「テェェ!テチィ?テッチューン♪」 早春の午後の街を歩く男の胸ポケットから声が響く。そこには仔実装が肩から上を覗かせ、キョロキョロと辺りを見回していた。 この仔実装は、男が先ほどペットショップで買ってきた仔である。 躾済み仔実装、だが高級タイプではなく、安価なセール品として売られていた。 ブリーダーからそこそこの躾を受けただけか、レベルの高い躾について来れなかったか。 そんな仔実装達の中から、男はできるだけ賢いと思われる仔を選んで購入した。 紙箱に入れようとする店員に断りを入れて仔実装の頭を撫で、そのまま自身の胸ポケットに入れ、店を出た。 「テッチュー!チャア!チュワァァ!」 仔実装は大はしゃぎだった。初めて直に見る外の風景。それも自分の身長より遥かに高い場所から、 色とりどりの建物や植物、大きな音と共に走る車、そして歩いていくニンゲンを見渡す。 今まで無機質なブリーダーの施設や狭くまぶしいペットショップのケースしか見たことの無い仔実装には、全てが新鮮すぎた。 それだけではない。今日、ついに仔実装は選ばれたのだ。 ブリーダーの言うことを聞き、いい仔にしていたのは、もちろん憧れの『飼い実装』になるため。 躾の過程で教えられた、ニンゲンのおうちでの幸せな暮らし。 おいしいゴハン。気持ちいいオフロ。あったかいオフトン。そして優しく遊んでくれるニンゲン。 そんな夢のような生活のために、よく分からないたくさんの決まりも頑張って覚えた。 その後ペットショップに移され、仔実装はニンゲンに買われるのをずっとずっと待ち続けていた。 セール品ではあったが、売れ行きは芳しくなかった。 数匹の仔と共にケースに入れられてから約2週間。その間、ニンゲンは一度も触れてもくれなかった。 ———もしかして、自分は飼い実装になれないのではないか? 時間が経つに連れて仔実装には、そんな恐ろしい考えが浮かぶようになっていた。 ニンゲンに選ばれなければ飼い実装にはなれない。そしてもし、ずっと選ばれなければ『悲しい事』をされる。 そうブリーダーに言われた事を覚えていた仔実装は、内心とても焦っていた。 だが同時に、『媚びたらニンゲンに嫌われる』ということを身をもって学習させられており、客に対しても手を振ってアピールするだけだった。 それが良かったのか、ついに今日、この男に賢いであろう仔として選ばれることができたのだ。 このニンゲンは自分を選んでくれて、頭も撫でてくれて、さらに自分の服の中に入れておうちへ連れて行ってくれる。 すごく優しいニンゲンだ!やった!良かった!これでやっと幸せな飼い実装になれるんだ! 「テチュゥゥン♪チュフーン♪」 仔実装は男の顔を見上げながら、嬉しそうな声を出し、これからの生活に期待を膨らませていた。 双葉第4公園。男の家の近所にあり、山の一部をも含む自然の多い超大型公園である。 休日には多くの子供や家族連れで賑わうこの公園へ、男はペットショップを出たその足で向かった。 そして垣根に遮られているため、野良実装が殆どいない公園東側のさらに奥、林に囲まれた空き地へと入る。 公園の南東の隅になり、緑しかないので人間もあまりこの辺りへは来ない。 「ここが公園だよ。少し休んでいこう」 男は仔実装に声をかけ、優しくポケットから出して地面の上に下ろした。 「テェ?テチュウ?」 仔実装は少し戸惑った。早くニンゲンのおうちに行きたかった。これから幸せに暮らす豪華なおうちはどんな所だろうと楽しみにしているのだ。 だが、初めて見る草、土、たくさんの木。それに触れ、匂いを嗅いでいるうちに興奮し、走り回り始める。 「テッチューー!テチッ!テッテッテェー!チュワッ!」 広い自然の中で、思いっきり走り回る気持ちよさ。今までまともに走ったことも無かった仔実装はそれを堪能していた。 そんな仔実装を楽しそうに見つめながら、男はその様子をデジカメで撮っている。 そして仔実装が息を切らし、座り込むと男はポケットからなにかを取り出した。 「おいで、実装ちゃん」 「テチュ?」 呼ばれたことに気づいた仔実装は、トテトテと男に駆け寄る。 「はい、お近づきのしるしにあげる。おいしいよ」 差し出された手のひらには——— 「テッチュゥゥウ!」 ブリーダーの躾の時、ごほうびに2回だけもらった、夢のコンペイトウがあった。 「テェッ!テェェッ!テッチャァア!」 たった2回の至福の体験をしっかり覚えていた仔実装は、そのいい匂いのする塊に飛びつく。 「気に入ってもらえたかな」 そんな男の言葉などすでに耳に入らない様子で、受け取った塊を舐め回す。 「テッチュゥゥ〜ン♪」 最高だった。この甘さも、この楽しさも、飼い実装になれたからこそ。 仔実装は生まれて初めて味わう『幸せ』に浸りながら、夢中で舐め続ける。 だが————— 「テェェ?・・テチュゥ?」 仔実装は腹に違和感を感じた。違和感は痛みとなり、猛烈に強くなってくる。 その感覚はウンチの時とよく似ていた。ただこれほど痛かったことは今まで無かった。 「テェェェ!」 一応躾済み、慌ててパンツを下ろし、ウンチをしようとする。 ブリブリブリィ!ブババッ!ブビィィィーーー! 「テチャアアアアアアアア!!?」 しかし間に合わなかった。パンツを下ろそうとした瞬間、すさまじい勢いで糞が噴き出た。 瞬時にパンコンとなるが勢いは弱まるどころか強くなり、あっという間にパンツは糞に吹き飛ばされる。 ブリバビビィ!ブリッ!ブブブッビリブビィ! 「テベッ!ヂャァッ!チュバブバァッ!!」 尚も糞の勢いは衰えず、仔実装の体格をはるかに上回る量が噴き出し続けていく。 軽い仔実装は噴き出す糞圧で体が浮き、わずかに飛び上がっては地面にぶつかって転がり、また飛ぶ。 その様子はまるで死にかけのセミのようだ。飛び上がる力すら失い、地面近くで羽をばたつかせて悶えるようにのたうちまわるのに良く似ている。 ブブビチッ!ブブッブゥーーッ!ブリベボバベボバ・・・・ 「ヂィッ!テビャッチュベベェ!チャァァァァァ・・・・・!!!」 林に異音と仔実装の悲鳴が響いた。 数十秒後。 ありえない量の糞を出し切った仔実装は、痙攣し、放心状態であおむけに倒れていた。 周囲は糞だらけで悪臭が漂う。 仔実装はひどい惨状だった。激しく転がり回ったせいで服は汚れてところどころが破れ、顔も髪も全身糞まみれ。その上から小石や砂が付着している。 顔は腫れ上がり、右耳はつぶれ、右手は変な方向に折れ曲がっている。左の靴とパンツはどこにいったか分からない。 致命的な傷やケガこそ無いものの、打撲、擦り傷でボロボロだった。 「・・・・・テ・・ェ・・ェ?・・・・・・・チュ・・ァ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 ぼんやりと意識が戻り始める仔実装は、なにがどうなったのかまるで理解できていなかった。 「・・テチュ・・テッ・・・・・?・・・・チュァァァァッ!」 ひどい臭いで目を覚ましたところで、全身の激痛に気づいた。 「テッチャァァァ!チァァァ!テッ・・テッ・・・テェェェン!テェェェェン!!」 あまりの痛みに大声をあげて泣き始める。 「テェェェン!テェェェン!テッエッエッ・・・テェェェェンン!」 座り込み、声の限りに泣き喚く。そして折れた右手や糞まみれでボロボロの体に気づくと、その声はよりいっそう大きくなった。 「テエエッ!!テエッ!テエック!テッ!テヒッ!テエエエン!!テエエエエエンン!!!」 だがいくら大声で泣いて痛みや悲しみを訴えても、辺りは何の変化もなく静かなままだった。 「テェェェン!テェェェン!・・・テェッ・・・テッ・・・・・・・・・テエ?」 しばらく泣き喚いた仔実装は、ふと一緒にいたニンゲンがちっとも来てくれないことに気づいた。 自分は飼い実装になったのに、こんな時優しくあやしてくれるはずのニンゲンは声もかけてこない。 不思議に思って辺りを見回すと———— 「・・・・テ?・・・・・・・テェ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・テェェ?」 見渡す限り、誰もいなかった。 自分を飼ってくれるはずのニンゲンは、影も形も無い。 しばらくキョロキョロと男の姿を探す仔実装。 そしてどこにも姿が見えないことを理解した瞬間、 「テッチャァァァア!?テェッ?テチィ?チュァァァァァ!!」 痛みも忘れて跳ね起き、ヨタヨタと走りながら男を探す。草場の陰、木の向こう、片っ端から覗き込み、回り込んで見回す。 「テェッ?・・・テチュゥ?・・・チュワッ?・・・・・チュワァァァ!」 だがやはり男の姿は無い。だんだんと必死になり、声も悲痛なものへと変わってきた。 「チャワァァア!テッヂィィイ!テエエッ!チャアッ!チュウウウウ!」 いくら泣き叫んで呼んでも、懸命に走り回って探しても、男は見つけられなかった。 「テエエッ・・・・・」 パニックになる仔実装。そして 「テッ・・・テッ・・・・・テッチュ〜ン♪」 媚びた。誰もいないところに向かって。 もはや仔実装の頭から、ブリーダーに受けた躾など吹っ飛んでいた。 極度のパニックに陥った仔実装はどうしていいか分からず、本能のままに『媚び』をしたのだ。 そうすることでニンゲンが現れるように願って。優しく介抱し、おうちへ運んでくれることを信じて。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・テッ」 無論なんの変化も無い。少し風が吹いただけだった。 「テッ・・・・・テッチュ〜ン♪・・・テチュゥ♪・・・チュゥ〜ン♪・・・テッチュン♪・・・テチャァ♪」 仔実装は回り始めた。どこにいるか分からないニンゲンに対し、周囲一帯に向けてまんべんなく媚びをする。 体はガタガタと震え、目からは血涙を流しながら、糞まみれの仔実装は力の限りに媚びようとする。 「テチュゥ〜♪・・・チュワ〜ン♪・・・テチュ〜・・・・テチィ・・・・・・・・テッ・・・・・テェッ・・・・・テッ・・・テェック・・・・・テェック・・・・・・・テヒッ・・・」 だが必死に媚びる声も、だんだん泣き声になっていく。そして決壊するまで時間はかからなかった。 「テヒッ・・!テエッ!テッ・・テッ・・・・テェェェェーーーーーーン!!!」 立ったまま、可能な限り声を張り上げて、仔実装は全力で泣いた。 「テエエエーーーン!!テエエエエーーーン!!テヒッ!テエエッ・・・チュワアアアアアアン!!!」 今の泣き方と比べれば、さっき痛みに泣いた時などベソをかいたようなものだ。 飼い実装に、なったはずだった。これからニンゲンのおうちで、夢のような暮らしが待っているはずだった。 ついさっきまでは幸せだった。見たことも無い風景を高所から見物し、広いところで遊びまわって、コンペイトウまでもらった。 だが今は———体中がすごく痛い。砂とウンチまみれだ。大事な髪と服もボロボロ。そしてなにより、あのニンゲンがいなくなった。 ニンゲンがいなければ、飼い実装にはなれない。おうちの場所も分からない。これからどうすればいいのか。 「テエエエエエーーーーーーーン!!テエエエエエエーーーーーーーン!!!テエエエエエエーーーーーーーーーーーーーン!!!!」 仔実装は、絶望の中で泣きじゃくり続けた。 「テェェッ・・・・テヘッ・・テェック・・・・・・・・テヒィッ・・・・・テェェェェ・・・・・・・」 10分以上泣き続けたが、結局男は現れなかった。 仔実装はしゃくりあげ、嗚咽を漏らしながらゆっくりと、どこへともなく歩き始めた。 ここがどこかは分からない。辺りはひたすら木と草しかない上、だんだん暗くなってきている。 どっちへ行けばおうちに行けるのか。どこにゴハンがあるのか。どこで体を洗えばいいのか。どうすれば幸せになれるのか。 飼い実装になるための躾は受けたことがあっても、こんな所で一匹で生きていく方法なんてまるで分からなかった。 「テェェェン・・・・・・・・・・・テェェェン・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 どうしたら良いかわからず、嗚咽を漏らしながら、仔実装は暗い林の中へと消えて行った・・・。 その様子を、男は10メートルほど離れた木陰からレンズ越しに見つめていた。 手には愛用のデジカメ。それには先ほどからの仔実装の行動の全てが、余すところなく収められている。 仔実装に低圧ドドンパを与えた男は、仔実装がそれに夢中になっている間に木陰に身を隠し、撮影を続けていた。 土の上で楽しそうにはしゃぐ姿。もらった低圧ドドンパを舐めて喜び、糞を噴いて転がる姿。痛みに泣く姿。そして男を探し回り、絶望に泣き叫ぶ姿・・・。 この一連の行動は、男にとってたまらないものだった。 男はもちろん虐待派。ただしハードな虐待や、直接痛めつけるのを好まない。 それよりも精神的ショックを与え、悲しみや絶望で泣き叫ぶ姿を眺め、声を楽しむのが何よりも好きだった。 これを楽しむためには糞蟲はダメ、馬鹿すぎる仔も面白くない。 高級躾済みは高すぎるし、野良は汚い。託児はたいてい糞蟲だ。 多少賢くて、幸せ回路全開の仔・・・それには、ペットショップで一定の躾済み、もしくは上げ済み仔実装を手に入れるのが一番なのだ。 今回買ってきた仔は、見事にその役目を果たしてくれた。 特に、全身ボロボロで糞と小石と砂にまみれた異様な姿の仔実装が、震えて泣きながらあさっての方に媚びるのを見た時は、危うく笑い出しそうになった。 その姿も、直前の幸せそうに遊ぶ姿があるからこそ引き立つというもの。 充分に満足した男は、仔実装の姿が見えなくなると、静かに公園出口へ向かって歩き始めた。 仔実装がこの後どうなるか気にはなるが、ずっと付いて撮影するわけにもいかない。 良い映像をくれたお礼に、男は仔実装を解放したのだった。 あとは仔実装しだい。寒さで死ぬか、餓死するか、脱水症で倒れるか、野良の猫や実装石に喰われるか———それとも、一匹でたくましく生き抜くか。 男はどうでも良かった。ただ願わくば、少しでも長く生き、少しでも多く悲しみや苦しみを味わって欲しいと思った。 もちろん仔実装に恨みなど無い。 そんな哀れで惨めな仔実装が大好きだからである。 「良いコレクションが増えたな。今夜はこいつを肴にうまい酒が呑めそうだ」 男はデジカメを見てつぶやくと、上機嫌で家へ帰っていった。 —————————————————————————————— こちらへは初めて投稿させて頂きました 以前IDへ投下した仔実装ワカバというスクはこれの変化形です 駄文乱文ご容赦下さい
1 Re: Name:デス嫌い 2014/11/25-22:05:16 No:00001569[申告] |
次回作は、捨てられた子実装が、どんな、惨たらしい最後を迎えるのか、そんな作品を期待している、 |
2 Re: Name:匿名石 2014/11/26-22:24:29 No:00001571[申告] |
あえて1度は戻ってやったうえで捨てるのを告げてやるというのはどうだろうかと思った
このニンゲンさんなら今回以外の子でやってそうだが |
3 Re: Name:匿名石 2021/10/05-11:23:01 No:00006424[申告] |
何lない空間向かって本能で媚びるってのがもう実装石のどうしようもなさを感じられていいです |
4 Re: Name:匿名石 2021/10/12-16:40:30 No:00006425[申告] |
7年前の作品だったのか…
時を超えた名作です 最近の名作は日本語よりハングルの方が多そう |