「デェェェ……」 天を仰いだまま、その実装石は短い呻きをあげた。 アパートの軒下、とある部屋の前。 夏の陽射しが色濃い影を作り出している。 炎天下。 地面に近いところで生活する実装石にとってアスファルトからの照り返しは深刻なダメージを与える。 そのため飼い実装はもとより、公園に住む野良の実装石でさえ真夏の日中は行動を控えるのが常だ。 それなのにこの実装石は全身汗だくで、むき出しの肌には赤い火膨れが出来始めている。 舌を出してデーデーと肩を上下させていた。その手にあるのはピンク色のコンペイトウ。 正面を見据えた実装石は右手を振り上げ、勢いをつけて降ろそうとするが力なく項垂れた。 (どういうことデスゥ……) 再び首を上に向ける。 そこには同属がいた。 使い古された洗濯機の上に申し訳程度の洗濯竿が掛けられている。 そこに仔実装がぶら下げられていた。 だらしなく口を開いたまま、濁った瞳は最早何も映していないことは明らかだ。 両手に穴をあけられ、ビニール紐を通してある。 服や髪は無事なものの、ところどころ破れた箇所は赤緑の染みがもれなくついていた。 実装除けである。 託児をした親実装や、その他の実装石に対して『この家は危険ですよ』と知らせる意味で託児された仔などを吊るすのだ。 初めのうちは『気色悪い』と方々から文句があったが、これを行った家にドアポスト託児が無くなるなど一定の効果が見られると、それなりに普及した。 店に行けば吊るし用の実装石が売られてたり、ダミーまであったりもする。 もちろんこの実装石が目の当たりにしているのは本物に相違ないのだが。 今、実装石の額からは暑さとは別の要因の汗が溢れている。 (もしかしてとんでもないことをしてしまったデス…?) 本能が逃げろと伝えてくる。出来るならばさっさと踵を返して立ち去りたいくらいだった。 「デスゥ……」 だが、実装石はそれをせず、改めてドアを叩いた。 実装石の手では大きな音を立てることは出来ないため、同時に声で呼ぶ。 「デェェェェッス!! デェェェェッス!!!」 ペチンペチンと叩く腕が赤く腫上がる頃、ようやく玄関からニンゲンの男が顔を出した。 実装石を眠そうに見下ろすその顔は、先ほど公園で見たものと一致する。 「デェス!!」 日陰とはいえ、夏の気温に焼けるコンクリートの通路に実装石は膝をつき、手をつき、額をつけた。 土下座である。 それに対して男が取った行動はドアを閉じることだった。 音に顔を上げた実装石は慌てて立ち上がると、 「デェェェェッス! デジャァァァァァ!!! デズァァッ!!」 色付きの涙を流し、両手でドアを叩き出す。 振りかざす手から血が飛び散ろうがお構いなしに、汗も涙も糞も周囲に撒き散らしながら吼える。 「デヂャァァァァァァァァッァァ!!! デスゥッ! …デェブベラッ!!」」 唐突に開いたドアの角が実装石の顔にめり込んだ。鼻血で軌跡を描きつつ後ろへ一回、二回と転がる。 途中でパンコンした下着から糞が漏れ、ただでさえ薄汚れた外見をさらに緑に染めた。 「何やってんだ…」 男は呆れ気味に呟いた。その手には実装石でも公園でよく見かける安価なリンガルが握られている。 どうやら一度それを取りに言ったようだった。 実装石は鼻から下を血まみれにしながらも、再び土下座。 『お願いしますデス! 仔を返してくださいデス!!』 リンガルを通して伝えられる実装石の訴えに男はこう返した。 「返してもいいけど、払えるのか?」 『これはお返しするデス…』 と、掲げられたコンペイトウ。男は実装石でも分かるように大きく首を横に振る。 「それは俺がお前に払った分だろ。買戻しが同じ対価で出来るわけ無いだろ」 『そんなぁ…後生デスゥ! そこを何とかお願いしますデスゥ!!』 ゴンゴンと音が出るくらいに地面に頭をぶつけて懇願する実装石に、男は溜息一つ。 「じゃあ、働くか?」 そう言って、実装石を玄関の奥へと招きいれた。 公園の一角、唯一日陰になるベンチに実装石の垣が出来ていた。 別に涼んでいると言うわけではない。それならば自分の巣に引っ込んでいた方がまだましだ。 では何故この暑さで群れているかというと、 「んーこいつは一個だな」 『デェ!? そんなこと無いデス!! うちの仔はもっと価値があるデェッス!!』 『そうテチュ! ワタチの魅力が分からないテチ? とんだ駄目奴隷ニンゲンテチ』 ベンチに腰掛けているのは男。そこからドーナツの穴のように距離をとって実装石達が囲っていた。 男の足元には親仔と見られる実装石が一組、デスデステチテチと男に向かって喚いていた。 「な? 一個でも十分だと思うぜ?」 『デー……仕方ないデス』 先ほどは仔の貴重性をアピールした親実装だったが、仔があっさりとぼろを出したので露骨にがっかりした顔で渋々承諾した。 男はそんな親実装にコンペイトウを一粒手渡してやる。 奪い取るようにコンペイトウを手にすると、周囲の目も憚らずに親実装は甘露の粒を頬張った。 『デェッス…アマアマで最高デッス!! ……仔が居てよかったデス』 『ヂュアァァァァァ!!? ニンゲン! ワタチにもアマアマ寄越すテチ!!』 「後でな」 騒ぐ仔実装をビニール袋に首だけ出るように入れて口を縛る。首を絞めない程度にして、持ってきたクーラーボックスへと仕舞う。 蓋をすれば仔実装の喚き声は気にならない程度。 「さぁ、次はいないか?」 ざわつく実装石達の群れからデッスデェッスと声があがる。 いくら大切な仔とはいってもコンペイトウと引き換えとなると話は別らしい。先ほどの親実装が美味そうに食べたのも効果的だったといえよう。 一匹、また一匹とコンペイトウや実装フードと引き換えに男の手に仔実装が渡っていく。 その中には小奇麗にした託児用の仔もいれば、自身の仔であるかすら怪しい禿裸の仔実装などが居た。 件の実装石も仔を差し出すうちの一匹だった。 不安そうに親の顔を見上げる仔実装の頭をそっと撫でる。 『ちゃんと飼ってくれるデスゥ?』 「ああ、買ってやるよ」 男はこの実装石との会話がずれているものと知りつつ、差し出された仔実装をベンチへ招き入れた。 「よう」 まずは挨拶。これで大体の値踏みをしているのである。 出来の良い賢い仔ならば『こんにちわテチ』など挨拶を返してくる。 『アマアマ欲しいテチ…ニンゲンさんアマアマくれるテチ? アマアマ! アマアマ!!』 いきなりの催促に男は乾いた笑いが出た。 テキパキと袋に詰めると歯を剥き出しにして威嚇までしてきた。 親実装にコンペイトウを一粒放ると、見事な糞蟲だと告げてやる。 『デスゥ……糞蟲なのは知ってるデス。でも、その仔は最後の仔なんデスゥ…』 どうやら他のマシな仔は望まぬ形で失ってしまったようだった。 一縷の希望に縋って今まで育てて続けてきたが、ここに来て未知の誘惑に負けてしまったのだろう。 男はそれをみっともないとは思わない。 賢い仔をあえて差し出して、多くの餌を得ようとする親が居るくらいだ、この親実装は実装石にしては情が深いと言えよう。 男の持ってきた二つのクーラーボックスがいっぱいになる頃には、ほぼほぼの実装石たちは仔を売って甘露の時を迎えていた。 くぐもった泣き声や、ママと叫ぶ声はとうに親実装たちには届いていない。 男が立ち去った後でもしばらくは間抜け面をさらした実装石たちを見て取れた。 ただ例の親実装だけはコンペイトウを胸に抱きしめ、『ごめんデスゥ、ごめんデスゥ』と呟いていた。 が、ふと顔を上げると一目散に駆け出す。仔の残した臭いが僅かだが感じられるうちに。 (待ってるデス! 今、ママが迎えに行くデスゥ!!) 親実装は決死の思いで公園を後にした。 そうしてやっと辿り着いた男の住処だったが、貰ったものを返すだけでは仔は帰ってこないという。 親実装は混乱する頭のまま、男に言われるがままに部屋に足を踏み入れた。 狭い玄関に短い廊下。その奥にあるリビングからテチテチテチャテチャと騒がしい声がしている。 『デェ!? ママデッス! ママが来たデェッス!!』 どてどてと部屋に飛び込んだ親実装はあまりの光景に目を見開いたまま固まった。 禿裸になった仔達が十匹近く、総排泄口にペットボトルの口を突っ込まれて並んでいた。 串刺しとなった仔実装たちは必死の形相で両手を振り回し暴れるものの、自らひりだした糞が重石となってペットボトルに溜まっている為、徒労に終わっている。 他の仔実装たちは開いたクーラーボックスの中でいまだにビニール袋に包まれたまま、これから自分の身に降りかかることを知って嘆いている。 『ど…どういうことデスァァァァァァァ!!』 勢いで振り返った親実装の声に、仔実装たちはそれが実の親かどうか関係なく、一斉にママママと叫び始めた。 『ママァー! 助けてテチィ! おまたイタイイタイテチィ…』 『ワタチの髪が…服が…お前のせいテチィ! さっさと助けるテヂャァ!!』 『よかったテチ…イモチャ、ママが来てくれたテチ』 『はげはだかはいやテチ…はげはだかはいやテチ………テチ………テチ………テ』 涙と涎まみれの顔で見上げられた男は親実装の頭巾をぽんぽんと叩き、 「手伝うんなら、報酬としてガキを返してやってもいいぞ」 『……何の手伝いデス?』 「まぁ子守役とか雑用とか、な」 男はクーラーボックスの前に座ると、中から一匹を取り出した。 ビニール袋に大量の糞をした仔実装はがたがたと震えながらも、『テッチュ〜ン』と媚びた。 精一杯のアピールだが、それを意に介することなく男はリズミカルに髪を引き抜く。 『テァァァァァァァァッァァ!!?』 仔実装の首を押さえながら袋の口を解くと、取り出す際に親指で引っ掛けるようにして服を剥いだ。 そのまま手元に置いてあったペットボトルを捻じ込む。 『テヒッ!? ヒッ……ヂャァァ…ママァ』 だらしなく舌が飛び出た仔実装が金魚のようにパクパクと口を動かしている。 その口に、男はコンペイトウ様の何かを突っ込んだ。 途端に『チュッフ〜ン』と幸せそうな笑みを浮かべる仔実装だったが、直ぐに顔を青くして腹を押さえるように前かがみになる。 『デヂィ……ギィィィィィィィ…ぽんぽんイダイデヂ…』 仔実装に食わせたのは弱性のドドンパだ。いくら仔実装といえどこれだけの数が揃って糞を漏らせば結構な量になる。 予め糞抜きはしておいた方がいいというのが男の考えだ。 歯を食いしばり脂汗を垂らしながら懸命に耐えようとする仔実装。 しかし、肝心の総排泄口を無理矢理開かれているため、物凄い勢いで糞が噴出す。 『テチャァァァァァァッァァアァァァ!? 勝手にウンコ出るテチィィ!?』 ポカンと口を開けたままその光景を眺めていた親実装に対して、男は振り向いて言う。 「な、簡単だろ? とりあえず残った奴ら半分やってくれや」 『デ、デ、デ…デシャァァッァァ!! 馬鹿にするなデェッス!! そんな外道な真似できるわけ無いデス!!』 もちろん平気でやる実装石もいるが、そんな奴にやらせても面白味は無い。 これはこの親実装に対するある種の虐待でもあるのだ。 「じゃあ帰れ」 男はにべも無く親実装の襟首を掴むと玄関まで引き摺って行く。 手足を出鱈目にバタつかせて暴れる親実装。首が絞まって何か言いたくても言えないようだ。 男の手によって外へ、文字通り放り投げられた親実装は地面を二転三転するとうつ伏せに止まった。 「さぁって続き続き」 男が部屋に戻ると仔実装たちの悲鳴が重奏する。せっかく助けに来てくれたはずのママがいなくなってしまったからだ。 既に禿裸となったものにも、これから禿裸になるものにも既に目が濁っている個体がいる。 まだ死んではいないだろうが、いずれ死ぬだろうし死んだとしても問題は無い。 仔実装の処理を男は再開する。髪を抜き服を剥ぎ、お決まりの文言で悶える仔実装をペットボトルに刺しかけて、 『デェェェェェェェッス!! 開けるデスゥゥゥゥ!!』 くぐもった声が玄関から響いてくる。 男は溜息を吐き、仔実装とペットボトル片手に玄関を開けた。 「うるせぇ!」 『お願いデス、仔を返して欲しいデ……ス? …ヂャァァァァッァア!?』 言葉の途中で不自然に騒ぎ立てる親実装を不審に思う男だったが、手の中の仔実装が目を大きく見開いているのに気付く。 「ああ、もしかして」 『わだじのごデスゥ…じどいデズゥ……どうじで、どうじでごんだじどいごとずるデズゥァァッァァァァ……』 『マ…マァ…お服無いテチ……髪もなくなったテチ、おまたもイタイテチ……助けテチ…ママァ』 先ほどまで元気の無かった仔実装だが実の母親と会えたことで僅かに元気が戻ってきたようだ。 その仔実装の口に男はドドンパを含ませる。 『何するデェェェェッス!?』 「糞抜き」 『テッチュ〜ン! アマアマテチュ〜……イィィィィィィ…ぽんぽんイダイデヂィィィィヂュァァァァッァァッァァァァ!!』 豪放な音を立ててペットボトルの中に糞をひりだしていく仔実装。 「相変わらずワンパターンな反応だな。で、何か様か?」 『…仔を…』静かに震えていた親実装だったが唇を噛み締めた表情で男に向かって突進する。『返すデスゥ!! もとの可愛いワタシの仔を返すデスァァァァ!!』 力ない攻撃は男に何の痛痒も与えられない。 脱糞の疲労で仔実装はテヒーテヒーと浅い呼吸を繰り返している。 『返せデスゥー! ワタシの仔を…返してくださいデスゥ……お願いしますデス…お願いしますデス』 がっくりと地面に手をつきただただ憎いはずの男に頭を下げる親実装。 男は少し迷って、 「さっきも言ったけど俺の手伝いするなら返してやるぞ」 『デェッス…どうせ禿裸デス……返すならもっと早く返すデス…デック……デック』 蹴り飛ばしたい欲求を何とか堪えた男は、ポンと仔実装をペットボトルから引き抜いて親に渡してやる。 「最後まで頑張れば髪も服も元通りにしてやらんことも無い」 『本当デズゥ!?』 鬼気迫る勢いで男に縋りつく親実装の剣幕に何とか押されまいと、男は踏ん張る。 親実装の顔は色んな体液でグズグズになっているものの、仔を取り戻せる可能性に目は輝いている。 「頑張れればな」 男は再び親実装を招き入れた。 親実装は眠れずにいた。 無機質で湿った空気の浴室で涙を流して蹲っている。 とりあえず一日の仕事を終えた親実装に宛がわれたスペースが浴室だった。 (なんであんな酷いことをさせるデス…) 親実装の耳は数多の仔実装たちの嬉しそうな声が怨嗟に変わるのを聞いた。 あれから親実装は男のやっていた作業をやらされた。 仔実装達の髪を毟り、服を剥いで、ペットボトルへ突き刺し、糞抜きをする。 その感触がいまだに手にこびり付いていた。 作業のために抱き上げた仔実装は例外なく、親実装のことをママと呼んだ。 最早実の親かどうかなど関係なかったのだろう、唯一縋れる存在をママして庇護を得る、それが実装石の生きるための術なのだ。 心が痛まないかといえば嘘になるが、ペットボトルの上で泣きながら助けを請う実の仔を見てしまってはどうにもならない。 『ママ! ママ! 助けてくれたテチ!? ありがとうテチ。ワタチいい仔になるテチ。だから捨てないで欲しいテチ」 訴えてくる仔実装をニンゲンの指示するままに髪を引きちぎり、 『テギィィアァァァァァ!! 何するテチャァァァァ!!』 服を破りながらでも奪い取り、 『テッテッテ…テヒャァァァ!! 返すテチ! お服返すテチィ!! 返しテヂャァァァッァァッァァッァ!! お服ぅぅぅぅぅぅ!』 ペットボトルへ突き刺して、 『やめるテヂィィィィィ!! お前なんかママでも何でもないテチャァァァッ! くそむしテチ! くそむ…イビィィィィァァァァアァアッ!!』 ドドンパを食わせた。 『テヒッ…テヒッ……テェ、アマアマテチィ…やっぱりママは優しいテッチュ〜ン! お願いテチ、助けて欲し…ウゴォォォォォォお腹イダイ…何しやがったテギィィァァァ!!』 三匹ほど同じことを繰り返すと仔実装達もこの実装石は危害を加えるものだと認識して激しく抵抗するようになった。 抵抗といってもビニール袋に包まれた仔実装に手出しが出来るわけも無く、罵詈雑言を投げつけ歯をむいて威嚇をするのが関の山だ。 親実装は泣きながら仔実装たちを処理していった。 意味もなく仔達の将来を奪う行為に、浴びせられる言葉に心を抉られ。 せめて優しい言葉を掛けたかったのだが、男が仔実装に話しかけることを禁じたため、ただ泣くしかできなかったのだ。 男はそれを満足そうに眺めていた。 全ての仔実装の糞抜きが済む頃にはテチャテチャと煩かった室内には弱弱しい声が幾分重なるだけとなる。 『終わったデス…』 「ん。まぁまぁだな」 そう言うと男は親実装を浴室へと案内し、今日はここで一晩過ごせと告げた。 まだ日も高い頃合であったが、これ以上はすることがないという。 『デェ…出来れば仔の傍に居てやりたいデスゥ』 恐る恐る申し出るも、黙って首を振って否定された。 それからゴミ袋と一食分の実装フードを男から与えられた。 「糞はその中にしろ。飯は明日の朝までそれだけだ。水はそのレバーを押せばいい。身体を洗いたければ呼べ、五分だけ時間をくれてやる」 『デスッ!?』 親実装は男の言葉に驚愕を覚えた。 仔実装達があんな目にあったのだ、てっきり自分も同等かそれ以上の扱いを受けると思い込んでいたからだ。 その理由をしどろもどろに問うと、 「ん? そっちの方がいいのか?」 『そそそそそそそんなことないデスッ!!』 千切れんばかりに首を振って否定する。 「まぁ、一応な」男はタバコに火をつける。「めんどくさい雑用は任せるからな。雇用関係って奴だ」 『……飼われるとは別デスゥ?』 親実装は如何に仔を想い、慎重を期していようとも所詮は実装石であることに変わりはない。 直接的に飼い実装になったと喜びこそしないものの、もしかしてと淡い期待を抱くことはあるのだ。 それでもまだ『飼ってくれるんデスゥ?』と肯定的な問いで無かっただけましと言えよう。 だが、男はそんな態度でも気に食わなかった。 親実装の頭に手を置くと軽く下を向かせる。 撫でてもらえるのかと勘違いする親実装だが、先の幸せな期待がある以上しょうがないことだろう。 「寝言は糞蟲やめてから言え」 男の咥えていたタバコが、親実装の額に押し付けられた。 『デ!? イギギギギギギギギァァァァッァァッァッァァァァア!』 感じたのは熱さではなく痛み。 ほんの小さな火傷だが、実装石には治癒できない類だけあって途方もない痛みのようだ。 『イダイデズ! イダイ…イダイデェッズ! 何でデズ!? 何したデズゥゥゥゥ!!?』 男がしっかりと頭を掴んでいるせいで転がりまわることも出来ず、ただ手足を振り回し脱糞する。 既に下着からは糞が漏れ、異臭が漂い始めている。 「いいか」既に火の消えたタバコを火傷跡に押し付けながら男は言う。「俺はそういう冗談は嫌いだ。気をつけろよ」 『も、申し訳ございませんデスゥ…』 自分は何も変なことは言っていないと親実装は思っていたが、これ以上酷い目にあいたくはなかったので素直に謝った。 それから汚れた下着を洗いたいと早速申し出て、短い時間であったがそこそこ綺麗にする。 男が去って、ほっと一安心すると途端に頭の火傷がうずきだす。 『イダイデスゥ…』 デスンデスンと泣きながらレバーを倒してちょろちょろと水を出す。 本当なら全身浴びる勢いで痛みを和らげたいが、先ほど水浴びは終わりといわれたばかり。 流石に直ぐに約束を破って痛い目を見るのはこりごりと、細い水を頭巾に染みこませて目深に被ることで何とか対処する。 痛みが落ち着けば腹も空く。 『…これが……フード…初めて見たデス…』 一粒手に取り、しげしげと眺めて匂いを嗅ぎ、半分だけ齧った。 途端に口の中に広がる味と香りに親実装はうっとりとパンコンした。 今まで公園で食べてきたものが本当に食料だったのかと疑うくらいに何のエグさも酸味も苦味も無い。 ただただ優しい味があるだけ。 夢想から帰ってきた親実装は股間の不快感も気にせずに今度は両手で一心不乱にフードをかき込む。 『美味いデスゥ! 美味いデェッス!! こんなの食ったこと無いデス! お前も食うデスッ!!』 と一欠けを横に差し出し、気付く。 ここに仔はいないのだと。 『そう…だったデス……』 急に食欲を削がれたようにバスタブに背中を預けて項垂れた。 今頃仔はどうしているだろうか、ちゃんと同じようにご飯をもらえているだろうか。 『フフ…こんなの食べたこと無いから興奮してる筈デス…』 泣けてきた。 絶対にそんなことは無い。そんなことをするぐらいならあんな酷いことはしない。 『……ごめんデス…』 それはうっかりニンゲンに仔を捧げてしまった事への悔恨か、はたまた自分一匹美味しいものを食べてるという後ろめたさか。 風呂場の角にある瓶に目をやる。 中にあるのは一粒のコンペイトウ。親実装が返そうとしたものだ。 だが、男は受け取らなかった。 「一度やったもんだからな。それはとっとけ。ガキはお前がちゃんと仕事を終えたら返してやるからそん時にでもくれてやれ」 実装石は男のことが分からなくなっていた。 表情一つ変えず残酷なことをするかと思えば、妙に優しいときもある。 いいニンゲンなのか、悪いニンゲンなのか。 親実装の中では男の評価は揺らいでいた。 もちろん悪い人間であるが。 男は知っていた。実装石はたとえそれが僅かな望みだとしても自分に都合のいいことを信じる存在だと。 少しだけ優しい種をまく。それがどれほど実装石たちを悲惨な道へ進ませるかを分かって。 その証拠に、親実装ががつがつと餌を頬張っていた頃、仔実装たちは窓辺に背中を向けて二列で並べられていた。 ペットボトルは刺さったままで身動きは取れない。 いくら空調が効いているとはいえ、日向は暑いほどだ。 それが禿裸の仔実装に降りかかるとあれば尚更だ。 『…ミ……ズ…』 『イダイテチ…背中ヒリヒリするテチ…』 『ゲプ…ゲゴォ……』 日射病になり、空っぽの内容物を吐こうとするものまでいた。 男は適度に(仔実装が死なない程度に)霧吹きで水をかけるだけ。 日が落ちるまで男は仔実装達の呻きを楽しんでいた。 翌朝、目が覚めた親実装に最初に与えられたのは仔実装達の移動だった。 「ペットボトルから抜いたら、糞を拭いて五匹ずつくらいこいつに入れろ」 男が差し出してきたのは妙に平べったい金網の檻。 『こ…これに入れるデス?』 「そうだ」 『デェ…』 親実装は自分の目を疑った。 男が差し出した檻はどう見積もっても仔実装が這いつくばってやっと入れるサイズ。 奥行きや幅も今のサイズの仔実装ならばある程度這い回れるものの、もう少し大きくなってしまえば横になってもきつくなりそうだ。 「どうした?」 『…入れる仔は決まっているデス?』 「それは好きにしろ」 『分かりましたデス』 親実装が窓辺に向かうと仔実装たちは弱弱しく顔を上げ、鳴いた。 『テェー』 言葉ですらない訴え。 親実装は与えられた新聞紙の上に檻を置くと、素早く自分の仔を見つけて真っ先に取り上げた。 ペットボトルを抜く際にねじ回し構造になっている部分が内臓を引っかき、仔実装は呻き声をあげるが、楽になったのかうっすらと目を開けて、 『マ…マァ、やっと…来てくれた……テチ』 必死に笑いかけてきた。 親実装はやはり話しかけることは禁じられていたため、そっと撫でるだけにとどめる。 与えられたウェットティッシュで尻を拭き上げ、檻に入れる。 檻は長方形となっている一辺の三分の一ほどが開くようになっていて、鍵は上部にフック式で引っ掛けるように出来ていた。 自然と四つん這いとなる仔実装達にはどうやっても外せない位置だ。 『ママァ!』 せっかく抱き上げてくれたというのに狭いところに押し込められた仔実装は懸命に母を呼ぶ。 が、親実装は檻に背を向け、次の仔を手に取っていた。 『テヂュゥゥゥゥゥ! マァマァ!!』 目の前の金網を掴んで膝立ちでゆする。 擦れた脚に血が滲むのも構わずに、こっちを向いてとアピール。 と、親実装が肩越しに振り向いた。 『ママァ! 抱っこし…』 『煩いデス。黙るデス』 『…テ』 素っ気無い態度。仔実装は綺麗になった尻から緑色の汁を漏らした。 (ごめんなさいデスゥ…) 親実装は必死に表情に出ないように、心で仔実装に謝罪する。 昨日の今日でどの仔が自分の仔かはニンゲンは分からなくなっているはずだった。 それならば狙って酷いことをされないように出来るだけみんな平等に接しようと決めたのだ。 「これが、残りの檻だ。どんどん上に重ねていけ」 男が仔実装の入っている檻に空の檻を積んでいく。 『はいデス』 そうこうしている内に三匹目を処理し終えた。 「じゃあ俺は今から風呂に入ってくる。が、変な気は起こすなよ。ちゃんとカメラで撮ってるからな」 男が指し示す先に目を向けると、確かに丸い機械の目が親実装たちを睨んでいた。 デジカメという言葉は知らないが、飼い実装が公園であの中に写っていたことを親実装は何となく覚えていた。 『……やることはやるデス』 下手なことはしない方がいい。親実装はただ無事に仔と帰ることだけを願っていた。 仔実装の入ったケージは縦に三つ積まれた列が二つ、計六つとなった。 今仔実装たちは皆、ケージの奥で丸くなって震えている。 入れられた直後は助けを求めてテチテチャ騒いでいたのだが、 「うるせえ!」 男がケージの一つを派手に蹴飛ばしてからはこの有様だ。 手荒い一撃を受けたケージには仔実装が四匹入っており、直接的な打撃は受けなかったものの落下と転倒の衝撃で二匹が脚を、一匹が右手を折っていた。 残る一匹は他の三匹にのしかかられる形となり下半身を潰していた。 そのケージは今は最上段に乗せられている。 親実装はその中に自分の仔が居なかったことに安堵し、同時にそれを悟られまいと必死に取り繕う。 かくして男の脅威を身に染みて思い出した仔実装たちはただ恐怖に慄き、糞を漏らすことしか出来なかった。 「さて、お前の仕事だが」 男は仔実装たちを放っておいて、親実装を隣の部屋に案内する。 一度廊下に出て、風呂場とは逆の扉を開けるとそこは薄暗く、なぜか果物のような臭いがした。 芳香剤の臭いが充満しているのだ。 仮に犬などであればその中に混じる僅かな生臭さを感じ取ったかもしれない。 『デ…なんか美味しそ……デズァ!!?』 男に続いて部屋に踏み入った親実装はまず、臭いに気をとられ、次いで目に入ったもののギャップに思わず大声を上げた。 部屋は六畳ほど、入口から左奥へ向かって長方形として広がっている。 その長方形の真ん中を仕切れるようにカーテンが引いてあり、いまはそれが解放されて一つの大きな部屋となっていた。 左手奥、漆喰の壁に寄りかかるようにして一匹の実装石らしきものがいた。 らしきというのはそれがパッと見生き物のように思えなかったからだ。 髪や服どころの問題ではない。良く見れば四肢は無く、丁寧に傷跡が焼き潰されている。 胴体も赤と緑の何か、おそらく血と糞がこびり付き生白い実装石の地肌は見えない。 身体からはいくつもの鉄が生えていた。ナイフやフォーク。親実装が直ぐには数え切れないほど。 『ェ…ゥゥゥゥ』 耳を欹てればかすかに声とも息とも判別つかない音が聞こえる。 喉に食い込むほどきつく鎖が巻かれていて、それで身体を固定しているのだ。 「よう」 男の声にその実装石は目線を這わせることで応えた。 僅かに持ち上げた顔には幾本もの引き攣った焼け跡が走っている。 「こいつはほら、玄関につるしてあるガキの親だよ。俺に生意気な口を利いたからな、お仕置きしてるんだ」 親実装は絶句する。 男が楽しそうに話しているのもそうだが、目の前の惨状はたとえ仲間内でもありえないほど惨たらしい。 「そうそう、お前の仕事だがまず、ここにガキ共を運び入れるんだ」 『デ…ス』 とりあえず頷く。 「ここでガキ共の世話をしろ。糞の始末や餌やりがお前の仕事だ。もちろん話しかけるのはなしな」 『デス』 それは仔実装たちを檻に詰めているときから想像出来た内容だ。 『質問デス』 「言ってみろ」 『もし…仔共たちで喧嘩した場合はどうすれば良いデス?』 話しかけられないのなら所謂躾はできない。そうすると糞蟲な個体は付け上がり弱者をいたぶる。 それが実装石というものだ。 「食え」 『デス!?』 「中途半端に生かしとくと面倒だからな。くれぐれも何もしてない奴は食うなよ?」 『デー…別のお部屋に分けるだけでは駄目デスゥ?』 「そんな余裕は無い」 男はにべも無く部屋の中央のカーテンに手を伸ばす。 「それからそこの糞蟲の世話もしろ。一日一回糞を掬って口に入れてやれば良い。こいつには殺さなければ何しても構わん」 『……デス』 そして男はカーテンを閉め切ると部屋を出て行った。仔実装達には男から説明するとのこと。 親実装は薄暗い部屋に佇んでそれを待つ。 カーテンに思わず目がいく。 その向こうはいつかの自分かもしれないと思いながら。 ケージは横一列に並べられた。重ねた方が収納性はよいのだが、上の仔実装の糞で下の仔実装達が汚れてしまうからだ。 カーテンとは反対側の壁際にはスチールラックが高さ二十センチほどに拵えられ、そこにケージを置く。 糞受けをその下に置けば親実装の掃除は簡単になる。 餌については、親実装の要望により一組ずつケージから出して、ダンボールの中で食べさせる方法がとられた。 最初、男は時間が掛かるだろうと餌皿をケージに入れる方法を薦めたのだが、 『その間に掃除をするデス。糞を垂れ流されたら掃除も難しいデス。それに少し気分転換も必要だと思うデス…』 親実装の本心はその隙にいくらかでも仔実装とスキンシップをとりたいというものだ。 話している間中、ちらちらと特定のケージに目線を走らせる親実装の態度から男もそれを感じていた。 分かっていながら男は許可を出した。 親代わりの実装石により与えられる解放感のある時間はまさしくこの環境の中で「上げ」になりえるからだ。 また、優しいと思っていた親に裏切られるのも相当に来るものがあるだろうとの考えもあった。 『あ、ありがとうございますデスゥ』 男が安易に承諾したことに内心の動揺を隠せぬまま親実装は深く頭を下げる。 その間、仔実装たちは見知らぬ部屋に連れられてきた恐怖と好奇心、そして酷いことをした男と親実装への敵意を膨らませていった。 男が部屋を去り、一人になったところで親実装がケージを振り返ると、 『テヂャッァァァァァァァッ!!』 『ゴメンナサイテチ! ゴメンナサイテチ!』 『出すテチ! アマアマとステーキを持ってくるテチ!!』 『お服もテチ! ぴかぴかのドレスじゃないと駄目テチ!!』 一部ケージ前部の金網に掴みかかるようにして怒声を放つ仔実装はいるものの、大半はなるべく親実装から離れようと隅で重なって丸くなっていた。 気になっていた実の仔は餌を寄越せと喚く仔実装の隣で、何を叫ぶでもなくじっと親実装を見つめていた。 その視線を感じつつ、親実装は早速掃除と餌の準備を始めた。 全てのケージを掃除し終わるのに一時間を少しオーバーした。 親実装の額にはじんわりと汗が滲んでいる。 餌は一ケージごとに仔実装をダンボールへと運び、自由に取らせた。 最初の一組は親実装に捕まるまいと必死の抵抗を示したものの、餌にありつき、 『ウマウマテチュ〜!』 『ご飯! ご飯テチ! いっぱいあるテチ!! アマアマテチ!!』 『今まで食べたご飯の中で一番美味しいテチ…』 『こんなにご飯あるテチ…イモチャやママにも食べさせたいテチ……』 『これがもしやステーキテチ!? 最高テチ!!』 幸せそうな声を上げると、それを聞いた次ケージからは我先にと親実装へ身を預けてきた。 後半の組は待たされ、焦らされる事に耐え切れず、 『いつまで待たせるテチィ!! 可愛いワタチがおなかすかせてるテチ!! さっさとするテチ!』 大声で騒いだが、糞取り用に与えられたスコップでケージを叩くと大人しくなった。 親実装は語りかけられないことの不便さを痛感していた。 今は仔実装たちは狭いながらも器用にお互いの陣地を作って眠りこけている。 昨晩はペットボトルに串刺しにされていたので満足に眠れなかったのもあるだろう。 またそのせいで背中が赤くなっており、水膨れが出来ているものもいたため、全員うつ伏せの姿勢である。 ほっとしたのも束の間、今度はカーテンの向うへと親実装は脚を踏み入れた。 傷だらけの達磨実装は目だけで親実装を威嚇する。 その眼力に一瞬躊躇はするものの、男の言いつけを守らなくてはと親実装は近づいた。 達磨実装は殆ど壁に密着するかのように鎖で括りつけられており、身体の下に敷いてあるブルーシートに糞を垂れ流している。 親実装は溜まった糞をスコップで掬い、男から渡された緑色の布きれに載せていく。 それを見た達磨実装はこれまでに無いほど激しく身体をゆすり、暴れる。 『フェェェェェッェェフ! ェェェォォォォッ!』 理由はわかるこれは達磨実装の服だ。 男は髪を引き抜き、服を奪いはしたものの捨てなかったらしい。 ずっと糞掃除用に使っているとのことだった。 (こんな奴にも服はあるデス…うちの仔にはもう無いデス……) 淡々と糞を達磨実装の服に乗せ、持ち上げると、 『さぁご飯デス』 叫ぶ口に注ぎ込んだ。そのまま服も押し込んで栓にする。 涙を流してもがく達磨実装にそれ以上構うことはせず、親実装は部屋を後にした。 仕事はまだ残っているのだ。 仔実装達の食事の準備も親実装の仕事だった。 ボウルに先ほどの仔実装たちの糞と少しの蜂蜜、それと醤油を少々入れてこねるだけ。 ペースト状のそれは今日の仔実装達の反応からすれば好評だったようだ。 『…デス』 とりあえず出来たので、次は餌皿を洗おうとした時だった。 「ちょっと来い」 『…デス』 男に呼ばれ渋々とついて行く。そこは仔実装達の部屋だ。 仔実装達は今朝まで続いた拷問ともいえる所業の傷と疲れを癒そうと、深い眠りの中に居た。 男は手前のケージを開けると、まだ眠っている一匹を起こさないようにそっと取り出す。 そしてその脚に一本の輪ゴムを折りたたんで四重になったものを巻きつけた。 俗にウレタンボディと形容される実装石の、それもとりわけ脆い仔実装の脚はキツイ締め付けにあい見る見るうちに鬱血していく。 両足に輪ゴムを嵌めると先の一本は既に紫色を呈していた。 仔実装はそれでも目覚めず、けれど脚に違和感はあるのだろう必死に掻こうともがく。 そんな仔実装を男はケージに戻し、また一匹を取り出して同じことをする。 『何をしているデス?』 「ん? 身体の一部を腐らせて見ようと思ってな」 そういって三匹目を手に取ると今度は右手と左足を壊死に導く。 『…何のためにデスゥ』 「何のためにこのガキ共を買ったと思う?」 逆に問い返され親実装は口篭る。 最初は飼われるものとばかり思っていた。 けれどこれまでの男の仕打ちを見ていると、虐待をするための布石か、これが虐待そのものなのだろう。 それがわかるからこそ親実装はますます仔を預けた自分を恨んでしまってならない。 『……楽しいデス?』 「どうかな。それはこの仔蟲の反応次第かな」 そういって四匹目の耳に更にきつめに輪ゴムを巻いていく。 淡々と男は仔実装達の手足を奪う作業を続ける。 そして半分ほど終わり、ある仔実装に手をかけたとき、 『待ってくださいデェス!!』 突然大きな声を出して親実装が男の手にしがみ付く。 「こいつがお前のガキか」 『デス! デス! 勘弁してくださいデス! 頑張るデスから無事に帰してくださいデスゥゥ!!』 涙を流して請う親実装に、男は頷いた。 その笑みに親実装は安堵の表情を浮かべる。 「駄目」 仔実装の脚が根本から千切られた。 『デスゥァァァッァァァァァァ!?』 『…ギッ…ヂュアァァァァァァァァァアッァァアアッァァァ!!』 親実装の悲鳴と痛みに目覚めた仔実装の悲鳴が重なる。 「口答えすんな。最後にはちゃんと元通りにしてやるから、黙ってみてろ」 続けて左耳を力任せに引きちぎった。 またも響く大絶叫。 これには寝ていた仔実装達も跳ね起きる。 そして、 『煩いテ…テ? おてて動かないテチ?』 『あんよ…あんよが変になってるテチィィ!!』 そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。 イタイイタイと訴える仔実装。 それを見てがたがたと震える無事な仔実装。 男に捕らえられ目の前で四肢が死んでいく様を見せ付けられる仔実装。 逃げようと躍起になってケージの端に殺到し、仲間に執拗に踏みつけられる形となって二匹が死んだ。 部屋は泣き叫ぶ声と垂れ流される糞の臭いでいっぱいだ。 「おう、いつまでもガキ抱いてないで、この糞を始末しろよ」 『…分かったデス……』 痛みに糞を漏らしながら悶える仔をダンボールの中に収め、親実装は掃除道具を手に取った。 翌日は腐り落ちた四肢を片付けることと、満足に動くことが出来ない仔実装達への給仕で手一杯となった。 餌は浅めの皿に盛ったペースト状のものだが、上手く食べるには手で掬うか、膝と手をつき犬食いをする他ない。 その為、手の無い個体には親実装が一匹ずつ餌を食べさせる必要があった。 また、両足が無い場合も皿によじ登ることが困難なため、同様だ。 痛みとショックで三匹ほど死んでいたものの、まだ結構な数が残っており、朝の給仕を終えたときにはもう夕方の準備をする頃合。 『デェ…ご飯を食べる暇も無いデスゥ……』 手足を失ったショックや、再生に体力を奪われた仔実装達が何とか自主的に動き出すまで三日ほど時間を要した。 親実装はなかなか眠れず、疲れた顔をしているものの、野良の頃よりは環境もよいし餌も栄養があるため耐えられる。 この三日間は男は一切親実装達に触れようとしなかった。 まるで何かを待っているみたいに、「具合はどうだ」と問いかける程度。 それに気を緩めたのか、両足が無事の仔実装が餌の時間に他の不自由な個体を虐げ始めた。 『おまえらのせいテチュ!! このブサイク! くそむし! 死ぬが良いテチ!!』 片手片足が無い仔実装は最初は座って何とか攻防していたものの、ちょこまかと動く相手には抗しきれず、 『やめるテチ! イタイテチ! イタイテチィ!! ワタチ何も悪くテベェッ!! ヒブゥッ! ゴ…ゴメンナサイテチ…ゴメンナサイテチ……』 背を向けて蹲り、ひたすらに謝り続けた。 親実装はそれをじと目で睨みつける。腕の中には実の仔が美味しそうに親実装の手についた餌を舐めしゃぶっている。 仔実装が満足して、ようやく親実装は仔をダンボール内のタオルへ横たえると重い腰を上げた。 一方的な暴力はいまだ続いており、攻撃を受けている仔実装の声は小さく、聞き取りづらくなっていた。 『いい気味テチ! 無様テチ!! ワタチの手によって死ねることをこうえいに思うテチ!!』 この部屋に来て初めて感じる愉悦に恍惚状態の仔実装の首根っこを、親実装はむんずと捕まえて宙へと誘う。 急に身体が浮いたことに加害者の仔実装は驚くが、それが親実装の手によるものだと分かると途端に気勢を取り戻す。 『テチャァァァ!! 何するテチ!! さっさと離すテチ! まだワタチはお仕置きの途中テチャァァァ!!!』 『…』 親実装は何も言わず素直に仔実装を解放する。 ただし、最も高く掲げた位置から。 仔実装は声をあげる間もなく、床に脚から着地する。水音とともに股関節から下が潰れていた。 『イギャァッァァッァァ!!? あんよがぁぁぁ! おててだけじゃないテチィ!! あんよもイタイテ…ヂュ』 『煩いデス』 叫ぶ仔実装の顔を親実装は一思いに踏み潰した。 瞬間、部屋の中は静まり返る。周りの仔実装達の視線が親実装に集まってるのを感じていた。 やれやれと、親実装は潰れた仔実装を拾い上げ、無造作に腹にかぶりついた。 『いまいちデス』 男の言いつけを守っただけのことだった。 頼りになるはずの、優しいはずの親実装の(仔実装達にとっては)突然の豹変に、仔実装達は声にならない叫びをあげる。 以前のようにケージの隅で必死に逃げようと金網を齧るものも出てきた。 せっかく掃除したというのに、早速糞塗れになったことに親実装は溜息にも似た吐息を漏らす。 『…デスゥ』 実の仔は大きく目を見開いて親実装を見つめていた。 信じられない、といった感じだ。 歩み寄ろうとして、やめる。 仔実装も親実装を怖いと思うだろうが、親実装も怖かったのだ。実の仔に拒絶されるのが。 ケージの列に背を向けた親実装はそのままカーテンの下をほんの少し持ち上げて、身を低くしてくぐった。 『フェ……ゥゥゥゥ』 ブルーシートに転がるようにして達磨の実装石は親実装を見ていた。 親実装は黙って近づくと、 『フェゥゥゥッ!! フィッ…ゥゥェェェ!』 達磨実装が身を捩る。逃げようとしているのだ。 だが、四肢も無い衰弱した実装石に何が出来るわけでもない。 『デズゥアッ!!』 親実装はその腹部に向けて全力で蹴りを放った。 傷だらけで化膿した皮膚が破け、ぶちゅりと黄色とも緑ともつかない汁が飛び出る。 『デスッ! デスッ!! デスゥ!!』 『フェゥッ…フィグァ……ゥゥゥゥ』 二度三度と蹴り続ければ容易に腹に穴が開く。 しかしそれでも殆ど血は出ない。全身が紫に近い色をしているのは、達磨実装に通う血が圧倒的に不足していることを物語る。 『…デハァ…デハァ……』 肩で息をする頃になると、達磨実装はわき腹の肉が九割がた消失していた。 親実装は傷口に唾を吐きかけると、先ほどの暴行でもらしてしまった分の糞も含めてシートに広がる汚物を集めて、達磨の口に流し込んだ。 気道に入ろうが、吐き戻そうがお構いなしに詰め込んでいく。 やがて目をむいて痙攣を始めるまで親実装は黙々と糞の処理をするのだった。 雨が降った。 夏の蒸すような暑さの中で、一時の清涼かと思われたが、その雨すらも湿度を伴い不快指数を高めるものでしかなった。 初めて親実装が仔実装の一匹を食ってから更に数日。 追加で二匹、親実装の腹の中に納まった。いずれも栄養をつけようと他の仔実装を食っていた個体だった。 「自分で言っといてなんだけど」男が手の中の仔実装を弄びながら言う。「よくもまぁ同属を食えるもんだな」 『…これはご命令デス』 親実装は男に背を向けてぼそりと呟いた。怒りに歪む顔を見られまいと。 ふぅんと気の無い返事を返し、男は作業を再開する。 『ヒヂッ!? やめテギィ! ヒヂャ!! 許ヒビィィッ!! テチィ…チグゥァァァァァ!!』 左手に仔実装を握りしっかりと押さえ、右手にはピンセットを握っている。 ピンセットは先端が曲がっていて、滑り止めに溝が入っているもの。 男はそれを操り、仔実装の目の下の肉をほんの少しだけ摘む。 『イギィヒィィィ! イタイのいやテチィ!! やめテヂャァァッァァァァ!!』 仔実装の訴えもなんのその。ひねるようにして肉を千切りとった。 爪の先ほどの穴が仔実装の肌に開く。それは全身に満遍なく存在し、古いものからじわじわと血が滲んでいた。 ひとつ、またひとつと男は仔実装の肉を摘んでは千切りを繰り返す。 かれこれ小一時間は続けている行為だ。 意味は無い。あるとすれば仔実装の泣き叫び、助命を嘆願するさまが愉快だからにつきる。 仔実装の悲鳴が少なくなると、親実装が寄ってきてそっと頭を撫でる。 『…テェ……ママァ』 痛みに朦朧とする仔実装にはそれが実の親にみえるのか。それともただの庇護の対象としてか、ママと呼ぶ。 親実装はあたかもそれに応えるかのように、黙って頷く。 すると僅かではあるが仔実装の目に光が戻る。 (頑張るテチ…ママが傍にいるテチ……頑張ればあとでいい子いい子してもらえるテチュ…) 淡い期待。それに縋って少しだけ生きながらえる。 男は仔実装達の偽石をとることはしなかった。 個体数が多い上、どれがどれのものか管理する手間を嫌ったのだ。 けれど虐待の最中に簡単に死なれても面白くない。 そこで親実装を餌として、目先の逃げ道をつくってやったとそういうわけだ。 もちろん全ての個体に平等に効果があるわけではないが、それなりに男は満足していた。 『…ィ』 乾いた音と共に息を引き取った仔実装をゴミ袋に入れた男はケージを眺める。 敏感に反応した禿裸の仔実装達は、あるいは蹲って怯え、あるいは歯をむいて威嚇してきた。 「大分元気になってきたな」 『デェ……でもご飯に栄養が足りなくて手足は元に戻ってないデス…』 親実装の言葉通り、ケージの中の禿裸たちはいずれも手や足、ないしは耳を失ったままであった。 「よし」 男は立ち上がると、仔実装の悲鳴がひときわ大きくなる。 けれど仔実装達に魔手が伸びることは無く、男は忙しなく部屋を出て行く。 親実装はここぞとばかりに実の仔を抱き上げ、『大丈夫デスゥ…きっと帰れるデスゥ』と励ました。 『テスン…ママァ、頑張るテチィ…公園に帰ったらいっぱい優しくして欲しいテチ』 『それくらいお安い御用デス。素敵なプレゼントも用意してあげるデース』 仔実装と引き換えにしたコンペイトウは瓶に入れて大事にしまってある。それを手渡す時も近いと、感じていた。 「うしっ、これをガキ共につけろ」 パタパタとスリッパを鳴らして戻ってきた男は実装石にとって妙な格好をしていた。 全身が紺色でごわごわとした服を着ていたからだ。合羽である。が、それを実装石は知る由もない。 『これを…どうするデス?』 手渡された長さ二メートルほどのビニール紐をしげしげと見つめる。 「この禿裸共につけるんだよ」 言いながら男は暴れる仔実装を一匹、ケージから取り出すと五十センチほどを首に巻き、結ぶ。 絞まって苦しいのか、パクパクと口を動かす仔実装に目もくれず、次々と男はビニール紐をつけていった。 親実装も渋々それに習う。 不器用な実装石の腕で何とか二匹まで抜けないように結んだところで、男が残りを仕上げてしまっていた。 一番最初の仔実装は真っ青な顔で舌を出して倒れている。が、やはり男は気にした様子もない。 続いてカーテンの向こう側にいる達磨実装には飼い実装用のリードを下あごに穴を開けて取り付けた。 声にならない悲鳴を遮るように親実装は聞く。 『それで…何をするんデス?』 男の意図が読めず、怯え、警戒する声音。 「散歩」 対する男の応えはあっけらかんとしたものだった。 『デ?』窓の外は大雨だ。それも警報が出るほどの局地的な。『今は危険デスゥ』 うっかり水の流れがあるところに脚を踏み出せば、仔実装などは容易に流されてしまうだろう。 うんうんと男は頷く。 「だからだよ」 そのにこやかな笑みに親実装は唇を噛んでただ俯くことしかできなかった。 公園は一種の狂乱が訪れていた。 暑さを吹き飛ばす恵みの雨に、木陰やダンボールハウスに閉じこもっていた実装石達が制限の無い水浴びに興じていたのだ。 それと同時に、ダンボールハウスの倒壊や排水溝に流される仔実装、親実装が油断した隙に仔を食らう実装石なども発生し大変な騒ぎとなっていた。 けれどこの雨に好んで外出するような人間はおらず、また喧騒は雨音にかき消され、誰にもとがめられることは無かった。 『あー美味いデズゥ。お肉は仔実装に限るデスゥ』 『やめるデェス! その仔は! その仔は今度ニンゲンさんに差し上げる仔デース!!』 『どうりで美味い筈デス。おい、高貴なワタシに食われることを喜ぶがいいデス』 『テ…オテテ…アンヨ……オナカイタイテチィ…マ、マ…』 一回り体格の大きい実装石が仔実装を食らう。それは公園内ではごくありふれた風景。 とろりとした脳髄を啜っていると、広場の方がざわついていることに気付く。 『来たデスゥ! あのニンゲンが来たデス!!』 『今度こそいっぱいコンペイトウを貰うデス!』 『念願の飼い実装になれるテチューン!』 周囲の実装石達がぞろぞろとベンチのある広場へと向かう。 『こうしちゃいられないデスッ! 今日から晴れてワタシも飼い実装デス〜ン!!』 食べかけの仔実装をかなぐり捨て、のろい動きで自分のハウスへと駆けていく。 あの日。男が多くの仔実装と引き換えにコンペイトウやフードをを与えてから、公園内では仔実装は通貨のような扱いとなっていた。 出来のいい仔はいっぱいのコンペイトウ。親はそんな気持ちで育てていた。 もちろん前回途中で打ち切られたこともあり、他所の仔は隙あらば食らってやろうと皆が皆、機会を虎視眈々と狙っていた。 そのうちに、もっとも出来のよい仔実装を捧げれば親仔ともども飼い実装になれるということになっていた。 それはとりもなおさず、一匹の実装石が人間の下に行くと言って帰ってこなかったからではあるが。 無残な姿に変わり果てたわが仔を見下ろした実装石は呆然と雨に打たれ、やがて思い出したように広場へと向かう。 『そうデス。仔であんなにいいものをくれるんだから、ワタシを飼わせてやればもっと豪遊できるはずデスゥ…』 胸に抱いた我が仔だったものを口に運び、幽鬼のようにその実装石は脚を進める。 公園の入口に着いたところで親実装は一度後ろを振り返った。 叩きつけるような雨で大分薄れてはいるが、自分たちが歩いてきた証である緑色の筋は残っている。 散歩と呼ぶにはあまりにも凄惨な行軍であった。 束ねた仔実装達の紐は親実装に預けられた。男は達磨実装につけられたリードを握る。 雨具などというものは与えられない。 土砂降りの雨が親実装を、禿裸の仔実装達を打つ。 『デェェェェ…まともに歩けないデスゥ…』 「誘導はしてやるから手の紐を離すんじゃないぞ」 男は雨合羽に長靴と傘の完全装備。さらには肩からクーラーボックスを提げていた。 『テギャァッァ!! イタイテチ! パチパチイタイテチィッ!!』 『待ってテチ。あんよ無いテチ! 歩けないテチィ!! 抱っこして欲しいテチャ!!』 『うまく歩けないテチ…かたっぽのあんよだけじゃ駄目テチャァァァ!! ママァ!!』 脚が無事な仔実装はいい。なんとか親実装の歩みについていける。 しかし、片方でも脚が奪われてしまった仔実装は、 『テベベベッベッベベベッベベ! ゲボォッ!? チュガァババッババッバ!!』 引き摺られ、水とアスファルトに苛まれる。全身をすりむき、雨が体温を奪い、呼吸すらままならなくなる。 『ママ! 助けるテチ! マ…ブァ……』 『ベボッ…ボッ…』 『テチャ!? ころんじゃったテチィィィィ!? 引っ張っちゃ駄目テチ! ワタチまだ歩けるチャァァァ! ママァ!』 男の脚についていくだけで親実装もいっぱいいっぱいだ。 歩を進めるたびに手に掛かるビニール紐の手ごたえが重くなっていくが、気にかけている余裕は無い。 必死に前かがみとなって、胸に抱いたわが子が出来るだけ雨にぬれないようにするだけでもギリギリだ。 隣では鼻歌交じりに男が達磨実装のリードを引いている。 時々思い切り引いて激しく地面と摩擦させたり、電柱にわざとぶつけたりしている。 達磨の生死は親実装の目から見ても定かではない。 長い長い道程の末、ようやく辿り着いた公園。つい先日まで穏やかに過ごしていた場所。 無事生き延びた仔実装はまともに歩けた五匹のみ。どれも足元に糞を垂らしながらやっとの思いで歩いている。 他は良くて痙攣するだけの生ける屍状態だ。 「ほら行くぞ」 立ち止まっていた親実装を急かす男は嬉しそうだ。 いっそこのまま逃げてしまおうか。親実装は考える。 仔実装達を握っている紐を離して、全力で走れば逃げ出せるかもしれない。 が、即座に否定する。 そんなことをしても仔は禿裸であり将来は奴隷が関の山だ。 男は元通りに戻してやるといった。それを信じるしかない。 意を決した親実装は歩き出す、が紐に大きな抵抗を感じて振り向いた。 『もう歩けないテチ…お休みしたいテチ』 『抱っこするテチ! そいつだけずるいテチィ!』 『ママァ…ママァ…どこテチィ……ママァ』 今まで歩けていた仔実装達が地面にぺたんと腰を降ろして駄々をこねている。 ぶりぶりと糞をひりだし、そこだけ緑色の泥沼と化す。 親実装は俯きがちに首を振って、仔実装の下へ。そうして抱っこしろと駄々をこねる一匹を手に取ると、 『テッチィ! 分かってるテチャ。今回は特別にゆるしてあぺ』 顔の上半分を食いちぎった。 食われた仔実装はまだ動くのかパタパタ両手を振り回し滝のような糞を出す。 親実装は二三度咀嚼した仔実装だったものを地面に吐き捨てると、それを指し示し残りの仔実装に告げる。 『こうなりたくなければ歩くデス』 『テヒィィィィ!』 途端に仔実装達は立ち上がり我先にと公園へ入っていく。 手元に残った仔実装の死体を濁流溢れる側溝へ投げ捨てると親実装は男の後を追った。 野良実装達のそれを目にした瞬間の反応は大きく二つに分けられた。 『デシャシャシャシャシャッ!! 無様デスゥ! 犬畜生以下の糞蟲奴隷デスゥン!』 『デズァァァッァ!? ワタシの仔がぁぁぁぁぁ!! 禿裸で息もしてないデスゥゥゥゥ!!?』 前者は前回仔実装を引き換えられなかったもの、後者は仔実装を差し出したもの。 『ニニニニ、ニンゲェン! 一体どういうことデスゥ!!』 『そうデズゥ! ちゃんと飼ってくれるって言ったデズァ!!』 何匹かの実装石がベンチに腰掛ける男の足元へ詰め寄る。 その頭をつま先で小突きながら男は親実装の手から紐を一本受け取ると、手元に手繰り寄せた。 『テグゥ…!』 吊り上げられた仔実装の首が絞まり、宙で脚をバタつかせる。これでもかと糞を漏らしながらも顔は青くなっていく。 『やめるデス! うちの仔が死んでしまうデス!』 一匹が群れの中から飛び出すが、両手を失っていた仔実装は食い込むビニール紐をどうすることも出来ずに息絶える。 男はその死体を振り回して親の脳天へ叩きつける。 『デベェア!!?』 仔実装は無残に破裂し破片を撒き散らした。仔の体液を浴びた親はオロロンと泣きながら男に猛然と食って掛かる。 『何でデスゥ! どうしてこんなひどいことをするデス!? 飼い実装にしてくれるんじゃ無かったデスゥ!!?』 「んなわけあるか」 『デッ!?』 あっさりと切り返した男の台詞に周囲の仔を託した実装石から非難の声が飛ぶ。 『嘘つきデス!』 『鬼畜デスゥ! 悪魔デスゥ! ニートデスゥ!!』 『このごく潰し!! どうせ雌の一匹もいないデスゥ!!』 「うるせぇ!!」男は一喝し、手近にいた一匹を踏み潰した。「俺は買う、つまり交換してやるって言ったんだ。その後は俺の自由だろうが!」 そして渋面で男の隣に立たされている親実装から残りの紐を全て受け取ると、 「こうするのもな!!」 頭上で大きく回して加速をつけた後、群がる実装石たちへ振り下ろした。 仔実装達は回転の時点で首の骨を脱臼したり、窒息により死亡。 運悪く仔実装達の一撃を受けた何匹かの野良実装も頭を爆ぜさせて力なく地面に崩れ落ちていく。 『デ、デ、デ…デギャァァッァァ!!』 『本当の悪魔デース! ギャクタイ派デスゥゥゥ!!』 『逃げるデス! 仔を隠すデスゥ!!』 「大体コンペイトウ程度でわが子を差し出す糞蟲にゃ生きてる価値もねぇだろうが、なぁ?」 前半は群集へ、最後の同意は親実装へ向けたもの。 『デ…デスゥ…子供は大事デスゥ。コンペイトウよりもずっと……ずっと』 最後の生き残りとなったわが子を離すまいときつく腕の中に抱きとめる。 「そうだ、お前はそれを分かってるだから生かしてるんだ」 さて、と男は蜘蛛の子を散らすようにとまではいかないが、水溜りを跳ねさせて逃げ惑う実装石たちに呼びかける。 「ここにいる糞蟲は」足元の達磨実装を蹴りつける。「ガキを差し出したばかりか、自分も飼えといってきた不届きものだ」 続いて横にいる親実装の頭に手を乗せ、撫でる。 「こいつは一度は仔を売ったが何とかして取り戻したいと頑張った健気なやつだ。こいつは晴れて飼い実装だ!」 『デスッ!?』 ざわめく群集、その中で最も驚きの表情を見せたのは他でもない、親実装だ。 『い、今なんと言ったデス?』 脚が震え、パンコンによって下着がずり落ちてくるのも構わず、問う。 「飼い実装だ。おめでとう、よく頑張った。お前はこれから飼い実装だ」 『こ…この仔は、この仔はどうなるデスゥ!?』 「もちろんそいつもだ。ちゃんと元に戻してやるからな」 いつの間にか逃げていたはずの実装石達が戻ってきていた。 たとえ仔を殺されたとしても、同属を嬲られたとしても、目の前に飼い実装となった例があるのだ。 衆目を憚ることなく泣きじゃくる親実装の口元は笑みが浮かんでいる。ああなりたい。 皆そう願うからこそ、望むからこそ尋ねずにはいられない。 『ど、どうしたら飼い実装になれるデスゥ…?』 そんなの簡単だよと男は言う。 最早雨に流されつつある仔実装達の残骸を指し示し、 「そいつらを虐待する手伝いをしてくれたんだ」 『デズゥゥァァァ!? お前、裏切り者デスゥ!!』 『殺してやるデス!! ニンゲンそいつを寄越すデス!! 殺させろデース!』 猛然と殺到する実装石たちに親実装は先ほどまでの感動はどこへやら男に縋り、助けを求めようとするが、 「ただし、俺の飼い実装になるってことは!」 男は擦り寄ってきた親実装の前髪を引き抜いた。 『デ?』 何が起こったか理解できずにポカンとした表情を浮かべる親実装。 男はその抜け跡を優しくさすり、空いた手で後ろ髪も引き抜いた。 『テベッ!!?』 カクンと後ろに首が傾いてよろけた隙に仔実装を取り上げる。 『テ…ワタシの髪……ハッ!? 仔、仔がいない…デズァァァ!? 返すデスゥ!!』 短い両手を伸ばして取り返そうとする親実装になんら気をやることも無く、男は仔実装の腹に親指を当てた。 「こういうことだぞ?」 『チビィィィ!?』 仔実装の腹に穴が開く。だらりと内臓が零れ落ち、糞袋が破けたのだろう緑と赤が混じった液体が腹腔から溢れていく。 『テギャァァッァァァァ!! 何するデース!!?』 取り巻く実装石たちはしばし呆気に取られていたが、やがて一つの笑い声がそれを打ち破る。 『デプププ!! いい気味デース!! お似合いの末路デース!!』 『ザマミロデスゥ! ワタシの仔を弄んだ罪デェッス!』 どっと沸き起こる嘲笑と罵声。 しかし親実装の耳には届かない。聞こえているのは弱弱しい仔実装の声だけ。 男は仔を親へと返すと、 「俺に飼われるってことは楽には死ねないってことだからな! それでもいいなら」 そこで一度言葉を切って、スーパーの袋からコンペイトウや実装フードを取り出す。 「ガキを差し出せ! その代わりこれをくれてやる!!」 『そんなの関係ないデス! さっさとそれを寄越すデ…ス?』 喚いた実装石は腹部に熱を感じた。 いつの間にか男が手にしていた傘の先端が突き刺さっていたのだ。 『デギ…』 叫び声をあげる前に、男が両手で振り回した達磨実装が直撃。 達磨実装はこれでようやく安息の死を迎え入れることが出来た。 「いいか、欲しけりゃガキを寄越せ。糞蟲は駄目だ、出来るだけいいガキを寄越せ。コンペイトウがいらないなら別にいいがな」 コンペイトウ。先ほどから男の発するこの単語に実装石たちは徐々に大人しくなっていく。 かつて一度味わった至福をもう一度と思うことはしょうがないこと。 こと実装石においては我慢する方が難しい。 やがて、 『わ、ワタシの仔はいい仔デスゥ!!』 一匹が名乗りを上げると堰を切ったように残りの子持ちもわれ先へと差し出してくる。 男はそれを受け取ると、糞蟲だった場合は問答無用で地面の染みとし、合格した仔だけを受け取って対価を渡す。 親実装は今にも死にそうなわが子を何とか生かそうと躍起になっていたため、男が次々と他所の仔実装を渡してくるのを気にしてる余裕は無かった。 明らかに親に捨てられたと自覚した仔実装は泣き叫ぶものもいれば、自分こそは選ばれたものだとほくそ笑むものもいる。 その運命は等しく決まっていることに気付く様子は無い。 雨は降る。 死者の痕跡も何もかも洗い流し、流れる涙も、体温も奪い去っていく。 『ごめんデスゥ…ごめんデスゥ…』 やはり間違いだったのだ。仔を差し出すなど持ってのほかだったのだ。 『…マ…』 仔の声はもう周囲の喧騒に紛れて聞こえない。 親実装はひたすらに謝罪の言葉を繰り返していた。 『デスゥ…』 見慣れたケージが並ぶ部屋。 その世話もなれたものだが、もうその必要も無い。 すっかり空っぽになったケージは最後の二匹を今朝ほど男が連れ出したからだ。 『……デスゥ』 あれから親実装はずっと仔実装の管理を任されていた。 ただし禿裸で仔実装達から糞を食わされる身分として。 『…デス』 今はその仔実装達はいない。いずれ男が仔を取りにいくだろうがそれまではしばしの休息を得られる。 親実装は部屋の隅で膝を抱え、瓶を見つめていた。 その中に首を突っ込んで、可愛いわが仔が必死になって底を舐めている。 あれから仔実装はなんとか一命を取りとめ、髪も服も他の仔から移植してすっかり元通りとなった。 が、そこから先はただひたすらに男に嬲られる日々だった。 偽石は奪われ、朝も夜も関係なく、男の気まぐれで手足を奪われたり全身を焼かれたり。 取り戻した髪や服もとうに失ってしまった。 『ママァ!! なんで助けないテチャァァァッァ!!! 失敗だったテチ! お前の仔で失敗だデギュァァッァァッァァ!?』 仔実装は最初こそ親実装と触れ合えて喜んでいたのだが、男に再三虐待され、それを親実装が黙って見ていると分かると恨み言しか言わなくなった。 親実装としては邪魔すればすぐに殺すと言われてはただ見守る事しか出来なかったのだが。 今では仔実装は無事に目覚めた初日に親実装から貰ったコンペイトウが忘れられず、ああして暇さえあれば舐めているのだ。 もう親実装を見ることは無い。 親とすら認めていないかもしれない。 それでも仔が生きていることだけは嬉しい。 例えそれが他の全ての仔を引き換えにした命だとしても。 仔実装が望まぬ命だとしても。
1 Re: Name:匿名石 2019/07/05-19:56:36 No:00006050[申告] |
面白い |
2 Re: Name:匿名石 2023/05/01-06:41:20 No:00007114[申告] |
母の愛いいわー…目の前にいるのに言葉をかける事すら出来ないっておつらいね
やっぱどんな人間さんかもわからないのに託児なんてするべきじゃないんだよなあ もう何も無いのに記憶に縋って必死に瓶の底舐めてる仔が可愛い |
3 Re: Name:匿名石 2023/07/06-10:40:08 No:00007450[申告] |
男さんキチガイ過ぎる… |
4 Re: Name:匿名石 2024/10/01-15:28:07 No:00009354[申告] |
くっせぇ家だろうな・・・ |