「デェースッデスデッスゥ〜♪」 その日、一匹の親実装が機嫌よさげに歌を歌いながら路地を歩いていた。 『デププ、やっぱりワタシって才色兼備デスゥ。完璧すぎて、自分が怖くなってしまうデスゥ』 体を不気味にくねらせながら自画自賛。 何故、この実装石が有頂天になっているかと言うと。 『4匹全ての託児に成功するだなんて。デププ……他の低脳とは違うデス。失敗ばかりしてる馬鹿どもとは次元が違うデスゥ!』 そう、この実装石はつい先程、自分の仔実装4匹を連れてコンビニに行き、託児を試みたのだった。 結果は全て成功。彼女の投擲は冴えに冴え、ニンゲンに気付かれる事もなく、全て無事に持ち帰られた。 確かに、この実装石が浮かれるのも無理はない。 実際の所『託児』を行うに至って、無事に人間の下げてる袋や荷物に仔実装を潜ませれる成功率はかなり低いからだ。 ゆらゆらと揺れるそれ程広くないビニール袋の入り口。 人間の歩行速度によって難度は激変するし、持ち方によって更に難しくなったりする。 投げる加減を間違えれば、仔実装は駐車場のアスファルトに叩き付けられ重傷か地面の染みと貸す。 そして託児が現場でばれた場合、店員か託児しようとした人間によくて叩き出され、悪ければスプレーで仕留められて回収ボックスに放り込まれる。 見つからず、悟られず、仔実装が死なないように袋の中に投げ入れる。 託児による被害が増加し客やコンビニが対策を取ってからは、託児の成功率は全体の1割を切る有様なのである。 この状況から考えれば、この実装石が悦に浸るのも無理はないだろう。 『デプッ、今日はもう疲れたので寝るデスゥ。明日からは仔達の預けられた所に行かなきゃいけないデス。デププ、楽しみデスゥゥウププ』 浮かれてる親実装石の幸福回路は全開だ。 もう、託児された仔実装達が既に飼い実装として認められ、飼われていると思い込んでいる。 この親実装はそこそこ機敏で器用ではあったが、典型的な実装石であり糞蟲でもあった。 託児した理由も 『公園でチンタラニンゲン共に媚び売るなんて尊貴なるワタシには似合わないデス。手っ取り早く託児を成功させてワタシも飼い実装デスゥ』 等と言ったどうしようもない理由だったりする。 『あっしたのいまごろは〜ワタシはげーじぃのなかぁ〜デッスゥ♪』 親実装は機嫌良く耳障りな歌声を上げながら、自分の家のある公園へと帰還していった。 『ドウデチ、このワタチの衣装のウツクチさは!!』 「とても、お似合いですよ」 高級分譲マンションの一室。 大きな姿見の前で一匹の仔実装が浮かれるように踊っていた。 色取り取りのフリルが悪趣味な程沢山ついたドレスを着て。 余程嬉しいのか、ピョンピョンと跳びはねている。 この仔実装、先程の親が一番最初に投擲した四匹姉妹の長女である。 時を長女が姿見の前に出てくる1時間前まで戻そう。 母親の投擲によって、上手くビニール袋に潜り込みこんだ彼女は。 (ワーイ、アマアマお菓子テチ、当然全部ワタチのものテチ〜♪) 言うまでもなく、ビニール袋内の菓子類をモリモリと食べながらこれからの飼い実装生活を夢見ていた。 (チプププ、遂に夢見た飼い実装テチ! あの糞蟲ママともアホヅラ妹チャン達とも永遠にお別れテチ!!) 一度だって食べる事を躊躇しない、だってこれは自分のモノだから。 一度だって自分を運んでるニンゲンの方を見ない、だってご主人様がわざわざ奴隷を省みる必要なんて無いから。 一度だって自分の考えやこれからの未来を描いたあまりにも出来すぎた夢想に疑問を抱かない、だってそれが実装石だもの。 喰った菓子を信じられないスピードで糞に変換しながら、実装石らしく幸福回路を全力回転させた。 (プゥ、腹一杯テチ、奴隷の家に着くまで一眠りテチ。とーぜん、奴隷のモーニングコールで目覚めるテチ、奴隷はご主人様に尽くすのが義務テチ) そして、仔実装は男が自宅であるマンションの一室に付き、ビニール袋を開くまでずっと眠りこけ続けた。 故に、気付くわけも無かった。託児に気付いてない筈であるビニール袋を持つ人間の男の目が、静かに自分を見下ろしている事に。 ビニールの中で菓子の食いカスと糞にまみれて眠っている自分を見下ろす男の微笑みに。 マンションのキッチンで男に起こされた長女は、挨拶代わりと言わんばかりに男に向かって叫び始めた。 今日今この瞬間からこの家はワタチのものである。 勿論、この家に住んでいるお前は私の専属奴隷である。 奴隷であるからにはワタチの要求には全て応えなければならない。 ご馳走を毎日毎食用意するのは当たり前。 専用の部屋と天蓋付きのふかふかベットを用意するのも当たり前。 マッサージとエステと入浴の世話をするのも当たり前。 少しでも命令に逆らったり世話を怠ったりしたら直ぐさま糞を喰わせて禿裸にしてやる。 解ったか馬鹿ニンゲン!! 虐待師や虐待紳士が聞いたら、感動に胸を振るわせそうな素敵言動。 一般人が聞いたら即座に虐殺派や虐待派に転向しそうなフレーズの数々。 だが、痛罵を真っ正面からぶつけられている男は、笑みを全く崩さずにうんうん頷きながら聞いているだけだ。 それどころか、近くに人が居たら正気を疑われそうな事まで言いだした。 「はい、可愛らしい仔実装様。貴方の奴隷になってもよろしいですよ」 『当然テッチュ、さぁこっちに寄るデチュ。今から隷属の儀式をしてやるテッチュ〜♪』 長女は自分が今まで入っていたビニール袋に手を突っ込み、山盛りの糞を片手に載せて手招きする。 実装石は相手の髪や頭部に自分の糞を塗りつけ、奴隷や下僕の証としている。 これから、男に対してそれをするつもりなのだろう。 「お待ち下さい。今すぐ、とは申してはおりません。実は、私には既にご主人様がおりますので、その方がいらっしゃる間は無理です」 『そんなの関係ないテチィィ!! 言うこと聞かないと唯じゃすまないテチ!!』 長女は喚きながら地団駄を踏み、憤慨のあまりブリブリとパンコンする。 癇癪を起こしたら止まらないタイプのようだ。見た目によっては可愛らしいと思える顔も、醜く顰められ見れたものではない。 『そのご主人様ってのは何処デチ!! 呼んできて土下座させてワタチの家から追い出してやるテチャアアア!!!』 「そう怒られてはいけませんよ……折角の可愛らしい顔が台無しではありませんか……あ、そうだ。こうすれば如何でしょうか?」 男の提案はこうだった。 男は実装石のご主人様にお仕えしている。 彼女がこの家の主で有る限り、男は長女に仕える事は出来ない。 ただし、今のご主人様がご主人様である事を辞めれば、繰り上がりで長女がこの家のご主人様になれる。 手段は問いません。説得するなり、力尽くで押し通すなりご自由に。 でも、私個人としては、可愛らしい貴方にお仕えしたいですね。 今のご主人様は我が儘で困っているのですよ。うふふ。 それを聞いた仔実装は当然の如く叫んだ。 『チププププププププ!!! それなら簡単テチューン!! 今すぐその低俗実装にワタチの威光を示すテチ!! きっと秒殺でお夜食の前にはワタチがご主人様テチュ!!』 流石実装石。夢想力と根拠のない自信は無限大。 かくして、長女はこの家の『ご主人様』に逢いに行く事になった。 「テッチューン♪ ププッチューン♪」 磨き上げられた銀盆に載せられた長女仔実装は浮かれていた。 あの後、風呂に入れられて体を清められた後、全身に甘い匂いがする香水をかけられた。 何でもばにらえっせんすと言われる香水で、選ばれた高貴なる存在しか付けてはいけないらしい。 その香水をつけて貰った長女はとてもご機嫌だった。 大量のフリルが付いた綺麗なドレスを着て、はしゃぎまくっている。 男曰く『ご主人様候補ですから、身なりを整えねばなりません』との事。 デンプンとオブラートと言う高級な生地を使ってるらしいそのドレスは、仔実装の自意識を大いに満足させた。 「テッテロエ〜ポエーチューチューン♪」 調子外れな歌を歌いながら、自慢の踊り(単に腰をくねらせてるだけ)を銀盆の面積全体を利用して披露する。 気合いを入れるに越したことはない。これからこの自分の家に先に住んでいる『ご主人様』とやらに逢いに行くのだから。 『チプププ、話し合いなんて手緩い真似はしないテチィ、逢ったら直ぐにブッコロチてやるティ! そして全部全部ワタチが独占してやるテチィ!!』 親に負けない幸福回路の凄まじさ、留まらぬ欲求。 既に仔実装の中では『前代ご主人様に会ったら直ぐさまぶっ殺してワタチがご主人様』に指針が決定されていた。 流石七つの大罪の体現者、生後半月程度の子供と言えども成体に勝るとも劣らぬ宿業振りである。 「それでは、暫く蓋を致しますので失礼をば……」 『テェェェ? 真っ暗テチュ、停電テチュ、奴隷、直ぐに電源供給するテチャァ!!』 盆の上に蓋をしただけの事である。 それでも浮かれていた仔実装にとっては大事であったらしく、中で駆け回り蓋に顔をぶつけてこけていたりしていた。 「落ち着いてください。ただ今よりご主人様の部屋に入りますので」 中から、なら直ぐに蓋を開けろ。ワタチの威光が遮断されるじゃないかと戯れ言が聞こえる。 男はそれを無視し、マンションの一室のドアをコンコンとノックする。 『入れ、デス』 「失礼致しますご主人……エリザヴェーテ様」 『デッスー……糞奴隷。それが今日のスイーツデスか。ゼリー寄せやカラメル焼きはもう飽きたデスゥ』 「ご安心下さいませ。本日は活きの良い野趣溢れる素材が手に入りましたので、きっと気に入って頂けると思います」 野太い声が、何やら男と話をしている。 この声が『ご主人様』なのだろうか。 長女が隠し持っていた爪楊枝を後ろ手に隠したのを合図にしたかのように、蓋が盆から引き上げられる。 「ヂャアアアアアアアアア!!! ……テェ?」 「デップププ」 威嚇の声を上げ、機先を制そうとした長女はそれを見てギョッとした。 隠し持っていた爪楊枝が、手から離れて盆の上に転がる。 あちこちが緑色に変色した天蓋付きベットと家具が置かれた窓の無い部屋。 丁度部屋の中央に置かれているソファに横たわりデスデス唸ってる肉の塊を見て長女は言葉を失った。 外観は『ジャバ・ザ・ハットを実装石化し高級ドレスを体格に合わせて無理に引き延ばしたものを着せた』感じ。 そんな馬鹿でかい、贅肉と脂肪で構成された飼い実装石がポッキーをボリボリ口の中で砕きながらこちらを見ていた。 『な、ナンテチャァァ、凄まじいデブテチ、まるで稽古放棄した国宝石テチィ!! きっと渾名は微笑みデブテチ!!』 「失礼な事を申されてはいけませんよ。この方こそ、我が家のご主人様であらせられるエリザヴェーテ様でございます」 「…………マヂ、テチカ?」 「ええ、大マジでございます」 「テ、テェェェェ……」 「では、失礼ながら仔実装様。始 め さ せ て 頂 き ま す 」 「え、何を、ワタチはこれからこいつをブッコロチて下克上を……テ、テェ」 脂汗をダラダラ流しながらも減らず口を叩き、男の顔を見上げていた仔実装の言葉が途切れた。 「テピャ!?」 野太いウェハースを総排泄口に素早く突っ込み栓をする。 メリメリという強烈な圧迫感すら伴う異物感に、長女は奇声を上げた後口をパクパクさせる。 その間抜けな程開いた口に、大振りなチョコボールがぎっちりと詰め込まれ。 何処からともなく取り出されたカミソリによって髪は一瞬にしてそり上げられた。 髪の代わりに生クリームがデコレーションされ、頭頂部にサクランボが載せられる。 文句を言う暇も与えられず、長女は大きく見開いた目をギョロギョロと動かし、手足をジタバタと動かした。 「さて、エリザヴェーテ様。準備は整いました。どうぞ」 『ブプ……まぁ、実に馬鹿そうな仔実装デスが、不味い菓子の代わり程度にはなるかもしれんデス』 男が促し、エリザヴェーテが面倒くさげに手を伸ばす。 (何するテチ、このデブ!! 高貴なワタチを何だと) 菓子が口にぶち込まれてる所為で口に出して悪罵出来ずに居る、長女を脂ぎった手でむんずと捕まえたと思うと。 「本日のスイーツ『仔実装の野趣風味デラックス姿盛』でございます。どうぞ お 召 し 上 が り く だ さ い 」 『ンガー、デッス』 グパリと広がったエリザヴェーテの咥内に、次女の頭が突っ込まれた。 「テ?」 広がる黄ばんだ粘液や汚い喰いカスがこびり付いたピンク色の世界。 凄く生臭い、吐き気を催す臭い。 それが、長女の見た最後の光景であり、最後に嗅いだ臭いだった。 「ンガクッ」 「ヂィッ」 ゴリッという鈍い粉砕音と共に、長女の意識は永久に遮断された。 『んー、まぁまぁだったデッスン。もう少し肉が引き締まっていて甘みがたっぷりしてれば及第点だったデス』 「申し訳ございませんエリザヴェーテ様。次は充分に虐待して肉を引き締め、体中にガムシロップを点滴してからお出ししましょう」 『デップップ、お前はグズで使えない糞奴隷デスが、少しは解って来たみたいデスね。そろそろ、糞奴隷から馬鹿奴隷に昇格させてやるデス』 「はっ、有り難き幸せ」 エリザヴェーテは仔実装が持っていた爪楊枝で歯の間を掃除しながら、自分が寝そべっているソファの前で傅く男の髪に糞を塗りたくる。 実装石に糞を塗りつけられるという常人なら発狂してしまいそうな状況にも、男は眉一つ動かさない。 優しげな微笑みは、全く崩れていなかった。 この部屋に入って来た時も、長女が食われている間も、エリザヴェーテに跪いている間も。 『スイーツも食べた事だし、食休みタイムデッス。糞奴隷は、部屋から出てワタシが呼ぶまで待機デッス』 「畏まりました。では、お休みなさいませ」 男は恭しく一礼し、ご主人様の部屋を退出した。 数個のモニターが並んでいる部屋で、男は静かにモニターの中で寝そべっているエリザヴェーテを見つめている。 汚れた服は既に着替え済み、汚らしい糞を塗りつけられた髪も既に洗浄され、整髪剤で整えられていた。 贅肉をブルブル揺らし、まるで岩場で昼寝する肥満症のトドのようなエリザヴェーテを監視カメラ越しにひっそり見守る男。 「本当に、本当にエリザヴェーテ様は『溺愛された』飼い実装らしくなって来られました。元が野良だなんて信じられませんね」 男は、相変わらず笑みを浮かべていた。 あまりにも表情が動かない為、不気味さすら感じる優しい笑顔を。 「いや、野良だったから、かもしれません。想定以上の舞い上がりっぷりに私も嬉しくて仕方がありませんよ……亡くなられたご家族もさぞお喜びでしょう」 ただ、その笑みが何かに取り憑かれたような高揚にすり替わっていく。 男の本性が、表に出始めたのかもしれない。 「………………そろそろ、頃合いですね。充分に『上げ』ました」 男の手には、いつの間にかバリカンと鋏のようなモノが握られていた。 『何の用デス糞奴隷? まだマッサージの時間ではなi』 「さぁエリザヴェーテ様、禿裸のお時間ですよ」 「…………デ、デェ!?」 表面上は何時もと変わらぬ笑みを浮かべた男の両手に握られたモノを凝視するエリザヴェーテ。 彼女は、まだ『落とし』の時間が始まった事に気付いてはいなかった———。 「す、すまんみんな。私がぼんやりしてた所為だな」 「「「「「…………」」」」」 実装石駆除会社『(株)ブルー・フタバード』の本社待機室。 普段ならこの時間、仕事を終えた実蒼石達がのんびりと寛いでいる時間……の筈だった。 だが、何故か部屋の中は気まずさと殺気に満ちていた。 初老に入った背広姿の男が頭を忙しく掻きながら、自分の右手にぶら下げているビニール袋を見ていた。 この男、この会社で営業部の主任を務めている。 実の子供が既に巣立ってしまった寂しさか、会社に属している実蒼石達を何かと気に掛けていた。 仕事帰りの実蒼石達にお菓子を配って上げるのも、主任の日課であった。 今日も営業先から本社に戻る際に、コンビニエンスストアで本日出勤した実蒼石達に食べさせるプリンを買ってきた。 それが、今彼がぶらさげているビニールの中身。いや、この場合、ビニールの中身だったと過去形にするべきか。 椅子にチョコンと座った5匹の実蒼石がビニール袋をじっと睨み付けている理由。それは、 「チププ、テチュチュ、テピ〜♪」 プリンが詰まっているビニール袋がガサゴソと動く。 同時に、寝言らしき声が聞こえてきた。どうやら、ビニールの中にプリン以外の存在が潜んでいる様子。 尤も、主任も実蒼石もそれに聞き覚えが有りすぎた。後者は主に絶叫や悲鳴、命乞いであったが。 「はぁ……不覚だったなぁ。ここいらは行政や店舗が対策立ててるから、大丈夫なもんだとばっかり思ってたよ」 溜息を付き、ビニール袋の中を改めて見る。 そこには、仕事に疲れた実蒼石達を癒すあまーいプリンが五つ入っている筈だった。 だが、今は緑色のクソで満たされたプリンの容器が転がっているだけ。 加えて言うならば、プリンを食いクソを放った小汚い仔実装が仰向けになって食休みの真っ最中。 (そう言えば、託児や商店荒らし対策の為の実装石駆除強化キャンペーン来週からだったよなぁ) アレを企画、推進したのは自分である。その自分がよりにもよって託児に遭うとは。 情けない限りである。おまけに、実蒼石達にまでお説教を貰う始末。 『主任も気をつけてくださいボク。この緑蟲は、気を抜けば油虫みたいにどこからともなく湧くものですボク』 『姿が見えないからって油断しちゃ駄目ボクゥ。こいつら程生き汚い存在は無いボク』 「あ、ああ、解ったよ」 実蒼石達のお説教を受けタジタジになった主任は、 「あー、新しいプリン買って来るから、それまでこいつで気を紛らわしててくれ。な?」 と仔実装をスケープゴートに差し出す。 そもそもこの馬鹿たれが勝手に袋に入り、プリン喰った挙げ句に糞をひりまくってくれやがったのだから。 故に彼女達の怒りを喰らう必要があるのは、原因を作り出した仔実装である。そう、主任は結論付けた。 テーブルの上に、コンビニのビニール袋ごと仔実装が放り出される。 かなりの衝撃が与えられた筈だが、それでもまだ仔実装は眠ったままだった。 ギリギリと歯軋りをし、小汚い服に手を突っ込んでポリポリと掻いている。 不貞不貞しいのか、単に鈍感すぎるのか、もしくは両方なのか。 こめかみに青筋を走らせた5匹の実蒼石が各々のシルクハットに手を入れる。 するりと取り出したるは、本日も実装石の血肉を切り裂いて来た大振りの鋏。 彼女達は、駆除班の中でもベテランだ。少なくとも4桁の実装石を屠ってきている筈。 チームの統計を取れば万に届くかもしれない。 (自業自得とはいえ、哀れなモンだ) 殺すだけなら簡単だ。 首を鋏でちょん切り、偽石を裁断するか砕いてしまえばいい。 だが、そんな生易しい終わらせ方を怒れる実蒼石が選択する筈は無い。 特にプリンが大好きなリーダーのアヲイは、鋏を使った拷問術を修得している。 それなりに賢い実装石を狩り出す時に、同属からその実装石の情報を聞き出す為だ。 生かさず殺さず。最大限の苦痛を最小限の肉体的負担で与える。 しかも、絶妙な加減を加える事と、実装石の意識を言葉巧みに誘導する事により拷問で偽石を崩壊させた事は無い。 まさに拷問のプロフェッショナルな実蒼石である。 そんな彼女の『仕事の後のお楽しみ』をこの仔実装は奪ったのだ。 楽に死なせて貰うなんて夢のまた夢。トコトン極限までこの世の地獄を謳歌させられる事請け合い。 (と言うか、そろそろ起きろ) 二十秒ほど黙って仔実装が起きるのを待っていた実蒼石達だが、痺れを切らしたらしい。 アヲイが軽く目配せをすると、隣りに居た実蒼石がテーブル上に常備してあるリポDを取りに行った。 アヲイがそっと鋏を突き出すと、ビニール袋の上で寝っ転がっている仔実装の全身を鋏の先端ですーっと隈無く撫でていく。 「ボク」 ピタリと先端が実装石の後頭部辺りで止まった。 ツッと鋏の刃を小さく開き頭の表皮に押し当て、アヲイは静かに開いた刃を再び閉じる。 何も起こらない。見た目、実装石には傷一つ無いし、実装石も悲鳴一つあげない。 「おー」 だが、次の瞬間主任は感嘆の声をあげた。 実装石の後頭部に線が走り、頭蓋がくばりと開いたからだ。 血すら出ない、まるで血が抜けきった死体を解剖してるかのようだ。 その開いた傷口から、偽石が見える。アヲイはその偽石をそっとつまみ出すと、隣りに居た実蒼石が蓋を開けたリポDの中へと沈めた。 これで、この仔実装は半端なストレス死や肉体の損傷による死から免れる事が出来る。 だが、それが必ずしも幸せだったりする訳ではない。 特に、死にたくなるような辛い目を味合わされている時とか。 頭の傷をそっと摺り合わせると傷は跡形も無く消えた。 細かい理屈は解らないが、出鱈目な実装石の回復力とアヲイの神懸かり的な技量の賜だろう。 傷が残ってないのを見て満足げに頷いてみせたアヲイは、今度は実装石の足に向かって鋏を突き立てる。 今度は、かなり乱暴に。しかし、大きな血管は避け足を寸断しないように加減はしながら。 「テッギャアアアアアアアアアアアア!!!」 足から来る激痛で流石に目が覚めたのか、仔実装が飛び上がった。 血を景気よくドパドパ出しながら喚き立て、ついでとばかりにパンコンまでしながら怒り狂う。 『誰テチ! 未来の飼い実装にして女王様であるワタチに怪我させるなんて不届き千万テチ! シチュー掻き回しの後、肛門ドトメ打ち……テ』 あまりにアレな発言に主任はげんなりし、リンガルを切った。 何時も思うのだが、まだ生後間もない幼児でさえこんな汚らしい言葉遣いをする実装石ってどんな教育をしているのだろうか。 そしてげんなりするような発言をした仔実装はと言うと、周りを囲んでいるのが同属や人間ではなく。 「「「「「……ボク—ゥ?」」」」」 彼女達実装石が遺伝子レベルで恐れている存在、実蒼石である事にようやく気付いた。 しかもその表情は険しく、アヲイに至っては怒りを通り越して微笑んですらいた。 その心はただ一つ。『絶対に許さないよ?』 「テェェェェェェェェェェ!!!!」 ムンクの叫びよろしく絶叫する仔実装。 無理も無いだろう。 腹一杯プリンを食べて糞を放りだし、既に飼い実装確定と天にも昇る勢いで浮かれ上がり。 実装生において最高の睡眠を邪魔だてされて罵声を上げながら飛び起きてみれば、自分の周りを天敵が包囲してたのだから。 仔実装が脳内で夢想していた、自分に傅くニンゲン達と山盛りのご馳走、快適な自分専用の城なんて何処にも無い。 素っ気ない部屋の中、自分に対して殺気を放ってくる五体の実蒼石が居る。 それが、仔実装の置かれた現実だった。 「デ、チャチャ、チャアアアア、ヂャアアアアアア!!」 辺りを蒼白な面持ちで見渡していた仔実装が主任を見て何やら騒ぎ立てる。 実装石用のリンガルを起動させるまでもない。自分を助けろと言っているのだろう。 尤も助ける気なんて更々無いし、もし助けようものなら自分まで彼女達に制裁を加えられそうだ。 食べ物の恨みは恐ろしいからな、うん。 そう、自己完結すると、主任は素早くドアを開け、部屋の外に体を押し出す。 「あー、その、なんだ。恨むンなら無責任な託児なんぞした親を恨めよ?」 「ヂャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」 ガチャン。 待機室のドアが閉じる。 背後で始まった拷問大会から意識を背けつつ、主任は再びコンビニへと直走っていった。 1人の男が、夜の公園をゆっくりとした足取りで歩いている。 色素の薄い長髪の男だ。時代錯誤を感じさせる袴姿で、頭には編み傘まで被っている。 両手にはコンビニエンスストアのロゴが印刷されたビニール袋がぶら下げられていた。 片方には、お握りやらサンドイッチなどが入っている。 もう片方には、2匹の仔実装が入っていて、猛烈な勢いで食事中だ。 『ンマンマテチィ、ご馳走食べ放題テチィ!!』 『今日からはフルコーステチ、ニンゲンドレイの食べ物食い放題テチ!!』 袋の中の食物を次から次へ口に放り込み咀嚼しているこの仔実装。 あの親実装石が託児した最後の姉妹であり、三女と四女だった。 何故2匹同時に預けられたかと言うと、別に深い意味は無い。 託児のタイミングを計るのがめんどくさくなった親実装が、纏めて投げただけの事。 『チップー、全部食べちゃったテチ、後はウンチだけデッチー』 『おいバカニンゲン、お代わりをヨコステチ、そっちの袋にワタチ達を移すテチ!』 男は求められるままにもう一つの袋の中に仔実装を移してやり、大量の食料を与えた。 大喜びの三女と四女は、明らかに己の体積の倍は軽くある食物を次々に平らげ、緑色の糞に変えていく。 途中までは糞を流しながら食べていたが、最後の方は体の中に蓄える事にしたらしい。 ほんの少し前までは痩せぎすな薄汚い野良仔実装だった三女と四女は、肥えに肥え丸々テカテカになっていた。 『チップー、お腹一杯テチー』 『ドレイ、夕食はこれぐらいで満足してやるテチ、ワタチ達の夜食を用意しておくテチ。手を抜いたら糞喰わすテチ』 高貴なアタチ達が献上された貢ぎ物を喰ってやったんだから有り難く思えと言わんばかりの尊大な態度。 常人なら即座に叩き潰しかねないのだが、男は柳に風と言わんばかりに涼しげだ。 尚も続く2匹の罵声と要求を他所に、男の歩みは止まらない。 鼻をピクピクとひくつかせ、鋭い視線を彼方此方に巡らせながら男は公園を一周した。 その間にも仔実装達は喚き続ける。 何故、この公園から出ないのか。 飼い実装である自分達は、もうこの忌まわしい公園に住む必要は無いのだからと。 そう、この公園は冒頭の親実装が住んでいる公園。姉妹の故郷なのだ。 『こら、聞いてるのかバカニンゲン、バカだから聞いてないのか返事するテチ!!』 『いい加減にするテチ、小汚い公園からさっさと出ないと糞蟲ママに見つかっちゃうテチ!!』 仔実装達の罵倒は止まらない。 顔を真っ赤にし、陰干しした梅干しのように皺だらけに歪めている。 いよいよ怒りが極まったのか、パンコンした糞を手にして男に投げつけようとした頃、男の歩みが止まった。 眼前には多数のダンボールハウスが軒を連ねている場所。 仔実装達の目に、見覚えのあるダンボールハウスが見えた。 間違いなく自分達の家。あの糞蟲親実装と自分達が住んでいた家。 飼い実装(自称)である自分達が棲まうに相応しくない、あばら屋。 何故、男が親実装の居場所を突き止めたのか、子実装達には解らない。 ただ、自分達があそこに戻されるかどうか、それだけが問題だった。 『ヂュアアアアアアふざけるなテチィ、ワタチ達は公園生活を脱したんデチィ!!』 『そうデチ馬鹿ニンゲン、あんな小汚い家なんて金輪際願い下げテチィ。さっさとお前の家に連れて行くテチィ!!』 あんな場所に戻されて堪るものか。 途端に喚き出す仔実装をそっと袋から取り出す。 テカテカした肌から盛んに汗を垂れ流しながら、ギャンギャンと喚く2匹の仔実装を左手の掌に静かに載せた。 『聞いてるのか馬鹿ニンゲン!!』 『いい加減にしないと喰い殺して糞にしちゃうデチィ!!』 尚も歯をむき出して威嚇し、唾を飛ばしながら罵倒する仔実装達。 そんな、糞蟲全開の仔実装を見下ろす男の目が静かに細められた。 薄い唇が開き、低い声音が流れ出す。 子実装達が初めて聞いた、男の言葉であった。 「私に託児されたお前達を返す為に来た。お前達の、母親にな」 それからの事は、全て一瞬だった。 仔実装達が罵倒を返す暇も、逃げる間も無かった。 2匹が気付いた時には、全てが終わっていた。 細かった男の目が、クワッと見開かれたかと思ったその瞬間。 頭巾、前掛け、服、パンツ、靴を瞬時に剥ぎ取り細かく引きちぎる。 前髪、後ろ髪を一本残らず引き抜く。しかも頭皮には掠り傷すら付けぬ。 仔実装2匹の総排泄口に指を突っ込んで即効性・超ドドンパを胃袋に直接押し込み、天蓋の開いたダンボールハウスへ華麗にシュート。 彼は、一連の動作をただ素早くこなした訳ではない。 全く『同時に』行った。 仔実装2匹は男に抗議する両手を振り上げた姿勢のまま。 自分が禿裸になった事も、空中を遊泳してる事にも気付かずに自宅のダンボールハウスへと吸い込まれて行った。 「デジィィィ!!」 「デチャァァ!!」 「デギャギャァァァ!!??」 重力による自然落下で帰宅した子実装2匹を、無防備な状態で受け止めたらしい親実装の悲鳴が男の耳に届く。 続いて、『バコン!!』という派手な爆発音が連続で響き、ダンボールハウスから2本の緑色の糞柱が高々と舞い上がる。 肥えに肥えた仔実装が放りだした雨と表現してもいい量の糞が、周囲の家々に降り注き一帯を緑色に変えた。 内部からの爆発によって著しく変形しあちこちからエレエレと緑色の汚物を垂れ流すダンボールハウスを見て、男は涼しげに微笑みながら呟いた。 「秘業———託児返し」 ひたすらに実装石に託児され。 ひたすらに実装石に仔蟲を叩き返して来た男が辿り着いた境地。 ひたすらに仔実装を禿裸にして親元に投げ返して来た男が生み出した奇跡———多重次元屈折現象。 男の一途な虐待精神は、男の実装石に対する一心不乱な負の感情は世界の摂理すらも歪めたのだった。 「さて夜もまだ宵の口、今一度コンビニへと参るとするか。次の託児が私を待っていよう」 ゆるりとした動作で、着流しの男は踵を返した。 物音ひとつしない糞まみれのダンボールハウスには一瞥もくれない。男の興味と虐待の範疇から外れるからだ。 しなやかに振り上げられた手の平から、細かく引きちぎられた実装石の着衣が紙吹雪の様に舞う。 脂ぎった雲脂だらけの髪の毛がハラハラと夜風に吹き上げられる。 それはあたかも、男の偉業を讃えるかのように夜の公園に舞っていた。 何時までも。何時までも。 完
1 Re: Name:匿名石 2023/09/24-16:34:59 No:00008011[申告] |
くっさ |
2 Re: Name:匿名石 2024/08/01-22:19:25 No:00009274[申告] |
下げを上回る上げしたら意味ないだろ |