タイトル:【観察】 破滅に向かい突き進む運命
ファイル:「ママはやめるデス」.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:429 レス数:5
初投稿日時:2025/01/15-08:10:04修正日時:2025/01/15-23:26:55
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そこそこ広めの飼い実装用水槽内の一角、
くたびれた古毛布でつくられたテントじみたものがある。

その中にもぞもぞとうごめく三匹の仔実装がいる。
窮屈そうに身を寄せ合いながら、テントの一部をぴらりと捲っているママ実装の言葉に耳を傾ける。

「もうすこしでゴシュジンサマのオカエリデス、オマエタチ、もう隠れるデス」

「チー!ゴシュジンサマとワタチも会いたいテチュ……」「テチ!そうテチ!ワタチはこんなにかわいいテチ!」
「ワタチもとってもラブリィテチュ」

口々にチーチー鳴いて不満を訴える仔実装。
遊びたい盛りに狭い場所でおとなしくしていろ、というのは酷なことだった。

「ま、まだダメデス!おウタとオドリをがんばっておぼえるまでのシンボウデス!」

「チー……」
何度目かの説得の後、すごすごとテントの中に入っていく仔実装たち。
当然、これらは隠し仔だ。
飼い主の許可を取って産んだ仔ではない。
当たり前の話、この家でも繁殖行為は禁じられていた。

ママ実装は思う。当然、アイゴハのゴシュジンサマはいずれわかってくれる。
みんなあんなにかわいいのだから受け入れてくれるはずだ。

だからおウタとダンスを覚えて、かわいさでメロメロする計画を成功させなければ。

テントの中では熱心に踊る三匹のシルエット。
一応、言いつけ通りの自主練習に励んでいるらしい。

「これならきっと安心デス……」
ほっとママ実装が胸を撫で下ろした時、遠くから扉が開く音が聞こえた。
飼い主が帰宅したのだ。

———

「ただいまーブロッコリー」
「お、おかえりなさいデスゥ」

ブロッコリー。それがママ実装の名前。
水槽から飼い主を見上げ、ペコリと頭を下げる。
備え付けリンガル越しのコミュニケーションが始まる。

「ん……おい」「デデデッ!?」
飼い主が訝しむ顔を向けると、彼女の顔が見る見るうちに青くなり、プルプルと震えだしてしまう。

「何か最近俺に隠してない?なんか水槽も汚れるの早いよね」
「そ!それはさ、さいきんゲンキゲンキでとっても汗をかいちゃうんデスゥ」
信憑性に欠ける嘘をついてその場をしのごうと試みるブロッコリー。

「ならしかたないかぁ」
「ホッ……」
誤魔化せたことに安心するブロッコリー。油汗が垂れっぱなしだ。

「一応だけどさ?仔共とか隠してないよね」
「デッ!」
ブロッコリーの顔がわかりやすくまた青くなる。

「デデ!」
「まあ冗談だよ、ブロッコリーは賢いから、仔共禁止の約束も守れてるもんな?」

「そ、そうデスゥ~……仔なんかいないデスゥ~」
「ちがうテチ!ワタチタチはここにいるテチュ!」
テントの中から出る事はなくとも、仔実装の不服申し立ての声が聞こえた。

「ん?」
「デ!?おウタの練習の時間デス!!!デッデロゲー!!デッデロゲェ~~!!!!」
唐突に大声で歌い、仔の鳴き声を誤魔化すブロッコリー。
仔なんかいないデス~!という内容の歌を出せる限りの大音量で熱唱する。

「おウタの練習なら日中にやれよ、うるさくてかなわん」
飼い主は淡々とブロッコリーの頭を撫で、水槽から離れていった。

「ホッ……」また胸を撫で下ろすブロッコリー。

飼い主の後姿を見送ったのち、すぐさまテントに顔を突っ込む。

仔に向けて(おとなしくするデス!)のサインも忘れない。
テントの柱の鉛筆が勢いよく突っ込まれた頭に引っかかって何本か倒れてしまうのも構わない。

「カワイイオドリをおぼえるまで隠れなきゃなんデスゥ」

———

猿芝居に見え見えの嘘とあまりにも厳しい誤魔化し。
実装らしい浅知恵のオンパレードと言える。
そもそも仔共がいるのなんかとうに知っているというのに……。

テントもどきで隠せたつもりなのか、もっと巧妙にやれんもんかねえ。
まあ性格はよくても所詮ショップの売れ残り出身なんかこの程度ってことか。
せいぜい頑張れよブロッコリー。

……飼い主は呆れつつ、別室から水槽の様子をほのぼのとモニタリングしていた。

隠しカメラと隠しマイクに中継される映像にバッチリと映ったブロッコリー一家の団欒風景。
ダンスの練習も仔との触れ合いもすべてが丸見えになっている。

当然のごとく、飼い主は騙されたフリをしていただけだった
楽天的な一家がこの先どうなるのか、いつダンスのお披露目などを行うか、それが気になっている。
彼は実装石を痛めつけることもないが、愛護派でもない。
そもそもが実装石を知り、飼育し始めてたったの一年。

興味派、とでも言えるだろうか。

———

3日後……

「くるくるっと回ってオアイソ♡キュートテチ?ラブリーテッチュン!」
「おケツプリプリっ♡せくちーテチュ?」
「みんなとっても上手デスゥ」
「テッテロチェーッ!」

「よく、よくやってるデスゥ~」
ブロッコリーはとにかく胸いっぱいになっていた。
秘伝の実装ダンスとおウタが娘たちに受け継がれ、かなりの出来栄えだ。
これなら、きっとゴシュジンサマもメロメロに違いない!
堂々と家族で暮らす日が近い、確信をもってウットリとする

「ママ、今日もそろそろテチ?」
自発的にテントに隠れる仔実装たち。

「そうデスね、隠れるデス」
もうそろそろ、というブロッコリーの言葉を信じて、仔実装たちの聴き分けも随分良くなった。

ブロッコリーはニコニコと微笑み、手を胸につけて感慨に酔いどれる。

ああ、なんてかわいい仔たちだろう。あんなにかわいい仔たちを産んだ自分を褒めねば。
私にはあんなにかわいい仔をこの世に与えた功績がある
今もシアワセではあるが、より素晴らしいシアワセを手にする権利があるのは間違いない。
そしてそれを手にするその日は確実に近づいている、完璧、いや、それ以上だ!

———

「お~い?お~い!聞こえてる?ブロッコリー」
「デ?デ!おかりなさいデスゥ~!」

帰宅していた飼い主によって幸せ回路の妄想の海から引き揚げられたブロッコリー。
微笑みながら飼い主を迎えると、その頭をひっつかまれる。
強制的に手近な机の上に載せられる。

「デデッ!?ゴシュジンサマッ……」
「一周年記念日おめでとう!!!」
勢いよく放たれる飼い主の言葉は祝福。

「デ?」
「お前がこの家の飼い実装になって今日で一年だ!言いつけをよく守ってよく暮らしたな!今日はお祝いとごちそうだ」

「デデッ!?」
机の上に置かれたブロッコリーの目の前には真新しい餌皿、そこにはイイニオイの漂う山盛りのフード。

「ほら、飯にばっか見とれるなよ~」
「デデデッ!」
ひらひらと闘牛士のマントのように、ピンクの実装用ドレスを飼い主が翻して見せる。

「ッ!ゴシュジンサマ、ありがとうデス!シアワセデスッ!」
息をのみ、涙ぐむブロッコリー。感無量と言った顔でその頬は真っ赤に染まっている。

「そうだ、これらをお前にやる前に大声で唱えてほしいんだ、次の一年に向けての誓いの言葉」
そんなブロッコリーにかけられる飼い主の言葉、何かの要求。

「デ?なんデス?」
「仔実装はいらないデス!って大声で叫んで、誓いにしてよ」

「それは、デデデェッ!?」
「なに驚いてるんだ、ずっと守ってきた誓いをもっかい唱えるだけだぞ~」
机と水槽までの距離はそこまで離れていない。ここで叫べばきっとテントの中の仔たちに聞こえるだろう。
そうなれば……

「デーッ、デッデッ、デ」
狼狽えてためらうブロッコリー。
チラチラと横目で水槽を見ては、バクバクとその糞袋を波打たせる。

「まあ仔を作れないのが怖いってのはわかるよ?でも俺はお前と長く暮らしてたいんだよ」
飼い主は揺れるブロッコリーの眼前へ袋いっぱいのフードとドレスをこれ見よがしにチラつかせる。
眩暈がするような実装好みのニオイとオシャレなドレス。
それら以上があると誘うような言葉。

飼い主に逆らうのは飼い実装のタブー。
仔実装を裏切るのは母実装のタブー。

ブロッコリーは、

「ゴシュジンサマのおそばでシアワセにすごしますデスッ!」
「仔実装はいらない!デスゥ!!」

大声で叫んだ。

「デー、デェ」
目の前にちらつく豪華なあれこれにガマンができなかっただけの欲望に弱い実装石らしい行動。
だが、それなりの訓練と教育を受けた飼い実装としての理性で自分を誤魔化す。

(あ、あのケイカクがあるから大丈夫デス!ゴシュジンサマには後からみとめてもらうんデス!)
大声はテントの中の仔たちにも聞こえたはずだが、なんとか静かにしているようだ。

(ケイカクはダメダメになったワケじゃないデス!仔たちもきっと信じてくれてるデス!)
水槽を横目で見つつ、ブロッコリーはふうふうと息を切らす

「よく言った!さて、ごちそう食べようか~」
机の上に置かれた美味しそうなフードを見つめるブロッコリー。

「いただきますデス!……デデデッ!?!?すごいデス!」

咀嚼する度に脳に電流が走るような気さえした。あまりの美味。
先ほどまでの緊張が快楽によって吹き飛んでいく、あらゆる不安がかき消されるような気さえする。

カリッとした外側は香ばしく、内側に封入され噛む度溢れ出る肉ペーストと混ざりあう
濃厚な肉のうまみを感じさせるペーストと実装好みのとにかくコッテリした脂っこい味付け。

「おっ!おいしいデスッ!!ゴシュジンサマッ、ありがとうデスッ!」

「ああ、仔実装が苦手だからさあ約束を守ってくれて俺も嬉しいよ」
「デデ?」
「仔実装だよ仔実装?アレって俺、なんかニガテでさあ」
仔実装についての話が出てきた。思わず大きい実装耳がピクリと反応してしまう。
「ングッ!?」

飼い主が仔実装を好まないという言葉を吐き出した。
ブロッコリーは気が気ではない、仔実装がニガテと!?

「で、でもゴシュジンサマ、仔実装はちっちゃくってカワイ……」
「いや~ちょっとね~」

「でもデス!」
「ブロッコリー、飼い主に逆らうのかい」

「デ!すみませんデスゥ」

「わかってくれたらいいよ!とにかく!仔実装を産んだりとかしないでくれよ~」
笑顔の飼い主がしっかりとブロッコリーに目線を合わせて言いつける。

「は、はいデスゥ」
再びドクドクと糞袋が脈打って、ブロッコリーに緊張感が舞い戻る。
仔実装たちにメロメロになってもらう計画がもしや失敗するのではないか?
そ、そんなはずはない、いや、しかし、でも、

ブロッコリーの実装脳ミソがギュルリと回転し、幸せ妄想を補強しようと楽観のあぶくを泡立てる。
だが、飼い実装にとって飼い主の言葉とは絶対だ。
拭えない不安感にフードを食べる手も止まり立ち尽くしてしまう。

「そうだブロッコリー、突っ立ってないでドレスも着ろよ!」
「デス!そ、そうデスゥ、ドレスもきてみるデスゥ~」

飼い主の言葉に正気付いて、飼い主から手渡されたピンクの実装用ドレスに着替えるブロッコリー。
「デデッ!」

さきほどフードを食べた時のリフレインじみて、ブロッコリーの脳を快感が洗う。
それなりにふわふわとしていた生まれつきの実装服とは比べ物にならない軟質さ。
その上で肌を心地よく覆い包む感触、そして何より実装石好みの鮮やかなピンク色。
ほつれもなければ破れもない新品のドレス……。

「ほら、鏡見ろよ、とっても似合ってるぞ」
「デッ!これがワタシデス!?」
飼い主が持つ手鏡の前に移動すると、ブロッコリーはその姿に顔を赤らめた。
まるで夢物語に思い描くような、理想の実装石の姿がそこに映っていたのだから。

———

飼い主はといえば、少しの揺さぶりを与えて家族の絆を試してやろうという悪戯心。
甲高くチ—チ—と泣きわめく仔実装がニガテなのは事実だが、それでも一応愛着のあるブロッコリーの仔
なので即回収からの処分は思いとどまっているし、悪い事は悪いと後で叱るつもりでもいる。

ドレスとフードは母親としてバレバレではあるが二重生活を頑張るブロッコリーへの褒美も兼ねていた。
仔の躾についてもダンス披露の後で適当な業者に送って受けさせてやればいい。

飼い主は実装石について、少し甘く考えすぎるきらいがあるようだった。

———

一方、水槽のテントの中に残された仔実装たちは半ば恐慌状態を迎えていた。

「ママをしんじるテチママをしんじるテチママをしんじるテチ」
呪文のように静かに呟き続けながら実装耳をぺシャリと畳み、ガタガタと震える仔実装。

「ママは、嘘つきなんテチュ?」
呆然と立ち尽くしたまま毛布テント越しに見える飼い主とブロッコリーのシルエットを凝視する仔実装。


「ゴシュジンサマをメロメロにするテチュ、これしかないんテチュウ!」
必死で実装ダンスを練習し、これしか生きる道はないと己へ言い聞かせ気を紛らわせる仔実装。

三匹の仔実装が各々の方法で静かに荒れる。
言いつけを守りおとなしくしていたのではなく、静かにならざるを得ないほどショックが重なっていた。

三匹は最初のママの信じられない言葉は、飼い主に合わせたものだと不安に思いつつ割り切った。
しかし、後に続いた飼い主の言葉が問題だった。


「ニガテ」

まるで、こちらの存在に気付いているかのように聞こえた。
ビクリと三匹揃って聞いてしまった飼い主の声は母実装のモノより低く、強い響きを持つ人間の声。
仔実装たちは心細い環境の中で、ママの言葉だけに縋って正気を辛うじて保っていた。

———

「そろそろ満腹になったか~?かわいいぞブロッコリー」
「ハイデスゥ!とってもおいしいゴハンにステキなドレス、とってもとってもシアワセデス!」
「ああ!そのシアワセは仔実装がいないからなんだぞ?そこだけは忘れんなよ!」
「デ……わかったデスゥ~!」

フードを満腹になるまで食べたブロッコリーを水槽内に降ろし、飼い主は頭を撫でて別室へと姿を消す。
おそらくもう消灯だろう、ブロッコリーはふわりとした気分で飼い主の後姿を見送る。
カチリ、と電灯が落ち、辺りは暗く染まっていく。

ブロッコリーがオンオフできる小さな実装電球が照らす水槽だけがうす明るい空間へと世界が姿を変えた。

「マっ、ママッ!ママッ!」「ママァ!ママァッ!」「ママテチュ!ママテチュウ!」
いつもよりも素早く、必死そうに飛び出してくる仔実装三匹がブロッコリーの胸に飛び込んだ。

「ど、どうしたデス!?」
「こわかったテチュ!あれはウソテチュ?ウソテチ!」
「そうテチィ!いらないなんてウソテチィ!」
「キライなんてウソテチィ!!」
口々に安心を求めて母の保証を期待する。

「そ、そうデス」
仔実装たちの気圧されどこか歯切れの悪いブロッコリー。

「テェェェ!やっぱりテチ!やっぱりテチ!」
「ママはウソつきじゃなかったテチ!」
「おウタもオドリもオシリを振っても~っとがんばるテチぃ!」

母の言葉の力は絶大だったのか仔実装たちは涙を流して安堵する。
一方のブロッコリーはと言えば、飼い主の言葉を引き摺ってか面持ちは暗いモノだった

(ほんとにゴシュジンサマをメロメロに……できるデスゥ?)

緊張の糸が解れたのか、泣き疲れて眠ってしまった仔実装たちをテントに一匹ずつ仕舞っていく。
ブロッコリーはその間にもずっと仔実装がニガテだと言い切った飼い主について考えていた。

「デ」

着用していたピンクのドレスに、赤緑の汚らしいシミがあるのに気が付いた
先ほど胸に飛び込んできた仔実装の鼻水と血涙の混合物だろう。
仔実装はグズグズの顔をぶんぶんと振っていたので、よく見れば同様のシミがあちらこちらについている。

涙の身ならともかく粘着質な実装の鼻水との混合だ、簡単には洗っても落ちないだろう、シミ。
新品だったドレス、ゴシュジンサマがこれを着用した自分を褒めてくれたドレス。
飼い主からの贈り物という、飼い実装の価値観として最上位のもの。

……ブロッコリーは、ある種反射的かつ本能的にその沸き起こる感覚を抑え込もうとした。
だが一方でさらに本能的なより強い感覚がその抑え込もうとする感覚を殴りつけていた。

『母性』が『自意識』に殴られて、すごすごと引き下がっていく。
仔共らにブロッコリーは苛立った。ご主人様のくれたステキなドレスが汚くなった。
テントをめくる、中で眠る仔共らを睨みつける。

「チー……チ—……」
か細く寝息を立て、愛らしい寝顔で毛布を抱いてぐっすりと眠る小さな小さな実装石たち。
それを見てブロッコリーは眉間にシワを寄せ、眩しいものを急に見せられたかのように目を閉じた。
後ろへ大きくのけぞってしりもちをつき、どでん、と転んでしまう。

「デー」

水槽の床に座り込み、途方に暮れた。やっぱり仔共は実装石の宝だ。
セカイ中を仔で埋め尽くしたいほど仔はかわいい。そんな子を憎むなんてできない。

ゴシュジンサマに明日、もう一度仔実装がニガテか聞いてみよう
好きになってくれる糸口が見つかるかも……

そのまま床に横たわって眠ったブロッコリー。
一家のそんな姿を、水槽に設置された監視カメラはじっと監視していた。

———

それから、数日間似たような生活が続いた。

ブロッコリーは果敢に飼い主へ仔実装は好きになれないかと馬鹿の一つ覚えのように尋ねてはにべもなく突っぱねられる。
だんだんとそれすら惰性になる。まあ、飼い主が構ってくれるからそれでいいかと考えるようになっていく。
ドレスとあの時もらったフードに心が引っ張られてしまう。
仔実装はもうすでに教えたダンスも完璧にマスターしているが、披露となると二の足を踏んでしまう。

ブロッコリーは優柔不断にも本当の飼い主をメロメロにできるかが一気に不安になる。

怒られてこのドレスを失うかもしれない……そう思うようになったブロッコリー。
仔を堂々と歩かせてやりたい母性と、仔そのものが裏切りであることを意識する忠誠心。
ブロッコリーの思考が動かなくなり、現状維持をズルズルと肯定していく。

飼い主もそれに気づかず、よくないものが溜まり込んでいく。

そんな日々を送れば、仔実装とブロッコリーの関係に日を追うごとに溝が生まれる。
仔実装たちの苛立ちは瞬く間に蓄積されていった。

まともな教育も外の世界もしらない仔実装は怖いモノなど本質的に何も知らない。
理性の決壊の時は一気に訪れてしまう。

「ママ、そろそろ」
「まだ、まだちょっとオドリはお先デスゥ」
「テチィ、いつまでダメダメいうテチ?」

「いつまでテチ!?もうレンシュウは十分なはずテッチ!教えられたダンチュぜんぶおどれるテチュ!」
「そうテチ!ひどいテチ!あ!きっとワタチタチにゴシュジンサマがとられるのがこわいんテチ!」
実装石らしい理屈の結論を口にした仔実装、他の二匹もそれに賛同してうんうんと首を振る。

「デデ?何を言ってるデス!」

「もうカッテにするテチ!!オマエなんかママじゃないテチュ、クソママテチィッ!」
「や、やめるデス!そんなことするのはキケンデスゥ!」
「だまるテチクソママ!」

おウタとオドリをほめて伸ばす方針で育てたフィードバック。
肥大した自尊心の仔実装は空腹と共にもはや制御不能となる有様だ。
怒りと勢いと一時の考えのままにブロッコリーへ反旗を翻す。

オロオロとするブロッコリーは取り押さえる事さえできない。

朝を終え、昼を過ぎ、夕夜になればゴシュジンサマが帰ってくる時間帯。
ついに仔実装たちはどこで覚えたのかあっかんべーをブロッコリーへ向ける。
仔実装は三匹で手を取り合い、勢いよくテントから飛び出した。

「ただいまーブロッコリー……って……えぇ?」

「テチュ~ン!クソママなんかよりワタチたちをかわいがっテチ?」
「とってもかわいいコジッソウチャン、うまれてたんテチ~!」
「メロメロになっちゃうキュートなオドリ、見テチ?♡」

「「「おケツプリプリキュートテチィ~!」」」

足を開いて手を広げ、後ろを向く形で尻を振る形の実装ダンスを三匹が一斉に踊りだす。

「ブロッコリー……」
飼い主はそれに一瞥もくれることなくブロッコリーに向かい合う。
ブロッコリーは震えながら飼い主を見上げ、動けないでいる。

「「「クソママなんかよりプリプリおケツを見て見テチ~♪」」」
尻を振って踊り続ける仔実装三匹。

横から聞こえて来る仔たちの合唱に、ブロッコリーは母性が勝って封じ込めたあの時の憤りを思い出す
こいつらはステキなドレスを汚した!そもそもその秘伝のダンスはワタシが教えた!恩知らず!恩知らず!
せっかく育ててやったのに!産んだのもワタシだ!なんてやつらだ!!
それにご主人様が仔実装を好きになったら……多分いつかなった時に!出してやるつもりだったのに!!
そう!出す!出してやるつもりだった!そのうち!

「そうデスゥ!仔を産んでしまったデス!でもみんなクソムシだからショブン、ショブンしていいデスゥ!」

「あー、えーと、約束を破ったんだな?ブロッコリー」
寝耳に水だったのは飼い主だ。そのうち穏当な披露の日が来ると思いきや訪れた披露の日は何やら修羅場である。
なんだかんだとブロッコリー一家の成長を見守り、ニガテではあるが仔実装も受け入れてやろうかと思い始めた矢先
このヒリヒリとした状況に面食らうしかない。

「でも!ワ、ワタシもいまはゴシュジンサマといっしょでワタシも仔実装がキライキライ♪デスゥ!」
見苦しい言葉を紡ぎ続けるブロッコリーは実装石らしく、小首をかしげて右手を頬に当てる。
口から飛び出す言葉の数々に、飼い主のブロッコリー一家への愛着が音を立ててボロボロと崩れていく。

「ママはやめるデス」
媚びポーズをしながらそう宣言するブロッコリー、母親としてのラインを完全に破棄してしまった。
そのブロッコリーの言葉と共に、飼い主の実装石への思いというものが破壊された。

「「「こっちをそろそろ見るといいテチュ~ン♪カワイイモモさんが三つなんテチっ♪」」」

能天気な尻ダンスの横で、ブロッコリーと飼い主の間に何とも言えない空気が流れる。
飼い主はもはや真顔ですべてを見ていた。

「実はお前が仔共産んでたのなんか気づいてたよ」
「デデデデッ!?なんで知ってたデス!?」

驚愕するブロッコリーと淡々と言葉を続ける飼い主。
なおその横で母を罵倒する言葉を紡ぎながら尻を振り続ける仔実装三匹。

「お前の姿を見てさあ、仔が大事なんだな~って伝わってさ」
「仔実装って俺ニガテだけど、仲のいい親仔なら飼ってやってもいいかな~ってさっきまで思ってたよ」
言葉の一つ一つが実装石たちを揺さぶっていく。

「テ?」「テチ」「テテッ」「デッ」
流石に実装四匹の動きが止まる、ふざけた尻振りをやめて反応したのは『仲のいい親仔なら』の一点
四匹が顔を見合わせたその時、既に飼い主は後ろを向いていた。

「ザンネンだよ。一晩家族でどうするか考えな」
ブロッコリーが言葉の意味に震える。飼い実装としてのゲームオーバー寸前。
消灯。部屋が暗くなるとともに、四匹の実装……ブロッコリーと仔実装たちが取っ組み合いを始めた。


「バカども!オマエラがケツフリにとびださなきゃ飼ってもらえたデス!シアワセでいられたデス!」
「うるさいテチクソママ!クソママがニンゲンをもっとメロメロにしてなかったのがわるいテチ!」
「さっきだってクソママがいたからオシリダンチュをみてくれなかったんテチ!いなかったらきっとニンゲンメロメロだったテチ!」
「いうとおりテチ!クソママがワルイテチャアアア~~!!」

絶叫に次ぐ絶叫でお互いを罵って傷つけあう母と仔。仲直りして仲のいい親仔に戻えい飼い主へ再度頼もう、とは思わない。
「目の前にあったシアワセが母の/仔の判断のせいで逃げた」と考える事に必死でそんな浅知恵すらもが思いつけない。
おそらく形だけでもそうまとまることを期待していた飼い主の最後の望みと言えるものが砕け散った。

「チャアアアアアンッ!!」渾身の噛みつきで母実装の一張羅たるピンクの実装ドレスを仔実装の一匹が噛み千切る。

「デデデデデ!?オマエサマは、なにをしてくれちゃってんデススギ!?」
奇怪な語彙と共についに暴力のダムが決壊を迎える。この期に及んで残っていた母としての容赦がブロッコリーからなくなった。

「テヂッ!?」仔の一匹の前髪をひっつかんだブロッコリーが、ついにそれを勢いよく引き抜く。
「ハゲにされたテチ!?」姉妹がハゲたことに驚愕する仔実装、そのハゲワードが前ハゲ仔実装の逆鱗に触れる!

「ハゲ言うなテチィ!??」先ほどまでの対母戦における味方に飛び掛かり、その服に噛みついて引きちぎる。
ワンピース様の構造である実装服が肩から袈裟懸けに力を掛けられたことで……服がはらりと分解される!

「ハダカにされてるテチ!?」姉妹がハダカになったことに驚愕する仔実装、そのネイキッドワードがハダカ仔実装の逆鱗に触れる!

「ハダカ言うなテチィ!??」先ほどまでの対母戦における味方に飛び掛かり、その後ろ髪を両の手に掴んで踏ん張って引きちぎる。
「ヂィィッ!」前ハゲ、裸、後ハゲとなった三匹の仔実装はお互いで殴り合う、その横からブロッコリーが突進を掛ける!

「デチャッ!」「チィッ!」「チャアッ!?」
水槽の壁面へ強く吹っ飛ばされて叩きつけられた結果、骨折し手足が異様な方向に曲がってしまう姉妹たち。ブリブリと糞を漏らして泣き叫ぶ。
当然、実装故に数分すれば回復もするがこんな痛みはみな生まれて初めてだ。

「テ……!」
ゆらゆらりと迫りくるブロッコリーの陰に、前ハゲは思わず……

「テ、テチュ~ン♡」
媚びた。メシャッ。ブロッコリーの脚が、かつて前ハゲの顔面だった場所にめり込む。
なおもマウントポジションをとって前ハゲを徹底的に痛めつけるブロッコリー。鳴き声さえも発しない。
前ハゲが辛うじて息をする肉塊のようになった頃、後ハゲとハダカは再生を終えていた。

それぞれ水槽内に隠れるべく駆け出して、いつ終わるとも知れないかくれんぼが始まった。

「ママはここデス~♪出て来るデス♡ころすデス~!!?」
聞いたこともないおウタを歌って水槽内の家具や遊具を吹き飛ばしながら後ハゲとハダカを探すブロッコリー。

「そこデス~?」「チャアアアアアッ!」
素早い仔実装だけあり、幾度も見つかりはするものの都度逃げ伸びる。
既に夜さえ明け、日が昇っている、出勤前の飼い主に見物されているが狂乱状態の親仔は気づかない。
飼い主はもはやなんとも思っていない。仕事からの帰り道で彼は大分県産の水を購入するだろう。

昼を回る頃、ついにブロッコリーが後ハゲを捕まえる。
「テチュ~ン♡テッチュ~ン♡」
二連媚びムーブを見せる後ハゲに微笑みかけたブロッコリー。前髪を掴んだ。やることは決まっていた。

「チャアアアアアッ!!!」
絶望の雄たけびを上げた後ハゲがブリブリと糞を漏らしたのを見て、ブロッコリーは何かを思いつく。
ブロッコリーが尻を向けた。

「オオッ、オッ、オオッ!」
ウンコと混ざりあった肉片が蠢く。おぞましい拷問の果てが色つきの赤緑の涙をだらだらと垂れ流す。

「ハダカァ、ハダカのクソ仔はどこデスウェッ」
辺りをブロッコリーが見まわそうとしたとき、水槽の中にドボドボと透明な水が注がれた。

「時間切れだよ」

飼い主の声がかすかに聞こえると、ブロッコリーの視界が濁った緑色に染まった。
窓の外は茜色。夕日を死に際に覗き、最期に水に歪んだ飼い主の顔を見た。

とても、残念そうだった。

数分すると濁っていた水槽の中身が実装糞までも分解されていった。
透き通った水のみになった水槽に、ぷかぷかと一部の破れたピンクのドレスが浮かぶ。

それはシミ一つない、綺麗な状態になっていた。


おわり

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1 Re: Name:匿名石 2025/01/15-16:42:04 No:00009467[申告]
これは飼い主の気持ちがわかる。残念
犬猫を飼う場合でも去勢するけど、実装石の場合は花粉でできちゃうから(義眼は抵抗ある飼い主もいるだろうし)、ある意味不可抗力ではあるわけで
できちゃったんなら仕方ない、仲のいい親仔なら飼ってもいいかってことだったのにねぇ…
それにしても大分の水の洗浄力は流石。ただし実装由来の汚れのみ有効
2 Re: Name:匿名石 2025/01/15-22:36:37 No:00009468[申告]
深く連中の事を知らない飼い主は実装石の自主性の尊重と興味本位で傍観に徹したのだろう
メッキの剥がれないペット実装や飼育により堕落しない賢い野良実装なんてものを引き当てるのは相当なラッキーで
並のペット実装達は適度な干渉と監視の緊張感がないと浅知恵で暴走してしまう事に考えが至らなかった為に実装達の醜態を間近で見せつけられる羽目になってしまったな
そう奇しくも実験・観察派の様に実装親子の猿芝居と痴態をたっぷり堪能するかのように
3 Re: Name:匿名石 2025/01/16-00:18:32 No:00009469[申告]
大分の水すげー!
4 Re: Name:匿名石 2025/01/17-13:11:00 No:00009470[申告]
カワイイモモさんが三つ...たまらんすぎる!!
文才に溢れた名作
5 Re: Name:匿名石 2025/01/18-20:47:50 No:00009475[申告]
ケツに自信あり過ぎなんだよなあ
飼い主意外と優しかったのに残念だったな
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