第20話「デさん4」 妹の巴に買い与えた実装石。 先天性の弱視を持った実装石。その名はデスアといった。 眼鏡による視力の矯正により、飼い実装らしい生活を送っていた矢先のこと。 巴のアパートの管理人に、デスアが見つかってしまったのが、1週間前。 そのため、デスアは一時、俺の家へと預かることになった。 「おーい、デスア。飯だぞぅ」 「………」 デスアが、俺の家へやってきてから1週間。 デスアは、居間で積み木を組んで、1匹で黙って遊んでいた。 耳がピクリと動いているため、俺の声には反応しているようだったが、俺の言に対するアクションはない。 巴と別れて暮らし始めてからは、始終こんな様子だった。 ま、腹が減ったら喰うだろ。 「……テスン」 デスアは溢れる涙を眼鏡を外して拭いながら、崩れる積み木に対してテーと鳴いた。 ◇ 巴の話では、大家のほとぼりが覚めるまで、という話であったが、 元々アパートがペット禁止なのに、ほとぼりも糞も何もない。 デスアのために、ペットが飼えるアパートに越すことも話し合ったが、 半年後に迎える短大卒業後まで、なし崩し的に俺が面倒を見る形となった。 俺の家は借家であるが、古い木造の2階建て。契約上、ペットも飼うことも可能だ。 巴は、今この不況下、鋭意就職活動中。 短大出の巴にとっては、辛い状況である。 その代わり卒業までの間、巴は月に数回、デスアに会いに俺の家まで来ることにさせた。 それぐらいの事はして貰っても、罰は当たるまい。 「テー」 眼鏡越しに、壁の染みを食い入るように見るデスアを見ながら、俺は溜息をつく。 まぁ半年の我慢だ。 そうことになった。 ◇ カレンダーに丸印がつけている。 その日が近づくに連れて、デスアは動きは活発になっていく。 実装石でありながら、暦という概念を理解しているのか、その丸印の前日は、お祭り騒ぎのようだった。 「テスー!! テスー!!」 「ああ、わかった。わかった。明日だな」 「テスゥゥゥ!! テスゥゥゥ!!」 「わかったから、早く風呂に入って寝ろ」 「テスァ!! テスァ!!」 丸印がつけられている日こそ、デスアにとっての楽しみの日である。 そう巴が、俺の家へ遊びに来る日だった。 −翌日− 「おーい。デさん。巴が遊びに来たぞー」 「テスウゥゥーー!! テスゥゥゥーー!!」(トモエー!! トモエー!!) 巴が訪れると、デスアは一直線へ玄関へと駆けていった。 玄関前には巴が、お土産を持って立っている。 「デさん、久しぶり。少し大きくなったんじゃない?」 「テスァ!! テスァ!!」(ウニューテス!! ウニューテス!!) ぴょんぴょんと飛び跳ね、巴にじゃれつくデスア。 それは、俺には決して見せない表情だった。 「デさん。今日はいい物持ってきたんだよー」 「テス!? テステェースッ!!」(テェ?ウニューテス?) デスアの表情が、生き生きとしている。 頬を赤らめながら、耳をピクピクと瞬かせて、巴の鞄の中を眼鏡越しで凝視していた。 「ほぉら。お出掛け用のポーチだよ」 「テテッ!?」 「ほぉら、つけてごらん」 「テェェ!! テェェ!!」(ウニューテス!! ウニューテス!!) 興奮のパンコン寸前とは、このことだろう。 デスアは、月に何度かのご主人様との再会に、喜びを体全体で表現していた。 「……………」 その様子を伺う俺は。まさしく傍観者だった。 二人は、互いに見つめ合いながら、嬉々として語り合っている。 言葉とかそんなんじゃない。種族とかもそんなんじゃない。生き物として、互いを認め合う何か。 その基準が何かは知らないが、その何かを越えた繋がりが、この二人にはある。 俺にはそれが何だかわかるはずもなかった。 2人の間に、俺が入るべき居場所はどこにもない。 それ故、俺は傍観者として、その二人を眺めるしか術はないのだ。 ◇ 時が経つのは早いもの。 楽しい時間であればあるほど、そう感じるものである。 「テスァァーーッ!! テステスゥゥゥーーッ!!」 デスアにとって、巴との蜜月の時間はあっという間に過ぎ去っていく。 毎度の事だが、巴が帰る時は、一悶着が起きた。 「デさん。また来週来るからね。ね」 「テスァァァ!! テヂヂィーーッ!!」 巴のスカートを引っ張り、巴を必死に引き留めようとする。 大声で泣き、喚き、ここを去る巴に対して、必死に自分の存在をアピールする。 「テスッ!! テスァッ!! アッ!! アッアッーーッ!!」 自分が哀しい。寂しい。可愛そう。そんな自分を必死にアピールする。 「テチュゥ〜〜ン♪ チュゥ〜〜ン♪」 ほら。可愛い。こんな可愛い自分。そんな自分がこんなに頼んでるの。 右手を口元に添え、お決まりの媚びポーズを何度も繰り返す。 「テヂヂィーーッ!! ヂィーーッ!!」 最後には、下着を大きく膨らませ、自虐的にその糞を顔に塗りたくる。 こんなに可愛い私が、こんなに可愛そう。見て。見て。可愛そうな私! 「ごめんね。デさん」 「アッーー!! アッアッーー!!」 壁に頭を打ち据えたり、舌を大層に噛み、口周りを血だらけにして叫ぶも、 その甲斐虚しく、巴は帰路へとつく。 「テチュゥ〜〜ン♪ テチュゥ〜〜ン♪」 巴が帰った後も、ゆうに30分は玄関の扉の前に立ちすくみ、 ぺしんぺしんと扉を叩き、甘い声を何度も何度も出し続けるのだった。 そして、何も反応が返ってこないと得心すると、デスアは泣き腫らした目で、とぼとぼと洗面所へ行く。 そして下着を脱ぎだし、下着に溜まった物体を、トイレの砂地の上へボトリボトリと捨てる。 「テー」 涙に濡らした目で、恨めしそうに俺の顔を見上げて、デスアは呻くのだった。 ◇ 「今週は、巴来れないんだってよ」 「テッ!?」 「何だか、就職活動が忙しくてな」 「テスァ!!」 この頃からリンガルというものを使うようになっていた。 知能指数が幼稚園児なみの実装石に、理路的な説得をするには、リンガルなしでは不可能だった。 『巴、明日、来ない。わかるか?』 『ウソテスゥ!! トモエーは来るテスッ!!』 『嘘言ってない。インデアン、嘘、つかない』 『ウソテスゥー!! トモエーッ!! トモエーッ!!』 デスアは、巴から貰ったポーチを手に、玄関に向かって駆け出す。 「こら。夜遅く何処に出掛けるつもりだ?」 「テスゥーーッ!! テスゥーーッ!!」 デスアは、テスンテスンと泣きじゃくりながら、外行きの靴に履き直し、玄関をぺしんぺしんと叩く。 『どうするつもりだ?』 『トモエーッ!! 会いに行くテスゥーー!! トモエーーッ!!』 『あのな、巴の家まで、何十キロもあるんだぞ』 『関係ないテスッ!! 会いに行くんテスゥーーー!!』 「はぁ…」 俺はリンガルのスイッチを切り、幼稚園児並の知能への説得を施すのを諦めた。 「ほら。勝手に行け」 「テェ!!」 ガラリと玄関を開けると、デスアは高い声で「トモエ、トモエ」と叫びながら、 暗がりの夜道を駆けて行くのだった。 「やれやれ」 俺はコートを手にして、玄関の扉に鍵をかけて、デスアの後をつける。 預かっている手前、放っておくこともできまい。奴が得心するまで、付き合ってやるしかないのだ。 30分後。 俺の家の3件隣りの木造アパートの一室の前で、扉を必死に叩くデスアの姿があった。 『トモエーッ!! 会いに来たテスゥーー!! トモエーッ!!』(ぺしん。ぺしん) 訝しそうな顔をした親父が、扉から顔を出すと、デスアはブリリッと糞を漏らした。 (つづく)
1 Re: Name:匿名石 2021/04/08-21:43:55 No:00006325[申告] |
とても微笑ましくて、面白く読ませてもらった
…でも、ここで終わりなのか…orz 残念orz |
2 Re: Name:匿名石 2021/04/08-21:44:17 No:00006326[申告] |
とても微笑ましくて、面白く読ませてもらった
…でも、ここで終わりなのか…orz 残念orz |
3 Re: Name:匿名石 2023/10/26-17:03:15 No:00008162[申告] |
ところどころ勘違い虐待してるのに一切謝らないクソ主すぎる・・・
おとなり実装とデの前日譚いらんかったかな、もう少し拾ってきた実装との話が見たかった |
4 Re: Name:匿名石 2025/01/13-07:37:04 No:00009466[申告] |
この世の理の全て悟りきったようなデさんの仔実装時代がこんなだったとは!
このあと大人になって行く過程も見たかったな デさん、ボラギ、モニカと言うネーミングセンスも良い |