タイトル:【虐】 ルビコンの向こう岸
ファイル:ルビコンの向こう岸...txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:19727 レス数:4
初投稿日時:2011/07/29-21:14:55修正日時:2011/07/29-21:14:55
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窓から外を見下ろせば陽炎が揺らめいている。
(綺麗デスー…)
ゆらゆらと曖昧な輪郭でゆれる街、公園、車、人。
それは実装石を魅了した。
以前に一度、何故ゆらゆらしているか、ご主人様と呼ぶニンゲンに尋ねたことがある。
「ああ、外はとても暑いんだよ」
暑い。
実装石は思い出す。白く冷たい雪がちらついた頃よりも前。
自分が生まれた直後のことだ。
あの頃もちょうどこんな風に空に雲が大きく映っていた。
そして同時に、死にそうな目にあったことも。
暑いは知っていた。体中から否応なしに汗が噴出し、喉が渇き、ろくに物も食べれないほど弱ってしまう。
更に日差しによって肌が赤く、痛みを覚え、更には死に至るものまで公園では存在した。
ダンボールで出来た家の中でも、木陰に隠れても襲ってくる熱と疲労と倦怠感。そして累々と積みあがる同属の死体。
ぶるりと、実装石は身震いをする。
もうあんなのはごめんだと。
今、彼女はとあるマンションの一室で飼われていた。
彼女自身は生まれも育ちも公園の野良だったが、母親の母親が飼い実装だったらしい。
母親もそしてもちろん実装石自身もいつかは飼い実装になれるようにと厳しく躾けられてきた。
身なりを綺麗に、媚びてはいけない、トイレは決まった場所で、ご飯はいいというまで食べないなどなど。
母親はともかく、実装石は何の意味があるのか分からなかった。
ただ怒られるから身に着けた。
それが幸いするとは。
(ママ、ありがとうデスゥ…)
実装石は一日に何度も今は無き母に感謝する。
ご飯のとき、お風呂のとき、ご主人様に頭を撫でてもらうとき。
(ママの言うことを聞いてよかったデス)
そして同時に申し訳ないとも思う。
冬も終わり、ぼちぼち暖かくなってきた頃にうっかり虐待派に遭遇してしまったのだ。
当時まだ中実装だった彼女を生かすために母は死んだ。
もし、彼女がへまをしなければ今頃は母も一緒にこの部屋で安寧の時を過ごせたかもしれない。

「ママー、眩しいテチ」
「ごめんデスゥ、今カーテンを閉めるデス」
実装石は親になっていた。
春になって自然と妊娠し出産したのだ。
実装石は子供たちにも母から教わったように教育をした、つもりだ。
教えを破った自分が母を死なせてしまったからであり、すなわち母が正しかった証拠だと思っている。
故に今度は間違わないように厳しく育てようと決心する。
最初は五匹いた仔だったが、最終的には二匹まで減った。
否、減らしたといった方が正しいか。
間引くということを彼女は目の前で見てきた。
我侭を言った姉、糞を投げる妹、それら代表的な糞蟲行動をとった姉妹は目の前で親に八つ裂きにされた。
それをあざ笑った姉妹も同様だ。
彼女にはそのときの恐怖がずっと残っている。
そしてどんなに効果的かも理解していた。
「ボール遊びするテチ」
妹の方が自分の身体の半分ほどもあるスポンジボールをえっちらおっちら運んできた。
「晩御飯の前にへとへとになるデスよ?」
親実装はそう注意をしながらも、顔がにやけるのを抑えられない。
危険が無い場所で子供と遊べるなんて幸せと形容する以外に何があろうか。
ここは公園と違い、仔を食べる同属も、悪戯に命を奪う小さいニンゲンもいない。
紛れも無い楽園のように感じられた。

エアコンが効いた部屋は快適だ。
姉と妹、二匹の仔実装は散々ボールに振り回されてぐったりとフローリングで折り重なるように眠っている。
と、寝床となっているケージスペースから一匹の親指実装がレチレチ声をあげ、走りよってきた。
「ママー、ワタチとあそぶレチ」
「お昼寝はもう良いデス? おトイレは行ったデスか?」
「ウンチいっぱいでたレチ。あそぶレチ」
この親指実装は、先ほどまでの仔と違い、ここに来てからの子供だ。
正確には彼女の子供ではなく、公園でのお散歩の際に親からはぐれたのを無理言って保護してもらったのだ。
条件は実の仔と同じく厳しく育てること。
親実装はその提案に涙して感謝の言葉を連ねた。
彼女にはこの親指が在りし日の、親をなくした自分と重なり放っておけなかったのだ。
まだ生まれて間もなかったのか、この親指実装はすっかり彼女のことを母親と認め、二匹の姉にもなついていた。
姉たちもまた新しく出来た妹が嬉しいのか我先にと甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
その光景をみると、
(ワタシの…ママの教え方は間違って無かったデスゥ……)
ぐっとこみ上げてくるものがあった。
「ママー? どうしたレチ?」
「なんでもないデスー。さ、何して遊ぶデス?」
「くるまさんがいいレチ」
くるまさんはおもちゃの車に親指実装が跨り、それを後ろから押すだけの遊びだ。
「良いデスー。今日はちょっと速くするデス」
「レチ! どんとくるレチャ!」
やがて親指の嬌声に姉二人も起きだすと、今度は姉たちが挙って車を押し始める。
危なっかしくもあり、頼もしくもある。
親実装はうっとりとそれを眺めるのだった。

玄関から音が聞こえると、皆それまで没頭していた遊びを中断してデッスデッステッチテッチと駆け出す。
お迎えである。
誰に教わることも無く、自然と出来た習慣だ。
「おぅ、ただいま」
主人である男は、くたびれた表情を覆い隠すような笑みで姉を抱き上げる。
ついで、ワタチもワタチもとせがむ妹に、親指も一度に抱き抱えて洗面所へ向かった。
夏である。拾われた春先とは違い、主人が帰ってきてから真っ先に行うのは入浴だった。
最初は主人が汗を流したいからと、今までどおり先に食事をするよう勧めてくれたのだが、
仔実装たちはもちろん、親実装も主人と一緒に入浴したがったため、今のような運びになったのだ。
「ゴチュジンさま! コロコロするレチ!」
「コロコロしたいテチ!」
「オネチャは昨日もしたテチ! ワタチがするテチ!!」
服を脱ぎ、さぁ湯船へといった段階で子供たちが騒ぎ出す。
飼い実装となってから、一家にはリンガル付の首輪が与えられていたため、とりあえず言葉は分かる。
「そうだなぁ…たまにはオマエがやるか?」
思いがけぬ誘いに、親実装は「デッ!?」と驚き、思わず糞を漏らしそうになる。
「デ…ワタシは良いデス。子供たちにさせてあげて欲しいです」
「ママやるテチュ!」
「そうテチ。ごしゅじんさまがやって欲しいって言ってるテチ!!」
「やりたいレチ! やりたいレチャァッァァァ!」
親指実装が洗面台の上で仰向けになり駄々をこねる。髪を振り乱し、両手足をバタつかせる様は、親実装から見ても醜い。
普段ならば我侭を言えばしかりつけるところだが、今さっき自分が「子供にやらせて欲しい」と告げた手前、気が引けていた。
ご主人様は気を悪くしていないだろうかと、チラリと視線を移すと親指の様子をにこやかに眺めていた。
「テチ! 我侭は駄目テチ!」
「そうテチ。お夕飯の時、コロコロしていいから我慢するテチ」
「レヂャァァァァァッ! どっちもやるレチィ! コロコロするレヂィァ!!」
姉たちが叱り、宥めようとするが一向に聞く耳を持たないため、とうとう親実装も観念した。
「いい加減にするデス!!」
軽く、だが確実に痛みが伝わるように頬を叩く。
「……レビェェェァァァァァ!! ママがぶったレチィ! ゴチュジンさまぁ! ママがぶったレヂ…レェェェェェン!!」
だが男は親指実装の訴えには応えない。彼は仔の躾けには一切関与しないと決めていたからだ。
その分、仔の失敗・粗相は親実装に回ってくる。親もそれを知っているから叱るのだ。
「大きな声で駄々をこねては駄目デス! ご主人様を困らせてしまうデス」
親実装はしつけの際に良く男を引き合いに出す。
仔実装たちは親も好きだが、もちろんご主人様である男も好きだ。
そして、餌や風呂、それに棲家を提供しているのは誰かも分かっていた。
故に男の機嫌を損ねたり、嫌われたりを恐れる傾向にある。
それはつまり親実装の機転が回るということでもあるが、同時に親実装自身には強い抑止力は無いといっているようなものだ。
現に、男が困ると示唆された親指実装は途端に声を張り上げるのを止め、露骨に男の顔色を伺う。
男に怒りの表情が出ていないことが分かると、安心した素振りを見せるも引き続き喚くようなことはしない。
その態度が親実装には気になっていた。
(この仔は本当に分かってくれているんデスゥ?)
直接聞いても頷くだけだろうと、親実装はとりあえず場が収まったことに一息。
じっとそれまでを静観していた男に、
「今日は妹ちゃんにやらせてあげて欲しいデス」
「テ! いいんテチ?」
「イモウトチャよかったテチ」
「レヂィ!?」
親実装の提案は親指を戒めるためと彼女自身は思っていた。
が、眉間に皺を寄せ恨みがましい目付きで睨んでくる親指実装はただの嫌がらせか何かとしか思っていないようだった。
「オッケー、ほら」
そんなやり取りを知ってか知らずか、男は妹仔実装に一辺が二センチの直方体を手渡した。
仔実装たちがコロコロと呼んでいるそれは所謂サイコロだ。
ただし、六つの面に書かれているのは通常の目ではない。
一から四の目に付いては、目の色が緑を記しているがそれ以外は通常のサイコロのものと変わりない。
五と六の目は存在しない代わりに、金色の棘がついた目と何も書いていない面が存在する。
前者は実装石の大好物コンペイトウを模しており、大当たりを意味する。
「テェ・・・チャァァァ!!」
気合を入れて投げる妹。その気迫に反して頼りなく浮いただけのサイコロは対して転がることなく、二の目を示した。
「テェ…オネチャテチ……昨日もオネチャだったテチ…」
「デスゥ…残念だったデス。明日は頑張るデス。いい子にしていれば選ばれるデス」
一から四の目はそれぞれ家族が当てはめられており、今回出た二の目は姉の目だ。
そしてお風呂で当ったということは、
「テッチ〜! おっきなお風呂テチィ! ご主人様と一緒テチュ〜ン」
家族用のたらいではなく、男の手の中で一緒に入浴できるのだ。
この処置は男に対して、仔実装たちが際限なく自分も自分もと催促するため、それを制限するために取られたものだ。

サイコロを振って出た目の仔だけ、その日の特別を与えられる。
もちろん連続で同じ仔が選ばれることもあれば、いっかな選ばれないこともある。
それでも退屈な日々の中に一喜一憂があっても良いのではというのが男の言だ。
親実装としては満遍なく仔を可愛がってもらいたいのだが、それでは男の負担も増えてしまう。
主人のことを慮る気持ちもあるが、それ以上に、
(ワタシも可愛がってもらえるデスゥ?)
仔だけじゃない、自分にも特別な待遇がされると聞いてこの制度を承諾したのだ。
仔実装たちからは不平不満は出たが、選ばれれば優越感に浸ることも出来るし、サイコロを振ること自体が楽しいので直ぐに受け入れられた。
サイコロは実質誰が振っても一緒なのだが、仔実装たちは自分で振ったほうが選ばれなかったときに諦めがつくらしい。
それで我先にと争うようになった。
サイコロを振る仔の選別については特にルールなどを設けなかった。
そのため先のようなドタバタが起こったりもするが、そうやって折り合いをつけていくことが躾けにつながると男が言ったからだ。
男や親実装が指名しても良かったが、仔実装同士譲り合ったり気遣ったり出来るようになればと。
上の二匹については割と喧嘩もせずに、
「オネチャやるテチ。ワタチは昨日やったテチ」
「イモチャがやるテチ。イモチャがやれば大当たりテチ」
そんなやり取りが見られた。
が、親指実装はそうもいかず、自分にやらせろと喚き、投げたところで自分の目が出なければもう一回と騒ぐ始末。
その都度、親実装と姉たちで宥めすかし、しぶしぶながらも従わせてきたのだった。
(この仔は駄目かもしれないデスゥ…)
今も、ご主人に抱えられ大きなお風呂でうっとりしている姉に、怨嗟の眼差しを隠そうともしない親指をみて思う。
(この仔にはママの教え方は利かないみたいデス…。そうなったら)
親指を保護するにあたってのご主人様との約束を思い出す。
「いいか、ちゃんと厳しく躾けろよ。駄目そうだったら、公園に戻すからな」
せっかく妹が出来て喜んでいる上の子達を悲しませたくは無い。
どうにかしないと。親実装は入浴の心地よさもどこか上の空で今後に想いふけるのであった。

夕食時でもサイコロは振られる。
「親指チャ頑張るテチ!」
「任せたテチ!!」
「分かってるレチャ! 今日もアマアマレチィッ!!」
ご飯のサイコロはお風呂とはちょっと違う。
赤、青、黄色、緑に塗られただけの面と、やはりコンペイトウと無地の面。
親指実装の力ではサイコロを投げるのは難しい。そのため、全力で坂になっている専用の台から転がすのだ。
「レ……ヂャァァッァァ!」
決死の形相で振られた賽が出したのは黄色の目。
「テ…黄色はアマアマの色テチ!!」
「違うデスゥ。あれはかぼちゃのご飯の色デッス」
そう、食事でも毎日同じは嫌だ、けれどまずいのは食べたくないと子供たち(といっても親指に誘導されてだが)の意向をかなえる形でサイコロとなった。
「当れば毎回コンペイトウだぞ」
男の言葉に嘘はない。
けれどそこは確率の世界。このサイコロ制度に変えてから二週間、当りは親指が出した一回だけ。
そのままの食事制度なら週に一度はコンペイトウが貰えていたはずなので今のところは失敗といってもいい。
「レェ……せめてプルプルがよかったレチ」
プルプルは青の目のときのゼリーだ。親指から仔実装にかけての固形フードの代わりのようなもの。
親実装は食いでが無いので出来れば白の普通の実装フードが食べたいと常々願っている。
ちなみに赤はにんじん、緑はほうれん草が練りこまれた栄養実装フードで、一番人気が無いのはにんじんである。
親指は文句を言うものの出されたものを拗ねて食べなかった際に、三食抜かれたことを思い出すと食べるしかない。
「かぼちゃ味は少しアマアマで美味しいデス」
「ワタチ赤くなければいいテチ」
それぞれ個々の餌皿に、身体の大きさに合わせた量の実装フードが流し込まれる。
「……ママばっかりいっぱいレチ」
「親指ちゃんも大きくなったらいっぱい食べられるテチ」
それ以上は親指も何も言わなかったが、羨望を通り越したギラついた視線を終始親実装は感じていた。

寝る前の僅かな時間がご主人様との触れ合いタイム。
そこでもやはりサイコロが振られる。使用するのはお風呂と同じサイコロ。
親実装にとってはこの瞬間がもっとも楽しみなときだ。
上手く自分が選ばれれば、これ以上ないほど甘えられる。
子達と違い、甘える対象がほかに無い親にとっては食事や風呂よりも期待が大きい。
「テェェッチ!」
姉の渾身の一投は、真っ白な面を呼び込んだ。
途端に、
「テェ…」
「レェ…」
「デェ…」
他の三匹から姉に溜息とともに冷たい視線が注がれる。
「テ…!? ワタチだって遊んでもらえないテチ! 一緒テチ!!」
白は誰も遊んでもらえない。悔しくもあるし、誰かに抜け駆けされないで済んだという安心感もある。
が、やはり落胆の色は拭えない。
それからご主人様はソファでくつろぎながらテレビを見ていた。
実装石たちは何とか気を引いて遊んでもらおうと踊ったりままごとみたいな真似をするが、徒労に終わる。
姉と妹は早々に見切りをつけ、二人でボール遊びに興じ始める。
親実装と親指実装は恨めしそうにテレビを睨みつけるのだった。

小さな喜びと小さな落胆、それに嫉妬を少し交えた縄を編みつつ日々は過ぎていく。
夏も半ば、窓から公園を眺めれば一角に積みあがる同属の死体。
「今年は滅法暑いからなぁ」
ご主人様の言葉に、改めて親実装は飼われてよかったと思う。
野良のままだったら自分はなんとか生き残れるかもしれないが、子達は無理だったのかもしれないと。
あの日、春とはいえまだ水も風も冷たかった。それでも母親の教えに従って水浴びと洗濯は欠かさなかった。
文句をいう子供たちをなんとか宥めつつ、身体を洗わせていたところに男は来たのだ。
『来るか?』
ただそれだけ。本来ならば親実装もすんなりとはついていかなかっただろう。
だが、男はその二日前にも親仔の元へ現れ、そう誘ったのだった。
一回目は流石に拒んだが、二回目ともなると親実装の心が揺らぐ。
前回置き土産として置いていったコンペイトウが毒ではなく本物だったことも親実装の背中を後押しした。
『よろしくお願いしますデス』
そして親実装は覚悟を決めたのだった。
親実装はあの日と同じように風呂場のスペースで洗濯をしていた。
洗濯といっても自分たちの下着や服だけだが。
当初はご主人様に洗ってもらっていたものの、手空きの時間が勿体無いと感じ、率先して始めたのだ。
公園時代も出来る限り服は洗うように心がけていた。そして上手く洗えた時は母親に褒められた。
そして今また、ニンゲンの主人にも褒められたいと、親実装なりに考えた上での行為なのである。
近頃は子供たちも真似するようになり嬉しいやら後片付けが大変やらで、実装らしからぬ平穏な悩みも出てきた。
ただ実装相応の悩みもある。
親指実装である。
姉たちが風呂場でせっせと洗濯の真似事をしているとき、親指は石鹸をかじって吐き出したり、スポンジの上で飛び跳ねて遊んでいた。
「オマエはお洗濯しないデス?」
遠まわしにやりなさいと示唆したつもりだったのだが、
「レ? ママがやらないんレチ? ママ、ジャブジャブだいすきレチ。やっていいレチ」
全く興味を示さないどころか、母親に押し付けようとする始末。
実の仔達は拙いながらも汚れを落とした下着を自慢げにこちらへ見せてくる。
頭を撫でて褒めてやれば、ママ・ママと甘えてくる。
すると、
「ワタチもなでなでするレチ」
いつの間にか親指実装が傍に居て、親実装のスカートの裾を引っ張っていた。
「デー……これはお洗濯できた御褒美デス。お洗濯できたらなでなでしてあげるデス」
「レチ? ジャブジャブはママのすることレチ。いいからなでなでするレチ」
「駄目デス。なでなでして欲しかったらお洗濯デス」
「……レヂャァッァァァァ! なでなでするレチ! するレヂィィァァァァァァッ!」
あまりにも傍若無人な振る舞いに、上の姉妹は母に抱かれながらポカンと親指を見つめていた。
お洗濯楽しい。ママに褒めてもらえる。なでなでしてもらえる。お洗濯すれば良いのに。
仔実装たちはなんでこんな簡単なことが分からないのだろうと、互いの顔を見合わせて首をひねった。
そして親実装は覚悟した。
(この仔とはお別れするしかないデスゥ…)

その日の夕食時、いつ切り出そうかと迷っていた親実装であったが、
「なんか言いにくいことでもあるのか?」
「デッ!?」
帰宅から終始そわそわした態度を見かねて男から促した。
「…実は……言いにくいんデスが」
親実装は先を続ける前に食事を終えて眠そうにしている実の仔二匹を傍に呼んだ。
親指はといえば自分でサイコロを振ったにもかかわらず出てきたにんじん入り実装フードがお気にめさないらしく、渋い顔でちびちびと齧っていた。
男の前では暴れるような素振りは見せないものの、不満を隠そうともしない。
そんな親実装の視線を察したのか、男も親指をみると、
「限界か?」
「デスゥ……情けない話デス…ママみたいに教えられなかったデス…」
「あー、上の奴らは出来てるのにな」
「約束…守れなかったデスゥ」
子供たちは唐突に始まった話の内容についていけない。
ただ、交わされる声音と表情からとても大事なことを話しているのだとは感じていた。
「じゃあ、いいんだな?」
「……申し訳ないデス」
「謝るな、俺から見ても糞蟲だしな、これ」
と、男はしゃがみこんで親指をつまみ上げた。
急に持ち上げられた張本人は、宙吊りになりながらレチャレチャ暴れる。
「おい、聞け」
「はやくおろすレチ! まだごはんちゅうレチ!!」
「今からオマエは捨てられる」
「そんなことどうでもいいレヂャァァァァッァ! はやくおろし…レ? なんて……いったレチ?」
親指が親実装をみると、親実装は二人の姉を両手で抱くように寄せながら、耳元で囁いていた。
「デス…親指ちゃんは悪い仔だから捨てられるデス…」
「テェ……かわいそうテチ」
「ママ、許してあげて欲しいテチ」
「お前たちは優しい仔デスゥ…でもこれはご主人様との約束なんデスゥ…」
「レヂィ!?」
親指実装はわが耳を疑った。
今まで実の母親のように面倒を見てくれた存在があっさりと自分を見捨てたのだと。
嫌だ。野良のころの記憶は薄れているが、碌なものじゃなかったことだけは分かっている。
おなか一杯のご飯も、お風呂も、おもちゃも無い生活は考えられない。
「レ…ゴチュジンチャマ…?」
「恨むんなら、自分の糞蟲加減を恨めよ」
「レェッ!? ……レ、レ、レ…レッチュ〜ン」
最も権力があるニンゲンに終わりを宣告された親実装は堪らず媚びた。
それは実装石に宿命付けられた行為だとすれば、たどる未来もまた運命ということになる。
媚を見せられた男は露骨に顔をしかめると、親指を摘んでいた手を離した。
テーブルまで五十センチほどのフリーフォール。
落下中の親指はもとより、傍で見ていた親実装たちも時間が止まったかのようにのっぺりとした表情を浮かべていた。
時間が動き出したのは親指実装がフローリングに着地し、折れた脚の痛みに悲鳴をあげてからだった。

「レビャァァァッァァッァァ!? あんよ、あんよイタイイタイレヂィィァァッァァァ! ヂッヂィィァァァッァ!!」
突如襲来する激しい痛みに悶絶する仔実装。
髪を振り乱し、両手両足をバタつかせる。折れた足は関節が二箇所ほど増えていて、ありえない角度で振り回される。
暴れるたびに机に叩きつけられる脚が更なる痛みを引き起こすのだが、パニックになった親指実装に理解できる訳も無く、
「イダイレチャ!? レギィァァッヂャァァァァァァァ!? イダイレヂィ! レガァァァッ! ヂャァァッァァッァァッァァァァ!!!」
ますます派手に悶える。
下着はこんもりと盛り上がり、途端に異臭を放ち始めた。
「おい、糞漏らすなよ…」
それが実装石の半ば本能的な反射行動だと男は分かってはいたが、それでも久方ぶりに見るパンコンに顔つきが厳しくなる。
「イギィィィィィァッァァッァァ! イダイィィィッイダイレジュァァッァァァッァァッァ!! ママァッ! タスケルレチィママァ!!」
今までに無い大音声で、全身を反らせ、喉をさらけ出すように吼える親指実装。
折れた足は千切れかけて血を振りまき、色付涙と脂汗それに口角に浮かべた泡を飛び散らせる様に他の三匹は未だ放心状態から帰ってこられない。
「…オヤユビチャ……? テ…?」
「マ…マ?」
妹の方に裾を引かれた親実装が漸く目の光を取り戻す。
「デ…デェェェェッェェッェ!? ご主人ザマァッ!?」
「ああ、悪い悪い媚なんかしやがるからうっかり手が滑ったんだよ」
男の口調は仔実装たちが構って欲しいとせがんだ際にやんわりと断った時のものに近い。
それはこの親指実装の醜態が特に珍しいものではないということなのか。
「それにしても」男は親指実装の未だ止まない悲鳴に心底うんざりした様子で、「うるさい奴だな、オマエは」
「レグッ!!?」
開けっぴろげだったその口に、親指実装が食べ残していた赤いフードを無理矢理捻じ込んだ。
鈍い音は顎が外れた音だろうか。途端に室内は静まり返った。
「ったく、媚とか余計なことしなけりゃ五体満足で出て行けたのにな」
あくまでも爽やかな口調で語りかける男に、親実装は返す言葉を見つけられない。
「ご、ご主人様…今から捨ててくるデス?」
歩けない仔実装など公園でも路上でも単なる石ころ以下の儚い存在である。
そのまま放り出すくらいならば、今すぐ楽にしてあげたほうが良いのではないかとすら思う。
「まぁ約束だしな」
「そのままじゃオヤユビチャは生きていけないテチ…」
「許してあげてくださいテチ」
仔実装たちは僅かにパンコンしたようで少しずり下がった下着を気にかけながらも懇願する。
親指実装の我侭に今まで散々振り回されたにもかかわらず。
それはとりもなおさず自分たちの母親への絶対の信頼があるからだ。
『ママの言うことを聞いていれば大丈夫デスゥ』
『いつかきっと飼い実装になれるときが来るデスゥ』
その言葉に嘘はなかった。親指ちゃんはちょっと気が緩んじゃっただけ、次こそは大丈夫、と。
「お前たち……お前たちは本当にいい仔デスゥ…!」
もう立派に育ったんだと親実装は感無量。
(これからはこの子達をきちんと育てて、幸せにするデス!)
男もそんな仔実装たちの訴えに満足げな笑みを浮かべて、
「なぁに、面倒見のいいお前らが一緒なんだから大丈夫だろ?」
「デス! ワタシ達がいれば親指ちゃんも大丈…夫……デッス?」
不穏な単語が聞こえた親実装の言葉が尻すぼみに消える。
一緒。親指と一緒。
どういうことだ。捨てられるのは親指だけではないのか。親実装は足りない頭で何とかその言葉の意味を都合のいいように理解しようとした。

「いいか、ちゃんと厳しく躾けろよ。駄目そうだったら、公園に戻すからな」

男は確かにそう言った。胡乱な実装石の記憶でもそれは間違いない。
けれどそれは親指実装だけの話ではないのか。
自分たちは何の粗相もしていない。もちろん実の子供たちもだ。
「ご、ご主人様それはどういう意味…デス?」
恐る恐るたずねる。出来れば自分の聞き間違い、ないしは男の言い間違いであって欲しいと。
「ああ、お前たちもさっさと準備しろよ。今晩からは公園生活だからな」
タオルとかおもちゃとかは持っていってもいいぞとにこやかに。
「デェッス!?」
「テェ? ママァどうしたテチ?」
「テ…テ…テ…」
妹の方は今一つ理解が足りていないようだが、姉の方は分かってしまったのだろう。
カチカチと歯の根がかみ合わない振るえと共に、盛大にパンコンした。
「デズァ!? 何やってるデスゥ!! ウンチはトイレでするって言ったデス!!」
「ああ、いいよいいよ。もう最後だし、大目に見てやるから」
男は親指実装をプラスチックのバケツに放り込み、汚れた床を拭いている。
親指は喉を詰まらせ仮死状態にあるようだ。ささやかな呻きすら聞き取れない。
男の仕草はいつもと変わらず、投げかけられる事実だけが辛らつで、それがより一層親実装を苦しめる。
粗相を詰られたり、たとえ言いがかりであっても叱られたりすればまだ納得はいくのに。
「どういうごどデズゥ! ばだしだぢだにぼばるいごどじでだいデズ!」
あふれる涙に咽びながらの訴えは上手く言葉にならない。
「落ち着け落ち着け、いいか」
男は親実装の涙を雑巾で拭い、鼻をかませてやる。そして仔実装に戻ったかのようにデスンデスンと噎び泣くその額を優しく撫でた。
「デスゥ…」
「俺はちゃんと躾けられなかったら公園に戻すと言ったろう?」
「デェェ……言ったデス。でもそれは親指ちゃんのことデス?」
「あのなぁガキを躾けられない糞蟲を家に置いておくわけ無いだろ?」

(いま何て言ったデス? 糞蟲デス? 誰が糞蟲なんデス? 糞蟲はママの教えてくれた通り悲しいことするデス。
 でも糞蟲は居ないデス。ワタシも子供たちもみんな良い仔デスゥ。でも躾できなかったのが糞蟲って言ってるデス。
 親指ちゃんを教えられなかったのはワタシデス? じゃあワタシが糞蟲デス? 糞蟲…糞蟲……糞蟲………)

俯き、デスデスと呟く親実装に男は構わず続ける。
「余計なこと言ったよなぁお前。自分のガキだけだったらもう少し長い出来たかもな」
と、妹仔実装がフローリングにうっすらと緑の筋を引きながら男の傍に立つ。
「ごしゅじんさま、おパンツ代えて欲しいテチ」
ここに来てからというもの、パンコンとは無縁だった仔実装には湿る下着は気持ち悪いのだろう。
事情をあまり飲み込めてない妹は無邪気に男に甘えた。
「能天気だなお前は」
「テッチュ〜ン!」
褒められたと思ったのか、妹仔実装はその場でくるりと一回転。
緑に染まった下着が重いのか、バランスを崩して尻餅をつく。
ベチャリと音を立てて、仔実装の重みにより下着の隙間から緑色の糞が漏れる。
「はっはっはやっぱ糞蟲だなぁ」
「違うデジャァァァァッァァッァァァ!!」
親実装は吼えた。眉間に皺を寄せ、真っ赤な顔で男に向けて声を張り上げる。
「この子達は糞蟲なんかじゃ無いデスゥゥゥッ!! 優しいいい子たちデェェェッス! 悲しいことはさせないデスァァァ!!」
へたり込んだ妹の下へどすどすと走り寄ると、自らの背中に隠すようにして男を睨みつける。
「ママ…ごしゅじんさまにシャーしちゃ駄目テチ」
「お前は黙ってるデスゥッ!!」
「おーおー、いきなり本性発覚か? やっぱ野良は野良だな。多少はましかと思ったけど結局は糞蟲だなぁ」
にこにこと語りかける男。親実装を撫でようと手を伸ばすが、
「デガァァァ! 触るなデェッス! 子供には指一本触らせないデズー!!」
やれやれと男は嘆息。一度台所に引っ込むと、スーパーのビール袋を持って実装親仔の寝床へと向かう。
子犬用の柵に囲まれたそこはリビングの一角。普段ならば男すらも不可侵の、親仔にとって絶対の聖域。
そこへ男は難なく脚を踏み入れた。
「何するデェッス!!」
親実装の問いかけには応えず、男は転がっていたスポンジボールや車のおもちゃ、子供たちが寝床として使っているタオル類などを適当に袋に投げ入れていく。
「触るなデスゥゥゥ! そこはワタシ達の家デズゥゥ!」
「今までは、な。今日からは違うぞ」
「テェェェェェン! いやテチィ! 公園に戻るのはいやテチィ!!」
膨らんだパンツを腰掛代わりに脚を浮かせて姉仔実装が叫び始める。
「テ? オネチャ公園でお泊りテチ?」
「みんなテチィ! ワタチたち捨てられるテチャァァァァ!!」
「テッ!?」
ここに来てはっきりと姉に事態を告げられた妹が派手に脱糞する。
「何でテチャァッ!? ワタチずっと良い仔だったテチ!!」
どうしてどうしてと姉に問いかける妹。しかし、姉もショックなのか上手く説明できずにテチテチ意味の無い呟きを繰り返している。
親実装はといえばすっかり綺麗に片付けられていく居住スペースに、猛然と抗議の声を上げ、男の脚をポフポフと叩いていた。
「どうしてこんなことするデスゥ! ひどいデスゥァ!! ようやくママのママの頃からの夢だった飼い実装になれたデス! 捨てないで欲しいデズゥ!!」
必死の形相で懸命に自分の居場所を守ろうと抵抗を重ねる。
自分がパンコンしていることすら気付かずに、縋るように、ぶきっちょな両手を伸ばして訴える。
昨日まで、いやほんの少し前まで揺るがないはずだった地位が、希望が消えうせていく。
「何でデズゥ! 良い仔にしてたデス! 我侭も言わなかったデェス!! ご主人様も楽しそうに笑ってくれたデスゥゥゥ!!!」
全ての荷物を袋に詰め終わった男は、それを親実装に差し出すとにっこりと微笑みかけた。
親実装は男の態度が全く変わらないことに、その笑みに恐怖を覚える。
思えばこの男は何をするにもこの笑顔だった。
初めてのお風呂に感激して浴槽内に糞を漏らしたときも、実装フードに興奮し犬食いしてしまったときも。
親指実装に不慮の事故とはいえ怪我をさせた今も。
そして淡々と、半年という時を共に過ごしてきた親仔たちとのつながりをあっさり片付けてしまった。
まるでそれは機械のよう。決まりきった作業であるように。
「お前は賢いけど、馬鹿だな。すっかり飼い実装気分だったもんな」
「デ? 何を言ってるデス?」
「俺は一言も飼ってやるって言わなかったろ?」

『来るか?』

確かに男が言ったのはそれだけ。
実装石にはそれは飼ってやると同義だと思っていたのだが。
「な、なにを仰るデス!? ワタシ達はご主人様に飼って…」
「お前は疑問を持たなかったのか。飼い実装に必須なものをお前たちは持ってないだろう?」
「そ…そんなことは無いデス!」
定期的に出てくる食事、温かいお風呂、安全な寝床。
子供たちは元気に成長し、優しい主人が遊んでくれる。
まさしく飼い実装そのものではないか。
しかし、その感情とは別にちくりとしたものが親実装の胸の中で動いた。
なんだろう。
テレビで見た飼い実装の紹介番組を思い出してみる。
テレビの中の実装石たちも、ご飯美味しい、お風呂気持ち良い、ご主人だいすきと言っていた。
そう、毎回五分程度の紹介で最後にご主人様に名前を呼ばれた実装石たちはとても幸せそうで、
「……デ?」
「どうだ思いついたか?」
「ご主人様はワタシを呼ぶときは…」
「お前、だな」
「子供たちを呼ぶときも…」
「お前、だな。分かりやすいように頭撫でたりしてたけど」
「……ワタシのお名前はなんデスゥ?」
親実装の身体が小刻みに震えている。

「ないよ」

「デ…? も、もう一回お願いしますデス」
「ないって」
「ナイ、という名前デス?」
「ちがうちがう、お前はうちに来る前も来てからもずっと名無しだって」
「嘘デス……」
「だと良かったな」
わしわしと男が親実装の頭巾の上から頭を撫でる感触は変わらない。
親実装は二匹の子供たちに振り返った。
仔実装たちも信じられないといった表情で、ただ口をあけてこちらを見ていた。
「…なんだったんデスゥ」
「ん?」
「それじゃあ、今までの幸せな生活はなんだったんデスゥゥゥ!!?」
「そりゃ『上げ』の期間だよ」
搾り出すような親実装の問いかけにさらりと男は答えた。
虐待の基礎の基礎、上げ落とし。その前準備期間を上げという。
「本当はもう少ししたら、あの糞蟲がサイコロを盾に我侭を言い出すはずだったんだけどな」
男が言うには、サイコロで辺りはずれがあるのがミソだという。
当りが出れば特別。
当れば何でも願いがかなうと勘違いし、分不相応な要求我通らなくなると、
『コロコロするレチ! アマアマでたらコンペイトウよこすレチ!!』
などと言い出してくる。
その頃合ではずれに『餌抜き』や『デコピン』から始めて、『服没収』や『前髪剃り』等を追加していき、いつしか楽しかったサイコロが苦痛になるというものだ。
「今回はお前が懸命だったからなぁ。褒美に生かして返してやるよ」
「お前と呼ぶなデスゥ! そんな褒美はいらないデズゥァァ!! 名前を…名前をつけて欲しいデスゥ……」
叫びは泣き声に。
力なくぺたりと床に座り込んだ親実装は完全に脱力していた。
ふらふらと仔実装たちが吸い寄せられるように親実装の元へやってくる。
「ママァ…ワタチたち飼い実装じゃなかったテチ?」
「ワタチ悪い仔テチュ? いけないことしたから捨てられるテチ?」
仔実装たちはまだ自分たちの処遇を理解できていない。
はたまた理解しようとしていないのか。どちらにせよ、親もニンゲンも責めようとはしない姿勢に親実装は涙する。
(この子達はホントに幸せになるべき子達デス…ふがいないママを許して欲しいデス)
「しょうがないなぁ」
男は笑っていた。それまでの笑みとは違う、醜悪な他者をあざ笑うもの。
「デッス?」
のそりと顔を上げた親実装に二センチ角の直方体が差し出された。
「当りが出たら、名前をやるぞ? まぁ外れたらこのまま公園に出た方がましだったと思えるような目にあわせるけどな」
「……やるデス」
親実装は即答した。
もはや自分たちは公園で生きていけるほど強くないと、堕落してしまっていると自覚があるのだ。
それに、親実装は忘れられなかった。このニンゲンがとても優しく、自分たちを労わってくれた事実を。
今一度、名前さえあればもっと深く愛着を持ってくれるのではないか、今度こそやり直せるのではないか。
飼い実装への一線を今度こそ越えられるのではないか。
受け取ったサイコロはずしりと重い気がした。


「やめるデェッス!? 振ったらぶっ殺してやるデェス!!」
「アマアマ欲しいテチ。ママなんか知ったことないテチ」
仔実装がサイコロを投げる。
それをとめようと躍起になっているのは禿裸の実装石。
唯一身に着けている首輪によって、部屋の隅へ縛り付けられている。
もっとも油で焼きつぶされた脚ではろくに動くことも適わないだろうが。
「テェ…また駄目テチ。オネチャしっかりするテチ」
「ごめんテチ。でも次があるテチ。それに蛆ちゃんもウマウマテチ」
サイコロは蛆実装のイラストを表に出していた。
「ギィィィィ! またワタシの仔を食うデスゥゥゥ!? 駄目デズゥゥ絶対に許さないデズァァッァァッァ!!」
そんな親実装の声もなんのそのとばかりに、男がタバスコを持って近づく。
「来るなァァァ! 来るんじゃないデェェッェェェス!!」
盛大に糞を漏らしながら壁に向かって後ずさりする禿裸は、かつてのやさしさも穏やかさの欠片も見当たらない。
「まぁまぁ、ガキが腹空かせてんだからさ」
がっちりと禿裸の顔を押さえると、タバスコ瓶をこれでもかと振りかける。
「デガァァッァッァァッァァ!!」
同時に生まれてくる蛆実装たち。
「テッテピャ!?」
「テピィ!」
産声を上げるまもなく仔実装たちの口に収まっていく。
「やっぱり蛆ちゃんウマウマテチュ〜ン」
「ママも食べるテチ?」
自身の兄弟を躊躇い無く食らう子供たちに、ママと呼ばれた禿裸はそれどころではない。
眼球を襲う激痛にもんどり打つだけだ。
「ママは今忙しいみたいだな」
「テェ…残念テチ」
「ウンコ出るテチ!」
妹仔実装が急に立ち上がったかと思うと、禿裸とは反対の部屋の隅へ向かう。
そこにはちょっと大き目のお菓子の缶がブルーシートの上に乗せられていた。
仔実装がその缶の縁に腰掛けるように下着を下ろしてしゃがみこむと、悲鳴が漏れた。
「レヒィィィィ! もうウンチはいやレチィ!! ママァー! ママァブゲボロブブブブブブベェ」
両の手足を失い糞溜めに転がされているのはかつての親指実装だったもの。
今は親実装と同じく服も髪もむしりとられ、仔実装たちのトイレ兼玩具としてのみ存在を許されていた。
「一杯出たテチ!」
とてとてと男のところへ戻ると、
「ごしゅじんさま、遊んでテチ!」
「なんだもう飯はいいのか? 何して遊ぶ?」
「コロコロするテチ!!」
遊ぶ内容をサイコロで決めたいと主張する。
「ワタチがやりたいテチ!!」
姉仔実装が食いかけの蛆実装を母親だったそれに投げつけて、男の下に走る。
「はっはっは、二人で仲良く投げるんだぞ」
「テチィ!」「テチュン!」
ぴくぴくと痙攣する禿裸は朦朧とする意識の中で、懸命に声を出そうとする。
(やめるデスゥ…もうイタイのはいやデ…ス……)
強制出産で使い果たした体力でこれ以上虐待されては持たない、とそう感じているのだ。
けれど非常にも歳は投げられた。
「お、割り箸かぁ。なかなかいいところつくな」
男は弁当についていた割り箸を適当な長さになるように折る。
いびつな断面とも呼べない折口を前に、平らな部分を小脇に抱えるように仔実装たちは構える。
「とつげきテチュー!」
「チュッチュゥン!!」
痛みが来る。
禿裸がその瞬間から顔を背けたとき、四角く切り取られた空が見えた。
いつも外を見下ろしてた窓。今は見上げる位置にある。
外はまだ暑いだろうか。
腹部に感じる熱さを忘れようと、禿裸は在りし日の公園の様子を思い出そうと努めた。

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1 Re: Name:匿名石 2019/11/25-00:15:07 No:00006139[申告]
何度も読み返すぐらい好き
2 Re: Name:匿名石 2022/11/16-20:50:35 No:00006596[申告]
親が死んだ後は仔実装2匹が痛い思いする番だな
3 Re: Name:匿名石 2023/06/17-09:04:42 No:00007307[申告]
心優しい姉妹ががっつり糞蟲化してて笑う
4 Re: Name:匿名石 2023/06/17-13:19:18 No:00007308[申告]
基本自分で手を下さず選択肢も用意する腰を据えてじっくり上げ落としするタイプの虐待派を何とか自分は出来ると思っちゃってる時点がこの親実装の限界だな
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