タイトル:【馬】 ヤンデジ☆ママの反省ノート
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3633 レス数:6
初投稿日時:2008/05/13-04:48:54修正日時:2008/05/13-04:48:54
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『ヤンデジ☆ママの反省ノート』
 
 
 俺は観察派の実装石マニアである。
 大学の授業がないか出席する必要のない日は下宿近くの公園へリンガル片手に出かけて行く。
 そして愛護派連中と糞蟲どもとの噛み合わない会話に聞き耳を立てて楽しむのである。
 
「さあ野良ちゃんたち、ごはんザマス。仲良く食べるザマスよ」
『デププ、ドレイが貢ぎ物を運んで来たデス。慈悲深いワタシは食べきれない分は周りの糞蟲に分けるデス』
 
「レタスちゃん、お散歩気持ちいいわね。ほら、あそこにお友達の野良ちゃんがいるわ」
『召使いを連れてお散歩するワタチの優雅な姿を哀れな野良どもに拝ませてやるテチ』
 
 愛護派の脳には実装石同様に幸せ回路が組み込まれているのではないかと疑わしく思う。
 リンガルを持っている者もいないわけではないのに、
 
「うちのレタスちゃんに限って意地悪なことを言う筈ないわ。きっとリンガルが壊れているのね」
「捏造ザマス虐待派の陰謀ザマス謝罪と賠(ry ザマスザマス」
 
 と、事実から眼を背け耳を塞ぎ続けるのである。
 それはさておき俺も、ぬるい観察ばかりしているわけではない。
 
「テチッ♪」「テッチューン♪」
(存在するだけで可愛いワタチに貢ぐことを許すテチ♪)(ワタチに言葉をかけられて幸せと思えテチ♪)
 
 ベンチに腰掛けて煙草を吸っていると死亡フラグ立たせまくりの仔実装どもが足元に寄ってくる。
 愛護派による刷り込みの結果、人間をみんな「貢ぐ君」と思い込んでいるようだ。
 そんなとき俺は彼らの性根とついでに毛根を鍛え直すべく、おでこを前髪もろとも根性焼きしてやる。
 
「…チギャァァァッ!?」「テェッ!? テェェェッ!!」
(熱チュイィッ!?)(こいつギャクタイ派テチッ!? アイゴ派のババア助けに来いテチィィィッ!!)
 
 フハハハ、俺に背中を向けて逃げるとは後ろ髪の毛根も鍛えてほしいのか。
 
「デヂャァァァッ!!」「ヂュピィィィッ!!」
(麗しいワタチの髪がぁぁぁっ!!)(ママァァァッ!!)
 
 うーん、キミたちから何か臭ってくるような気がするぞ髪や地肌が焦げる匂いとは別に。
 きっと服が不潔なんだな。ちょうど手元にライターがあるから消毒してやろう。
 
「ヂュィィィィィッ!!」「ヂュァァッ!! ヂュォァッ!!」
(服に火がぁっ!!)(燃えちゃうテチッ!! 熱チュイテチィィィッ!!)
 
 ハハハ、そのままダンボールハウスへお帰り仔糞蟲ちゃんたち。
 おうちも消毒できて公園の管理人さんが大喜びだ。
 しかし周りに燃え広がると洒落にならんな。ボヤのうちに踏み消すか、えいっ。
 
「…チベッ…!?」「…ヂョァッ…!?」
(※言葉にならない断末魔)
 
 もちろん、こんなこと愛護派の怖いオバサンが見ていないところでしか、してあげらない。
 
 
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 さて、そんなある日のこと。
 俺は公園の噴水で実装石の親仔に水浴びさせている高校生くらいの女の子を見かけた。
 噴水の周りが浅い池になっているので水遊びにぴったりと考えたのだろう。
 だが実にけしからん。周りの迷惑を考えていないのか。
 実装蟲どもは揃いのピンクの水着姿だが、漏らした糞で尻に緑の染みができている。
 池の水は当然、糞で汚染されているだろう。
 
「デズデズビビビビ…」「テヂュヂュヂュヂュヂュ…!!」
 
 蒼ざめてガタガタ震えているのは二匹とも水が怖いのか。涙と鼻水を垂らした顔は醜悪極まりない。
 子供が眼にしたら夢に出て来て、うなされること必至だ。
 糞石にカナヅチを克服させてやろうという親心だろうが場所を選ぶべきではないか?
 さらに問題なのは女の子がジーンズと合わせて着ている黒いTシャツだ。
 糞蟲どもが撥ね飛ばした水を吸い、それはぴったり身体のラインに張りついている。
 おかげで彼女、きょぬーさんであることが丸わかりである。
 セミロングの黒髪に、ちょい幼なげで清楚な面立ちが実にツボを突きまくりの、きょぬーさんなのである。
 けしからん。実にけしからん。
 何よりけしからんのはTシャツの色だ。どうして黒なんだ。
 これが白だったりして水に濡れてみろ。ブラが透けて見えるじゃないか。
 いやブラそのものに俺の興味はない。そういうフェチではない。問題は彼女の、きょぬーさん度合いである。
 きっと北半球はカップに収まりきっておらず生チチとその谷間にシャツが張りつくのであろう。
 実にけしからんではないか!
 
 ……何の話をしてたんだっけ? そう、彼女が連れている糞蟲だ。
 
 可愛らしい実装ちゃんですね僕も実装石は大好きですこんなに可愛らしいナマモノほかにいませんからね。
 などと、歯が浮き歯茎が腐りそうな台詞で彼女とお近づきになろうという根性はシャイな俺にはなく。
 噴水が見える位置のベンチに腰掛けて、さりげなく煙草を吸いながら女の子と糞蟲親仔の観察を始めた。
 若いのになー、きょぬーさんなのになー、この子も勘違い愛護派すなわち愛誤派なのかなー。
 
「ほらミドリ、キミドリ、いいお顔してごらん」
 
 デジュデジュテヂュテヂュ泣いている洟垂れ蟲どもに女の子はデジカメを向ける。
 そこまで泣いてる奴らに笑えと言っても無理だと思うぞ。
 ところが女の子は満面の笑みで、
 
「いいお顔ね、さあ撮るわよ」
 
 と、涙と鼻水まみれの醜悪な実装顔を嬉々として撮影し始めたではないか。
 ……愛誤派だー、愛誤派だったよー、きょぬーさーん。
 いまあなたがカメラを向けている二匹の泣き顔のどこかに欠片でも可愛いらしさがあるんですかー?
 あばたもえくぼ、他人の趣味なんてとやかくいうことじゃないのだろうけど。
 
「デヂャァァァァァ…!!」「テヂィィィィィ…!!」
(もうジングロいやデズゥゥゥッ……!)(許じデヂィィィッ! ママァァァァァッ!!)
 
 ……おや? いま糞親仔、シンクロとか言わなかったか?
 リンガルのログを確認すると確かにそんな言葉が記録されている。
 
「ダメよミドリもキミドリも。自分でシンクロやりたいって言ったんでしょ? 最後まで頑張らなきゃ」
 
 にこにこ笑顔の女の子は親仔蟲をたしなめた。
 なるほどアホ蟲ども、テレビか何かでシンクロを見て、
 
「美しいワタシならもっと華麗に舞えるデス、デプププ」
 
 とか妄想にとりつかれたのだろう。自分らがカナヅチだってことも忘れて。
 糞蟲は基本的に泳ぎが苦手だ。顔の造り的にまともに口を閉じられず、がぼがぼ水を飲んでしまうから。
 いや口に水が入っても飲み込まなければいいのに浅ましい糞蟲は口に入るものは何でも嚥下する習性だ。
 要するに莫迦なのだ。
 女の子が糞親仔の思い上がりを正そうとシンクロのスパルタ特訓に及んだなら見上げたものである。
 飼い主として立派な姿勢である。本当はご自宅の風呂場でやるべきとは思うけど。
 だが、そうなると彼女が嬉々として実糞装(じっクソう)どもの写真を撮っていることに疑問が残る。
 あの造形が歪みきった泣き糞顔のどこが「いいお顔」なのだ?
 ……やっぱり愛誤派? あばたもえくぼ?
 
「さあミドリ、もう一度特訓よ。キミドリは後ろで見てなさい」
 
 きょぬーさん、むんずと親蟲の後ろ頭に手をかけた。
 ドッジボールよりは少し小さいゴム鞠を片手でつかんでいるような感覚だろう。
 
「お水に顔をつけて、息は止めてなきゃダメよ」
 
 言いながら、親蟲の顔を水面に近づけていく。
 ところが身体が固いのかそれとも反応が鈍いのか、親糞は上手く前屈みになれず、ずべばしゃっと転んだ。
 
「デブゥブォブァゥブァァァァァッ!?」
 
 頭を押さえつけられ水に顔を突っ込んだまま半端に短く不格好な手足をばたつかせる親実装ちゃん。
 水飛沫で飼い主さんのTシャツがさらに濡れて、きょぬーに張りついてしまう。偉いぞ。
 
「…デブェェェッ!!」
 
 あ、飼い主さん、手を離しちゃった。親糞が顔を上げちゃいました。
 まだ早すぎたんじゃないの? 息の根が止まってないよ?
 
「デベッ!! デベッ!! …デェェェェェッ!!」
 
 水と鼻水を吹き散らし、おぞましい形相で泣きじゃくる親糞蟲。
 その様子を見ていた子糞蟲はパンコンならぬ水着コンだ。漏らした糞で水着の尻がコンモリだ。
 きょぬー飼い主さんは優しい笑顔で親蟲の顔を覗き込んだ。
 よくそんなに顔を近づける気になるなあゲテモノに。
 
「息を止めてなさいって言ったでしょミドリ、もう一度チャレンジよ」
 
「デズデズデズデズゥ!! デズルズルデズゥ…!!」
(お願いデズもっどゆっぐりお願いじまずデズ! 息を止めでる暇ながっだデズ!!)
 
「仕方ないわね。今度は自分から顔をつけなさい」
 
「デズデズゥ…」
(はいデズゥ……)
 
 恐る恐る前屈みになり水面に顔を近づける親糞蟲。
 
「デェ…」
 
 最後にみじめたらしい声を上げると、ぺちゃっと水に顔を突っ込んだ。
 
「デ…」
 
 ふるふる身を震わせながら、そのままじっとしている。息を止めるのに成功したらしい。
 ……というか、たったそれだけのことに時間かけてるんじゃねーよ糞蟲。そのまま死ぬまで顔を上げるな。
 というか死ね!
 しかし、飼い実装にこれだけきちんと言うことを聞かせられるのだから大した御主人様だ、きょぬーさんは。
 やはり並みの愛誤派とは一線を画するようである。
 
 ……あ。
 
 そこで、ようやく俺は思い至った。
 先ほど彼女が口にした「いいお顔」とは可愛い顔を指していたわけではない。
 実装石の悲痛でみじめたらしい泣き顔。ずばり、それのことではないか?
 だとしたら彼女は……
 
「——さあミドリ、今度は水の中でしゃがんで、ごろんと仰向けになるの」
 
 きょぬーの飼い主さんが指示した。
 
「お池が浅いから沈んでいかないわ。底に背中をつけちゃっていいから、それでバレーレッグ、片脚を上げて」
 
 バレーレッグとはシンクロではおなじみ、水平姿勢から片脚を垂直に上げる技である。
 例の一昔前に流行った男子シンクロの映画やドラマで知ったことだが。
 
「デ…ゴボ…デベ…」
 
 だが親糞蟲、前屈みで水に顔をつけているばかりで命令通りしゃがもうとはしない。
 じたばた両腕を動かして水を撥ね上げてるけど遊んでるだけか、こいつ?
 オラッ、きょぬーさんがしゃがめっつってんだよッ!
 オマエら糞以下の糞蟲が、きょぬーさんの半径五メートル以内で同じ空気を吸ってるだけで贅沢なんだよッ!
 ……いや、いまは息を止めてるのか?
 そんなことはどっちでもいいんだよッ! 同じ惑星上に存在するだけで贅沢すぎるぞッ、この糞蟲がッ!
 言われた通りにできねえなら素粒子単位で存在消滅させるぞゴルァッ!
 そんな声なき応援をベンチから送る心優しい俺に、しかし親糞蟲は応えようとしない。
 
「頭が大きい割に軽いから浮いちゃうのかしら? やっぱり手伝ってあげるわね」
 
 さすが、きょぬーさん。
 親糞蟲が水中にしゃがめない理由が空っぽ頭の浮力にあると見抜き、上から手で押してそれを水に沈めた。
 
「…デッ…ゴベッ…」
 
 さらに沈めた頭を両手でつかみ直した、きょぬー飼い主さん。
 ぐるりんと親糞ちゃんの身体を上向き(仰向け)に半回転させる。
 その池の水は糞蟲ちゃんたちの糞で汚染されている筈だけど、きょぬーさんは気にしていないようだ。
 やっぱり愛誤派? いやいやそんな筈は……
 
「さあ脚を上げて、バレーレッグ、はい!」
 
「…ブバァッ…!!」
 
 親糞蟲は水中で盛大に泡を吹いた、というか肺に貯め込んでいた空気を一気に吹き出した。
 ついでに糞もひり出した。
 じたばた手足を振り回し、もがく親糞蟲。
 
「…デブベボバベビベボバ…!!」
 
「もうっ、ミドリ! 息を止めてなさいと言ったのにっ!」
 
 きょぬー飼い主さんは嘆かわしげに声を上げ、糞蟲をつかんでいた手を離した。
 そのまま溺れてくれてもよかったのに運だけは強かった劣等ナマモノ。
 じたばた暴れるうちに池の縁に手が触れ、何とかそれをつかんで醜い糞蟲顔を上げることができた。
 
「…デヒャァッ…デヒャァッ…デッ…デッ…デェェェェェン!!」「テチェェェェェン!!」
 
 荒い息をして自分がまだ生きていることを再確認したあと、派手に泣き出す親糞蟲。
 つられて仔糞蟲までが自分は何もしていないくせに泣き出した。阿呆め。
 
「……あのー」
 
 ついにシャイな筈の俺はベンチから立ち上がり、きょぬーさんに声をかけた。
 きょぬーさん、さすがに警戒心旺盛な様子で振り返る。
 
「……はい?」
「これ……使ってみる?」
 
 俺が彼女に示したのは洗濯バサミだった。
 何でそんなものを持っていたかというと、出かける前に洗濯物を干していたからだ。
 きょうの洗濯では使いきらず余ったそれをズボンのポケットにねじ込んだまま忘れていたのである。
 
「シンクロの選手ってクリップで鼻を留めてるよね?」
「あ……、ええ」
「息を止めていても水中で上を向くと、どうしても鼻に水が入るでしょ人間の場合? 実装石も同じかなって」
「ああ、どうもありがとうございます」
 
 きょぬーさんが笑顔を見せてくれた。
 やべ、かわいい。しかも、きょぬー。もろ好み。
 
「お借りしてよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
 
 俺が快く答えると、きょぬーさん、もう一度にっこりとして、
 
「ミドリ、このお兄さんから、いいものを借りたわ」
「デデェッ…!?」
「つけてあげるわね、じっとして」
「デッ…!? デェッ!! デェェェッ!!」
 
 飼い主の心を知らない糞蟲、ありがたい洗濯バサミを顔に近づけられるのを嫌がり、ふるふると首を振る。
 だがオマエらの運命など人間に翻弄されるオンリーと遺伝子レベルで決定されてるんだ。
 
「ミドリちゃん、お鼻が小さいから、つまみきれないわ。もう少し鼻の周りの皮を引っぱって……」
「デェェェッ!! デェェェッ!! デビャァァァァァッ!!」
「ほらできた、いいお顔ね。お兄さんに見てもらって、お礼を言いなさい」
 
 きょぬー飼い主さん、糞蟲の背を押して俺のほうに向かせながら、にっこりとする。
 俺も笑顔を返した。泣いているのは親蟲と、それにつられた仔蟲だけだ。
 親蟲のほとんど隆起のない扁平な鼻は周囲の面の皮ごと引っぱられて無理やり洗濯バサミでつままれていた。
 間違いない、きょぬーさん、あんたアレだよ。
 立派な虐待淑女だよ。
 
 
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「……キミがあのブログを書いてるの?」
 
 驚く俺に、きょぬー飼い主さんは「ええ」とはにかんだ。
 
「ご存知だったんですか、私のブログ?」
「いやー……いつも読ませてもらってるけど」
 
 俺は苦笑いする。
 俺たちは公園のベンチに並んで腰掛けていた。
 足元では、きょぬーさんの飼い実装であるミドリとキミドリが金平糖を貪っている。
 
「デズデズデズデズ…」「テヂテヂテヂテヂ…」
 
 ついさっきまでシンクロ(?)の特訓をさせられていたので二匹とも顔は涙と鼻水で汚れたままだ。
 ちょいと足を伸ばして醜いその顔を地面にこすりつけて綺麗にしてやりたいけど我慢する。
 糞蟲どもに手を下すのは、きょぬーさんの許可を得てからだ。
 きょぬーさんの開設しているブログは『ヤンデジ☆ママの反省ノート』と題されていた。
「実装石にデレデレのヤングママが飼育上の失敗を反省する」というのが趣旨である。
 一見、愛護派によるブログのようだし主宰者当人も「間違いなく愛護派」を自称している。
 だが失敗は毎日、更新のたびに起きており飼い実装のミドリとキミドリ親仔はそのたびに泣きを見ていた。
 あるときは人間用の栄養ドリンクを水で薄めずに与えられ、腹を下して脱水症状を起こす。
 またあるときは、ぬいぐるみ用の着せ替えドレスを着せられて通気性と縫製の悪さで肌がかぶれてしまう。
 仔実装が浴槽に転落した。親実装が便器にはまって抜けられなくなった。
 公園で虐待派が撒いたドドンパを拾い喰いした。野良に近づかせすぎて襲われた。
 など——確かに実装石を飼育していれば起こりそうな事件が、しかし毎日、二匹の身に降りかかるのである。
 確率的にはどんなもんなんだ?
 それどころか最近では(ネタが尽きたのか)そりゃねえよ的な事件が多くなりだした。
 きょうの洗濯バサミなどマシなほうだ。
 親糞蟲が転んで額を怪我したときの治療に、いまどき「赤チン」を使ってそれが眼に入り強制出産させたり。
(生まれたのは未熟児の蛆ばかりですぐに死んだという。)
 仔糞蟲のオムツ代わりに絆創膏を総排泄腔に貼って腹が破裂する寸前まで糞を止めてしまったり、である。
 観察派の俺には面白くて仕方ないのだけど。
 
「ヤングママっていうから『ヤンデジ』さんは二十代くらいの主婦の人だと思ってた」
 
 ヤンデジというのはブログでのハンドルネームだ。
 俺がそう言うと、彼女は笑って、
 
「双葉(ふたば)って呼んでください、リアルでは」
「双葉さん……双葉ちゃんか」
 
 それほど年齢も離れてないのに「ちゃん」付けもどうかと思ったけど、彼女は気にした様子はない。
 にこにこと微笑んでいる。
 くそっ、可愛いじゃねーか。しかも、きょぬーだし。
 
「俺は敏明、伊藤敏明」
「敏明さん……トシアキさんトシアキさん」
 
 彼女は自分の記憶に刻み込むように(なんだか嬉しいじゃねーか)名前を繰り返してから、笑顔で頷き、
 
「この仔たちは、ミドリとキミドリ。ブログでご存知ですよね?」
「うん、ああ……よろしくなミドリ、キミドリ」
 
 相手が犬なら(大人しそうな場合に限るが)挨拶代わりに頭を撫でてやるところだが、実装石だからな。
 金平糖に夢中だし、そっとしておくか。キモイし。
 
「敏明さんのおかげで、きょうのブログの更新のネタができました」
 
 きょぬーさんこと双葉は言った。
 デジカメの撮影済み画像を呼び出して、画面を俺に見せる。
 洗濯バサミで鼻(と周りの面の皮)をつままれて大泣きしている親糞蟲の汚物顔だ。
 
「シンクロを練習したいとせがむミドリの鼻をクリップ代わりに洗濯バサミでつまんだら痛がって大失敗って」
「ああ……確かに失敗だったね」
 
 俺は苦笑い。結果は当然わかってたようなものだけど。
 双葉はデジカメを脇に置き、軽く伸びをして(きょぬーが、ぷるんした? ぷるんってした、いま??)、
 
「この公園に来ることにしてよかった。いままでミドリとキミドリを遊ばせてた公園、居心地悪くなって」
「……何かあったの?」
 
 俺が訊ねると、双葉は肩をすくめ、
 
「私がブログやってることバレちゃって。よその愛護派のオバサンたちからいろいろ、ね」
「ああ……」
 
 俺は頷いた。彼女が愛護派のババアどもから眼の敵にされたのもわからんではない。
 だって毎日、何か失敗を起こしてそのたびに飼ってる実装石を痛い目に遭わせてるんだぜ?
 普通は「わざと」やってると思うだろ。百歩譲って故意じゃなくても重過失、飼い主失格だと思うだろ。
 実装石至上主義な幸せ回路搭載済みババアたちにしてみたら。
 
「私……最初は、ミドリとキミドリの可愛らしさをみんなに知ってもらいたくてブログ始めたんです」
 
 双葉が言った。いまどきの女子校生らしくなく落ち着いた話し方。
 それでいて、きょぬー。俺の中で彼女の好感度は急上昇だ。
 何より俺は愛護派じゃない。一介の観察派だ。
 彼女の実装石との接し方(故意か過失か危害を及ぼしている)にも共感大だ。
 もうっ、マジ好み。いっそ結婚してくれ。無理だろうけど。
 
「実装石を飼うのは初めてで、うちに連れて来た最初の日からシャワーの温度を上げすぎて失敗しちゃって」
 
 ブログ開設初日でもあるその日の記事はバックナンバーで読んだ。
 五十度って人間でも普通浴びないけど、温度設定がそうなってたのは不幸な偶然だったんだろうな、うん。
 
「それをブログに書いたら、ほかの飼い主さんが共感してくれて。そのあとも私のドジで失敗続き、でも……」
「失敗を毎回ブログに書いたら反響がよかった?」
 
 俺が言うと、双葉は照れくさそうに笑って、
 
「飼育上の失敗って、ほかの飼い主さんの参考になるでしょ? それにミドリとキミドリは泣き顔も可愛いし」
 
 そうかぁ? 泣き顔は(泣いてなくてもだろうけど)酷いもんだと思うぞ。
 
「私、ミドリとキミドリが大好きなんです愛してるって言ってもいいくらい」
「実装石の飼い主さんは、みんなそうだろうね」
 
 虐待目的で飼ってる場合を除けばと心の中で言い添えつつ俺は頷く。
 ……いや待て、双葉ちゃんも虐待派寄りじゃねーのかブログ含めた行動を見てると?
 
「それなのに私がミドリとキミドリを虐待してるとか、わざと失敗して苛めてるとか言う人がいて……」
 
 さっきの洗濯バサミ、わざとじゃないんですか双葉ちゃん的には??
 
「もちろん応援してくれる人もいるから頑張ってブログ続けてるんですけど」
 
 応援というか煽ってる連中な。俺みたいな観察派とか虐待派。
 
「私が虐待するわけないじゃないですか好きなのに可愛いのに愛してるのにミドリとキミドリを心の底から」
「うん……そうだね」
 
 心にもない言葉で頷く俺。
 ツッコミどころはどこなんだろう、どこまで冗談なんだろうと相手の腹を探りながら。
 ところが双葉ちゃん、そのまま念仏か呪文の詠唱みたいに、
 
「愛してるのに可愛がってるのに私が一番ミドリとキミドリを幸せにできるのに私なのに私だけなのに……」
 
 ……いつの間にか伏せた顔に陰がかかってます。
 おーい、双葉ちゃーん、どこの世界に行っちゃったのー?
 
「赤の他人のニセ愛護派ババアが可哀想とか横からふざけんなミドリとキミドリはオマエらの仔じゃねえよ」
 
 ……えーっと。
 
「ミドリとキミドリを可愛がっていいのは私だけなんだよ笑うときも泣くときも私と一緒なんだよ」
 
 ……もしもーし?
 
「ミドリとキミドリは私のモノなんだよ存在全てを私が支配するんだよ生殺与奪は私の意のままなんだよ」
 
 ……俺、きょう大学の講義があったよな……出欠とらないんでサボる気だったけど、やっぱ行こうかな……?
 
「ミドリとキミドリの笑顔も泣き顔も私のモノだ笑わせるのも泣かせるのも私の自由だそれが私の愛なんだよ」
 
 ……はあ。きょぬーさんなのに、もったいない。俺とは住む世界が違うんだな。
 結婚はあきらめだ(最初から可能性ないけど、きっと)。
 
「愛してるから泣かすんだよ私のモノだと再確認すんだよ私が支配者で私が法律で私が唯一絶対の神なんだよ」
 
 ハハハ、神ですか神。住んでる次元も違いすぎるや。
 
「ミドリとキミドリも涙と血を流すたび私の愛の深さを知るんだよ私の愛から逃れられないと知るんだよ」
 
 ……僕、帰りまーっす。
 そろそろ、そろ……と、忍び足……
 
「——オイッ敏明ッ! 聞いてんのかゴルァッ!」
「は……はいっ!?」
 
 俺は、ぴたりと動きを止めた。
 ベンチから腰を浮かせ、後ずさりにその場を離れようとしてたんだけど。
 
「……ごめんなさい私、ミドリとキミドリのことになると、つい夢中になっちゃって」
 
 表面的にはこっちの世界に帰って来たように見える彼女は、ぺろりと舌を出して恥ずかしそうに笑った。
 ハハハハ……と、俺も乾いた笑いで応える。
 夢中とかいうレベルじゃねーだろと胸の内でツッコミ入れながら。
 それから双葉は再度、洗濯バサミの礼を言い、俺のパソコンと携帯のメルアドを教えてほしいと頼んできた。
 携帯のメルアドは普通に教えた。何かあったら解約→新規契約すれば済むことだ。
 パソコンのほうはフリーの捨てメアドを教えておいた。
 すると彼女、訝しげな顔で、
 
「それって、どこのプロバイダですか?」
「ああ、プロバイダは契約してないんだ。大学のサーバー経由でネット使えるから」
 
 ごめん、嘘。大学のサーバーでネット使い放題なのは構内でLANに繋いだときだけです。
 大学名も聞かれたので嘘吐いた。自分が落ちた大学の名前を出すのは、ちょっぴり胸が痛んだけど。
 だってね。きょぬーさんでも、ヤバげでしょ彼女?
 いや自意識過剰かも知らんけどね。相手は俺をブログの一読者としか見てないと考えるほうが普通だけど。
 というか九割九分までは、その筈だけど。
 迂闊に気を許してメンヘラと関わって痛い目に遭った知人もいるから用心に越したことは、さ。
 
「じゃあ、きょうはありがとうございました」
「うん、ブログの更新を楽しみにしてるよ」
「私、これからこの公園に通うことにします。またお会いできたらいいですね」
「そうだね……ハハハ……それじゃ、また!」
 
 ……自意識過剰……なのか……な?
 
 
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 翌日から、しばらく公園通いは休みにした。
 双葉のブログは俺とは全く関係なく順調に更新が続いた。
 ミドリとキミドリは毎日、泣かされていた。
 途中でミドリの誕生日が来て、ケーキのロウソクの火を吹き消そうとした糞蟲は前髪を焦がしたりしてた。
 ハハハ、ざまあみろ。それはともかく。
 やっぱり自意識過剰だったと思いかけたところで双葉から携帯にメールが来た。
 
『最近お会いしませんね私は毎日あの公園に通ってます(^-^)(゜△゜)(゜△゜)』
 
 ……顔文字が可愛いじゃねーかオイ。糞蟲二匹のコブ付きで。
 意識しすぎても仕方ねーやと思い、俺は久しぶりに公園へ足を運ぶことにした。
 
 
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 公園の中をぶらぶらと歩いていると、噴水のそばまで来たところで声をかけられた。
 
「……敏明さん!」
 
 双葉だった。こないだ俺と話したときと同じベンチから立ち上がり、笑顔で大きく手を振ってみせる。
 俺は苦笑いで軽く手を振り返し、そちらへ向かった。
 仔糞蟲のキミドリが、フェレット用らしい小さな首輪とリードで繋がれて双葉の足元に座り込んでいた。
 
「…テェェェ…」
 
 情けない声で鳴いたそいつの実装服はあちこち破れ、顔と手足は擦り傷だらけ。靴は片方なくなっている。
 親糞のミドリの姿は見えない。
 
「ブログは毎日、読ませてもらってたよ。双葉ちゃんもミドリもキミドリも元気そうで」
 
 俺が言うと、くすっと双葉は笑い(あー、やっぱ可愛いなー、きょぬーだし。でも自称「神」だもんなー)、
 
「私の失敗でいつも二匹とも傷だらけですけど。きょうも首輪でお散歩してたら、いつの間に後ろで転んでて」
「はっはっは、転んじゃったか。うっかりさんだなあ、キミドリちゃんは」
 
 俺は鷹揚に笑っておく。例によって相手が犬なら頭を撫でるところだが仔糞蟲相手にそれはない。
 蹴飛ばされないだけ良かったと思いやがれ。
 俺がベンチに腰掛けると、双葉は何げなく前屈みになってキモミドリの頭を撫で。
 そして身体を起こしながら、すすっと俺との距離を縮めてきた。
 えっ、何? どういう行動それ?
 というか、きょうの双葉ちゃん、いい匂いするんですけど。シャンプーかヘアムースか知らないけど。
 こちらを見て、ふふっと朗らかに笑う双葉ちゃん。
 やべーよツボったよ、その笑顔も匂いも相変わらずのきょぬーも。でも「神」だもんな「神」。
 俺は内心の動揺を抑え込むように、どうでもいい話題を振ることにした。
 
「きょうはミドリちゃんはどうしたの?」
 
 ホントに俺にとってはどうでもいい。
 だが双葉は大好きな汚ミドリのことを訊かれて嬉しいのか笑顔を輝かせ、
 
「ミドリは大きいから一匹でお散歩させてます」
「そっか。でも大丈夫かな、この公園にも野良はいるし」
「でも愛護派の人たちも多いですよね。野良や虐待派の人間に眼を光らせてくれてるんじゃないですか?」
「まあ、そうだけど……」
 
 俺は曖昧に頷いておく。
 この公園を訪れる愛護派のオバハンが多いのは確かだ。
 だが、彼らは基本的に自分が連れている飼い実装か、いつもエサをやってる馴染みの野良しか見ていない。
 アンテナの鈍さは糞蟲と同程度。真後ろの危険に気づかなかったりして公園の監視役としては注意力欠如だ。
 だから俺なんかが隙を見て野良糞蟲に根性焼き入れたりもできるわけだが。
 
「そう、あの、お見せしたかったんです。きょうの更新でアップする予定の写真」
 
 双葉はデジカメの撮影済みデータを呼び出して俺に見せた。
 それは噴水を背景に親糞蟲のミドリを写したものだったが……
 
「『かわいがってください』って……?」
 
 唖然として訊ねる俺に、にっこり笑顔で双葉は頷き、
 
「可愛いでしょ? 手縫いで刺繍したんです」
 
 ミドリの実装服の前掛けには『この仔をかわいがってください』と記されていた。
 さながら捨てられた元ペット実装のように。
 
「えっと……双葉ちゃん、ミドリを公園にリリースするつもりなの?」
 
 捨てるという直接的な表現を避けつつ訊ねた俺に、きょとんと双葉は眼を丸くして、
 
「リリースって……やだな、私がミドリを手放すわけないじゃないですか」
 
 くすくす可笑しそうに笑い出す。
 よかった。怒って自称「神」化しなくて。ああなったら手に負えないぞ俺には。
 しかし、俺には余計にわからなくなった。
 
「そうじゃないなら、この前掛けに刺繍したこれはどういうこと?」
「ミドリを、よその愛護派さんたちにも可愛がってもらいたいと思って、だから」
「はあ……」
 
 俺は軽い頭痛を覚えた。
 調教系虐待師がやっていることならネタとして大笑いだ。
 だけど双葉は自称愛護派、というか当人は本気で自分がミドリとキミドリを愛護しているつもりだ。
 それで『この仔をかわいがってください』って、ねえ?
 自称「神」の上に「天然」なのか?
 こりゃ完全に手に負えなさそーだ、ハハハ。
 
「でもミドリ、ちょっと遅いな。一回りしたら戻ってらっしゃいと言ったのに」
 
 双葉が言った。
 俺は辺りを見回して(ミドリが戻れば、それをきっかけに「神」の前から退散しようと思った)、
 
「よその飼い実装ちゃんと遊んでるのかな?」
 
 同属でデププと見下し合うのが糞蟲の習性だ。よくそれで飼い糞蟲同士でも喧嘩が起きる。
 飼い主に連れられず一匹で歩いているミドリが喧嘩を売ったり買ったりしている可能性は少なからずある。
 
「あ……でも」
 
 或ることを思い出して俺は言った。
 
「きょうは火曜か。近くのスーパーの特売日、いつもより愛護派のオバサンたち少ないでしょ?」
「そういえば……」
「だとすると、かえって公園が広々として自由にお散歩できるかも」
 
 その分、野良に襲われやすくもなってるかも、と思ったのは口に出さず。
 
「そうですね、一匹でのんびりやってるんでしょう」
 
 双葉が笑顔で頷いた、そのとき。
「惨劇」の始まりを告げる雄叫びが聞こえた——
 
「……ヒャッハァァァァァッ!!」
 
 
 ------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 
 先に双葉が動いた。訓練された軍人みたいな反応だった。
 俺が一瞬、どの方角から声がしたかわからず周囲を見回したほどなのに。
 双葉は迷いもなく駆け出した。公衆トイレがある方向だ。
 もう「神」化!?
 
「…デヂャッ!? ヂャッ!? ヂャピィィィィィッ…!?」
 
 だが、よりにもよってキモミドリのリードを手から離さないまま駆けている。
 おかげで仔糞蟲、地面を引きずられていく、というか地面の凹凸でゴム鞠みたいにバウンドしていく。
 血とか糞とか肉片とか飛び散らせながら。そんなの虐待師でもなかなかしないプレイだよ?
 
「……双葉ちゃん! キミドリが!」
 
 俺は後を追いながら声をかける。
 正直、仔糞蟲の運命はどうでもいいが、奴が死んで双葉が嘆き悲しむ姿は見たくない。
 どこまで「神」が暴走するかわからんし。
 双葉は足を止めず振り向かず返事もせず、ただリードを離した。
 放り出されたかたちの仔糞蟲が、ころころ地面を転がる。
 後ろを走っていた俺はそいつを辛うじて踏まずに飛び越えた。まだ生きてんのか?
 
「…テェェ…」
 
 あ、なんか聞こえた。まだ生きてるみてーだ。
 よかったね双葉ちゃん、そして勝手に死ぬなよ仔糞蟲。
 
 
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 公衆トイレは周囲の植え込みに隠れるようなかたちで建っていた。
 公園内の景観に配慮とかの意図はあったのだろうが人目につかない公衆トイレなんて悪事の温床でしかない。
 とはいえ、そのトイレの付近から噴水の近くまで怪しい雄叫びは聞こえていた。
 声の主は余程のバカだ。
 俺たちのほかにも公園の中にいて声を聞いた人間はいる筈だが、近づいて来る者はいない。
 そりゃ当然か。アブなそうな声だったもんな。
 警察に通報くらいしたとしても自分で現場を確かめようとは思わないだろう。
 トイレの入口側に回ると、多目的トイレ(いわゆる車椅子用)のドアが閉まりきっていなかった。
 そこに「何か」が挟まっていた。
 投げ出された二本の脚、その間にわだかまる濁った血溜まり。
 赤ん坊が転がってるようにもキ●ーピー人形が転がってるようにも見えたが答えはいずれでもなかった。
 腹の上までめくり上げられた緑色の着衣と——何か文字が刺繍された白い前掛け。
 下着はない。裸の下半身を晒している。
 そして腹と太腿とが、血と、てかてか白く光る何かで穢されている。
 先を行っていた双葉の足が止まった。
 
「……ミドリ……」
 
 つぶやき、もう一度、今度はゆっくりと歩き出す。
 双葉が——客観的にはどうあれ主観的には——愛していた実装石、ミドリの亡骸。
 それを挟んでいた多目的トイレのドアを、双葉は大きく開けた。
 
「……ひっ……」
 
 小さな叫びを呑み込んだ。
 追いついた俺が、双葉の横に立ってミドリの死体を見た。
 頭がなかった。それがかつて生えていた場所からは大量の血液と白濁液が入り混じって床に広がっていた。
 
「……マラ、か……?」
 
 俺はつぶやく。
 マラ実装。その狂暴さで恐れられる全ての実装石の天敵。
 実装石以外の相手(他実装なり人間なり)からはカスとしか思われてないけど。
 双葉が無言のままミドリの死体を跨ぎ越し、トイレの奥へ進んだ。
 洋式便座の横の壁面に、手すりにするためのパイプがL字型に取り付けられていた。
 双葉はそれに手をかけると、ガシガシとパイプの取り付け部の金具を蹴りつけ始めた。
 
「……双葉ちゃん!」
「ウルサイッ!!」
 
 驚いて叫んだ俺に「神」が怒鳴り返す。
 あー、やっぱ「神」になっちゃってるのね。マラを探し出して復讐しますかそうですか。
 いや待て、さっきの「ヒャッハー」はマラ実装じゃなく人間の声じゃなかったか?
 
 ——ガコンッ!!
 
 鈍い音がしてパイプが外れた。
 うまい具合に長さも先端にL字が一部残った形状も「バー(ry 」さながらであった。
 誰が見ても文句なしに例のアレ「のようなもの」と呼べるんじゃないか、うん。
 双葉はそれを手に、再びミドリの死体を跨ぎ越してトイレの外に出た。
 
「……ヒャッハァァァァァッ!!」
 
 どこかの向こう見ずなバカが再び叫ぶのが聞こえた。今度はこっちと呼んでくれてるのか。
 双葉いや「神」は無言のまま駆け出した。
 
 
 ------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 
「…テヂィィィィィッ!! テヂィィィィィッ…!!」
 
 限界を超えて押し広げられた野良仔実装の口にマラ実装は亀頭をねじ込んでいた。
 顎が外れているせいか野良仔の蒼ざめた顔は縦に引き伸ばされたようになっている。
 口に突っ込まれたマラの亀頭で身体を宙に持ち上げられ、手足をばたつかせているが逃れる術はない。
 マラ実装の体格は普通の成体実装とさほど変わらない。
 ただし肌の色は日焼けしたように濃く、禿裸だ。
 さらに特徴的なのは股間から伸びた陽根——すなわち「マラ」。
 実装石のオス個体と勘違いされることもあるが実際にはフタナリである。総排泄腔から出産も可能だ。
 そして性格は極めて凶暴というか変態。
 眼についた実装石を犯しまくるレイープ魔で、愛護派からさえ鼻つまみ扱いだ。
 そんなマラ実装が野良実装の一群を襲っていた。
 場所は公園の外れ、植え込みに寄り添うように野良のダンボールハウスがいくつか建てられている辺り。
 野良仔を口腔凌辱しているマラ実装の周りには、腰を抜かしてパンコンしている成体や仔が数匹。
 本来なら目ざとい糞蟲たち、犯されているのが我が仔であっても自分が無事なら逃げ出している筈である。
 だが彼らにはそれができなかった。
「のようなもの」ではなくバールそのものを手にしたニンゲンが彼らが逃げ出さないよう眼を光らせていた。
 逃げようとした成体が一匹、すでに撲殺されたらしく死体が転がってるから根性無しの糞蟲が逃げる筈ない。
 
「ヒャッハァッ! ひれ伏せ害蟲どもッ! 野良糞蟲なんか駆除だ駆除ッ!」
 
 ニンゲンが叫んだ。痩せていて髪が鬱陶しいほど長く銀縁眼鏡をかけた職業ヒキコモリと推定される男だ。
 ネットの掲示板で叩かれたか親に職安通いを勧められたか、とにかく何かが引き金で爆発したらしい。
 それがどこでマラ実装とオトモダチになったのかは謎だけど。マラだって野良だし。
 ともあれニンゲンの男が見張り、マラが犯す協力関係ができているらしい。
 ——利用されてるだけじゃねーのか、ニンゲンのほうが?
 
「……オマエがミドリを……」
 
 双葉が怨みのこもった声でつぶやくのを聞き、仔実装を亀頭の先にぶら下げたままのマラが振り向いた。
「のようなもの」片手にゆっくりと近づく双葉と、その後ろにいるオマケの俺が眼に映った筈だ。
 
「……デッ、デェェェェェッ!?」
 
 途端にマラは怯えた顔になった。実装石の世界では最凶最悪でも人間の前ではただのゴミクズ蟲だ。
 
「……なっ、なんだオマエたちはぁっ!?」
 
 声を裏返らせたニンゲンの男の反応もマラ実装とそっくりだった。
 ぶっちゃけ手にした得物は彼のほうが双葉のものより強力な筈だ。
「のようなもの」対「本物のバール」なのだから。
 しかし人間同士で殴り合う覚悟なんて彼にはできていなかった。
(いや俺だって彼もしくは双葉の立場なら、できていないだろうけど。)
 実装石に対しては最凶最悪クラスのヒャッハーな虐待師でも人間社会では、ただの負け組だ。
 それでも一応、釘を刺す意味で俺は言っておいた。
 
「あー、逆らわないほうがいいよ。彼女、いま『神』だから」
「神!?」
 
 推定ヒキコモリ男は眼を丸くする。
 まさしく神速で双葉は動いた。
 一瞬にして間合いを詰め、下段から「のようなもの」を振り上げる。
 
 ——びゅんっ!!
 
 マラ実装の自慢のマラが身体から切り離されて宙に飛んだ。亀頭をくわえさせられた野良仔ごと。
 
「…デッ!?」
 
 驚愕の声を上げかけた元マラ実装(いまはただの禿裸)の腹が、今度は上段から縦に切り裂かれた。
 鋭い斬撃で血もほとんど噴き出さず、
 
「…デェェェッ…」
 
 元マラの禿裸は、ごとりと後ろ向きに倒れた。
 その傍らに切り離されたマラと、そこからこぼれたらしい砕けた偽石の破片が落ちた。
 顎の外れた瀕死の仔実装も転がったけど、それはどうでもいいか誰も気にしてないから。
 俺は言葉もなく立ち尽くした。
 
「……はわわわ……」
 
 腰を抜かした推定ヒッキーは情けない声を上げる。実装石じゃねーんだからパンコンはしないでくれな。
 双葉は「のようなもの」を足元に捨て、元マラ現禿裸実装の前でしゃがみ、腹の切り口を両手で広げた。
 うわっ、グロッ!
 
「……中に、誰もいません」
 
 つぶやいた双葉は、ぎろりと推定ヒッキーを睨みつける。
 推定ヒッキーは小便漏らしそうなほど怯えて、
 
「……ひっ……!」
「ミドリの首はどこですか?」
 
 双葉は訊ねた。
 推定ヒッキーは、ぶるぶると首を振り、
 
「ミドリ? 何ですかそれ、知りませんよ!」
「あなたがマラをけしかけて死なせた飼い実装です。私の可愛がってた仔なんです」
「か……飼い実装なんか襲わせてない!」
 
 激しく首を振る推定ヒッキーに、双葉は眉をしかめると足元の「のようなもの」を拾い上げた。
 
「容赦しませんよ私は。好きなもの愛するもの以外は、人間でも実装石でも私にとってはゴミです」
「ほ、本当です! 飼い実装なんかヒャッハーしたらヤバいじゃないですか!」
「実装服の前掛けに『この仔をかわいがってください』って刺繍してあるんです。それでも知りませんか?」
 
 双葉の言ったことに気の毒なほど愕然となる推定ヒッキー。
 
「あ……あれ捨て実装じゃないの!? だって、あんなこと前掛けに書いてあって……!」
「みんなに可愛がってもらいたくて刺繍したのに。あなたが殺させたんですねミドリを……」
 
 例の「のようなもの」を振り上げた双葉の手を、さすがに俺はつかんで止めた。
 いくら「神」でも人を殺して罪は免れまい。いや心神耗弱とかいう逃げ道もあるけど。
 そして莫迦とは思うけど、ほかに思い浮かばなかったので腐れきった台詞を吐いた。
 
「よせ、双葉ちゃん。そんなことしてもミドリは帰って来ない」
「敏明さん……」
 
 双葉は虚ろな眼を俺に向けた——筈が。
 何か頬を赤くしてませんか熱っぽい眼をしてませんか? 何ですか、その反応いまの状況で??
 そのとき。
 全く緊張感もない糞蟲の下卑た声が聞こえてきた。
 
「…デプププ…」
(家族にご馳走おみやげデス……マラの射精に耐えられなくて首チョンパした飼い実装の生首デス……)
 
 がさごそと茂みが揺れて、それを掻き分け一匹の成体野良が姿を現す。
 片手に別の成体実装の生首をぶら下げて。
 
「……ミドリ……」
 
 双葉がつぶやくのを聞き、KYな成体野良はようやくその場の異変に気づいた。
 腹を切り裂かれ死んでいる禿裸(元マラ実装)。
 腰を抜かしたニンゲンの男(まあ戦闘力は皆無だが)。
 そして「バー(ry )」を手にして立っている人間の女と、オマケの俺。
 
「…デェェェッ…!!」
 
 生首を投げ出して逃げようとした野良だが、すでに遅かった。双葉の「バー(ry )」が一閃。
 頭頂から尻まで身体を真っ二つにされた。
 
 
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> 20XX年XX月XX日
> 『お別れ』
> 
> ミドリとキミドリが亡くなりました
> 公園で野良のマラ実装に襲われたのです
> でもその野良をけしかけたのは人間でした
> 
> 私は愛する者を喪いました
> 最愛の存在を喪いました
> 私からそれを奪った人間がいるのです
> そんなことが赦されていいのでしょうか?
> 
> 私が愛した仔たちです
> 私が心から愛して育てた仔たちです
> 誰にもそれを奪う権利はありません
> ミドリとキミドリの生命は私のものです
> 私にしか権利はないのです
> 
> だから……
> 
> ミドリとキミドリを愛していいのは私だけ
> ミドリとキミドリを育てていいのは私だけ
> ミドリとキミドリを喜ばせるのも泣かせるのも私だけ
> ミドリとキミドリの喜怒哀楽も衣食住も生も死も何もかも
> 私だけ
> 私だけのもの
> 
> 誰かにそれを奪われるくらいなら、その前に
> 私がミドリとキミドリを
> 誰にも手の届かないところに連れて行きます
> 
> ミドリとキミドリを生かしていいのは
> 死なせていいのは
> 私だけ
> 私だけ……
 
 
 その日のブログに添付された動画はミドリとキミドリの亡骸が模型のボートに乗せられて川へ流されるもの。
 二匹ともボートに山積みになった花にほとんど埋もれて眠るような死に顔しか見えていなかった。
 だから動画を観た者は皆、二匹の実装石の身体は花の下に隠されているものと思ったろう。
 実際にはボートに乗せられたのは生首だけだった。
 それを知っているのは双葉と、水葬の場に立ち会わされた俺だけだった。
 
 
 双葉がミドリとキミドリの頭だけ水葬して胴体は火葬にした理由はわからない。
 ミドリの身体は穢されたからという建前だったけど、キミドリのほうは実際はマラには襲われていない。
 キミドリが死んだのは双葉の話によればミドリが襲われた翌日らしい。
 ママを亡くしたショックで偽石が割れたということだけど本当か?
 リードを離さず引きずり回したせいじゃないかと思うけど……
 まあ、いいか。所詮は糞蟲一匹。
 ブログのネタにするためキミドリも死んだことにしようと生きたまま首を切られたとしても俺には関係ない。
 ……いや、双葉本人にとってはネタでもなんでもない真面目なブログなんだっけか?
 どこまで本気なんだろう、あるいは正気なんだろう、きょぬーな「神」様は?
 ブログのコメントに誰かが『Nice boat.』と書き込んだのには笑わされた。
 
 
 ------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 
 ともあれ、ミドリとキミドリの水葬が済むと、俺が双葉と顔を合わせる理由はなくなった。
 双葉は、いずれ新しい実装石を飼うまで公園に来ないだろう。
 そして当分は新しい仔を迎える気にならないと言っていたから、それはかなり先のことだろう。
 俺のほうも公園から足を遠ざけた。
 あれだけ強烈な体験をしたあとでは愛護派と糞蟲どもとの漫才を聞いても面白いと思えなくなった。
 このまま観察派も卒業することになるだろう。
 と、思っていたら——
 
 
 ある日、久しぶりの授業で出かけた大学から帰ると、下宿にしているアパートの部屋の前に双葉がいた。
 ええっ!?
 
「ちょっ……どうしたの!?」
 
 びっくりして訊ねた俺に、きょぬーの「神」こと双葉は、にっこりとして、
 
「新しい仔を飼い始めたんです、ほら」
 
 と、手に提げていたキャリーケージを俺に示す。
 
「…レッチューン♪」
 
 媚びられちまった親指に。いや、そんなことはどうでもいい。
 
「俺……双葉ちゃんに住所教えてたっけ!?」
「調べました」
「調べた……って、どうやって??」
「自分の足で」
「はあっ!?」
 
 呆れ返った俺に、くすくすと「神」は笑い、
 
「あの公園から遠くないところに敏明さんは住んでいると考えたら、最寄り駅とか見当つきますよね?」
「……駅で張ってて尾行したとか?」
「駅だけじゃありませんスーパーとかコンビニとか行きつけの店も調べ上げてます」
 
 俺はしばし言葉に詰まり、
 
「……何のために?」
 
 からからの喉から声を振り絞った。
 すると「神」は朗らかな笑顔で答えを返した。
 
「敏明さんが好きだからに決まってるじゃないですか」
 
 
 ------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 
 ああ、そうか俺は「神」に見込まれたのか。
 だけど、その「神」。好きなもの愛するものを傷つけずにいられない性癖らしい。
 何で俺なんかに惚れたのかは愚問だな。
 糞蟲に入れあげるくらいの娘さんだ、あばたもえくぼというやつだろう。
 だが——俺としては。
 できれば鉾先は親指実装ちゃんだけに向いてほしい。
 きょぬーは好きだが「神」は困るんだよ「神」は。
 でも家まで知られたからには俺は彼女に邪険な態度もとれず。
 きっと俺が本当に通ってる大学もバレたただろうから下宿を替えて逃げても無駄だろうと思い。
 なんだか抱きついてきた、いい匂いのする(ついでに胸にやわらかいものが当たる)「神」を抱き返し。
 結末が悲劇になるか喜劇になるかわからんけど。
 糞蟲相手のプレイに例えればこれは「上げ」の段階で、あとで怖い「落とし」がありそうだけど。
 この場は少しくらい、いい思いをさせてもらってもいいんじゃないかと思い始めていた。
 
【終わり】

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1 Re: Name:匿名石 2015/12/10-20:11:55 No:00001875[申告]
女はこえーな
2 Re: Name:匿名石 2015/12/11-03:52:14 No:00001876[申告]
>「ほらミドリ、キミドリ、いいお顔してごらん」
 
>デジュデジュテヂュテヂュ泣いている洟垂れ蟲どもに女の子はデジカメを向ける。
>そこまで泣いてる奴らに笑えと言っても無理だと思うぞ。
>ところが女の子は満面の笑みで、
 
>「いいお顔ね、さあ撮るわよ」
 
> と、涙と鼻水まみれの醜悪な実装顔を嬉々として撮影し始めたではないか。
> ……愛誤派だー、愛誤派だったよー、きょぬーさーん。
> いまあなたがカメラを向けている二匹の泣き顔のどこかに欠片でも可愛いらしさがあるんですかー?
> あばたもえくぼ、他人の趣味なんてとやかくいうことじゃないのだろうけど。
■この画像に関連するリンク[お絵かき板 ]■
3 Re: Name:匿名石 2015/12/12-00:27:55 No:00001877[申告]
いい絵だけどスク本文によると「神」は黒髪ロングじゃなかっただろうか
それにしてもこええ
NICE BOAT
4 Re: Name:匿名石 2015/12/14-20:01:11 No:00001879[申告]
>いい絵だけどスク本文によると「神」は黒髪ロングじゃなかっただろうか
5 Re: Name:匿名石 2015/12/25-20:39:21 No:00001880[申告]
おお、素晴らしい絵ですね
それにしても神にばっかり目が行くけど糞蟲の表情の不満感ったらないなあ
6 Re: Name:匿名石 2018/10/17-04:05:20 No:00005632[申告]
強烈に立ってるキャラクターだよな
つい思い出して読みに来てしまった
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