「デ?」「デー」「デス—」 地方都市の片隅にあるような、管理者が不在となり公的扱いがほぼ宙に浮いたような空き地まがいの公園。 滑り台と砂場と水場、そして少しの茂みが囲むようなもの。 「デスゥ?」 そんな場所には実装石がよく住み着く。 野良は野良なりの民度ではあるが、昨今は飼い実装のアベレージ向上による捨て実装の価値観変化や旧来の糞蟲実装の淘汰もあり、 野良の繁殖した公園がかつての地獄じみた惨状になっている例はあまり見られない。 「デー」「デッスデッス」 茂みに枯れ枝やらお菓子の空き箱を連ねて構えるハウスにこそりこそりと生活する。 優しそうな人間が来れば構って遊んでと手足をジタバタさせたり、飼ってもらおうとアピールする。 大体がそんな程度。糞投も無意味な公開脱糞も過去の話。 糞蟲でもなければ良蟲でもない、そこそこ賢い半端モノ、それが現代の野良実装だった。 かつての熱狂的な野良保護論争虐待論争もひと段落で熱が引き、すっかり飽きられたような様相になったのさえ10年は前にさかのぼる。 その後に訪れた実装石に対しての冷めた目線や態度の時代は、今も続いている。 実装石は変わっても、実装石を取り巻く温度はそれからずっと変わらなかった。 なんとなく扱いの宙に浮いたナマモノは、なんとなく宙に浮いたまま。 大して守られもしないので虐待を受け続けている。 今更突いて面倒を増やすのを誰もが避けて通る。 路傍で蹴られていても、遊び半分で殺されていても、未だに実装石は「そういうもの」という扱いだ。 野良の極端な糞蟲比率の低下は皮肉にも実装石から注目さえ取り上げてしまっていた。 ファンがいなければアンチは盛り上がらない。 令和に数えて7つ目の年、すっかり色あせた実装石というフシギナマモノを守ろうというものは誰もいなかった。 …… 「アッ……アアッ」 がたがたと震えるその野良実装石は、喉から声にならぬ音を漏らしてブリブリと糞を漏らした。 重々しいパンコンがパンツを緑に染め上げ、おクツは片方が脱げてとてもみすぼらしい。 ずりずりと頭を低くして這いずり、封鎖された深夜の公園の茂みを、辿り着く場所もないのにむやみに逃げ回る。 どこかに安全があると祈るように、信じるように。 前なんか見えていない、上下左右の感覚は愛する仔共が目の前で焼殺された時点で吹き飛んだ。 足が痛くなって立ち上がれなくなるまで絶叫して逃走し、今のような状態になった。 こいつを、腹這いとでも呼ぼうか。 ずりずり、ずりずり。 腹這いは標準的な成体。のろまな三等身の30センチ。生まれは野良だが親は元飼い。 ずりずり、ずりずり。 だからおフクや身だしなみを気にして生きてきたが、 生まれながらのその宝物は今や地べたへ擦られ過ぎてボロボロ、気にする余裕もありはしない。 全てを取り巻く状況さえなんてことはない。 ヒマな虐待派が半放置状態の小さ目な公園を封鎖して、実装石に地獄を見せているだけのよくある話。 動機のない暴力は、動機がないゆえに洗練されていて、手早かった。 よくある話と、そこに出て来るよくある実装石。 それが腹這いだった。 「デ……!」 ぐにょりとした感触に腹這いが少し頭を冷やす。 それは四肢が派手に吹き飛んで顔面だけがミンチ状になった、仔実装の死体。片耳のズキンが欠けている。 知己の仔だ、賢いオアイソ上手で今度愛護派サンと見込んだ人への託児に連れて行くという夢のある、 まあ端的に言って自殺行為話をこの仔のママがしていた記憶がある。 それはまだほんのりと温かい。 ならば、それを作り出した者が近くにいるのも道理。 『ジッソ—ダンスで、プリプリテッチュ~!プリプリ♡プリンセチュ!おチリもプリプリィンテチュ♡』 能天気で底抜けに明るい実装ソングが虐待派の持つ端末から再生されていた。 ぼんやりと関連のありそうなワードが連ねられ作られたAI作詞作曲のめちゃくちゃな歌詞。 飼い実装向けの最流行人気ナンバー。 「デデデッ」 虐待派がしゃがんで、腹這いを見る。 そうしてニッコリと笑う。腹這いは覚悟した。 …… …… 空が白みかかるよりずっと前に虐殺は終わって、虐待派はテキパキと後始末をして消えている。 「デー……」「デスゥ……」実装石たちがしょんぼりした様子で一カ所に集まっている。 眉間にあたる場所に小さくしわを寄せ、顔を見合わせては頭を横に振って失意のジェスチャー。 皆成体実装だった。仔実装や親指、蛆だけを虐待派が暴力で全滅させたことを実装石たちは確かめた。 ではこの公園の成体実装は皆無事……ではない。 皆がメチャクチャな狂乱の逃走を選択した為に、身なりはずたずただ。 実装石の身体部位で唯一再生のしない宝物であるダイジダイジのおフクや髪サンはどこかしら傷が入っている。 仔を殺されてショック死した実装も当然いる。 「デェ—……」 そのような個体を横目にする腹這い。狭い公園には好きも嫌いも顔見知りが多い。 仔を殺されたその実装は、教育熱心なママだった。 野良としての知識を蓄えては仔を繋げ、いつか人間が出来のイイ自分の子孫を見出して飼いに召し上げるのだと夢見ていた。 何代前からもその夢を受け継いで、壮大な家訓に生きて仔をしっかりと躾けてきたロマンチストだった。 「デスゥ、デスゥ~……」 生きてさえいれば、教育し直しになるとはいえ仔は再度産めただろうに。 その血脈に刻まれた夢の終わりになることもなかったろうに。 腹這いはそう思いながら、厳格な教育ママの哀れな死肉にかじりついた。 骨と皮ばかりで肉はあまりない。普段の食生活で、仔の健康を優先していたことが伺えた。 同族食いは良くないと腹這いはママに教えられてきたが、緊急事態ゆえにとにかく腹を満たして絶望を誤魔化したかった。 死肉をある程度食べた後に、腹這いはハウスに戻ることにした。 明日も生活しなければいけない。生きていかなければいけない。 腹這いは思う、なんで生きているんデス?、という思いも、生唾を飲み込んで押し流す。 ニンゲンに愛されるユメに何時か辿り着くための準備期間だと自分に言い聞かせて、誤魔化していく。 これは試練で自分は試されている。一種宗教狂的な妄執だけが、正気を世界に結び付けている。 ニンゲンサンに助けを求めに行くと暴走していた近所の実装を想う。 バカデス、そんなことをすれば死んでしまうデスと考える。 一方、万が一彼女たちが飼われたらを想起してぐらぐらと心が揺れる。 幸せ回路の動きに逆らえない、実装石らしい精神状態だった。 そうこうしている間にハウスに辿り着いている、もう疲れた。横になろう。 腹這いは甘美な妄想を思い出すのを懸命にやめて眠る。 寝て忘れる、という行為は、野良生活を送る実装が遅かれ早かれつける知恵のうちとても有用な一つだった。 …… …… 翌朝。早朝。 「チュッチュ!チュワッ!チョワ~ン!」 甘ったれた仔実装特有の鳴き方であるチュッチング声を上げて、中年女性がふくよかな仔実装を連れて公園を散歩にし現れた。 見た目が頭でっかちで人間の子供っぽく、自尊心を傷つける心配のない小ぶさいくな顔のペット品種の実装石。 処分も楽々で面倒になればすぐに手放せる、無責任が許容されてしまう存在。 それは行き場のない母性やら父性を抱える人間から、そのやり場としてそれなりの立ち位置を確保していた。 「チュワンッ♪」甘えたチュッチングを繰り返す仔実装、 軽快なステップを踏みながら公園を散策する。 春の陽気に頼れるニンゲンママ、そして野良のナカマの香りでいっぱいの公園に本能から安楽を覚えていた。 仔実装はたまらずカン高い声でやかましく歌いだした。 「テチュテチュテッチュ~!テチュテチュ♡テチュンテチュ!テチュチュテ、テチュテチュゥンテチュ♡」 高らかに喚いて公園中をスキップして回る。途中で足が疲れたのか、飼い主を呼んでその手に載せてもらっている。 公園中どこにも、その歌が聞こえた。 …… …… 眠っていた腹這いは起き抜けに聞こえたやかましいの声の、その節回しとリズムにガタガタと震えた。 ブリブリ、ブリ、ブチュ、ブリュリィ、ブチビリリリ ブッブッブウ、プスゥ~ブッ!! 反射的な感情の昂りによる脱糞パンコンも起こす。 腹這いは昨日の今日で記憶に焼き付いている。 あの歌だ、大事な仔実装を奪ったあの歌だ。 恐る恐るに巣から顔を出して、その音源がただの散歩仔飼い実装だと確認しても震えが止まらない。 見れば、公園中の実装が潜む茂みがすべて同じような状態だった。 「テチコちゃん、公園はくちゃいくちゃいだから帰りまちょうね~」 「チュチュッ、テチュゥ~ン♡」 飼い主が野良の連続脱糞による悪臭に顔を顰めると、手早くテチコを回収して公園を出ていく。 テチコも散々に脳内歌唱ショーを行えてただただ満足した様子であり、またその下腹部も プリプリッ、プチュリ、プゥ、プスーップヂュッ! 嬉しい感情の昂りによるパンコン済みである。 「ああ漏らしちゃってる」飼い主が呆れた顔になる。心底煩わしい、と言う顔だった。 テチコは、体型といい、チュッチング声といい、まともな躾を実装ショップから離れてからされていないのだろう。 糞蟲でこそないものの、その寿命は確実に長くはないに違いない。 「チュッチュ!テェチュ~♡」 能天気に甘え続けるテチコは、シアワセを謳歌していた。 時刻は5時20分ごろ。 まだまだ朝の早い時間。エサ取りに精を出すべき時間帯。 しかし、あの歌の動揺にやられた実装たちは頭を抱えてうずくまっている。 トラウマにつつかれた心臓を落ち着かせるのに必死で動けもしない始末。おそらく何匹か餓死実装が出るだろう。 …… …… 「アーハッハッハ!」 公園に設置した隠しカメラからの映像に虐待が家の中で手を叩いて笑う。 近頃の野良実装石はそこそこ記憶力がイイ。 かつてのバカ糞蟲系の血脈の多くが自然淘汰や駆除で断絶し、 ハイアベレージの捨て実装が血筋に入ったりした結果それなりのアタマを大体のが持っている。 だから、ありふれたものをトラウマと関連付けてやるとその無駄な記憶力によってなんてことないトリガーから鮮明に想起を起こす。 かつての能天気バカばかりだった野良実装では成立しない類の虐待方法。 それは大パニックや恐慌を一斉に起こさせて何とも愉快な絵面が生まれるもの。 今やスタンダードなタイプの野良群れ向け虐待は、手軽な手段で楽しまれていた。 動機らしい動機すらない、やれるからやったできるからやるの精神で行われている虐待行為。 仔実装のお歌がトラウマになった公園の野良たち。 昼下がりや夕方に公園を訪れる散歩実装は一匹二匹ではない。 再度高らかに歌われるだろう歌に彼女たちはどこまで追いつめられるだろうか。 あの歌は人気ナンバーワンの流行曲だ、影響されやすい実装石は必ずと言っていいほど歌う。 野良は絶対にこの日、もう一度あの歌を聴くこととなるだろう。 それにより、歌に恐慌した野良が歌い手たる飼いを襲うなんてことになるかもしれない。 虐待派は、ずっと実装石について回って、きっとこれからも本質を変えないだろう。 実装石を守る存在なんて、もうどこにもいないのだから。 (実装石の過酷な運命は)つづく (公園の野良たちの運命は)おわり
1 Re: Name:匿名石 2025/04/02-22:33:48 No:00009580[申告] |
一向にペットの放棄対策や繁殖対策をしないショップと捨てる人が元凶なんだよなあ |
2 Re: Name:匿名石 2025/04/03-17:33:27 No:00009584[申告] |
なんか頭に入ってこなかった |
3 Re: Name:匿名石 2025/04/04-07:16:31 No:00009587[申告] |
ローカルで流行ってるご当地実装ソングって事でもよかった気がする
蓋を開けてみたら虐待派がAIで粗製した仕掛けで飼いにはついつい口ずさむ曲でも野良にはトラウマソング的な罠 |