午後三時。 二場俊宏はとぼとぼと駅から出てきた。 すっきり晴れた天とは対照的に、その表情は暗い。 「まいったな。こんなに厳しいとは」 俊宏は再就職活動中。 今日も中途採用面接を受けてきたのだが、話がうまくかみ合っていなかった気がする。 まだ結果は出ていないが、感触から行って多分ダメだろう。 昨今の不景気により、前に所属していた会社が経営不振に陥り、人員整理を断行。 優しい性格を口のうまい上司につけこまれ、彼は一月前に自主的に退職届を出してしまっていた。 しかもこの世知辛い世の中、優しさなんて売り物どころか不利な要素になる場合も多い。 最後の最後で相手を思って一歩引いてしまうのである。 それなりに能力はあるのだがその性格ゆえにライバルたちに押し負け、なかなか次の就職先が決まらないのだった。 駅前のコンビニで履歴書の原紙を補給し、家路につく。 だいぶ日は傾いたとはいえ、まだまだ日差しが強い。 少し遠回りになるが、メイン通りより木陰を縫って進める在来線沿いの小道を選んだ。 と。 道端に一匹の仔実装が佇んでいた。 俊宏は足を止め、彼女に声をかけた。 「君、どうしたんだい?こんなところにいたら車に跳ねられちゃうぞ」 だが、その仔実装は虚ろな目で俊宏を見上げ、テチィと一言鳴いてすぐに俯いてしまった。 「動く体力もないほど衰弱しちゃってるのかな。それとも熱射病?脱水症?」 俊宏は少し考えて、駅前のコンビニに戻ってスポーツ飲料を買ってきた。 「ほら、これで元気つけなよ。あ、ペットボトルは君には大きすぎるかな」 キャップを取り、そこに少し中身を注いで渡してやる。 仔実装はそれを受け取り、瞬く間に飲みほした。 「お、元気になったみたいだね。そうだ、確か……」 カバンを探り、何となく忍ばせていた(何となく捨てずにいた)のど飴を取り出す。 包装にべったりくっついていた中身を何とか引き剥がし渡すと、仔実装の口に入れてやる。 仔実装は口の中に広がる甘みにうっとりした後、慌てて俊宏にお愛想をした。 「いいんだよ、お礼なんて。じゃあ子供たちに見つからないように気を付けてね。そこの草の中に隠れて声を立てずにいれば、きっと 大丈夫だから」 俊宏がそう言って立ち上がると、仔実装は草むらに隠れるのではなく逆に彼の足もとにトテトテと寄ってきた。 「テチィ?」 小首を傾げる。 「ダメじゃないか、隠れなきゃ」 しかし彼女は動こうとしなかった。 赤と緑のオッドアイが俊宏を見つめる。 「そんな目で見つめるなよ。……参ったな、懐かれちゃったかな」 俊宏は苦笑して仔実装をつまみ上げると、手に持っていたコンビニ袋に収めた。 彼女の為に残していこうと地面に置いたスポーツ飲料も回収。 「実装石はなんでも食べるって聞くし、なんとかなるよな。そういえば確かあきちゃんが実装石の事に詳しかったはずだ。いろいろ聞 いてみよう」 「どれだけバカなの?」 電話の向こうで、あきちゃん——虹浦章乃は話を聞くなり慄いた。 章乃は俊宏の幼馴染である。 誕生年は同じだが俊宏が2月生まれの為に学年は1つ上。 俊宏が就職して一人暮らしをするこの街に、章乃も今年の四月に就職していた。 「野良に餌やって懐かれて連れ帰ったって、一体どこからツッコんだらいいのよ」 電話を通してもわかるくらい盛大なため息が聞こえてくる。 「失職中で苦しいのに、わざわざ家に災厄を持ち込んでどうするの」 「このところ落ち込んでたから、同居人でもいたら少しは癒されるかなと思って」 「そこで何で実装石を選ぶのよ。実装石はヒトガタして服着てて、とし君の目には人形みたいに映るのかもしれないけど、全くの別物 なのよ。きちんと躾けなきゃ人間をなめてかかるし、かえって心が荒むわよ!」 章乃の剣幕に、俊宏はしゅんとした。 「ごめん、そうだよね。あきちゃんに聞きながら飼えば大丈夫だと思ってたけど、考えてみればそれってあきちゃんに負担をかけるこ とになるもんね」 「そういう言い方は卑怯だよ。私がとし君を苛めているみたいじゃない」 「そんなつもりはないんだけど、そういう意味に受け取れたならごめん」 「あのさ、もう……電話じゃ埒があかないわ。時間はあるよね。そっち行くから待ってて」 「で、これが件の仔実装なわけね」 仔実装は威嚇するでもなく媚びるでもなく、ただきょとんとした目で仮住まいのバケツの中から新しくやってきたニンゲンを見上げ ていた。 「少なくとも目に見えて糞蟲ってわけではなさそうね。匂いも野良にしてはきつくないし。もっともそんなだったら拾って来る気も起 こらないだろうけど」 章乃はポーチを探り、中から手のひらサイズの機械を取り出した。 「それは?」 俊宏が聞くと、章乃は事も無げに答えた。 「実装リンガル。名前くらいは聞いたことあるでしょ。実装種の言葉を翻訳してくれるの。あと、ちょっと驚くことがあるかもしれな いけど、黙っていてね」 チャネルを実装石に合わせ、スイッチを入れる。 「こんにちは、仔実装ちゃん。私の言葉がわかるかしら」 するといかにも作られたような音声で答えが返ってきた。 [テェェ?おばちゃん、ワタチの言葉がわかるテチ?] 「糞蟲確定」 「おいおい」 「冗談よ。ちゃんとわかるようね。では貴女に聞きたいことがあります。答えてくれる?」 [ワタチ、ママに捨てられたテチ。なんでもするからワタチを飼って欲しいテチ] 瞬間。章乃の中指が仔実装の額に炸裂した。 「テチャァァ!」[痛いテチ!] 糞を漏らしながらバケツの底を転げまわる。 「おい、まだ子供なのに可哀そうじゃないか」 俊宏が慌てて止めようとするが、章乃は譲らず手で制した。 「とし君は黙っていて。実装石にはこのくらいの対応が必要なの」 そして仔実装に向きなおる 「自分の言いたいことばかり言わないの。まずは私の質問に答えて。返答次第ではこのお兄さんに飼ってもらえるようお願いしてあげ るわ」 「テェェ……」 届かない手で額を擦るような動きをしながら、仔実装は起き上った。 「わかったテチ」 「なるほど。糞蟲の妹を間引かれて、親に抗議したら捨てられたってわけだ」 デコピン数回を経てようやく事の次第を把握した章乃は、ウエットティッシュで中指を拭いた。 「ひどい親だなぁ」 「そうかしら。人間の尺度でものを考えちゃダメよ。厳しい環境ながらもなるべく沢山の仔を守るためには、時には非情になることも 必要だと思うわ」 「あきちゃんは相変わらず手厳しいな」 「とし君が甘ちゃんなのよ。それがとし君らしいといえば、らしいんだけど。でも困ったわね」 仔実装は糞にまみれながら不安そうに二人を見つめていた。 「実装石の腐った性根を見せて納得してもらって処分するつもりだったんだけど、こんな実装石っぽくない実装石とはね。これじゃ後 味悪くてダメって言いづらいわ。ちょっと我儘なところもあるけど、躾ければ何とかなるような気もするし。ただ、とし君の性格で 躾けられるかしら。さっき私がやったみたいに、実装石の躾は犬猫と違ってかなり暴力的にやらなきゃいけないのよ」 「やってみるさ。だってこの仔は野良としては生きられない性格なんだろう?それって僕がこのまま放りだしたら死ぬしかないってこ とじゃないか」 俊宏の言葉に、章乃は苦笑した。 「とし君って本当に甘ちゃんよね。でもとし君がそう決めたなら、私もできる限り協力するわ。古い飼育道具でよければ私のを譲って あげるし、躾け方も詳しく教えてあげる」 しかし、すぐに表情を引き締める。 「ただし、約束して。この仔が糞蟲化したらすぐに処分するって。ううん、とし君がどう言おうと私が処分する。そうしないと、みん な不幸になるからね」 (continue) 【過去スク】 【虐】【紅】 化粧 【あっさり虐紅】 風呂 【託】 奇跡の価値は 【託】 一部成功 【観察】 幸運の無駄遣い 【観察】 禍福は糾える縄の如し 【狂】 月下の詩 【託愛】 特上寿司 【謎】 幻のエメラルド(1) 【謎】 幻のエメラルド(2) 【託狂】 私の子供 【観察】 糞虫達(1)