「さあみんな!楽園への入り口は開かれている、その足を今こそ勇敢に踏み出す時だ!」 目のイッた作業員の男が大仰な仕草で片腕を天に掲げると、それに呼応した山実装たちも大興奮。 一様に「デーッ!」と腕を空へ振り上げた。 こうなるまでは早かった。 コンペイトウを集落に絨毯爆撃し、ニンゲン=保護者と印象付ければ実装石は例え逞しい山育ちだろうが、いや、ニンゲンの齎す美味を知らない山育ちだからこそ簡単な洗脳にコロリと堕ちる。 幸せ回路の描き出すような楽園話もしてやれば、甘みを知った直後ならかなり効いてしまう。 実装捕獲の業者はその方面に長けていた。 「乗って!乗って!」 山の脇に停車している大型のトラックの荷台には実装石が上りやすいようにスロープが付けられている。 「デッスデッス」「テッチテッチ」「レッフッフー!」 山実装らしく糞蟲が間引かれているのか押し合いへし合いなどにはならない。 規則正しい列を作って行進する。 ぞろぞろと二台へ乗り込んでいく。夥しい数がいる。 (なんで役所は山実装なんか回収させるんだ?『保護対象は市の野良実装全て』って指示の書き方からしてそりゃ回収する対象なんだろうけど……) トラックを運転する男は不審がっても考えるのをやめた。保護政策は長丁場だ。まだまだ実装を回収しなければならない。 下請けは下請けらしく請けた仕事、実装回収をするだけだ。 ・・・ すぽっすぽっすぽっ マヌケな音。 回収された山実装たちはトラックから降ろされるや完全AI制御の施設でロボットアームにつまみあげられてしまう。 「なっ、何するデス!?仔、仔から離さないでデス!」抗議は無視される。『配置』が進行する ロボットアームが成体、仔、親指、蛆と完璧に仕分けて、ベルトコンベアーに載せるとまた別のロボットアームが摘み上げる。 実装をキャッチするスペースへと実装たちを収納していく。 輪状の拘束具が手足を縛る、わずかな自由までも剥奪する。 「ンムグゥ〜ッ!?」「モガモガッ」「ンボッンボッ」 精緻な流れ作業で機械的に拘束される実装たちの口に次々と繋がれていくチューブ。 金属タンクに繋がれており、タンクには笑顔の実装が躍るイラストが描かれている。 何かが内部で泡立っているようだった。 ヂー…… タンクから脂っこい黄色の液体が山実装たちの口に入り込んでいく…… 「ンボッ……」ブバッ 何かの液体は実装石の味覚にとって凄まじいうま味のカタマリだった。 脳細胞を溶かすような甘美な衝撃に嬉パンコンをする。 パンコンを禁じられる山実装の戒律がその異様な味に押し流されていた。 「肥満化機、正常に作動中、実装たちはデブりtonight」作業員が指さし確認をして去っていった。 ウィー………機械的な駆動音が鳴ると、数十体の元・山実装たちの前に大型モニタが展開する。 『ジソっ子デスちゃんの大冒険!』 実装石向けのアニメが流れ始めた。 ・・・ 何日かが経過した。 「ン〜」 実装にしてはよく引き締まっていた山実装の面影を見出すのは不可能に近い。 その肉塊は元・山実装。 「ン~フ~……」 怠惰そうに恍惚とした息を漏らしながら脂っこい液状便をドロドロと排泄した。 いつの間にやら総排泄孔に直結されていたパイプが吸引してくれるので、ただただ肛門が緩む快感だけが楽しめる。 ずるずる、ずるずる、ずるずる。おいしいデス、おいしいデスゥ。 腹がカラになったので今度は口に接続されているチューブからあの液体を懸命に吸引し始めた。 鼻水を垂らしながら、全く弛緩した顔で供給される液体を啜る。 油となにかよくないものの混合物の科学的な味がたまらない。 はじめはニンゲンの口車に乗った事を後悔していた。 ここには自由が無いデス!なにより仔たちはどこデス!?ウマウマがあってもこんなのは楽園じゃないデス!と大慌てしていた。山に帰りたいデス!とも思っていた。 三日目を迎える日にはそんな心配も消し飛んでしまった。 モニターがエンドレスで流す実装向けアニメに夢中になる。 どひゃあん、ぽぽぽっ、ぶっぴがん。 滑稽な動きやマヌケなSE、原色が多用されたけばけばしい画面構成がカタチ作るアニメーション。 飼い実装石をアニメ中毒にする商業的ノルマが生み出した実装向け表現の集大成。 内容は単調だ。海賊モノでも、騎士物語でも、現代劇でも、SFでも同じ。主役の格好と背景が多少変わっているだけ。 「実装石が冒険して飼い主になってくれる人間を見つけてシアワセになる」それだけの展開。 「デデェ~デデデ~」主役実装を応援する元・山実装。 一定のセンテンスがあれば幸せ回路が刺激されるのでワンパターンでも問題が無いのだ。 虚ろな瞳は充血している。睡眠不足になるまでアニメを見ている。 アニメがおもしろいデス。 アニメがあるしウマウマがおいしいデス。 アニメを見るデス。 厳しくも恵み多き山での苦楽や自立した暮らしの思い出が安っぽい快感に押し流され、忘れられていく。 ・・・ ある自治体のAI化とDX化が導いた未来。 実装石幸せ化政策はトチ狂った有力愛護派議員によって実現を迎えたもの。 もはや地域には老人ばかりが多く、地政の流動はまともに機能していなかった。 「市内全ての野良実装石に安全を!」 「満腹を!」「娯楽を!」 「実装石たちを管理、保護する事で、被害や悲劇を減らせます!」 高機能AIはこれを全て解決し得る策をはじき出した。 発展目覚ましいロボティクス分野の落とし子たる多機能工業アームは諸設備の実現可能性も担保してしまった。 何かの手回しを受けて廃工場を再利用して作られた保護施設の空気は、妙に脂っこく、薬っぽい臭いがしている。 ・・・ トチ狂った愛護派議員は施設の映像を見て大喜びだ。 「ん〜野良っ仔は荒んだ仔が多いけど、ここではおとなしくて愛らしいね」 薄汚れた野良実装たちがぼんやりとアニメを眺め、ただ無意味に太っていく姿を眺めて好評を送る。 町野良の決して良くはない健康状態に加えた過度な運動不足と肥満によって、この実装たちは早い段階で合併症を引き起こし急死してしまうだろう。既に肌荒れや組織の壊死を起こした個体が見える。 愛護派議員は自慢のトマホークとモヒカンをいじりながら微笑んでいた。 市内全ての野良実装石、というからには山実装も巻き込まれている。 寡黙に山中で暮らす無害な、管理する必要のない実装たちまでもが回収され、あのような状態になっている。 だが議員はむしろ、山実装のそんな姿を喜んでいた。 「やけに身なりがきれいな野良っ仔だがどこから来たのねえ?まさか山実装?なんてことはきっとないね!」 とぼけた様子。 本当に愛護派なのだろうか。 ・・・ 「虐田先生、かなり出費がありましたけど大丈夫なんですかねえ」 「ポケットマネーもだいぶ出したがコラテラル・ダメージというやつさ。目障りなマジメくんの昭利の野郎がやってる山実装保護のボランティアに横槍入れて醜くブチ壊しにすることがこの政策もとい計画の主目的。巻き添え食らって町野良も減って市民からの評判も上々だ」 「いやあ……にしても大掛かりじゃ?」 「ここの山実装は自立心が強いにもかかわらず人懐っこいときてる、いずれは昭利の野郎を盛り立てる芽になりかねん。次期市長を臨みたいこちらとしちゃ潰せるヤツのプラスな芽は踏んで潰して枯らすに限るよ。」 「言われてみれば町野良はともかく山実装は普通に愛らしい小人ですし、何かの間違いで注目されたら大変だぁ、イメージアップしちゃいますね」 「だから『保護』保護してしまう。市民連中も野郎のプライベートなボランティアを通じて山実装の厳しい暮らしぶりを知ってる。保護施設の内実は公にされちゃいないし、保護政策に山実装が含まれることも承知で全部が認可された事。山実装までもが回収されるとも知らずにな。」 「あの時は当の昭利議員も喜んでましたねえ先生、たしか『珍しく君と意見の一致が見られた!』って」 「いざあのデブ工場がバレても業者が生息地内での保護から効率化する為に勝手に山実装を閉じ込めたことにすればいい。値の張った高級なロボットアームやらの設備も『保護政策浸透後の野良減少期以降、高齢者補助に転用できる』と言えば対外的には十分。」 「そしていずれ『保護』が終われば先生と懇ろの経営者がいる特養にでも押し付けてモノの始末も付けられる、と。」 「とにかく、山実装を一匹残らず『保護』して芽を踏みつけて枯らせりゃこっちとしちゃ上出来。連中は山に隠れてやがるから大掛かりなアレコレも必要で手間かけさせやがった」 「しかし先生、いずれ山実装の生態を知る市民やらのクレームがあるのでは?」 「この辺にゃ学者もいないで居るのはジジイにババア、文句言われるその時にゃもう実装どもはゴミだ、適当に山に『帰して』やりゃいい」 流動の失せた地政は監視を無くし、横暴と足の引っ張り合いの宝庫だ。 彼はトチ狂った愛護派議員。 妨害に血道を上げてトチ狂う『己』を愛護する議員。 ・・・ 「ごごばどごデズッ!」「おうぢにもどずデヂィ〜!」 トラックの荷台がスライドすると、荷台にすし詰めになっていた肉塊がバラバラと山にブチまけられた。 極度の肥満体型実装たち。元・山実装、いいや、こうして山に戻ったのだから元・元山実装。 その数十匹が濁音のついた鳴き声で口汚く作業服の男たちに抗議するも、降ろし作業は着々と進んでいく。 そうして、男たちはとっととトラックを出してどこかに行ってしまった。 「ざむいデズァ!」怒り心頭の怒鳴り声。 11月の冷え込みが肌を突き刺して、元・元山実装たちが悲鳴を上げる。 ボチョボチョと漏らすクソから立つ湯気と相まって、頭から湯気を出して怒っているようにも見える。 肉塊体型なのでロクに動けず、ご飯の取り方どころかコロニーの位置さえも忘却の彼方。 「アニメばどごデズぅ!?」 まず、受動的に消費できる娯楽が無い事にご立腹なようだ。 キョロキョロと周辺を首が千切れん限りに見回す元・元山実装は一匹二匹ではない。 「声がすると思って来て見れば……!も、もしかしてこりゃ緑坊たちなんか!?」 騒がしい肉塊の騒音を聞きつけ、肌の焼けた老婆が駆けつけていた。 彼女はガックリとうなだれて嘆きの声を上げた。 緑坊と彼女が呼んだ里山の住民たちは、口汚く怠惰なピザデブとなっていた。 「アニメがみだいデヂィィィィッ!」 ・・・ 数日ほど前に遡る。彼女は毎日散歩している山の異変に気付いた。 「ほんっとにどこ行っちまったんだ?緑坊が見えんねえ……」 歩いていれば自分に挨拶してくれたり、仔を撫でさせてくれた小さく愛らしい小人たちの姿が一切合切消えている。 何があったのか。 何年も前に娘も息子も巣立ち、亭主や親友にも先立たれた自分の癒しとなってくれていた存在、それが山実装だった。 それが冬籠りにも早すぎる時期に一斉にいなくなってしまった。 余りにも不自然な数日前からの消失。 ・・・ 「な、なんじゃこりゃ」 違和感を覚えればその正体を誰もが探る。老婆もまた謎の消失の原因に辿り着き、実装石幸せ化政策の存在を知る。 地政に関心の無かった老婆は狼狽えた、街に居る荒くれた野良ならまだしも、山実装までもを回収する意味はないだろうに! 老婆はまさしく老婆心から動く、そして地政に出す意見。 『見知らぬ保護施設より、見知ったお山の方が緑坊たちも幸せでしょうから、緑坊たちをお山へ戻してやってください。』 あの議員はこれを素早く察知した。まるでそんな意見が来ることを今か今かと待っていたかのような笑顔だった。 「ん〜!仕方ない!現場の仔細はあまり関知できないまでも、本来山実装まで施設保護する事は想定外と言わざるを得ない上、こう言われてはその通りというほかにない。アバウトな指示をしてしまったこちらの落ち度だな!至急、山に戻すべきだろう!」 モヒカンを振り上げて音頭を取ったあの議員。ライバル議員もしきりに頷いて賛同する。 彼は己が愛した慎ましやかな山実装たちの末路を見て何を思うだろう。 地政は異様な速度で意見に対しての対応を行った。 何か、そこには裏側のよくないものが動いていた。 ・・・ 「デェーデェー!デェ〜ッ!!」 見えない何かにも、見える何かにも問わない。 この世のすべてに対してしきりに文句を言い続ける。 施設へ戻せ、アニメを見せろ、ウマウマを吸わせろ! ここは寒い!ニンゲンは何をやっている!?ワタシタチが退屈でもいいのか!? 己の退屈が何より悲惨であると叫ぶ実装。命の危機は二の次で、とにかく快感を与えよと喚き続ける。 にわかな空腹の訪れと仲間のパキンを察知して、焦りも含んで元・元山実装たちはヒートアップする。 あの老婆は既に去っていた。 緑坊たちの慣れの果てを長く見過ぎる事を避けたのだ。 ・・・ 「アニメ、アニメデズ……アニメェ……デジャア……ッ!」 深夜を回る前に元・元山実装は全滅しつつある。 折り重なる死体たちにはまともに動いた形跡も見られない。 結局、誰も山実装の記憶を取り戻すことはなかったらしい。 最後の一匹はアニメに執着があったようで、譫言を繰り返し虚空に手をぶんぶんを振りかざす。 顔を何度も回してはアニメを探す。 どこにも見つからない。 アニメはない。アニメはない。ほんとのことさ。 「デ……デ……」 奇跡が起きる。木のウロに空いた空間を目にした。 それは山実装たちが緊急避難用のシェルターにしていた場所だ。 最後の元・元山実装はそこに入った経験があったのだ。 そのとき、最後の元・元山実装は記憶の断片を取り戻した。 「ワダヂは」 「デズ、デズゥ……?」 ここに居た記憶がある、姉妹がいた。家族、仔だ!仔がいたような 木の実を探して駆けまわった、蛇を相手に木の棒構えて大立ち回り、そうだ、ここにワタシはすんでいた! 「デェ……デェ……!」 這いずるようにして動き出す『山実装』 コロニーの跡地へと戻ろうと進み始める。記憶が戻っていく。 戻ったところで何になるのだろうか。そこには誰もいないというのに。 ただ、『山実装』は這いずっていた。 血涙を流し、声を枯らし、ただただ這い続けた。 おわり
1 Re: Name:匿名石 2024/11/18-05:04:43 No:00009411[申告] |
里山という人間の影響下に寄生している癖に清貧ぶっている連中に
自費まで投入し本能の幸福回路解放してあげる慈善家の鑑 |