2024年10月某日、実装ショップ店内 俺の名前はトシダアキヒロ、24歳。この実装ショップで働き始めて5年目の店員だ。 実装石がこの世に湧き出てから19年目の今年も、相変わらず店はそこそこ賑わっていた。 棚には色とりどりの実装グッズが並び、水槽には仔実装たちが「テチー!」と鳴きながら客に愛想よく挨拶をかます。 俺の仕事は、商品の補充や掃除、そして忌々しき売れ残りの世話だ。 売れ残りってやつが、毎日の頭痛の種なんだよ。 「ワタチを見てテチィ!可愛いワタチ見テチィ!」 目の前の水槽で、売れ残りの仔実装が壁をペチペチ叩いて騒いでる。 こいつはもう半年以上ここにいる。薄緑色服を着た仔実装。名前は店員間で勝手に「チビ」と呼んでる。 選ばれない理由は明白だ。 声がでかくて、態度が生意気すぎる。 ショップに並ぶ実装石ってのは基本的に愛らしい仕草で人間の気を引く生き物なんだが、こいつは違う。 威嚇したり、トイレ以外でクソをしたり、しまいには気に入らない客に「テー!」とヤジをとばす始末。 そりゃ売れねえよ。 「チビ、お前またトイレ以外で脱糞したのかよ。掃除が面倒なんだからトイレでやれって何度言えばわかるんだ?」 俺はリンガルアプリをオンにして、呆れながら言う。 実装ショップの水槽にはトイレ用の紙パックが備え付けられてるけど、こいつはわざと外す。意図的に外している。 俺を困らせるためだ。 「テチャァァ!掃除という仕事をオマエに提供してやっているんテチ!」 チビが水槽の中で腕を振り回して宣う。リンガル越しに聞こえるその声が、カン高い上に生意気で、毎回イラっとする。 「いっそ虐待派にでもいいからさっさと売れてくんねえかなあ。売れ残り。」 俺はそう言いながら、ゴム手袋をはめて水槽の掃除を始める。 チビはいじめられたのを装って「テェェェン!」と泣き真似をして客がいる方向に顔を押し付けている。 これ見よがしが客に無視されると「テー!」とヤジを飛ばしていた。 「やめろって!品がねえな!」 軽く水槽を叩くと、チビは「テジャァァ!」と叫んで水槽の隅に引っ込む。まじでこいつ、躾けされてんのにコレだもんな……。 実装石ってのは難儀なナマモノだが、うちの店長にかかればどんなヤツでも『売れる』実装に仕立て上げられている。 店長の手にかかればどんなやつでも良実装程度には仕上がる、でもそんな中でチビは例外中の例外だった。 そりゃそんな筋金入りは、売れ残りになるのも当然と言えた。 掃除が一段落して、俺は店内の様子を見回す。 夕方のピークタイムで、様々な実装好き達が水槽を覗き込んでる。 実装グッズコーナーには、カラフルな実装ボールや成長抑制フード、ピンクと黄色の実装ハウスが並んでる。 若き実装好きが「これ良さそう」と仲間と情報交換をするような声が聞こえる。 俺が入社した時から、この風景は変わらない。 なんだかんだいって飼い実装石はマニア向けとはいえニッチを確立した、愛玩ペット市場のいちカテゴリだ。 「トシダくん、ちょっと手伝ってくれる?」 店長の声に振り返ると、40代半ばの店長が新商品の箱を抱えてこっちを見てる。 俺はチビの水槽に蓋して、店長のとこに駆け寄る。 「これ、実装トイレの新色だってさ。チビのやつに試してみなよ。あいつ、紙パック使わないだろ?」 店長が笑いながら言う。確かに、ピンクの新色トイレは実装好みのカラーリング。これならチビも気に入るかもしれない。 「試してみますけど、あいつ性格悪いんで期待しないでくださいよ。」 俺がそう返すと、店長は「まあ頑張れよ」と肩を叩いてバックヤードに戻っていく。 その時、店の入り口近くで客が何やら話してる声が耳に入った。 「ねえ、実翠石って知ってる?最近ネットで話題になってるらしいよ。」 「え、なにそれ?実装石とどう違うの?」 「なんか見た目が人間みたいでめちゃ可愛いんだって。穏やかで飼いやすいらしいよ。」 実翠石?なんて初めて聞く名前だった。 俺はチビ水槽に新色トイレをセットしながら、ちょっと耳を傾ける。 「へえ、面白そう。でも実装石で十分じゃない?うちの子、めっちゃ可愛いし。」 「でもすっごく賢くってお掃除とか洗濯してくれるらしいよ?」 ふぅん、賢いペットねえ。実装石だって訓練次第でかなり賢くなるけど、掃除ができるなんて出来過ぎた話はないしなあ まあ噂話には誇張が混じる。別に大した話じゃないだろ。 きっとネットでちょっとバズってるだけなんだろうな。 そう思って、特に気にも留めずチビの水槽に目を戻す。 「テェ!?何このピンクのトイレ!こんなのでワタチを満足させようってのテチィ!?」 チビが新色トイレを蹴飛ばして騒ぎ始める。 「気に入るかと思ったらコレなのが最高にお前って感じだよ。」 俺がリンガル越しに言うと、チビは「テー!」とまたヤジを吐いていた。 「まったく……」 …… …… 「テッテロチェー♪テチューン!ワタチを見てテチィ?ワタチをニンゲンに見せてやってるテチ!」 ワタチは今日も水槽の中でおウタにオドリにおおいそがしなんテチ。 しかしカワイイなワタチを、ニンゲンどもがムシするなんてユルせないテチ! 掃除ニンゲンに毎日文句言われるのもムカつくテチ。 ワタチはもっとシアワセになるべき存在テチィ! なのに売れないテチ?!もっとカワイイ姿を見せつけて、シアワセへの道をひらくためがんばるんテチ! でも今日はなんかちがうテチ。 おみせの雰囲気がいつもとちがうテチィ。 ニンゲンたちが何か騒がしくて「ジッスイ!ジッスイ!」ってうるさいテチ。 最近、そいつらの話が耳に入ってくるようになったテチ。 「カワイイ」とか「カチコイ」とか……そのいちばんうえのワタチにはムエンな話テチ。 ワタチの方がずっとカワイイでカチコイのをちってるテチ。 「テェ?」 そしたら、おムカイの水槽に何か動きがあったテチ。 掃除ニンゲンが新しい水槽を運んできて、なんか変なやつを入れたテチィ。 ワタチはガラスに顔をくっつけてじっと見るテチ。 そいつ……何だアイツテチ!?実装と違うテチ。 ワタチみたいな実装石じゃなくて。髪が……髪が!長くて、ニンゲンみたいにスラっとしてるテチ。 ワタチの寸胴……いや可愛い丸っこい体と全然違うテチ 「ご、ご挨拶しますです…」 アイツが小さく言ったテチ。声がなんか……ムカつくテチ! そしたら、ニンゲンどもが「人語喋れるのマ?」「エグイ値段だ!」って騒ぎ始めたテチ。 掃除ニンゲンも「おー」って興味津々で見てるテチィ。 ワタチの水槽には誰も見向きもしないテチ!何テチ!?ムカムカするテチィ! 「テチャァァ!何だアイツテチィ!ワタチのニンゲンを盗む気テチ!?」 ワタチは水槽をペチペチ叩いて抗議するテチ。 アイツが向かいの水槽でニンゲンに媚びてるテチ! 「です~」とか言って頭下げてるテチ。 えーと、そうテチ!キモいんテチィ!ワタチの方がずっと愛らしいテチ! なのに、ニンゲンどもがアイツの水槽に集まって「天使か?」「値段がエグイ」なんて言ってるテチ。 ワタチを見てくれないテチィ! 「テェェェン!ワタチの方が可愛いテチィ!アイツなんかニセモノテチ!」 ワタチはそう叫んでみたけど、ニンゲンには届かないテチ。 ムカムカテチィ! 掃除ニンゲンもアイツの水槽をチラチラ見て 「ふーん、俺も飼えるもんなら飼ってみてえかも、アレ」なんて呟いてるテチ。 ワタチには「チビ、トイレの外で糞するな」とかしか言わないくせにテチィ! 何か変な感じがするテチ!アイツがいるだけで、ワタチの胸がザワザワするテチィ。 これはなんなんテチ?ワタチ、高貴な実装石テチ。 アイツみたいなのはたぶん、そう!ニセモノ!ニセモノに負けるはずないテチ! でも、ニンゲンどもの目がアイツにばっかり行くのが我慢ならないテチ。 おみせのアイドルのワタチの地位を奪う気テチ? 「テー!アイツなんか嫌いテチィ!」 ワタチは得意のヤジを飛ばすテチ。 向かいの実翠石はまだ騒がれてるテチ。ワタチはその姿を見て、わけわかんない怒りが湧いてくるテチィ。 アイツ、何かヤバいテチ。 ワタチじゃないテチ、きっと「ワタチタチ」の大事なものを奪うテチ。 それが何だか分からないけど、絶対許さないテチィ! …… …… その夜、おみせが閉まって静かになっても、ワタチは水槽の中でずっとアイツを睨んでたテチ。 グーグー寝てるテチ、こっちは見えてないみたいで、それもシャクにさわるテチ!! ワタチの心は落ち着かないテチ。 でもなんか、こわい気がするテチ。ワ、ワタチは負けないテチ! ワタチがあんなニセモノに負けるわけないテチィ! 2024年11月某日、実装ショップ店内 俺、トシダアキヒロは今日もチビの世話で一日を始めている。 実装ショップの朝はいつも同じだ。全体の掃除、餌やり、商品の補充。最後に水槽の掃除。 チビの水槽に近づくと、案の定壁に顔をベッタリくっつけてこっちを睨んでる。 「テェェェン!掃除ニンゲン、遅いテチィ!ワタチを待たせるなんて生意気テチ!」 リンガル越しに聞こえるチビの声が、いつも通り耳障りだ。 「お前が生意気だよ。あ~!またトイレの外で糞してる。いい加減にしろよ!」 俺はゴム手袋をはめて掃除を始めるけど、チビは「テー!」とお得意のヤジを飛ばしてきて、いつもの調子で反抗してくる。 こいつが売れ残る理由がよくわかる毎度の瞬間だ。 今日はちょっと店内の空気が違う。 掃除を終えて店を見回すと、いつもなら実装石の水槽を覗く客で賑わってるはずなのに、 チビの向かい側にある新しい大きな水槽に人だかりができている。 あそこにいるのは、試験的にウチでも扱いが開始された実翠石だ。 長い髪とスラっとした人間に近い顔や体型が特徴で、実装石とは明らかに違う雰囲気を持っている、実装石の近縁種。 「トシダくん見なよ。あの実翠石、すげえ人気だねえ。」 バックヤードから出てきた店長が、ニヤニヤしながら俺に声をかけてくる。 「そうっすねーまあ、見た目的にもかなりイイかんじっすね。」 俺はそう返しながら、実翠石の水槽の方をチラっと見る。 客が「可愛いすぎる!」「値段エグいけど欲しい!」なんて騒いでて、 「借金する理由ができたかもしれない」なる声まで聞こえてくる。 実翠石の値札はと言えば、実装石の数十倍。騒がれるだけはある。 「ご挨拶しますです~」 実翠石が小さく言ってるのが聞こえて、その控えめな声に客がまた盛り上がる。 俺もちょっと近くまで行って覗いてみる。確かに、実装石のデブちん寸胴体型とは違って優雅さがある。 動きもおとなしくて……当然チビみたいに壁を叩いたりヤジを吐いたりしない。 「ふーん、俺も飼えるもんなら飼ってみてえかも、アレ」 つい呟く。でも、正直、出来過ぎた感じのする愛らしさに対して俺は煮え切らないものを覚えていた。 「あ、トシダくん、あとで実翠石の水槽の水替えも頼むよ。」 店長の声に我に返って、俺は「はいはい」と返事して仕事へ戻った。 チビの水槽の真ん前を通ると、ガラスに顔をくっつけて実翠石の方を睨んでるのが見えた。 「テチャァァ!何だアイツテチィ!ワタチタチのニンゲンからのチューモクを盗む気テチ!?」 チビが壁をペチペチ叩いていつも以上に騒いでる。 「盗むも何ももともとお前のもんじゃないぞー」 俺がリンガル越しに言うと、「テー!そんなこと言うのは嫌いテチィ!」とヤジを飛ばしてきて、水槽の隅に引っ込む。 まあ、チビがムカつくのはいつものことだ。 実翠石の水槽に近づいて飲み水の入れ替えを始めると、近くにいた客が話してるのが耳に入った。 「こんなコがいるのを知っちゃうと、うちの実装ちゃんがかわいく思えなくなりそうで怖いかも」 「でも別ジャンルって感じじゃね?」 「そうだとは思ってるけどさあ……」 またそんな話か。実翠石がちょっと目新しくて目立ってるだけだろ。 俺はそう思いながら水替えを終えて、実翠石の様子をチラっと見る。「ありがとうです~」とか言って俺に頭下げてる。 そんな姿は確かに可愛いけどさ、別に実装石が負けてるわけじゃないと俺は思う。 不器用でも不出来な面があっても頑張って人間に愛されようとする健気さが飼い実装の可愛さのミソだ。 あらゆる面でおかしい性格の糞蟲……チビみたいなのもいるが。 その夜、店が閉まって片付けをしてると、チビが水槽の中でずっと実翠石の方を睨んでるのが見えた。 落ち着きのないやつとはいえ、輪をかけて異様に落ち着きがない。 「テェ……アイツ、ヤバいテチ……」 リンガル越しに聞こえたチビの呟きは何時になく真剣なものだった、 だから、妙に引っかかった。 でも、まあこいつの被害妄想だろ。実翠石が来ても、俺たちの店は実装ショップなんだから、そう簡単に変わるわけない。 2025年11月某日、実装ショップ店内 俺は今日も朝からチビの世話だ。 あれから一年、チビは仔実装から成体に成長して、体長も30センチくらいになった。 もう体格的には全然チビでもないが、呼称は継続でチビ。 纏っていた薄緑色の服の色は少し濃くなり、声が低くなって語尾が「テチ」から「デス」に変わってる。 性格は相変わらず生意気で、売れ残りのまま水槽に居座ってる。 いい加減誰でも不思議に思えるだろう。 なぜ糞蟲そのものなこいつがまだ売り場に残っているのか?という理由を。 それは、チビは類まれな認知能力や語彙、記憶力のある実装石だからだ。 そこそこな貴重個体なのでモノ好きが買うだろう、というだけの一点でこいつは生存を許され続けているのだ。 「掃除ニンゲン、遅いデス!ワタシを待たせるなんて許せないデス!」 毎日いつ人間が来たかなんて覚えている実装石はまれだ。だがこの通り、チビはそれをしっかり理解している。 水槽をドンドン叩いている。リンガル越しに聞こえる声は、相変わらず耳障り。 「チビ。遅れようがなんだろうが俺は毎日掃除してやってんだろ。感謝しろ。」 俺はゴム手袋をはめて水槽の掃除を始める。 チビは「デー!」とヤジを飛ばしてくるけど、もう慣れたもんだ。 一年経ってもこいつが売れないのは、きっとこんな態度が直らないからだ。 成体になって落ち着きが出るかと思えば、微塵もそんなものは増していない始末。 店頭に何故居座れているのやら。 「だいいち、ワタシは特別な実装石デス!よりよく改善された待遇をもとめるデス!」 暇つぶしで読んでいる実装用の学習本なんかで得ている豊富な語彙力。もっと別のもんに使えんもんかねそれを。 成長して今じゃちゃんとウンコもトイレするようになったのにこれだからなあ……。 「ここに文句あるならさっさと売れてけよ。売れ残りが偉そうにすんな。」 俺がそう返すと、チビは「デェェェン!ひどいこと言われたデス!」とわざとらしく泣き真似をし始める。 毎日のルーティンだよ。 でも、店内の様子は一年前とは明らかに違う。 棚を見回すと、実装グッズの品揃えがなんか寂しくなってる気がする。 ピンクと黄色の実装ハウスや実装ボールはまだ並んでるけど、新商品の入荷が減ってる。 代わりに、隣のコーナーに新設された実翠石用のグッズは週ごとにどんどん増えてる。 優雅なデザインの組み立て実翠用のハウスや、専用の高級フードが目立つ。 実翠石コーナーはいつも客で賑わってて、子供やカップルの声が聞こえてくる。 一年間で、実翠石の存在感がでかくなっている。俺は長いブームだと思った。 去年は試験的に一匹入れただけだった実翠石は、今じゃ店内に十数匹いる。 客の反応もいいし、新車並みの値段のくせにしっかり売れている。 あいつら、とにかく賢い上に実装石みたいにうんこも臭くないから管理側としても扱いが楽なんだよな。 「楽でいいな」って思う瞬間がいくつもある。服を着替えさせる時、トイレを替える時、飲食物を与える時。 実装石と比べるとまったく世話のコストに天地の差がある。 実装石と言えば、近頃売れ残る実装が増えた。 たいていの実装は仔実装の頃に売れていくが、そうでないのが最近二体も現れた。 チビの水槽の隣に、その二匹の実装石がいる。 「テチカ」と「テチコ」だ。 テチカはおとなしい性格で、薄青い服を着た小柄な実装石。 いつも水槽の隅でじっとしていて、チビみたいに騒がないいい子だ。 実翠石が店に増えても嫉妬なんてしない、珍しく穏やかなやつだった。 一方、テチコは活発でお歌が大好きなやつで、黄色い服を着た少し大きめの成体。 実装石にしては美声の持ち主で、よく「テッテロチェー♪」と歌いながら踊ってる。 売れ残りだけど、チビほど問題児じゃない。 水槽を覗くと、テチカは水槽の隅でじっと蹲ってる。 リンガル越しに小さな声が聞こえる。 「ワタシ、ダメなんデスゥ……?」 妙に元気がない。いつもなら「こんにちはデス」と小さく挨拶してくるのに、今日はそれもない。 「どうしたんだよ、テチカ。あいさつもなしかい。」 俺がそう言うと、テチカは少し顔を上げて呟く。 「ニンゲンサン、ワタシに言ってたデス……『おとなしい子なら実翠のが飼いたいなー』って」 その言葉に、俺は一瞬固まる。 昨日、客の女の子が何気なくそんなことを言ってたのを思い出した。 あれはテチカに言っていたのか。 「そんなのただの戯言だよ。気にすんな。」 俺はそう慰めるけど、テチカは「デェ」と小さく呻いて、また蹲る。 そのうち元気になってくれるといいのだが…… 次にテチコの水槽を見ると、こいつはいつものように歌ってる。 「テッテロチェー♪お客サン!ワタシの歌、聞いてデス♪」 黄色い服を揺らしながら歌う。成体実装だが、仔実装のような高い歌声。 実装石においては破格の美声だ。調子はずれに不思議なリズミカルさで鳴いているような歌ではあるけれど。 チビ同様こいつも実翠石への嫉妬をする方だが、歌と踊りで昇華していて、特に最近は毎日踊って歌ってる。 だが、テチコのターゲットにはなかなか届いていないようだった。 客は売れ残りよりも仔実装の方を見るし、その他の大多数は実翠石の展示エリアに夢中で、テチコの声すら届いてない。 「おーテチコ、お前頑張ってるな。」 慰め半分に俺が言うと、テチコは一瞬歌を止めてこっちを見る。 「ワタシ、歌えばニンゲンサンにいつか見てもらえるデス!でも……なかなか見てもらえないデス……」 その声が少し震えてて、俺は何か言いかけるけど言葉に詰まる。 応援の一言でもかけてやろうとした矢先、 「トシダくん。ちょっとこっち来てくれ。」 店長の声がした。振り返ると、バックヤードの入り口で手招きしてる。 俺はテチカとテチコの水槽に蓋をして、店長のとこに向かう。 「どうしたんすかテンチョ?」 「まあ、座って聞いてくれ。」 店長の顔が妙に硬い。バックヤードのテーブルに座ると、店長がため息をついて話し始めた。 「中小でそこそこ歴史ある実装グッズメーカーが倒産したって業界向けの報が入った。『トシアキートイズ』ってとこ、知ってる?」 「ああ、チビの水槽に置いてる人形とかボールのオモチャ作ってたとこっすね。」 「そう。そこの経営が傾いて、正式に破産申請したって。遠因は実翠石の需要拡大らしい。実翠向けグッズ売ってるとことラインの取り合いになって、敗れちゃったのが響いたとかで。」 俺はちょっと驚いた。「実翠石ってもうそんな影響出すほどなんすか?」と聞き返す。 「まあね。実装石グッズの売上が急激に落ちてきてる一方で、実翠石グッズはバカ売れしてる。うちも今後、実装石の取り扱いを少し絞ることにした。」 「一過性かもわかんないブームの為に実装の扱いをこれ以上小さくするんすか?実装ショップが。」 「そう言ってる。実装石の生体販売も実装グッズの棚も縮小して、実翠石コーナーを広げる予定。」 店長がそう言って、テーブルの上に置いた書類を俺に見せる。そこには「実装石関連の削減」の文字が見えた。 「実装石に取って代わるって言いたいんですか、実翠が。」 俺がそう言うと、店長は苦笑いして首を振る。 「たぶん。実翠石の勢いがもうね、こうまでしないと店が生き残れないくらいまできてんだよね。たったのこの期間でさ。」 「じゃあ……ってことは、チビもそろそろ処分すか?」 「いや?まだ新しい実装石向けの反面教師としても使うし、あのコは棚の守護神で居てもらう。」 店長は軽く冗談めかして笑って返す。 「チビの事はともかく……俺だって実装石の調教やらに人生かけてきたからさ、縮小はしても取り扱いをやめたりは予定にないよ。」 何匹もの糞蟲を良実装へ変えてきた店長のその言葉に、俺は少し安心を覚える。 一方で、そんな男の経営するショップでこうなっているのだから、とも思う。 「まあ、トシダくんは引き続きチビの世話頼むよ。あいつ、店の守護神ってことにしとこう。」 店長がそうおどけて言って肩を叩いてくる。 俺は「はいはい」と返事して、バックヤードを出る。 店内に戻ると、チビが水槽の中で実翠石のコーナーを睨んでるのが見えた。 「デェ……アイツら、ワタシの店を乗っ取る気デス!ニセモノが調子に乗ってるデス!」 リンガル越しに聞こえるチビの声が、いつも通り苛立ってる。 実翠の扱いを増やしてから同じような事を毎日何度も言っている。 「実翠石に嫉妬してても仕方ねえよ。」 俺がそう言うと、チビは「デー!」とお決まりのヤジを飛ばす。 「ワタシタチの方が愛されるべきデス!あんなのすぐ飽きられるべきデス!」と吠え猛る。 その時、実翠石の展示エリア——もはや水槽では飼われなくなっている彼女たちの生活スペース——から声が聞こえた。 「一緒に暮らせる日を待ってるですー」ってかわいらしい声。 客が沸く。歓声とさえいえるトーンで、若い女の声が主だった。 「ヂッ」 するとくぐもった声がした。 テチカの水槽からだった。 覗くと、様子がおかしい。 蹲ったまま動かなくなってる。 「テチカ、どうしたんだ?」 慌てて水槽の蓋を開けると、テチカの体が冷たくなってる。 さっきの歓声で実翠を意識したか何かだろうか、ストレスで死んじまったらしい。 おそらくあの女の子の言葉が、テチカの心を蝕んで、あの歓声がふさぎ込んだまま最後の一押しになってしまって耐えきれなかったんだ。 「テチカお前、悪くなかったのに」 俺はそう呟いて、テチカの小さな体をゴミ袋に入れる。胸が締め付けられる。 妙な胸騒ぎのままに テチコの水槽を見ると、こいつも異変が起きてる。 「テッテロチェー♪」と歌いながら、壁に頭を打ち付け続ける。 「テチコ、何だよ!やめろ!」 俺が叫ぶと、テチコは「歌っても踊っても見てもらえないデス~もうダメデス~」と歌いながら、さらに激しく頭を打ち付ける。 やめさせようとしたその瞬間、ついに動かなくなった。 水槽の壁に血の染みが広がって、テチコの頭が崩れるように倒れる。 やはりあの歓声がトリガーになってストレスで廃実装となり、再起不能になったらしい。 とにかく歌い踊って頑張っていたが、それが裏目に出た。報われなさに耐え切れずといった形だろうか…… チビは「デェェェン!」と泣き真似……ではなくホントに泣いてしまっていた。 まあこうもなるだろう。 「テチカとテチコが……。」 俺が店長を呼ぶと、慌てて駆けつけてくる。 「ストレスは懸念してたが、まさかこうなるとは……。」 店長が呆然と呟く。 俺が経緯を説明すると、店長はため息をついて首を振る。 「成体になって認知能力が上がると仔実装みたいに能天気じゃいられんもんな、チビで感覚がマヒしちまってたよ。」 …… …… たった一年で店の雰囲気は変わってきてる。 実装ショップといえばモノ好きなマニア向けのニッチな空間だったのが、今は実翠目当ての若い男女や子供が見える。 その変化にはすぐ気づける。 俺は実装石の愛護派だ。 実翠も可愛いとは思うし、飼いたいとも一度思ったが、それでも好きなのは実装石だ。 不細工ながらに愛されようと必死に努力して人間のパートナーになろうと頑張る実装石だ。 それがあんな、絵に描いたような実装石を美化して作りました……のような存在に押し退けられていく。 時に命ごと。 判官びいきもあるだろうが、妙に生々しい質感の残酷さを感じてしまう。 実装ショップの店員として、俺には実装石の世話や調教を通じてその価値を支えてきた自負がある。 店長と共に実装石を「売れる存在」に仕立て上げてきた過程は、俺の職業的アイデンティティとさえ言えた。 …… …… 最近、おみせが変デス。なんかおかしいデス。 「掃除ニンゲン、早く来るデス!ワタシを待たせるなんて生意気デス!」 ワタシは水槽をドンドン叩いて抗議するデス。 掃除ニンゲンがゴム手袋をはめてワタシの水槽を掃除しに来るデスけど、いつもみたいに「うるせえよ」って言うだけデス。 ワタシは「デー!」ってヤジを飛ばしてやるデス。 「ワタシは特別な実装石デス!もっと良い待遇を求めるデス!」 ワタシが吠えると、掃除ニンゲンは「売れ残りが偉そうにすんな」って返すデス。 ムカつくデス!ステキな実装石が相応の扱いを求めただけデス! でも、掃除ニンゲンが水槽に蓋をしてどっか行く時、さみしくなるデス。 掃除ニンゲンがいるから、ワタシは昔のまんまでいられるデス。 おみせの中を見れば、もう今までと違うデス。 一年前は、ワタシみたいな実装石の水槽がたくさんあって、ニンゲンが「可愛いね~」って覗いてたデス。 ピンクと黄色の実装ハウスやボールが棚にいっぱい並んでて、ワタシタチが主役だったデス。 今はなんか寂しいデス。 実装石の水槽が減ってるデス。 ワタシの左隣にテチカも、その隣のテチコも、まだいるけど……様子がおかしいデス。 テチカはいつもおとなしくて、思い出したみたいに「ワタシも、いい子なんデス」って言ってるデス。 しかも最近、ずっと水槽の隅で蹲ってて、元気がないデス。 ワタシが「テチカ、どうしたデス?」って聞いても、「ニンゲンサンいやなこと言われたデス……」って小さく呟くだけデス。 右隣のテチコはお歌が大好きで、「テッテロチェー♪」って歌って踊ってるデス。 ワタシより上手デス。 でも、最近は夜中に「なんで見てもらえないデス……」って泣いてるデス。 「デ」 ワタシは見回すデス。向かいのコーナーには、あのキモい実翠石がいっぱいデス。 一年前は一匹だけだったのに、今じゃ水槽じゃなくて広いスペースに何匹もいるデス。 アイツらが少しずつ増えてきて、今じゃおみせの半分くらいがアイツらのスペースになってるデス。 ワタシタチの実装コーナーはどんどん小さくなって、棚に並んでた実装グッズも減ってるデス。 ステキなピンクの実装ハウスがなくなって、代わりにやたらでーっかい実翠石用のキラキラしたハウスが置かれてるデス。 ワタシのオモチャのボールは新しくならないのに、あいつらのボールはピカピカ新品デス! 急に実翠が人間に上手に媚びたか何かをして、歓声が聞こえるデス。 「デェ!アイツら、ワタシタチのニンゲンのチューモクを盗んでるデス!」 ワタシは水槽の中で吠えるデス。 吠えても、誰も見ないデス。今は掃除ニンゲンしかワタシを見ないデス。 だから、掃除ニンゲンに構われたくて大声を出すデス。 その時、テチカの水槽から変な音がしたデス。 覗くと、テチカが動かなくなってるデス。 「テチカ!どうしたデス!?」 ワタシが叫ぶけど、返事がないデス。 掃除ニンゲンが慌てて来てブツブツ呟いてるデス。 ワタシはショックデス。テチカ、いい子だったデス! 次にテチコの水槽を見ると、もっと大変デス。 「テッテロチェー♪」って歌いながら急に壁に頭をドンドン打ち付けてるデス。 「見てもらえないデス~もうダメデス~」って歌いながら、ついに倒れたデス。 血の染みが壁に広がって、テチコも動かなくなったデス。 掃除ニンゲンがまた何か呟いてるデス。 「デェェェン!」 ワタシは泣くデス。ホントに泣いてるデス。テチカもテチコもいなくなったデス。 このままもっと減ったらどうなるデス? 「デェェェン!アイツらがワタシタチを追い出してるデス!」 ワタシは水槽をドンドン叩いて叫ぶデス。 「ワタシタチの方が愛されるべきデス!あんなニセモノ、すぐ飽きられるべきデス!」 ワタシが吠えると、掃除ニンゲンは「泣いてても状況は変わんねえんだよ」って呟いて、ワタシを軽く撫でてどっか行くデス。 怖いデス。おみせがどんどん変わってるデス。 ワタシタチの実装石がいた場所が減ってワタシの水槽だって、いつかなくなっちゃうんじゃないデス? 夜、店が閉まって静かになると、ワタシは水槽の中で実翠石のスペースを睨むデス。 意味がないのはわかってても、そうするしかないデス。 「デェ……ワタシは負けないデス……!」 ワタシはそう呟くデスけど、心がザワザワして落ち着かないデス。なんか、悪い予感がするデス。 2026年11月某日、実翠&実装ショップ店内 今日も朝からチビの水槽の前で掃除を始める。もうこの店で働き始めて7年目。 実装石が誕生してから21年目の今年、店内の風景は俺が入社した頃とはまるで別物だ。 チビの水槽だけは未だに大して変わらない。覗くと、チビはそこそこ落ち着いた様子だが言葉はまるであの頃のまま。 「おい掃除ニンゲン、遅いデス、ワタシを待たせたデス」 リンガル越しに聞こえる声は、落ち着いたとはいえ相変わらず高飛車だ。 「毎っ日似たような文句だな。早く来たら来たで文句言うしさあ」 俺はゴム手袋をはめて水槽の掃除を始める。 チビはもう「デー!」とヤジを飛ばさなくなっていた。まあ、多少変化はあれど同じようなルーティンだ。 チビが売れ残って2年。やっと落ち着きが出てきた今じゃ、チビがこの店で唯一の実装石になっていた。 掃除を終えて店内を見回すと、実装石の水槽が一つもないことを改めて認識する。 数か月前はまだ数匹いたけど、今月でついにチビ以外の実装石が全部いなくなった。 店長が「実装石の新規教育と陳列を段階的にやめる」と、宣言した時に驚く者は誰もいなかった。 今じゃ実装コーナーは店の隅っこに追いやられてる。 チビの水槽と、その横に売れ残った実装グッズが並ぶ棚だけ。 ピンクと黄色の実装ハウスやカラフルなボールも、もう新商品は入ってこない。 埃をかぶった在庫はパッケージの楽し気なフォントやデザインと裏腹に、ただ誰にも一瞥もくれられず寂しそうに見えた。 店の大半は実翠石関連で埋め尽くされてる。 実翠石の生活スペースは広々としていて、優雅なデザインの組み立てハウスや高級フードが並ぶコーナーがメインになってる。 水槽じゃなくて、オープンな展示エリアで実翠石たちがお遊戯をする姿が客を引きつけている。 子供やカップル、年配の客までが顔を綻ばせてその空間を見守っている。 実翠石はブームではなく、定番になっていた。 「お、トシダくん。掃除終わったんだ」 店長の声に振り返ると、バックヤードから出てきた店長がこっちを見てる。 「はい、今終わったとこっす、チビはまだ文句ブーブーっすよ、長い付き合いなのに」 俺がそう言うと、店長は苦笑いして近づいてくる。 「あいつ、賢いのにそこだけ直らないな。まあ、当『実翠&実装の店 SOYO』の守護神だから許してやってくれ。」 「守護神って言っても、実装石はもうチビだけっすよ」 俺が何気なく言うと、店長の顔が一瞬曇る。 「ついにこうなったって感じ、かなあ。」 店長がため息をついて、店内を見回す。 「なぁ、トシダくん。覚えてるか? 二年前、実翠石が初めて来た時のこと。」 「覚えてますよ。あの時は試験的に一匹だけだったのが、今じゃこうなってますねえ」 俺がそう返すと、店長は頷いて続ける。 「あの頃は俺も実は『まあブームだろ』って思ってた。でも、今はこうだからね」 「こう、っすね、実装石の市場がどんどん縮小してるってのも知ってますよ」 「話は早そうだね。うちももう、実翠ショップって呼んだ方が正しいくらいだ。」 棚を見ても実翠石グッズが幅をきかせて、専用のアクセサリー、フード類が並んでて、客の目もそっちにしか行かない。 実装石のコーナーは店の端っこに申し訳程度に残って、隠されているようですらある。 チビの水槽がなければ、実装石の存在なんて感じられないレベルだ。 「実装石ってなんだかんだ愛されてたじゃないすか、今はなんか……悲しいっすよ。」 俺がそう言うと、店長は苦笑いしている。 「実翠石は穏やかで飼いやすくて、見た目もいい。実装石みたいに騒がしくないし、躾も楽、よく知ってるだろ?」 「でも、俺、好きなんすよ、実装石。」 俺がそう返すと、店長は俺に目を合わせた。 「俺も実装は糞蟲だけじゃなくて、実装が言う通り人間に癒しを与えられる存在って証明したくてこのショップを始めたんだ」 店長がそう言ったその時、実翠石の展示エリアからやさしい歌声が聞こえてきて、客が少しの歓声をあげているのが耳に入った。 歌声の主は適当なブリーダーから仕入れた個体、特別でも何でもない実翠石。 合唱用の個体として教育が上手くいかなかったのでとウチにやってきた。のんびり屋すぎるきらいがある個体だった。 歌声、と連想し、歌が得意だった、うちで売っていた実装石の歌声を思い出してみる。 「テッテロチェー、テッテロチェー」 調子はずれに不思議なリズミカルさで鳴いているような歌だった。 それでも、確かその歌声は実装石としては破格のものだった記憶があった。 俺はそれ以上思い出すのをやめた。耐えがたいコントラストがすぎる。 実翠の歌声が響いたのは都合のよすぎるタイミングとさえ言えた。 俺と店長は改めて思い知らされる。 実装石の不器用な頑張りが、玉石混淆の石でアレ、という存在に勝てるものか?と。 わかりきった答えじゃないか、と。 別ジャンルの存在だから、と言おうにも、半端に似通う二者は切り離せやしなかった。 「気を取り直して、トシダくん、今後の話をするよ」 店長が話を続ける。 「いよいよ来年頭にここは『実装&実翠ショップ』から『実翠ショップ』に正式リニューアルする。後で確認しておいてくれ。」 店長が差し出した書類には、「改装計画」というタイトルが書いてあった。 俺はそれを見て、軽く頷く。 「分かりました。で、チビはどうなるんすか?」 「チビはな……実装保護団体さえも今じゃもう門戸を閉じちまってるんだ、溢れてるんだとよ、捨て実装。」 店長の声には寂しさが混じってる。 「じゃあ飼うとか!俺飼いますよ!長い付き合いですし、あいつとは」 「君んち実装石飼育禁止のマンションだろ」 「あ……」 「俺も個人的に飼うって選択肢考えたよ、それであいつと昨日話したらさ『もう疲れた』ってよ」 店長がそれ以上の言葉に詰まった。 チビがどこに行くかの答えが、見えてしまった。 …… …… 俺はチビの水槽の前に行くと、じっとして実翠石のエリアを睨んでるチビの後姿が見えた。 「実装石みんないなくなったデス」 お決まりの怨嗟。リンガル越しに聞こえるチビの声。しかし、落ち着き払ったトーンだった。 「寂しいか?」 そう言うと、チビは振り返る。 「寂しいんじゃないデス、負けたのがクヤシイだけデス」と呟くように鳴いた。 その声は震えていた。 「最後の一匹として、思うところありか」 俺はチビを少し撫でて、仕事に戻った。 店が「実翠ショップ」に変わるって話と、チビの『行く末』。 何も世界から実装石が絶滅するわけでもない、ただこの店からいなくなるというだけ。 実装石が概念として消え去る訳でもない。飼い実装や野良実装だってかなり減ったが一部にはまだ存在する。 実装石を扱うショップは探せばという留保条件付きだがまだまだあるし、ただウチがそうでなくなるだけの話、だというのに。 俺には、世界最後の実装石が、自害を決めてしまったように思えた。 2026年12月某日、改装中店内 ワタシはチビ、実装石デス。 この水槽に暮らして、もう3年目デス。 ワタシは特別な実装石デス。 頭が良くて、言葉もたくさん知ってて、ニンゲンの来る時間も覚えてるデス。 だからわかるデス、今はもう分かるデス。 ワタシタチ実装石は、たぶん大嫌いなアイツらに負けてしまったデス。 おみせはもう「実装ショップ」じゃないデス。 テンチョさんが「実翠ショップになる」って言ってたデス。 ワタシの水槽以外、実装石のものはもう全部なくなったデス。 隣にいたトモダチも、その隣のトモダチも、もう昔話みたいな昔にいなくなって空っぽのまんまデス。 ここにはワタシの水槽と、埃をかぶった実装グッズの棚だけが残ってるデス。それも、今日でおしまいデス。 「デェ」 ワタシは水槽の中で、実翠石のエリアを睨むデス。あいつらの広いスペースには、ニンゲンがいっぱい集まってるデス。 ワタシの前には誰も来ないデス。 掃除ニンゲンしかこないデス。 大昔はワタシがおウタを歌ってオドリを踊れば、ニンゲンが褒めてくれたこともあったデス。 今は誰も見ないデス。 「デェェェン……」 涙がこぼれるデス。 悔しいデス。 でも、もうそれもおしまいになるデス。 掃除ニンゲンが水槽の前に来たデス。時間はいつも通りで、明るい朝のうちデス。 「さあチビ、コンペイトウ星への切符だ。」 掃除ニンゲンの声が、静かデス。 仔実装向けのくだらないおとぎ話なんかもういらないのに、わざわざそういってるデス。 ワタシは涙を拭いて、落ち着いて話すデス。 「テンチョさんからきいたデスね」 掃除ニンゲンが頷くデス。ワタシは続けるデス。 「ワタシタチはたぶん、アイツらに負けたデス。ニンゲンの目がアイツらにしか行かないのが、クヤシイデス……」 ワタシは少し黙って、掃除ニンゲンを見るデス。こいつは毎日ワタシの世話をしてくれたデス。 文句ばっかり言って、いっぱい困らせたデス。 「掃除ニンゲンサン……ワタシ、感謝してるデス。毎日掃除してくれて、餌をくれて、ワタシを置いといてくれたデス。生意気ばっかり言って、素直になれなかったデス。ごめんデス……」 ワタシの声が詰まるデス。 涙がまたこぼれるデス。 掃除ニンゲンが「チビ……」って呟くデス。ワタシは続けるデス。 「ワタシは、生意気いっぱい言っても許してもらえた、愛してもらえた幸せな実装石デス」 掃除ニンゲンが手に持ってたものを見せるデス。コンペイトウに見えるデス。 でもそれはコンペイトウじゃないデス。ワタシはそれがわかったデス。 掃除ニンゲンが水槽の蓋を開けて、コンペイトウみたいなものを餌皿に入れるデス。 そんなに丁寧に置く必要なんかもうないのにデス。 ワタシはそれを口に入れて、呑み込むデス。 味は甘いデス。体がだんだん軽くなるデス。 「ありがとうデス」私は笑ったデス。 目が閉じるデス。涙が一滴、床に落ちるデス。 ワタシのなにかが小さくなるデス。 暗くなった、デス …… …… チビが安眠タイプのコロリを飲んで動かなくなった瞬間、俺は水槽の前で立ち尽くす。 リンガル越しに聞こえた最後の言葉が、頭に響いてる。 「ありがとうデス」 生意気でムカつくヤツだったけど、愛着ある存在。 それはまるでらしくない言葉で生きてきたすべてを締めくくった。 実翠への呪詛でも怨嗟でも怒りでもなく、ただ敗北宣言をして、感謝をした。 早い段階でそういう性格になれば、誰かに飼われていたかもしれないのに。 頭はよかったくせに、最後の最後にしかそう振舞えなかったからお前は駄目だったんだよ。 なんて、思ったってもう何の意味もなかった。 後ろで見ていた店長が「終わったか」と静かに言う。 俺は頷いて、チビの体を水槽から取り出す。 冷たくなった35センチの実装石の死体をゴミ袋に入れる、手が震える。 俺にとって、やっぱりこいつは世界最後の実装石だ。 明日からこのショップは工事が入り、一月もすれば「実翠ショップ」としてリニューアルオープンする。 チビの水槽もこの後すぐに撤去する、実装石のグッズももう完全にゴミとして処分になる、痕跡は完全に消える。 店内もまるで違うものに様変わりする。 「お疲れ様、とだけ」 店長が肩を叩いてくる。 俺は「爺になったみたいな気分ですよ」とだけ返して、店内を見回し、静かに工事前の片づけの仕事へ入った。 世界最後の実装石が、屈託なく笑って、誰かに愛された事を誇って、明るい朝のうちに死んだ日だった。 おわり ジソコから始まり生活シリーズに見えるような2024年型の実翠石が実装ワールドで増え続けたら実装石をどのように押し退けるか、みたいなのを考えて書きましたデス。 あと古の厨スクっぽい内容のを書いてみたかったのデス。 実装も躾ければマトモになるやさしい世界観でも結局実装側が淘汰されそうだよなあ、みたいなのが根底にあるデス
1 Re: Name:匿名石 2025/03/25-19:20:31 No:00009572[申告] |
いいねぇ途中から漂っていく寂しさがタマラン
テチカもテチコも売れ残りとは言え性格的にはまともだったり必死に愛されようとしてて良かったし チビもね…ずっといるとああいうのも愛着湧いちゃうの解かる気がする 実翠はペットとしては良い点ばかりだろうし実際飼うなら実翠だけど、実装石ならではの魅力もあるよなって改めて思った |
2 Re: Name:匿名石 2025/03/25-20:11:49 No:00009573[申告] |
今わの際でしか置かれてる状況を理解できず、
そんな状況でも「たぶん」という言葉で敗因を半ば認めていない辺りが 実装石の本質が何たるかを示していて非常に良い |
3 Re: Name:匿名石 2025/03/25-20:56:28 No:00009574[申告] |
いやあやっぱり嬲り殺しにするなら実装石一択でしょ!! |
4 Re: Name:匿名石 2025/03/27-19:31:34 No:00009575[申告] |
初めて沙耶をプレイしたとき様な心地良い胸糞悪さが残るいい作品だ
チビ側に共感できる人間の方が多いからより没入感が深いんだろうな |
5 Re: Name:匿名石 2025/03/28-04:08:21 No:00009576[申告] |
この世界のショップの外も気になる
保護業者の件とかからして飼い実装が一斉に捨てられたタイミングがあったのかな |
6 Re: Name:匿名石 2025/03/30-03:33:23 No:00009577[申告] |
チビはどれだけ頭が良くても最終的な出力方法が糞蟲過ぎた
しかもプロ並みの調教スキルを持っても受け付けないのだからその意味ではチビは正しくエリート糞蟲であり死は当然の報いだろう 中には虐待すら構って貰えるだけ幸福と認識する個体もいるが頭の良いチビもそのタイプになる素質はあったろうし必要最低限の接触にとどめつつ実翠石という絶対に勝てない相手がチヤホヤされる様子を見続けなければならないというのは最高の虐待だったのかもしれない そして結果その状況を持続させたトシダ君も店長もある意味では虐待の才能あると言えるだろう |
7 Re: Name:匿名石 2025/03/30-10:00:32 No:00009578[申告] |
店長もアキヒロも長年やってきた自負とかアイデンティティがあると強調してる割に
チビみたいな店頭販売に向かない固体を並べ、更には実装石の性格失念してテチカテチコの自死を許し、 それでもなお(チビが望んだからとはいえ)店頭に置き続けたわけでな…無自覚の素質ありありなのよ。 |
8 Re: Name:匿名石 2025/03/30-16:58:50 No:00009579[申告] |
虐待派の需要は実装石ダントツ一位なんだけどなあ |