3ヶ月の時間が過ぎた。 男はあまりモモをかまわなくなってきていた。 理由は簡単で、モモは何をしても「ママ大好き」としか言わない。 つまり飽きたのだ。 初めのうちは涙を堪え、 身体を震わせながら媚びる様がおかしくてたまらなかったが、 最近は少々マンネリだ。 モモにも馴れが出てきたのか「ママ大好き」の訴えにも、切羽詰った絶望感が滲んでいない。 何度かまた虫かごに入れて屋外に放置してみたが、反応は同じだった。 最近は男が迎えに来るのを理解してきたのか、 むしろ余裕のようなものさえ最近は出てきたようだ。 「テッチューン」(ママまってたテチュ) ——楽しめるのもここまでか。いやもう少しキツク当たってみようか。 「モモおいで」 「テチューン」(ママー) おもむろに蹴りを入れる。 「テェェエーン!」モモは転がっていく。 後は放置である。 「テェェーン!」 「テェェーン!」 「テェェーン!」 ときおりこちらの様子を軽く伺ってるようだが、男は無視した。 男はモモはもう自分をママと呼べなくなるまで、追い詰めるつもりだった。 もうモモには3日エサを与えていなかった。 「モモ、今日は遠くに行くよ」 「テチー」(ママといっしょテチ) 男はモモを連れて車に乗る。 行き先は町外れにある小さな空き地だ。 目的地についたところで男はモモを抱き下ろす。 その日は散歩に出た。 男はあえてモモを抱き上げなかった。 仔実装の歩みは遅い。男の歩くペースに到底追いつかない。 「テッチー!テッチー!」(ママー!ママー!) 大泣きしながらモモは懸命に男の後を追う。 よちよちとした歩みは不安定ですぐに転ぶ。 「テッチー!テッチー!」(ママー!ママー!) 裸の身体のあちこちに擦り傷を作りながら、モモは走り出した。 「テチュアー!」(ママ、まってテチー) 「モモ、ママが好きならこのくらい頑張れるよね」 「チュアチュア!」(がんばるテチー) 男はしばらく進むと立ち止まり、モモが近づくと足早にまた進んでしまう。 「ほら、がんばれ、がんばれ。早く来ないと捨てて行くよ」 ずっと前を歩く男が笑って囃し立てた。 「テチャアー!」(ママまってテチー) 「テチィィー!」(ママ大好きテチー) モモがベソをかきながら走る。 男がその先を悠々と歩く。 一方は楽しく、一方はつらい追いかけっこは、その後1時間ほども続いた。 かれこれ数時間が経ち、日も暮れてきた。 「モモ、さようならだ」 「テチュ?」 「ママはモモが嫌いになったからここに捨てていくよ」 「テェェ!」 「じゃあね、さようならモモ」 男が車に向かい歩き始める。 「テチャーッ!!」 モモが必死に追いすがる。 死力を尽くしたモモの疾走、男の前に回り込み両手を広げた。通せんぼの構えだ。 「テエッテエッテエッ」(待ってママ待ってテチ) 「テチィチィチィー」(モモ、ママと一緒がいいテチー) 必死の訴えかけだが男はリンガルを見ようとしない。 じっとモモを見下ろすだけだ。 そんな男の足にしがみついてモモは泣いた。 「テェェェン、テェェェーン」 男は軽く蹴り飛ばした。小さなモモの身体は面白いように転がっていった。 しかしモモも諦めない。泣きながら何度も駆け寄り男にしがみつく。 そのたびに蹴り飛ばされるのだが。 「チェアー、チェエー」 「テェェェェーン」 「テチィィィーン」 もう何度蹴り飛ばされただろうか。 動きの鈍くなったモモを男が拾った。 「テチィ…」(ママ…) モモの足を男が掴む。そしてそのまま捻る。 やわな足は簡単に折れた。 「テチャアーッ」 見上げた先でにやにやと笑う男の顔と目が合った。 ママがまた笑っている。 ママは怖いことをするときに笑う。 ママは怖いニンゲンだった。 そのまま男はモモを地面に放り投げた。 「ほら、どこにでも勝手に行きな、モモはもう用無しだ」 怖い—— 痛い—— ママは怖いニンゲンだ。 モモが後ずさり始めた。 「テエッテエッテエッ」 折れた足を不器用に引きずりながらモモが遠ざかっていく。 男はそれを無表情に眺めていた。 モモは逃げた。男から。これまでの苦痛の象徴から。 もうママなんか嫌いテチ、痛いことばかりするテチ。 その前方には藪が広がっていた。 すっかり日も落ちた暗闇の中、モモは必死に進んだ。 そう、暗闇。 モモは気づいた、自分を囲む闇に。 最初に男と出会った夜に暗闇の中で、心細さに泣いていた自分。 虫かごにつめられ暗闇の中で野良実装石達に取り囲まれた恐怖。 どうしようもない状況を救ってくれたのは、いつもあの笑う男ではなかったか。 「テェ…」 モモは迷う。 この暗闇に進んでいくのは怖い。 しかし男のもとに戻るのも怖い。 往くも退くもままならぬ迷いの中にいた。 進退窮まりモモは泣いた。 「テェェェーン!テェェェーン!」 そのとき、ガサリと目の前の藪が動いた気がした。 野良実装石か?! その考えがよぎった瞬間モモは折れた足でかけ戻っていた。 ママのところへ。 ママ助けて。 ママ大好き。 「テッチー!テッチィー!」 もたもたとした足取りでこちらに戻ってくる、裸の仔実装を見て男はまた笑った。 「なんだもう戻ってきたのかい、根性ないな」 モモは男の近くまで来ると頬に両手を当て「テチューン♪」と鳴いた。 また媚だ。 意外なことだが、元々、モモは媚びない仔実装だった。 自分が愛されてると思い込んでいたため、媚びる必要が無かったのだ。 つまりこの媚はモモがどれだけ危機的状況を理解したかの現われで、 強者であるニンゲンに、今まで以上に積極的な保護を求めてきたということだ。 「テチューン♪」 「先に行ったとおり、ママはモモのことが嫌いなんだ。どんなに媚びても捨てていくよ」 「テッチューン♪」 リンガルを確認すると「いい子になる」「楽しい」「嬉しい」「ママ大好き」 など場違いな単語が並んでいた。 ——この期に及んでも「ママ大好き」か。だったら—— 「モモ、ママのことが好きかい」 「テチュゥ!」 「じゃあ、ママのいうことなんでも聞くかい」 「テチッ!」 「ママのことが好きなら死ねるよね」 「テェ…」 「ママはモモが可愛く死ぬところが見たいな」 「チュアチュア!」 「じゃあ死ぬのに未練を無くしてあげようか」 男がモモをまた引っつかむ。 「テッチテッチー!」 すでに服を奪われ裸仔実装となっていたモモの残っていた髪の毛を、引っこ抜いていく。 「テチャア!チュアチュア!」 「ほら媚はどうした、媚びないともっと痛く抜くよ」 「テ、テチュ〜ン」涙目でモモは媚びた。 「あと、もう死ぬのだから手足も要らないな」 男は髪を全て毟り取ると、今度はイゴイゴと動くモモの足を掴んだ。 そのまま捻り、根元からねじ切っていく。 「テチャアーン!」 モモが絶叫した。 その悲鳴も消えぬうちにもう一本の足も千切り取る。 やめてやめて! いたいことしないで! ママ大好き! 「テッチュ〜〜ン!」 残された腕だけで禿裸のモモがまた媚びた。 ママ大好き! ママ大好き! ママ大好き! 死んでも大好き!だから もうひどいことしないで! 「テチュチューン!」 その顔は引きつり、脂汗を流しながらもモモは媚を止めようとしない。 ママに媚びろと言われたからには命がけで媚びるのだ。 もしかしたら、一生懸命に媚びたらママは許してくれるかもしれない。 そんなかすかな希望にすがってモモは媚びた。 「テチュウ!」 その腕を男が掴んだ。にやりと笑う。 「もう媚びなくてもいいよ。モモの媚は案外つまらないな」 ぶちりと右腕が引きちぎられる。 続いて左腕。 「テチュワァーッ!」 甲高い悲鳴だった。 「ついでに口も裂いてみるか」 「テギィィィ!」 男の手がモモの歯をへし折り、口を両側に裂いた。 「これでいつでもスマイルだな」 「テヒ…テヒ」 もうモモは原型を留めていなかった。 かつて桃色の服を着て大事に育てられていた仔実装の、残骸があるだけだった。 「どうだいモモ、もうなにもかも嫌にならないかい」 「テヒュー」 「こんな状態のモモはもう可愛くないし世話する気にならないから、やっぱり捨てていくよ」 「テヒィ」 「最後に何か言いたいことあるかい」 男はリンガルを覗き込んだ。 どうしてひどいことするテチ。 モモいい子にしてたテチ。 ママ大好きだったテチ。 かわいがってほしかったテチ。 やさしくしてほしかったテチ。 「馬鹿だな、モモは」 「優しくないママもいるんだよ」 「残念だったね、優しくないママで」 男の哄笑。 モモは泣いた。 もうダメテチ。 ママ怖いテチ。 ママキライテチ。 ママは酷いことするテチ。 「テェェエーン!ティェエエーン!」 泣きじゃくるモモの心が曲がる。意地が裏返る。 なんのために今まで。 ママのために今まで。 恐怖と希望と思慕の乱気流で、モモの感情が捻じ曲がる。 ママは酷いテチ。 暗いの怖いテチ。 ママは悪いテチ。 死にたくないテチ。 ママは嫌い————いや、大好きテチ! 大好きテチ! 「テッチャー!テッチャー!」 何かモモの様子がおかしい。 芋虫状態の身体をイゴイゴひねりながら何かを叫んでいる。 イタイイタイしてくれるママ大好きテチ! アンヨもオテテももがれて嬉しいテチ! お湯でアツイアツイも大好きテチ! 針でイタイイタイしてくれてありがとうテチ! ママ大好きテチ! ママ大好きテチ! ママ大好きテチー! リンガルを見て男は噴き出した。 なんだ、モモもやればできるじゃないか。 いい具合に頭のネジが吹っ飛びやがった。 面白い、こいつは馬鹿げた芸当だ。 こんな変態マゾ仔実装になるとはな。 ここで野垂れ死にさせるにはもったいない。 男は反り返って叫び続けるモモを拾い上げた。 「モモ、もういいよ。モモは面白い子だから捨てないことにしたよ。」 「テチー?」 「もちろん死ななくてもいいんだよ」 「テチュ!」 男はモモの禿げた頭をなでてやる。 そして耳を半分ほどを引きちぎった。 「テチャー!」 「ん、どうした?」 「テチ!」(耳イタイのありがとうテチ!) 「よし」 「テチー」(ママ大好きテチー) 「うん、ママもモモが大好きだよ」 男の大爆笑。 男はモモを自宅に連れて帰った。 ママ大好き。 何をされても大好き。 叫びだしたいほど大好き。 だからモモは叫ぶのだ。「ママ大好き!」と。 男からは虐待の数々。 殴られ、蹴られ、針で刺され、タバコの火を押し付けられて。 そしてモモは大喜びで媚びるのだ。 成体になった今も、モモのママへの愛情は変わることが無い。 ママは新しい桃色の服を用意してくれた。 それに、おいしいご飯をいつもくれる。 強い力で殴ったり蹴ったりしてくれる。 熱いお湯で火傷させてくれる。 身体のあちこちを引きちぎってくれる。 ママ大好き。 「デスゥ!デスゥ!」 腕をへし折られてモモが飛び跳ねる。 痛みに涙と涎を撒き散らしながら、歓喜の声を上げた。 「オテテイタイの大好きデスゥ!」 身体に激痛が走るが、そんなものママへの思慕にはかなわない。 ママが笑ってくれる。こんなに嬉しいことはない。 「デスゥ」(ママ大好き) 「デスゥ」(ママ大好き) 「デスゥ」(ママ大好き) きっと、殺されても大好き。 モモは幸せデス。 男とモモの幸せな暮らしが始まって、4年が経った。 「デスゥ」 モモの胸に鋭い痛み。 今まで感じたことのない内側の痛み。 偽石の損傷だ。 ついに来た。 日々の苦痛とストレスは、モモがどう感じようとも確実に寿命を削っていた。 賢いモモは直感的に把握した。 今日が最期の日だ。 モモは思う。 自分は幸せだ。 毎日ママが遊んでくれた。 痛いことは多かったけれど、 それでママが喜んでくれるなら、モモはそれでよかった。 腕をねじ切られても。 足をひねりつぶされても、 そのたびにママは笑った。 なにか遠くで叫ぶ自分が居る気がする。 でも遠くてよく聞こえない。 優しくして… 暗闇こわい… そんな言葉がかすかに聞こえる。 服を取られた。 髪を取られた。 針で刺された。 火で焼かれた。 暗闇に置かれた。 わずかに蠢く憤怒がそこにあったが、やがて掻き消えた。 ——ママ大好き。 頭がその一点に染まる。 ママに捨てられなかったことが嬉しかった。 そろそろご飯だ。 ケージから出てモモは傷だらけの身体を伸ばす。 今日はいい日にしよう。 最期の一日、ママと楽しく過ごそう。 よちよちと飼い主の男のそばへ向かうとモモは深く頭を下げた。 「デスゥデスゥ」(ママ、モモは今日で最期デスゥ) 「どういうことだい」 「デスーデスゥ」(モモの石はもうボロボロデス) 「………」 一瞬の間の後、顔面に拳が叩きつけられた。 「ママは勝手に死んでいいといったかい」 対する男の顔にいつもの笑顔は無かった。 眉間にしわを寄せた不機嫌な表情。 モモの見たことのない顔だ。 「デデスゥ!」(ごめんなさいデスゥ!) 飼い主の男は転がったモモを見下ろしている。 モモをどうするのか思案中のようだ。 モモが自分で言うとおり、最期の時は近いのだろう。 最近のモモは食欲が落ちてたし、再生も鈍くなってきていた。 過酷な虐待はモモの寿命を大きく縮めてしまった。 ではどうしよう。 最後の日くらい穏やかに過ごさせるか。 それとも最期だからこそ苛烈に接するか。 男は後者を選んだ。 「モモ、今日はどうして欲しい?」 「デスデスゥ」(ママと遊びたいデスゥ) ——なにを言ってるんだ、モモは。 今まで遊びといったら針で刺されたり、火で焼かれたり、 手足をへし折られることだったじゃないか。 この期に及んで結局それか。 最期になにか今までの反動が出るかとも思ったが、 ねじ曲がってしまった志向はとうとう治らなかったようだ。 男はニヤリと笑った。 「じゃあ遊ぼうか」 男が竹の棒を持ってきた。何度もモモを滅多打ちにした棒だ。 大きく振りかぶると鋭くモモの頬を打つ。 「デピィ!」 「デチャア!」 「デェエエエーン」 リンガルに表示される語句は、 (ママ大好き) (ママイタイの好き) (ママもっとイタくして) 「頑張れ、頑張れ、まだ死んじゃだめだ」 「デスゥ!」 「デスゥ!」 「デスゥウ!」 (頑張るデス) (頑張るデス) (頑張るデスゥ!) モモは自分を庇わない。 男が叩きやすいように身体を差し出してくる。 「死ぬなよ、モモ、死ぬなよ」 「デッスーン!」 真っ赤に頬を腫れ上がらせてモモは泣いている。 男の打つ棒は止まっていた。 男がモモを抱き上げた。 「思ってたより、モモとは長い付き合いになったな」 「覚えてるかい、この部屋に最初に来た日のこと」 「ご飯をもらえなくて泣いてたなぁ」 「その後にラジコンカーで突つかれて泣いてたっけ」 「モモは泣いてばかりいたな」 男が昔を思い返す。 その表情は優しげに微笑んでいた。 モモは泣き続けていた。 どんなに慕っていても叩かれれば痛い。 痛ければ自然に涙がわいてくる。 しかし、今は少し様子が違った。 初めて見る飼い主の優しげな表情。 求めていたのはこれだった。 優しいママ。 今まで、殴られたり、蹴られたり、焼かれたり、放置されたり、 散々なめに遭わされても、ずっと信じてた。 いい子にしていればいつか優しくしてくれる。 そう信じ続けていたのが報われた気がした。 「デス」(ママ) 「デスデス」(大好きデス) モモの目に男の指がねじ込まれた。 「そういえば目潰しはしたことがなかったな」 「デスーッ!」 「今日は最期だからいままでしなかったことをするよ」 「デ、デス!」 「殴ることは多かったけど、切り刻みはしなかったよね、 あれは再生に時間がかかるから」 「デスデスゥ」 「どうせ今日死んじゃうんだから、いいじゃないか」 「デッスーッ」 男はいつもの笑いを浮かべていた。 違う違う、こんなママじゃない。 せっかく優しいママになったのに。 元に戻って、ママ、ママ—— 男がナイフを持ってきた。 「モモ、すぐに死んじゃだめだよ」 鈍くなった刃をモモの左肩に突き立てた。 そのままぐりぐりと抉り、左腕を千切りとる。 「デッジャー!」 「今までこういうバラされ方は無かっただろう、モモ」 「今日のご飯は左腕だよ」 肉塊が口に押し付けられた。顔面が鮮血で汚れる。 お腹は空いてる、けれどこんなモノ食べたくない。 それにせっかく優しくなってくれたのに、どうしてママはこんなことするの。 ママ大好き。 ママ大好き。 ママ大好き。 だからこんなこと、やめて。 「デスゥ…」(ママ大好き) 「モモ、ママが好きならこのくらい我慢できるよね」 またこの台詞だ。 ママのこと好きなら我慢しなきゃならない。 ママ好き、大好きだから酷いことも大好き。 もっと酷いことして欲し………違う、 やっぱり優しいママがいい。 「デェエエーン!」 「デェエエーン!」 「デェエエーン!」 モモは激しく泣いた。 「なんだ、その泣き方つまらないな」 男はモモの右肩にナイフを刺した。 ゴリゴリと抉り今度は右腕を切断した。 「デピャー!」 「歯を食いしばるくらいしなよ」 男の拳がまた顔面に入る。 「デプッ!」 「ほら、モモの腕、今日のご飯だから食べな」 「デ、デスゥ」 モモは腕肉に喰らい付いた。口中に溢れる肉汁。 なぜか噛み付かれる痛みが、無くなったはずの腕部に走る。 そのまま咀嚼して飲み込むモモ。 「ほらまだまだ残ってるよ、残らず全部食べな」 「デ、デ」 そうこうしてる間にも男のナイフが、モモの身体に突き立てられる。 ドスッ 刃をひねる。 ガポッ 血だまりに空気が入る。腹、両足をナイフが突き回す。 「デェェェエエエエーン!」 モモが絶叫した。 「そんな泣いてる暇あったら、早く腕を全部食べなよ」 モモの額をナイフで小突きながら男は促す。 「頑張れモモ、まだ死ぬなよ」 痛い、苦しい。 時折意識が遠くなる。 死にたくない。ママも死ぬなと言ってる。 がんばらなきゃ。 でも頑張るのは苦しい。 ママ大好きだから苦しいのも大好き。 イタイのも大好き だからママ、モモに優しくして。 「デッスーン」(モモに優しくして) 「前にも言ったけどママは、優しくないママなんだ」 「モモは虐められてるほうが可愛いからね」 男はモモを壁に叩きつけた。 「どうでもいいから早く腕食べな、次は足が待ってるんだから」 モモの顔面を竹の棒で張って男は促した。 えづきながらもモモは自分の腕を完食した。 モモはずっと泣いていた。 腕が痛かった、ママが怖かった、ママが優しくなくなった。 抱上げられた時、モモはやっと幸せになれると感じた。 しかしそれは思い込みでしかなかった。 いまやナイフで体中を切り刻まれている。 だめだ、もう無理、 ママ大好きなんていえない、 ママ怖い。 「さあ、2ラウンド目、こんどは足をもぎ取るからな」 「デッチャーッ!」(イヤー) 「あはは、イヤでもやるんだよ」 またナイフで荒っぽく抉り取られる両足。 神経がプチプチと千切れ、激痛が走る。 「デェエエエエエーン!」 「さあ、食べるんだ」 「デェエエ!デェエエ!」 「まだ死んだらダメだからね」 切り取られた足が口にねじ込まれた。 大粒の涙をこぼしモモは咀嚼した。 長い間飼われていたモモだが、これほど荒っぽい扱いを受けたのは初めてだ。 ママ怖い。 ママ怖い。 それでもママ大好き。 ママ大好きだから! 大好きだから! もうやめて! 「デエエエエエエーン!」 モモの大絶叫。 かつて「この世に未練が無いようにと」モモの身体はバラバラにされた。 きょうはその続きなのかも知れない ダルマ状態でモモがすすり泣く。 その背中にナイフが浅く、深く、何度も突き立てられた。 「血がいっぱいでてるけど、死んじゃだめだよ」 「デェェェーン!」 「デスデスデス!」 「デデスデスゥ!」 モモは頼んでいた。腕をもがれもう媚びることも出来ないが、 もう一度、一瞬だけでいいから優しく抱いて、優しい言葉が欲しかった。 さっきほんのわずかにだけ優しいそぶりが見えた。 やっぱりママは優しいニンゲンだった。 優しいママに抱かれて天寿を全うしたい。 それがモモの望みだった。 しかし、この笑い男がそんな甘い対応をするはずもなかった。 「やっぱ不細工だなーモモは」 男がモモの背中を抉りながら呟いた。 「こんなチビデブスのくせに優しくしてなんてずうずうしいよね」 「だいたいなんでニンゲンの僕がお前のママなんだい?そんなのおかしいよね?」 芋虫状のモモをひっくり返すと、男はモモの股を開いた。 手近にあったガラスコップを総排出口にあてがい、めりっと押し込む。 「デスゥー——ッ!」 またモモの絶叫。 入ってくる異物に恐怖したのではない。 モモにはママが次にすることが分かったのだ。 「デスデスデスデスデスーッ!」 やめてママ! やめてママ! 死んじゃうモモ死んじゃう! これ以上イタイコトされたらモモ死んじゃう! ぜんぜん優しくしてもらえないままモモ死んじゃう! 男がモモの頭を掴んだ。 そのまま振りかぶり、力いっぱいモモの胴体を床に叩きつけた。 バリン くぐもった破壊音。 モモの胎内でガラスコップが粉々に砕け、周囲に突き刺さっていた。 総排出口からだらだらと赤緑の体液がこぼれ出してくる。 「デスゥ…」 力無く呻くモモ。 「もうそろそろ死ねそうかい?モモ」 「デス…」 「もう無理せず死んでもいいよ」 「デ、デス」 「ママはね、モモが好きだったよ。可愛いと思ったことは無いけどね」 「デス…」 「ママを好きになれば、ママが優しくなるとでも思ってたんだろうけど。」 「デ、デ」 「ニンゲンが実装石のママになるわけないだろう?」 「デェ…デス」 「ママに優しくして欲しかったんだろう?」 「デェェ…」 「馬鹿じゃないの?」 「こんな不細工なくせに」 「本当にモモは身の程知らずだね」 もう弱弱しく呻くだけになったモモの胸にナイフを当てる。 いまやモモは全身の傷のせいで血まみれだ。 だがそれでもまだモモは生きていた。 「モモ、これでもママが好きかい?」 「デスゥ」(ママ大好きデスゥ) 「そうかい、ママはモモを嫌いだよ」 「……デ…」(そんなのイヤデス…) ママ大好き。 どんなめに遭わされても大好き。 ママに会った日のこと覚えてる。 真っ暗闇から助け出してくれた。 モモはあの時からママのことが大好きになった。 優しいママと可愛いモモの2人で幸せになれると思った。 でも——なれなかった。 もう諦めよう、ママは優しくない。 優しくないママも世の中にはいるのだ。 モモの頬を涙がつたった。 身体の痛みではない、希望の途絶えた絶望の涙だった。 モモは初めてこの家が地獄の家だったことを認めた。 途端にモモの中で変わる男の像。 怖い。 怖い。 怖い。 ママ怖い。 「デギャアアアアー!」 突然のけたたましい悲鳴。 「なんだ、ようやく壊れたのか」 「デシャアアアアー!」 「モモ、うるさいよ」 男のナイフがモモの喉に当てられ、そのままゆっくり横に引かれた。 「デジャアァァァ…」 徐々に弱まるモモの絶叫。 「うるさいけど今までの悲鳴じゃ一番マシかな」 「……」 「なかなか死なないもんだね」 「もうママはなんだか面倒くさくなってきたよ」 「だからモモを外に捨てることにした」 「モモは外の暗いのいやだろう?」 「……!」 男がケージを取りに奥へ向かった。 外はイヤ。 痛いのはイヤ。 一人はイヤ。 寂しいのはイヤ。 暗闇はイヤ。 ママに嫌われてるのがイヤ。 もう何もかもがイヤ。 「…デスゥ…」 小さな鳴き声がモモの最期の動きだった。 とうとうモモの偽石が崩壊した。 男がケージを抱えて戻ってくると、モモは顔を引きつらせて絶命していた。 「死んだか。…そんなに外の暗がりが嫌だったのかね」 思い返せばそれなりに面白いヤツだった気がする。 殴っても蹴っても「ママ、ママ」と慕ってくる実装石。 その気持ちを踏み躙るのは野良では味わえない類の楽しさがあった。 もう野良など拾って飼ってなどいられない。 これからはペットショップで売っている、躾済みの人懐こい仔実装にしよう。 ニンゲンを大好きな仔実装が、虐待で歪み壊れていく様をまた見たい。 今回は少々手荒に過ぎた。 次はどんな「ママ」を演じてやろう。 男はモモの遺体を生ゴミとして処分しながら、そんなことを考えていた。。 終わり
1 Re: Name:匿名石 2021/12/03-05:56:13 No:00006435[申告] |
禿裸にされた元愛玩仔実装かつ名前付き、そして惨めな境遇とそれでも飼い主の仮面を着けた虐待派を盲目的に信じようとするある意味素直ある意味おバカな心中の吐露…これらの要素がこれでもかと描写される故にほの暗い加虐心が大いにくすぐられヤっちまえ!と期待する…難儀な嗜好・性癖だとは思うけど、ついつい引き込まれてしまう こんな悲惨ど無様で哀れな仔実装の物語、いいよね…いい… |
2 Re: Name:匿名石 2023/07/09-22:36:19 No:00007487[申告] |
うえーキツイわ
流石ナナの人 |
3 Re: Name:匿名石 2023/08/15-18:15:13 No:00007787[申告] |
この実装が躾や特殊なのを考慮しても
昔の作品ってなんか実装石に対して考え方違うな なんか善すぎる あっても最後は基本無口だったのが「デー」とつぶやき一人自決すべき |
4 Re: Name:匿名石 2023/08/16-06:36:26 No:00007789[申告] |
自己欺瞞頑張ったのに…せめて死期を伝えなければまだマシに逝けたものを |
5 Re: Name:匿名石 2024/10/03-22:35:28 No:00009359[申告] |
1匹に4年も掛けんのかよ!? |