「なんだ、託児か？」
　コンビニからの帰り道、丁度街灯の途切れた薄暗がりに潜む影。昨今は、色々不安定な社会事情で、
これが人間の成人サイズの影なら恐ろしいが、その影はほんの３０ｃｍか、４０ｃｍ程度の幼児の様な
ずんぐりむっくりとした影で、敢えて正体を正すまでもなくそれが成体の実装石であることは疑いよう
もなかった。
「デ、デェ・・・」
「こっち来いよ」
　暗がりで見えるかどうかはわからなかったが、手招きして、成体実装を次の街灯の下まで招く。デェ
と鳴く成体の足元には成体の十分の一ほどの小さな何かが蠢いている。１０か２０か。一般的な実装石
と比べてもかなり数が多い。ひょっとしたら、全てがこの成体の仔ではないのかもしれないが、全て託
児のために連れ出された仔実装であるのは疑いようもないだろう。
「ほら、早く来いって」
　歩きながらipodにつないでいるインカムと一体化しているリンガルを起動させる。
「デェ、ニンゲンサン・・・このニンゲンサン、イイヒトデスゥ・・・？」
　聞こえていないと思っての独り言なのか、ぼそりと成体実装がそんな事を呟いていた。デェデェとい
う鳴き声に、テチテチ小うるさい鳴き声が重なって、結構うるさい。
「ほら、全部入れろよ」
　俺は細かい事は何も言わず、荷物の入ったコンビニ袋の口を左右に大きく広げた。
「デェ、い、いいんデスか・・・」
「ほら」
「デェ・・・」
　びくびくしながら、最初に投げ入れるつもりだったのであろう仔実装を袋に入れる成体。一匹入れて
俺を臆病な目つきで見上げては、一匹一匹ゆっくりと納めていく。
「手伝うよ」
　俺は多少無造作に二匹、三匹とつかんで袋の中に収めていった。瞬く間にテチテチうるさい声が、袋
の中に集まった。あまりの数に最初に入れられた仔は下のほうで潰れていたが、成体は細かい事は気に
ならないのか、ぶるぶると震えながら俺を見上げ、何も言わずに頭を下げた。
「テチテチテチ、バカママがクソニンゲンニアタマサゲテルテチ、マジワラエルテチ」
「チププ、クズママにニアイノスガタテチ」
「イモウトチャ、ツブレタテチ」
「フミコロシテ」
「ワタチガコノニンゲンノヨメニナルテチ!!」
「イタイテチイタイテチイタイテチイタイテチ!!!!」
「ワ、ワタチの、じ、ジマンの仔タチデス・・・カワイがってやってホシイデスゥ」
　そう、頭を下げながら告げてきた。
　俺は何も言わず、袋の口を括り、すぐ傍のブロック塀に袋ごと叩きつけた。グチャっ、と音がして袋
が急に静かになった。
「サイショに入れた仔は、ミミちゃんってナヅケタデス、とってもレイギタダシクテヤサシイ仔デス」
　こうする前に潰れてたけどな。
「チャー!?」
　それでも、生き残ったのがいるらしい。
　成体実装は、まだ気づかず頭を下げている。
「デモ、ニンゲンサンの好きなナマエをつけてやってホシイデス。ニンゲンサンにナマエをつけてもら
うのが、ワタチタチのシアワセなんデス」
　俺は繰り返し、ブロック塀に袋を叩きつけた。袋の中にはあらかじめ小石をいくつか入れておいた。
さぞいい具合にミンチになっているだろう。
「ワタチは、ずっとニンゲンサンタチにメイワクをかけてきたテチ、でも、この仔タチがニンゲンサン
のオヤクにタッテ、ヨロコバレルノハワカッテルテチ！」
　論調が変わる。
「だ、ダカラ！　ワタチもイッショに飼うテチ！　ワタチがニンゲンサンのメンドウを見てやるデ」
　伏し目がちだった視線を押し上げ、成体実装が面を上げた。その眼前には、ぬるぬるした液体がもれ
だしているコンビニの袋。
「ス」
　一応、言い切った。
「持って帰れ」
　俺は、それ以上何も言わずに成体実装の丸っこい手にコンビニ袋を握らせた。
「デ？」
「帰れ」
「デ？　ニンゲンサン？　デ？」
「持って帰って、中を見て、全部食え」
「デェェ・・・」
「泣いたら今、殺す」
　成体は口と右目に手を押し当てた。左目からはらりと血の涙が流れ落ちた。
　俺は叫ぶ。
「さっさと帰れ！！」
「デヒッ！？」
　吼えると、成体実装は踵を返して走り出した。
「全部食えよ。今度、公園まで行くからなぁぁあぁぁぁぁぁぁ！！！！」
　去りながら、ギャアアアアァァァ！！！　と泣き叫ぶ成体実装の悲鳴を聞きながら、俺は帰路に着いた。