タイトル:【被愛護】 ジッソーのタイショー 3 【完結】
ファイル:被愛護3.txt
作者:中将 総投稿数:51 総ダウンロード数:1525 レス数:2
初投稿日時:2008/12/23-02:46:14修正日時:2023/06/28-13:39:26
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カロロロロロ

エンジンの軽い音が硬い座席に響く。

時間は午後11時。道には殆ど人影もない。

キッ

公園の横につけた軽トラからこっそりと降りる。

周囲に注意する。

やっぱり人の気配はない。

俺は公園の中へと足を踏み入れた。


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            ジッソーのタイショー 3



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あの日、駆除の報せを聞いたボス実装…ヒスイは、キョトンとしていた。
そしてこう言った。

「大将…クジョってなんデス?」

俺は天を仰いだ。
そうだ、駆除を知っている実装石は、みんな駆除「された」実装石だ。
駆除の概念から説明しようとして…俺は困った。

なんて言う?

『おまえらを迷惑にしている人間がいる。
 だからおまえら皆殺し。』

そんなこと言われて納得できるものがいるだろうか。
そもそもなんで急に駆除なんだ?
誰がそんなことを言い出したんだ?
この三年間…なにもなかったはずだろう?

逆に混乱する俺の顔を見て、ヒスイが言う。

「大将…ワタシタチに悪いことがおこるんデスね?」
「…そうだ」

なんとか告げる。
ヒスイは落ち着いていた。

「ナカマがまた、殺されるんデスね」
「そうだ」
「止めてもらうことは…」
「できない…今度は無理だ」
「そうデスか」

話が止まる。

目の前の広場では、ヒスイと一緒に冬を越したヒスイの仔、
ヒイとスイが小さな体で転げまわっていた。
小さくため息をつくと、ヒスイが言う。

「しょーがないデス」
「…納得できるのか?」
「ワタシタチは増えすぎるデス。増えるとゴハンも足りなくなるデス。
 そうするとみんな死ぬデス。結局みんな死んじゃうデス」

増えると…死ぬ。

はっと気が付いた。

今年が去年までと違うこと。
実装石の数だ。

あたりを見回せば、ヒスイの仔の他にも、大量の子連れ実装石がいた。
急な駆除。
まさか…

俺が実装石を守ったから?
俺があきゆきを公園から遠ざけたから?
無事に冬越ししてしまった実装石が大量に出たから?

「まさか…俺のせいなのか?」
「デェ? なんで大将のせいになるデス?」
「…」

駆除まであと3日。

愕然とする俺の脳裏に、覆しようもない数字だけがはっきりと浮かんだ。


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いまさらできることがあるだろうか。

ヒスイと分かれてから俺は必死に考えた。
一夜たっても思考は堂々巡りするばかり。
いい考えなど浮かぶはずもない。

駆除を止めてもらう…ヒスイにも言ったが無理だ。
すでに人も金も動いているだろうプロジェクト…それも市議で決まったものを
どうやって止めさせることができるだろうか。

ヒスイたち全員を匿う…無理だ、場所がない。
そもそも全員を養う金銭的余裕もない。

「どうしたらいい…?」

あと2日。
なにも建設的なことができないまま時間だけが過ぎる。


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「お前達は…どうしたい?」

駆除まであと1日。

いつもの8匹を前に、とうとう聞いてみることにした。
前にヒスイと話し合った際に、他の実装石にはこの件は伝えないようにしていたのだ。
意見を聞くのは初めてだった。

「デス…」

誰ともなく、声を漏らす。

「助からないんデス?」
「…わからない」

そうだ、と言わなかったことが逆に俺にとって驚きだった。
正直に告げる。

「俺にできることはあまりない。それでも、ほっておくよりかは何かできる、と思う」
「デス」

煮え切らない答えもちゃんと受け止めてくれる。

「どっか渡りでもしてみるデスか?」
「デェ、どこかいいトコロ知ってるデス?」
「・・・しらんデス」
「どこかに川原があるっていってたデス お花もいっぱいデス ママもいるデス」
「デェェ! その川はきっと渡っちゃダメな川デス!」

「渡りか…」

そうか…どこかに逃がしてやればいいんじゃないか?
それも実装石が安全に暮らしていける場所…


…広い場所 …緑のある場所 …人間のあまりこない場所


… 山 … 畑 … 田 …




…俺の…田舎!



「俺の昔住んでいたところには、実装石もいっぱいいた…
 畑も森もあるし、いい奴らばっかりだったはずだ!」

「デェ!?」

「おまえら、俺の知ってる山に引っ越さないか?
 きっと、俺のかあちゃんの育った所だ」
「デデッ 大将のママの山デス?」
「キョーミシンシンデス!」
「よし…それじゃあ、今晩迎えに来る。
 公園中の実装石に声をかけておいてくれ!」

湧き上がる歓声に、ヒスイだけが何か言いたげにしていた。

「大将…」
「なんだ?」
「…なんでもないデス」

ヒスイが何を言いたがっているのか、まだ俺にはわからなかった。


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そして今が翌日に駆除を控えた深夜というわけだ。

「おーい、いるか? おまえら」

小さな声で呼びかける。
すると、すぐ近くの茂みから一斉に実装石たちが転がり出てきた。
ビカビカ光るオッドアイ。
名前つきたちが整列をさせ、トラックの荷台に渡した板の上を通らせる。
荷台には半分幌がかけてあり、全員詰め込んだら完全にかぶせてしまうつもりだった。

しかし、指輪探しのときにも使ったトラックだが、今回は留守番役がいないだけあって
思ったより大所帯になってしまった。

詰め込みにも時間がかかる。

「これで公園中の仲間全員か?」
「そうデス」

ヒスイに確認する。
なんとか間に合ったようだ。

肩の力を抜きかけたところに、彼方から人間の声が聞こえてきた。

「ヒャッハー」

一度緩んだ背筋に冷たいものが走った。


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「あーん? 実装ちゃん全然いないじゃねーか?」
「おっかしぃなぁ 駆除の前の夜だからうなるほどいる筈なんだけどねぇ」

離れた広場の様子を伺えば、そこにはツナギのような格好で固めた4人ほどの男がいた。
手に手に物騒な虐待道具を抱えている。

足元には引きずり出されたダンボールハウスが転がっているが、中は当然のように空だ。

「日程まちがえたんじゃねーの」
「もう駆除されちゃった後だったりして」
「うわ最悪、この高まった虐待ハートをどうしてくれようか」
「オナニーでもして寝れば?」

ギャハハハハと下品な笑いがこだまする。
…間一髪だった。
心臓をなでおろす。
しかし、安心するには早かった。

「んー? いるはずだけどぉ」

少しシナっぽい喋り…聞き覚えがある、あれはあきゆきの声だ。

手には…改造偽石探知機!

「さっきから反応があるのよね…探せば見つかるはずよ…あっちかしら」

全て聞き終わる前に俺はその場から駆け出した。
やばい。
急がないと!


「あ、大将。どこいってたデス?」
「この公園に虐待派が来ている、見つかったらヤバイ!」
「デデ!」

乗り込みは殆ど終わっている…離れた入り口前に黒い4WDが停まっているのが見えた。
奴らの車か?

その場に残っていたヒスイを小脇に抱えると、俺はトラックに飛び乗った。

懐中電灯の光が近づいてくる。
運転席を横切った…視認された。
まだ相手も実装石には気が付いていないだろう。
しかし、連中には探知機がある…しらばっくれるのは無理だ。

くそっ!

俺はキーをひねりエンジンに火を入れる。

「ヒャッハー! あの車だぜ!」

あきゆきたちのあざ笑うかのような甲高い声から逃げるようにアクセルを踏み込んだ。
幌の半分かかった荷台から実装たちの慌てる声が聞こえた。


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ろくにメンテもしていない軽トラじゃ大してスピードも出ない。
スタートダッシュでそれなりに距離を稼いだつもりだったが、
車通りの少ない県道じゃすぐに捕捉されてしまう。
幸い信号には恵まれていたが、それでも4WDの馬力で追い上げられてはたまらない。

対向車すら見えない県道に差し掛かったころには、ミラー全体に浴びせるようなハイビームを喰らっていた。

「大将…完全に追いつかれてるデス」
「うるせえなあ! わかってるよそんなことは!」

サングラスなんて洒落たもの常備していない。
ミラーの向きを変えて状況を考える。

一度でも車を止めたならそこでアウトだ。
必要以上に減速してもアウト。
実装石をこんなに満載していては警察に助けを呼ぶこともできない。
結局実装石たちは処分されてしまうだろう。
知人にもこの状況を説明できる材料はない。
そして俺は手を離すことができない。

絶望的だ。

「デギッ!」「テベッ!」

ガキン ガロン

後部の荷台からくぐもった声がする。

「どうした!」
「なにか投げ込まれたデス…ちいさい仔が一匹怪我をしたデス」

冷静な声…名前つきの一匹の報告だろうか。
歯噛みする。
音から察するに、空き瓶でも投げ込まれたのだろう。

「くっそ…このままじゃジリ貧だぜ…」
「大将…」

ヒスイが心配そうにこちらを見、そして、妙にはっきりした声でこう告げた。

「大将は あのゴロゴロがどっかにいってしまえばいいんデス?」
「ああ、それが叶えば助かるねぇ」
「…ワタシがなんとかするデス」
「あ?」

ヒスイはごそごそと後部窓に這い上がると、そこから荷台に指示を出した。

「みんな、ウンチを投げつけてやるデス!」
「デェ!」「デス!」

ミラーを背けてしまったので、なにが起こっているのか判らない。

それでも背後の4WDから罵声が聞こえてくるような気がした。
真っ直ぐこちらに向かっていた光が左右に揺れる。
僅かに距離が開いたような感覚。

重く力強いエンジン音が引き離され…


また猛然と迫ってくる!

ヒュン

「デヒッ!」「デギャッ」「テチャァァ!!」

ガロン ガシャン ゴン

荷台から響いてくる衝突音。
投擲の勝負では明らかにあちらに分がある。
水溶性の実装石の糞くらいでは、一時相手をひるませることはできても、
フロントガラスについた糞をワイパーで拭えばなんということもないのだろう。
そして相手の投擲する鈍器は、荷台にさえ入れば確実に実装石たちにダメージを与える。
相手にとってはむしろ格好のゲームになってしまったようだ。

刹那。

バシャン

「ぐっ!」

運転席側ドアのガラスが割れる。
飛び込んできた中身入りのビールの缶が俺の右手の甲を打ち、
泡を吹きながら助手席に転がっていった。

右手が熱を持ったように痛む。
僅かにハンドルをぶれさせる…蛇行した車体を気合で立て直す。

「テヤァァァァ!」「レェェェェ!」

荷台の後方から声が離れていく。
今の蛇行で振り落とされた個体がいるのだろう…

くそっ…

くそっくそっくそっ!!

「大将…」
「ちくしょう…どうしたらいいんだよっ!」

がむしゃらにアクセルを踏むも、車体はスペック以上の奇跡を起こさない。

国道から村道に入る。
ここから先は一直線だ。
距離を開けられなければ…そのまま終わりだ。

「…」

ガロン ガン ゴシャン ゴッ

ますます激しくなる投擲攻撃。
ヒスイがなにか決心したように荷台に指示を出したのを、俺は騒音のせいで聞きそびれていた。

…

…?

程なく、エンジンの重低音が離れていく。
頭を低くしながらハンドルを駆っていた俺にも相手と距離が開いたのがわかった。
サイドミラーを見れば、凶悪なハイビームは停車しているようだった。

なんにせよチャンスだ。

一気に距離を稼ぐべく、頼りないエンジンに思いっきり喝を入れた。



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「…なんだよこれ」

俺の目の前には土砂で作られた広場があった。

【工事のおしらせ】

すっとぼけた顔が描かれた看板が軽トラの照明に浮かび上がる。
見慣れたはずの村には重機が入り、見慣れたはずの畑は整地されていた。
思い出の村が幾何学模様の中に埋められている。

「あー、ちょっと、そこ、何入ってきてるの」

夜番の誘導員だろうか。
プレハブのほったてから壮年の男が出てきて俺に問いただした。

「ああ、すみません、この先の道は…」
「あー? 看板なかった? この先は工事で行き止まりだよ」
「そんな…」

先にある道には金属のシャッターが横切っており、進めそうにない。

「あの奥にある山に行きたいんですけど…」
「あー、そりゃ無理だ。ぐるっと回って林を越えてもらわないと。あー、でも…」
「…そうですか」
「あー? アンちゃん、山になんの用だ? まさか世を儚んで…」
「ありがとうございましたっ!」
「あー、あ、おい、おいっ!」

呼び止める男の声を振り切り、トラックに飛び乗った。
回り道…完全な山道だ。
どこまでいけるかわからない。

それでも進むしかない。
山の方角を確かめながら、街灯すらない山道を進む。
熱っぽい衝動がある。
まるで自分が英雄になったかのような高揚感。
なぜか偽石が正しい方向を示してくれている…そんな確信があった。



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完全にぬかるみにタイヤを取られ、車を降りたのは目的の山のかなり手前だった。
ここからは歩いていかないといけない。
じきにあきゆきたちも追いついてくるだろう。
例の工事現場の男に口止めして置けばよかった…と思うが、後の祭りだ。

荷台から実装石たちを降ろす。

数は思ったよりも減っていた。

ざっと見渡す…特に子供がいない。
ヒスイに問う。

「ヒイとスイがいないみたいだが…はぐれたか?」
「大将…ワタシタチの区別がつくデス?」
「いや、なんかそんな気がしたんだ」

自分でも不思議だった。
だが、そんな疑問もヒスイの言葉に吹き飛ばされる。

「仔達は…もういないデス」
「…どうして?」
「あのコワイゴロゴロにぶつけたからデス」
「なっ!?」

そうだ。
4WDからなぜ距離を取ることができたのか。

水に流されてしまう糞をガラスにぶつけても、あまり効果はなかった。
ならば、水で流しにくいものだったらどうだろうか。
それなら、一度車を止めて拭い去らなければ視界は回復しない。

脂質を含むなにかであれば、効果はあるかもしれない。

たとえば…動物の血のりとかなら?


「お前…! なんてことを!」
「そうするしかなかったんデス!」

つかみかかった俺にヒスイが叫んだ。

この3年間ではじめて聞く、ヒスイの強い叫びだった。

「群れは生き残らなきゃいけないデス。
 弱い足手まといの仔から見捨てていくもんデス。
 あのままじゃみんな死んでたデス!」
「だからって…そんな考え認められるか!」
「ワタシタチはそうやって生きてきたんデス!」

静寂。
他の実装石たちはすでに荷台から降りている。

「行くデス」

ヒスイが俺を促す。
俺はのろのろと山道を上がり始めた。

人間と実装石。

その間に横たわる亀裂を今までにないくらい実感していた。



****************************************



月が出ているとはいえ夜だ。
実装の歩みは遅い。
その上山道である。
ゆっくり歩く俺にも、全員がついてこれるわけではなかった。
僅かに残った仔実装は早々に脱落していた。
腹の大きな妊娠石は、途中の石に腰掛けたきり動けなくなった。

それでも俺は進む。
群れの数が減るたびに、俺の偽石は強く反応していた。
山が近いからだろうか。
それとも…死んだ実装石の偽石の力が流れ込んでくるのだろうか。
まさか…俺が実装石にどんどん近づいているのだろうか。

嫌悪感とともにその考えを振り払う。

俺は仔を投げたりしない。

小さな意地が、俺から背後を振り返る衝動を奪っていた。

彼方から自動車の重低音が響いてきた。

冷静になる余裕も話し合う余裕もない。

峠を越えるころには、背後の懐中電灯の光条がちらちら見えるくらいになっていた。



****************************************



今度こそ俺は叫びたくなった。

いや、叫んでいたのかもしれない。



貯水池が目の前に広がっている。



目的の山を挟んで、巨大な貯水池…湖というべきか…がそこにある。

村からは真っ直ぐ向かえたはずの山。
たどり着けるはずだった山。

橋はない。
渡るための手段は…ない。

今度こそ、俺は絶望した。
すでに背後はあきゆき達の話し声が聞こえるほど距離を詰められている。

膝をついた俺の周囲には生き残った実装石…
元の群れの1/5もいないだろう…が取り囲んでいた。
いつもの8匹の他に、数匹。

それしか残らなかった。

春とはいえ水は冷たい。
俺ですらあちらに泳ぎ着くことはできないだろう。
そして実装石たち。
泳ぐことのできない彼女らは、間違いなく助からない。

湖畔には一艘だけボートが引き上げられていたが、
大小の穴が空いていてとても使い物にはならなかった。

深呼吸をひとつ。

なんでこんなことになってしまったのだろう。
俺だ、俺のせいだ。

無謀な全能感に支配され…このざまだ。

実装石たちを振り返る。

「ごめんな・・・みんな」

ゆっくりと告げた。
偽石の力は依然強まったままだ。
車中で怪我して腫れ上がっていたはずの右手の痛みも完全に引いている。
山道で細かくすりむいた傷などはもう跡形もない。
無表情なはずの実装石たちの表情も、よくわかるようになっていた。

俺に向かうのは失望と嘲りの表情…だと思っていた。

違った。

彼女らが湛えているのは、決意と、あまつさえ少々の微笑み…に俺には見えた。

「お前達…?」
「大将、お願いがあるデス」
「なんだ?」
「あのフネを水の近くに運んでほしいデス」
「ああ… …?」

ここまで来たら、俺も虐待派の連中にリンチされるだろう。
そして、体質の異常に気が付いたら、本格的に殺されるか、
マスコミかどこかに売り物にされるはずだ。
どちらにせよ、おわりなのだ。

動かない頭でボートを押し出す。

「大将」
「なんだ?」
「いままでありがとデス」
「え?」

実装石…こいつは、グラスだ…が俺に告げる。

「ワタシタチが体でこの穴を埋めるデス」
「そうすれば大将はこのフネで向こう側までいけるデス」
「ワタシタチにお任せデス」

あの実験棟の夜のように、実装石達は軽く請け負った。
頭の痺れた部分が考える。
ウレタンに例えられる実装石の体なら、それは可能だろう。

「大将、さよならデス」
「お役に立ててうれしいデス」

次々とボートの中に飛び込んでいく実装石。
なんだよ・・・なんだよそれ。

「やめろよ!」

呼びかけても止めてくれない。
必死だった。
名前で呼びかける。

「やめろよ・・・グラス!」
「デ」

ボートの縁に乗り上がった実装石が動きを止める。

「そっちのエメラも! モスも! リーフも! そこのカーキも! 
 グリンも早く起きろよ! ヒスイ!起こしてやってくれ! ウィードもだ!」

一気に名前を呼び上げる。
実装石たちは一様に驚いた顔をしてこっちを見つめていた。
そう、今の俺には既に細かい実装石の区別すらつくようになっていた。
確信がある。間違えているはずがない。

「さあ、全員名前を当てたぞ、何でも言うことを聞いてくれるんだろう?
 やめてくれ、俺がなんとか交渉して連中にやめてもらうから、やめてくれ!」

俺はそのときの実装石たちの顔を忘れない。
実装石たちの、とてもとてもうれしそうな顔。

「…外れデス」

カーキが言う。

「大将はまだまだデス」

モスが言う。

「あーあ、がっかりデス」

芝居がかった声でウィードが言う。

「いうことは、聞いてあげられないデス」

本当に、心からうれしそうな声で、グラスがボートの中に消えて行った。


止める間もなかった。


その場に取り残されたのは俺一人。
もうあきゆきたちの人影を月の光で視認できる距離だ。

「ちくしょう…!」

俺はボートを湖に押し出すと、全力で漕ぎ出した。
暗くくすんだボートのどこが実装石なのか、もうわからない。
それでも、一滴も水が漏れてくる気配はなかった。

今できること。
それは一瞬でも早く向こう岸に着き、実装石たちを蘇生させてやることだ。
早く着けば…水や寒さに弱い実装石たちも、まだ生きているかもしれない。
自分に言い聞かせる。

「待ってろよ、嘘つきの糞蟲ども」

不意に岸の風景が歪む。
あきゆきたちが岸からなにか言っているが聞こえない。

「勝手に死ぬような真似しやがって…許さないからなっ」

声が詰まる。
両手が塞がっているから、涙をぬぐうこともできない。
代わりにオールを全力で漕ぎ続ける。

月が真上に来ていた。



見事に赤い月だった。



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岸についた俺は間髪いれずにボートをひっくり返して、
実装石たちを船の穴から取り出した。
みんな冷たくなっている…偽石の力が残っていないのがわかる。
あるものは水を飲み、あるものは体温を全て奪われていた。

それでも全員を柔らかい若草の上に並べると、水を吐かせ、あるいは手で暖め、
なんとか蘇生させようとした。
春独特の生暖かい風が通る。
頭が熱を持っている。
全身に偽石の力が満ちて流れている。

くそっ…

俺は指先を噛み切ると、そこから実装石たちの口に血を垂らした。
色は赤、薄緑に輝く俺の血…母から貰った実装の血…強い偽石の力を持つ血が流れる。


「生き返れよ!」


すぐに塞がる傷を無理やり開いて血を噴き出させ、
実装石たちの口に強引にねじ込む。


「俺の血は強い再生の力があるはずなんだろ!」


痛みは感じない。どこかから濁った遠吠えが聞こえる。


「生き返って嘘ついたことを俺に謝れよ!」


緑の光が実装石たちの中に吸い込まれる。
デーデーという耳障りがひどい。


「大将に勝手に死んでるんじゃねえよ!」


俺の体にあれだけあった光が、どんどん薄れていく。
誰かに見られているような感覚。
でもそんなことどうでもいい!


「頼む…」


光が弱まるにつれて、俺の意識も朦朧としてきた。


「ちく・・・しょう・・・」


体温が急激に下がる。

草の上に倒れ伏す。


ぼんやりとした視界に山の風景が映る。

空にある赤い月。
湖畔に映る緑の月。



そして森に輝く無数の赤と緑の光…



森の奥からデース デースという声が聞こえる。



太い、よく響く声…



『あの山には、ジッソサンがいるのよ』

小さいころ、母に聞かされて忘れていた話。




世界がぐるぐる回る。





意識が途切れる前に、なぜか目の端に唐草模様が映ったような気がした。








暗転する。






****************************************





真っ白の世界だった。




そこに、いつもの公園のベンチだけがあった。


俺が腰掛けると、いつの間に現れていたヒスイが横に腰掛けた。

「大将は、頑張りすぎるんデス」

ヒスイが言う。

「ワタシタチは大将が生きていてくれれば成功なんデス」

ぽつり、ぽつりと言葉を続ける。

「だから、大将がワタシタチの代わりに命をかけちゃダメなんデス」
「そうか、お前が言いたかったのは…」

なにか言いたげだったヒスイの顔を思い出す。

俺は実装石たちを守るつもりでいた。
でも、実装石たちは俺を守るつもりでいた。

だから、仔を投げもした。
ボートの穴も塞いだ。

俺は白い天を仰ぐ。

「だめだなぁ、俺は」
「そんなことないデス」

ヒスイの手が触れる。
小さな…五本指の手。

「そんな大将だから、みんな大好きなんデス」
「みんな…」

俺の呟き声に応えるように、背後から何本も小さな手が触ってくる。
柔らかい、小さな5本指の、人間の手。

「ありがとです」

「ありがとです」

「ありがとうです」

名前をつけた実装石の声、名前もあげられなかった実装石の声。
みんなの声が背中を撫でる。

俺をベンチから立たせようとするかのように…
この場から、俺を前へ進ませようとするかのように…

俺は立ち上がった。
背後は振り向かない。

「さようならです としあきさん」

濁った実装石の声とは違う、澄んだ優しい声だった。
それでも俺にはそれがヒスイの声だとわかった。

「ありがとう。みんな」

一言だけ、背中越しにそう告げた。


ゆっくりと歩き出す。



白い霧が晴れる。



****************************************



背中を押されるように起き上がった。

「わっ!」

ビックリした声とともに、のり子が仰け反った。
病院のベッドの上に俺はいた。

「よかった…目が覚めたんだね」

のり子の顔がくしゃっと崩れる。

「お、なんだ、いいタイミングだったな」

病室のドアをあけて…あきゆきが入ってきた。

「お前…なんでここに?」
「なんだとはご挨拶だな。村道で倒れているお前を
 山奥から連れ戻った恩人に対して」
「村道?」

話を聞くとこういうことらしい。


ある夜、『一人で』『たまたま』ドライブをしていたあきゆきが、
『村道沿いに停めた』『軽トラの横で』倒れている俺を見つけ、病院に連れ込んだということだ。


それから2週間、俺は眠りっぱなしだったという。

「俺に感謝しろよ、たまたま俺が通らなかったらお前どうなってたか」
「お前、ひとりでいたのか?」
「ああ、そんな気分だったからな」
「…お前、実装石はどうした?」
「なに!? なんで急に実装石の話になるの? お前俺が実装石苦手なの知ってるだろ!?」

「え?」

「やだもう、としあき君、あきゆき君が昔から実装石苦手なのしってるくせに、意地悪」
「あああ、恩人に対するこの仕打ち、なんの恨みが俺にあるんだお前は」
「変だよねー あんなにかわいいのに」
「見たくもないわ、あんなん」

演技じゃない…?
夢でも見ているのだろうか。
それとも、もっと長い夢を見ていたのだろうか。

右手を見る。

そこには自分で食い破った傷の跡が、治りかけでそこにあった。

母の言葉を思い出す。

『あの山には、ジッソサンがいるのよ
 不思議な力で実装石を守ってくれているのよ』

そういうことなのだろうか。


「自己否定」「他愛」「栄養」


いつかのキーワードが頭の中でぐるぐる回る。

まだ背中に残っている小さな手の感触。



何にせよ、全てが終わった今、誰に問いかけることもできない。



****************************************



あれから俺の偽石の力はなくなってしまった。
実装石たちに全て明け渡してしまったのだろうか。


無事にゼミに復帰した俺は2週間遅れの卒業研究に掛かりきりとなった。
文献調査の合間に深夜にコンビニで夜食を買おうとする。
ゴミ箱横で託児の計画を立てている親実装の声ももうわからない。


店内を回り、弁当とお茶を購入する。


実装石の力がなくなったということは、
俺は実装石じゃなくなってしまったのか。
それとも、実装石が望むはずの、完全な人間になったのだろうか。


会計前に、レジ横のチロルチョコを2粒カゴに入れる。


例の山について後日調べたところ、低木が生い茂り、
岸辺にもたどり着けるようなところではなかった。

あきゆきも完全に人が変わってしまったようで、
そのことに誰も疑問を抱いていなかった。
他の虐待派3人については、話を聞こうにも
話題を振るべきとっかかりすらなかった。

まだ、全て何が起こったのかも、わかっていない。

それでも俺は考える。

あそこには実装石の世界があるのだろうか。
実装石だけに許された世界があるのだろうか。

コワイニンゲンがこない世界があるのだろうか。
ニンゲンの都合に振り回されない世界があるのだろうか。


『実装と人間は共生できない』


あれほど冷たかった言葉が、今は受け入れられる。



レジの娘が、コロコロ表情を変える俺を気味悪そう見ているので、慌てて取り繕った。



    *    *    *



会計を済ませてコンビニを出る。
ため息をひとつ。
首を巡らせ、今まさに仔を投げようとしていた親実装を見下ろす。

「デェ」

しまった!という顔の親実装。
ため息をもうひとつ。
ポケットの中でチョコを剥く。

「デ!?」「テチ!?」

なにかひどい事が起こると覚悟していた実装親子の口にチョコを放り込んでやる。
想定外の事だったらしく、目を白黒させる親子。

「ちったあ進歩しやがれ、糞蟲」

軽く親子の頭を撫でてやると、
俺は溜まった課題を片付けるべく、人間の世界へと戻っていったのだった。






完




****************************************
◆.YWn66GaPQ
なんとか完結した…しましたか?(自信なさげ)
続き物はプレッシャーがすごいですね…
ご期待には沿えましたでしょうか。
初期型とか実装さんとかにこだわりのある方はごめんなさい。

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1 Re: Name:匿名石 2020/02/01-00:28:14 No:00006186[申告]
読みやすくて面白かった
こういう立ち位置もいいね
2 Re: Name:匿名石 2021/04/27-19:44:50 No:00006332[申告]
愛護とも虐待とも観察とも違う感じで楽しめた。
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