タイトル:【塩】 泣き虫ピィちゃん
ファイル:泣き虫ピィちゃん.txt
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初投稿日時:2006/04/13-00:00:00修正日時:2006/04/13-00:00:00
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泣き虫ピィちゃん 06/04/13(Thu),22:12:26 from uploader 日が暮れ薄暗くなった道端で、男は蹲る血まみれの仔実装を見つけた。 野良実装石に襲われたらしく怪我をしているようだ。 男は仔実装の近くで立ち止まった。 「テチー!テテチー!」 手を振り回し威嚇しながら、後ずさりして逃げ出そうとする仔実装。 怪我のせいもあるのだろうが、随分と警戒心の強い奴だ。 ヨロヨロと動きの鈍い仔実装を、男が捕まえた。 「テ、テチャーッ!…テチャァアー!」 仔実装が怯えて泣き叫ぶ。 男は握る力を強めた。 締め付けられた仔実装の悲鳴が跳ね上がる。 「テチテチィーッ!テヂィィイイイー!」 男の口元に満足げな笑みが浮かんだ。 泣き喚く仔実装の口にティッシュを丸め突っ込む。 「テゴッ…」 仔実装は口を塞がれ声が出せない。 恐怖のあまりパニック状態だ。 しかし、男は手の中で仔実装が糞を漏らすのを気にするでもなく、 上機嫌で仔実装を家に連れ帰った。 家に着くと仔実装にはさらに手荒な歓迎が待っていた。 男は仔実装の服に手をかける。 「テェー!テチーッ!」 泣いて嫌がる仔実装を押さえ込み裸に剥いていく。 その手つきは乱暴だ。 仔実装は振り回されながらも、奪われまいと必死に服にしがみ付く。 「テェェエーン!テェエエーン!」 抵抗する仔実装の腕を男が掴んだ。そのまま肩からへし折る。 「テチャーッ!」 もはや服どころではない。 仔実装は痛みに狂ったようにのた打ち回る。 しかし、男はまるで意に介さない。 今度は仔実装を熱湯を張った洗面器に放り込んだ。 骨折の痛み、やけどの痛み、傷に沁みる熱湯の痛み。 仔実装の絶叫は声にすらならない。 仔実装がぐったりしたのを見て、ようやく男の手つきが丁寧になった。 しかし、それは仔実装を思いやってのものではない。 ここで死なれてはつまらないというだけのことだ。 男は汚れた仔実装の身体を洗ってやる。 傷口によく洗剤が沁み込むように念入りなもみ洗いだ。 「テ…テェ…」 小さく呻くのがやっとの仔実装。 男のなすがままに腹を絞られ、糞が溢れ出した。 何度も頭から冷水をかけられ洗い流される。 「テェエエ…テェェエエン!」 途切れる様子のない激しい責め苦に、 仔実装はあらん限りの力で泣き続けた。 荒っぽい入浴から開放されてから、 仔実装はようやく暖かいタオルに包まれた。 男はドライヤーで仔実装の髪を乾かしている。 「テチュ…」 疲れきった声。 その時、男がドライヤーの先端口を仔実装に押し付けた。 「テチャァァアアアアーッ!!」 仔実装の絶叫。 「そうそう。元気があっていいな、お前は」 男が初めて口を開いた。 仔実装が涙を浮かべながら男を見る。 「これからも、その調子でかわいい泣き声を聞かせてくれよ」 男の声はその行動とは不釣合いに、柔らかく優しい声だった。 仔実装には男の言葉はわからない。 ただ声の感じからもう痛いことは終わったと感じた。 男が仔実装の頭を撫でる。 仔実装は逃げようとしない。逃げる体力など残っていない。 しかし、徐々に安心感が湧いてくる。 男の手は暖かく気持ちが良かった。自分を食おうとした母親の抱擁よりも。 「テチュー…」 目を瞑り仔実装は小さく鳴く。 しかし次の瞬間、男はデコピンで仔実装を弾き飛ばした。 呆然とした後、仔実装はまた激しく泣き出した。 「テ…テェエエエーン!テェェエエーン!」 「お前はすぐにピィピィ泣いてかわいいな。 よし決めた、お前の名前は『ピィ』だ。よろしくな、泣き虫ピィちゃん」 ピィの飼い実装石としての生活が始まった。 男は実装石には詳しいらしく、適切な手当てのおかげでピィの怪我もすぐ完治した。 ただ、男の飼い方は極端なものだった。 可愛がるときはダダ甘のネコ可愛がり。 痛めつけるときも徹底的。 しかもそれを同時に行う。 躾のメリハリなどあったものではない。 そもそも男はピィに躾らしい躾などまるで行わなかった。 その場の気分でピィを虐待するだけだ。 挨拶代わりのように理由もなく痛めつける。 ピィが怯えてすぐに糞を漏らすのは想定内なのだろう。 最初からオムツを穿かせて、トイレの用意すらしなかった。 玄関で音がする。男の帰宅だ。 ピィはケージ内で震え上がった。 今日もこれから苦痛の時間が始まるのだ。 「ピィ、ただいま」 男がケージを覗き込んだ。 「テチィッ!テチィーッ!」 ケージの壁に張り付いてピィが怯えた声で鳴く。 始めの数日は威嚇の声を上げることもあったが、 今ではピィはひたすら怯えるだけだ。 連日の男の虐待に、ピィの抵抗する気力などとうに消えている。 無造作に男の手がケージに入り込む。 「テチャァアアアー!」 ピィはいつものように泣き叫ぶ。 男は微笑みながらピィを掴みだした。 「テッ…テチ、テチ…」 手の中でピィはガタガタ震えている。 「ピィ、お腹すいたろ」 男の声はあくまで優しげだ。 テーブルの上にはシートが敷かれ餌が用意してある。 男はピィをそこにゆっくりと降ろした。 「テチューッ!」 降ろされるなり、ピィは走り出す。 テーブルの上を少しでも男から遠ざかろうと、必死によちよち走る。 こうしてピィは毎日同じように逃走を試みていた。 そこが自分が降りられないほどの高さがあることも、 自分の走る速度が滑稽なほどに遅いことも、 恐怖にかられたピィには考えが及ばない。 「こら」 男がピィを捕まえる。 毎日こうしてピィの脱走は失敗していた。 ここからは罰の時間だ。 男はピィを殴ったりはしない。 殴打したとしてもせいぜいデコピン止まり。 その代わり、男は主に千枚通しを使った。 これならば傷は小さくすぐに治る。 しかし傷の痛みは叩かれるよりも長く続くのだ。 男は餌の皿の前にピィを運ぶ。 「テェェエエエーン!」激しく泣いて暴れるピィ。 男はピィの服の裾を捲くった。 「テテチッ!」引きつった声。 ピィの左腿には小さな穴が開いていた。千枚通しの傷跡だ。 「昨日は左足だったな」 男はピィの右足を押さえた。 「テ、テェェェ…」 観念したかのような弱々しい泣き声。 ピィは涙を流しながら抑えられた足を凝視していた。 ドンッ。 ピィの右腿に千枚通しが突き刺さる。 足を貫通した先端はテーブルにピィを縫い止めていた。 「チャァッ!テチャアアアアア!」ピィの高い叫び声。 その頭を撫でながら男はピィに餌を食べさせる。 餌は高級実装フードだ。 泣き叫び続けるピィの口に押し込む。 「ほら、泣きながらでも食べられるだろう」 ピィは涙で顔をくしゃくしゃにしながら咀嚼した。 ピィの食事は基本的に男が食べさせる朝晩の分だけだ。 育ち盛りの仔実装には間隔が長い。 ピィは今、非常に空腹だった。 用意される餌も美味しいものだ。 しかし、本来なら楽しみな食事の時間が、ピィにはとても恐ろしい。 ピィは熱心に実装フードをかきこんでいる。 しかし、その落ち着きのなさは空腹のせいだけではないようだ。 「テチッ!」突然のピィの悲鳴。 男が千枚通しをピィの背中に突き立てたのだ。 突ついた程度ではない。内臓まで到達する深さだ。 男は千枚通しを何本も持っていた。 これが彼の虐待道具なのだ。 先端に返しの付いたもの。 らせん状に波打ったもの。 彼が自分で改良したもので、種類も様々だ。 扱う手つきも慣れている。 クルクル回したり遊びも加えながら千枚通しを繰る動きは、 熟練の技術者の仕事のように滑らかで澱みがない。 男が千枚通しを引き抜いた。 ピィの背中にじわりと血が滲んでくる。 「テ…テェェ…」 ピィは身体を震わせ痛みを堪えていた。 足が固定されているので、身をよじることも出来ないのだ。 「テ…テチュ…テチュ…」 ピィは男を見上げ小さく鳴いた。 涙をこぼしながら見つめてくる気弱な目には、 もう止めてほしいという懇願が込められていた。 「ピィ、どうした?」男がピィに話しかける。 「…テチュ…テチュー…テッ!」 ピィは何かを話そうとしたが、また背中に千枚通しが突き刺さる。 「ほら、元気に泣かなきゃダメだろ」 男はにこやかな笑顔でピィを見ていた。 しかし、その手は別の生き物のように動き、 ピィの身体を傷つけていく。 「テェッ!」 「テチィッ!」 「テテチュッ!」 「テェェエエエーン!」 ピィの食事の間中、男はピィを突付きまわした。 浅く、深く、身体に大きなダメージを与えないよう、 男は巧みに千枚通しを振るう。 その度にピィは呻き、悶え、手足をバタつかせて泣き叫ぶ。 これが彼らの毎日の食事風景だった。 「ピィ、風呂に入ろうか」 食事を終えて、ぐったりしているピィに男が話しかけた。 「テチュ…テチュ…」 ピィが怯えた様子で男を振り返る。 男がピィを掴み上げた。 「テチ…テチ…」 鼻歌混じりで浴室へ向かう男の手の中で、 ピィは身体を丸めて震えている。 今日は風呂の日だ。 苦しみはまだ終わっていなかった。 脱衣所に入るとピィは自分から服を脱ぎだした。 男に乱暴に剥ぎ取られた時に、腕を折られた事を覚えているのだ。 「テチュ…」 男に服を差し出す。 男は服を受け取るとピィを抱き上げる。 「ピィは賢いな、えらいぞ」優しい声で褒める。 しかし、ピィには聞こえていない。 ピィはカチカチ歯を鳴らして、目の前の浴室のドアを凝視している。 ピィにとっては地獄の門に等しいドアだ。 男がドアを開けた。 顔に湯気が当たった瞬間、ピィの緊張の糸が切れた。 「テッ…テチャアアアアアー!」 男の腕の中で怯えて泣き叫ぶ。 糞がもりもりとあふれ出した。 「お、さっそく漏らしたか。手間が省けてよかったよ」 男は浴室の床にピィを置いた。 シャワーの設定温度を目いっぱい上げると、 ピィめがけて熱湯を浴びせかけた。 「テチャ!チャァアアアアー!」 悲鳴を上げてピィは逃げ惑う。 飛び上がるような熱さのシャワーは執拗にピィを追ってきた。 ピィが水圧に負けて転ぶ。 その上に熱湯が滝のように降り注ぐ。 「テェェエエー!テェェェン!」 真っ赤に茹でられながらピィが泣いた。 男はシャワーを止めるとピィを捕まえた。 「テチュ…テチュンテチュン…」 ピィはしゃくり上げるだけで抵抗する様子はない。 これから何が起こるか知っているが、すっかり観念しているようだ。 「よーし、ピィのお腹の中もキレイにしてやるからな」 男はピィの腹を揉み解すと下へ向けて絞っていく。 「テチュゥウウウウウー!」 内臓を押しつぶされるような痛みに、ピィが苦悶の声をあげた。 ピィの総排出口から血の混じった糞が押し出されてくる。 こうした強制糞抜きのおかげで、ピィはあまり糞を漏らさない。 漏らしたとしても少量で済むのだ。 男の実装石の飼育方法は、ある意味非常に合理的だった。 男が自分の身体を洗い出した。 ピィは浴槽の縁に乗せられていた。 そこは小さなピィには断崖絶壁の上だ。 外側に落ちれば大怪我は間違いない高さだ。 内側に落ちたとしても、浴槽は大海に等しい。 「テチューテチュー!」 ピィは濡れて滑りやすい足元にビクビクしながら鳴く。 あれほどの虐待を加えられながら、それでも人間に助けを求めるあたり、 依存心の強い実装石らしい行動だ。 男はピィを無視して身体を洗い続けている。 ピィはだんだん腹が立ってきたが、この足場の悪い場所で暴れるのは命取りだ。 男の助けは諦めたらしく、バランスに注意しながらなんとか腰を下ろすことに成功した。 足で浴槽の縁を跨ぐと、両手でもしっかり抑え身体を支えた。 体勢が落ち着いたところでピィは考える。 実はピィは比較的賢い個体だった。 残念ながら今の環境ではそれを生かす機会はないが、 自分なりに現状を打開する方法をいつも考えていたのだ。 だが、主導権を握っているのは男の方だ。 しかも男は気まぐれで、ピィへの態度が一定していない。 躾けも罰もなく、思いつきでピィを可愛がり痛めつけるのだ。 「テチュン…」 ピィは途方にくれる。 餌は美味しい。暖かい寝床もある。頭を優しく撫でられるのも大好きだ。 しかし、男は恐ろしい。 どうしようもなく理不尽で不条理な気まぐれのたびに、 ピィは苛烈な虐待を受ける。 ニンゲンさんに好かれたら虐められないかもしれないテチュ。 ピィの考えた結論はシンプルだった。 問題はどうやったら男に好かれるのか。 しかし、それを考える余裕はピィには与えられなかったようだ。 「テチュ…テチュ…」 浴槽の縁に跨り、独り言らしき鳴き声を出しているピィを、 男は浴槽へ突き落とした。 「テボブッ…コブブッ…!」 頭から湯船に転落したピィは必死にもがく。 なんとか水面に顔を出したものの、今度は上からお湯をかけられた。 「チュブブブ…テェェェン!ブホッ…テェェエエン!」 咽て咳き込みながらピィは泣いた。 命の危険を感じながらもその声は舌足らずで可愛らしかった。 男はもっとピィを泣かせてやりたくなった。 「ピィ大変だー。嵐が来たぞー」 桶で浴槽の湯をかき回す。湯船が嵐の海に変わった。 大波が、大渦が、ピィの小さな身体を翻弄する。 「テチャアアアアー!」 「チュボハッ…」 「テチィィイイイー!」 「テブホッ…ガボッ」 喉が裂けんばかりに泣き叫び、その度に湯を飲み咽る。 裸のピィが非力ながらも懸命に波に抗う姿は、 滑稽さと可愛らしさが相まって、何か男の心を打つものがあるらしかった。 男が湯船をかき回すうちに、ピィの動きが鈍くなってきた。 どうやらそろそろ体力の限界のようだ。 男が手を伸ばしてやると、ピィは泣きながらしがみ付いてきた。 「テ…テチュ…テチューン…テェェェ」 ブルブル震えて男の手に身体を擦り付けるピィ。 泣き声も弱々しい。 「…テェ…テェェエエーン!」 軽く撫でてやると緊張がほぐれたのか、また大きな声で泣き始めた。 「よしよし、本当に可愛いく泣く奴だな、ピィは」 浴室に響くあどけない仔実装の泣き声。 男は笑いながらピィを掴んだ手を高く上げた。 この高さからまた浴槽に落とすつもりなのか。 男の手の中でピィが異変に気づいた。 「テチュ、テチュ、テチー!」 何か男に話しかけているらしいが、その内容を知る方法はない。 男の手が少し緩んだ。 その時、ピィは初めて怯え以外の反応を見せた。 「テチュウ♪」 媚だ。 男に向かって、ピィは生まれて初めて媚びて見せた。 ピィが恐怖を感じているのは、先ほどから止まらない涙と身体の震えから分かる。 しかし男には予想外の反応だったらしく、その手の動きが止まった。 ピィは自分の考えの正しさを確信した。 男に好かれるためにピィがとった方法の『媚び』。 自分の可愛らしさを存分にアピールし、大切に扱ってもらうための処世術。 実装石の本能に根ざした行動だった。 「お?めずらしいな、ピイがそんなに愛想がいいなんて」 男は腕を下ろすとピィの頭をまた撫でた。 「テチュテチュウ♪」 その優しい手つきにピィは大喜びだ。  やった、ニンゲンさんに好きになってもらえたテチュ。  もう怖いことはされないテチュ。  ニンゲンさん、もっと優しくしてテチ、もっと大切にしてテチ。 ピィはすっかり舞い上がっていた。 男にしてみれば、今まで怯えてばかりのピィの媚びが珍しかっただけなのだが、 ピィにとっては世界が一変したかのような出来事だ。 その日、男は泣かすことなくピィと遊んでやった。 それからというもの、ピィはやたらと媚びるようになった。 たった一度のまぐれの成功に味をしめたのだろうが、 残念ながら男には二度と通用しなかった。 しばらくは男の顔を見れば媚びる状態だったのだが、 その度に千枚通しで突き刺されていては、ピィも学習せざるをえない。 徐々に元の臆病な仔実装に戻っていく。 それでも、苦しくなると僅かな希望に縋っての行動なのか、 涙目で男を見つめながら「テチュゥ♪」と無理矢理に媚びてくる。 賢いとはいえ、知恵を授ける親も無く、相手がこの理不尽極まる飼い主では、 思いつく工夫もこの程度でしかなかった。 男が帰宅する。 「テチャアアアー!」ピィが怯えた声で鳴いた。 いつものようにケージから引きずり出されるピィ。 いつものように食事を与えられ、 いつものように体中を千枚通しで突きまわされ、 いつものようにピィは可愛らしい声で泣き喚く。 「テチィイー!テェェエーン!テェェエエエーン!」 時折、男を見上げて卑屈に媚びる。 「テ…テ…テチュウ♪」 しかし返事は鋭い針の先端だ。 「チャアアアー!」 身体を突き刺される痛みにピィはまた悲鳴を上げる。 ピィは自分の役割を理解できていない。 男がピィに求めているのは泣くことだけだ。 苦痛に身をよじり、可愛らしくも哀れな声で泣き続ける仔実装の姿だ。 ピィには最初から選択肢など与えられていないのだ。 半年ほどが過ぎた。 日頃の恐怖によるストレスのせいか発育が悪かったピィも、 もうすぐ成体になりつつある。 「デチー…」 声も変化し始めたピィを見て男は考えた。 そろそろピィの役目も終わりだな。 ピィの可愛らしい悲鳴を聞ける時期は過ぎようとしていた。 男はピィに最後の大仕事をしてもらうことに決めた。 ある休日の朝。男がピィをケージから出した。 「デチー…」 いつものことながらピィには飼い主の考えがわからない。 不安そうに鳴くピィに男が告げる。 「ピィ、今までありがとう。お前の怯えて泣く姿は本当に可愛かった」 今ではピィは男の言葉がなんとなく理解できるようになっていた。 優しい口調と、感謝の言葉らしき内容に少し安心する。 「今日はお前の最後の日だ。悔いの無いように力いっぱい泣いてくれ」 一瞬、何を言われたのかピィは理解できなかった。 最後の日。 徐々にその意味が頭に染み込んできた。 ついに恐れていた日が来た。 連日の虐待の中で、いつか来るのではないかと常に感じていた不安。 自分が殺される恐怖がとうとう現実になった。 「テェェエエエエエー!」 ピィは逃げ出した。 どこへ向かうのかも思いつかないまま、がむしゃらに走る。 とにかく男のいないところへ。 安全なところへ。 その後ろ髪を捕まえられてピィは引き戻された。 懸命に走っていたつもりでも、実際は男の歩く速度よりも遅いのだ。 強引に振り向かされたところで、ピィの胸に鋭い痛みが走る。 見ると千枚通しが根元まで刺さっていた。 「テジャアアアアアー!」 「そうそう、いい感じだ。ピィはやっぱり才能があるよ」 新しい千枚通しを弄びながら男がピィを褒めた。 声だけを聞けば、親が子供を褒めるような優しい声だ。 「ただ、ちょっと声が濁ってるな。前みたいには可愛く泣けないか?」 また胸に刺さる新たな千枚通し。 「デギャアア!」成体のような叫び声。 「違う。そうじゃない」 男が千枚通しを捻る。 鋭い先端が胸の奥の肉を引き裂いて抉った。 「テチィィィイイイイイイイイー!」 激痛に身体が跳ね、同時に声も跳ね上がる。 「よしよし、いいぞ」 男がさらに肉を抉ってきた。 「テェッ、テェッ、テェエエエエエ!」 激しく痙攣し絶叫するピィ。 男は笑いながらピィの髪を掴んで持ち上げた。 空中でバタバタと暴れるピィ。 その身体を男は振り子のように揺らし、千枚通しを構えた。 身体が戻ってくるたびに針の先端が身体に刺さる。 「テッ!」 「テチィッ!」 「テェェェエエン!」 一定のリズムで襲ってくる痛みにピィは泣きじゃくる。 30分は続けていただろうか。 ピィの緑色の服はボロボロに穴が開き、 ピィの身体も血まみれだ。 男がようやっと振り子遊びを止めた。 「かわいい声だったぞ、ピィ」 男がまた理不尽に褒めた。 ピィはぶら下げられたまま、男を見つめていた。 血で汚れた腕をゆっくりと口元に当てる。 「テチュウ♪…」 見るも無残な血まみれの媚び。 ピィが学んだたった一つの処世術。 この苦痛と恐怖の時間の中で、一縷の望みをかけてピィは全力で媚びた。 男は無反応だった。 「テチュウ♪」 ピィはもう一度媚びた。 いや、何度でも媚びるつもりだった。 もしかしたら、 もしかしたら最初に媚びた時のように、男が笑ってくれるかもしれない。 痛いことを止めて、また優しくしてくれるかもしれない。 いや、きっとそうだ。そうなるはず。 ピィはまた口元に手を当てた。 自分で最も可愛いと思える仕草で首を傾げる。 「テ…」 しかしその媚びは男の拳に遮られてしまった。 ピィは一瞬何が起こったかわからなかった。 自分が殴られたと理解したのは、反対の頬に2発目を入れられた時だった。 ピィが本格的に殴られたのは、これが生まれて初めてだ。 痛みと恐怖、何よりも衝撃の大きさがピィをパニックに追いやる。 「テ…テ…テェェェエエエエエエーン!」 幼児退行したかのように大声を張り上げて泣くピィ。 男は満足そうにその声に耳を傾けていた。 男は泣き続けるピィを放り出すと、明るく話かけた。 「どうだピィ、痛いだろう。今までは痛みだけだったけれど、 今日は身体をぶっ壊していくからな。まだまだこんなものじゃないぞ」 男の口調はまるで、楽しいイベントを盛り上げるかのような快活さだ。 ピィは男の言葉を聞いて泣き止んだ。 身体をぶっ壊す。 とんでもなく恐ろしいことを聞いてしまった。 だが、ピィにできることはやはり一つしかない。 「テチューン♪」 ガタガタ震えながらの必死の媚び。  ワタシはこんなにかわいいテチュ。  だからひどいことしないでほしいテチュ。 命を懸けるには余りにマヌケなポーズを取りながら、 ピィは上目遣いで男の様子を見た。 男は冷ややかな目でピィを見ていた。  あれ?おかしいテチュ。  ニンゲンさんのこんな顔初めてみるテチュ。 うろたえるピィを男が冷たく笑った。 「何度も同じことするなよ。ちっとも可愛くないんだから」 男の言葉に呆然とするピィ。 そこを男が思い切り蹴り飛ばした。 床に転がるピィをまた男が捕まえた。 「媚びてもよけい不細工に見えるぞ。その見苦しい媚びにはうんざりしているんだ。 はっきり言うけど、ピィの可愛いところは泣き声だけだよ」 男ははっきりとわかる嘲笑を浮かべていた。 媚びる姿が醜い。 ただそれだけの言葉がピィを深く傷付けた。 苦痛ばかりの毎日の中で、ピィが初めて抱いた希望は媚びることから始まった。 ピィが生きてきた中で唯一の成功だと信じていた。 媚びることが、いつかこの苦しみから解放されると信じる、ピィの心の支えだった。 しかし、それは自分の思い込みに過ぎなかったのだ。 おめでたい勘違いで得たのは冷たい嘲笑だけだった。 つい先ほどまで大切に思ってた希望が、今では愚かさの証明に思えてくる。 「テ、テェェェェ…テェェェェ……」 ピィの泣き声が変わった。 内側が剥がれ落ちていくような、力のない声で泣いていた。 男はピィの変化に驚いていた。 身体を傷つける暴力だけではこんな泣き方はしない。 これは何か大切なものを失った喪失の苦しみの声だ。 情緒面が発達した成体ならともかく、 まだ仔実装のピィにこんな味のある泣き方ができるとは。 男はピィと出会った日を思い出していた。 怯えて泣き叫ぶピィの姿はとても可愛らしく、 どこか男の心の琴線に触れるものがあった。 そして、実際に彼にとってピィはすばらしい実装石になった。 仔実装の可愛らしい声で、深い悲しみを滲ませて泣くピィ。 自分の期待以上に成長してくれたピィに敬意を表して、 この最高の状態で始末することを男は決めた。 男は自室からツールボックスを取ってくると、 まだ泣き続けているピィを捕まえる。 怯えて暴れるピィを抱え浴室へ向かった。 「ピィ、今からお前をゆっくりと殺していく。 最後の晴れ舞台だ、いいところ見せてくれよ」 男は場違いとも言える声援をピィに送る。 「テテッ、テチィイー!」 事実上の死刑宣告にピィがさらに怯えて泣いた。 しかし男はがっちりピィの身体を押さえつけている。 どんなに必死に暴れても無意味だった。 男がツールボックスから大型のハサミを取り出した。 「テチャアアアアアアアアアアー!」 ハサミを見たピィが絶叫した。 相当使い込んであるらしく、かなり汚れている。 その汚れは黒ずんではいるが、かすかに赤と緑が残っていた。 それは数え切れないほど、実装石を切り刻んできたハサミだった。 ピィにもそのハサミが、これから自分の身体につきたてられることぐらい、 簡単に想像がつく。 「テェッ、テェッ、テチィイイイイー!」 ピィは必死に身をよじる。 涙と鼻水を撒き散らし、恐怖に糞を漏らし、がむしゃらにもがくが、 男の腕はピィの胴体をがっちりと押さえ付けていた。 ハサミがピィの身体に触れた。 「テチャアア!チャアアアアアアアーッ!」 ピィの声量限界の大絶叫。 そしてハサミが何かを切断する音。 しかし、ピィには恐れていた身を切る痛みが伝わってこない。 「テチュ?」 よく見るとハサミが切っているのはピィの服だけだ。 一瞬はほっとしたものの、大切な一張羅が台無しにされているのだ、 ピィは嫌がって激しく泣く。 「テチテチテチーッ!テチテチーッ!」 「ピィは本当にいろいろな泣き方が出来るんだな」 男は妙な賞賛をしながらハサミを動かしていく。 服、頭巾、パンツ、みんな切り裂かれてピィは丸裸にされてしまった。 「テチュン…テチュン…」 ボロボロの服の残骸を見てしゃくりあげるピィ。 そのピィに男は突然シャワーを浴びせかけた。 下半身の糞を洗い流し、傷口も軽く洗う。 「さて」 男がピィを押さえ直し、ハサミを構えた。 ピィの右足にハサミが突き立てられた。 そのまま深い切込みを入れて引き抜かれる。 「テチャァァアアアアーッ!」 次は足の先に刃が当てられた。 ゆっくりとつま先の肉が切断されていく。 「テヂィッ!テヂチィィイイイイッ!」 ピィの悲鳴は狂気がかっていた。 無表情なはずの実装石の顔がグシャグシャに歪んでいた。 目は飛び出しそうなほど見開かれ、 涙も鼻水も涎も垂れ流しだ。 食いしばった歯が痙攣でカチカチと鳴っている。 恐怖。 ピィの頭にはそれしかない。 苦痛には慣れているピィも、自分の身体が解体されていく感覚は初めてだ。 ピィが苦悶にのた打ち回る間も、男のハサミは止まらなかった。 1時間がたった。 ピィの四肢はズタズタに切り刻まれ、もはや原型を留めていなかった。 傷だらけの胴体は血まみれで、地肌の見える部分がほとんど無かった。 ひゅーひゅーとピィの息が漏れる。 泣き叫びすぎたピィの喉は枯れ、先ほどから乾いた呼吸音が続いていた。 「少し休憩しようか」 男はピィの身体を拭き、水を飲ませてやる。 「…テチュ…」 ピィが男を見上げて小さく鳴いた。 「ピィ、今まであったことよく思い出しておけよ。 おまえ、もうすぐ死ぬんだからな」 男がピィの頬を優しく撫でた。 その声は小さな子供に言い聞かせるように穏やかだ。 男に促されたようにピィは目を閉じた。 体中が熱い。 傷が多すぎて一つ一つの痛みとして認識できない。 しかし、ボロボロの身体に反して意識は明瞭だった。 今は遠い記憶までが鮮明に思い出せる。 公園で家族と暮らしていた頃。 ピィは姉妹の中でも一番身体が小さかった。 家族の中でいつも虐められていた。 殴られ、齧られ、餌を奪われ、最後は飢えた家族に喰われかけた。 母親は姉妹達を次々に食い殺した。 ピィは生き残った姉妹達と一緒に逃げ出したが、 その姉妹達も腹が減るとピィに襲い掛かった。 なんとか姉妹達からも逃げ出したが、 怪我と空腹で死にかけていたピィを拾ったのが男だった。 それからのピィの生活は知ってのとおりだ。 毎日針で突きまわされ、その痛みに泣き喚く毎日。 そして今、身体を切り刻まれながらピィは殺されていく。 「…テェ…テェェ……」 ピィは小さな声で泣き出した。 いいことなんて一つもなかった。 思い出は苦しみだけだった。 苦しんで苦しんで苦しみ続けて、今もまだ苦しんでいる。 ピィの一生はひたすら他者に虐げられるだけだった。 悲しい。 ただ悲しい。 そんな言葉一つで言い表せてしまう自分の生き方にピィは泣いた。 「テェェェェン…テェェェン…」 か細く小さな絶望の泣き声。 何かの喪失さえ出来なかった、持たざる者の儚い慟哭。 「つらかったんだな、ピィ」 男がピィの頭を撫でた。 ピィの嘆きは深い悲しみに彩られている。 それは泣き声を聞いていれば理解できることだ。 「ピィ、泣け。思い切り泣いていい」 男の声はピィの悲しみを包み込むかのように優しい。 男の手はピィの苦しみを溶かすかのように暖かい。 ピィの胸の奥に明かりが灯る。 気持ちがいい。 この感触はとても嬉しい。 それはピィにとってたった一つだけの喜びの記憶。 時折ピィを撫でてくれる男の手の感触。 「テ…テェ…テェエエエエ!」 ピィの声が跳ね上がった。 男だけがピィに優しくしてくれた。 男だけがピィの苦しみを分かってくれた。 惨めな媚びも、痛みに耐え続けたのも、 全て男に優しくされたかったから。 好かれたかったから。 ピィは自分を支えてくれた希望に感謝した。 優しく撫でてくれてありがとう。 気持ちを分かってくれてとても嬉しい。 でも… 男がハサミを振り上げた。 誰よりもピィを理解してくれる男が、誰よりもピィを残酷に傷つける。 大嫌い! 大嫌い! あなたなんか大嫌い! 「テェェエエエエエエエエエエエエエーン!」 ピィが声を張り上げ号泣する。 肉体の苦痛などもうどうでもよかった。 悲鳴を上げているのは身体じゃない。 ピィの感情の全てが嘆き、呻き、絶叫していた。 男はハサミを振るう。 ピィが声を張り上げて泣く。 男に向けた怒りと悲しみと、ほんの少しの思慕の念。 そのありったけを込めて訴えるかのように、ピィは泣き叫ぶ。 男が頬を撫でる。 ピィが声を振り絞り泣く。 今まで生きた全てに決別する、寂しさと安堵と未練。 自分の全てを捧げて男の望みに応えるかのように、ピィは泣き喚く。 血まみれの演奏会。 奏者は男で、楽器はピィだ。 心の底から湧き上がる感情を乗せ、仔実装の可愛らしい絶叫が響く。 苦痛と悲哀で削り上げ、死の恐怖で蒸留したピィの最後の叫び声。 命と引き換えにすることでしか歌うことのできない歌。 男の演奏にあわせてピィが断末魔の歌を歌っていた。 1時間ほど泣き続けて、ピィは死んだ。 「テェェエエエエエエエーン!」 最後に一際大きな可愛らしい泣き声を上げると、そのまま静かになった。 男はピィの目を閉じてやった。 慈しむような手つきで頬を撫でてやる。 「よく頑張ったな…ありがとう…。本当にありがとう。ピィ」 ピィの可愛い姿、仕草、心のこもった深い泣き声。 きっと男は忘れない。 たった半年の短い生涯で、深い絶望を覗いた悲しい仔実装がいたことを。 動かなくなったピィの頬に水滴が落ちた。 男は初めて自分が泣いていることに気づいた。 今頃になって襲ってくる深い喪失感。 しかし、男は後悔していない。 ピィは美しかった。 最高の姿を見せてくれた。 それ以上のいったい何を望むというのか。 これでよかったのだ。 これが男の愛し方なのだ。 2年が過ぎた。 雨の降りしきる中、男はペット霊園に来ていた。 男の目の前には小さな墓。ピィの墓だ。 毎年ピィの命日に男はここを訪れていた。 「ピィ、あまり来てやれなくてごめんな」 男は墓に金平糖を備えると手を合わせた。 その表情は寂しげだった。 男はピィの後にも5匹の仔実装を飼っていた。 しかし、結局どの仔実装も男を満足させることはできなかった。 ただ本能のまま怯え、泣き、死んでいった。 「テチー…」 手を合わせる男の懐から小さな声がした。 「どうした、狭かったか?」 男は懐から仔実装を出してやる。 つい先ほど拾ったばかりの仔実装だ。 墓地の供え物目当てに、近くに住み着いた実装石の子供だろう。 親とはぐれて泣いていたところを男に拾われたのだ。 まだ小さな仔実装は墓を見上げている。 「これはな、お前の先輩の墓だよ。いい仔実装だったんだ」 「テチュウ?」 「テッチュー♪」 仔実装が供え物の金平糖を見つけた。おおはしゃぎで手を伸ばす。 しかし次の瞬間、歓声が絶叫に変わった。 「テチャァアアアアアーッ!」 仔実装の伸ばした腕を千枚通しが貫いていた。 男が仔実装を捕まえ優しく話しかけた。 「お前は元気があっていいな」 「テチー…?」 不安げに仔実装が男を見た。その肩口にまた千枚通しが突き刺さる。 「テチチィィイイイイーッ!」 男は満足そうに笑った。 男が墓に話しかける。 「ピィ、今度はいけるかもしれない。なんだかやる気が出てきた」 男は歩き去っていく。 その背中に先ほどまでの寂しさは残っていない。 「テェェエエエエーン」 雨の中、上機嫌で歩く男の腕の中で、仔実装が可愛らしい声で泣いた。 終わり ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 注釈. 及び後記. 06/06/03(土)23:00:00 作者コメント: リンガル無し、偽石崩壊無しで書いてみました *1:アップローダーにあがっていた作品を追加しました。 *2:仮題をつけている場合もあります。その際は作者からの題名ご報告よろしくお願いします。 *3:改行や誤字脱字の修正を加えた作品もあります。勝手ながらご了承下さい。 *4:作品の記載もれやご報告などがありましたら保管庫の掲示板によろしくお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 戻る 泣き虫ピィちゃん 06/04/13(Thu),22:12:26 from uploader 日が暮れ薄暗くなった道端で、男は蹲る血まみれの仔実装を見つけた。 野良実装石に襲われたらしく怪我をしているようだ。 男は仔実装の近くで立ち止まった。 「テチー!テテチー!」 手を振り回し威嚇しながら、後ずさりして逃げ出そうとする仔実装。 怪我のせいもあるのだろうが、随分と警戒心の強い奴だ。 ヨロヨロと動きの鈍い仔実装を、男が捕まえた。 「テ、テチャーッ!…テチャァアー!」 仔実装が怯えて泣き叫ぶ。 男は握る力を強めた。 締め付けられた仔実装の悲鳴が跳ね上がる。 「テチテチィーッ!テヂィィイイイー!」 男の口元に満足げな笑みが浮かんだ。 泣き喚く仔実装の口にティッシュを丸め突っ込む。 「テゴッ…」 仔実装は口を塞がれ声が出せない。 恐怖のあまりパニック状態だ。 しかし、男は手の中で仔実装が糞を漏らすのを気にするでもなく、 上機嫌で仔実装を家に連れ帰った。 家に着くと仔実装にはさらに手荒な歓迎が待っていた。 男は仔実装の服に手をかける。 「テェー!テチーッ!」 泣いて嫌がる仔実装を押さえ込み裸に剥いていく。 その手つきは乱暴だ。 仔実装は振り回されながらも、奪われまいと必死に服にしがみ付く。 「テェェエーン!テェエエーン!」 抵抗する仔実装の腕を男が掴んだ。そのまま肩からへし折る。 「テチャーッ!」 もはや服どころではない。 仔実装は痛みに狂ったようにのた打ち回る。 しかし、男はまるで意に介さない。 今度は仔実装を熱湯を張った洗面器に放り込んだ。 骨折の痛み、やけどの痛み、傷に沁みる熱湯の痛み。 仔実装の絶叫は声にすらならない。 仔実装がぐったりしたのを見て、ようやく男の手つきが丁寧になった。 しかし、それは仔実装を思いやってのものではない。 ここで死なれてはつまらないというだけのことだ。 男は汚れた仔実装の身体を洗ってやる。 傷口によく洗剤が沁み込むように念入りなもみ洗いだ。 「テ…テェ…」 小さく呻くのがやっとの仔実装。 男のなすがままに腹を絞られ、糞が溢れ出した。 何度も頭から冷水をかけられ洗い流される。 「テェエエ…テェェエエン!」 途切れる様子のない激しい責め苦に、 仔実装はあらん限りの力で泣き続けた。 荒っぽい入浴から開放されてから、 仔実装はようやく暖かいタオルに包まれた。 男はドライヤーで仔実装の髪を乾かしている。 「テチュ…」 疲れきった声。 その時、男がドライヤーの先端口を仔実装に押し付けた。 「テチャァァアアアアーッ!!」 仔実装の絶叫。 「そうそう。元気があっていいな、お前は」 男が初めて口を開いた。 仔実装が涙を浮かべながら男を見る。 「これからも、その調子でかわいい泣き声を聞かせてくれよ」 男の声はその行動とは不釣合いに、柔らかく優しい声だった。 仔実装には男の言葉はわからない。 ただ声の感じからもう痛いことは終わったと感じた。 男が仔実装の頭を撫でる。 仔実装は逃げようとしない。逃げる体力など残っていない。 しかし、徐々に安心感が湧いてくる。 男の手は暖かく気持ちが良かった。自分を食おうとした母親の抱擁よりも。 「テチュー…」 目を瞑り仔実装は小さく鳴く。 しかし次の瞬間、男はデコピンで仔実装を弾き飛ばした。 呆然とした後、仔実装はまた激しく泣き出した。 「テ…テェエエエーン!テェェエエーン!」 「お前はすぐにピィピィ泣いてかわいいな。 よし決めた、お前の名前は『ピィ』だ。よろしくな、泣き虫ピィちゃん」 ピィの飼い実装石としての生活が始まった。 男は実装石には詳しいらしく、適切な手当てのおかげでピィの怪我もすぐ完治した。 ただ、男の飼い方は極端なものだった。 可愛がるときはダダ甘のネコ可愛がり。 痛めつけるときも徹底的。 しかもそれを同時に行う。 躾のメリハリなどあったものではない。 そもそも男はピィに躾らしい躾などまるで行わなかった。 その場の気分でピィを虐待するだけだ。 挨拶代わりのように理由もなく痛めつける。 ピィが怯えてすぐに糞を漏らすのは想定内なのだろう。 最初からオムツを穿かせて、トイレの用意すらしなかった。 玄関で音がする。男の帰宅だ。 ピィはケージ内で震え上がった。 今日もこれから苦痛の時間が始まるのだ。 「ピィ、ただいま」 男がケージを覗き込んだ。 「テチィッ!テチィーッ!」 ケージの壁に張り付いてピィが怯えた声で鳴く。 始めの数日は威嚇の声を上げることもあったが、 今ではピィはひたすら怯えるだけだ。 連日の男の虐待に、ピィの抵抗する気力などとうに消えている。 無造作に男の手がケージに入り込む。 「テチャァアアアー!」 ピィはいつものように泣き叫ぶ。 男は微笑みながらピィを掴みだした。 「テッ…テチ、テチ…」 手の中でピィはガタガタ震えている。 「ピィ、お腹すいたろ」 男の声はあくまで優しげだ。 テーブルの上にはシートが敷かれ餌が用意してある。 男はピィをそこにゆっくりと降ろした。 「テチューッ!」 降ろされるなり、ピィは走り出す。 テーブルの上を少しでも男から遠ざかろうと、必死によちよち走る。 こうしてピィは毎日同じように逃走を試みていた。 そこが自分が降りられないほどの高さがあることも、 自分の走る速度が滑稽なほどに遅いことも、 恐怖にかられたピィには考えが及ばない。 「こら」 男がピィを捕まえる。 毎日こうしてピィの脱走は失敗していた。 ここからは罰の時間だ。 男はピィを殴ったりはしない。 殴打したとしてもせいぜいデコピン止まり。 その代わり、男は主に千枚通しを使った。 これならば傷は小さくすぐに治る。 しかし傷の痛みは叩かれるよりも長く続くのだ。 男は餌の皿の前にピィを運ぶ。 「テェェエエエーン!」激しく泣いて暴れるピィ。 男はピィの服の裾を捲くった。 「テテチッ!」引きつった声。 ピィの左腿には小さな穴が開いていた。千枚通しの傷跡だ。 「昨日は左足だったな」 男はピィの右足を押さえた。 「テ、テェェェ…」 観念したかのような弱々しい泣き声。 ピィは涙を流しながら抑えられた足を凝視していた。 ドンッ。 ピィの右腿に千枚通しが突き刺さる。 足を貫通した先端はテーブルにピィを縫い止めていた。 「チャァッ!テチャアアアアア!」ピィの高い叫び声。 その頭を撫でながら男はピィに餌を食べさせる。 餌は高級実装フードだ。 泣き叫び続けるピィの口に押し込む。 「ほら、泣きながらでも食べられるだろう」 ピィは涙で顔をくしゃくしゃにしながら咀嚼した。 ピィの食事は基本的に男が食べさせる朝晩の分だけだ。 育ち盛りの仔実装には間隔が長い。 ピィは今、非常に空腹だった。 用意される餌も美味しいものだ。 しかし、本来なら楽しみな食事の時間が、ピィにはとても恐ろしい。 ピィは熱心に実装フードをかきこんでいる。 しかし、その落ち着きのなさは空腹のせいだけではないようだ。 「テチッ!」突然のピィの悲鳴。 男が千枚通しをピィの背中に突き立てたのだ。 突ついた程度ではない。内臓まで到達する深さだ。 男は千枚通しを何本も持っていた。 これが彼の虐待道具なのだ。 先端に返しの付いたもの。 らせん状に波打ったもの。 彼が自分で改良したもので、種類も様々だ。 扱う手つきも慣れている。 クルクル回したり遊びも加えながら千枚通しを繰る動きは、 熟練の技術者の仕事のように滑らかで澱みがない。 男が千枚通しを引き抜いた。 ピィの背中にじわりと血が滲んでくる。 「テ…テェェ…」 ピィは身体を震わせ痛みを堪えていた。 足が固定されているので、身をよじることも出来ないのだ。 「テ…テチュ…テチュ…」 ピィは男を見上げ小さく鳴いた。 涙をこぼしながら見つめてくる気弱な目には、 もう止めてほしいという懇願が込められていた。 「ピィ、どうした?」男がピィに話しかける。 「…テチュ…テチュー…テッ!」 ピィは何かを話そうとしたが、また背中に千枚通しが突き刺さる。 「ほら、元気に泣かなきゃダメだろ」 男はにこやかな笑顔でピィを見ていた。 しかし、その手は別の生き物のように動き、 ピィの身体を傷つけていく。 「テェッ!」 「テチィッ!」 「テテチュッ!」 「テェェエエエーン!」 ピィの食事の間中、男はピィを突付きまわした。 浅く、深く、身体に大きなダメージを与えないよう、 男は巧みに千枚通しを振るう。 その度にピィは呻き、悶え、手足をバタつかせて泣き叫ぶ。 これが彼らの毎日の食事風景だった。 「ピィ、風呂に入ろうか」 食事を終えて、ぐったりしているピィに男が話しかけた。 「テチュ…テチュ…」 ピィが怯えた様子で男を振り返る。 男がピィを掴み上げた。 「テチ…テチ…」 鼻歌混じりで浴室へ向かう男の手の中で、 ピィは身体を丸めて震えている。 今日は風呂の日だ。 苦しみはまだ終わっていなかった。 脱衣所に入るとピィは自分から服を脱ぎだした。 男に乱暴に剥ぎ取られた時に、腕を折られた事を覚えているのだ。 「テチュ…」 男に服を差し出す。 男は服を受け取るとピィを抱き上げる。 「ピィは賢いな、えらいぞ」優しい声で褒める。 しかし、ピィには聞こえていない。 ピィはカチカチ歯を鳴らして、目の前の浴室のドアを凝視している。 ピィにとっては地獄の門に等しいドアだ。 男がドアを開けた。 顔に湯気が当たった瞬間、ピィの緊張の糸が切れた。 「テッ…テチャアアアアアー!」 男の腕の中で怯えて泣き叫ぶ。 糞がもりもりとあふれ出した。 「お、さっそく漏らしたか。手間が省けてよかったよ」 男は浴室の床にピィを置いた。 シャワーの設定温度を目いっぱい上げると、 ピィめがけて熱湯を浴びせかけた。 「テチャ!チャァアアアアー!」 悲鳴を上げてピィは逃げ惑う。 飛び上がるような熱さのシャワーは執拗にピィを追ってきた。 ピィが水圧に負けて転ぶ。 その上に熱湯が滝のように降り注ぐ。 「テェェエエー!テェェェン!」 真っ赤に茹でられながらピィが泣いた。 男はシャワーを止めるとピィを捕まえた。 「テチュ…テチュンテチュン…」 ピィはしゃくり上げるだけで抵抗する様子はない。 これから何が起こるか知っているが、すっかり観念しているようだ。 「よーし、ピィのお腹の中もキレイにしてやるからな」 男はピィの腹を揉み解すと下へ向けて絞っていく。 「テチュゥウウウウウー!」 内臓を押しつぶされるような痛みに、ピィが苦悶の声をあげた。 ピィの総排出口から血の混じった糞が押し出されてくる。 こうした強制糞抜きのおかげで、ピィはあまり糞を漏らさない。 漏らしたとしても少量で済むのだ。 男の実装石の飼育方法は、ある意味非常に合理的だった。 男が自分の身体を洗い出した。 ピィは浴槽の縁に乗せられていた。 そこは小さなピィには断崖絶壁の上だ。 外側に落ちれば大怪我は間違いない高さだ。 内側に落ちたとしても、浴槽は大海に等しい。 「テチューテチュー!」 ピィは濡れて滑りやすい足元にビクビクしながら鳴く。 あれほどの虐待を加えられながら、それでも人間に助けを求めるあたり、 依存心の強い実装石らしい行動だ。 男はピィを無視して身体を洗い続けている。 ピィはだんだん腹が立ってきたが、この足場の悪い場所で暴れるのは命取りだ。 男の助けは諦めたらしく、バランスに注意しながらなんとか腰を下ろすことに成功した。 足で浴槽の縁を跨ぐと、両手でもしっかり抑え身体を支えた。 体勢が落ち着いたところでピィは考える。 実はピィは比較的賢い個体だった。 残念ながら今の環境ではそれを生かす機会はないが、 自分なりに現状を打開する方法をいつも考えていたのだ。 だが、主導権を握っているのは男の方だ。 しかも男は気まぐれで、ピィへの態度が一定していない。 躾けも罰もなく、思いつきでピィを可愛がり痛めつけるのだ。 「テチュン…」 ピィは途方にくれる。 餌は美味しい。暖かい寝床もある。頭を優しく撫でられるのも大好きだ。 しかし、男は恐ろしい。 どうしようもなく理不尽で不条理な気まぐれのたびに、 ピィは苛烈な虐待を受ける。 ニンゲンさんに好かれたら虐められないかもしれないテチュ。 ピィの考えた結論はシンプルだった。 問題はどうやったら男に好かれるのか。 しかし、それを考える余裕はピィには与えられなかったようだ。 「テチュ…テチュ…」 浴槽の縁に跨り、独り言らしき鳴き声を出しているピィを、 男は浴槽へ突き落とした。 「テボブッ…コブブッ…!」 頭から湯船に転落したピィは必死にもがく。 なんとか水面に顔を出したものの、今度は上からお湯をかけられた。 「チュブブブ…テェェェン!ブホッ…テェェエエン!」 咽て咳き込みながらピィは泣いた。 命の危険を感じながらもその声は舌足らずで可愛らしかった。 男はもっとピィを泣かせてやりたくなった。 「ピィ大変だー。嵐が来たぞー」 桶で浴槽の湯をかき回す。湯船が嵐の海に変わった。 大波が、大渦が、ピィの小さな身体を翻弄する。 「テチャアアアアー!」 「チュボハッ…」 「テチィィイイイー!」 「テブホッ…ガボッ」 喉が裂けんばかりに泣き叫び、その度に湯を飲み咽る。 裸のピィが非力ながらも懸命に波に抗う姿は、 滑稽さと可愛らしさが相まって、何か男の心を打つものがあるらしかった。 男が湯船をかき回すうちに、ピィの動きが鈍くなってきた。 どうやらそろそろ体力の限界のようだ。 男が手を伸ばしてやると、ピィは泣きながらしがみ付いてきた。 「テ…テチュ…テチューン…テェェェ」 ブルブル震えて男の手に身体を擦り付けるピィ。 泣き声も弱々しい。 「…テェ…テェェエエーン!」 軽く撫でてやると緊張がほぐれたのか、また大きな声で泣き始めた。 「よしよし、本当に可愛いく泣く奴だな、ピィは」 浴室に響くあどけない仔実装の泣き声。 男は笑いながらピィを掴んだ手を高く上げた。 この高さからまた浴槽に落とすつもりなのか。 男の手の中でピィが異変に気づいた。 「テチュ、テチュ、テチー!」 何か男に話しかけているらしいが、その内容を知る方法はない。 男の手が少し緩んだ。 その時、ピィは初めて怯え以外の反応を見せた。 「テチュウ♪」 媚だ。 男に向かって、ピィは生まれて初めて媚びて見せた。 ピィが恐怖を感じているのは、先ほどから止まらない涙と身体の震えから分かる。 しかし男には予想外の反応だったらしく、その手の動きが止まった。 ピィは自分の考えの正しさを確信した。 男に好かれるためにピィがとった方法の『媚び』。 自分の可愛らしさを存分にアピールし、大切に扱ってもらうための処世術。 実装石の本能に根ざした行動だった。 「お?めずらしいな、ピイがそんなに愛想がいいなんて」 男は腕を下ろすとピィの頭をまた撫でた。 「テチュテチュウ♪」 その優しい手つきにピィは大喜びだ。  やった、ニンゲンさんに好きになってもらえたテチュ。  もう怖いことはされないテチュ。  ニンゲンさん、もっと優しくしてテチ、もっと大切にしてテチ。 ピィはすっかり舞い上がっていた。 男にしてみれば、今まで怯えてばかりのピィの媚びが珍しかっただけなのだが、 ピィにとっては世界が一変したかのような出来事だ。 その日、男は泣かすことなくピィと遊んでやった。 それからというもの、ピィはやたらと媚びるようになった。 たった一度のまぐれの成功に味をしめたのだろうが、 残念ながら男には二度と通用しなかった。 しばらくは男の顔を見れば媚びる状態だったのだが、 その度に千枚通しで突き刺されていては、ピィも学習せざるをえない。 徐々に元の臆病な仔実装に戻っていく。 それでも、苦しくなると僅かな希望に縋っての行動なのか、 涙目で男を見つめながら「テチュゥ♪」と無理矢理に媚びてくる。 賢いとはいえ、知恵を授ける親も無く、相手がこの理不尽極まる飼い主では、 思いつく工夫もこの程度でしかなかった。 男が帰宅する。 「テチャアアアー!」ピィが怯えた声で鳴いた。 いつものようにケージから引きずり出されるピィ。 いつものように食事を与えられ、 いつものように体中を千枚通しで突きまわされ、 いつものようにピィは可愛らしい声で泣き喚く。 「テチィイー!テェェエーン!テェェエエエーン!」 時折、男を見上げて卑屈に媚びる。 「テ…テ…テチュウ♪」 しかし返事は鋭い針の先端だ。 「チャアアアー!」 身体を突き刺される痛みにピィはまた悲鳴を上げる。 ピィは自分の役割を理解できていない。 男がピィに求めているのは泣くことだけだ。 苦痛に身をよじり、可愛らしくも哀れな声で泣き続ける仔実装の姿だ。 ピィには最初から選択肢など与えられていないのだ。 半年ほどが過ぎた。 日頃の恐怖によるストレスのせいか発育が悪かったピィも、 もうすぐ成体になりつつある。 「デチー…」 声も変化し始めたピィを見て男は考えた。 そろそろピィの役目も終わりだな。 ピィの可愛らしい悲鳴を聞ける時期は過ぎようとしていた。 男はピィに最後の大仕事をしてもらうことに決めた。 ある休日の朝。男がピィをケージから出した。 「デチー…」 いつものことながらピィには飼い主の考えがわからない。 不安そうに鳴くピィに男が告げる。 「ピィ、今までありがとう。お前の怯えて泣く姿は本当に可愛かった」 今ではピィは男の言葉がなんとなく理解できるようになっていた。 優しい口調と、感謝の言葉らしき内容に少し安心する。 「今日はお前の最後の日だ。悔いの無いように力いっぱい泣いてくれ」 一瞬、何を言われたのかピィは理解できなかった。 最後の日。 徐々にその意味が頭に染み込んできた。 ついに恐れていた日が来た。 連日の虐待の中で、いつか来るのではないかと常に感じていた不安。 自分が殺される恐怖がとうとう現実になった。 「テェェエエエエエー!」 ピィは逃げ出した。 どこへ向かうのかも思いつかないまま、がむしゃらに走る。 とにかく男のいないところへ。 安全なところへ。 その後ろ髪を捕まえられてピィは引き戻された。 懸命に走っていたつもりでも、実際は男の歩く速度よりも遅いのだ。 強引に振り向かされたところで、ピィの胸に鋭い痛みが走る。 見ると千枚通しが根元まで刺さっていた。 「テジャアアアアアー!」 「そうそう、いい感じだ。ピィはやっぱり才能があるよ」 新しい千枚通しを弄びながら男がピィを褒めた。 声だけを聞けば、親が子供を褒めるような優しい声だ。 「ただ、ちょっと声が濁ってるな。前みたいには可愛く泣けないか?」 また胸に刺さる新たな千枚通し。 「デギャアア!」成体のような叫び声。 「違う。そうじゃない」 男が千枚通しを捻る。 鋭い先端が胸の奥の肉を引き裂いて抉った。 「テチィィィイイイイイイイイー!」 激痛に身体が跳ね、同時に声も跳ね上がる。 「よしよし、いいぞ」 男がさらに肉を抉ってきた。 「テェッ、テェッ、テェエエエエエ!」 激しく痙攣し絶叫するピィ。 男は笑いながらピィの髪を掴んで持ち上げた。 空中でバタバタと暴れるピィ。 その身体を男は振り子のように揺らし、千枚通しを構えた。 身体が戻ってくるたびに針の先端が身体に刺さる。 「テッ!」 「テチィッ!」 「テェェェエエン!」 一定のリズムで襲ってくる痛みにピィは泣きじゃくる。 30分は続けていただろうか。 ピィの緑色の服はボロボロに穴が開き、 ピィの身体も血まみれだ。 男がようやっと振り子遊びを止めた。 「かわいい声だったぞ、ピィ」 男がまた理不尽に褒めた。 ピィはぶら下げられたまま、男を見つめていた。 血で汚れた腕をゆっくりと口元に当てる。 「テチュウ♪…」 見るも無残な血まみれの媚び。 ピィが学んだたった一つの処世術。 この苦痛と恐怖の時間の中で、一縷の望みをかけてピィは全力で媚びた。 男は無反応だった。 「テチュウ♪」 ピィはもう一度媚びた。 いや、何度でも媚びるつもりだった。 もしかしたら、 もしかしたら最初に媚びた時のように、男が笑ってくれるかもしれない。 痛いことを止めて、また優しくしてくれるかもしれない。 いや、きっとそうだ。そうなるはず。 ピィはまた口元に手を当てた。 自分で最も可愛いと思える仕草で首を傾げる。 「テ…」 しかしその媚びは男の拳に遮られてしまった。 ピィは一瞬何が起こったかわからなかった。 自分が殴られたと理解したのは、反対の頬に2発目を入れられた時だった。 ピィが本格的に殴られたのは、これが生まれて初めてだ。 痛みと恐怖、何よりも衝撃の大きさがピィをパニックに追いやる。 「テ…テ…テェェェエエエエエエーン!」 幼児退行したかのように大声を張り上げて泣くピィ。 男は満足そうにその声に耳を傾けていた。 男は泣き続けるピィを放り出すと、明るく話かけた。 「どうだピィ、痛いだろう。今までは痛みだけだったけれど、 今日は身体をぶっ壊していくからな。まだまだこんなものじゃないぞ」 男の口調はまるで、楽しいイベントを盛り上げるかのような快活さだ。 ピィは男の言葉を聞いて泣き止んだ。 身体をぶっ壊す。 とんでもなく恐ろしいことを聞いてしまった。 だが、ピィにできることはやはり一つしかない。 「テチューン♪」 ガタガタ震えながらの必死の媚び。  ワタシはこんなにかわいいテチュ。  だからひどいことしないでほしいテチュ。 命を懸けるには余りにマヌケなポーズを取りながら、 ピィは上目遣いで男の様子を見た。 男は冷ややかな目でピィを見ていた。  あれ?おかしいテチュ。  ニンゲンさんのこんな顔初めてみるテチュ。 うろたえるピィを男が冷たく笑った。 「何度も同じことするなよ。ちっとも可愛くないんだから」 男の言葉に呆然とするピィ。 そこを男が思い切り蹴り飛ばした。 床に転がるピィをまた男が捕まえた。 「媚びてもよけい不細工に見えるぞ。その見苦しい媚びにはうんざりしているんだ。 はっきり言うけど、ピィの可愛いところは泣き声だけだよ」 男ははっきりとわかる嘲笑を浮かべていた。 媚びる姿が醜い。 ただそれだけの言葉がピィを深く傷付けた。 苦痛ばかりの毎日の中で、ピィが初めて抱いた希望は媚びることから始まった。 ピィが生きてきた中で唯一の成功だと信じていた。 媚びることが、いつかこの苦しみから解放されると信じる、ピィの心の支えだった。 しかし、それは自分の思い込みに過ぎなかったのだ。 おめでたい勘違いで得たのは冷たい嘲笑だけだった。 つい先ほどまで大切に思ってた希望が、今では愚かさの証明に思えてくる。 「テ、テェェェェ…テェェェェ……」 ピィの泣き声が変わった。 内側が剥がれ落ちていくような、力のない声で泣いていた。 男はピィの変化に驚いていた。 身体を傷つける暴力だけではこんな泣き方はしない。 これは何か大切なものを失った喪失の苦しみの声だ。 情緒面が発達した成体ならともかく、 まだ仔実装のピィにこんな味のある泣き方ができるとは。 男はピィと出会った日を思い出していた。 怯えて泣き叫ぶピィの姿はとても可愛らしく、 どこか男の心の琴線に触れるものがあった。 そして、実際に彼にとってピィはすばらしい実装石になった。 仔実装の可愛らしい声で、深い悲しみを滲ませて泣くピィ。 自分の期待以上に成長してくれたピィに敬意を表して、 この最高の状態で始末することを男は決めた。 男は自室からツールボックスを取ってくると、 まだ泣き続けているピィを捕まえる。 怯えて暴れるピィを抱え浴室へ向かった。 「ピィ、今からお前をゆっくりと殺していく。 最後の晴れ舞台だ、いいところ見せてくれよ」 男は場違いとも言える声援をピィに送る。 「テテッ、テチィイー!」 事実上の死刑宣告にピィがさらに怯えて泣いた。 しかし男はがっちりピィの身体を押さえつけている。 どんなに必死に暴れても無意味だった。 男がツールボックスから大型のハサミを取り出した。 「テチャアアアアアアアアアアー!」 ハサミを見たピィが絶叫した。 相当使い込んであるらしく、かなり汚れている。 その汚れは黒ずんではいるが、かすかに赤と緑が残っていた。 それは数え切れないほど、実装石を切り刻んできたハサミだった。 ピィにもそのハサミが、これから自分の身体につきたてられることぐらい、 簡単に想像がつく。 「テェッ、テェッ、テチィイイイイー!」 ピィは必死に身をよじる。 涙と鼻水を撒き散らし、恐怖に糞を漏らし、がむしゃらにもがくが、 男の腕はピィの胴体をがっちりと押さえ付けていた。 ハサミがピィの身体に触れた。 「テチャアア!チャアアアアアアアーッ!」 ピィの声量限界の大絶叫。 そしてハサミが何かを切断する音。 しかし、ピィには恐れていた身を切る痛みが伝わってこない。 「テチュ?」 よく見るとハサミが切っているのはピィの服だけだ。 一瞬はほっとしたものの、大切な一張羅が台無しにされているのだ、 ピィは嫌がって激しく泣く。 「テチテチテチーッ!テチテチーッ!」 「ピィは本当にいろいろな泣き方が出来るんだな」 男は妙な賞賛をしながらハサミを動かしていく。 服、頭巾、パンツ、みんな切り裂かれてピィは丸裸にされてしまった。 「テチュン…テチュン…」 ボロボロの服の残骸を見てしゃくりあげるピィ。 そのピィに男は突然シャワーを浴びせかけた。 下半身の糞を洗い流し、傷口も軽く洗う。 「さて」 男がピィを押さえ直し、ハサミを構えた。 ピィの右足にハサミが突き立てられた。 そのまま深い切込みを入れて引き抜かれる。 「テチャァァアアアアーッ!」 次は足の先に刃が当てられた。 ゆっくりとつま先の肉が切断されていく。 「テヂィッ!テヂチィィイイイイッ!」 ピィの悲鳴は狂気がかっていた。 無表情なはずの実装石の顔がグシャグシャに歪んでいた。 目は飛び出しそうなほど見開かれ、 涙も鼻水も涎も垂れ流しだ。 食いしばった歯が痙攣でカチカチと鳴っている。 恐怖。 ピィの頭にはそれしかない。 苦痛には慣れているピィも、自分の身体が解体されていく感覚は初めてだ。 ピィが苦悶にのた打ち回る間も、男のハサミは止まらなかった。 1時間がたった。 ピィの四肢はズタズタに切り刻まれ、もはや原型を留めていなかった。 傷だらけの胴体は血まみれで、地肌の見える部分がほとんど無かった。 ひゅーひゅーとピィの息が漏れる。 泣き叫びすぎたピィの喉は枯れ、先ほどから乾いた呼吸音が続いていた。 「少し休憩しようか」 男はピィの身体を拭き、水を飲ませてやる。 「…テチュ…」 ピィが男を見上げて小さく鳴いた。 「ピィ、今まであったことよく思い出しておけよ。 おまえ、もうすぐ死ぬんだからな」 男がピィの頬を優しく撫でた。 その声は小さな子供に言い聞かせるように穏やかだ。 男に促されたようにピィは目を閉じた。 体中が熱い。 傷が多すぎて一つ一つの痛みとして認識できない。 しかし、ボロボロの身体に反して意識は明瞭だった。 今は遠い記憶までが鮮明に思い出せる。 公園で家族と暮らしていた頃。 ピィは姉妹の中でも一番身体が小さかった。 家族の中でいつも虐められていた。 殴られ、齧られ、餌を奪われ、最後は飢えた家族に喰われかけた。 母親は姉妹達を次々に食い殺した。 ピィは生き残った姉妹達と一緒に逃げ出したが、 その姉妹達も腹が減るとピィに襲い掛かった。 なんとか姉妹達からも逃げ出したが、 怪我と空腹で死にかけていたピィを拾ったのが男だった。 それからのピィの生活は知ってのとおりだ。 毎日針で突きまわされ、その痛みに泣き喚く毎日。 そして今、身体を切り刻まれながらピィは殺されていく。 「…テェ…テェェ……」 ピィは小さな声で泣き出した。 いいことなんて一つもなかった。 思い出は苦しみだけだった。 苦しんで苦しんで苦しみ続けて、今もまだ苦しんでいる。 ピィの一生はひたすら他者に虐げられるだけだった。 悲しい。 ただ悲しい。 そんな言葉一つで言い表せてしまう自分の生き方にピィは泣いた。 「テェェェェン…テェェェン…」 か細く小さな絶望の泣き声。 何かの喪失さえ出来なかった、持たざる者の儚い慟哭。 「つらかったんだな、ピィ」 男がピィの頭を撫でた。 ピィの嘆きは深い悲しみに彩られている。 それは泣き声を聞いていれば理解できることだ。 「ピィ、泣け。思い切り泣いていい」 男の声はピィの悲しみを包み込むかのように優しい。 男の手はピィの苦しみを溶かすかのように暖かい。 ピィの胸の奥に明かりが灯る。 気持ちがいい。 この感触はとても嬉しい。 それはピィにとってたった一つだけの喜びの記憶。 時折ピィを撫でてくれる男の手の感触。 「テ…テェ…テェエエエエ!」 ピィの声が跳ね上がった。 男だけがピィに優しくしてくれた。 男だけがピィの苦しみを分かってくれた。 惨めな媚びも、痛みに耐え続けたのも、 全て男に優しくされたかったから。 好かれたかったから。 ピィは自分を支えてくれた希望に感謝した。 優しく撫でてくれてありがとう。 気持ちを分かってくれてとても嬉しい。 でも… 男がハサミを振り上げた。 誰よりもピィを理解してくれる男が、誰よりもピィを残酷に傷つける。 大嫌い! 大嫌い! あなたなんか大嫌い! 「テェェエエエエエエエエエエエエエーン!」 ピィが声を張り上げ号泣する。 肉体の苦痛などもうどうでもよかった。 悲鳴を上げているのは身体じゃない。 ピィの感情の全てが嘆き、呻き、絶叫していた。 男はハサミを振るう。 ピィが声を張り上げて泣く。 男に向けた怒りと悲しみと、ほんの少しの思慕の念。 そのありったけを込めて訴えるかのように、ピィは泣き叫ぶ。 男が頬を撫でる。 ピィが声を振り絞り泣く。 今まで生きた全てに決別する、寂しさと安堵と未練。 自分の全てを捧げて男の望みに応えるかのように、ピィは泣き喚く。 血まみれの演奏会。 奏者は男で、楽器はピィだ。 心の底から湧き上がる感情を乗せ、仔実装の可愛らしい絶叫が響く。 苦痛と悲哀で削り上げ、死の恐怖で蒸留したピィの最後の叫び声。 命と引き換えにすることでしか歌うことのできない歌。 男の演奏にあわせてピィが断末魔の歌を歌っていた。 1時間ほど泣き続けて、ピィは死んだ。 「テェェエエエエエエエーン!」 最後に一際大きな可愛らしい泣き声を上げると、そのまま静かになった。 男はピィの目を閉じてやった。 慈しむような手つきで頬を撫でてやる。 「よく頑張ったな…ありがとう…。本当にありがとう。ピィ」 ピィの可愛い姿、仕草、心のこもった深い泣き声。 きっと男は忘れない。 たった半年の短い生涯で、深い絶望を覗いた悲しい仔実装がいたことを。 動かなくなったピィの頬に水滴が落ちた。 男は初めて自分が泣いていることに気づいた。 今頃になって襲ってくる深い喪失感。 しかし、男は後悔していない。 ピィは美しかった。 最高の姿を見せてくれた。 それ以上のいったい何を望むというのか。 これでよかったのだ。 これが男の愛し方なのだ。 2年が過ぎた。 雨の降りしきる中、男はペット霊園に来ていた。 男の目の前には小さな墓。ピィの墓だ。 毎年ピィの命日に男はここを訪れていた。 「ピィ、あまり来てやれなくてごめんな」 男は墓に金平糖を備えると手を合わせた。 その表情は寂しげだった。 男はピィの後にも5匹の仔実装を飼っていた。 しかし、結局どの仔実装も男を満足させることはできなかった。 ただ本能のまま怯え、泣き、死んでいった。 「テチー…」 手を合わせる男の懐から小さな声がした。 「どうした、狭かったか?」 男は懐から仔実装を出してやる。 つい先ほど拾ったばかりの仔実装だ。 墓地の供え物目当てに、近くに住み着いた実装石の子供だろう。 親とはぐれて泣いていたところを男に拾われたのだ。 まだ小さな仔実装は墓を見上げている。 「これはな、お前の先輩の墓だよ。いい仔実装だったんだ」 「テチュウ?」 「テッチュー♪」 仔実装が供え物の金平糖を見つけた。おおはしゃぎで手を伸ばす。 しかし次の瞬間、歓声が絶叫に変わった。 「テチャァアアアアアーッ!」 仔実装の伸ばした腕を千枚通しが貫いていた。 男が仔実装を捕まえ優しく話しかけた。 「お前は元気があっていいな」 「テチー…?」 不安げに仔実装が男を見た。その肩口にまた千枚通しが突き刺さる。 「テチチィィイイイイーッ!」 男は満足そうに笑った。 男が墓に話しかける。 「ピィ、今度はいけるかもしれない。なんだかやる気が出てきた」 男は歩き去っていく。 その背中に先ほどまでの寂しさは残っていない。 「テェェエエエエーン」 雨の中、上機嫌で歩く男の腕の中で、仔実装が可愛らしい声で泣いた。 終わり ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 注釈. 及び後記. 06/06/03(土)23:00:00 作者コメント: リンガル無し、偽石崩壊無しで書いてみました *1:アップローダーにあがっていた作品を追加しました。 *2:仮題をつけている場合もあります。その際は作者からの題名ご報告よろしくお願いします。 *3:改行や誤字脱字の修正を加えた作品もあります。勝手ながらご了承下さい。 *4:作品の記載もれやご報告などがありましたら保管庫の掲示板によろしくお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 戻る

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