タイトル:【観察】 捨てられた実装石の生涯
ファイル:パンチョ2.txt
作者:MB 総投稿数:1 総ダウンロード数:8505 レス数:1
初投稿日時:2010/11/04-02:24:04修正日時:2010/11/04-02:24:04
←戻る↓レスへ飛ぶ

深夜の公園、その入り口付近でキョロキョロと周囲を気にしている若い男がいた。
男の手にはダンボール箱が抱かれている。やがて辺りに人がいないことを確認した男は公園
に入り、青葉の茂る桜の木の下にそれを置いた。

「ごめんな…。 うちではもう、おまえを飼うことは出来ないんだ…」

男は箱に向かってボソボソと話しかける。自分のアパートはペット禁止であること、大家に
ばれて出て行くか捨てるか迫られたこと、ここならきっと誰かが拾ってくれる、などなど。
箱はなにも答えない。男の懺悔にもまったく反応しなかった。
寂しそうなため息をひとつ吐き、男は静かにその場を後にした。

箱の中では1匹の仔実装がのん気な寝息を立てていた。



「テチュゥ…」
差し込んできた朝日の眩しさに捨てられた仔実装が目覚める。最初に見えたのは見慣れ始め
た白い天井ではなく、青々とした葉をつけた大きな木とその向こうの透き通るような青空だ
った。

「テエッ!?」

いつもと違う景色に驚き、飛び起きて周囲を見渡す。しかしダンボール箱は捨て仔実装の身
長より遥かに高いので周りの様子はまるで見えない。これもいつも寝床にしている小さな箱
とは違うものだった。

「テッ!? テッ!? テッ!?」

パニックを起こしそうになりキョロキョロ箱の中を見渡す捨て仔実装。だがそこでダンボー
ルの隅に実装フードと金平糖の入った小皿を見つけた。その隣には水の入った小皿も置いて
ある。

「テッチューン☆」

その瞬間捨て仔実装の頭から今置かれている状況への疑問は吹き飛んだ。フードと金平糖の
合わせ盛りの前に座り、ガツガツと食い漁る。いつも出される1食分の数倍は入ったフード。
1日1個しか貰えなかった金平糖も山盛りだ。捨て仔実装は腹が膨れて苦しくなるまで食べ
続けた。
やがて満腹になって、心に余裕のできた捨て仔実装は箱の中を探索してみることにした。
といっても狭い箱の中。敷いてあるタオルと、半分ほどになったフードと金平糖の入った皿、
飲み水の入った皿、それくらいしか目に付くものはなかった。
すぐに飽きてしまった捨て仔実装は箱の上に向かってテチテチ鳴き出した。

「ニンゲンさーん! お腹いっぱいテチー もうここから出してほしいテチー」

しかし応えるものはいない。小鳥と虫の鳴き声が静かに聞こえてくるだけだ。

「なにしてるテチー? ここは退屈テチー 早くワタチと遊ぶテチー!」

いくら叫んでも同じこと。捨て仔実装が何度呼びかけても、いつもならすぐに玩具を持って
きた人間が今日は現れない。
そのうち捨て仔実装は癇癪を起こして壁を蹴り、フードを投げつけ、タオルを噛んで破ろう
とした。そしてどこか開くんじゃないかと内壁をアチコチ押して回りだした。
だが仔実装の力で真新しいダンボールがどうにかなるはずもなく、いたずらに体力を消耗し
た捨て仔実装は疲れて座り込んでしまった。文句だけはぶつぶつ呟いている。

しばらくそうしていたが捨て仔実装は急にソワソワしだす。糞をしたくなったのだ。
詰め込んだ食料の一部が早くも糞となり出口を求めている。しかし周りを見てもトイレにな
りそうなものがない。
捨て仔実装は立ち上がると箱の隅へ行き、おもむろにパンツを下ろすと盛大に排泄し始めた。
勢いよくひり出された糞が飛び散り、パンツや尻、足に付着していく。
家の中で糞をしてはいけない。それは母親から教えられ、野良時代はダンボールハウスの外
でしていた。飼いだったときは寝床である小さな箱以外の場所でした。飼い主にしてみれば
そこも室内なのだが、まだ小さいから仕方ないと思って躾けることもなかった。
そして今、捨て仔実装は自分が入っているこの箱を家だと認識していなかった。
排泄の快感に恍惚の表情を浮かべていた捨て仔実装だが、終わるやいなやその凄まじい臭い
に顔をしかめる。狭い箱の中で大量の糞を出したのだから当然だ。

「テチャァ… くさいテチィ! はやくここから出しテチー!」

あれだけ呼んでも誰も来なかったのに、そのことはもうすっかり忘れていた。
ひとしきり騒ぎ立てた捨て仔実装は今度は横になって不貞寝を始める。
どうしてこんなところにいるのかわからないが、ここで待ってればそのうち飼い主が来てく
れるはず。そうしたら汚れたパンツとお尻を洗ってもらって、待たせた分たくさん遊んでも
らうんだ。
捨てられたという考えに及ぶことなく、飼い主が迎えに来ることを信じて疑わない。

だが捨て仔実装の期待は裏切られ、彼女は実に5日間をこの箱の中で過ごすことになる。



仔実装を捨てた男は知らなかった。この公園には、住み着いた実装石たちによる強烈な臭い
が原因で一般人は滅多に近寄らないことを。
さらに先日行われた駆除作業により、住み着いていた実装石たちのほとんどが処理されてい
た。
そのため愛護派、虐待派、虐殺派といった実装石に興味のある人間たちも他所の公園へ出向
いてしまい、わずかにいる駆除を生き延びた賢い実装石たちも茂みの中に隠れて人目に付か
ないように生活していた。
幸か不幸か、捨てられた仔実装は同属喰いや虐待虐殺派に襲われることなく、また一般人や
愛護派に救われることもなく、ダンボール箱の中に閉じ込められ続けた。
ようやく変化があったのは6日目の朝になってのことだった。



「デスゥ?」

1匹の成体実装がダンボール箱に近づいてきた。スンスンと臭いを嗅ぎながら箱の周りを回
り、時折ポフポフと手で叩いたりしている。箱の高さは成体実装の目より少し低いくらいだ。
思い切り背伸びをするとどうにか中の様子をうかがうことができた。
覗き込んだ途端、立ち込めた目にしみるような糞臭に思わず顔を背ける。改めて見てみると、
箱の中にはタオルが敷かれ、空の小皿が2つ置いてあった。一角には床面積の4分の1は占
めるであろう大量の糞が溜まっている。それ以外には何も…。
 と思ったとき、視界の隅で何かが動いた。成体実装の足元近く、ギリギリ覗ける今の状態
では死角となる場所に何かがいる。
成体実装は急いで反対側へ回り、同じように覗き込んだ。そこにいたのは10cmほどの仔
実装。ぐったりと横たわり、時折弱々しく鳴きながらピクピクと痙攣している。
男が数日分と思って入れた餌は初日の昼で食べ切ってしまった。水も二日目で飲みきった。
木陰とはいえ初夏の日差しと気温はジリジリと捨て仔実装の体力を奪っていく。風通しの悪
い箱の中は蒸し、腐った糞の臭いが充満していた。
どんなに叫んでも反応はなく、どう頑張っても出られない。
そしてついに力尽きて倒れたのが昨日の晩だった。

「デ… デ… デェェェッ!!」

それを見た成体実装はなぜか狼狽するかのように後ずさると、頭を抱えてうずくまってしま
う。
そのままイヤイヤをするように頭を振ったりしていたが、しばらくして急に立ち上がるとダ
ンボール箱に手をかけて思い切り引っ張った。
箱は横倒しになり、2つの小皿と半分固まりかけていた糞、そして捨て仔実装がドサドサと
落ちて投げ出された。
成体実装は横たわる捨て仔実装を抱き上げる。そしてなんと、自身の服を捲り上げ、露にな
った乳房に仔実装の顔を押し付けたのだ。
通常、実装石はよほど結束の固い群れの仲間でない限り他石の面倒を見ることはあまりない。
ましてや他石の仔実装など食料以外の何ものでもないはずだった。
他石どころか自身の子供でさえ非常食としてみる者が多い中、見ず知らずの仔実装に乳を与
えるこの実装石の行動はまさに異常と言えるものだ。

これには訳がある。この成体実装は数日前の駆除で子供を亡くしたばかりの親実装だった。
彼女は朝早くに食料を探しに行く。早朝に出歩いている人間は少なく、怠惰な同属はまだ眠
りこけているため比較的安全に食料を手に入れることができるからだ。その日も餌場である
ゴミ捨て場で十分な量の食べ物を手に入れることができた。
巣で待つ子供たちのため急いで帰ってきた彼女だが、どうにも公園の様子がおかしい。いつ
も出入り口に使っていたフェンスの穴が塞がれていた。

「デェ?」

何故かはわからないが通れない以上仕方がない。目立つ場所は通りたくなかったがフェンス
沿いに歩いて公園の出入り口に到着した。
 が、ここも深く打ち込まれた木杭とそれを結ぶ有刺鉄線で完全に閉鎖されていた。

その時、公園中のいたる所から同属の悲鳴が聞こえてきた。断末魔の大合唱だ。
何ごとかとうろたえる彼女の前に突然1匹の実装石が飛び出してきた。
血走った目で、手に針が刺さるのも意に介さず有刺鉄線を掴むとガシャガシャ揺らし始める。

「おまえ!どうやって出たデス!? 私もここから出すデスゥ!!」

その迫力に思わず後ずさる。その瞬間向こうにいた実装石の頭がほぼ首元まで凹字状に陥没
した。音を聞きつけてやってきた駆除業者が手にした金属棒で思い切り殴りつけたのだ。

「ん? おい、外に1匹いるぞ!」
「あん? ほっとけよ。 俺達の仕事は『公園内の実装石の駆除』だろ」
「それもそうだな。 下手に手ぇ出してどこぞの飼い実装だったら後々面倒だしな」

虐待虐殺派くずれでなく、ビジネスライクでお役所仕事な業者だったのが幸いし彼女はその
場から逃げ出すことができた。物陰に隠れ、恐怖で震えながら公園の封鎖が解除されるのを
待ち続けた。
夕方になってようやく戻れた公園は今までにないほど静まり返っている。
彼女は大急ぎで自分の巣へ、子供たちの待つ我が家へ急いだ。

だがそこにあるはずのダンボールハウスはなくなっていた。
この成体実装にとって初めての仔供。手塩にかけて育ててきた可愛い仔供たちは僅かな血痕
と糞尿を残し、思い出の詰まった我が家ごといなくなってしまった。
彼女は大声で泣いた。
泣いて、泣いて、日も沈んだ頃、倒れて動かなくなった。
ショックから凄まじいストレスを受けた偽石が、自壊を防ぐべく肉体を仮死状態にさせたの
だ。
彼女は数日間眠り続けた。駆除のせいで倒れた彼女が、その駆除のおかげで同属喰いに襲わ
れなかったというのは皮肉だろう。

やがて目覚めた彼女は起き上がろうとして、全身に走る痛みに悶絶した。何日も同じ体勢で
倒れていたため体中の間接や筋肉が固まっていたのだ。痛む身体を木に預けながら彼女は考
えた。

なんでこんなに体が痛いんだろう?地面で寝てたから? なんでおうちじゃなくて地面なん
かで寝てたんだろう? おうち…、おうちがない…? 私の大事なおうちがなくなってる…!
あれ、なんだろう。 おうちの中におうちより大事なものがあった気がする…。 なんだっ
け? 思い出せないや…。
そうだ、公園の入り口で…、仲間が人間にひどいことされたんだ。 きっと私の体が痛いの
も人間にひどいことされたからなんだ。おうちも人間が壊して持ってっちゃったんだ…。
でも…、生きてて良かった。

目覚めた彼女は一部の、特に仔供に関する記憶をごっそりなくしていた。
偽石の自衛作用によるものか、長時間の仮死による影響かわからないが、彼女はもっとも辛
い記憶を忘れることができたのだ。
人間なら数日かけてほぐさなければならない間接や筋肉の凝固も、実装石の回復力を持って
すれば一晩で動けるようになる。と言っても動いたことで破壊された箇所が勝手に再生する
だけという荒療治だが、とにかく翌日の朝には以前と変わりなく動けるようになった。
忘れた何かが気にはなるが、まずは食料と新しい住処を見つけなくてはならない。

 と思ってた矢先、桜の木の下にダンボール箱が置いてあるのを見つけたのだ。
同属であればあんな目立つ場所に巣を構えたりはしない。ならば単に捨てられたダンボール
か、あるいは捨てられた飼い実装だろう。
箱に近づいた彼女は状態を確かめながら周りを見て回った。

うん、これはいいダンボールだ。大きさも手頃だし何より新しい。糞の臭いがきついがこの
くらいなら問題ないだろう。よし、これを新しい家にしよう!
そのためにはまず現所有者を追い出さないと。なに簡単だ。捨てられた飼い実装なんてち
ょっとうまいこと言えばコロッと騙されるんだから。

そう思って中を覗いた。てっきり成体実装がいるものだと思っていたが、意外なことに中に
いたのは仔実装1匹だけだった。ますます簡単だ。彼女は箱を倒そうとした。
ところが、箱の隅で衰弱して小さな声を上げる仔実装を見た瞬間、彼女は心が締め付けられ
るような感覚に陥った。
切ない、辛い、悲しい。そしてとてつもなく愛しい…。
そして記憶が断片的にフラッシュバックする。

仔供…。 そうだ、私には仔供がいたはず…。 でもいなくなってしまった…? じゃあこ
の仔は誰? 違う…。 違わない…。 いるじゃないか…。 私の…。 私の仔!!
生きてたんだ! 1匹だけだけど、生きててくれた!! 人間に連れてかれて閉じ込められ
てたんだ。 待ってて! 今出してあげるから!!

気が付けば彼女は捨て仔実装を取り上げ、その口に自らの乳房をあてがっていた。
断片的に戻った記憶による混乱と実装石持ち前の幸せ回路が絶妙に絡み合い、『仔供が生き
ていた』という結論に至ったのだ。そして弱った仔を目の当たりにし、本能的に母乳を飲ま
せようとしたのだった。



捨て仔実装は鼻先に感じる甘い匂いに反応した。衰弱は激しく目も霞んでいてよく見えない
が、懐かしいその匂いの元を必死で探す。
そしてようやく成体実装の乳首をくわえることができたとき、残る力すべてを使ってそれを
吸い上げた。食い千切らんばかりの勢いでゴキュン、ゴキュンと飲み込んでいく。

「デスゥン! デェェェスゥン…!!」

成体実装はその刺激に喘ぎ、そして失ったと思った我が仔を再び抱ける喜びに涙した。
実装石の母乳は仔実装にとって何よりも勝る栄養源である。息も忘れるほど無我夢中で吸い
続けた捨て仔実装は早くもカサカサだった肌に張りが出てきた。
そして遂に乳房から顔を離すと、今度は成体実装の胸元に顔を埋めて大声で泣き出した。

「ママッ! ママァァァっ!!」

生命の危機に瀕した捨て仔実装が叫び求めたのは、人間の飼い主ではなく、自分を最も愛し
てくれた母の姿だった。
2匹は桜の木の下で声も涙も枯れるまで抱き合い、泣き続けた。



数日後、公園の茂みの奥にひっそりと置かれたダンボール箱。葉っぱや小枝で巧妙に隠され
たその中に、あの成体実装と捨て仔実装がいた。
あの後、成体実装はダンボール箱を担ぐと動けるようになった捨て仔実装を連れて公園の奥
へ、かつての我が家があった場所へと戻った。家族を取り戻せた喜びをかみ締めながら。
完全に我が仔だと思い込んでいる成体実装に対し、捨て仔実装の方はこの成体実装が実の母
親でないことを理解していた。本当の母親は彼女の目の前で死んでいる。それは何よりも忘
れがたい記憶だ。
しかし元々誰かに依存して生きていく性質を持つ実装石。死の淵まで追い詰められた捨て仔
実装が唯一手を差し伸べてくれたこの成体実装を庇護者として認識するのは当然の成り行き
だった。
そして新品のダンボールハウスの中で2匹の実装石の新しい生活が始まったのである。


壁を背に座っている継母実装と箱の中を走り回る捨て仔実装。今は遊びの時間の真っ最中だ。
捨て仔実装は継母実装の投げた小石を拾いに走っては戻り、また投げられた小石を追っては
拾って戻る。犬のボール遊びと同じ単純な遊びだが仔実装は心底楽しそうに小石を追いかけ
た。

「テッチ! テッチ! 捕まえたテチ! ママァ! 見てテチ!また捕まえたテチューン☆」
「よくできたデスゥ。 おまえは天才デスゥ!」

小石を拾って戻ってきた捨て仔実装の頭を継母実装は目尻も頬も垂れ下がっただらしない顔
で撫でる。撫でられている捨て仔実装の顔もどっこいどっこいだ。さすが型を取って量産し
たようなナマモノだけはある。
そうしてまた放られた小石を追って捨て仔実装は駆け出すのだった。


「テチュー… ママ、お腹がすいたテチィ…」

疲れて走れなくなるまで小石遊びを繰り返した捨て仔実装は継母実装に空腹を訴えた。
それを聞いて継母実装は少し困ったような顔をする。

「ママー、おっぱい欲しいテチュ 早く飲ませテチー」

これが継母実装の悩みの種だった。
ここに来た当時、動けるようになったとはいえ捨て仔実装の体力はまだまだ回復したとは言
い難い状態だった。そんな捨て仔実装に継母実装は母乳を与え続けた。栄養価の高い母乳が
仔実装を回復させるのに一番適していることを知っていたからだ。
そうしているうちに最初はぎこちなかった捨て仔実装もいつしか自然にママと呼ぶようにな
り、本当の母親のように甘えるようになっていった。
だが今、継母実装はその母乳がもうほとんど出なくなっている。彼女が仔を産んでからずい
ぶん日が経っていた。もし彼女の本当の仔共たちがまだ生きていたならばとっくに乳離れし
ている頃だ。自然と身体は母乳の生産をやめ始める。
しかし捨て仔実装は母乳を求め続けた。肉体的には母乳を必要とするほど幼くはない。むし
ろ継母実装の本当の仔より生まれた日は早いくらいだ。現に飼われていたときは固めの実装
フードを主食にしていた。
だがそのために肥えてしまった味覚は、差し出された生ゴミを受け付けることができなかっ
た。継母実装が苦心して手に入れた、他の野良が羨むようなものであっても、だ。
泣いても喚いてもそれより良いものが出ないと悟った捨て仔実装は代わりに母乳を求めた。
母乳はほんのりと甘く、生ゴミや虫に比べたら幾分とマシな食事だったからだ。
だが最近その母乳の出が悪い。いくら頬を窪ませて吸い上げても満足できる量まで飲むこと
ができないのだ。普通であればこの辺りから仔実装たちは乳離れを始める。そしてその頃に
なると親実装たちの心境にもある変化が起こりだすのだった。

母乳が出なくなるということは親実装の体内のホルモンバランスに変化があったことを示し
ている。実装石は妊娠を機にあるホルモンが分泌され始める。このホルモンが実装石の母性
本能を著しく刺激し、よほどの糞蟲でない限り生まれてくる仔共に並々ならぬ愛情を持つよ
うになる。
だが出産後しばらくするとこのホルモンの分泌は抑えられてくる。結果、それまで盲目的に
向けられていた仔共への愛情が唐突に薄れてくるのだ。
並みの個体であればこの頃から我が仔を自身の愛情アピールのための道具、あるいはストレ
ス発散の玩具、ひどい時には食料として見るようになる。いずれにしろ今までの可愛がり振
りが嘘のように態度を急変させる。
だが稀にいる愛情深い個体は違う。ホルモンの影響がなくなった後も変わらず仔を愛し続け
るのだ。この段階で実装石全体に一割いるかどうかの確立である。
だが残念なことに愛情深いだけでは仔育てはできない。無制限に甘やかされた仔は例外なく
増長し、結果として家族に不幸を招く。半端に愛情のみ持った親は『悲しいこと』をするこ
ともできず、糞蟲と化した我が仔によって直接、あるいは間接的に命を落としていった。
実装石として奇跡ともいえる愛情深く、なおかつ賢い個体のみが厳しい躾を行い『悲しいこ
と』を乗り越えて仔を育て上げられるのだ。その確立はもはやコンマ数パーセントを下回る。



「デ、デスゥ…」

母乳を求めてテチテチと叫ぶ我が仔の姿に、思わずいつものように服をたくし上げそうにな
った継母実装はすんでのところで思い直した。

このままでは駄目デス…。このまま甘やかしたらこの仔はきっと駄目になるデス。そうなっ
た実装石は生きていくことなんかできっこないデス。
私はママデス…。この仔をきちんと育てなくちゃなんデス…!

「なにしてるテチ? 早くおっぱい飲みたいテチー」

捨て仔実装の訴えを無視してハウスの奥へ移動し、そこに隠したビニール袋の中から腐りか
けたリンゴを取り出す。それを捨て仔実装へ差し出した。

「おっぱいはもう終わりデス。 今日からちゃんとご飯を食べるデス」
「テェェェ…?」

捨て仔実装はスンスンとリンゴの匂いを嗅いだ。だが途端に顔をしかめて騒ぎ出す。

「テチャァ! 腐ってるテチ! こんなの食べられないテチ!」

そう言うやいなや差し出されたリンゴを押しのけると継母実装のスカートを捲り上げ、露に
なった乳首にしゃぶりつこうとした。
だがその首筋を継母実装に掴まれ、ダンボールの床に放り出される。

「テヂュッ!?」

背中から落ちた捨て仔実装は詰まった悲鳴を上げた。キョトンとした顔で継母実装を見上げ
る。まったく予想していなかった行為だったため、自分が何をされたのかわかってないよう
だった。
だからこそ同じように継母実装の両足の間に突進し服の中に潜り込もうとする。
そして同じように掴み上げられ、今度は少し強く放り出された。

「テヂャブッ!!」

捨て仔実装はワンバウンドして壁にぶつかる。さすがに今度は自分が何をされたのか気付い
たようで信じられないという表情で継母実装の顔を見た。

「ママァ! なんでテチ!? ワタチはお腹空いてるんテチ!なんでおっぱいくれないんテ
 チィ!?」
「おっぱいはもう終わりだと言ったデス。 お腹が空いたならそれを食べるデス」
「いやテチィ! あんなの食べ物じゃないテヂャァ! おっぱいがないならフードを出すテ
 パンッ
「・・・・・テ?」

突然頬に走った痛みに固まる捨て仔実装。信じられなかった。優しかった継母が自分に手を
上げたことが。

「わがままを言っちゃ駄目デス。 食べられるご飯は限られてるんデス。 生きるためには
 なんでも食べなきゃいけないんデス」

手は上げたものの、あくまで口調は優しい継母実装。決して感情にまかせて殴ったわけでは
ないことがうかがえる。
しかし捨て仔実装は目に涙を浮かべると大声で泣き出した。

「テェェェン テェェェン!」ちら… ちら…

捨て仔実装は過去の経験から知っていた。泣くとママはおっぱいをくれる。夜中にふと悲し
くなったときも、遊んでるうちに転んで怪我をしたときも、あの時は演技でなかったが捨て
仔実装が大声で泣いたときはすぐに継母実装が駆けつけ、優しく抱き上げて母乳を与えて
くれた。
大好きなママにぶたれてとても悲しかったが、本気で泣く寸前、土壇場で捨て仔実装はその
悲しみを逆に利用することを思いついたのだ。ちらちらと様子をうかがいながら大げさに泣
いてみせる。ほら、ママが来てくれた。

 パンッ
「テッ…!?」

抱いてもらえると思い込んで早くもバンザイのポーズをした捨て仔実装の頬をまたしても継
母実装がぶった。

「大声で泣いては駄目デス! 危ないものを呼び寄せてしまうデス!」

仔実装の大きな泣き声は犬や猫といった天敵だけでなく、同属喰いや人間なども呼び寄せる
危険なサイレンだ。せっかく見つかりにくい家に住んでいても、これではむざむざ居場所を
教えているようなものである。
今までは母乳を与えて落ち着かせることで仔の泣き声を抑えてきたが、これからは食事と同
じく泣くことも我慢できるように教えていかなければならない。
しかし捨て仔実装はまだ我慢のガの字もない。再び継母実装に叩かれたことと、またしても
母乳が貰えなかったことで今度は本気で泣き出してしまう。

その後捨て仔実装は6発のビンタをもらってようやく泣き止んだ。


朝が来て捨て仔実装は目が覚めた。途端に腹が空腹を訴えて鳴り始める。昨日の昼から何も
食べていない。腐ったリンゴは壁際に転がされたままだ。
結局昼は何も食べなかった捨て仔実装は夜になると懲りずに母乳を求めた。だが継母実装は
折れることなく、リンゴを指差して(腕差して)食べるよう言った。
捨て仔実装は駄々を捏ねて叩かれ、泣きまねをして叩かれ、本気泣きして叩かれた。
そして疲れてしまった捨て仔実装は晩の食事も取らないまま寝てしまったのだった。

ちらりと継母実装の方を見る。継母実装は捨て仔実装に背を向けて眠っていた。母乳を求め
ても昨日の繰り返しになるだろうことは捨て仔実装にも予想できた。
ママはもうおっぱいをくれない。お腹がぺこぺこなのに食べるものはない。
だが実際には違う。食べるものならあるのだ。捨て仔実装は壁際に落ちているリンゴに目を
やった。
餌のないダンボール箱の中で死ぬ寸前まで追いやられたことのある捨て仔実装は、飢えるこ
との恐怖が心の芯まで染み付いている。拾われてからは毎日、満腹になるまで継母実装から
母乳を与えられていたことですっかり忘れていた飢えへの恐怖が、ほぼ24時間食事を抜い
たことでここにきてようやく思い出された。

捨て仔実装は落ちてるリンゴを拾いあげた。腐りかけたリンゴの酸っぱい臭いに顔をしかめ
る。しかししばらくして、意を決したように齧りついた。
込み上げてくる吐き気を必死に抑えながら咀嚼し飲み込む。捨て仔実装は目に涙を浮かべな
がら食べ続け、時間をかけて遂に食べきることができた。口の中にまだ不快感は残っている
が、腹が満たされた感覚に安堵のため息をつく。
 とそのとき、いつの間にか起きた継母実装が自分を見つめていたことに気が付いた。
一瞬ビクッとした捨て仔実装は次の瞬間、継母実装に強く抱きしめられていた。

「デェェェスゥ… よく頑張ったデス… おまえは自慢のムスメデスゥゥゥ!」

その目からは大粒の涙が溢れ流れていた。

「ママ…、 ママー! ごめんなさいテチ! ごめんなさいテチィ!」

捨て仔実装も泣いた。本当の母親でないことからどこか継母実装のことを侮っていたところ
があった。それを後悔し反省した。捨て仔実装自身もまた愛情深い個体だったのだ。
この日から捨て仔実装は継母実装の出す食べ物に文句を言わなくなった。最初のうちは我慢
しながら食べた生ゴミや雑草、虫なども次第に普通に食べれるようになった。

食事の面を見てもわかるとおり、一度飼いになってしまった実装石が再び野良の生活に戻る
のは非常に難しい。幸いこの捨て仔実装は飼いだった期間が短かったこと、拾った継母実装
が愛情深く忍耐強い個体だったこと、捨て仔実装自身がそれなりに賢い個体だったこと、な
どなど幾つもの偶然が重なったおかげで手遅れになるまえに元飼いとしてのプライドを捨て
ることができた。
だがそこに至るまでの道のりは苦労の連続だった。
例えば風呂。体を洗うために池に連れて行っても、冷たい水はイヤだ、温かいお湯でないと
入りたくない、いい匂いのアワアワで洗え、と駄々をこねた。
ある時は留守番。継母実装が食料を探して戻ってみると巣の中に捨て仔実装はおらず、散々
探した末に砂場で遊んでいるところを発見した。連れて帰るのを嫌がり、留守番は退屈だか
らイヤだと泣き喚いた。
その度に成体実装は厳しく、忍耐強く躾を行った。その甲斐あり捨て仔実装は徐々に野良と
しての生き方を徐々に身に付け、夏が終わる頃には一人前の野良実装石に成長していた。
やがて彼女の鳴き声が『テチ』から『テス』へ、そして『デス』に変わり始めたころ。継母
実装は2匹で住んでいたダンボールハウスから出て行き、そして二度と帰ってこなかった。
親離れの時期と悟ったのだろう。野良実装石の親離れは大抵の場合、親が出て行くことで行
われる。実装石は依存体質であるためいくら仔を追い出しても戻ってきてしまうのだ。親の
方がいなくなることで仔に自立心を芽生えさせるのである。だが甘やかされるだけ甘やかさ
れた仔は自立心のジの字も抱くことなく、帰ってこない親を待ち続けたあげく巣の中で餓死
する者も多い。
捨て仔実装もとい捨て実装は帰ってこない継母実装を心配してアチコチを探し回った。やが
てそれが親離れと気付くと彼女は思い出のたくさん詰まったダンボールハウスで泣いた。
継母実装に教えられたとおり、決して大声を出すことなく静かに涙だけを流して…。

やがて秋が来て冬が過ぎた。
この地方は雪が降ることは滅多にないが、それでも冬の寒さや食料の激減などを理由に多く
の野良実装石がこの世を去っていった。
そんな中、捨て実装は初めての冬をどうにか乗り切っていた。すでに一度冬を経験していた
継母実装から冬の厳しさについては耳にタコができるほど聞かされていた。実際に体験す
る冬は思ってた以上に厳しいものだったが、継母実装に教わったとおり秋のうちに食料を貯
め、新聞紙やボロ布を集めて寝床の保温性を高めたりすることでどうにか乗り切れたのだ。
彼女は日に日に温かくなっていく気温に安堵し、ハウスの前に咲いた一輪の野花に目を細め
た。そして大きくなったお腹を擦り、優しく歌いかけるのだった。


そして桜の花が咲き出す頃、彼女は母になった。
生まれたのは4匹の仔実装。捨て実装は再び家族ができたことに歓喜した。そして自身が継
母実装にそうされた様に、持ち得るすべての愛情を注いで仔を育て始めた。
母親の愛情を受けて仔実装たちはスクスクと成長した。それに伴い、それぞれの性格が徐々
現れてくる。
長女はとても賢くて愛情深い仔だった。捨て実装の教えることをほぼ一回で覚え、他の姉妹
の面倒を進んで見てくれた。
次女はわがままで乱暴者だった。糞蟲と言ってもいいだろう。よく他の姉妹に暴力を振るい、
捨て実装の躾にもその都度反発した。
三女は泣き虫だ。些細な事ですぐ泣いてしまい、大声で泣いてはいけないと教えてもそれが
悲しくてますます泣いてしまう。長女が一生懸命あやしてようやく泣き止むのだ。次女によ
くいじめられるのも三女だった。
四女は天然で甘えん坊だった。いつも捨て実装にくっついて甘え、なかなか乳離れしなかっ
た。今も排泄の後は長女にお尻を拭いてもらっている。

仔ができたことで苦労することも増えたが捨て実装石は幸せだった。だが彼女の育児方には
重大な問題があったのだ。
確かに捨て実装は愛情深い母親だった。愛情ホルモン(仮名)の分泌されなくなった今でも
変わらず仔を大事に育てているし、生きるために必要なこと、してはいけないことも教え
ていた。しかし彼女の躾には痛みを伴うものがないのだ。つまり叩いたり殴ったりといった
ことがなく、あくまで口頭での注意止まりになってしまっていた。
これは愛情だけが先行してしまいその後のことが考えられない親実装によく見られることで
ある。先にも述べたようにきちんと躾を施せる実装石は少ない。そこには愛情だけでなく、
先を見越した賢さが求められるからだ。捨て実装を育てた継母実装はその両方を兼ねそろえ
た稀有な存在だった。然るべき場所で生を受けたならきっと一流の飼い実装になっていただ
ろう。
しかし捨て実装は愛情こそあれどそこまで賢い実装石ではなかった。今、きちんと躾けない
と将来大変なことになる。それがわからず、可愛い我が仔に手を上げることなく甘やかし続
けた。本人はしっかり躾けているつもりでも、痛みを伴わない注意で反省する実装石など皆
無といってもいい。身に危険がないとわかればどこまでも増長するのが実装石の性なのだ。
賢かった長女と天然の四女はまだ良かった。このままでは時間の問題だっただろうが、まだ
この2匹には糞蟲化はみられない。問題なのは次女と三女だった。
元から糞蟲だった次女はますます手が付けられなくなった。母親にまで暴力を振るい、身の
回りの世話をしてくれていた長女を奴隷と呼ぶようになっていた。
三女は自己主張に泣きを使うようになり、悲しいとき以外でも何か気に入らないことがあれ
ば大声で泣き喚いた。以前は長女が必死にあやすことでどうにか泣き止んでいたが、最近は
要求が通るか喉がかれて疲れるまで泣き止まなくなってしまった。
完全に捨て実装の育児ミスである。だがあるいはここで間引くことでもできれば運命は変え
られたかもしれない。だが躾に手も上げられない捨て実装石が『悲しいこと』などできるは
ずもなく、運命の時は然るべくして訪れた。
糞蟲は家族に災いをもたらすのだ。


事件はその日の晩に起きた。捨て実装の集めてきた食べ物に、例によって次女と三女が文句
をつけたのだ。両者の言うことは量が足りない、味が悪いとほぼ同じだが、次女は癇癪を起
こし暴れ回り、三女は夜であるというのに大声で泣き出した。
捨て実装と長女が懸命に説得しようとしてもまるで聞く耳を持たず、遂には…

「こんなご飯しか持って来れないママはクズテチ! 糞蟲テチ! こんな家にもう用はない
 テチ。かわいいワタチはニンゲンをドレイにしてユーガな生活をするべきなんテチ!」

と捨て台詞を吐いて次女が家を飛び出してしまった。次女が家出をするのはこれが初めてで
はない。過去幾度も家を飛び出しては、腹が減ると何食わぬ顔で戻ってきて食事を要求する
のだった。捨て実装も慣れたもので、もう追いかけることもなく長女と共に三女をあやすこ
とに集中する。その隣では四女が母親の服の裾を摘みながらキャベツの芯をポリポリと齧
っていた。

10分ほど経っただろうか。三女は未だに泣き止まない。捨て実装も長女も疲れてぐったり
としている。捨て実装は頭を抱えてダンボールハウスの外に出た。
その時、目の前の茂みがガサガサと揺れた。とっさに身構える捨て実装。風の揺れ方ではな
い。何かがそこで動いている。
警戒しながら捨て実装が家の中へ戻ろうとした時、小さなものが茂みから飛び出してきた。
それを見て彼女は愕然とする。
飛び出してきたのは先ほど家出した次女だった。だがその姿に見る影はない。
次女の髪は前後共に根元から毟られており、服も右腕に僅かに袖端が引っかかっているだけ
の禿裸と化していた。裸で茂みの中を走ってきたので体のアチコチに切り傷ができている。
だがそれ以上に目立つ痣が全身にあり、右耳は半ばほどで千切れてなくなっていた。

「ママーッ! ママァァァ!!」
「デェェェッ!? 次女ォ! どうしたデス!? 何があったデス!?」

だが次女が答えるより早く、茂みを掻き分けて次女よりずっと大きなものが現れた。

「おっ、いたいた! 実装家族はっけーん☆」

人間の男だった。手には金属製の先の曲がった細長いものを持っている。

「家族がいると思ってわざと逃がしてみたらビンゴォ☆ 茂みに入られたときは焦ったけ
 どデカイ泣き声がいい目印になったぜ!」

そういってクイッと顎でダンボールハウスをしゃくる男。ハウスからはまだ三女の鳴き声が
聞こえている。

「うるせえなっと!」

いきなり男がダンボールハウスを蹴り飛ばした。中の泣き声が悲鳴に変わり、ハウスは近く
の木に当たって落ちた。

「テェェェ…」

ひしゃげた出入り口から三女が這い出してきた。頭が3分の1程へこんでしまっている。そ
れを見て悲鳴を上げる捨て実装。急いで駆け寄ろうとしたところを男に踏みつけられた。

「ほー。 愛情深い個体たぁレアだねぇ」

ぐりぐりと捨て実装を踏みにじりながら男は手にした金属棒でハウスを引っ掛けて持ち上げ
た。

「あん? なんだ、コイツだけかよ」
「デッ!?」

まだ長女と四女がいるはずだが、持ち上げられたハウスからは新聞紙や落ち葉以外に落ちて
くるものがない。この場にいるのは踏まれている捨て実装と禿裸の次女、そして頭を陥没さ
せて痙攣している三女だけだった。

「チッ! しけてんなぁ。せっかく駆除前の虐殺納めに来たってのに…。 これじゃスカッ
 とできねえだろうが!」

男が独り言をブツブツ呟いているが捨て実装は聞いてなんかいない。自分を踏みつけている
この足をどうにかどかし、仔の元へ行こうと必死でジタバタしていた。
だが実装石の力では、潰さないように加減されていてさえ人間の重みをどかすことなどでき
はしなかった。

「逃げるデス! おまえたち、早く逃げるデス!」

捨て実装は声を大にして叫んだ。それしかできなかった。
だが長女と四女は行方不明、三女は失神…、あるいはすでに死んでいる。残るは次女だが…、

「チププププ! ママは無様テチ! まるで潰れたカエルみたいテチー!!」

あろうことか次女はこの状況で親を指差して笑っていた。自分は禿裸にされていることをも
う忘れたんだろうか。そして親を踏みつけている男に向かうと

「ニンゲン! かわいいワタチを飼わせてやるテチ! 光栄に思うテチ!」

などと叫びだす始末。男が無反応なのを見ると今度は地面に寝転び、足を広げて股間を見せ
つけ始めた。誘惑しているつもりらしい。
それを見た男は無言で手にした金属棒を振り上げた。

「ま、待ってデス! お願いデス! やめてデス!」

その意図に気付いた捨て実装は必死で懇願した。だが男はそのまま高くかざした金属棒を、
今は四つん這いになって気持ち悪い声を出している次女に一気に振り下ろした。

 ヒュッ     どぢゃっ

狙いは寸分違わず、金属棒の先端が次女のいた辺りを捉えた。男が金属棒を持ち上げるとそ
こには小さなクレーターができており、その中心から赤と緑の飛沫が飛び散っていた。

「デシャァァァァァッ!!!」

捨て実装は吼えた。その背から足がどけられたかと思うと、同じ足で横腹を蹴り飛ばされる。
捨て実装は転がり、三女の近くで止まった。衝撃で息ができず悶絶する。

「ったく、どういう躾してんだ? 糞蟲が…!」

男が追い討ちを仕掛けようとしたとき、遠くから複数の実装石の悲鳴が聞こえてきた。それ
とほぼ同時に男の携帯が鳴る。

「おう、なんだ? 今?北の林ン中だけど…。 マジで!?そっちいっぱいいんの!?」

男が捨て実装たちから目を離し、悲鳴の聞こえた方向を見る。
その時、捨て実装の近くの茂みから声がした。

「ママ! こっちテチ! 逃げるテチ!」

見れば茂みの奥に長女と四女の姿があった。男が箱を蹴り飛ばすほんの僅か前に、危険を察
した長女が四女を連れて死角となる反対側の隙間から脱出していたのだ。長い月日の前にさ
すがにボロボロになり、アチコチに隙間ができていたのが幸いした。
男は何やら興奮した様子で明後日の方向を見ながら携帯に話しかけている。捨て実装の決断
は早かった。痛む体に鞭打ち、横たわる三女を抱きかかえると茂みの中に飛び
込んだ。

「あっ! コノヤロッ!!」

男が金属棒を振り下ろしたが僅かに逸れて当たらなかった。捨て実装は小枝が身体を裂くの
も気にせず茂みの中を駆け抜ける。

「ぬっ…、クソッ!」

灯りのない夜の林の中だ。男は捨て実装たちを見失ってしまった。実装石に逃げられるとい
う屈辱から怒りに任せて金属棒を地面に叩きつける。だがすぐに踵を返すと未だ悲鳴の上が
る方角へと駆け出した。この怒りをぶつける対象を探しに。



「「ママァ!」」
「おまえたち、無事でよかったデスゥ! ホントに良かったデスゥ!」

茂みの向こうで再開し、涙を流して抱き合う捨て実装石親子。実際のところ男からそんなに
離れたわけではないのだが、緑の服が暗がりで迷彩となり男に気付かれずにすんだ。もしこ
れが昼間だったらすぐに見つかって潰されていたことだろう。

「三女オネチャ、しっかりするテチィ…」
「テェェェン ママ…、次女チャンが…」
「仕方なかったんデス。 あの仔がニンゲンを呼んでしまったんデス。 そのせいでおまえ
 たちまで危ない目に会わせたんデス」

そう言いながらも捨て実装の目からは涙が溢れでていた。糞蟲とはいえ可愛い我が仔である。
いつかきっとわかってくれると信じていた。
それがこんな形で別れることになろうとは…。

「とにかくここにいたら危ないデス。 またいつニンゲンが来るかわからないデス」

公園中のいたるところから断続的に悲鳴が聞こえてくる。捨て実装は覚悟を決めた。

「長女、四女、ママに付いて来るデス」

彼女は三女を抱えて歩き出した。その後を長女と四女が追いかける。

「ママ、どこ行くテチ?」
「逃げるデス。公園の外に出るんデス」
「テェェ!? 公園のお外は危ないから絶対出ちゃダメってママいつも言ってたテチ!」
「いつもならそうデス。 でも今は公園の中の方が危ないんデス」

長女は躊躇した。お外は危ない。それは生まれてから今日まで何度も教えられてきたことだ
った。家出を繰り返したあの次女でさえ公園の外には出ようとしなかった。

「お外テチー! 初めてのお外、嬉しいテッチュン☆」

能天気な四女だけが初めて行く外の世界にはしゃいでいた。次女が殺され三女が重体、家も
壊されたこの状況でよく楽しそうにしていられるものだと捨て実装はため息をついた。何か
あったとき、頼れるのは長女しかいない。捨て実装は優しく長女の頭を撫でた。

しばらく歩くと公園をぐるりと囲うフェンスの一辺が見えてきた。その一部に裂けた跡があ
るが、針金で幾重にも補修され完全に塞がれている。しかしそこで無理に引っ張ったためか、
今度は別の場所が裂け大きな穴を開けていた。成体実装石が楽に出られる大きさだ。
ここから捨て実装はゴミ捨て場に食料を探しに行っていた。
まず先に三女を抱えた捨て実装が外に出て辺りの様子をうかがう。
ただでさえ人の近寄らない公園だ。この時間では歩行者どころか車もまず通らない。
安全を確認した彼女は長女を、次いで四女を引っ張り出した。
ゴミ捨て場はここからそう遠くない場所にあるが今朝が回収日だった。今行っても何もない
だろう。捨て実装はおぼろげながら人間がゴミを捨てるサイクルを理解していた。
そもそも今は食事より安全な隠れ場所を探すのが先決だ。捨て実装石は痛む体で仔を連れト
ボトボ歩き出した。

数十分後、一家は停めてあった車の下に隠れていた。猫でも来れば一発でアウトだったろう
が少なくとも人間の目には付きにくい。
何より皆疲れていた。硬いアスファルトの上だったが、仔実装2匹は母親に抱かれながらす
ぐに寝息を立てた。
朝になったらすぐに公園に戻ろう。そう考えながら捨て実装は目を閉じた。

だが長女に揺すられ、彼女が目覚めたのは日がだいぶ昇ってからだった。疲労とダメージが
体内時計を狂わせていたのだ。
彼女は慌ててまだ眠っていた四女を起こし、依然意識の戻らない三女を抱えて車下から飛び
出した。物陰に隠れながら(傍から見れば丸見えだが)公園への道を急ぐ。やがて見慣れた
公園のフェンスが見えてきた。
だが見慣れているからこそすぐにその違和感を感じ取った。近づいてみて違和感の正体に気
付く。
フェンスの穴が塞がれていた。昨晩確かに通った穴が新しい針金で完全に閉じられている。

「デェェェ? 何でデス? 何で入れないんデス!?」

ガシャガシャと揺すってみたところで金属のフェンスはビクともしない。
 
「ママー、通れないテチよ?」
「もうおうち帰れないテチ?」

仔実装たちが不安そうな声を上げる。

「デッ… 大丈夫デス! 他にもまだ入り口はあるデス!」

フェンス沿いにしばらく行けば公園の出入り口がある。そこは人目に付きやすいので行って
はいけないと継母実装に教えられた場所だったが、フェンスの穴が使えない今、捨て実装の
知る外界と公園を行き来できる通路はそこしかない。捨て実装石が仔を連れて歩き出そうと
したとき…

「駄目デスッ! そっちに行ってはいけないデス!」

突然フェンスの向こうで声がした。同時に茂みから1匹の実装石が飛び出してきた。
肩で息をして目は血走っている。全身が震えて奥歯がカチカチ音を立てていた。
その様子に2匹の仔実装は恐怖し、母親の服にしがみ付き背中に隠れる。四女に至ってはパ
ンコンまでしていた。
だが捨て実装はその姿に見覚えがあった。姿だけではない。その声、その匂い…。忘れるは
ずもない。捨てられていた自分を拾い一生懸命育ててくれた、あの継母実装だった。

「マ、ママァァァ!!」

「ムスメェ! 良かったデス! 無事だったデスゥ!?」

フェンスに阻まれながら半年振りの再会を果たした母と娘。その顔はお互いに涙でグシャグ
シャになっていた。
親離れとして捨て実装を巣に残し出て行った継母実装。彼女は離れた場所に新たに巣を作り、
1匹で生活していた。昨夜の虐殺納めもひたすら息を殺して身を潜め、やり過ごして事なき
を得ていた。

「ママ!これはなんデス!? なんで公園に入れないんデス!?」
「違うデス。入れないんじゃなくて出れなくしてあるんデス。ニンゲンが恐ろしいことを始
 めたんデス…」
「怖いことなら昨日あったデス! もう終わったんじゃないんデス!?」
「終わってないデス。 昨日よりもっと怖いことが起こっているデス」

継母実装の台詞を肯定するかのようにどこからか実装石の悲鳴が聞こえてきた。数もひとつ
やふたつではない。それを聞いた捨て実装の脳内には昨夜のことがつい今しがたのことのよ
うに思い出されていた。顔は青ざめ、気を抜いたら自分までパンコンしてしまいそうなほど
の恐怖が蘇る。
ガタガタと震える捨て実装に継母実装は優しく声をかけた。

「大丈夫デス、ムスメ。 外にいるなら逃げられるデス。 どこか安全な場所に隠れてるデ
 ス」
「デェェ? どういうことデスゥ?」
「ニンゲンは今、クジョというのをしに来てるデス。クジョは公園の実装石を殺すことデス。
 外にいればニンゲンは追ってこないデス」
「だったらママはどうなるデス!? せっかく会えたのに死んじゃうのはイヤデスゥ!」
「ママのことは心配いらないデス! きっと逃げきってみせるデス!」
「でも外は怖いデス…。 ママのいる公園に戻りたいデスゥ」
「それも大丈夫デス。すぐに帰れるデス。 クジョは夕が…
「テェェェェン! テェェェェン!」

継母実装の言葉は突然響き渡った仔実装の泣き声にかき消された。その声の主は捨て実装に
抱かれた三女だった。よりによってこのタイミングで目覚めてしまい、状況もわからぬまま
に泣き出したのだ。
一度泣き出したらそうそう止まらないのが三女だ。恐怖、不満、痛み、悲しみ、あらゆる感
情を込めて大声で泣き喚く。昨夜はそれが原因で死にかけたというのにまったく懲りていな
いようだった。

「な、なんデス!? ニンゲンに聞こえるデス! 早くその仔を黙らせるデス!」
「デェェ! 三女、泣いちゃ駄目デス! 静かにするデス!」
「テェェェェェン!! テェェェェェン!!」

継母実装だったら殴ってでも、あるいはそれ以上のことをしてでも泣き止ませていただろう。
だが捨て実装はおろおろするばかりで三女を黙らせることができなかった。

「なにしてるデス! 早く静かにさせるデス!」
「テェェェェェェン!!! テェェェェェェン!!!」

隠れていた長女も加わり懸命に三女をあやすが一向に泣き止む様子がない。

「もういいデス! その仔をこっちに渡すデス!」

業を煮やした継母実装がフェンスの隙間から手を伸ばす。その意図を察した捨て実装は三女
を抱いたまま一歩下がった。あと少しで届くと言うところで継母実装の手は空を掴む。

「だ、駄目デス! 私の仔デス! 悲しいことしないでデス!」
「でないとみんなが死ぬんデス! 早く寄こすデス!」

金網が食い込むのも無視して限界まで腕を伸ばす継母実装。その時彼女は気付いた。ムスメ
の腕の中で泣く仔実装が薄目でこちらを見ていることに。大声で泣きながらもその目が自分
を嘲笑っていることに。

(チププ… ワタチが泣くとこのオバチャンは必死になってバカみたいテチ! こっちに来
 れないくせに可笑しいテチー! どうせママは可愛いワタチになんにもできないんだから
 もっとからかってやるテチ!)

「デシャァァァァッ!!!」

雄叫びと共に今まで以上に手を伸ばす。血が滲むほどに金網に身を食い込ませ、今度こそこ
の糞蟲を捕らえたと思った瞬間…

 ドチュッ

湿った音がして継母実装の腕が消えた。

「「デ…?」」

継母実装と捨て実装の声がハモり一瞬の静寂が訪れる。三女ですら泣くのを忘れていた。

「デギャァァァァ…!!!」

それを破ったのは継母実装の悲鳴だった。
肩口から無くなった右腕を押さえて地面を転げ回る。そのすぐ脇にいつの間にか緑のツナギ
を着た男が立ち塞がり、彼女らを見下ろしていた。



オレは何度目になるかわからない深いため息をついた。ただでさえ気の滅入る実装石の駆除
だ。せめて手早く終わらせようと思っていたのに、いざ公園に入ってみるとアチコチに散ら
ばる実装石の死体死体死体…。虐殺派の仕業なのは一目瞭然だった。
最近は駆除前の公園に数日前、あるいは前日に虐殺納めと称してやってくる虐殺派が多いと
聞く。好き放題暴れた彼らがその後キレイに掃除するはずもなく、ブチ撒けられた実装石た
ちの死体はそのまま放置されるのだった。
こうなると駆除作業どころかゴミ掃除だ。原型を留めていない肉塊をトングで拾い上げて袋
に詰めるという作業を黙々と繰り返していた。最初は文句を言い合ってた同僚達も今は無言
で作業を続けている。
時々虐殺を逃げ延びた実装石が姿を見せることもある。単純に運良く虐殺派に遭遇しなかっ
ただけの馬鹿な個体はなんの危機感もなく近寄ってきてはデスデスと騒ぎ立てた。
わざわざリンガルなんか使っちゃいないので何を言ってるかわからないが、どうせありふれ
たテンプレート発言だろう。そういう馬鹿には脳天に基本装備の金属ロッドを叩き込んでや
る。
半分潰れて痙攣している馬鹿実装を肉塊と同じように袋に放り込んだ。
ほとんどの実装石はこいつと同じように向こうから寄って来るので大抵はこれで片が付く。
面倒くさいのはそれなりに賢い個体達だ。連中は人目を避けて茂みの中に隠れているため、
それを見つけ出すのは結構骨が折れる。さらに、平地では比べるべくもない人間と実装石の
移動速度だが、さすがに雑草生い茂る林の中では体格の小さな実装石に分があると言わざる
を得ない。見つけるまでが一苦労、見つけてからまた一苦労なのだ。
いい加減近寄ってくる馬鹿もいなくなったのでオレは茂みの中へ入ることにした。
歩きにくい林の中をクモの巣を払いながら進んでいくと、近くから仔実装の泣き声が聞こえ
てきた。
わざわざ居場所を教えてくれるとは好都合。オレは静かに泣き声のする方へと向かった。
そこにいたのは成体実装石2匹に仔実装が3匹、補修したフェンスの裂け目に集まっていた。
だが成体1匹以外はフェンスの外だ。一瞬、フェンスの補修が不十分で逃げ出されたのかと
思ったがどうやらそうではないらしい。中にいる成体実装は必死に隙間から手を伸ばして何
やら叫んでいる。大方通りかかった実装石に「自分を出せ」とでも言っているんだろう。
基本的に作業中、外にいる実装石には手を出さないことになっている。たまにいるのだ。わ
ざわざ駆除の日にやってきて恐怖に怯える野良の姿を嘲笑う飼い実装が。
以前そんな飼い実装に手を出して大問題になったことがあったそうで、それ以来野良だろう
と飼いだろうと外にいる奴のことは無視することになった。もっとも正式に決められたこと
じゃないので野良だと分かれば好きにしていいのだが…。
とにかく公園内にいる1匹は問題なく駆除対象だ。めり込むほど必死に手を伸ばしている実
装石にそっと近づき、かざしたロッドを振り下ろした。
だが振り下ろす瞬間、袖が木の枝に引っかかってしまい僅かに狙いが逸れた。頭部に落とす
つもりだったロッドは肩に当たってしまい、その脆い腕を抉り取った。
一瞬の間の後、肩を押さえてのたうつ実装石。驚いたことにこの瞬間まで誰1匹としてオレ
に気付いていなかったようだ。
そして意外にも外にいた成体実装がフェンスまで駆けてきて転げ回る中の実装石に向かって
叫びだした。からかったり馬鹿にしたりという感じじゃないなぁ。本気の血涙まで流してど
うも相手を心配している雰囲気だ。外にいる実装石もどうやら野良っぽいし、知り合いかあ
るいは肉親なのかも知れないな。どうでもいいけど抱いてる仔実装がフェンスに押し付けら
れて苦しそうだぞ?
まあいいや。とりあえず外の実装親子は放っておく。オレの仕事は公園内の実装石の駆除だし
な。最初から外にいる奴なんか知るもんか。



「ママァァァッ!!!」

目の前で継母実装が苦しんでいる。駆け寄りたいのにフェンスに遮られ近づくことができな
い捨て実装はひたすら叫んだ

「ママッ! しっかりするデス! はやく逃げるデス!」

いつの間にか現れたニンゲンがママにヒドイことをした。さらにニンゲンはママに近づいて
いく。やめろニンゲン!これ以上ママに触れるな!!

その声に応える様に継母実装はフラフラと立ち上がった。だが彼女は逃げるのではなく、フ
ェンスにしがみ付いている捨て実装の方へ近寄ってくる。足取りは危なげで今にも倒れそう
だ。

「何してるデス!? 逆デス!逃げるデス、ママ!賢いママならきっと逃げられるデス!」

だが継母実装はそれを無視して捨て実装の元まで辿りつくと、フェンスにかけられたその手
に残った左の手を添えた。
賢いからこそ彼女にはわかっていた。もはや自分の命運は尽きたと…。こうなってしまった
らもうどう足掻いてもニンゲンからは逃れられない。
ならばせめて、もう一度愛する我が仔に触れたかった。その願いは叶えられ、彼女は最後に
仔の手を握ることができた。

そして彼女の意識は飛んだ。

男が横に薙いだロッドが継母実装の首を捕らえ、身体はそのままに頭だけが宙を舞い、少し
離れた草むらの中に落ちた。
頭部を失った体から鮮血が噴水のように噴き上がる。同時に筋肉が弛緩したことで総排泄口
が開き溜まっていた糞尿が流れ出た。
捨て実装は全身に継母実装の血を浴びながらその様子を見つめていた。目は大きく見開かれ、
口は限界まで開かれていた。
やがて何度かビクビクと痙攣した継母実装の体はその場に崩れ落ちて動かなくなった。
男は今までと同じようにそれをトングで掴んで袋の中に詰める。

「デェェェェェン!!!」

いきなり上がった大声に男は少し驚いた。振り返ればフェンスの外にいた実装石が凄まじい
形相で吼えている。ほぼ原色の濃い血涙を滝のように流し、歯を剥き出したミツクチからツ
バを飛び散らせ、その顔をめり込むほど金網に押し付けて泣いていた。
血まみれの体がより一層のインパクトを与え、思わず男がたじろぐ程の迫力だ。

「ママァッ! ママァァァァァッ!!」

捨て実装は継母実装を呼んで泣いた。目の前で起こったことが信じられない。
優しかったママが、厳しかったママが、大好きだったママが…、死んでしまった。

「デェェェェン! デェェェェン!」

フェンスに遮られ、母の側に駆けつけることもできない捨て実装はただただ泣いた。半年前
に別れた時でもこれほどは泣かなかった。あの時も十分悲しかったが、それでも母はどこか
で生きていると思えば我慢できた。
だが今は違う。母は死んだ。目の前で殺された。

「デェェェェン! デェェェェン!」
「おい、うるさいぞ」

そんな捨て実装に無情な言葉を投げかける男。ただでさえ今日は機嫌が悪いのだ。いつまで
も耳障りな泣き声など聞きたくないのだろう。
だが泣き喚く捨て実装には男の声など届いていない。むしろ泣き声のボリュームを上げてい
く。

「うるさい! 黙れ!」

怒気を含んだ怒鳴り声も捨て実装の泣き声に掻き消される。
ぷちっ   男の何かが切れた。

「黙れっつってんだろ糞蟲が!!」
「デビャッ!!」

ガシャンッ と音を立てて金網が揺れる。男はフェンス越しに捨て実装を蹴り飛ばした。
腹部に男のつま先がめり込み、衝撃で捨て実装は歩道の反対側まで吹っ飛んだ。

「デボッ! デガハッ! デギュゥゥゥ!!!」
「マ、ママー!」

口から胃液と血の、総排泄口から糞尿と血の混合液を撒き散らしながら悶える捨て実装。
長女と四女が駆け寄るが転げ回る母親に潰されそうで近寄れず遠巻きに見守るしかない。
その様子を見た男は軽く鼻を鳴らすと草むらから継母実装の頭を拾い上げ、両目が白濁し舌
をデロリと垂らしたそれを袋に詰めると次の実装石を探して茂みの奥へ消えていった。


「なんで…、なんでこんな目に遭わなきゃならないんデスゥ…?」

ようやく呼吸ができるようになった捨て実装はうつ伏せに寝転んだまま誰ともなしに呟いた。
つい昨日までは幸せに暮らしていたはずだった。それが僅か一日足らずで仔を失い、家を失
い、母まで失った。これからどうしたらいいのか見当も付かない。

「ママ、ここは危ないテチ。 どこか隠れる場所を探すテチ」

長女が母親の腕を取って立たせようとする。捨て実装はそんな長女の頭を優しく撫でてやっ
た。

「ありがとうデス、長女。 そうデス、私にはまだおまえ達がいるデス。 もう誰も死なせ
 ないデス!」

ズタボロの体に気合を入れて捨て実装は立ち上がった。
たくさん悲しいことがあったけど、自分も仔供達もまだ生きている。母である自分がここで
膝を折れば残された仔はどうなるのだ?
濁りかけていた捨て実装の目に生気が戻ってきた。

「いつまで泣いてても仕方ないデス! さ、おまえたち行くデスよ。 長女、四女、・・・、
 三女はどこデス?」

気が付けば三女がいなくなっていた。考えてみればあの泣き虫の三女が今まで静かにしてい
るなんておかしな話だ。

「三女? どこデス? もう大丈夫デス! 出てくるデス!」

捨て実装は三女がどこかに隠れているのだと考えた。そこで声を落として三女に呼びかける
が辺りからの反応はない。

「マ、ママ…。 そ、それ…」
「デ…?」

長女が指差したのは捨て実装の腹。血と糞、涙、胃液、あらゆる体液で斑に染まった実装服。
そこに押し花のように薄くのされた三女の姿があった。

「デェェェ!? 三女ぉ!!」

捨て実装と金網の間に挟まれていた三女は、捨て実装が男に蹴りを食らわされた時にそのつ
ま先と母親の腹にプレスされた。さらに捨て実装が何度も転げ回ったため、その度に地面と
腹の間で均され『ど根性ガエル』のごとく母親の服にへばり付いてしまったのだ。ピョン吉
とは違い後ろ向きで、だが。
慌てて三女を服から剥がす捨て実装だが、ベリベリと剥がされた三女は当然ながら既に息絶
えていた。

「デェェェェン! デェェェェン!」

つい先ほどの決意は早くも崩れ去り、捨て実装は膝を折って泣いた。
しばらくして通りかかった通行人にうるさいと蹴り飛ばされるまでその場で泣き続けた…。





夕暮れ時の裏路地を満身創痍の実装親子がトボトボと歩いて行く。その顔は無表情ながら疲
れの色がありありと浮かんでいた。
捨て実装は背中に四女を背負い、右手で長女の手を引いて行く当てもなくさ迷っていた。
どうにか三女の死というショックを乗り越えて安全な隠れ家を探して歩き出したのはいいが
、ゴミ捨て場に行くとき以外公園から出たことのない捨て実装にとって外界は未知の世界で
ある。
民家に迷い込んでは飼い犬に吼えられて逃げ出し、商店街に入ろうとしては箒で叩き出され
た。昨夜と同じように車の下に隠れようとして、走り出した車に危うく踏み潰されるところ
だった。今まで死者が出ていないのが奇跡のような状態だ。
だがそれももう限界に近い。捨て実装はこれまでに蓄積されたダメージと疲労で足元がおぼ
つかない。2匹の仔も昨夜から何も食べていないし、今日は朝から歩き通しだ。
捨て実装は何度も公園に戻ろうかと考えた。だが心に染み付いた恐怖がそれをさせなかった。
実際のところ駆除作業は昼過ぎには終了しており、夕方前には公園の封鎖も解除されていた
のだが、それを知らない捨て実装は未だに公園ではヒドイことが行われていると思っていた。
あの時、継母実装の言葉を三女が遮るようなことがなければ今頃は公園に戻り新たなハウス
を再建して安全な寝床でゆっくり寝ていられただろう。事実、駆除を生き延びた僅かな実装
石達は持ち主のいなくなったダンボールハウスや食料を手に入れ、危険な同属喰いが少なく
なった公園で以前より快適な生活ができるようになったことを喜んでいた。

実装親子の前に、夜でも煌々と明かりを灯す建物が見えてきた。ニンゲンが『コンビニ』と
呼ぶその建物の光に誘われて実装親子はフラフラと近づいていく。
外に置かれたゴミ箱は対実装石用に高く作られたもので地面にボルトで固定されているため、
手も届かなければ倒すこともできない。もっとも通常のゴミ箱だったとしても、倒した時点
で店員にバレて自身が即ゴミ箱行きになってしまうわけだが。
捨て実装はそのゴミ箱の裏に隠れて様子をうかがった。ニンゲンが出入りして扉が開くたび
に店内からいい匂いが漂ってくる。その匂いに捨て実装親子の口から涎が溢れて止まらなく
なる。
そして客が手にして出てくるコンビニ袋を見た瞬間、捨て実装はあることを思い出した。

託児。

もうずいぶん昔のことのように感じる。捨て実装は仔共の頃、自分を産んだ本当の親にニン
ゲンに託児された。そして捨てられるまでのひと月、夢の様な生活を送ったのだ。
おいしいご飯に甘いお菓子、綺麗な洋服に温かいお風呂。忘れかけていた飼い実装時代の思
い出が次々に蘇ってくる。

「マ、ママ…?」

突然薄ら笑いを浮かべながら呆けてしまった母親に長女が声をかける。
その肩に手を置き、捨て実装は言った。

「いいデス?長女、よく聞くデス。 今からおまえをニンゲンに託すデス」
「テェェェ!? イ、イヤテチ!ニンゲンは怖いテチ! ママはワタチがいらなくなったテ
 チィ!?」

珍しく母親に逆らう長女。昨日まで人と触れる機会の無かった彼女には、ニンゲンはとても
怖いものと認識されているのだから当然だ。そんな長女にとって母親の言葉は死刑宣告にも
等いものだった。

「違うデス。おまえはとっても大事な私の宝物デスゥ。だからニンゲンに飼われていい暮ら
 しをしてほしいんデス。 大丈夫デス。おまえはとっても可愛くて賢いデス。きっとニン
 ゲンも気に入るデスゥ」
「だったらワタチじゃなくて四女チャンにするテチ! ワタチはいい暮らしができなくても
 ママといられればそれでいいテチ。いい暮らしは四女チャンにさせてあげてほしいテチ。
 四女チャンは特別な仔テチ!」

四女は特別な仔。捨て実装にはその言葉の意味がわからなかった。
賢い長女、我侭な次女、泣き虫の三女、馬鹿な四女。捨て実装にとって特別な仔といえば長
女以外ありえない。その言葉を長女の優しさと受け止めた彼女は涙を浮かべながら話を続け
た。

「駄目デス。あの仔じゃニンゲンに気に入られるかわからないデス。 むしろ怒らせてしま
 うかもしれないデス」
「でもそしたらママと四女チャンはどうなるテチ? ワタチはママと離れたくないテチ…」
「心配いらないデス。 おまえが飼われたら私と四女もニンゲンの家に行くデス。 可愛い
 おまえのママと妹デス。きっと一緒に飼ってくれるデス!」

捨て実装は今、長いこと封印していた幸せ回路がフル稼働していた。昨夜から続く不幸の数
々、今置かれている苦しい現実、そのストレスを軽減するため僅かに解いた封印。
しかしその僅かな隙間は暴走した幸せ回路にこじ開けられ、厳しい躾を経て捨て去ったはず
の飼い時代の甘い思い出、それを求める欲求を再びわき上がらせていた。
託児すれば長女は飼われる。長女が飼われれば自分も四女も飼われる。
そんな都合のいい考えが一切の不確定要素を無視して捨て実装を支配していた。
さっそく親子は行動に移る。
ゴミ箱の後ろからコンビニに出入りする人間を注意深く観察した。
いくら幸せ回路全開でもさすがにここは慎重になる。一世一代の大勝負だ。いい加減にする
訳にはいかない。
やがて捨て実装は一人の男に目を付けた。コンビニから出てきたその男は手首に買い物袋を
引っ掛けたままズボンのポケットに手を突っ込んでいる。垂れ下がった袋の口の位置は捨て
実装の頭より少し高い程度。

「今デス!」

捨て実装は長女を担いで飛び出し、男の後ろに付いた。サッカーのスローインのように長女
を両手で頭上に掲げる。そして袋の口が僅かに緩んだ瞬間を見計らって力いっぱい長女を放
り投げた。ウルトラマンの飛行姿勢の様な格好で飛んでいく長女。

がさり

成功だ。寸分違わず長女は男のコンビニ袋の中に吸い込まれた。ガッツポーズで喜びを表現
する捨て実装。

「ん?」

だが次の瞬間その顔が青ざめる。男が袋に手を突っ込み、長女を鷲掴みにして取り出したの
だ。
いくら実装石が軽いとはいえ、10cm程のものを手に提げた袋に放り込まれればさすがに
気付く。伝わった振動から訝しんで中を覗けば、案の定仔実装が1匹入れられていたという
わけだ。
男が振り返れば青ざめた表情の成体実装が手の中の仔実装を見つめている。

「ママー! 助けテチー!!」

掴まれた長女が手の中でもがく。その声で我に返った捨て実装は男の足元に駆け寄り、長女
に向かってジャンプを繰り返す。

「ニンゲン! その仔を放すデス! 返すデス!」

その様子を見て男は眉をひそめる。晩飯の入った袋に野良の仔実装を入れられただけでも気
分が悪いのに、ドロドロに汚れた実装石が足元でデスデス喚いているのだから当然だ。しか
も勝手に放り込んでおきながらどうやら返せと言っているらしい。
男のこめかみに青筋が浮かぶ。

「おい、こいつ返してほしいのか?」
「デッス!デス! デシャァァァッ!!」
「そうか、そうか…」

男は長女を掴んだ腕を大きく振りかぶり…

「そんなに返してほしけりゃ…、返してやるよ!!!」

自身の足元、捨て実装の目の前に思いっきり叩き付けた。

パチュッ

赤と緑の花が咲き、飛び散った飛沫が捨て実装の顔にかかる。

「デ…」

固まる捨て実装。その顔面に男の蹴りが入り、数メートル飛んで転がった。

「ったく…。 ふざけんなよ、糞蟲が」

痙攣する捨て実装をそのままに男は立ち去っていった。

しばらくしてようやく捨て実装は起き上がった。
フラフラと赤緑の花のもとへ向かい、それを集めようとする。だがその行為は赤黒いミンチ
玉を作るだけに終わった。

「デー デー デー」

出来上がったミンチ玉を抱え、捨て実装はコンビニのゴミ箱の裏に帰ってきた。
その目は濁り、表情からは生気が感じられない。口はだらしなく開き、端から涎を垂らしな
がら意味のない言葉を漏らしている。
特に思い入れの強かった大切な長女まで失ってしまったことで彼女の精神はもう限界を超え
る寸前だった。
それでもギリギリで精神が崩壊、あるいは偽石が自壊しなかったのは最後に残った四女の存
在のためだった。どんなに馬鹿でも可愛い我が仔だ。しかももう最後の1匹である。霞む頭
でどうにかゴミ箱裏へ戻ってきたのだった。
さすがの四女も一番面倒を見てくれた長女の死は堪えたようで声を出して泣いた。捨て実装
もそんな四女を抱きしめて涙を流した。
その時だ。コンビニから出てきた一人の青年が捨て実装たちの隠れているゴミ箱のすぐ前の
車輪止めに腰掛けた。
慌てて四女の口を塞ぐ捨て実装。青年は後ろで息を殺している実装親子には気付いていない
ようだ。そのまま片手に持った缶コーヒーをちびりちびり飲んでいる。
捨て実装はその様子を慎重に見ていたが、四女は別のものを見ていた。青年がコンビニで購
入した弁当だ。コンビニ袋に入れられたそれは青年が座っている車輪止めの上に一緒に置か
れていた。

やがてコーヒーを飲み干した青年が立ち上がった。捨て実装たちが隠れている場所とはドア
を挟んで反対側にあるビン缶用のゴミ箱に向かったのだ。弁当の入った袋はそのままに…。
途端に四女がそれに向かって走り出した。青年の動向に注意を払っていた捨て実装は反応が
遅れた。
四女は車輪止めによじ登るとコンビニ袋の中にダイブした。急いで捨て実装も駆けつける。

「四女! 何をしてるデス!? 早く戻ってくるデス!」
「ママ! ご飯テチ! おいしそうなご飯がいっぱいテチュン☆」

四女の目にはもう足元の弁当しか見えていなかった。昨夜から何も食べていないのだ。食欲
旺盛な仔実装にはかなり辛かったはずである。そんな状況で目の前にご馳走が落ちているの
だから、そう賢くない四女に我慢しろというのが無理な話だった。

「駄目デス! 出てくるデス! ニンゲンが戻ってくるデス!」
「ヂィィィィィィ…!!!」

だが四女はもう母親の話を聞いていない。弁当を包むラップフィルムをくわえて破こうと必
死だ。
捨て実装はいっそ無理にでも引きずり出そうかと思ったが、ふとあることに気が付いた。
四女は今コンビニの袋の中だ。よく考えるとこれは託児の第一段階である袋入れがすでに済
んでいることを意味している。さっきはそこでニンゲンに気付かれて長女は死んでしまった。
ニンゲンの持つ袋に気付かれずに仔を入れる。託児の第一段階にして最大の難関が労せず既
にクリアされているのだ。
実装石らしからぬ速さで捨て実装は判断した。

「四女! 中でじっとしてるデス! そしたらおまえは飼い実装になれるデス!」

ラップを破くのに夢中だった四女が飼い実装という言葉に反応した。

「ほんとテチ? ここにいれば飼いになれるテチ!?」
「そうデス! そのままニンゲンの家までいければおまえは飼い実装デス! ママもすぐに
 行くデス! それまでニンゲンにたくさんオアイソしておくデス!」

   カラーン

ビン缶のゴミ箱から音がした。青年が缶を捨てたのだ。もうすぐにでも戻ってくるだろう。

「いいデス!? おとなしくしているんデスよ!」

捨て実装は最後にそう言い残してその場を離れた。大急ぎでゴミ箱の裏に駆け込む。
そうっと四女の入っているコンビニ袋の様子をうかがった。青年は袋の異変に気付いていな
いようだ。そのまま袋を持ち上げると口笛を吹きながらコンビニを後にした。託児成功であ
る。
捨て実装はすぐにその後を追った。



人間と実装石では速度が違いすぎる。実装石が本気を出して走っても、人間が鼻歌交じりに
歩くスピードにすら及ばない。
青年の後を追う捨て実装も徐々に離されて最後にはその姿を見失った。しかし嗅覚だけは異
様に優れている実装石は空気中に漂う臭いを嗅ぎ分けて託児した子供の後を追うことができ
るのだ。
捨て実装がそのアパートに辿り着いたのはコンビニを後にしてから15分ほど経ってからだ
った。
満身創痍の身にはきつい行程だったが、飼い実装への夢が疲労を忘れさせた。

「スン、スン…。 間違いないデス。ここにあの仔がいるはずデス」

彼女は目の前のアパートを見上げた。上下四室ずつのワンルームからなる二階建てアパート
だが、捨て実装にアパートの概念などわからない。彼女はこの建物全体がひとつの家だと考
えた。

「大きなおうちデスゥ!ここで飼われれば昔みたいな…、いやいや、もっともーっと贅沢な
 暮らしができるはずデスゥ!」

これからの暮らしを思いデププと笑う捨て実装。そんな彼女を突然強烈な光が襲った。
彼女はすぐにその場を動くべきだった。しかしあまりの眩しさに目がくらんでしまい、手で
瞳を覆うことしかできなかった。その隙間から彼女が見たものは、猛烈な勢いで自らに迫り
来る一台の自動車だった。
その自動車、タクシーの運転手はギリギリまで道のど真ん中にいる捨て実装石に気が付かな
かった。実装石の背丈、立ち位置がちょうどハイビームの影に隠れる場所だったこと、そし
て何より赤と緑が交じり合い全身が黒に近い茶色に染まった姿は、暗がりではパッと見わか
らないほど見事な保護色となっていたことが原因だった。
彼は慌ててブレーキを踏んだ。

     キキィィィィィィ!!! どちゃっ…

車は急に止まれない。タクシーは捨て実装をまともに跳ねた。
バンパーが顔面を直撃し頭部が爆ぜた。飛び散った肉片、体液、脳漿がボンネットを赤黒く
染める。
体の方は車体の下に巻き込まれ、ゴツゴツした車体裏と地面にこね回されて四肢のわからな
い肉団子と化した。
せめてもの幸運は一瞬で痛みもなく死ねたことだろう。

「やっちまった!! 昨日洗車したばっかだったのによぉ!」

タクシーから降りた運転手は愛車の惨状に思わず大声で嘆いた。だがすぐに慌てて車に乗り
込むとそのまま走り去っていった。近所の飼い実装だったら面倒なことになるとふんだのだ。
その直後、アパートの二階から先ほどの青年が降りてきた。その手には禿パンツ一丁に剥か
れた仔実装が握られている。
涙を流してぐったりしていた禿パンツ一丁の仔実装は目の前の肉片に向かって泣き出した。

「ママッ! ママァァァッ!!」

仔実装を掴んだ青年は目の前の惨状に呆けていたがやがて静かに呟いた。

「・・・・・片付けてけよ…」





     <あとがき>   という名の言い訳
なっがっ!
どえりゃー長いモンになってしまいました。60kbて…。
前作『パンチョ』を上げてから1週間ぐらいで続編を仕上げるゾー!と思っていたのですが
倍の2週間かかってしまいました。頭の中にあるものを文章にするってでら難しいことなん
ですね…。見るヒトが見たら蛇足の塊のような文章になっていることでしょう。もっと要点
を掻い摘んで無駄を省いていけるようになりたいです。
そして『パンチョ』を読んで下さった方、コメントを下さった方、ありがとうございます☆
続編を作る励みになりました。皆さんのコメントに総じて見られたのが『改行の悪さ』につ
いて。3分の2という具体的な目安も頂いたので今回はその意見を参考にしてみましたがど
うだったでしょうか? 話の内容だけでなく書き方についてのご意見も頂けたらと思います。
それではこんな長い駄文をここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございました!

■感想(またはスクの続き)を投稿する
名前:
コメント:
画像ファイル:
削除キー:スクの続きを追加
スパムチェック:スパム防止のため1506を入力してください
1 Re: Name:匿名石 2019/03/11-22:22:58 No:00005795[申告]
間引きもろくにできない糞虫にお似合いの最期だった
戻る