虐待する実装石を拾ってきていた近所の公園に、異変が起こっていた。
実装石がいやに真っ当な暮らしをしているのである。
ニンゲンに無闇な媚を売らない。ゴミは絶対に荒らさない。
砂や土を使って洗濯をし、体の汚れを落とす。糞もきちんと土に埋める。
交代して便所で本格的な洗濯も行う。
服が乾くまでは、死んだ実装石の余った服を貸し合ってしのぐ。
その様子を見て、公園には実装石に寛容な人々が集まりだした。
土埃にすすけているので触りたくはないが、懸命に日々を暮らしている愛らしい存在。
こうなってしまうと、虐待派にはいづらくなってしまう。

その原因は一匹の元飼い実装。こいつが他の実装石を指導していたのだ。
最初は訝しんでいた連中も、真似をすれば餌などを貰えるし、清潔に、安全に暮らせることに
気付くと、フォロワーになっていった。

この状況をなんとかしなくてはならないと、ある男が一計を案じた。
米酢を小型の霧吹きに入れて公園に出動する。
元飼い実装をかまう振りをしながら、背後から酢を吹きかけていく。

人目を盗んでは、そいつのダンボールハウスの中にもくまなく酢を振り掛ける。

「くちゃいレフーン」「涙がでるレチューン」

中にいるお留守番の蛆や親指たちが、突然の酢臭にむせて泣き喚く。
その声を聞いてたちまち元飼い実装が駆けつけるのだが、
強烈な臭いに戸惑うばかりである。

「お前たちなんでこんなに臭いデスウ！？」

実装石にとって酢臭は腐ったもの・不潔なものを示す危険信号に他ならない。
そんな臭いが我が家から漂っている。

「毎日泥をこすり付けて掃除しているのに　なんでデスウ…」

そう言いながら蛆を抱え上げる元飼い実装だったが、蛆が暴れる。

「ママ　くさいくさいレフーン　レェェン」

その言葉に愕然とする元飼い実装。服の襟をつかんで体臭を嗅ぐと、むせ返るような臭いが。
私に構われているのに夢中になっていて気付かなかったのだろう。

「何故清潔な私たちからこんなに酸っぱい臭いがするんデスゥー！」

元飼い実装は仔たちを連れて、急いで乾いた土が集められた共同の洗い場に向かう。
そこで土を体中にこすり付けるが、髪や服に染み込んだ酢臭はなかなか消えない。
仕方なく便所の水で服を洗い、髪をすすいだ。
まだまだ寒い時期で、髪の濡れた仔達はブルブルと震えだす。
元飼い実装はなだめすかしながら急いでダンボールハウスに戻った。

「デェェ！」

ハウスは猛烈な異臭を放っていた。
男が、中の新聞紙やタオルに酢を掛けまくったのである。
結局彼女たちは強いにおいで麻痺しきった鼻で、泣きながら一夜を過ごした。



実装石に酢をかけて、体を清めに行っている間に、ハウスに酢をしこたま掛ける。
この手法を連日繰り返すと、公園の実装石たちは強烈な臭いを発するようになっていった。
虐待派たちは共同戦線を張り、愛護派から工作を隠蔽した。

元飼い実装は、その悪臭からカリスマを失った。
こうなってしまうと公園内の統率は滅茶苦茶になり、そこかしこで抗争が起こり出す。

「臭いお前が悪いんデスウ！」「お前のが臭いデス！糞蟲デスゥン　デププ」

臭い実装石たちが酢臭を撒き散らしながら取っ組み合いをしているのだからたまらない。
人は寄り付かなくなり、時折振舞われていた餌も減って生活レベルは落ちていく。
民度は急速に落ちていき、酢臭に加えて怠惰な実装石特有の糞の臭いまでもが香りだす。
実装石たちはみな鼻炎のような状態になっていき、最早自らの悪臭には気づかない。
鼻が詰まっていて口呼吸をするので、口臭も増し、病気にもかかりやすくなってしまった。
公園を訪れる人々にとって、そこにいるのは清潔だった頃の実装とは違い、
わけの分からぬ悪臭を漂わせる汚物存在になってしまった。

ある日、公園沿いの住民が虐待派の工作を発見したのだが、時すでに遅し。
強気に振舞う糞蟲が跋扈し、善良な実装石たちは公園の隅で惨めにブルブルと震えて暮らしている。
元飼い実装はハゲハダカになっていて、半死半生で公園の中をさまよっている。
こんな状況になってしまってはもう元には戻らない。
真冬の住民大幅入れ替えシーズンまではおそらくこのままだろう。

酢を撒いていた男は逮捕されたが、一部の連中には英雄視されている。
とはいえ、犯罪歴を持った男の未来は惨めなものになるだろう。
手助けするものもいない。虐待派たちも現金なものだった。

男は家と職を失ってから、都会の大きな公園に住み着いて雑誌を拾い、安値で売って暮らしていた。
そしてふと、自分から酢の臭いがすることに気付いたのであった。