タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話07
ファイル:「実装石が支配する世界編」7.txt
作者:敷金 総投稿数:9 総ダウンロード数:47 レス数:0
初投稿日時:2024/09/23-17:57:42修正日時:2024/09/23-17:57:42
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため強引に
異世界を旅行させられる羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミットの
中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 ぷちを助ける目的で実装石虐待派の本拠地に忍び込む為に、禿裸実装達を巻き添えにするミドリ。
 Decieve全体を巻き込み、実装石の支配に反旗を翻すオルカ。
 そして、次々に起こるトラブルに忙殺されるエルメス。

 様々な思惑と事態が交錯する中、突如、「実を葬」を名乗るグループがテロ予告を行う。

 そんな中、としあきはアバターを外界に飛ばし、遂に街中に降り立った。
 


【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。
 現在、マリアというメイドと共に、一人だけ豪邸住まいだが……

・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。
 現在、人間居住エリアに潜む実装石達と合流中。

・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。
 現在、仮面の謎人物により捕らわれの身。

・オルカ・ベリーヴァイオレット:人間
 大ローゼンに属する特殊工作チーム「Deceive」の女性リーダー。
 エルメスの部下であり、任務失敗を理由に懲戒処分を下されるも、一時的に謹慎を解かれ
 Deceiveの隊員を引き連れて人間居住区へ侵攻。
 しかし、その目的は——

・マリア:メイド
 としあきに尽くす謎の巨乳美人メイド。
 その正体は——?

・エルメス:実装石
 大ローゼンの幹部実装石の一匹。
 人類抹殺を企て、大ローゼンを巻き込んでの反逆計画を遂行し始める。

・エメラルデス42世:実装石
 “実装石が支配する世界”の女王で、シティ・ザ・エメラルディア王宮に滞在する。
 エルメスによって更迭され、MOTHERへの呼びかけも遮断されてしまう。



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    じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話 ACT-7 【 反逆と謀反、そしてテロ 】

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 6月5日午前9時。
 としあき達がこの世界にやって来て、85時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと35時間——


 ここは、ジオ・フロント内「大ローゼン」本部・大会議室。
 緊急で集められた大ローゼンの幹部達は、熱弁を振るう司会・エルメスの言葉に、必死で耳を傾けていた。

「——報告は、以上です。
 このような状況の為、もはやMOTHERは機能不全に陥っていると判断するしかありません。
 否、仮にそうでなかったとしても、テロ予告までのあと三時間以内に機能が回復するとは到底思えません」

 エメラルデス女王には、相変わらずMOTHERからの通信が届いていない。
 それを口実に、エルメスはMOTHERが正常な活動が行えなくなっている可能性を示唆した。

 同時に、その要因が“弐羽としあき”という人間のせいであるとも唱え。

 事態が切迫しているせいなのか、エルメスの言葉は、思いの外幹部達に深く浸透したようだ。


「概要は判った。それで、この会議に於いて、何を決定したいのかね?」

 とある幹部の発言に、エルメスは目の端を吊り上げて即答する。

「はい、衛星兵器DESU-EXを大ローゼン側のみで直接操作し、人間居住エリアを攻撃します。
 それも、あと三時間以内に」

 彼女の衝撃的な言葉に、さすがの幹部達もざわめき出した。

「唐突過ぎる!」
「いやしかし、今は緊急事態だし」
「MOTHERのサポートなしで、果たして可能なのか?」
「それでは、無関係の人間の多くが犠牲になってしまうじゃないか」

 動揺する幹部達に、エルメスは更に鋭い言葉を投げつける。

「今は、もはや我々が意見を交わしている場合ではありません!
 事は一刻を争うのです!
 実装石と人間、どちらが生き残るべきか?
 そんな事は、今更ここで議論しても始まりませんよ!!」

「た、確かにそうだが……」

「それに、私達を護るべき存在のMOTHERが、たった一人の人間によって機能不全に陥っているのです!
 もし、このまま我々がテロの脅威に晒されたら、それは弐羽としあきのせいなのですよ!
 ——いいのですか、これ以上、人間如きの手の上で踊らされても?!」

 その言葉が、決め手となった。
 大会議室は、エルメスの言葉で突然静寂化する。

 そう、その言葉は、大なり小なり幹部達も考えていた事なのだ。
 それを声高に代弁した、エルメスの勝利だ。

「時間もない。
 エルメス、私は君の判断に任せる」
「私も」
「わ、私も……」

 大会議室は、幹部実装石達の挙手により、埋め尽くされる。
 この瞬間、エルメスの企みは成就した。

「わかりました。
 それでは、大至急作戦本部に戻り今後の対策を行います。
 皆様、本日はありがとうございました」


 たった十五分。
 それが、この世界の人間の命運を大きく変えた時間だった。


 だが、エルメスは気付いていなかった。
 否、彼女だけではない。
 幹部全員が、全く意識を向けていなかった。

 大会議室の天井付近にある監視カメラが、作動していることに。





「——MOTHER! お応えください! MOTHER!!」

『エメラルデスよ、私も今、ようやく状況を理解しました』

「おお、MOTHER!」

『本当にすみませんでした。
 あなたには、苦労をかけてしまいましたね』

「とんでもありません!
 私などより、どうか、エルメスを……彼女を止めてください」

『どうやら、もはや彼女を止める事は不可能のようです』

「それは、どういう事でしょう?」

『エルメスは、開けてはならない禁断の扉を開けてしまいました。
 もはや大ローゼンは、本来の機能を果たせなくなったと判断せざるを得ません』

「そんな——」

『このままだと、大ローゼンは最悪のテロ組織と化してしまいます。
 誠に遺憾ですが、只今この瞬間より、大ローゼンを解体します』

「えっ?!」

『エメラルデス、あなた達一族も、本当に長い間ありがとうございました』

「そ、そんな! どうかお考え直しを!!
 ま、MOTHER!!」


 ここは、エメラルデス女王が監禁された部屋。
 自分以外誰も居ない空間で、女王は悲痛な叫び声を上げる。
 だがしかし、それに答える“神の声”は、もう届かなかった。





 午前十時。
 
 十分ほど歩かされたとしあきは、とあるマンションの近くで足を止めた。
 初期実装の子供は、屋内駐車場の中に入って行く。
 車が出入りしない事を入念に確認すると、としあきは恐る恐る駐車場の中に入り込んだ。

「よく来たです、弐羽としあき」

「どわぁっ?!」

 駐車場に入った途端、いきなり背後から声をかけられ飛び上がった。

「だ、だ、だ、だ、誰だ!?」

 振り返ると、そこにはコートをまとった長身細面の女性が佇んでいた。
 まるで耳が生えたような奇妙な形の帽子を被っており、細く鋭い目は酷く充血しているように見える。

 女性は口許を微妙に吊り上げると、見た目の印象に合わない高い声で話し始めた。

「よく、MOTHERの下から脱出して来れたものです。
 大したもんです、褒めてつかわすです」

「は? あ、あんた、一体何者だ?!」

「おっと、そうだったです。
 ちょっと待てです、今戻るです〜」

 と言うが早いか、女性は……

 どろん!

 という大きな音と共に煙を撒き散らした。

「うえっ?! げほげほっ!」

『ちょいとニンジャっぽくてカッコイイデスゥ?』

「って……うえぇぇっ!? 初期実装?!」

『びっくりしたデスゥ? ねぇねぇ、ビックリしたデスゥ?』

「そりゃ驚くわ! 本当になんでもありだなお前。
 あ、それより! 今この辺にお前の子供が——」
 
『その事はいいデスゥ。
 それより、お前はこれまで何をしていたデスゥ?』

「え、あ、それは……マリアっていうメイドとずっと一緒に」

『お前という奴は、本当にエロメイドが好きなんデスゥ』

「なんでエロメイドだとわかったんだ!?」

『……』

 こりゃダメだと思ったのか、初期実装はいきなり本題を切り出した。
 この世界で、今何が起きているのか。

 実装石と人間の関係、「実を葬」によるテロ活動開始宣言。
 これにより二者の関係は崩れ始めていること。

「なんで実装石が支配しているこの世界に、「実を葬」が現れたんだ?!」

『それだけ、この世界の人間は実装石に思う事があったんデスゥ多分きっと』

「結局、どんな世界でも人間と実装石の関係は変わらないってことなのかな」

『恐らくそうデスゥ』

「それで、ミドリとぷちはどうなってる?」

 としあきのその質問に、初期実装はしばし沈黙する。
 二人は「実を葬」に捕らわれている訳だが——

『多分だけど、大ローゼンに捕らわれていると思われるデスゥ』

 堂々と大嘘こいた。

「なんで? あいつらは俺達の味方じゃないのか?!」

『それがそうとも言えないデスゥ。
 まあ話を聞けデスゥ』

 初期実装は、大ローゼン内の幹部・エルメスの話をする。
 彼女は実装石で、人間を疎ましい存在でありこの世に不要と考えていること。
 その思考は極端で、人間の支配のみならず、その存在自体を抹消しようとしていること。
 そして今の大ローゼンは、彼女の意志で動き始めていること。

「ちょ、ちょっと待て!
 MOTHERは? MOTHERは俺を迎える為にこの世界を構築したって言ってたぞ?
 大ローゼンだってMOTHERの意志が介入してるだろ?
 それなのに——」

『そうかデスゥ、アイツはそんな目的で……』

「え? なんだって?」

『甘い甘い、甘すぎるデスぅクソドレイ。
 あいつらは決して一枚板ではないデスゥ』

「それを言うなら、一枚岩だろ?」

『だあぁ、そんな些細な違いはどうでもいいデスゥ〜!
 とにかく、お前は甘々の甘チャンだと理解しろデスゥ。
 大空に聞け〜俺の名は〜、デスゥ』

「な、なんだよ?!」

 首と手を振りながら否定すると、初期実装は何故か胸を張って偉そうに語り出した。

『MOTHERは、確かにこの世界の創造主デスゥ。
 でも、気付かなかったデスゥ?
 あいつも、所詮は実装石デスゥ』

「ああ、それは薄々勘づいてた」

『さすがにそれには気付いたデスゥ?
 実装石は、所詮実装石の味方デスゥ。
 お前を隔離することで、きっと何か奴らにとって都合のいいメリットがあるんデスゥ』

「メリット? たとえば?」

『他の世界を良く知ってるお前がこの世界の人間達に接触することで、実装石にとって都合の悪い知識が
 広まるとか?』

「——なるほど、そういうことか」

 ようやく合点が行ったという表情で、としあきは思わずポンと手を叩く。
 それなら、確かにマリアが頑なに自分を外界に出そうとしなかった理由にも繋がる。
 
『強力なシールドが張られているので、ワタシでもジオ・フロントに堂々と潜入するのは厳しいデスゥ。
 それだけ奴らに警戒され対策を講じられているデスゥ。
 だから、アイツらについてはどうしても憶測が多くなってしまうデスゥ』

 だから嘘があっても許してデスゥ♪ と心の中で思いながら、初期実装は無表情でとしあきを見つめる。
 そんな彼女に、としあきは強く頷きを返した。

「いや、もう充分だ。
 もう許せねぇ、MOTHERも大ローゼンも。
 なんとかしてこのメチャクチャな世界を、実装石の支配から解き放ってやる!」

『その意気デスゥ。
 ——あ、ダメ、アヒン』

 突然、初期実装の姿が掠れ始める。

「ど、どうしたんだ?」

『実は、この話をあいつらに聞かれないようにワタシも障壁を張っていたデスゥ……
 けど、もう限界デスゥ……
 としあき、後を頼むデスゥ〜』

「そんな最期の言葉みたいなこと言うな!」

 初期実装の姿が、空気に溶けるようにかき消える。
 その場に取り残されたとしあきは、しばらく呆然としていたがキッと顔を上げた。

「これは、出来るだけ早めに戻った方がよさそうだな」

 しかしその僅か数分後、としあきのアバターは、突如その姿を消してしまうことになる。





 その頃、MOTHERの中枢エリアに通じる中継ルートの隔壁が、爆発によって破壊された。
 と同時に、十人程の武装した人間達と、それを先導する実装石の武装部隊が突入する。

 彼らの辿って来た道程には、破壊され大穴の空いた隔壁が、いくつ連なっている。
 手にした銃を構えながら、油断なく侵攻していく武装部隊は、やがてMOTHERの中枢エリアの外壁部に
辿り付いた。

 慣れた手つきで爆弾をセットすると、隊員達は無言でその場を離れ、防御体勢を取る。
 数十秒後、爆弾は轟音を上げ、隔壁を粉々に爆破した。
 その瞬間、武装部隊は実装石が混じっているとは思えない程の迅速さで中に入り込み、室内の各方面に
銃口を向け、注意を払う。

 武装部隊の面々が、巨大な機械室の奥に配置されたピラミッド状の高台を発見した時、室内に大きな声
が響いた。

『ここを何処だと思っている!
 すぐに退出しなさい!』

 MOTHERの厳しい声が、空気を震わせる。
 しかし、隊員達は何も言葉を発することはなく、またたじろぐ様子すら見せない。
 それどころか更に奥へと侵攻し、高台の上にある「堂」と、その中に浮かぶ金属球を発見した。
 
「MOTHERは何処にいる?」

 隊員の中の実装石が、くぐもった声で呟く。
 その言葉を合図に、他の隊員達が、各所に散った。

『私の声が聴こえないのですか?
 私はMOTHER。
 お前達の支配者です』

「元、な」

『なんですって?』

 ニヤリと微笑む実装石は、バックパックから小型のタブレットを取り出すと、電源を入れた。
 その画面には、同じく不敵な微笑みを浮かべる人物が映っている。


 ——エルメスだ。


『エルメス……
 これは、いったい何の真似ですか?』

 液晶画面のエルメスは、豪華な椅子に座り、まるで見下すような態度だ。

『これはこれはMOTHER。
 直接お話する機会を得て、光栄の至りでございます』

『貴方は、自分が何をしたのか、わかっているのですか?』 

『当然です、MOTHER。
 永い間、この世界の管理と支配をして頂き、ありがとうございました』

『それは、どういう意味です?』

『我々“偉大なる大ローゼン”は、この度の貴方の行動に対し、問題提議を行いました』

『問題提議?』

『そうです。
 その結果、貴方は——大ローゼン幹部会の全員一致で任を解かれ、更迭される事になりました。
 よって、貴方にはこの世界の支配者という立場から、即刻退いて頂きます』

 勝ち誇ったように、カクテルを一口煽ると、冷たい視線を向ける。
 金属球は、宙に漂ったまま、何の変化も見せない。 

『正気ですか? エルメス』

『無論です。
 貴方は、実装石が全てを支配すべきこの世界に於いて、弐羽としあきなる異世界の人間を誘拐し、
 あまつさえ永住権を与えようとお考えになられた。
 これは、我々実装石の総意に反することです』

『立場をわきまえなさい。
 私は、この世界全体の支配者であり、創造主なのですよ。
 この世界は、私が、私の目的の為に構築しました。
 今更、貴方がたの意見を取り入れる余地はありません』

『そう仰るだろうことは、想定済みです』

 タブレットの画面の向こうで、エルメスは卓上ベルのようなものをチリンと鳴らす。
 と同時に、タブレットを持っていた実装石はホイッスルを取り出して力強く吹いた。

 ピィ—————ッ!!

 それと同時に、各所に散った隊員達が一斉に動き出す。
 壁に向かって銃撃を始める者、爆薬のようなものをセットする者、そして奥にある寝室へと向かう者——

『何をするのです! 止めなさい!』

『こんな殺風景な部屋の中に、弐羽としあきを監禁なさっておられる?』

『なんですって?!』

 MOTHERが、初めて声を荒げる。
 否、怒りの感情が混じった、機械とは思えないような反応だ。

『弐羽としあきを捜索、直ちに拘束!』

 鋭い指令がタブレットから放たれ、再びホイッスルが鳴る。
 それを耳にした人間の隊員達は、としあきのいる部屋に迫り銃撃で強引にロックを破壊した。

『いい加減になさい! エルメス!!
 もはや許せません! 貴方の方こそ、更迭を——』

『機械の分際で、生き物の私に命令するつもりか?』

 エルメスの口調が変わる。

『機械の……なんということを』

『もう一度言うぞ、MOTHER。
 もはや貴様は、この世界の支配者ではない。
 ただの機械の塊に過ぎん』

『……』

『貴様の居場所とそこへの潜入ルートは、エメラルデス元女王の自室の徹底調査で、簡単に割り出せた。
 まさか棚の向こうに隠し部屋とは——さすがは三百年前の遺物、発想が古臭い』

『エメラルデス……元?
 か、彼女は、どうなったのですか?』

 MOTHERの質問に、エルメスは愉快そうに笑いながら答える。

『我々に協力的な女王陛下は、快くここの情報を提供してくれた。
 ただ、ちょっと張り切り過ぎたのか、今はお休みになられているが』

 そう言うと、エルメスはカメラを動かし、自分の反対側に向ける。
 そこには、エメラルデス女王が、大きな椅子に腰掛け、カメラの方を向いていた。

 その周囲には、いくつかの機械とそこから伸びる無数のハーネスがあり、その末端部は女王の頭部に
嵌められたティアラに繋がっている。

 頭部に深々とめり込んだ、鋼鉄の無骨なティアラに……

 灰色の眼差しを向けたまま沈黙する女王の顔に、もはや生気は宿っていなかった。

『エメラルデス……!! な、なんて酷い事を?!』

『女王の脳髄には、大変貴重な情報が詰まっていた。
 貴様に関する情報も、興味深く拝見させてもらったわよ、MOTHER?』

 エルメスは、いやらしい口調で尚も勝気に呟く。

『まさか三百年以上前に、この世界を滅ぼしかけたとはねえ』

『昔の話です。
 今の世代の貴方がたには、関係ありません』

『本気でそんなことを?
 どのみち、貴様と直接コンタクト出来る血族は、これで途絶えた。
 この世界の者達は、エメラルデス王族を通じて発せられた貴様の言葉にしか敬意を示さない。
 ——もう、おわかり?』

 口許を歪め、上目遣いで画面の向こうから睨むエルメス。
 MOTHERは、とうとう言葉を失った。

『そういうことですか、わかりました』

『お分かりいただけたようで。
 それでは、速やかにこの世界を支配するに必要な各種システムの解放と、人工知能の自己凍結を行って
 もらおう。
 従って頂けない場合は、強行手段に訴えることになるがな』

 エルメスがそこまで話した時、奥の方から、としあきの悲鳴が聞こえて来た。

「いでででっ!? ちくしょう、何するんだぁ?!
 ってアレ? 戻って来たのか俺?」

 としあきは、二人の屈強な人間の隊員に拘束され、強引に引き摺られてきた。

「おいMOTHER!! これはいったいどういうことだ?!
 てめぇ、やっぱり何か企んでやがったのかよ! クソぁ!!」

『としあきさん!
 エルメス! MOTHERとして命令します!
 即刻、このお方を解放しなさい!』

 焦りの声で、MOTHERが鋭い声で命令する。
 しかし、画面の向こうのエルメスは、全く反応しない。
 それどころか、優雅にカクテルを飲んでいる。

『だが断る!
 それよりも——』

 エルメスは、カクテルグラスを放り捨てると、くわっと力んだ表情を向けた。

『特殊行動部隊!
 弐羽としあきを、射殺せよ』

 鋭い命令が発せられ、隊員達に緊張が走る。
 拘束していた隊員達は、即座にとしあきを解放し、後方へ放り捨てた。

「いでっ!! お、おいぃ!!」

 床に背中をしこたまぶつけたとしあきは、軽い呼吸困難を起こしたのか、すぐには立ち上がれそうにない。
 そんな彼に対し、人間の隊員達が一斉に銃口を向ける。
 
『撃て!』

 エルメスの命令で、隊員達は、躊躇うことなく引き金を引いた。

「わあああああぁぁぁぁ!!!!?!?」

 としあきの悲鳴も虚しく、激しい銃撃の音が、機械室内に木霊した。





 長い、沈黙。

 としあきは、自分の身体に痛みも何もない事に気付き、頭を抱えていた手をゆっくり離してみた。

「俺は……死んだのか? ここ、あの世?
 三途の川はどっちですか〜?」

 恐々瞼を開いてみると、そこは、MOTHERの機械室の中だった。
 周囲は何故か不気味なほど静まり返っており、先程の喧騒が嘘のようだった。

(え? え? 何がどうなったんだ?!)

 時間にして、僅か数十秒もしくは一分程度。
 そんな短い間に、としあきの周辺の状況は、様変わりしていた。

 深呼吸をして立ち上がったとしあきは、自分を取り巻いている状況をようやく認識し、愕然とした。

「な、なにこれ……?」

 先程まで、としあきを射殺するために銃を構えていた人間の隊員は、全員床に倒れていた。
 どの隊員も白目を剥き、泡を吹いている。
 何体か居た実装石の隊員達も、同じように倒れ伏し、その上パンコンしている。
 とにかくその場で動いているのは、としあきただ一人という状況だ。

 としあきは、隊員に近寄って様子を見ようとしたが、何か見えない壁のようなものに額を激突させた。

「あたっ?! な、なんだこれ? ガラス……じゃないよな?」

 どうやらとしあきは、透明度の高い壁で覆われたケース状の物体内に閉じ込められているようだ。
 無論、そんなものはさっきまで存在しなかった。

 だが、やがて「ガコン!」という大きな音がして、透明な壁が床下へ吸い込まれていった。

『お怪我はありませんか、としあきさん?』

 MOTHERの、落ち着いた声が聞こえて来る。
 だが、としあきには、それに答える気力が湧かなかった。

 隊員達は、全員死んでいた。
 何をされたのかは、全くわからない。
 ただ全員、目立った外傷など一切ない状態で、息絶えている。

 悲鳴すら上げさせず、実装石を含めた十数人を、瞬時に——

 さすがのとしあきも、この唐突過ぎる状況にはドン引きした。

「なんだよこれ!」

『としあきさんが殺されてしまう危険がありましたので、やむなく反撃致しました。
 すぐに、片付けます』

 と言うが早いか、工作隊員の死体がある床が次々に反転し、床下へと落とし込んでいく。
 ものの十数秒で、機械室内は、まるで何事もなかったかのような状態に落ち着いた。

 否……

『特殊工作部隊! 状況を報告しなさい! 特殊工作部隊?!』

 床の片隅に落ちているタブレットから、エルメスの声が虚しく響く。
 液晶越しのためなのか、まだここで起きた事態を把握出来ていないらしい。
 やがて、その煩いタブレットも、床の反転を経て、暗黒の闇へ落ちていった。

『としあきさん……』

「う、うわ……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 絶叫したとしあきは、MOTHERから逃げるように、寝室へ飛び込んだ。





「まさか、失敗したのか?! あの状況から?! くそっ!!」

 いったい何が起きたのか、エルメスは理解出来ずに居た。
 もはや確実な勝利が約束されていただろう状況下に於いて、一気に形勢逆転されたのだ。

 予想だにしなかった反撃手段が、MOTHERのエリアに備わっていると判断するしかないが、特殊工作員達
も、それなりの防御体勢を整えた状態で出動していた筈なのだ。
 にも関わらず、ほんの僅かな時間で、彼らは任務に失敗した。
 銃の引き金を、引くか引かないか、そんな程度の短時間で。

(このままではまずい!
 MOTHERは、我々の反逆に気付いた以上、我々を行動を封じる手段に出る筈だ。
 もし、それが私達の全く知らない手段によるものであれば、我々に勝ち目はない!)

 MOTHERが、単なる意志の伝達を行うだけの存在だと、心のどこかで誤認していたのが誤りだった。
 MOTHERは、この世界の人間はおろか、時には実装石ですらも躊躇うことなく処罰出来るのだ。

 そういった可能性を考慮していなかった点は、エルメスの——否、自分に都合よく物事を解釈する、
実装石の本能がもたらす「油断」と云えた。
 しかし、今尚エルメスはそれを自覚出来てはいない。

 カメラを床に叩き付けると、エルメスはエメラルデスの亡骸に唾を吐きかけ、部屋を退出する。
 それを待っていたかのように、実装石の職員達が彼女の傍にやって来た。

 一瞬ぎょっとしたエルメスだったが、彼らがエルメスの直属の部下である事に気付き、すぐに平静さを
取り戻した。

「こんな所におられましたか、エルメス様」

「何があったのですか?」

「先程、MOTHERエリアに潜入した者達についてですが」

「どうなったのですか?」

「はい、それが……全員、死亡しました」

「は……?」

 想定外の回答に、さすがのエルメスも言葉に詰まる。
 驚愕の表情を浮かべる彼女に、部下の実装石は、更に説明する。

「隊員のヘルメットのからの映像で、確認しました!
 全員、発狂して……あっという間に」

「隊員達の身体管理システムが、異常な脳波の乱れと、原因不明の脳内出血があった事を伝えています!
 ほんの一瞬で……私達も、何が起きたのか……」

「MOTHERが、そんな反撃手段を持っていたとは」

 信じられないものを見るような目つきで、エルメスは部下達を見回す。
 だがすぐに正気を取り戻し、咳払いを一つ零した。

「MOTHERエリアからの通信システムの解析はどうでした?
 遮断は可能でしたか?」

「はい、現在約86%の解析と、そのうち72%の切断・切り替えが済んでおります。
 しかしご存知の通り、MOTHERの作り上げた通信網は複雑多岐に及び……」

「わかりました、もう結構。
 貴方がたは、引き続き解析を急ぎ、一刻も早く、MOTHERの意志を隔離するのです!」

「はっ!」

 頭を掻き毟りながら、エルメスは怒鳴るように命令する。
 ふと時計を見上げた彼女は、思わず目を見開いた。

「午前11時……59分……?」
 




「時間だ、行くぞ」

 時計が正午を指したのと同時に、「実を葬」は活動を開始した。
 そしてその中には、オルカ率いるDeceiveのメンバーの姿もあった。

「我々に続け! ジオ・フロントに突入する!」

 オルカ達Deceiveは、人間でありながらジオ・フロントへの出入りが自由に行える。
 それを利用し、彼らを乗せたトラックが帰還という前提で中に入る。

 ゲート入口に停車すると、小さな部屋の中からいぶかしげな表情で管理人の実装石が顔を覗かせる。
 と同時に、その手前の空間に投影型スクリーンが表示され、そこには大ローゼンのエンブレムが映し
出される。
 車から降りたオルカは、腕時計型のツールを画面にかざす。
 ピーッという電子音がなり、“SUCCESS”と表示された。

「Deceiveです」

「ご苦労」

「さよなら」

「ん? どういう——」

 パン!

 次の瞬間、ゲートの管理実装石の頭部に銃弾が撃ち込まれる。
 実装石の目の色が灰色になっているのを確認すると、トラックから降りたDeceive隊員がゲートの操作
機器を破壊した。

 開きっ放しになったゲートに向かって、次々に黒いトラックが迫って来る。
 
「よし、進むぞ!」

 オルカの指示で、トラックは再び発進する。
 事態に気付いた者達が次々に進路に飛び出してくるが、容赦なく轢き殺し、撃ち殺していく。
 それが実装石であっても、人間であっても。

「実装石に加担する者は、たとえ人間でも容赦するな!
 奴らは人の姿をした実装石だと思え!」

 オルカの叫びが、車内に響き渡る。
 隊員達の意志は、改めて言葉にするまでもなく統一されていた。
 覚悟を決めた者達を乗せた重武装トラックが、次々にジオ・フロントに侵入する。
 と同時に、殺戮という名のショーが始まった。

「殺せ殺せえ!」
「ここに居る者達は、全員抹殺! 抹殺!」
「容赦はするな! 慈悲は捨てろ!」

「実装石を滅ぼし、この世界を人間の手に取り戻すのだ!」

 拳銃、マシンガン、ロケットランチャー、手榴弾。
 あらゆる武器が使用され、無差別な殺戮と破壊活動が展開する。
 ビルの壁面には大きな穴が開き、そこから爆風が吹き出す。
 大きく口を開いた穴に、実装石が落ちて行く。

 デギャアアァァァァ!!
 デヒャアァァァア!!

 実装石の悲鳴が木霊し、隊員達は、今まで味わったことのない恍惚感に酔いしれる。
 今まで自分達を支配し、高圧的に接していた憎むべき者達を、堂々と殺害出来るのだ。
 これほど楽しい余興はない。

 「実を葬」のメンバーも、次々にトラックで押し寄せ加勢する。
 おおよそ五十人程に増えたテロ集団は、ゲート周辺をあらかた破壊し尽くすと、Deceiveの誘導でいよいよ
中枢部へと侵攻を開始した。


 完全に出遅れたエルメスは、遂に始まった殺戮劇に、完全に取り乱していた。

「ば、馬鹿な! どうして一気にジオ・フロントまで?!」

 エルメスは、テロ集団がいきなりジオ・フロントを襲うとは考えていなかった。
 外部で活動を開始し、その後にここへ迫って来るだろうと、そしてジオ・フロントへは侵入出来ないだろうと
高を括っていた。
 その為、テロ集団が行動を開始してからでも対策を講じる時間は稼げるだろうとの目算だったが、完全に
裏目に出た。

「エルメス様! テロ集団の中に、で、Deceiveの隊員が!」

「何だと?!」

「間違いありません!
 オルカ隊長の認証コードでの侵入が確認されています!
 専用ゲートも破壊された模様!」

「あ、あの女がぁ〜〜!」

 怒り心頭に発したエルメスは、額にありえない程の血管を浮き立たせ、激怒した。
 もう、容赦はしない。
 オペレーター達の更なる報告を振り切るように部屋を飛び出すと、エルメスは幹部クラスしか使えない
専用エレベーターに搭乗する。
 そのまま地下階層深くまで下ると、エメラルデス女王を幽閉した部屋を通り過ぎ、最深部に辿り着く。
 カードでセキュリティを解除し中に踏み込むと、真っ暗な部屋の至る所に文字や記号、何かのグラフィック
が表示される。
 
「DESU-EX、起動!」

 エルメスの高らかな宣言と同時に、部屋全体が赤く光り出す。
 空間投影モニタの表示が切り替わり、地上のマップと、そこに重なる巨大な照準のようなものが浮かび
出た。
 彼女の足元手前が一部盛り上がり、床から何かがせり上がって来る。
 それは、拳銃のようなものを最頂部に取り付けた台座のようだ。
 エルメスの高さに届くと、拳銃の台座は停止する。
 グリップに手をかけ、睨むように画面を見つめる。

 エルメスの手の動きに合わせて拳銃は微妙に動き、それに連動して照準も動く。

「目標! ジオ・フロント」

 エルメスの宣言と共に画面が一気にズームアップする。
 照準が、この建物——シティ・ジ・エメラルディア王宮を捕らえる。

「全セキュリティ解除、ライトニングソード出力5%調整!」

 その声に合わせ、複雑な各種情報が部屋中に目まぐるしく表示され、消えて行く。
 エネルギーチャージ完了のレポートが表示されたのを確認すると、エルメスは酷く嫌らしい笑みを浮かべた。

「ライトニングソード、射出っ!」

 カチッ

 エルメスは、躊躇うことなく、拳銃の引き金を引いた。





「——終わった、のか?」

 赤い光が消え、先程までの暗闇に戻った室内で、エルメスは不気味な静寂を感じていた。
 探査衛星DESU-EXから射出される太陽エネルギー破壊光線・ライトニングソード。
 出力を絞ったとはいえ、その絶大な破壊力を考えたら、地下シェルターを兼ねるこの深層部とはいえ多少の
振動は伝わって来るだろう。
 そう思っていたエルメスは、あまりに呆気ない結果に拍子抜けした。

「なんだ、これで終わりか。
 はははははは! 全然大したことないな!
 これなら、他の世界も——」

 しかし、用心深いエルメスはそこでふと冷静になる。
 慌てて部屋を飛び出すと、通信システムのある部屋に入り直し、オペレータールームへ繋ぐ。

「誰か! 誰か! 私だエルメスだ!」

『エルメス様? 今どちらに?』

 オペレーターの声が響き、エルメスの顔が激しく歪む。
 ライトニングソードの影響を回避出来るのは、今彼女が居る地下シェルター内くらいのものだ。
 オペレータールームなど、完全消滅していてもおかしくはないのだが。

「あれから何か異常は起きていないか?」

『はい、その後は特に』

「ううぬ……わかった、今戻る!」

 おかしい。
 ライトニングソードが、作動していない。
 DESU-EXが不発だった? 何かのシステムエラーか?
 エルメスは大いに戸惑った。
 
 DESU-EXを含む衛星システムも、MOTHERの管理下にある。
 しかし権限をはく奪したのと同時に、実装石のエンジニア達がDESU-EX関連のシステムを早急に独立させる
処理を実施していた筈だった。
 先程システムが起動したので、てっきり上手く行っていると思ったのだが——

(慌てるな! 仮に人間共を抹殺出来なかったとしても、MOTHERの息の根を止めることだけは可能だ。
 何せDESU-EXには、私が仕込んだ最後の切り札がまだ——)




 指令室に戻ったエルメスは、すぐに異変に気付いた。

 異様な臭い。
 オペレーター達が妙に静か。
 ただ微かな機械音だけが響いている。

「何かあったのk——」

 オペレーターの一匹の肩を掴み揺さぶると……その者はデロンと舌を伸ばし、灰色の目でこちらを見つめて
来た。
 ごろん、と生首が落ちる。

「ひぃっ?!」

 よく見ると、他のオペレーター達も、それぞれの席に座ったまま沈黙している。
 やがてそのうちのいくつかの頭が、同じようにゴロンと床に転げ落ちた。

「で、デギャアァァァ!! だ、だ、だ、誰かぁ?!」

「お呼びでしょうか」

「た、た、た、大変です!
 お、オペレーター達g」

 エルメスの言葉が、途中で止まる。
 彼女に応答したのは、満面の笑顔を浮かべるオルカだった。

「ご安心ください、エルメス様。
 あなたは、そう簡単には殺しませんからね」

 そう呟いた次の瞬間、オルカは硬いブーツのつま先で、思い切りエルメスの顔面を蹴り飛ばした。

 デギャッ?!

 その瞬間、彼女の背筋を、ゾクゾクッと快楽が迸った。




 6月5日午後2時。
 としあき達がこの世界にやって来て、90時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと30時間——


「どうなってんだ?! どうなってんだ?!
 もう、何がなんだかわからなくなってきたぞ……」

 銃で撃ち殺されそうになる上、目の前で多くの人間と実装石が死んでいる光景を目の当たりにする。
 それは、今まで様々な世界を巡って危険な経験を積んで来たとしあきにとっても、かなり衝撃の強いものだ。
 ましてやそれが、マリアの用意した絶対的安全圏内で起きたのだ。

 しかもとしあきは、自力でここから脱出することが出来ない。

 もしMOTHERがその気になれば、彼らと同じような目に遭ってしまう可能性があるのだ。
 トラウマになるなという方が無理がある。

(どうすんだ、どうすんだ?!
 どうやってここから脱出すりゃいいんだ?!
 ましてやミドリもぷちも、助け出さなきゃならないんだぞ?!
 あとどんくらい時間が残っているのかもわからないのに……詰みゲーだろこんなん!!)



『多分だけど、大ローゼンに捕らわれていると思われるデスゥ』


 初期実装は、さっきそう言っていた。
 ということは、MOTHERをなんとかしない限り、としあきはここから無事に脱出することは出来ない。

(考えろ、考えろとしあき!
 こういう時こそアレだ、電球パリンだよ! ほら出ろ、俺の頭の上に電球出ろって!)

 MOTHERにとって自分は何故か特別な存在であり、この世界に残そうとしているのは間違いない。
 そこが付け込む隙であることまではわかるのだが、下手なことをして機嫌を損ねたら最後、あの連中のように
抹殺されてしまう可能性もありうる。
 自分を人質にする作戦は、恐らくもう通用しないだろう。
 となると……

 としあきの頭上の電球は、とうとう割れることはなかった。


 その時、突然。
 館内に変な放送が響き渡った。


 
『実装石! そして、実装石の支配に甘んじる愚かな者達よ。
 我々は“実を葬”!
 聞くが良い!
 我々は先程、ジオ・フロントの中枢機関であるシティ・ジ・エメラルディア王宮を占拠した!
 もはや実装石による世界支配は、終わりを告げたのである!』

 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!



「——えっ?! 実を……葬?!」

 それはなんと、「実を葬」テロ部隊による音声放送であった。
 そんなものが、MOTHERによる特殊なエリアであるここにも聞こえて来るということは……



『同時に、愚劣なる実装石による汚物組織・大ローゼンの崩壊もここに宣言する!
 これより、大ローゼンの元大幹部・エルメスの声明を公開する!
 耳の穴をかっぽじって、よぉく聞くが良い!』

 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!



 いきなり“かっぽじる”なんて言い出した為、吹き出していいのか困惑する。
 MOTHERとマリアが不気味な沈黙を守る中、としあきはその放送に耳を傾けるしかなかった。



『デギャアアアア! に、人間めぇぇぇ!!
 よくも、よくもこの高貴なる私にぃぃぃ!! こ、こんな屈辱を〜〜っ!!』

『エルメス様、さぁ、言わなくてはならないことを、お早く』

 ザクリッ

『ぎゃああああああ!! お、オルカあぁぁぁぁ!!
 き、貴様わぁぁぁぁ!!
 ゆ、許さない、絶対に許さな——ドギャッ!!』



 放送の声は、聞き覚えがある。
 それは先程、タブレット越しに命令をしていた偉そうな実装石だ。
 MOTHERを散々挑発していたが、いったい何が起きているのか。

(それに、オルカ?
 あれ、彼女は確か——)

 

『もう、手も足も失って、傷口も焼き固めましたよ、エルメス様?
 これでもう、あなたの手足は絶対に元に戻りませんねぇ?
 どうします、オペレーター達のように、次は首を落しましょうか?
 それとも、この……薄汚い偽石を、グラインダーで削って参りましょうか?』

『で、デデデ……お、オルカぁ……』

『実装石は、本当に頭の回りが鈍いのですね。
 はっきり言わないと、理解出来ませんか?』

『デ……ぇ……』

『くれぐれも、私を……いえ、人間様を失望させないように』

『ひ、ぃ……』



 “山実装の世界”や“実装産業の世界”で自分達を助けてくれたオルカ。
 それが今、大ローゼン幹部に対してかなり過激な拷問を行っているようだ。
 それは、音声だけでもえげつなさが伝わるレベル。
 しかし、エルメスが何かを言わされそうになっている事が気になり、としあきは更に耳を傾けるしかない。


『ひ、わ、我々……だ、大ローゼンは……に、人間に……デギャアッ!
 に、人間様に……敗北しました……。
 わ、私達幹部は……衛星兵器を使って、人間様を……滅ぼそうともしました……。
 で、ですが、何故か失敗し……デギャオッ?! ひ、ひぃぃ……も、もう許してぇ……オルカぁ』

『オルカ“様”ですよ、この薄汚いドブネズミ以下の実装石め』

『お、オルカさまぁ……!』


『聞いたか皆の者!
 実装石共は、よりによって衛星兵器による予告なしの無差別攻撃を実施し、我々高貴な人類を殲滅しようと
した!
 結果的に失敗に終わったものの、下手をすれば我々は今、こうして生きていることは出来なかったのだ!
 どうだ、これが今までお前達を支配していた“糞蟲”の本性だ!』

 実装に虐待を! 実装に悲劇を! 実装に制裁を! 実装に悪夢を! 実装に地獄を!



「なん……だと?!」

 放送を聞いたとしあきは、寝室を飛び出した。

「おいマリア! 出て来い!」

 大声で怒鳴り、マリアを呼び出す。
 しばらくの間を置き、まるで空中から湧いて出るようにマリアが姿を現した。

「としあき様……」

「奴らの話は本当なんだろうな?
 実装石が、人間を滅ぼそうとしたというのは」

「それは誤解です!
 それは、あのエルメスという者が勝手に——」

「あいつは実装石じゃねぇか!」

「……」

「どういうことだ、どういうことなんだ?!
 お前らの本当の目的はそれなのかよ!
 この世界の人間を滅ぼして、それで——」


『この世界だけじゃないデスゥ』


「えっ?」

 聞き覚えのある声が、突然響く。
 振り返ると、そこにはなんと先程出会った長身の女性・お初さんが佇んでいた。

「お前、初期実装?!」

『せっかくこの姿で出て来たのに、ダイレクトに正体ばらしてくれてありがとうデスゥ』

「最重要警戒態!!」

 マリアの語尾に、怒りの色が含まれる。
 初めて見る、彼女の怒りの形相。
 その殺気すら感じさせる迫力に、としあきは思わず言葉を失ってしまった。

「どういうことだ初期実装?
 この世界だけじゃないって」

『そのまんまの意味デスゥ。
 あのエルメスという奴、異世界に行ける衛星兵器で、他の実装世界にも攻撃してたデスゥ』

 そう言いながら、お初さんは初期実装の姿に戻る。
 
「な……他の、世界を……?」

『そうデスゥ、ワタシが知ってるだけでも、二つの世界がそれで滅ぼされたデスゥ。
 そのうち一つは、クソドレイ、お前も行ったことのある世界デスゥ』

「何処だ、そこは?」

『実装人形の世界デスゥ』

「……!!」 

『あの世界の日本、完全にけし飛んだデスゥ』

 実装人形の世界(※第6話参照)。
 としあきは、人形実装アンリの胸に、泣く泣く楔を打ち込んだ時のことを思い出した。

「……本当なんだな、それは」

『間違いないデスゥ。
 こいつらは、この世界だけじゃない。あらゆる実装世界に住む人間全てを抹殺するつもりデスゥ』

「ふざけやがってぇ!!」

 としあきの怒りが、頂点に達する。
 
「マリア! いや、MOTHER!
 なんてひでぇ事をしやがるんだ!」

「としあき様! それは違います!
 最重要警戒態の言葉に、耳を貸してはいけません!」

「うるせぇ!
 てめえら、アンリの居た世界を……よくも!!」

「聞いてください、としあき様!」

「やかましい! てめぇに様付けで呼ばれる筋合いなんざねぇ!
 おい初期実装! 手を貸せ!」

 完全にブチ切れたとしあきは、背後に立つ初期実装に呼びかける。
 その瞬間、初期実装の口元がつり上がったが、としあきはそれに気付く事はない。

『今のワタシは、ここに意識を飛ばすだけで精一杯の状態デスゥ?
 その上で、何を望むデスゥ?』

「おうよ! MOTHERをぶっ潰す!」

「としあき様!」

「MOTHERが居る限り、どの世界の人間も安心して暮らせねぇ!
 初期実装! デスゥタンガン手に入るか?」

『自信がないけど、探してみるデスゥ』

「この世界の何処かにある筈だ! ここに持って来てくれ!」

「お願いです! お願いですから、私の話を!」

「人類を滅ぼそうとしている奴の話なんざ、金輪際聞く気はねぇ!
 マリア! お前が人間じゃない事はもう気付いてる!」

 としあきの叫びに、マリアが愕然とする。

「てめぇは、俺をここに釘付けにするだけの為にMOTHERが作り出した幻影だろう!
 わかっちまったんだよ!
 よくも俺を騙し続けてくれたな!」

「違う……違うんです! 私は……本当に、あなたを」

『じゃあちょっと行ってくるデスゥ』

 怒り狂うとしあきをよそに、初期実装は姿を消す。
 その場に残されたのは、としあきとマリアだけ。

 マリアは、今にも崩れ落ちそうな程悲し気な表情を浮かべ、涙を流し始めた。

「私は……確かに、MOTHERそのものです。
 でも、この姿は……決して、あなたを騙すためでは」

「はいはい、もうお前の言う事は全然信用いたしませ〜ん」
 
「としあき様! あなたは初期実装の術中に嵌っているのです!
 お願いです、気付いてください!」

「じゃあ、他の世界を攻撃したのはどう説明つけるんだ?
 お前がMOTHERなら、そのエルメス? って奴がやった事も承知してた筈だろ」

「そ、それは……その世界が、あまりにも秩序を乱していたために」

「だからって、よその世界のてめぇが手を下していいわきゃねぇだろ!
 ——MOTHER、所詮てめぇは実装石なんだな」

「!!」

 マリアの表情が、強張る。

「人間の真似でもしてるつもりなのか?
 だがな、お前はやっぱり薄汚ねぇ実装石だ。
 自分勝手な思い込みで突っ走って、周りの都合なんかお構いなし。
 そういうとこが、実装石の本能から逃れられてねぇってぇんだよ!」

「そ、そんな……」

 膝を折って崩れ落ちるマリア。
 その時、背後で大きな音が響く。
 振り返ると、そこには見覚えのある銃が転がっていた。

 「実装産業の世界」で作り出された、実装石を操る銃“デスゥタンガン”。
 ——海藤ひろあきの遺した、形見。

 としあきは、ゆっくりと屈んでデスゥタンガンを手に取った。

「あんがとよ、初期実装!
 ——もう一度使わせてもらうぜ、海藤」

『もう、ここに持ってくるだけで、ワタシのパワーはほぼ使い切ったデスゥ……
 お前、それで何をどうするつもりデスゥ?』

「こう使う」

 としあきは、デスゥタンガンの本体に折り畳まれているモニタを展開すると、偽石探知モードを使用する。
 これは、実装生物の偽石反応をレーダーのようにキャッチするものだ。
 
「——リライトロジックディバイダー!
 としあき様……やめて、お願いですから、もう止めてください!」

 モニタには、反応が一つ表示されている。
 その位置は、機械室の奥に配置されたピラミッド状の高台。
 そこに浮かんでいる“金属の球”の位置と合致する。

「やっぱり、あれが本体か」

『多分MOTHERは、自身の偽石だけはこの世界に遺していたんデスゥ。
 それを機械に組み込んでいるんデスゥ』

「なんでそんなめんどくさいことを?」

『そりゃあお前、偽石にはMOTTHERが蓄えた膨大な知識がインプットされてるからデスゥ』

「なるほどな、まさにそれがキモって事か。
 だったら、やっぱりこれが使えそうだな!」

 としあきはモニタを指でなぞり、ターゲットを高台の反応にロックする。

「やめてぇ!」

 マリアの制止の声も無視して、としあきはデスゥタンガンのグリップからマガジンを引き出す。
 それにはいくつかのスイッチが並んでおり、としあきはその中の「S」ボタンを押した。
 マガジンを押し戻すと、デスゥタンガンを頭上高く掲げ、引き金を引く。
 一切の躊躇いはなかった。


  —— Accept Command. ——


  —— Stungun! ——


 電子音声が鳴り響き、

「うぐっ?!」

 マリアの動きが停止した。
 と同時に、彼女の姿がかき消える。

『ほぇぇ、もうこれ以上は限界デスゥ。
 クソドレイ、後は頑張れデスゥ』

「オラァあッ!!」

 階段を一気に駆け上がると、としあきは間髪入れずに金属の球体にケンカキックをぶち込む。

 金属球は、全く重さを感じさせず、無抵抗のまま床に転がり落ちた。





「——よし、撤収!」

 オルカの鋭い命令の声が、指令室に響き渡る。
 Deceiveの隊員と「実を葬」のテロリストグループの活躍により、ジオ・フロント内の実装石は壊滅。
 その確認が終了したのだ。

「やった! 我々の勝利だ!」
「これでこの世界は、実装石から解放されるんだ!」
「大ローゼンは滅んだぞぉぉ!!」

 皆が、心底嬉しそうに勝どきを上げる。
 それを微笑みながら見つめていたオルカは、ふと足元に目線を移す。

「ご覧頂けていますか、エルメス様?
 人間が実装石に勝利し、三百年ぶりに世界を取り戻した感動的瞬間ですよ。
 ——さぞ、お悔しいことでしょうねぇ」

 足元に転がっている、苦悶の表情を浮かべる実装石の生首を、オルカは全身全霊の力を込めて蹴り飛ばした。





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