その日、公園の北側は、資源ゴミの回収日だった。 「ちくしょぉぉ、やっと死んだか…手こずらせやがって…」 男が見下ろした下には大きめのダンボール箱。 その中で泡にまみれてゴキブリが死んでいた。 朝、台所に現れてより小一時間、洗剤片手、いや両手に二丁拳銃よろしく構えた男と、 ゴキブリの死闘がやっとおわったのだった。 結果、物入れに使おうとしていた比較的マトモなダンボール、ゴキブリの最後の逃亡先は 洗剤まみれとなり、使い物にならなくなっていた。 「まあ、捨てるしかないよな…」 そもそもゴキブリが逃げ込んだ箱なんて使いたくない。 空になりかけた洗剤の容器を畳んだダンボールに隠し、男はまるごとゴミ捨て場に運んでいった。 ゴミ捨て場に、緑の影が現れた。 ********************************* その日、公園の西側は、燃えないゴミの回収日だった。 「やっちゃった…」 女は足元に広がる光景に落胆した。 見た目に惹かれてちょっと無理して買ったワイングラス。 それをテーブルから落としてしまったのだ。 朝食に高いオレンジジュースを開けたから、グラスに拘ってみたら… 朝からついてない、が、時間に余裕もない。 手早く破片を集めとり、濡れたタオルで床を拭いた。 大きな破片は袋に詰めて、小さな破片もタオルごと処分する。 女は出社ついでにゴミ捨て場にそれらを捨てて行った。 女がいなくなったあと、電柱の影から実装石が顔を出した。 ********************************* その日、公園の東側は、燃えるゴミの回収日だった。 「これもダメか」 だんだん暖かくなり、食べ物がダメになる。 日を置いた食べ物を処分した男は、思いついて薬箱を見てみた。 埃にまみれていつのものかわからない錠剤がごちゃ混ぜになっている。 「あー、こりゃいかん」 埃をかぶったばかりか、包装が破れて外気に晒されたピンクの小粒まである。 男はそんな薬粒をゴミに混ぜて捨てていった。 今ならばまだ回収に間に合うだろう。男は袋を縛り上げた。 男が捨てた袋に一匹の仔実装が駆け寄った。 ********************************* その日、公園の南側は、ゴミの回収日ではなかった。 「これでいいかな?」 朝のほんの僅かな時間、出社前の父親と共に一週間かけて作った工作。 少年はボンドで止められた小さな本箱を見つめていた。 「ああ、初めてにしちゃ上出来だ」 父親が褒めてくれる。 少年は嬉しくて、本棚を持ち上げようとしたが、父親に止められた。 「あまり動かさないほうがいい。日陰でボンドを乾かそう」 少年は素直に頷くと、本箱をそっと縁側の隅に移動させていった。 父親はその間に、適当にボンドで汚れた新聞紙と、使いさしのラッカーを袋に纏めた。 袋は、庭の隅に放置された。 庭の影からその袋を凝視していた仔実装は、誰もいないことを確認すると行動を開始した。 ********************************* その日、公園の中ではあくまで平和な時間が流れていた。 そんな平和な時間の中、一匹の親実装が胎教の歌を歌っていた。 「♪デッデロゲー デッデロゲー 早く産まれて来るデスゥー ♪こっちの世界にはママと優しい4匹のお姉ちゃんがいるデスゥー ♪暖かいし安全だし食べ物もいっぱいあるデスゥー」 やや小ぶりなダンボールハウスの中、親実装はうっとりと目を細めた。 先に産んだ4匹の子供達は、ほんとうに優しく育った。 身重な母親のために、方々に餌を集めに行き、あるいは道具を巣に持ち帰る。 今日もいよいよ出産を控えた母親のために、4匹共に探索に出ていた。 南に向かった仔が戻ってきた。 「ママ、新聞紙がいっぱい見つかったテチ! ひんやりする缶もあるテチ!」 親実装は喜んだ。この時期は湿気が多いため、寝床に敷く新聞はすぐダメになってしまう。 更に、野良にとってわずかでも涼をとるアイテムは貴重品なのだ。 東に向かった仔が戻ってきた。 「ママ、ご飯いっぱい見つかったテチ! みんなの分と、赤ちゃんの分もあるテチ!」 親実装はとても喜んだ。出産後は実装石とてすぐには動けない。 これだけあれば当分はもつだろう。それに袋の隅をみれば、小さな飴のようなものまで見える。 西に向かった仔が戻ってきた。 「ママ、きれいなお布団持ってきたテチ! これで赤ちゃんを寝かせることができるテチ!」 親実装はとてもとても嬉しかった。産まれてくる仔の布団が出来たことばかりではなく、 この仔が妹のことを大切にしてくれる優しい仔に育ったことを改めて実感したからだ。 北に向かった仔が戻ってきた。 「ママ、大きなおうちが見つかったテチ! 家族が増えてもこれで大丈夫テチ!」 親実装は感動で涙を流した。両手で4匹の子供を抱きしめた。 「ママは幸せものデスゥ こんなにいい仔をいっぱい授かって こんなに嬉しいことはないデスゥ」 「「「「テチィィィ♪」」」」 子供達はとろけるような顔で母親の体温を感じていた。 この大きなお腹の中には妹たちがいる。 産まれてきたら、うんとやさしくしてやろう… 幸せな家族の肖像がそこにあった。 子供たちが力をあわせて新居を組み立てた後、親実装の両目が赤く揃った。 公衆トイレで産まれた新しい子供は仔実装3匹に親指2匹。 4匹の仔実装…妹が生まれたから姉実装だ…と力をあわせて粘膜を嘗め取り、新居に運んでゆく。 新しい新聞紙が敷かれた新居の中、タオルの中に3匹をそっと横たえる。 すでに授乳が終わった赤ちゃん実装達はすぐに寝入ってしまった。 「みんな、お疲れ様デスゥ それじゃご飯にするデスゥ」 「「「「テチィー♪」」」」 東へ行った姉実装の持ち帰った袋の中にはほんとうにいろんなものがあった。 色がわるくなった豚肉、袋半分もあるかびたパン、しおれた野菜、 しけったスナック、固くなったおにぎり… 分けなくても余るほどの食糧。親実装とてこれほどの量は見たことがない。 親子5匹は舌鼓をうちながら晩餐を愉しんだ。 そして、ピンク色の小さな粒を取り出すと、親実装は姉実装たちにそれを与えた。 「ママ、これはなんテチ?」 「これは、飴と言うデス。嘗めると甘くて美味しいんデス」 「ママは食べないんテチ?」 「ママは要らないデス。お前達で分けるデス」 見れば、ピンクの粒は6つあった。 「分けられないテチ」 「ふたつ余るテチ」 「ママも食べるテチ」 「体の大きなママが2つ食べれば問題解決テチ」 8つのつぶらな視線が親実装に集まる。糞蟲とは縁遠い言葉。 感動と共に、親実装は姉実装たちと一緒にピンクの粒を味わった。 ********************************* 悲劇は夜中に起きた。 お腹が痛い。 そりゃ猛烈に痛い。 親実装は我慢できずに起き上がった。 暗闇の中、出口を探すが、慣れない新居に増えた家族。 親実装が手探りで動くと、そこには新しい子供たちが眠るタオルがあった。 愛しく思うが、今はそれどころではない。 外に行かないと…外にあるトイレ穴に行かないと… 慌てた動作が、タオルをちょっと動かしてしまう。 硝子の破片をたっぷりと隠し呑んだタオルを。 「テチャァァァァァァ!?」 「テァァァァァァ!」 子供たちの悲鳴に驚愕する親実装。 何が起こった!? 敵!? でもわからない。 子供たちの安全を確かめなくては! タオルを持ち上げ、子供たちに呼びかける。 「どうしたデス! なにがおこったデス! どこか悪いんデス!?」 揺さぶったタオルの中から、親指実装の首が一つ転げ落ちた。 吹き出す血。 「な、な、な、何がおこったんデスゥゥゥゥゥゥ!!?」 産まれた我が仔の血を顔に受けて親は絶叫する。 揺さぶられたタオルの中から悲鳴が続く。 「痛いテチ痛いテチ痛いテチ!」 「あんよがどっか行っちゃったテチ!」 「お腹になにか刺さってテチャ! 」 「目が見えないテチ お姉ちゃん暴れると見えテブ」 ダンボールの隙間から差し込んだ僅かな月明かりの中、 仔実装たちの体が破片になって床に散らばる。 「デギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」 親実装の悲鳴に4匹の姉実装たちも目を覚ました。 目を覚ましたと同時に猛烈な腹痛に気がついた。 「ママ、ママ、どうしたテチ!」 「何が起こったテチィ! お腹が痛いテチィ!」 「テェ! 妹ちゃんがバラバラになっているテチィ!」 「ウンチ漏れるテチィ 外に出るテチ!」 それぞれの思惑と共に動き出そうとするが、新聞紙にしみこんでいた木工ボンドが 寝ている間に髪に絡まり接着し、姉実装達は身動きが出来なくなっていた。 「ママを助けるテチ!」 「窓をもっと開けて光を入れるテチ!」 「それよりもママを取り押さえて落ち着かせるテチ!」 「でも体が動かないんテチィィィィィィィ!!!」 新聞越しにダンボールの床に固定された姉実装達にできることはない。 その頃、親実装の体に変化が起こっていた。 我が仔の死骸から噴出した血を浴び、両目が赤く揃う。 異常な気配に親は何かに気づいたが、ただでさえピンクの小粒が腹に効いている状態。 「デジャァァァァァァ!?」 しまりのなくなった総排泄孔から蛆実装があふれ出る。 「♪テッテレー」「♪テッテレー」「♪テッテレー」 「♪テッテレー」「♪テッテレー」「♪テッテレー」「♪テッテレー」 「♪テッテレー」「♪テッテレー」「♪テッテレー」「♪テッテレー」「♪テッテレー」 「な、な、な、仔が、仔が、仔が産まれるデスゥゥゥゥゥゥ!?」 出産の勢いではない。小粒効果でジェット噴射のように蛆実装があふれ出る。 親実装は反動でよろめいて、ダンボールの壁面にへたり込んでしまう。 その壁面には洗剤の容器が隠されていた。 プピュッとあふれ出る洗剤。発生する塩素ガス。 そのガスは希薄なものであったが、貧弱な蛆実装が死ぬには十分な毒性があった。 「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」 「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」 「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」 まるでテトリス4段消しの効果音のような産声+断末魔を上げて死んでゆく蛆実装。 床がどんどん蛆実装の死骸で埋まってゆく。半端ない量だ。 そしてその圧力で、親実装が抱き枕の代わりに使っていたラッカー缶…赤いラッカーの噴射口が押された。 ダンボールハウス中に赤いペンキがぶちまけられる。 「デギャアアアアアアア!?」 「「「「テチィィィィィィィ!?」」」」 親実装ばかりでなく、姉実装の顔にも吹きかかる赤ラッカー。 床の上で逃げることも出来ずに便意をこらえていた姉実装。 ようやく目の色が戻ろうとしていた親ばかりでなく、4匹の姉実装達の股間からも蛆が飛び出した。 「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」 「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」「♪テッテレプゥーン」 「♪テッテレテッテレテッテレテッテレテッテレテッテレテッテレテッテレプゥーンプゥーンプゥーンプゥーンプゥーンプゥーンプゥーンプゥーン」 「仔が、仔が、仔が止まらないデスゥゥゥゥゥゥ!」 「蛆ちゃんテチィィィィ! みんな死んでるテチィィィィ!」 「ブルーじゃないテチィィィ! マタニティレッドテチィィィィ!」 「ノンストップ蛆ちゃんテチィィィィィィィ!」 「確変継続中テチャァァァァァァ!」 溢れかえる蛆実装の死骸。 吹き続ける赤ペンキ。 発生する塩素ガス。 猛烈な速度で繰り返される出産+加速させるピンクの錠剤。 「デ、デ、デ、デビャブォォォォォォォ!」 「「「「テチャィァァァァァァァァ!!」」」」 夕食にたっぷりと栄養を取った5匹の悲劇は、まだまだ終わりそうにはなかった。 ********************************* 次の日、公園の周囲でゴミの回収はなかった。 代わりといってはなんだが、朝も早くから一人の不審な男がバールの(r を持って公園をうろついていた。 男は虐待初心者であった。少々身の回りで嫌なことがあり、イライラしたので、 噂の実装石いじめでストレスを発散しようとしてみたのであった。 茂みの中に真新しいダンボールがある。かなり大きめだ。 「さーて、それじゃ一発、デビュー戦に付き合ってもらうとしますか」 男は箱を開けて 驚愕した。 箱の中は蛆実装の死骸で溢れかえっていた。 蛆実装の床の上にはバラバラに刻まれた仔実装の死骸が何匹か分。 その真ん中には、血涙を流しつつ絶叫の表情も生生しい親実装が、首だけ出して絶命していた。 さらに周囲を取り巻くように、親実装のミニチュアのような仔実装の顔が4つあった。 そして男が箱を開けたせいでダンボールの耐久力がもたなくなり、 壁面の破れ目から蛆の雪崩が起こった。 「オェェェェ… ヒデエことする奴がいるもんだ…これが虐待師の仕業って奴か。 都会はこええや、おとなしく田舎に帰ってべこでも育てるべえ」 男は逃げるように公園を後にした。 完