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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】
“初期実装”の子供を捜すため、“実装石”のいる異世界を旅行する羽目になった弐羽としあきは、
8番目の「実装人の世界」に辿り付いた。
外観の違いから警戒され、さらには「魔道師ギルド」と呼ばれる謎の組織により拘束監禁されて
しまったとしあき達は、ビドゥという魔道師の依頼を受けて“グランマイスの聖者”と呼ばれる存在への
接触を図ることになった。
一方、アドベンチャーギルド・メルティスに所属するヒスイとルリは、携帯から出現した初期実装に
としあき奪還の依頼を受ける。
魔道師ギルドの中からとしあきとぷち、ミドリを連れ出すため、一同は古代魔法を用いた奇策を
講じることになったが……
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じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第8話 ACT-3 【 バケるミドリ 】
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ここは、ランファース寺院地下にある、特殊治療室。
ぷちとミドリは、それぞれ精密な魔法調査を受けることになっていた。
「偽石」という実装石の特殊内臓器官には、その個体が見聞きしてきた情報が独自のフォーマットで記録されており、
実装人は魔法を使用することでこれを読み出すことが出来る。
もし彼らが「魔」と称する“街に害を成す存在”またはそれと接触した事のある者だった場合、それも偽石から読み取れる
のだ。
当然、これを行うためには偽石に相当な負荷がかかってしまうため、下手をすると施術中に耐えられず自壊してしまう危険
もある。
ぷちの偽石をわざわざ補強したのも、そのためだった。
たとえバカでアホでマヌケなウンコタレな個体でも、この方法なら例外なく正確な情報が得られる。
だからこそ、偽石を持つぷちが重要視され、逆に偽石のないミドリは度外視されたのだ。
「偽石の復元作業終了」
「デバイスの使用にも耐えうるよう、耐久性も高めた。
これで、この者の素性は確認できる」
「問題は……こっち、どうしよう?」
二人の白衣の魔術師は、困った顔を見合わせる。
ぷちと共に台の上に乗せていた実装石ミドリが突然息を吹き返したまでは良かったが、すぐに昏睡状態に陥ったのだ。
顔色は土気色に染まり、四肢はピクピクひきつり、呼吸さえもあやうい。
要するに、今にも死にそうなのに死なないという不思議な状態にある。
無論、白衣の魔術師達も思いつく限りの術を施したが、全く効果が得られない。
散々考えた結果、「偽石がない以上、正体を調べようがない」と判断し、二人の白衣の魔術師達はミドリを“廃棄”すること
で同意した。
「かわいそうだがやむを得ない、実装石などに時間をかけている暇などない」
「ビドゥ様も、適当に扱って良いと申されていた。
我々が殺すわけではないのだから、問題はないだろう」
身体を白い布に覆われたミドリは、部屋の隅に放り捨てられてしまった。
ただでさえ呼吸が弱々しいのに、更に分厚い布で包まれたため、ミドリは本格的に死と直面しつつあった。
薄れ行く意識の中、ミドリは、全身全霊を込めて——としあきを呪った。
“ク、クソドレイめぇ〜! そもそもあいつがしっかりしていれば、ワタシはこんな目に遭わずに済んだデス!
絶対に許さないデス、今度逢ったら、ギタギタのベチョベチョに汚してやるデスウゥゥゥッ!!”
心の中の叫びは、誰の耳に届くこともなく闇の中にかき消えていく。
やがて、全身の感覚が薄れ始めたミドリは、もう何もかも諦めて、運命に身を委ねることにした。
“ああ、こんな訳のわからない世界で、独り寂しく朽ち果てるなんて……無念デス……”
——カワイソウ——
ミドリの意識に、何者かが呼びかける。
真っ暗な闇の中、ポツンと輝く薄紫色の光。
それは徐々に大きくなり、まるで心臓の鼓動のように脈動を開始する。
“だ、誰デス?!”
——カワイソウ……そのまま死んじゃうなんて、カワイソウ——
“誰デス、どこから呼びかけてるデス?!”
——私は、あなたの、傍にいる——
不思議な声は、とても穏やかで優しく、それでいてどことなく不気味なものを感じさせる。
だが、今や掠れて消えそうな意識となったミドリには、そんなことは関係ない。
ミドリの意識に、何者かの「手」をイメージさせるものが触れる。
——タスケテアゲル
“えっ、マジデス?”
——力を、貸してあげる
“それは願ってもない事デス!
貸すんなら、とっとと貸しやがれデス!”
「手」が、そっとミドリの腹に触れる。
「手」は、ミドリの腹部にズブズブとめり込んでいくのだが、なぜか苦痛は感じない。
それどころか、ミドリは先ほどまでとは全く異なる、たとえようのない幸福感を味わっていた。
“ホワワワ〜、なんか気持ちいいデス、もっとするデス〜”
——あなたの石、あった場所、ミ・ツ・ケ・タ
「手」が、突然ミドリの頭の中に滑り込んだ気がした。
脳内を直接手でかき回されるような、それでいて優しく包まれるような、苦しいような嬉しいような、訳のわからない感覚が
迸る。
ミドリは、いつしか言葉を失い、目の奥に鈍く輝く薄紫色の閃光を見た。
デスっ!
白い布を振り払い、ミドリは息を吹き返した。
土気色の肌は通常のプリプリに戻り、全身に力がみなぎる。
鼻をピスピス鳴らすと、ミドリは白衣の男達を睨みつけた。
見えない手に抱きかかえられたようにフワリと宙に浮かぶと、左目だけをカッと見開く。
その左目は、緑色ではなく、金色に変化している。
「何事か?!」
白衣の男達は、目の前の光景に驚愕した。
不敵な微笑みを浮かべながら滞空するミドリは、ゆっくりと接近する。
「まさかこいつ…」
「“魔”だ! こやつが“魔”だ!」
「ワンドを! ワンドを早く!」
白衣の男達は、慌てて部屋の奥に走り、壁にかけられていた捩れのある木の棒を携える。
だがそれより早く、ミドリは——否、彼女の中に宿った者が呪文を詠唱した。
take go into the root of Ancient-Evil curse logic.
set “Anti-Magic Shell” Ready.
formation with which it widely covers.
前方にかざした右手の周囲が、一瞬僅かに歪む。
「“魔”よ、退け! Lightning!!」
「Lightning!!」
白衣の男達が突き出した木の棒の先端に光の玉が出現し、激しい電撃が発生する。
だがそれは、ミドリの前方の空間で不自然に遮られ、男達に反射された。
「な、な……うわぁぁぁ!!」
「兄者!?」
白衣の男の片割れは、二発分の電撃に直撃され、あっさりと倒された。
まるでコントのようにチリチリパーマになった髪を見て、ミドリは愉快そうに笑った。
“デプププ!こいつぁ愉快デス! まるで無敵になったような気分デスー♪
よーし、もう一人の奴もビリビリのビバビバにしてやれデスー!”
白衣の男は、棒をかざしながら室内を逃げ回り、必死でミドリの側面に回りこもうとする。
男の様子をあざ笑いながら、ミドリは常に彼の方を向くように旋回した。
電撃を放ち、反射され、それをかわしてまた回り込む、という堂々巡りを数回こなした後、だんだん疲れてきた男は、
やがてぷちの横たわる台座の影に身を隠しながら、電撃を放とうとした。
「くらえ! Lightning!!」
“無駄デス!”
放たれた電撃はまたも弾かれ、男へ戻っていく。
だが、男が咄嗟に身を伏せたため、電撃は——
“あーっ!! ぷち!!”
薄暗い部屋を真昼のように明るくするほどの閃光を放つ電撃は、真っ直ぐにぷちの胸——偽石のある辺りを直撃した。
瞼を閉じていた筈のぷちが、カッと目を見開き、全身を激しく振るわせる。
やがて、シュウゥゥという何かが焦げるような音がして、ぷちは目を開いたまま動かなくなった。
「し、しまった!」
“デ、デエェェェェェェェ?! ぷちが死んじゃったデスウゥゥゥ?!
てめえぇぇぇ!! よくもおぉぉ! ぶっ殺してやるデジャアアァァァァッッ!!!”
「ひ、ひいぃぃぃぃっっ?!」
実装石は、全身からドス黒いオーラのようなものを発し、怖気が走るような凄まじい形相で男を睨みつける。
と同時に、突然木の棒の魔法が暴走し始め、白衣の男の意志に関係なく勝手に電撃を放ち始めた。
「ぐ……?! ウ、ウバウバウキャキャチラチラオポッポウバウバウキャキャポイドンガラチッタカポイ?!?!」
先ほどまでとは比較にならない程の大電流が迸り、直撃を受けた男は意味不明な言葉を口走る。
たっぷり十数秒間も流れ続けた電流は、男の外観がわからなくなるほどに“焼き焦がし”た。
白い台の上にふわりと降り立ち、ミドリは、ぷちの肢体に手を触れる。
白い肌の上に、ポタリと涙が零れ落ちた。
“なんてことデス……ワタシは大事な大事な妹を、目の前で死なせてしまったデス…
デ、デエェェェェェェェェェン”
『なら、フクシュウ、しましょう』
頭の中で、謎の声が囁く。
全く感情のこもらない不気味な女の声——だが、絶望と悲しみのドン底にいるミドリにとって、その言葉は唯一の励まし
にも思えた。
“フクシュウ……復讐デス?”
『実装人達は、こうやって、力ない者達を自分達の都合で好き勝手に蹂躙するのよ。
実装石だけじゃない、自分達と違う生き物すべて……たとえ実装人であっても』
“なんだそれ、まるでワタシ達の世界のニンゲンと変わらないデス!”
『そうよ——新しい世界の支配者も、所詮はくだらないニンゲン。
ワガママなニンゲン、自分勝手なニンゲン……
その一番偉い者達が、この近くにいる』
“お前の力を借りれば、ぷちの仇を討てるデス?”
『討てるわ——
行きましょう、あなた達をここへ連れ込んだ者の所へ』
涙を拭い、今や完全に「魔」に取り込まれたミドリは、力強く頷いた。
その途端、口元に不気味な笑みが宿る。
実装特有の三角口では、到底出来なさそうなほどの歪んだ微笑みを浮かべながら、ミドリは再びフワリと浮き上がった。
“この街の奴ら、全員食ってやるデジャアァァァ!!”
ミドリは邪悪な表情を浮かべると、再び浮かび上がり地下室を抜け出していく。
部屋には、黒こげの男二人と、動かなくなったぷちだけが残された。
——ヘクチョン!
静かな地下室に、ちっちゃなクシャミが響く。
目をパチクリさせ、ぷちは、ゆっくりと身を起こして鼻をこすった。
“テェェェ、寒いテチ、おべべないテチィ!
テェェェン、オネーチャ、クソドレイサン、どこテチィ?!”
白い台から恥ずかしそうに降り立つと、ぷちは必死で自分の衣服を探そうとする。
しかし、見つかるのは消し炭と化した棒を持って倒れているチリチリパーマの男二人だけで、それ以外は用途不明の
謎道具しかない。
“テチャアァァ! このままじゃお風邪引いちゃうテチィ!”
ぷちの泣き声が、暗い地下室に響き渡る。
——その時、ぷちの手の中で、何かが「バチッ」とスパークした。
“テチ? ビリビリテチ?”
※ ※ ※
ようやく自分の服を見つけたぷちは、着替えもそこそこに地下室を飛び出したが、上から聞こえて来る怒号におののき、
足をすくませていた。
「テェェェ?! 何が起きてるテチ?!」
しばらくすると、上から何者かが階段を下りてくる。
白衣をまとった男達……ヒスイにとっては「男性の身体におばちゃんの頭が乗っている変な人達」がやって来て、ぷちの
数十フィート手前で停止した。
“何故起きている?! よもやこいつが術者では?”
“おのれ、たばかりおって!!”
ぷちを見て、白衣の男達が騒ぎ立てる。
やがて携帯する木の棒を前方にかざし、何かを唱え始めた。
“「魔」よ退きたまえ! Thunder!!”
“Thunder!!”
木の棒の先端が輝き、稲光がぷちに向かって照射される。
それは、先ほどの白衣の男達がミドリに向けて放った物より強力だ。
悲鳴を上げる間すらなく、ぷちは、男達の唱えた電撃魔法をまとめて浴びてしまった!
「て、テチャァァァァ————って、あれあれ?」
その時、不思議なことが起こった。
ぷちに向けられた電撃の魔法は、まるで彼女の身体を覆うように周囲に留まり、輪を描くようにぐるぐると回り出す。
続けて唱えられた魔法も同様で、効果がぷちの身体まで届かない。
恐る恐る電撃の光に指を触れてみるが、それは派手にスパークこそすれ、彼女にダメージを与えることはない。
それどころか、ぷちの身体に少しずつ吸収されていく。
「テェ? パリパリのビリビリが平気テチ」
不思議な力が体内から湧き上がり、ぷちはさっきよりも元気になった。
それを見て、男達が驚愕の声を上げた。
“なんだと?! Thunderが利かない?!”
“やはり「魔」か! おいお前達、別なワンドを持ってこい!”
慌てふためき、距離を置き始めた男達を見て、ぷちはいささかムッとする。
「失礼な人達テチ! 私のお話も聞かないで、いきなりこんなの酷いテチ!」
ぷちの怒りに呼応するように、あらたな電光が周囲に発生する。
それらはぷちの手に集まると、やがて複雑な模様を記した球体状に固まっていく。
「テェェ? これ、なんかすごいテチ! カッコイイテチ!」
先ほど、白衣の男を黒焦げにしたものの数倍の電流を弄びながら、ぷちは悠々と階段を上っていく。
やがて明るいところに出ると、白衣の男達はちりぢりに逃げ去っていく。
真っ白い壁に包まれたホールにたどり着くと、ぷちはボール状にまとまった電流を弄びながら出口を求める。
すると、どこからともなく激しい破壊音が轟いた。
“ちっ、バケモノの次は魔女か!”
“退魔の呪符はどこだ、封呪の壷を持て!”
“僧兵共は、実装石の対処の方ににあたれ!”
“殺しても構わん! なんとしても止めろ!”
大勢の白衣の者達が、ホールにやってくる。
その数は、ざっと見て百人以上。
それとは別に、ホールの奥の大きな廊下を走っていく兵士達が見える。
状況が全く飲み込めないぷちは、だんだん心細くなり、泣き出したい気分になった。
「て、テェェ……私、なんにも悪いことしてないテチィ!
なんで、みんなでそんな意地悪するテチ?」
“呪符投射用意!”
“魔法を封じたと同時に、僧兵部隊はあの女の頭を割り砕け!”
“一切手加減するな!”
「テェェェ! 私のお話もちゃんと聞いてテチィ!」
コミュニケーションは、図れない。
数十秒の沈黙の後、前面に出張り白い紙札を無数に手にした男達が、殺気走った目で睨む。
ぷちは、それが恐ろしくてたまらなかった。
“いまだ! 呪符を撃て!”
誰かの掛け声に反応し、男達が手にした札を一斉にぷちに投げつける。
それはただの紙切れなのに、まるで矢のように真っ直ぐ突き進み、ぷちを切り裂かん勢いで襲い掛かる。
「テチャアッ?! やめてテチィィィィ!!」
咄嗟に顔を覆った手から、電流の球が離れる。
と同時に、これまで以上の大電流が迸り、空中の紙札を全て焼き払ってしまった。
それだけではなく、札を投げた男達も悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。
何が起きたのか解らず呆然とするぷちに向かって、今度は長い棍を構えた兵士達が襲い掛かった。
“死にさらせえぇぇぇぇっっ!!”
「テチャアッ!!」
だが、兵士達がぷちに触れる直前、再び電流が発生し、周囲の空気が一瞬青白く変色した。
と同時に、兵士達が悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされる。
棍の先端はいずれも焼け焦げ、ブスブス音を立てていた。
“と、とんでもない魔力だ!?”
“何者なのだ、この魔女は!!”
「テェェン!! もう訳がわかんないテチィ!」
誰も自分に近寄れないと判断したぷちは、無謀にも男達の中に突っ込んだ。
だが、誰もが身をかわすだけで襲いかかろうとしない。
目を閉じ顔を伏せながら走ったため、どこに向かっているか全然意識していない。
背後から轟く怒声から逃げるように、どんどん奥へと進む。
しばらくすると、前方から風が吹いてきた。
「おんもテチ! あそこからおんもに出れるテチ!」
巨大な二本の柱に挟まれるように、外へ通じる出口が見える。
半べそをかきながら、ぷちは懸命に出口に向かって走り出した。
周囲に飛び散っている瓦礫の山や、倒れた大勢の人の姿など、今のぷちには認知出来ない。
もうすぐ出口にたどり着く、という所で、ぷちは大きくひび割れた床に足を取られ、派手にすっころんだ。
「テェェェン! お膝擦りむいちゃったテチィ、痛いイタイテチィ! テェェェン!」
その場にペタンと座り込み、ぷちは赤子のように泣きじゃくる。
と同時に、目もくらむほどの閃光が発生し、轟音と共に瓦礫を吹き飛ばした。
ぷちを追いかけて来た者達は、悲鳴を上げてその巻き添えになっていく。
大電流がようやく消滅した頃、辺りはすっかり静かになっていた。
「クスンクスン、もうこんな世界イヤイヤテチィ!」
“ぷちいぃぃぃぃ!!”
再び泣き出そうとするぷちの耳に、聞き慣れた声が届く。
ふと見ると、外へ通じる出口から、見慣れた実装石が顔を覗かせている。
「テェェェェン! オネーチャァァァ!! テェェェン、テェェェン!」
“よしよし、怖かったデス? もう心配ないデス”
「テェェェン、テェェェン!」
ミドリを抱きしめると、ぷちは立ち上がろうともせずにわんわん泣き続けた。
彼女が空中をフワフワ漂いながら接近してきた事など、気にも留めずに。
“早くここから出るデス、クソドレイの後を追いかけるデス”
「テェェェン、テェェェン!」
ミドリとぷちは、施設外壁に開けられた巨大な穴を抜け、こっそりと敷地から脱出しようとする。
だがその様子を、ルリが見ていた。
明かり取りの窓に手をかけ、外壁にブラ下がりながら。
(あれは……まさか?)
魔道師ギルドの幹部達が、ランファース寺院に駆けつけたのは、それからしばらく後だった。
※ ※ ※
その頃メルティスでは、クレナイがモモ、そしてひろあきが二人の帰りを待っていた。
初使用の魔法で転送させたためか、いつもは冷徹なクレナイもそれなりに責任を感じているらしく、宿に戻ろうとしない。
ひろあきは、テーブルに突っ伏して居眠りをしていた。
モモは、何度目かの紅茶を煎れると、重いため息を吐く。
「あの二人、ちゃんと辿り付いたかなあ?」
「大丈夫よきっと。信じましょう」
そんな話をしていると、誰かが部屋に入って来た。
「おかえりなさーい!」
「ルリ? ヒスイ? 無事だっ——なんだ、あんたなの」
「ふえ? お呼びじゃなかったかしら?」
テチテチィ?
部屋に入ってきたのは、モモと同じくらいの身長の実金人。
メルティス所属パーティ・レックレスエンジェルの四人目、化学師のタンポポだ。
首から提げた皮製のポシェットには、仔実装のタマゴヤキが顔を覗かせている。
手をパタパタさせ首元に風を送りながら、タンポポは疲れた様子でテーブルに突っ伏した。
「いやぁ、もう疲れたのなんのって。
ところで、あんた達はこんな時間まで何してるわけよ?」
テッチュン
「それが、カクカクシカジカで…」
モモの説明を受け、タンポポは思い切り眉をしかめる。
「それってさ、おもっくそ死亡フラグじゃね?
クレナイの魔法ですっ飛ばされたんなら、待ってるより葬式の準備した方が——ドギャス?!」
テチャアッ!!
タンポポの額に、クレナイの二本指デコピンが炸裂する。
「口は災いの素よタンポポ。
それより、頼んでおいたものは用意出来たの?」
目線すら向けず、静かな口調で尋ねる。
赤くなった額をさすりながら、タンポポはふてくされたような口調で返答した。
「町中飛び回って集めてきたよ。
けどさぁ、あんなもの一体どうするつもりよ?」
テチテチ、テチィ?
「えっ? タンポポさん、何をされてたんですか?」
モモの質問に、タンポポは無言で外を示す。
部屋を出て見に行ったモモは、数十秒後、驚いた顔で戻ってきた。
「な、な、な、何あのおっきな馬車?!」
「重馬車。
長距離移動可能で、出来る限り早く走れる馬を4頭も繋いでるわ。
こんなんでいいの? クレナイ」
テチテチテチィ
「あんたにしては、上出来だわね」
入り口の方を一瞥しながら、妙に冷めた口調で呟く。
タンポポは、テーブルに突っ伏しているひろあきをジロジロ眺めながら、モモの煎れた紅茶を飲み干した。
「クレナイさん、こんな馬車借りてきて、経費はどうするつもりなの?
依頼だって、本当に報酬が入るかどうかわからない不確実なものなんだし」
「その事なら問題ないわ。
この馬車、私達がレンタル代を払うわけじゃないもの」
「へ?」
「ちゃんとスポンサーがいるのよ。
さ、二人が戻ったらすぐに出かけるわよ」
そういうと、クレナイは器用にツインテールを振り回し、ひろあきをぺしっと叩く。
首筋を叩かれたひろあきは、気持ち悪そうに手を当てながら、顔を起こした。
『なんだい、もう朝?』
「あんたには、御者をやってもらうわよ。ヅィーロ代分は働いてもらわないとね」
そう呟き、クレナイは飲み残しの紅茶をぐびーとあおった。
ルリ達がメルティスに戻ったのは、日付も変わった深夜だった。
ぷちとミドリは、細かな擦り傷こそあったものの元気で、特に疲弊や衰弱は見られない。
二人に簡単な治療を施すと、クレナイはメルティスの表を陣取る重馬車を指差し、半ば強制的に搭乗させる。
状況説明は、一切ない。
「詳しくは道中で話すわ」
それだけ言うと、疲れ切っているメンバーの心境も無視し、ひろあきに命じ馬車を走らせる。
モモとタンポポを残し、クレナイ他5人と一匹は、一陣の風のようにその場から姿を消した。
「……なんなの、アレ?」
テチィ?
「さあ、私も何がなんだか」
タンポポとモモは、誰一人通らない商店街の真ん中で、呆然と立ち尽くしていた。
※ ※ ※
——翌朝、こちらは焉道を目指す装甲馬車の中。
馬車の旅は予想以上に快適ではあったが、としあきにとっては退屈以外の何者でもない。
世話係として付いているメイドは一切自分から話しかけることはなく、またこちらの呼びかけにも最低限の反応しか
しなかった。
また、どこか自分を疎ましがっているような態度を取り続け、ものすごく印象が悪い。
同じメイドでも、ぷちの方が何百倍も愛嬌があるぜ——などと考えながら、としあきはひたすら目的地への到着を待ち
続けるしかない。
馬車はモータルを出て、もうすぐ丸一日経とうとしている。
沈み始める夕日を見て、としあきは強い不安に駆られ始めた。
「おいメイド、ビドゥを呼んでくれよ」
『僕はメイドなんて名前じゃない。だから命令も受け付けない』
「お前口悪いなあ、女の癖に」
『失礼な! 誰が女だ!』
プリプリと頬を膨らませながら、メイドが反発してくる。
だが、その言葉にとしあきは瞬時に凍りついた。
「今、なんつった?」
『誰が女だ、と言った。僕は男だっ!!』
「な、な、な、なにいぃぃぃっ?!」
実装人メイド曰く、この旅に付き添っているメイドは、全員ビドゥ御付の少年メイドだという。
いざという時の身辺警護も兼ねているとの事だったが、どう見てもそれは……
「すみませんでした、以後気をつけます」
『わかればいいよ』
としあきは、何故か反射的に深々と頭を下げてしまった。
『随分楽しそうじゃないか、としあき?』
騒ぎを聞きつけたのか、ビドゥが顔を覗かせる。
「おい、一体あとどれだけかかるんだよ!
このままじゃ俺、間に合わないじゃないか!」
『ああ、その事か。
到着までは、あと一日ほどかかる』
「いちに……って、おいふざけんな!
それじゃ絶対間に合わねーだろうがよっっっ!!」
ビドゥの言う事が本当なら、“焉道”までは馬車で片道二日。
往復するだけで丸四日かかる計算で、既にモータルで一日以上の時間を過ごしているとしあきは、世界移動開始時間に
絶対に間に合わない。
下ろせ止めろ逃がせ帰らせろを連呼し、ビドゥに掴みかかろうとするとしあきは、少年メイドにあっさりと弾かれてしまう。
襟を整えながら、ビドゥはやれやれと呟き、説明を始める。
『安心したまえ。
目的地からモータルへは、一瞬で帰れる』
「ど、どういうことだ?」
『それにはまず、魔法の理念から説明する必要があるが—*』
「ごめん、やっぱいい。
説明されてもわかる気がしない」
『そうか、それは残念。
ともあれ、心配は無用だということだ』
ビドゥの言葉はとても胡散臭かったが、ここまで来てしまった以上信用するしかない。
「それまで退屈に耐えろってのも酷だな」と呟くと、ビドゥはフフン♪ と鼻を鳴らす。
『退屈なら、そこのメイドを好きに扱っても構わないよ。
そういう訓練も施してあるからね』
「く、訓練?!」
『ビドゥ様! 僕、オークの相手なんて』
慌てる二人を見て意地悪くクスクス笑うと、ビドゥはそれ以上何も言わずに出て行ってしまう。
取り残された二人は、何故か顔を真っ赤にして見詰め合ってしまった。
『手を出したら、コロス』
「誰が男に手なんか出すかってんだ! もう御免だ」
『もうって、経験あるの?』
「それ以上聞いたら、コロス」
馬車の振動は、まだ当面止まる様子を見せない……
としあき達の乗る馬車は、彼にとっての二日目午後にモータルを出発した。
その時点で既に一日半が経過しており、焉道にたどり着く頃には二日半が経過していることになる。
対して、彼を追うレックレス・エンジェルの馬車はほぼ正確に半日遅れで出発しており、速度が同じ場合、としあき基準
では三日目(約72時間経過)の夕方に到着する。
ところが、レックレス・エンジェルの乗っている馬車はビドゥ達の装甲馬車より遥かに軽量かつ馬力の強い長距離用馬が
四頭も繋がれており、単純計算なら半日のタイムラグなど簡単に詰められるほどの速度が出せる。
クレナイによると、焉道のあるダイスズ山までは特に深い森や林、湿地帯などはないため、危険な外敵に襲われる危険は
少ないという。
馬車の中には、ルリの愛用のショーテル(刃が弧を描いている剣)とガントレットが搭載されており、いざという時には戦闘
対応も可能だ。
あまりにも準備万端過ぎる状況に疑問を覚えたルリとヒスイは、携帯用の朝食を摂った後、クレナイに事情説明を求めた。
「そろそろ説明して欲しいです! この旅はなんの意味があるです?」
「としあきを取り返すんでしょ? そのためよ」
「それがわからない、何故君だけ事情に詳しいんだ?」
ひろあきの拙い操縦をフォローするため、御者席に座っていたルリは、振り返りつつ尋ねる。
クレナイは、小さなポットに汲んだ紅茶をカップに注ぎながら、眠たそうな目をこすりつつ呟く。
「ナイトトランスの身辺調査をしている時、魔道師ギルドに行ったって話をしたわよね?
あの時、としあきだけがこの二人と引き離されて、アーティリクスに連行されるって話を聞いたのよ」
『クソドレイサンのお話テチ?』
「ぷち、お前はまだ寝てるといいです」
『テェェ……テチュン』
ぷちに膝枕をしながら、ヒスイは優しく話しかける。
重い瞼をこすりながら、ぷちは起きるべきか寝るべきか迷っているようだ。
その横では、ミドリが静かに横たわって惰眠を貪っていた。
「なんのために、としあきをアーティリクスに?」
「それはわからないわ。
ただ私に情報を提供した者の話では、“グランマイスの聖者”が関係しているらしいわね」
『それって、昨日ラーメン屋で教えてもらった物だよね?
何かの情報端末なのかな?』
ひろあきが、振り返らずに言葉を挟む。
クレナイは、「それはわからないけど」と加えた上で、更に説明を続けた。
魔道師ギルドは、当初はとしあき達に「魔」の存在を感じ取り、その正体を追求しようとしたのだが、不思議なことに連行後
はそれらしき証拠を発見できなかった。
だが、としあきが旧人類であることに目を付けたギルド幹部が、彼を利用する事を思いついた。
ぷちとミドリをランファース寺院に送り、偽石から「魔」についての情報を抽出し、としあきは焉道へ向かわせることになった。
そのような処置を指示したのが、カドデッキィから派遣された高魔師ビドゥだという。
「ビドゥ様が…そんなことを?」
「さま?」
「なんでもない!」
「んで、その情報を提供したのはどんな奴です?」
ヒスイの追求に、クレナイは一瞬目を細める。
「ナイトトランスよ」
「ナイトト……ええっ?!」
「ナンドハナンドソワカがです?! な、なんでです?」
ヒスイとルリの驚く声に、ぷちが軽く悲鳴を上げる。
「あの女は、今の所こそ魔道師ギルドだけど、実際はフリーランスの情報屋なのよ。
だから、食糧庁の件を私に追及されて、素直に正体を暴露したわ。
それで、取引を持ちかけてきたの」
そう言いながら、クレナイは懐から青い小瓶を取り出した。
中の水薬が、振られてチャポチャポと音を立てている。
「それはひょっとして、あの時の?」
「そうよ坊や。レティルが授けてくれた究極の治療魔法“Devotion”。
ナイトトランスにこれをちらつかせたら、あっさりと交渉が成立したわ」
「でぇぇ」
かつて、史上最高の魔道師と呼ばれたレティルという存在が居た。
レックレス・エンジェルは、失踪した彼女の行方を求めて大規模な捜索を行ったが、彼女は実は不思議な力で動く人形で、
自身を作った人形師の倉庫に放置されていた。
レティルが以前作り出した、あらゆる病魔を退ける究極の魔法「Devotion」は永久に失われたと思われたが、クレナイは
レティル人形の流す涙が同じ効果を発揮する水薬である事に気付き、これを抽出していた。
現状、これを凌ぐ高等治療魔法は存在せず、また魔法の作成法はレティル自身しか知らないため、世界中の魔法関係者
達がこの秘密を紐解きたがっている。
モータルの魔道師ギルドが他都市のギルドより優位な位置におり、遠方より要人を招く事が出来るのも、ひとえにこの
水薬を保持しているためだった。
『なるほど、それだけ貴重なものなら、どんな奴でも交渉に応じるだろうね』
深く感心するひろあきに、クレナイは無言で頷く。
「で? クレナイはその魔法のお薬をあげちゃったです?
じゃあそこにあるのは——」
「勿論本物よ。
ナイトトランスには、ほんのちょっぴりだけサンプルを渡したの。
分析はおろか効果を確認する事も出来ない程度にね。
残りは後払いってことにしてるわ」
「え、えげつない……」
クレナイは、ナイトトランスを通じて情報を集め、焉道への地図の提供と馬車のレンタル代等の経費支払いを了承させて
いた。
だからこそ、ルリ達の突入時にとしあきを捜す必要がない事を知っていたのだ。
「まったく、そういう事ならもっと早く説明して欲しいよ」
プリプリ怒りながら呟くルリの横で、ひろあきは彼のなまめかしい太股をガン見していた。
『可愛いなあ……アクアと同じくらいか、それ以上だ』
「な、なんか言った?」
『い、いや…それより、不思議に思っているんだけど、この世界の旧人類は、どうしていなくなったんだい?』
ひろあきの疑問に、ぷちも賛同する。
青い空から降り注ぐ太陽の光に目を細めながら、ルリは、実装人世界に広まっている「旧人類の伝説」を語り始めた。
一方ミドリは、横たわりながらずっと目を開き、全員の話に聞き耳を立てていた。
※ ※ ※
その日の晩。
としあき達の乗る装甲馬車部隊は、緩やかな丘を登り、最頂部に広がる平原に辿り付いた。
既に太陽は沈み、緑に広がっているだろう筈の草木は漆黒に包まれている。
僅かなランタンの光に照らされ、とても道とは言い難い道を進んでいくと、やがて平原が途切れ、無骨な岩肌がむき出しに
なった崖道にたどり着く。
これ以上は馬車では進めないため、としあきとビドゥ、メイドの三人は降り、護衛の兵士達に警護されながら更に道を
進んでいく。
道幅は狭く、右手には深い渓谷が口を開けており、落ちたら一巻の終わりだ。
数十分ほど歩き、更なる高台の上に辿り付いた一行は、とても不思議な光景に目を奪われた。
何本ものかがり火によって照らされているそこは、歩きづらそうなでこぼこした岩盤にポッカリと開いた、大きな穴だ。
その直径は数メートルは悠にあり、やぐらのようなものから丈夫そうなアームが下りている。
しかしよく見ると、その穴はとても不自然に開いており、岩盤の粗い表面をならしてから開口したようにはとても見えない。
まるで、豆腐の表面にストローを刺してそのまま吸い取ったかのようだ。
現場には元々何人かのスタッフが待機しており、ビドゥ達の来訪に気付き大勢集まってくる。
いずれも美女揃いだが、メイドの件もあり、としあきは充分に警戒することにした。
ビドゥの説明によると、この穴こそが「焉道」であり、今からここを下り最下層部へ向かうようだ。
見れば、ゴンドラは結構ガッシリした鋼鉄製で、5〜6人くらいなら余裕で乗れそうだ。
聞けば、これも“グランマイスの聖者”により得られた情報で作られたのだという。
スタッフの中の一人が案内役として、皆を先導する。
ビドゥは、としあきに肩越しのウインクを飛ばした。
『さあとしあき、早速向かおうじゃないか』
「あ、ああ……しかし、こりゃすげぇな」
『これが、アーティリクス(artelics:アーティファクト/人工遺物&レリクス/遺跡を併せた造語)だ。
この世界では、このような奇妙な人工建造物が各地で発見されている』
「なるほどなぁ……いや、これは素直に感動するわ」
『それはいいことだ。
だが、中はもっと素晴らしいのだぞ』
『さあ、こちらへどうぞ』
案内係に導かれ、ビドゥとしあきは、御付の兵士達やメイドと共にゴンドラに搭乗した。
ゴゴゴ、という鈍い音を立て、ゆっくりとゴンドラが降下を始める。
上部と下部に着けられたライトが周囲を照らし、焉道の内部をほのかに照らし出していく。
焉道はただの巨大な竪穴ではなく、中央に巨大な柱を備えた不思議な構造をしている。
ゴンドラは、穴の側面と柱の隙間を縫うように、降りていくのだ。
だがとしあきは、ライトに照らされた柱を見て、大声を上げた。
「な、な、な、なんでこんなのが、ここにあるんだ?!」
『ん? どうした?』
怪訝な顔つきでビドゥ達が見つめるが、としあきは気付きもせず、ひたすら「柱」に見入った。
否、「柱」のように見えるもの、だが。
「間違いねぇ……これ、ミサイルだ!
しかもICBM(大陸間弾道弾)じゃねぇか?!」
※ ※ ※
最下層部に到着したゴンドラを降り、「柱」を見上げたとしあきは、改めて確信した。
その巨大な竪穴は明らかな人工建造物であり、外壁は平らでデコボコは一切なく、「柱」から均等距離を保つように空間を
設けている。
穴の入り口? は若干オーバーハングした造りで、ゴンドラを吊っているやぐらは閉じかけた「ハッチ」の上に建てられて
いるようだ。
また「柱」の根元には、それを支える巨大な機械がドンと腰をすえており、上に伸びたアーム状の物が倒壊を防いでいる。
最下層の床も、多少の劣化こそあれど大変に綺麗な状態をキープしており、砂利や石ころを一切踏むことなく歩行が
可能だ。
奥の方には別なエリアに通じる大きなドアがあり、その向こうには闇の空間が広がっている。
としあきは、数メートルほど上の辺りに窓のようなものを見つけ、益々確信を深めた。
(間違いない、ここはミサイルサイロだ!
こいつら、これがとんでもない兵器だって事を知らないで、遺跡扱いしてやがるのか!
どうする? これの正体を伝えるべきか?
いや、でもそんな事をしたら……あーもう、訳わかんねぇ!!)
『おいとしあき、行くぞ』
「柱」を見上げながら一人でぶつぶつ呟いていると、ビドゥが声をかけてくる。
としあきは、ひとまずこの施設の奥に進み“グランマイスの聖者”が何なのかを突き止めてやろうと考えた。
大きなドアは後付されたもので、周囲の状況から大きな力で破壊されたことがわかる。
ドアをくぐり、更に奥へ進む最中、としあきは、ここは本来出入り口ではなく、数メートルの厚みのある壁だと気付いた。
空気がヒンヤリしている割に、あまり湿気を感じない。
ビドゥも御付の兵士達も、そして何故か着いて来た少年メイドも無言に徹している。
細い通路を抜け、少し大きな路に出た時、としあきの視界の端に何かが映った。
「おいビドゥ!」
後ろから肩を叩くと、ビドゥは激しくビクついた。
『なんだ?』
「アレなんだ?」
『アレ? とは?』
としあき達は、現在T字路に立っている。
彼が指差したのは、ビドゥ達が向かおうとしているのとは違う方向だ。
光が届かない通路の奥、そこに、何かがあるように思えたのだ。
だが、ビドゥ達には、何も感知出来ないようだ。
『脅かすな、何もないじゃないか』
「え? 今あそこに人が立って——」
『こういう場所で、そういう冗談は好かないな』
「いや、嘘じゃなくて……」
屈強な体格の案内役が、二人の間に入って説明する。
『あの通路は行き止まりで、途中に部屋も何もありません』
「えー」
何事もなかったかのように、一行は更に奥へ進む。
だがやがて、としあきは更なる違和感に気付いた。
(おかしいな……軍事基地って、ミサイルサイロ以外の場所って、こんなマンションみたいな構造してんのか?)
白い壁に覆われた廊下と、ずらりと並ぶ黒い扉。
まだ歩き出して数分しか経ってないのに、周囲の状況はがらりと変わっていた。
人工建造物の中を移動しているのは変わりないが、としあきの疑問通り、まるで全く異なる建造物の特徴がデタラメに
交じり合っているかのようにも思える。
案内役が何十個目かのドアを開け、全員を中に通す。
てっきり部屋に入るのかと思っていたとしあきは、下に向かう急角度の階段を見て、あまりのデタラメさに眩暈を覚えた。
どれくらい階段を下りただろう。
ようやく最下層に降り立ったとしあき達は、暗闇の中に佇む青色のドアの前に出た。
床とドア以外、天井も、壁すらも見えない。
またドアにはノブも手をかける溝もなく、青い縁取りがなければ単なるモノリスのようにすら思える。
案内役がドアの前に立つと、プシューという排気音を立てひとりでに展開する。
「自動ドア、か」
『さあとしあき。いよいよ君の出番だ』
「う、うん」
兵士とメイドは、ドアをくぐるとその両端に待機し、それ以上一歩も進まない。
部屋の中へは、ビドゥと案内役、としあきの三人だけが向かっていく。
その部屋は、まるで何かのB級SF映画に出てきそうな、いかにもな「秘密研究室」といった雰囲気。
無造作に並べられた平机と、その上に乗せられた意味不明な四角い物体が多数。
よく見ると、部屋の南東部分の一角が薄水色にボンヤリ輝いており、水族館の様子を連想させる。
案内役は、その輝いている辺りを指差した。
『あそこから、グランマイスの聖者の姿が見られます』
『としあき、見てきたまえ』
「え? あ、うん」
としあきは、ここに来て奇妙な違和感が強まりつつあるのを感じていた。
“グランマイスの聖者”とは、「者」と呼ばれてはいても、実際は何かの物体なのだろうと予想していた。
だがビドゥ達は、まるでそれが「人」であるかのように話すことがある。
小首を傾げながら、としあきはゆっくりと、光のある方向へ進んでいく。
どうやら奥に更なる部屋があるようで、薄水色の光は、窓越しに漏れているようだった。
50センチ平方ほどの大きさの窓から中を覗き込んだとしあきは、思わず驚愕の声を漏らした。
「な、な、な、な、なんだこりゃあ?!」
『あれが“グランマイスの聖者”です』
「せ、聖者って……あれが?」
としあきが覗き込んだ部屋は、巨大な「サーバルーム(電算室)」のように見えた。
否、実際の用途はわからないが、とてつもなく広い室内の壁にずらりと隙間なく並べられた白い箱型の機器が、以前
どこかで見たサーバルームを思い起こさせたのだ。
だがサーバルームと大きく違うのは、天井が凄まじく高い事と、上から何か巨大な柱状のものが垂れ下がっている点だ。
そしてその柱状の物体から、何本もの太いパイプ状のものが伸び、壁やサーバマシンの中にめり込んでいる。
例えるならそれは、「機械室に生えた機械の大樹」。
その柱の中心部辺りに、ひときわ激しい光を放つ何かがある。
いつの間にか背後に寄ってきたビドゥに、としあきは尋ねた。
「こんなもの、どうしてここにあるんだ?!」
『それがわかれば苦労はない。
さあ、君からグランマイスの聖者に呼びかけてみてくれ』
「呼びかけるって、どうやって」
『当然、この中に入るんだ』
そう言うと、ビドゥは光の漏れている窓を、指でコツコツと叩いた。
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