ある月夜のこと。 天馬が駆ける空の下、一体の仔実装が親石の手によってダンボールハウスから叩き出された。 理由は嫉妬。 秋仔の次女だった彼女は、デキソコナイのくせに親石にやたらと優遇される四女を叩き殺そうとしたのである。 しかし、親石の目の前で感情を爆発させたのはいかにもまずかった。 声を上げた途端に親石の手が迫って来たかと思うと、次の瞬間衝撃を感じて気絶。 気がつくとそこは公園の遊歩道の上だった。 あわてて戻ろうとしたが、あいにく我が家のある地面といま彼女のいる遊歩道との境界にはレンガが置いてある。 たった5センチの段差だが仔実装には致命的だ。 「ふん、かえってせいせいしたテチ!」といきがってみたものの、鈴虫の声にわずかな雑音を加えるだけの効果しかない。 しばらくは為す術もなくテェンテェンと泣いていたが、ふと気がついた。 なぜニンゲンは助けに来ない? カワイイワタチがこんなに泣いているのに。 すぐに駆けつけるのがオマエの義務なのに。 スシとステーキで許してやろうと思ったが、いくらカンダイなワタチでも許せることと許せないことがある。 ブッコロチて野良実装の餌にしてやる! 渾身の力をこめて拳を繰り出すと、ニンゲンは宙に舞った。 その顔は歪んで血だらけだ。 あわててニンゲンは土下座する。 だけどワタチは許さない。 その頭を蹴っ飛ばして、髪の毛をつかんで持ち上げ、さらに蹴りを…… 「禿裸、オマエは一体何をしてるデス?」 「テ?」 声をかけられて我に返ると、目の前に成体実装の顔があった。 赤と緑の目が怪訝そうにひそめられている。 いや、そんなことより。 「禿裸って誰のことテチ?」 「お前以外の誰がいるデス」 「何を言ってるテチ。ワタチの髪はフサフサ……」 言いかけて、やけに頭が軽いことに気がつく。 「テェェ!ワタチの髪がァァ!!」 「服も!服もないテチ!!あのクソババァ、ワタチに嫉妬して天をも恐れぬ大罪を犯しやがったテチィ!!!」 そう叫ぶと、成体はにんまりと笑った。 「なんだ、ただの勘違い捨て仔デスか。これはちょうどいいデス〜ン♪」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 実装石が他石を自分の巣に連れ帰ることは少なくない。 ただし博愛精神からではない。 「ただいまデス」 「お帰りなさいテチ」「なさいテチ」 成体実装が自分の巣に帰ると、二体の仔実装が彼女を出迎えた。 「長女も次女もイイコにしてたデスか?」 「もちろんテチ」「テチ」 「ならばお土産デス!」 成体が娘の前で得意げに鼻を鳴らす。 「チププ、禿裸デチ」 「おなかがすいたらコイツの目を血で染めるデス。そしたら蛆を産むからそれを食べるデス」 「テェェ?ウジちゃんを?」 「安心するデス。ワタシ達の産む蛆ちゃんとは違って、禿裸の産む蛆は食べられるために生まれてくる蛆デス!」 「それなら大丈夫テチ!」 「テェ」 禿裸仔実装はかすかに抗議の声を上げたが、まったく無視された。 逃げたり逆らったりできないようにビニール紐でぎちぎちに縛られ、巣の片隅に転がされた。 餌は巣主一家の糞。 次女という呼び名すら自分を見下す仔実装に奪われた。 しかもその個体は巣主一家三体のなかで一番格下なのだ。 冬を間近に迎え、新鮮な肉を提供する出産石の存在は重要だ。 狭い冬ごもりの巣の中で、春まで最下層の存在として生かされる。 無駄にプライドが高い彼女にとって、ここは死ぬより辛い地獄だった。 ゆえに、彼女の幸福回路は思考を停止させた。 偽石をストレスによる崩壊から守るために。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 しかし事態は急転する。 それから数週間後。 ドングリを拾いに出た巣主親と次女が突然帰ってきたかと思うと、留守番をしていた長女にわめきたてた。 「長女、飼いになるチャンスデス!」 「テェ?」 「託児先に出かけた同族がまだ帰って来ないそうデス!託児に成功したとしか考えられないデス!」 「マジテチ?」 「本気と書いてマジデス。それも噂ではソイツが託児したのは半端な仔だったそうデス。そんなので成功したなら、賢くて美しいワ タシの娘であるお前たちなら大成功間違いなしデス!」 「テチャァァァ!それは間違いないテチ」 親子はひとしきり喜びのダンスを踊り、善は急げデスと家を飛び出し、それっきり戻ってこなかった。冬籠りの用意を丸ごと残して。 声の消えた巣の中で、出産石仔実装は少しずつ自分を取り戻す。 巣の中にもう次女はいない。ならもうワタチが次女で大丈夫。 それどころか誰もいない。なら自分はこの巣の主! 光を取り戻した目に菓子の缶が見えた。 外装に様々な種類のクッキーがプリントされている。 中にはあれがたくさん入っているに違いない。 もちろんワタチのものだ! 強い思念は強い力を産む。次女に返り咲いた元出産石仔実装は、甘いものへの執念を力と為し、自らを拘束する紐にぶつけた。 しばらくもがいているとぶちんと音がして左肩が自由になった。 一本の紐で縛られていたため、一か所緩めばあとは早い。彼女の身体はようやく自由になった。 久しぶりに踏みしめる地の感触を足で感じながら、缶にトテトテと駆け寄る。 だが、缶のふたは閉まり、上に重石が乗っていた。 それをどけようとして、ようやく気がついた。 先ほど千切れたのは紐ではなく左腕だったことに。 「テチャァァァ!!!」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 それから三ヶ月。 次女は乗っ取った巣の中で中実装になっていた。 一家族分の蓄えは、仔実装が冬を越すには十分すぎたのである。 缶の外にも餌はあったし、時間もあった。 失った腕は間もなく再生。 服や頭巾は、元巣主が寝ワラ用に集めたもので賄えた。 成長したらそのうち缶も開けられるようになった。 本来であれば秋仔は冬を越せない。 親と一緒に籠って共倒れになるか、託児で死ぬか、親の冬籠りの手伝いをさせられた挙句捨てられるか、喰われるか。 ましてや親に捨てられた仔実装だ。 生きていることすら奇跡なのだが、本石は幸運に感謝するどころか自分の身の上に不満を漏らしていた。 髪が永遠に戻らないこと。 缶の中身がクッキーではなくドングリだったこと。 寒くて外に出られないため、巣の中が日に日に臭くなっていくこと。 次女は考える。 これもすべてクソババァとあのデキソコナイのせいだ。 きっとあいつらが高貴なワタシに嫉妬して呪いをかけているに違いない。 いつか私を不幸にするあいつらに報復してやる! 幸い呪いの力は弱まりつつあるようだ。 だんだん寒くなくなってきているから間違いない。 覚悟あいろ。 ワタシが外に出られるようになった時、それがおまえらの命日だ! そしてフキノトウが芽吹いたある日、次女は今までの恨みを晴らすべく、ついに巣から這い出した! ……ここはドコデス? 目の前には見覚えのない風景が広がっていた。 ここは一応彼女が生まれたのと同じ公園の中ではあった。 しかし仔実装の行動範囲は狭い。 彼女が親石の庇護下にあった頃には来ることのできなかった場所だ。 わからないのも無理はない。 彼女は吠えた。 「どこに隠れやがったデスゥ!とっとと出てきて正々堂々とワタシに殺されるデシャァァァ!!」 と、そこへ。 「でーまえじんそく らくがきむよう〜ボクッ♪」 デニムのオーバーオールに身を包んだ実蒼石が、のんきに歌を口ずさみながら歩いてくる。 いかなる神の気まぐれか、彼女の望みはかなえられた。 その声、忘れもしない。 恨み重なる仇石、四女だ。 ここで会ったが百年目。 百年どころかこの世に生を受けて半年もたっていないのだが、そんなことは関係ない。 戦いは先手を取った方が勝つ。 電光石火で間合いを詰め、怒りを拳にこめて顔にぶち込む。 四女の顔がゆがみ、鼻血を吹く。 すかさずボディにも一発。 四女は、げぼっと胃の中身をぶちまける。 今までの非礼を詫びてももう遅い。 地面にすりつけた頭から髪をむしり取り、服を…… 「もしかして次女ネチャボク?」 「デェ?なんで禿裸にならないデス?」 「よく生きててくれたボクゥ!」 「やめるデス!クリンチは減点対象デギャァ!」 ぼきばきぼきばきぼきばきぼきばきぼき 四女の抱擁は次女の全身の骨を粉砕した。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 次女が目を覚ますと、二つの顔が次女を覗き込んでいた。 一つは四女、そしてもう一つは。 「はじめまして、ドラコちゃんのお姉さん。私は有栖薔子」 「ドラコちゃん?」 「ボクの名前ボク。パパさんにつけてもらったボク」 なんだと。 次女の胸に怒りが込み上げてきた。 ワタシは次女という呼び名すら失いかけたというのに、このデキソコナイは名前をもらっていたというのか。 そんなこと許されるわけがない! 天誅を下してやろうとこぶしを振り上げようとしたが、ふにゃんとした感覚が返ってきて上がらない。 「まだ動いちゃダメボク。今活性剤を注射したから変に動くと骨が曲がってくっつくボク」 「デェ……姉に向かってなんてことするデス」 「ごめんボク。あまりに懐かしかったから力の加減を誤ったボク」 「許さんデス。許してほしかったらワタシの髪を返すデス!」 言いがかりも甚だしいが、ドラコは事も無げに答えた。 「髪ボク?なら、ええっと」 オーバーオールの胸にある大きなポケットに手を入れ、中を探る。 「ボクボクボックックー!じっそうふさりー」 効果音をセルフサービスして、小さな小瓶を取り出した。 中には白い錠剤が数個入っている。 「実装フサリ?」 「これを飲むと実装のハゲが治るボク。一週間もあればフサフサボク♪」 「デッ」 永久に失ったと思っていた髪が返ってくる。 そう思うと欲が出る。 「ま、まだ許さんデス。ワタシをお前の家の飼いにするデス!」 「それはボクも望むところボク。次女ネチャと一緒に暮らせたら幸せボク!」 「デデッ」 望みがあっさりと叶っていく。 食事は毎日毎食ステーキと寿司。 デザートはもちろん山のような金平糖だ。 こら、ニンゲン。これは一週間前に着た服だ! ワタシは同じ服は二度と着ないと言ったはずだ! 叱りつけるとニンゲンは土下座して非礼を詫びる。 しかたない、舞踏会に行かなきゃならないからこの辺で許してやろう。 寛大なワタシに感謝するが…… 「じゃあ薔子さん、次女ネチャをよろしくお願いするボク」 「んー、ドラコちゃんにそこまで言われたら仕方ないなあ」 「デ?舞踏会はどうしたデス?」 「何を言ってるボク?」 キョトンとする次女とドラコの間に、薔子が苦笑しながら割って入る。 「ああ、なんかお姉さんは聞いていなかったみたいだから、もう一度私が説明するわ。実装石が飼いになるためには勉強して、飼い になっていいよって認められないといけないのよ」 「デデ?そんなのワタシには必要ないデス」 「お勉強にはちょっとお金がかかるけど、心配いらないボク。ボクが薔子さんの店でバイトして稼ぐボク」 「だからそんなのいいからとっとと」 「大丈夫、次女ネチャならすぐ認められるボク」 「少しはワタシの話を」 「はいはい、行くよ。お姉さん」 薔子はまだ手足を動かせない次女をトングで摘みあげ、段ボール箱に収めて形を整えた。 届け先は雀宮美香。ペットショップアリスが契約する実装ブリーダーである。 女性ながら情に流されない仕事ぶりには定評があった。 奇跡的に再会した次女と四女。 しかし、奇跡は二度と起こらない。 (Fin) 【過去スク】 【虐】【紅】 化粧 【あっさり虐紅】 風呂 【託】 奇跡の価値は 【託】 一部成功