『幸せの贈り物』
　
　
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「——テッチューン♪　ニンゲンさん、はじめましテチ♪」
　
　や、やられた……
　ほろ酔い気分が一気に醒めた。
　コンビニの買い物袋を広げたら、夜食の塩カルビ弁当の上に、仔糞蟲ちゃんが鎮座してました♪
　
　
　どうしてだ？
　三次会の誘いを断って、終電なくなる前に帰って来たんだぞ。
　終バスは出たあとだったのでタクシーに乗って、メーターが二千円を超えるギリギリ手前で車を停めさせた。
　ちょうどそこが、いつも利用している自宅近くのコンビニの前。
　ジャストミート♪
　それくらい正気は保っていた筈だった。酒は飲んでも飲まれちゃいない筈だったんだ。
　
　
　なのに、買い物袋の中には仔糞蟲。
　いったい、いつの間に？
　というかまあ、コンビニを出た直後か、それから遠くない頃合いに決まってるわな。
　
「きょうからお世話になりますテチ♪　よろしくお願いしますテチ♪」
　
　立ち上がって、ぺこりとお辞儀などしてみせた仔糞蟲。
　少なくとも人間を奴隷呼ばわりの勘違い馬鹿ではないらしい。
　弁当に手をつけてもいない。糞も漏らしていない。そこまで愚かでもないらしい。
　だけど。
　
「…………」
　
　無言でつかんだ弁当を傾け、仔糞蟲を袋の中に転がしてやる。
　
「……テチャァァァッ!?」
　
　悲鳴とか抗議は無視。
　問答無用で弁当をゴミ箱に放り込んだ。
　当然だろ？
　薄汚れた野良糞蟲が蓋の上に乗っかってた弁当だぜ？　未開封だって喰いたくはねえ。
　
「ニンゲンさん、どうしテチ？　お弁当、捨てちゃっテチ？」
　
　袋の中で起き上がってテチテチわめき立てる仔糞蟲。
　やかましい。酔った頭に響くじゃねえか。
　リンガルのログを追いかけるのも鬱陶しい。頭が痛くなってくる。
　だけど仔糞蟲には自分の罪を思い知ってもらわなきゃならん。
　
「……テェェェェェッ!?　ニンゲンさん苦しいテチィッ……!?」
　
　仔糞蟲が首に結んでいたリボンを締め上げてやる。
　白地に赤く『HAPPY BIRTHDAY』の文字が繰り返し印刷されたリボンは誕生日プレゼントのラッピング用か。
　仔糞蟲自身かその親がゴミ捨て場で拾って来たんだろう。
　意味もわからずお洒落のつもりで身に着けたんだろうな。糞生意気に。
　
「……何のつもりだ？」
「……テェッ!?　クルチィッ……何のことテチッ!?」
「いまどき託児とは何のつもりだ？　オマエら学習能力ないのか？」
「……テェッ!?　テェェェッ……!?」
　
　赤と緑の眼を剥き出すように見開き、喉元を押さえながら口から泡を吹いている仔糞蟲。
　これくらいで死なせちゃ意味がない。少しリボンを緩めて、言ってやる。
　
「託児に失敗した同属の悲惨な末路を見てないのか？　託児に成功したヤツが周りに一匹でもいるかオイッ？」
「……テェェェェェッ……ワタチは幸せを届けに来たテチィッ！　ゴハン目当ての託児と違うテチィッ！」
「何がどう違うんだ？」
「おリボンッ、おリボンがクルチイクルチイテチッ！　引っぱらないでテチィッ！」
　
　リボンから手を離してやると、仔糞蟲は袋の中で、がっくりと膝をついて苦しげに息をする。
　
「……テェェェ……ワタチはニンゲンさんへの贈り物テチィ……だから、おリボンもしてるテチィ……」
「何が贈り物だ、塩カルビ弁当を台無しにしやがって」
「台無しになんてしてないテチ……だって一口も食べてないテチ、容器の外から匂いを嗅いだだけテチィ……」
「薄汚ねえ野良のテメエが弁当と同じ袋の中に入ってただけで台無しにしたのと同じことなんだよっ！」
　
　片方の耳をつまんで、身体を引っぱり上げてやる。
　
「……テヂャァァァァァッ!?」
　
　仔糞蟲は手足を必死にばたつかせた。
　
「ワタチは汚くないテチッ！　いつも水浴びとお洗濯でキレイキレイテチィッ……！」
「どこでだ？　ボウフラの湧いてる公園の池か、それとも公衆便所でか？」
「イタイタイイタイテチィッ！　おミミちぎれるテチィッ！　ニンゲンさんヤメてヤメテチィッ！」
　
　ぱっと手を離すと、べちゃっと顔から落っこちる。
　
「……チベェッ!?」
　
　口を広げた買い物袋の中だが、その袋はテーブルの上に置いてある。
　仔糞蟲自身の背丈の倍ほどの高さから落ちたから結構、痛いだろう。いい気味としか思わんが。
　
「……テェェェェ……」
　
　ふるふると震えながら仔糞蟲が顔を上げる。左右の眼から色つきの本気涙を流して、
　
「ワタチはニンゲンさんへの幸せの贈り物テチのに……どうチてわかってくれないんテチ……？」
「だから何がどう幸せで、何がどうなればテメエが贈り物ってことになるんだ？」
「ワタチはママから幸せのお歌をいっぱいいっぱい聴かされて育っテチ、ワタチも幸せのお歌は得意テチ」
「ああ、それで？」
「ワタチたち家族は幸せのお歌でいっぱいいっぱい幸せテチ、その幸せをニンゲンさんに分けてあげたいテチ」
「ふん、それで？」
「実装石を飼ってるニンゲンさんたちは、いつも公園で見かけるけど幸せそうテチ」
「そりゃまあ脳みそが茹だってる腐れ愛誤派どもだろうからな、それで？」
「ニンゲンさんは実装石を飼うと幸せになれるテチ、幸せ家族で育ったワタチを飼えば、なおさらテチ」
「それで？」
「それで……だから、ワタチは幸せの贈り物なんテチ、ニンゲンさん、ワタチを飼ってほしいテチ……」
「…………」
「ワタチの幸せのお歌、聴いてほしいテチ、歌わせてもらっていいテチ？」
「…………」
「……ヤメたほうがいいテチ……？」
　
　
　もちろん仔糞蟲など飼うわけがない。
　虐待趣味はゼロではないが、わざわざ家の中に住まわせてまでナマ殺しにしようとは思わない。
　だから二度と託児など試みないよう親と姉妹と同属への戒めの意味を込めて。
　手足を焼き切り、舌を焼き潰して、幸せの歌など二度と口にできず踊りなんかも踊れないようにした上で。
　元いたであろうコンビニの前に、仔糞蟲をリリースしてやった。
　
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【終わり】