人も実装石も寝静まった深夜の公園を、黒ずくめの中国服を着た男が一人歩いていた。 その虐待派の男は特殊な嗜好を持っていた。 他の虐待派にありがちな、バールなどの武器や凶器での攻撃を好まない。 男が好むのは、鍛え上げた己の肉体と、磨き上げた技のみを用いて実装石を惨殺することだった。 男の名は丹波論七。 虐待仲間からは親しみを込めて『タン・ロン』と呼ばれていた。 男の足運びは軽く、八十キロ近くはあろうかという体重を微塵も感じさせない。 靴底の薄いカンフーシューズを履いているというせいもあるが、砂の地面を歩いているのにほとんど足音すら立てていなかった。 見る人が見れば、この男が何らかの武術の使い手であることがそれだけで分かる。 男は外灯のない暗がりのほうへ歩いていくと、茂みの中にあるダンボール箱の前で足を止めた。 もちろんそれは野良実装の親仔が住むダンボールハウスである。 ダンボールの中では親である成体実装と五匹の仔実装、そして一匹の蛆実装が、それぞれ安らかな寝息を立てて眠っていた。 ドゴォッ! 男はいきなり目の前のダンボールを茂みの外に向かって蹴り飛ばした。 それとともにダンボールの蓋が開き、中にいた実装石の親仔が転がり出てくる。 「デェェッ!? 何事デスゥゥ?」 「テチャァァッ!? イタイテチィ!」 「レフー? なんだかさわがしいレフ……ウジチャンまだネムいレフゥ………」 何が起こったのか全く分からない親仔があたりをキョロキョロと見回すと、はるか向こうにある外灯の明かりに照らされた、大きな影が自分たちを見下ろしていることに気がついた。 「テヒャァァァァ!!!」 仔実装たちが悲鳴を上げる。 「デェェ! ニンゲンデスゥゥ!」 親実装は戦慄した。 こんな夜中に、それもいきなり自分たちの住むダンボールハウスを蹴り転がす襲撃犯など、虐待派に決まっている。 だが、男は親仔に何をするでもなく両手を背中側に回して組み、じっと親仔を見下ろしているだけだった。 訝しがる親実装が「デェー……」と力なく呟くと、男は耳につけたリンガルのスイッチを入れ、意外な台詞を口にした。 「蹴ってごらん」 「デェ?」 「蹴るんだ、私を」 この人間は何を言っているのだろう。 深夜にいきなり現れて自分たちの住居をひっくり返し、自分を蹴れと? 意味が分からない。 男の言葉に従えば人間に歯向かうことになるのだから、理不尽な逆ギレによって殺されるかもしれない。 だからといって従わなければ、それでも殺されるに違いない。 そう確信できるほど男の目には逆らいがたい殺気、というよりも狂気が宿っていた。 仮に知能の低い実装石でなくとも、男の真意を読み取ることなど不可能であっただろう。 しばらく逡巡した後、親実装は男の言葉に従うことにした。 「デ、デスッ」 ぽふりと、あくまで遠慮がちに男の脛を蹴る。 男を見上げると、明らかに険しい顔をしている。 殺される? そう思って頭を抱えて蹲ると、男は再び口を開いた。 「今のは何だ? 見世物か? 大事なのは気持ちの集中、気合だ! ……さあ、もう一度」 ……全く意味が分からない。 この人間は本当に何を言っているのだ? 夜中にいきなり乱暴に起こされたと思ったら、わけの分からない遊び? につき合わされ、考えたらだんだん腹が立ってきた。 この人間は今蹴ったときも、蹴られたこと自体には怒らなかった。 むしろ本気で蹴らなかったことに怒っているらしい。 ならば本気で蹴ってやろうではないか! 親実装は意を決し、男の脛を思い切り蹴り上げる。 「デスゥッ!」 とはいえ実装石の力である。 先程の蹴りとほとんど威力は変わっていなかったが、親実装は「どうだ!」と言わんばかりに男の顔を見上げた。 その脳天に、男の裏拳が振り下ろされた。 パグァ! 「デベェ!」 男の攻撃は死なないように一応の手加減はされていたが、親実装の頭は男の拳の形に一センチほど凹んでいた。 「気合を入れろと言ったんだぞ! 怒りじゃない、気合だ! ……さあ、もう一度」 もはや理解を超えているどころの話ではない。 この人間は完全にイカれている。 「お、お前は一体なんなんデスゥゥ! こんな夜中にやってきて、いきなりこんな……わけが分からないデスゥゥ!!!」 そう叫びながら、親実装は半狂乱になって男の足をポコポコと殴りつけ、蹴り上げる。 男はそのどてっ腹を、今度は少し強めに蹴り上げた。 「デゲョッ!」 男が履いているカンフーシューズの尖ったつま先がモロに鳩尾に突き刺さり、親実装は口から血を吐いて蹲る。 どうやら胃が破れたらしい。 「考えるな! 感じ取れ! それが月への道を指し示す指となる……」 男の口から吐かれる台詞は相変わらず意味不明である。 このままではまずい。 もしこのままこの場に留まり続ければ、大事な仔らまでが確実にこの頭のおかしい男に殺される! 親実装は力を振り絞り、子供たちに向かって叫んだ。 「に、逃げるデス……! このニンゲンは完全にイカれてやがるデス……殺される前に皆で逃げるデスゥゥ……」 幸い男は月を指差して、何か自分の世界に入り込んでいる。 今がチャンスと、親実装は男に背を向けて駆け出した。 「は、早く逃げるデスゥゥ!」 ドゴォッ! 子供たちに向かって叫びながら走るその背中に、さらに男の蹴りが炸裂した。 今度の蹴りは本気のそれだ。 親実装はサッカーボールのように蹴り飛ばされ、近くの木に激突する。 蹴られた時点で背骨が折れていたのもあって、地面に落下した親実装の体は背中を反らせる形で“へ”の字に折れ曲がっていた。 「決して相手から目を逸らしてはならない……逃げるときもだ」 そのとき、親が蹴り飛ばされたのを見た仔実装が揃ってパニックを起こした。 「「「「「テチャァァァァァッ!!!!!」」」」」 五匹が五匹とも漏らした糞でパンツを盛り上がらせ、もの凄い大音量で悲鳴を上げる。 その声で目を覚ました蛆は何が起こったのかまだ分からず、首をせわしなく動かしながらレフレフ鳴いていた。 それを見ていた男は眉根を寄せ、怒りとも悲しみともつかぬ表情で顔をフルフルと震えさせる。 「ォォォォォォォォォ…………アタッ!」 男が甲高い奇声とともに低い横蹴りを繰り出すと、仔実装の一匹がめしゃりと踏み潰された。 「「「「テヒィィーーーーー!!!」」」」 残った仔実装たちはようやくその場に留まることの危険性に気づき、気力を振り絞って散り散りに逃げ出しはじめる。 だが、一匹だけは足が震えて動けないのか、両目から涙を流したまま棒立ちになっていた。 男がその一匹に目をつけて見下ろすと、仔実装は万が一でも生き延びられる可能性に賭けたのか、それとも生存本能に従っただけなのか、口元に手を当てて首を傾げるポーズをとった。 「テッチュ〜ン♪」 文字通り、生死を懸けた渾身の媚びであった。 「………………………………………ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 それを見た男はもの凄い形相で怪鳥のような叫び声を上げると、右足を自分の頭よりも高く蹴り上げ、上げるときより倍も速く振り下ろした。 「チベッ!!!」 斧を振り下ろすがごとき男の踵落としにより、仔実装の体は文字通り跡形もなくこの世から消滅して、赤と緑の染みだけが地面に残された。 「ありょぉぉぉおぉ!!!!!」 続けて男はジャンプし、ほぼ同じ方向に逃げている二匹の姉妹をそれぞれ片足で踏み潰す。 「チュゲッ!」 「テビャ!」 「ぉぉぉぉぉぉ……………!」 二匹を踏み潰したままの体勢で、泣きそうな顔をしながら全身をプルプルと震わせてエクスタシーに浸る男。 そんな大きなタイムロスがあるにもかかわらず、仔実装の足ではほとんど逃げる距離を稼ぐことは出来ない。 「おぉぁあぁぁぁ!!!」 男は再び跳躍すると、一足飛びで逆方向へ逃げていた二匹の仔実装を踏み潰す。 「デピッ!」 「プヂィ……」 それを間近で見た蛆実装が、ようやく何か恐ろしいことが起こっているということだけを理解して悲鳴を上げる。 「レヒィィーーー!」 まだ息のあった親実装は、自分の子供たちが全員惨殺されていくのを、天地が逆さまになった状態で見ていた。 そして最後に残った蛆もまた、今まさに男に潰されようとしている。 「やめるデス………やめてデスゥゥゥゥゥーーーーーーー!!!!!!!!!!」 親実装の叫びを無視して、男は全身を旋風のように回転させ、地面で震えている蛆に向かって体ごと倒れ込んでいく。 「ほぉーーーーーーーーーーおぉぉぅ!」 蛆一匹殺すのには明らかに過剰な全体重をかけて、男は蛆にエルボードロップを叩き込む。 「レピャ!」 男の肘の下で、蛆はまるで原型を残したまま煎餅にされた海老のようにぺしゃんこになっていた。 「デェェェン………デェェェン………」 それを目にした親実装は、滝のように涙を流して絶望した。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 男は親実装にとどめを刺すことはせず、そのまま別の方向へ向かっていく。 そして最初に惨殺した親仔が住んでいたのとは別のダンボールハウスを蹴り転がし、またも虐殺を始めた。 「ほぁた! おぁた!! あとぉぉぉぅ!!!」 その調子で、男は次々に実装石の親仔を惨殺していった。 激しく動きすぎて暑くなったのか、それともテンションが上がりすぎたのか、冬だというのに男はなぜか上半身の服を脱ぎだして半裸になると、帯に挟んで隠し持っていたヌンチャクを取り出し、激しく振り回す。 だが、決してそれで実装石を殴ったりはしない。 ただ振り回すのみである。 そう、男はあくまで鍛え上げた自分の肉体のみを用いて実装石を殺す。 磨き上げた五体以外の何物かに頼りを置く、そんな心根が技を曇らせる。 どうしても武器を使うというのならば、むしろ地面や壁など周囲の環境を利用すべきだ。 たとえば公園ならばブランコ、シーソー、ジャングルジム、そして地面に半分だけ埋められたタイヤ。 この丹波論七という男、それらの遊具においても全てを修めている。 逃げようとする一匹の成体実装を追い、男は勢いをつけてブランコに飛び乗る。 「ほぉぉぉお………ぉあたぁっ!」 男が乗っている木の板が顔面に炸裂した実装石は、両目の部分を“コ”の字に凹ませて吹っ飛んだ。 男がまた別の成体実装の頭をわし掴みにして持ち上げ、頭蓋骨をミシミシと軋ませる。 その成体実装は自分の頭が砕かれようとする痛みに耐えながら、何とか自分の仔らを逃がそうと必死で叫んだ。 「い、今のうちに逃げるデス……ママはもうだめデス……お前たちだけでも生き延びるデスゥゥ!!!」 親の懸命な叫びに応え、数匹の仔実装たちが背を向けてテチテチと逃げていく。 男はそれを見ると、親実装を公園に据え付けてあるシーソーの片側に座らせ、自分はもう片側のほうへ歩いていく。 「デ? 助かったデスゥ?」 親実装がポカンと口を開けて呆けていると、男がシーソーの持ち上がった方を思い切り踏み抜いた。 「はいぃぃいっ!!!!!」 男の気合いとともに、シーソーに座らされていた親実装はあたかも某国の弾道ミサイルのように発射された。 「デァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァァァ!!!!!」 親実装は放物線を描いて飛んで行き、地面に激突して地面の染みとなった。 「デベァ!」 地面と激突する直前、親実装は見た。 自分が今まさに突っ込もうとしているまさにその場所に、逃がしたはずの子供たちがいたことを。 「これぞ丹波流拳法奥義『是索道弾脚』!」 ※『是索道弾脚』(シーソーダオダンキャク) かつて中国において、シーソーのような機械を用いて石礫を飛ばし、遠方の敵を攻撃する技が存在したという。 小さな石礫であっても、落下による加速を利用することによって威力を倍加させ、握り拳ほどの大きさの石を使えば人間の頭蓋骨を完全に粉砕することもできたと伝えられている。 ちなみに実装石にいい思いをさせた後に虐待を行い、ただ虐待だけを行うよりも深い絶望を与える技法を『上げ落とし』と呼ぶが、その語源はこの技が上から下への加速によって石礫の威力を倍加させたことにある、という説が最近では支配的である。 民○書房刊『あんなに一緒だったのに、夕暮れはもう違う色』より ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 夜が明ける直前まで、男は公園の実装石を惨殺しつづけた。 踏みつけ、蹴り上げ、投げつけ、公園の遊具を利用して殺しまくる。 空が白みはじめ、日が昇る直前になって、男は放置していた最初の親実装のところへ戻ってきた。 背骨が折れたまま動けない親実装のもとへ、首にヌンチャクをかけた男がゆっくりと近づいてくる。 だが親実装にとってはもうどうでもいいことだった。 仔も全て殺され、自分は野良生活では決して再生できないであろうほどの重症を負っている。 どうせここで見逃されたところで、この先も生きていくことはできないだろう。 全てを諦めて親実装は目を閉じていた。 そのとき、親実装の耳元で身の毛もよだつ声が聞こえた。 「にゃ〜ん」 親実装が驚いて目を開くと、すぐ隣に野良猫がいた。 実蒼石など他の実装シリーズや人間を除けは、猫は実装石にとって最も恐るべき天敵ともいえる存在である。 犬ならばよほど怒らせるようなことをしない限り襲ってはこないが、猫はその鋭い爪でじゃれついてくるだけで実装石にとっては命に関わる。 そして多くの場合、猫というやつは遊び感覚で実装石を嬲り、玩具にした挙句に殺すという、人間の子供と同じぐらいタチの悪い残虐性を具えている。 自分の命すら諦めていたはずの親実装は、猫によって本能的な恐怖を呼び覚まされてしまった。 「デェェ! こっちに来るなデスゥ! あっちに行けデスゥゥ!」 奇妙なブリッジの体勢のまま、両手をイゴイゴと動かして猫を追い払おうとする親実装。 だがその動きは、猫にとっては攻撃本能を刺激されるものでしかなかった。 「にゃあう!」 猫は楽しそうに珍妙なオブジェと化した親実装の体を弄ぶ。 爪でバリバリと引っ掻き、ガジガジと齧りつく。 親実装が暴れれば暴れるほど猫は楽しそうにじゃれつき、両腕がもぎ取られ、顔の皮が剥がされていった。 「デェェェェ! やめるデス! やめろデギャァァァァァ!!!」 約十分後、ついに親実装は猫に嬲り殺された。 もぎ取られた親実装の首を前足でころころと転がして遊ぶ猫。 それを冷めた目で見下ろしていた男は、猫に向かって呟いた。 「実装石は……反撃しない」 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ その日の夕方、夜中に公園で奇声を上げ、武器を振り回して暴れていた半裸の男が警察に逮捕されたという記事が、夕刊の片隅にひっそりと掲載された。 男は駆けつけた警官に対し、「自分が犯した罪の償いはする。だが道場には手を出すな!」などと意味不明なことを喚いていたという。 その記事を読んでいた、丹波の虐待仲間である双葉敏明は一人呟く。 「行く手には実装石と警察……それがタン・ロンの宿命なのかもしれない……」 -END- 今回は皆さんご存知というか、説明不要なほど有名な映画『燃えよド○ゴン』を中心としたブ○ース・リー関連のネタをメインに、刃○道の公園本部ネタなども盛り込んでみました。 ちなみにオリジナル技として登場させた『是索道弾脚』は、中国語における『〜です』にあたる“是”(シー)と麻雀の“索子”(ソーズ)という、中国語読みを知ってる漢字を適当に充てました。 道弾(ダオダン)については弾道ミサイルのことですね。(シ○ーマンキングで覚えました) 民○書房の書名については歌手名がネタです。 パロディネタばかりになってスイマセン。
1 Re: Name:ジグソウ石 2016/03/18-01:01:18 No:00002003[申告] |
ttps://www.youtube.com/watch?v=ZunGXrbS0hQ&index=4&list=RDDXcBcyP1FnM
OPテーマのつもりです。 ttps://www.youtube.com/watch?v=-Rmls0tfH7s こちらはEDテーマのつもりでお聞きください。 |
2 Re: Name:匿名石 2016/03/18-01:17:24 No:00002004[申告] |
迫力と勢い、それにシーソーを利用した今までにない斬新なアイデア
とてもよかったです |
3 Re: Name:匿名石 2016/03/18-13:01:27 No:00002006[申告] |
謎の大迫力w
なんーか動いてる姿がよく想像できたw |
4 Re: Name:匿名石 2016/03/18-22:22:57 No:00002007[申告] |
あんなに一緒だあったのにい
って深夜だから全然夕暮れ関係ねえ |
5 Re: Name:匿名石 2016/03/19-00:13:44 No:00002011[申告] |
知る人ぞ知るパロディネタこそ実装スクの醍醐味
懐かしい気分にされつつも笑わせてもらいました GJです |
6 Re: Name:匿名石 2016/03/19-00:15:37 No:00002012[申告] |
※4
「See-Saw」という歌手の歌が元ネタなので |
7 Re: Name:匿名石 2019/07/06-03:50:38 No:00006052[申告] |
タンロンの容姿が脳内では烈海王になってたw |