………とっても恐ろしいものを見たデスゥ………」

「カモイにかけられていた実装石たちの写真が、みんなEちゃんを見ていたデス。まっすぐに前を見ていたはずの写真だったのに、目だけがギョロリとEちゃんを捉えて、じー……っと見ていたデスゥ」

「『デギャァァァーーーーーーーッ!!!!!』」

ミドリが上げる悲鳴に、観客も思わず息を呑む。

「思わず叫び声を上げてパンコンしてしまったEちゃんは、パンツの中からボトボトこぼれたウンチでお布団を汚してしまったことも気にせず、あわててオブツダンのあるお部屋から逃げ出したデス……」



「ロウカに出て、最初はご主人様たちのいるお部屋に逃げようと思ったそうデス。でも、パンツからこぼれたウンチでお布団やロウカを汚してしまったことに気づいたEちゃんは、このままご主人様のお部屋に行ったら
 きっと叱られてしまう、ご主人様に捨てられてしまう、と思ったそうデス」

「困ったEちゃんがあたりを見回すと、すぐ左にカイダンがあって、そこの半ばあたりから光がもれてくるのが見えたデス」

「ちょっとの段差から落ちただけでも大ケガをしてしまう実装石は、普段なら絶対にカイダンを上ろうとしたりはしないデスが、他に逃げるところがなかったEちゃんは仕方なく二階に逃げることにしたデスゥ」

「カイダンのふちにつかまって、思い切り踏ん張って自分の体を持ち上げて……それを何度もくり返して、Eちゃんはカイダンを一段、また一段と上っていったデス」

「すると……カイダンの途中にあるオドリバというちょっと広いところに、ドアがあるのが見えたデス。私が後からご主人様に聞いた話では、それは人間さんが言うところの“チュウニカイ”(中二階)
 というものらしいデスが………とにかく、さっきEちゃんが見た光はそのドアから漏れていたデス」

「近づいてみると、光が漏れていたのはドアが少しだけ開いていたせいだったデス。このおウチにいるのはご主人様とそのオバちゃんさん、そしてご主人様のイトコさんだけだったので、
 ここはきっとイトコさんのお部屋に違いないと思ったEちゃんは、ドアの隙間から中の様子をそー……っとうかがってみたデスゥ」

「そしたら次の瞬間、お部屋の中から『テヂャァァッ!』という、仔実装の悲鳴が聞こえてきたデスゥ……」

「ビックリしたEちゃんがお部屋をのぞき込むと、中にはイヨウな空間が広がっていたデス。壁一面に広がった赤と緑のシミ………それはまぎれもなくEちゃんや私たちと同じ実装石の血………
 そしてお部屋の真ん中に置かれたテーブルの上では、手足をクギでまな板に打ち付けられた仔実装が、すごい勢いで回る十センチぐらいの円いノコギリで、今まさに真っ二つにされようとしていたデスゥ」

「それにビックリしたEちゃんが、また思わず『デギャァァーーーッ!!!』と叫んでしまったのに、中にいたイトコさんに気づかれなかったのは、ノコギリの音と、その仔実装が上げた悲鳴が重なったおかげだったデスゥ」

「Eちゃんはパンコンしながら尻餅をついて、慌てて逃げ出そうとしたデス。カイダンを下りるなら上ってきたときと同じように、地面に伏せて足から下りないといけなかったのに、あまりにも慌てていたものだから、
 Eちゃんはそのまま人間さんと同じようにカイダンを下りようとして……ドンガラデッデーン!!! ………カイダンから転げ落ちてしまったデスゥ」

「肩の骨が折れて、右腕が変な方に曲がって、左足が半分ちぎれそうになって、頭の角が潰れて右目が見えなくなって………それでも、さっきたくさん漏らしたウンチがクッションになってEちゃんは生きていたデスゥ」

「大きな音に気づいたご主人様とオバちゃんさんがお部屋の外に出てきて、今にも死にそうなEちゃんを見つけたデス。そしてご主人様の『E! 何があったんだ!?』という問いかけに、
 Eちゃんは自分が見たことを全部ご主人様に話したデスゥ」

「そしてご主人様が『叔母さん、あいつは虐待派なんだね?』と聞くと、オバちゃんさんは『ごめんなさいね……だからEちゃんをここで引き取るのは反対だったの……』と言ったそうデス」

「それからEちゃんはケガが治った後、公園に捨てられたデス。捨てられるのは嫌だったけど、ご主人様の都合でどうしようもないことだったデス………虐待派のイトコさんのところに引き取ってもらうよりはましデスし、
 ご主人様がちゃんとダンボールやフード、毛布なんかを用意しておいてくれたおかげで、Eちゃんは何とか野良の生活に馴染むことができたデスゥ」

「その後、Eちゃんは放浪していた私と公園で出会い、今のお話を聞かせてくれたデスが………最後にEちゃんはこう言っていたデス」

「『あのとき、カモイの上でワタシをジロリと見たジッソウたちのシャシンは、きっとワタシを助けてくれようとしたんデス。このままこの家にいたら危ない、そう教えてくれていたんデス………』と………」 



話が終わったことを分かりやすく合図するため、ミドリがぺこりと頭を下げると、観客席から拍手が起こった。

大拍手というほどではないが、冷めた観客が義務感からするまばらな拍手というわけでもない。

いかにも愛護派と思われる人間は大きな喝采を送り、恐らく虐待派なのだろうか、つまらない話だったら罵声の一つも浴びせてやろうと来たものの、その意に反してミドリが実装石にしてはなかなか立派な芸を見せたことを
忌々しげに見つめる者もいる。

ミドリの語りに引き込まれ、呑み込んでいた息を「ふぅ」と吐き出す者、話の余韻に浸る者などもいて、反応は様々だ。

ミドリもまた、仕事を終えた疲れを吐き出すかのように「ふぅ」と一息ついた。



ミドリが椅子の隣に置かれたテーブルに用意されたジュースをストローで飲んでいると、テレビ局のAD(アシスタント・ディレクター)が何かが書かれた板、俗に言う“カンペ”を持ってきてミドリの前に掲げた。

そこには『尺が足りないので、もう一つ怪談をお願いします』と書いてあった。

だがミドリは賢い実装石とはいえ、飼い主であるバb……もとい老婦人は文字を教えていなかったので、それを読むことができない。

ミドリが首をかしげていると、ADはカメラのフレームに入らないよう、床を這いずるようにしてミドリに近づき、小声で言った。

((あの……ミドリさん。お話が予想外に短かったもんで、尺が全然足りてないんです。もう一つ怪談をお願いしたいんですが……よろしいですかね?))

「デデェッ!? き、聞いてないデスゥ! 今日はこのお話しか練習してきてないデス! 無理デスゥ!」

((いやー、生放送なもんで。やってもらわないとこっちも困るんですよね。それに……お客さんのほうもこんな短い話一つだけじゃあ納得してくれないと思いますよ?))

「デ……デェェ………」

次の話を期待する観客の視線が痛い。

そして舞台袖で自分を見守る飼い主の視線もどこか心配げなものに変わっている。

(こうなったらやるしかないデスゥ………私はご主人様の自慢の実装石デス! やってやるデス!)

ミドリは意を決し、居住まいを正して再び語り始めた。



「これは………とっても恐ろしいカイダンのお話デスゥ………」

先ほどの話にのめり込んでいた観客が、ごくりと唾を飲み込む。

「私が野良実装としてあちこちを放浪していた頃、たまに人間さんの住んでいないお家………つまり空き家を見つけて、そこで何日か過ごすことがあったデス。その日見つけたお家は二階家で、たまたまカギのかかっていなかった
 引き戸の玄関を開けて中に入ってみると………廊下の真横にあったのは、とても急で私たち実装石には到底上れない『カイダン』………」

そう言ってミドリは口の端を歪め、三遊亭好○を思わせる渾身のドヤ顔でニヤリと笑った。

しかし観客は何のことだか分からず、まだミドリの話が続くものと思って、怪訝な顔をしながらも話の続きを期待している。



ミドリはそれなりに賢い実装石ではあったが、一つだけ思い違いをしていることがあった。

実装石、ことに野良実装にとって生きることは常に死と隣り合わせであり、それ自体が自然と“怖い話”の様相を呈してくる。

それゆえ、ミドリは自身の経験が“怪談”になっているとは全く自覚せず、ただ自分が野良実装時代の話をすれば飼い主や人間が喜んでくれるものと思い込んでいたのだ。

さらに悪いことに、ミドリは“カイダン”と発音する言葉に“怪談”と“階段”の二つの意味が存在することを知らなかった。

飼い主がミドリに言いつけたのは『怖い話をすること』であり、先ほどテレビ局のADがミドリに依頼したのは『カイダン』である。

ミドリにしてみれば、自分たち実装石が上ろうとすれば確実に落ちて怪我をしてしまう、“恐ろしい階段”の話をしただけだったのだ。

だが、ミドリの言葉は図らずも“怪談”と“階段”をかけたダジャレになっていた。

そしてミドリが“階段”という言葉のほうしか知らずに使っているがゆえに、どちらの意味で訳していいか判断できなかった安物リンガルにはカタカナで『カイダン』としか表示されず、観客には意味が伝わらなかったのである。

“怪談”を聞きに来ているのに、まさか話し手がいきなり落語を始めるとは誰も思わないのだから当然だ。

しかし、このことが悲劇を生んだ。



「デ……? どうしてみんな拍手をしてくれないデスゥ?」

ミドリがそう呟いた次の瞬間—————

 ————— パグァ!!! —————

「デゴァッ!?」

観客席から飛んできた何かがぶつかり、ミドリの頭部が左目ごと、まるで犬にでも齧られたように三分の一ほど消失した。

飛び散ったミドリの脳漿と共に地面に落ちたそれは、まだ開栓もしていない缶ジュースだった。

「ふっざけんなテメェェ!!! ダジャレじゃねえか! なにが怪談ナイトツアーじゃ! 金返せぇ!!!」

缶を投げつけ、怒号を上げたのは先ほどミドリを忌々しげに見つめていた虐待派らしき男である。

男が使っていたのはテレビ局が用意した安物リンガルではなく、実装石の感情の起伏や知能の度合いまでを正確に反映し、隠れ糞蟲を炙り出すのにも使えるという、プロの虐待師が使うような自前の高級リンガルだった。

それゆえ男にはミドリが“カイダン”という言葉を“階段”の意味で使ったことが分かり、それをミドリが悪ふざけをしたと思い込んだのである。

いや、そもそも最初からなんとかしてミドリの揚げ足を取り、野次を飛ばしてやろうとしていた節があるので、もしかすると“言葉の行き違い”とでもいうべきこの状況を、これ幸いとブーイングのネタにしたのかもしれない。

そうでなければ、わざわざ開栓していない中身入りの重い缶ジュースを投げつける用意はしていないだろう。

そしてミドリにとってもう一つ不幸だったのは、

「そうだそうだ!!! ふざけてんじゃねえぞ!」

「さっきまでの余韻が台無しじゃねえか!」

「はっ! やっぱ実装石は実装石かよ!!!」

観客のうち、虐待派ではないが愛護派でもないという層のほとんどが男の言葉に煽動され、同調してしまったことである。

 ————— カン! コォン! パカン! —————

「デゲッ……ガ………デギァ……………」

椅子から落ちた時点で両足と腰骨も骨折し、すでに満身創痍のミドリに容赦なく空き缶やゴミが投げつけられる。

最初の一撃に使われた中身入りの缶ほどの威力はないが、それでも今のミドリにとってはわずかに残った生命を削りかねないものだ。

「か、観客の皆様! モノを投げないでください!!! モノを投げないでください!!!」

慌ててADや番組プロデューサーが止めに入るが、時すでに遅し。

仮死状態となったミドリと、最初にミドリの頭部が爆ぜた時点で悲鳴を上げて失神していた飼い主のバb……もとい老婦人が担架で会場から運び出されたとき、テレビの画面には最近めっきり使われなくなった
『しばらくおまちください』という映像が延々と映し出されていた……………


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その後、ミドリは活性剤の注射も空しく、運び込まれたペット病院で息を引き取った。

仮に生き延びたにせよ、椅子から落ちた拍子に脳の半分以上がうどん玉のごとくこぼれてしまっており、万一脳が再生できたとしても記憶は失われ、今までのように話芸を披露することはできなくなっていただろうが。

ミドリに致命傷を与えた缶ジュースを最初に投げつけた男は結局特定できず、当然というかやむなくというか、飼い主のバb……もとい老婦人は損害賠償を求めてテレビ局を訴えた。

裁判は責任の所在が散々争われた挙句、テレビ局側が老婦人に三千万円を支払うことで決着したが、それでヤケクソになったのか、テレビ局は先日の惨劇—————頭が半分近くなくなったミドリが飼い主と一緒に運び出されるまでを、
飼い主の顔以外全て無修正ノーカットで完全収録したものをDVD化し、大々的に売り出した。

そしてそれは予想外の大ヒットを飛ばし、賠償額を大きく上回る利益をテレビ局にもたらしたという。

ただ売り場でもレンタルショップでも、なぜか置いてあるのが『ホラー』のジャンルではなく『スプラッタ』の棚で、買っていくのはホラー好きというより、やたらと嬉しそうな虐待派らしき人種が多かったらしいが………



-END-


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あとがき

今回は夏らしく、怪談ネタということで……

実はプロット自体は今年の四月ぐらいにできていたのですが、さすがに季節感がなさすぎると思ったので今まで温めておりました。

ちなみに作中の不気味な家は作者の従兄弟の家がモデルだったりします。

引っ越しで犬が飼えなくなり、広い庭のある農家である従兄弟の家に引き取ってもらうために訪れたのですが……これがマジで怖い。

外から見ると中二階というか、天井裏のスペースがやたらと広く見えるんですが、天井の羽目板を外して何かが這い出てくる雰囲気がムンムン漂ってくるし、縁側の鴨居にかかっていた、
戦時中に亡くなったという先祖たちの写真なんかもうね……夜中になったら本当に目だけが動きだしそうで、本物の稲川○二を呼んだらいいネタが提供できるんじゃないかと思ったほどです。

そこそこ遠かったので「泊まっていけよ」と言われたけど、謹んで「お断りします」(AA略)して日帰りしましたよ。



次回作は……まだストーリーまで考えついてるものがないので、少々間が空くかもしれません。

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1 Re: Name:匿名石 2016/07/28-10:56:38 No:00002458[申告]
実装石が語る怪談と言うか怪談が語れるほど知能が高い実装石とか面白いな、
十分に見世物として銭が貰えるレベルの珍しさだろう。
ダジャレはダジャレで高度な言語力らしいが、まあ虐待スクの世界じゃこうなるなw
む〜ざんむざん
2 Re: Name:菊里石 2016/08/03-12:09:19 No:00002462[申告]
>リンガルの表示に漢字が多いのである。

この一行で噴いた。
ありそうでなかった面白い視点をさりげなく提示してクスッと笑わせる技巧。
素晴らしい才能だと思う。

前世紀末の『猫の手貸します』という四コマ漫画で、(ツッコミ役)「あんた、何で漢字でしゃべってるの?」(主人公)「いつも漢字だよ!」というやりとりが面白く(この二人の関係は現在出回っている漫画では『ゆるゆり』の船見結衣、歳納京子の関係に似ていた…)、それを機に単行本を買って読み始めたのを思い出したが、リンガルの表示での発想は実装史上なかったのではないか。

ついでに『地獄少女二籠』OPの菊里を実装風にしてみた。
3 Re: Name:匿名石 2016/10/01-21:41:28 No:00002550[申告]
話芸なんて人間でも鍛えないと出来ないことができるほど舌が回るのにニンゲンさんが何を喜んで褒めてくれるのかは理解できなかった
その辺のサイコというか何というかが結局のところ実装を実装たらしめるんだなあ
4 Re: Name:匿名石 2022/01/31-18:57:05 No:00006475[申告]
「その家なんデスがねぇ…とーっても古い、とーーっても古い…ぜんぶが木でできたお家なんデスがなにやら奇妙なんデスよ…ええ。と言うのもデスねぇ…この建物、お外からグーーっ…と見ると二階建てのはズなんデスが…一階と二階の間が変に長いんデスよぉ…Eちゃん、入る前からなんだか嫌デスぅ…嫌デスぅと…こう…少し怖い感じがしたそうなんデスがねぇ…
でも…自分はご主人様に抱かれてるってんデ、一緒に…入るしかなかったんデスよねぇ…。ほんのちょっとだけウンチがねぇ漏れちゃったんデスがね…えぇ…これご主人様に気づかれたらやだなーやだなーと思いながらも…スゥーーッ…お家の中に入った…中はねぇ…それほど古い感じはしないんデ、Eちゃん…ひとまずは安心したそうなんデスが…」
稲川淳二を頭にインプットしますと、これ憑かれ…いえ疲れますよねェ…
5 Re: Name:匿名石 2024/07/04-15:14:57 No:00009221[申告]
幾ら何でもいきなり物投げるとかコイツが一番キチガイ過ぎて怖い
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