ドドンパ、ゲロリ。
虐待派が愛用する製品だ。
シビレ、コロリ。
こちらは駆除派が愛用している。
そして、ネムリ。
これは観察派や実験派が愛用している。

さて、では愛護派が愛用するのは何か。
これもネムリである。

#===================================#
　　　　〜寝る仔を育てる〜
#===================================#


「デスゥ、ご主人様、子供達を起こしてほしいデス」
マンションで室内飼いされているミドリ。
飼い主はけっこうな愛護派で、不妊処置はしていなかった。
だから、ミドリも成体になると子供を欲しがった。
そして、飼い主の買って来た花の花粉で妊娠し、
先月健康な仔実装を生むことができたのだった。
今日は休日・土曜日、飼い主の敏明が日中家にいられる日。
そして仔実装とミドリがいっぱい遊べる日。
敏明がオコシスプレーを探している間、
ミドリは頬を紅葉させ耳をピクピクとさせながら、
仔実装ハウスの中でスヤスヤと眠るわが仔をじっと眺めていた。


『オコシスプレー』
ずばり、強力ネムリの中和剤である。
ドドンパに強力ドドンパがあるように、
ネムリにも強力ネムリがある。
この中和剤を使わなければ、死ぬまで眠り続ける。
これが強力ネムリの効果。
食いだめした健康な実装石は冬眠で冬をやり過ごせるように、
強力ネムリを使えば飼い実装を長期間休眠させることができる。
つまり、うるさい糞蟲であろうが普通の仔であろうが、
なんであろうが静かに大人しくできてしまう。
夜鳴きだの、パンコンだの、癇癪だの、
実装石を飼育する上での厄介ごとから逃れられるわけだ。


「デスゥ♪」
今日は敏明が長く一緒にいてくれる日なので、
けっこう大掛かりな遊びができる。
平日は会社帰りの敏明が家にいる1時間しか仔実装と触れ合えない。
食事とちょっとしたボール遊びやお絵かき、
敏明の手間がかからない遊びしかできない。
仔実装達がうるさいから仕方ないのだが、
平日の敏明はすぐにネムリを使う。
なので、ミドリの寂しい時間は長いのだった。
だが今日は敏明が長く一緒にいてくれる日なので、
室内用の滑り台やジャングルジムといった大きな玩具の準備をしてくれる。
「早く一緒に遊びたいデス」
ミドリが座り込んでいると敏明がやってくる。
ハウスの屋根を開くと、
敏明はふかふかベッドで寝ている五匹の仔実装をそっと取り出した。
そしてプシューとオコシスプレーを掛けると、
人形のように静かに寝ている仔実装達の体がぴくり。
目をパチパチとさせ、寝ぼけた顔でキョロキョロと辺りを見渡した。
「テチュ？　朝テチィ？」
「まぶしいテチ」
「おしりムズムズするテチュ」
五女がパンコンしそうなので、ミドリは五女をトイレに連れて急ぐ。
他の四匹も丸一日眠ったままでトイレに行っていないので、
敏明も四匹をトイレに連れて行く。
時間の差はあれど、仔実装達はやはり「ウンチ出るテチュ」と言い出した。
しかし、準備ができていたので全員無事にトイレを済ませられた。
「さぁ、ウンチしてすっきりしたらママと一緒に遊ぶデス。
　今日はご主人様がくれた新しい玩具もあるデスよ」



その日・土曜日、ミドリは仔実装達といっぱい遊んだ。
そして夕食後、敏明からの声がかかった。
「そろそろネンネの時間だぞ」
「デス……」
ミドリは仔実装達をカートに入れて敏明の下に連れてくる。
「テチュー、くすぐったいテチご主人様」
敏明も敏明なりに仔実装をかわいく思っているので、
ネムリを使う前に少しだけ仔実装を指でつついたりさすったりする。
五匹はカートの中のじたばたイゴイゴと押し合ってじゃれる。
そうして十分楽しんだ後、敏明はネムリスプレーを散布。
五匹は重なり合ってスヤスヤと眠りだした。
「お手伝いするデス」
ミドリは眠った仔達をハウスの中のベッドに寝かす。
かわいい寝顔の仔に布団を優しく掛けるこの時間もミドリは好きだった。
仔実装達が全員眠ると、次はミドリとご主人様だけの時間。
敏明がミドリ用に買って来たお菓子や玩具でミドリの反応を楽しむ時間。
「デスゥ……そろそろミドリも眠くなってきたデス」
ミドリは自分のベッドに戻って眠った。
この家ではいつも仔実装、ミドリ、敏明の順番で眠る。



ミドリは気づいていないのだが、ミドリもネムリを使われている。
遅効性ネムリだ。
今日は土曜日、明日は日曜。
明日は敏明だけが起きている。
ミドリがネムリの効果で眠っているのは日曜日丸一日と平日の朝昼。
日曜は敏明の自由日のために、平日は糞蟲化を防ぐために。


ミドリにネムリが使われる理由と、仔実装にネムリが使われる理由は大きく違う。
	ミドリ：糞蟲化を防ぐため
	仔実装：黙らせるため
この家の仔実装達はミドリの母性を満足させるためだけの存在。
産まれたときから可愛がるだけで全く躾をしていない。
だからトイレも一人でできないし、ご飯の「待て」もできない。
ネムリで食事と排泄の時間をコントロールしているから、
なんとか飼い実装としての体面を保てているだけだ。
一方で、ミドリはショップで購入した躾済みの高級実装。
普通に飼える実装石だ。
とはいえ、敏明は外出時間が長い。
その間に自由に過ごさせていると糞蟲化する可能性がある。
だから、ミドリもネムリを使われていた。


飼い主がいないフリーの時間にこそ飼い実装糞蟲化の機会がある。
「私にとってご主人ニンゲンってなんテチ？」
「お腹減ったらごはんくれるテチ、遊んでくれるテチ」
「なんでやさしくしてくれるテチ？　やっぱり私がかわいいからテチ？」
「何もしないでも尽くすのは奴隷というやつテチ？」
実装石がこういう考えをすると行動や表情に表れてくる。
そして、それがばれるとお仕置きを食らう。
痛みと罰でようやく実装石は考え間違いに気づく。
ただし、考え事をしていたことを覚えた場合に限り。
糞蟲化の兆候を見せた直後でなければお仕置きの効果は無い。
「ニンゲン＝奴隷」と思いついてから時間が経つと、
なぜその方程式を発見したかの過程は忘れて、結果だけが記憶に残る。
こうなると普通の躾では糞蟲化を避けられない。
では、これをどう避けるか？
	実装石が兆候を見せたら、即座に躾ければ良い。
	飼い主がずっと実装石につきっきりであれば良い。
	この飼育法なら公園の野良ですら飼える。
だが、問題がある。
つきっきりになどなれるわけがない。
人間はそこまで暇ではない。
だから、飼い主はネムリを使う。
飼い主が側にいられない時間はずっと眠らせておけば、
飼い実装はゆっくり考えごとをする暇が無いのだから。
そして、ローゼン社の強力ネムリは実装石に夢すら見せないという。



ちなみに、ミドリはかなり愛情深い個体なのでずっと仔を可愛がっているが、
出産当日からずっと上述したような子育てをしていると、
親は仔への関心が薄れて、仔を都合の良い玩具として扱うようになるという。
可愛がりたい時だけ起こして、終わったら眠らせる。
大掃除のときにミイラ仔実装の入ったダンボールを見つける愛護派の家庭も少なくない。
果たして一年後、ミドリは週に何回仔実装を起こしているだろうか？
いやむしろ、ミドリは起きているのだろうか？

---------------
ネグレクト、駄目、絶対
by 赤いサクブス