タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話05
ファイル:「実装石が支配する世界編」5.txt
作者:敷金 総投稿数:9 総ダウンロード数:23 レス数:0
初投稿日時:2024/09/23-17:57:01修正日時:2024/09/23-17:57:01
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため強引に
異世界を旅行させられる羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミットの
中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 としあきはマリアより「因子」と「因果」、そして「ユナイト現象」というものについて説明を受ける。
 彼が元の世界に戻れば、彼自身がその世界を滅ぼしてしまうのだという。
 そしてこの“実装石が支配する世界”も、かつて「因子」によって滅びかけたらしい。

 一方、大ローゼン幹部・エルメスはオルカの報告により実装石虐待派の存在を知り、それを口実に人間
を滅ぼす計画を遂行し始める。
 同時に、この世界の支配者“MOTHER”の不信任案を提案し、更には衛星兵器をも用いて全人類を殲滅
する提案も述べる。

 大ローゼンの中で、大きな変化が起ころうとしている。


【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。
 現在、マリアというメイドと共に、一人だけ豪邸住まいだが……

・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。

・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。

・オルカ・ベリーヴァイオレット:人間
 大ローゼンに属する特殊工作チーム「Deceive」の女性リーダー。
 エルメスの部下であり、任務失敗を理由に懲戒処分を下されるも、初期実装から
 怪しげな勧誘を受け……

・マリア:メイド
 としあきに尽くす謎の巨乳美人メイド。
 その正体は——?

・エルメス:実装石
 大ローゼンの幹部実装石の一匹。
 人類抹殺を企て、大ローゼンを巻き込んでの反逆計画を遂行し始める。

・エメラルデス42世:実装石
 “実装石が支配する世界”の女王で、シティ・ザ・エメラルディア王宮に滞在する。
 非常にブサイクだが、それを笑った相手をも快く赦すほど人(?)が出来た存在。
 エルメスによって更迭されてしまう。



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    じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話 ACT-5 【 謀反と反乱 】

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 6月3日午前0時。
 ミドリとぷちがこの世界にやって来て、28時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと92時間——


 ミドリは、人間居住エリアの裏通りで出会った禿裸実装と共に居た。


 人間の言葉を話す禿裸は、どうやら実装語も理解し、また話せるようだった。
 本来なら、実装石にとって禿裸は罵倒の対象だが、今はそんな事をしている余裕はない。
 ミドリは、禿裸を蔑み貶すよりも、今は可能な限り情報を引き出した方が賢明だと判断した。
 それはもはや、実装石らしからぬ判断力だったが、当の本人は全くの無自覚だ。

 ミドリに敵意がない事をようやく理解したのか、彼女は、周囲に人間が居ない事を入念に確認した後、
ぼそぼそと語り出した。

「私は、元々はジオ・フロントに居た者だ」

「ジオなんとかって、実装石ばっかり住んでる所デス?」

「そう。だが、今はこの通り落ちぶれてしまった。
 もう二度と、あそこへは戻れない」

「ニンゲンの虐待派に、そんな姿にされたからデス?」

「いいや、違う。
 これは"刑罰"を受けたからだ」

「け、ケイバツ?」

 禿裸は、辛そうにため息を吐くと、詳しく説明し始めた。
 
 禿裸はモロモという名前を持ち、年齢も25歳という驚異的な長寿実装石だった。
 もっとも、この世界の実装石は他の世界のものより平均寿命が高いようで、決して彼女が特殊な訳では
ないらしい。

 モロモはジオ・フロント内で生まれ育ち、高学歴を修めて大ローゼンに勤務していたエリートだったが、
トラブルに巻き込まれたのだという。

「大ローゼンの中には、人間不要論を唱える者が少なからず居る」

「デェ? 虐待派をやっつけ隊デス?」

「いや違う。
 虐待派だけではなく、人間そのものをこの世界からなくしてしまえという極端な思想だ」

「デェ! そ、それじゃあ、美味しいゴハンも食べられないし、飼い実装にもなれなくなるデス」

「それは、必要ないから……」

 モロモは、更に続ける。

 この世界は、実装石によって、約三百年に渡り支配されて来た。
 人間をはじめとした全ての生物は、実装石と、その頂点に立つ「MOTHER」という存在によって管理されて
いる。
 しかし人間達は、やがて実装石に世界の管理を任せ、自分達は無気力かつ自堕落に生きるようになって
しまった。
 そんな彼らが辿り付いた果てに、実装石への虐待行為があるという。

 そんな人間達に対し、やがて「人類不要論」が唱えられるようになった。
 過去幾度にも渡り、人間だけを排除するようにと大ローゼン内で動きがあったが、 大ローゼン上層部
には、MOTHERの息のかかったエメラルデス女王がおり、そういった意志は全て制されてきた。

 しかしある時期から、人類不要派が大ローゼン内で更に幅を利かせるようになり、やがては自分達に同調
しない者達の排除を試みるようになった。

 冤罪をでっち上げて反対者を罠に嵌め、厳罰に処すという名目でジオ・フロントから追い出す。
 そしてモロモも、そのような手段で人間居住区に追放された一人だった。

「処罰された者は、全ての財産と社会的地位、それに髪と服を奪われる。
 だから人間居住区には、私のような惨めな姿の者達が彷徨うようになったのさ」

「デェ……じゃあ虐待派だけじゃなくて、実装石も、仲間を酷い目に遭わせてるってことデス?」

「そういうことになる。
 今や、追放されて野良に堕した実装石達は、独自のコミュニティを築きつつある。
 ははは、これじゃ、私達は他の世界の実装石と大差ないじゃないか……」

 そう笑いながら、モロモは一筋の涙を流した。
 血涙……
 それを見たミドリは、彼女をあざ笑うどころか、逆に同情心を抱いてしまった。

「しかし、酷い奴らが居るもんです!
 この世界、実はメッチャクチャなんじゃないデス?」

「ああ、その通りさ。
 この世界は一見、実装石の理想郷のように見える。
 だが実は、ほんの一握りの存在しかその恩恵を受けられない地獄なのさ」

「デェェ、女王は、そんな世界に残れなんて言ったデス?」

 ミドリの呟きに、モロモは目を剥いて反応した。

「君は、女王と逢ったことがあるのか?!」

 モロモの反応に些か違和感を覚えたものの、ミドリは、自分の素性と、ここに来てからの事情を説明した。
 異世界から来たこと、様々な世界を巡ったこと、人間と共に旅をしている事……
 モロモは、それらの話を大変興味深く聞いていた。

「——驚いた。
 まさかこんな所で、MOTHERの主賓にお会い出来るとは!」

「そのMOTHERって、一体何者なんデス?
 時々名前が出るけど、まだ逢った事はないデス」

「MOTHERは、この世界の支配者だよ。
 今のこの世界を構築した張本人だ」

「シハイシャって、一番エライ奴の事デス?
 何でそんな奴が、別世界のワタシ達の事を知ってるデス?」

「それは——」

 モロモが話しかけた時、少し離れた所から、足音が聞こえて来た。
 それは明らかに人間のものだが、明らかに一人ではない。


『おい、居たか?!』
『見つかんない! 向こうも見てみようぜ!』
『あんなレア物、早々居ないからな! 絶対見つけるぜぇ!』


「さ、さっきの奴、仲間を連れて来たデス?!」

「いかん、ミドリさん、こっちへ来るんだ!」

「デェ?! デス〜!!」

 モロモに手を引かれ、ミドリは更に奥の路地へと走り出した。





 一方その頃、ぷちはトラックから引き摺り降ろされていた。
 十時間にも及ぶ監禁と移動、そして恐怖心により、また空腹感にも苛まれ、彼女はもはや心身共に限界
が近かった。

 そこはどこかの駐車場のようで、少ない照明のせいでとても薄暗い。
 あまり車は停まっておらず、代わりにところどころに得体の知れない木箱のようなものが積まれていた。

 トラックの運転手は、ぷちの腕を乱暴に掴むと、駐車場の奥に光る非常口の方へ歩き出した。

「い、痛いテチィ! 離してテチィ!」

「おい、どうする? この女?」
「ついつい連れて来ちまったからなあ……」
「積荷を知られたかもしれねぇしな。色々やばいし、バラす?」
「しかし、エロい身体の女だなぁ、コイツ」
「せっかくだし、バラす前に、俺達で輪姦(まわ)しちまうか!」
「そ、それいいな!!」

 トラックに乗っていた二人の男達は、そう呟くと、酷くいやらしい目でぷちを見つめて来た。

「て、テエェェェェン!! オネーチャぁ! クソドレイサーン!!
 助けてテチィ!」

 必死で暴れるが、屈強な男達の力に抗える筈もない、
 ぷちは軽々と抱えられてしまい、そのまま非常口の向こう側に連れて行かれてしまった。

「お前達、そこで何をしている?」

 突然、何処からか、鋭い女性の声がした。
 男達が何かを言おうとするより早く、その顎下に、何かが突き付けられた。

「げ……!」
「お、おい! やめろ、撃つな!」

「——この娘は、ぷち様……?
 お前達、何処でこの娘を?」

「し、知らねぇよ!」

 すっとぼける男を突き上げる銃が、カチャッと音を立てる。
 その瞬間、二人の男達の身体が更に強張った。

「その娘を、こちらに渡してもらおう」

「え?! そ、そんなぁ〜」

 チャキッ

「わ、わかった! わかったよ!!」

 ぷちを抱えていた男は、謎の声に従い、渋々彼女を解放した。

「テェ……助けてくれて、ありがとうテチ」

「早く、こっちへ」

 顔を確認するよりも早く、ぷちは、謎の声の主に手を引かれ、更に奥の方へ連れて行かれた。

「ああ…巨乳が……エロボディが……」
「おおぉぉいいぃぃ……ここでお預けなんて、酷いだろぉ!」



「大丈夫? 怖い目に遭ったわね」

 涙を拭われながら、ぷちは、命の恩人に顔を向ける。
 それは、他の世界で逢ったことがある、見覚えのある姿だった。

「貴方とは、どこかで逢ったことがある気がするテチ」

「ええ、そうよ。
 山実装の世界で」

「ああ、大ローゼンの人テチ?」

 無邪気な反応に、謎の声の主は、苦笑いを浮かべる。

「私の名前は、オルカ。
 良かったわね、たまたま私がここに居て」

「ここは何処テチ? なんだか、とっても怖そうな所テチ……テェェ」

「それは、後で説明するわ」

 オルカはぷちに、自分は潜入捜査でここに来ていると告げた。
 何の潜入捜査で、何処に来ているのかは、言わない。
 ぷちも、なんとなく「そういうものか」と理解したようで、オルカに突っ込んでは来なかった。
 僅かに震えている身体を支えながら、オルカは、ぷちをエレベーターへと案内した。

「丁度良かったわ。逢わせたい人が居るのよ」

「テ? 私にテチ?」

「そうよ。その人は、あなたの事を良く知ってるの」

「私、この世界に知り合いは居ないテチ……」

 ぷちの呟きに、オルカは何も答えず沈黙する。
 気のせいか、ぷちは、彼女がうっすらと冷や汗を掻いているように思えた。

 エレベータ—が最上階で停止し、ゆっくりとドアが開く。
 その向こうには、先程の駐車場と同じような、仄暗い空間が広がっていた。
 否、その一角にだけ、僅かにライトで照らされている空間がある。
 何人かの人が佇んでいるようで、オルカは、そこへぷちを導いた。

「連れて来た」

 オルカは、そう一言呟き、ぷちの背を軽く押す。
 戸惑うぷちは、目の前に立つ人々の姿を見て、仰天した。

 頭まで多く漆黒の装束を纏った者達が、数人。
 それに護られるように、スポットライトの中央に、玉座のようなものがある。

 そこには、凄まじい巨体の……否、巨体と言うよりは、でっぷりと太った球体のような体格の人物が座って
いる。
 その顔を見たぷちは、思わず声を上げそうになってしまった。

 その人物の顔には、縦長楕円形の、白い「仮面」が着けられている。
 しかし、その仮面の表面には不気味な模様が描かれていた。
 
 赤と緑、黄色、青の極彩色で彩られたラインが、乱雑に描かれた面。
 しかも、左右の覗き穴が大きく上下にすれており、右目の位置は頬の辺りまでずり下がっている。
 それらは一見ダミーのように思えたが、それぞれの覗き穴からは、血走った鋭い眼光が輝いていた。

 仮面の恐怖に恐れおののいているぷちを愉快そうに眺めると、仮面の人物は、
とても耳障りな笑い声を立てた。

「ぷち……人化実装の」

 男とも女とも、若いとも年寄りともつかない、不気味な高い声。
 所々で歪む奇怪な声は、ぷちの素性をあっさりと言い当てた。

「テェ? な、なんで知ってるテチ?」

「お前は人間の姿をしているが、本当は実装石。
 そうざ……だね?」

「そ、そうテチ」

 ぷちが返答すると同時に、仮面の人物の周囲に立つ黒装束達が、一斉に身体を震わせ始めた。
 その動きは、人間というより巨大な軟体生物を思わせ、ぷちは生理的嫌悪感を覚えた。

「私達はね、この世界に反旗を翻す者ざ……ですよ」

「反旗? どういう意味テチ?」

 仮面の人物は、小首を傾げるぷちに、この世界のことを説明した。
 実装石が人類を支配し、世界全体を手中に治めている、異常な世界。
 そしてここでは、人間達が、実装石達より遥かに劣った環境で生活することを強いられていることなど。
 そして、それを覆そうと、人間達の間で反対勢力が生まれつつあるということ。

「ついてはお前に、その協力をしてもらうざ……です」





 ミドリがモロモに連れて来られたのは、薄汚いコンテナの中だった。
 古びた貨物用コンテナの裏側に穴が開いており、そこから中へ潜り込む。
 なるほど、これなら、人間の体格では追って来れそうにない。
 巧妙な隠ぺいぶりに、ミドリは変に感心した。

 しかし、コンテナの中には更に驚くべきものがあった。
 なんとそのコンテナは、中央部分の鉄板の一部が剥ぎ取られており、その下にマンホールのような大穴
が開いていたのだ。
 ご丁寧に、マンホールには丈夫そうな縄梯子が掛けられている。
 この世界の実装石はかなり賢いという事を理解しているつもりだったミドリも、これには舌を巻いた。

「この下に、お前の仲間達が居るデス?」

「そうだ。さぁ、足元に気を付けて」

「お、おぅデス」

 なんだかんだで付いていく羽目になったミドリは、モロモの指示通り、縄梯子を下って行った。
 穴はさほど深くはなく、せいぜい3メートル程度で下に着く。
 そこには下水道などは流れておらず、ただ薄暗い通路が伸びているだけ。
 まさに、秘密の地下通路そのまんまといった有様だ。

 どこから光が入っているのか、通路は数メートル先までは見えるくらいの明るさを保っている。
 モロモの後に付いて十分ほど進むと、ざわざわという囁き声が聞こえてきた。

 更に明るいホールのような場所に出たミドリは、そこに、大勢の禿裸が座っている光景を目の当たりにした。

「デデッ?! 禿チャンいっぱいデス?!」

 ザワザワ……ザワザワ……

 禿裸達は、一斉にこちらを見て、恐ろしげに後ずさり始める。
 それを見たモロモが、すかさずフォローを入れた。

「みんな、安心してくれ! この人は味方なんだ!」

 ザワザワ……ザワザワ……

(いつの間にか、そういう事にされてしまったデス……まあ、いいか)

 モロモは、仲間達に地上での事と、ミドリが女王の主賓である事を説明した。
 半信半疑といった態度なのが見え見えではあったが、多少警戒心を解く成果はあったようで、何体かの
禿裸は、物珍しげにミドリを眺める。

「え〜、あ〜、コホン!
 ワタクシが、只今ご紹介賜りました〜……」ガリッ

 慣れない言葉を口にして舌を噛んだミドリは、声もなく悶絶した。

「この人、本当に女王の主賓なのか?」
「なんかみずぼらしい野良実装にしか見えないが……」

 禿裸の中には、ミドリの存在に疑問を呈する者も多いようだ。
 晴れ上がった舌をべろんべろんと回しながら、ミドリは、改めて自己紹介した。
 不思議と、大勢の禿裸達を嘲笑う気は起きなかった。

 ミドリは、自分が異世界から来た事や、実装石の居る世界を旅している事、そしてとしあきとぷちという
同行者が居る事を、皆に伝えた。
 一方で、何故エメラルデス女王の主賓になったのかは、良く理解出来ていない事も、付け加える。

 禿裸達は、その説明に首を傾げ、次々に異世界について”の質問を投げかけた。
 ミドリは、自分の世界の事、ぷちの居た「人化実装の世界」の事、「他実装の世界」での命がけの脱出劇、
そして「実装産業の世界」でのアビス・ゲームの事などをさらりと話した。

「ほ、本物だ! この人のいう事は本当だ!!」

 突然、一匹の禿裸が大きな声を上げた。

「私は知ってるぞ! ディメンションコード55655で行われているという、忌まわしきアビス・ゲームのことを!
 あんた、それに参加したのか?!」

「デ? そ、そうデス」

「その存在は、我々のようなごく一部の者しか知らない筈だ。
 ……驚いた、この人は本当に、女王の主賓かもしれない!」

 オオオオオオオオオ!!

 大声を上げた禿裸の言葉に、他の禿裸達が突然盛り上がる。
 その急激な雰囲気の変化に、ミドリは気圧された。

「な、なんか、変な流れになってない? デス?」

「いやあ、あんたすごい人なんだな! 失礼ながら、今更感服したよ!」

「デェ? い、いやぁ〜、照れるデスゥ♪」プゥ

「あ、臭っさぁ」


 どうやらこの世界の実装石にとって、異世界を巡る経験をした者は、ちょっとした英雄的存在として
扱われるらしい。
 特にミドリは、この世界では異世界渡航に必要とされる「ディメンジョンドライバー」というアイテムなしで
旅を続けているという事もあり、余計にレアもの扱いされてしまった。

 無論、ここに居る禿裸達は、ただ盲目的にミドリを持ち上げているわけではなかった。
 彼女達は、出来れば再びジオ・フロントに戻り、以前のような生活を取り戻したいと願っている。
 その願いを叶えるチャンスに貪欲なだけで、女王の主賓・ミドリという存在に、大きな期待をかけているのだ。

 もし、ミドリから女王に、彼女達の恩赦を持ちかけてくれたら……
 そんな期待感から来る、無数のキラキラした尊敬のまなざしは、当の本人にはうっとうしい以外の何物
でもなかった。

「う〜、ワタシも、自分がどういう状況に置かれてるか、イマイチわかってないデス。
 だから、確実な約束は出来ないデスけど、次に女王に逢う機会に、あんたらの話をしてみるデス。
 これでいいデス?」

「ありがたい! ミドリさん、期待しています!」
「せめて、今の私達の生活状況を伝えてもらえれば」
「いや! 冤罪で無実なのに追放された者達もいるんだ! そういった者達の救出か、せめて恩赦をだな!」
「待て! 今はそういう話をするべき時じゃない!」

 禿裸達は、ミドリを差し置いて、いきなり議論を始めてしまう。
 その内容は、正直ミドリにはチンプンカンプンだ。
 困った顔でモロモを見ると、彼女はそっと耳打ちをして来た。
 しばらく後……

「あいや、待てデス!
 女王に話はしてやるけど、代わりに条件があるデス!」

「「「 条件? 」」」

 ざわついていた禿裸達が、一斉にミドリに向き直る。

「実はワタシの妹のぷち……という人化実装が、ニンゲンに捕まっちまったデス!
 なんとか助け出したいから、お前達の力を貸すデス!」

 その言葉に、禿裸達の動きが、一斉に停止した。

「に、人間に?!」
「そ、それはまずい!」
「も、もし私達が見つかったら、助けるどころではなくなるじゃないか!」

 次々に呟かれる、「不可能」「無理」の言葉。
 ミドリはそれを聞き、ああ、やっぱりこいつらも実装石なんだなぁと、妙な感慨を抱いた。
 だが——

「あーそう! だったら、お前らの事なんか女王に伝えてやらんデス。
 お前らがどうなろうが、こっちは知ったこっちゃないデス!」

 えええええええぇぇ〜〜?!?!

 禿裸達が、一斉に困惑の声を上げる。
 ミドリは、わざと怒った振りをして出口に向かおうとするが、禿裸達がすがるように追いかけて来た。

「わ、わかりました! わかりましたから!!」
「我々には、貴方しかいないんです! どうか見捨てないで!」
「どんな事でも、やりますから!」

 最後の言葉を呟いた禿裸の頭にポンと手を乗せると、ミドリは、酷く嫌らしい笑みを浮かべた。

「言質は取ったデス♪
 じゃあその誓い、命を賭けてでも果たしてもらうデス〜♪」

 ザワザワザワザワ……

 その時、ミドリの身体に変化が生じた。

「ひ、ひぃぃっ?!」

 頭に手を置かれた禿裸は、何故か突然酷く怯え、その場でブリブリと脱糞してしまった。





 ここは、機械に埋もれた広大なフロア。

 ジオ・フロントのどこに位置する場所なのかはわからないが、としあきは今、この中で一人のメイドと対話
している。
 その美しいメイドはマリアと名乗り、この世界の事情と秘密を、としあきに語っていた。

 マリアの語る、この世界の真実に少なからずショックを受けていたとしあき。
 だがそれよりも、この世界を「実装石による支配」に変えてしまった張本人が、支配者「MOTHER」である
ことにも、更なる強い衝撃を受けていた。

「ま、まあいいや。
 なんとなくだけど、ここまでの話は、だいたい理解した……と思う」

『そうですか、それはとても光栄です』

「だが、まだわからねぇことがある。
 何故俺を、この世界に残そうとするんだ?
 よりによって、実装石なんかが支配する世界に。
 俺に、実装石共の奴隷になれっていうのか?」

 としあきの呟きに、マリアは首を横に振る。

『そうではありません。
 この世界は、MOTHERによって管理されています。
 MOTHERは、この世界をとしあき様にとって、最も相応しい所に変えることが出来るのです』

「ゴメン。
 話がトンデモ過ぎて、意味が全然わかんねぇんだけど?」

『先ほどまで、としあき様をお招きしていた仮想世界。
 たとえば、それを現実の物として、ご提供することも出来るということです』

「な、何だって?」

 一瞬、としあきの心が躍った。
 だが、ひんやりとした室内の空気が、彼をすぐに正気に戻す。

『MOTHERは、三百年という長い時間を、としあき様をお迎えする為だけを目的に、費やして参りました。
 ずっと、ずっと貴方のご来訪を、お待ちしていたのです。
 とても……気が遠くなるほど、長い間』

「三百年て、そんな訳があ……」

 そこまで言いかけて、としあきは思い出した。
 実装石世界間の移動は、必ずしも同一の時間軸で行われるわけではない。
 としあきが生まれる以前の時代に行ったことも、遥か未来に行ったこともある。

 つまりMOTHER……否、MOTHERの大元になった存在は、現在より三百年以上も過去の時代に
飛ばされてしまったのだ。
 としあきは、一瞬MOTHERに哀れみを感じたが、すぐに頭を振るい、気持ちを払拭した。

「まあ、言いたいことは何となくわかった」

『おわかり頂けましたか! では——』

「だがな、俺はお前の言ってることを、全部信じる気になれない」

『何故でしょうか?』

「これまで色んな世界を旅して来て、いろんな経験を俺は積んだ。
 そのせいか、美味しい話には安易に乗るなって、心の中でストッパーが働くんだ」

『……』

 「実装人の世界」での嫌な思い出が、としあきの脳裏に浮かぶ。

「なんであろうと、俺は自分の居た世界に戻りたい。それは絶対だ」

『しかし、先程お話した通り——』

「初期実装がう〜たらって話だろ?
 あと、因果がどうとか。
 だけどさ、それ、何の根拠も証拠もない話じゃんか」

『えっ』

「お前が一方的に話してるだけで、本当にそういう事が起きる証拠は何処にもない。
 それなのに信じろって方が、無茶な話だな」

『そ、それは……』

 ここまでマリアの話を聞き、としあきは、ある確信を得ていた。

 MOTHERの正体は、間違いなく実装石だ。

 実装石特有の、自分の都合だけで欲求を押し通そうとする「本能」が、マリアの話を通じて理解出来る。
 また、それを全く自覚出来ていない様子も、としあきには嫌と言うほど伝わる。
 そう思った時点で、としあきにとってMOTHERは、もはや信用に足る対象ではない。
 だが、そんなとしあきの思いに気付く様子もなく、語り部・マリアの言葉は尚も続く。

『——わかりました。
 それでは、証拠をお目にかけましょう』

「えっ?」

 マリアは、としあきが全く想定していない回答を呟いた。

『としあき様は、かつて「他実装の世界」に行ったご経験がありましたね』

「あ、ああ」

『それでは、「他実装の世界」が、その後どのような結果になったのかを、直接お見せ致しましょう』

「ど、どうやって?!」

『大ローゼンが開発した、「ディメンジョンドライバー」を使用します。
 それにより、好きな世界の、好きな時代に、自由に訪れることが可能となります』

「それって、まさか」

『はい、貴方がたをこの世界にお連れ出来たのは、そのディメンジョンドライバーがあったからです』

「あの変な腕時計みたいな機械のことか?」

 マリアは、薄い笑顔を浮かべ、こっくりと頷く。

『その通りです。
 あの端末を装着した者は、指定された世界への移動が可能になります』

「あの、オルカ……ブルーベリーとかいう奴も、それを使って?」

『オルカ・ベリーヴァイオレットです。
 彼女はMOTHERの命令により、特殊工作班Deceiveを引率しておりました』

「それで、“山実装の世界”にも、“実装産業の世界”にも現れたってわけか」

『そうです。
 これより、ディメンジョンドライバーの準備を行います。
 としあき様、あの世界の顛末を、ご覧になって頂けますか?
 そうすれば、私の話す事が事実に基くものだと、ご納得頂けるかと思います』

「う、うう……」

 その申し出に、としあきの心は揺れ出した。

 世界を脱出する直前、大々的に破壊活動を行ってしまった“あの町”が、その後どうなったのか、ずっと
気になっていた。
 また、あの世界ではぐれてしまった、実蒼石の“アクア”の行方も気になる。

 「他実装の世界」から脱出したとしあき達は、その後、アクアと全く逢えていない。
 もしかしたら、何かの事情があり、あの世界に取り残されているのでは? と、心の端っこで気にかけ
続けていたのだ。

 そこに加え、アクアと最後に交わした話の続きを、どうしても聞きたかったという事情もある。


“初期実装が、ボク達に世界巡りをさせていたのには、理由があったんボク…
 あいつは、ボク達を世界に飛——”

(アクア、君は、俺にいったい何を伝えたかったんだ?)


 しばらくの熟考の後、としあきは、顔を上げた。

「——わかった。そこまで言うのなら、見せて欲しい」

『としあき様、ご理解頂けましたか』

「ああ、この眼でしっかり確かめて、それから改めて話を聞く。
 それでいいだろ?」

『無論です、ご了承頂き、心より感謝致します。
 それでは早速、大ローゼンに連絡を行います』

「ああ……ふわぁ……」

 欠伸をするとしあきに、マリアは優しく声をかける。
 天使のような、あどけない笑顔を浮かべながら。 

『としあき様、今はもう深夜です。
 準備には時間がかかりますので、本日は、どうかごゆっくりお休みください』

「え? あ、どおりでやけに眠いわけだ……」

『寝室を用意しておりますので、どうか、そちらで』

「お、おう、ありがと」

『どうぞお部屋へ』

 そう言うと、マリアはとしあきの傍に降り、彼の手を取った。
 広大な機械室の真ん中に佇むマリアととしあきの足下に、薄ぼんやりとした線状のライトが灯った。
 それは機械室の奥の方に続いており、彼方には、先程までなかった筈の「部屋」がある。
 再び欠伸をしながら、としあきは、目を擦りつつ光のラインを踏んだ。

「手、冷たいな」

『す、すみません』

「お前は、ずっとここに居るのか?」

『いえ、そういう訳では』

「それならいいけどさ。
 まあなんだ、色々説明させちゃって悪かったな。
 面倒かけてごめん」

『そ、そんな! もったいないお言葉です!』

 突然、マリアは手を離し、としあきに向かって深々と頭を下げた。
 その態度は、まさに彼に仕える従者のようですらある。
 突然の反応に少しビビったとしあきは、慌ててマリアの肩に手を置いた。

「そ、そんなにかしこまるなよ!
 俺もさ、ちょっと急に色んなことがあったから、ちょっとパニくったんだよ。
 気を悪くしないでくれよ、な?」

『わ、私は……そのような……』

 顔を上げたマリアを見て、としあきはギョッとした。

 ——涙。

 マリアの頬には、一筋の涙が零れていた。

「な、何で泣くんだよ?!
 お、俺、怒ったりはしたけど、マリア自身に怒ってるわけじゃなくて……」

『い、いえ、これは……申し訳ありません! なんでもないのです!!』

「でも……なんか、ごめん」

『し、寝室へ……としあき様、どうぞ』

「あ、う、うん」

 涙を拭い、無理矢理に顔を上げたマリアは、再びとしあきの手を取り、寝室へと導いた。
 体温を感じさせないほどに、冷たく冷え切った手。
 としあきは、思わずぎゅっと、手を掴んだ。


 寝室に辿り付いたとしあきは、マリアが中に入ろうとしない事に、ちょっぴり残念な気持ちになった。

『おやすみなさい、としあき様。
 ごゆっくり、おやすみください』

「あ、ありがとう」

『それでは、失礼いたします』

 それだけ言うと、マリアは、あっさりとドアを閉めてしまった。
 室内に取り残されたとしあきは、室内に置かれた大きなベッドに腰掛けると、大きな溜息を吐いた。


(……あれ? そういや、ミドリとぷちはどうなったんだ?)

 一番肝心なことを、よりによって今頃思い出す
 しかし、唐突に襲い掛かる睡魔には抗えなかった。





「テェェン!! 痛いテチィ! 怖いテチィ! こんなのイヤイヤテチィィィ!!」

「こ、これは……いくらなんでも、悪趣味では?」

「何を言うざ……です?
 いかにもな“人質”感が醸し出されているざ……じゃないか♪ グフフ」

「そ、そうかな」

 目の前の「それ」を眺め、オルカは激しく困惑した。

 仮面の人物と、黒装束の者達に囲まれ、ぷちは冷たい床に直に座らされていた。
 メイド服は全て剥ぎ取られ、全裸状態。
 その上、柔肌には荒々しい縄が複雑に縛られ、両腕も後ろで拘束されている。

 大きな乳房や股間も、荒縄による拘束で酷く強調されており、まさに「ハードSM施行中」状態だ。
 黒い革製の首輪には鎖まで繋がれ、ご丁寧に、乳首には金色のニプルリングまでぶら下げられている。
 オーバーニ—だけが、脱がされずに履いたままなのが、妙にマニアックだ。

 黒装束の一人が、まるで舐めるように、ぷちの痴態をデジカメで撮影している。
 その者の股間が大きく盛り上がっているのを見止め、オルカは頭を抱えた。

「エメラルデス女王の主賓・ぷち様が、“実を葬”に捕らわれの身となっている。
 この情報がジオ・フロントに伝わったら、実装石共は大変な騒ぎになる筈ざ……だろう」

 仮面の人物は、嬉しそうに全身を振るわせながら、誰に言うでもなく語る。
 
「よもや、その情報を流す役割を、私にやらせるつもりではないだろうな?」

「ご名答♪」

「ほ、本気でそんなことを?!」

「当然ざ……です。
 何故ならお前は、まだ裏切った事を奴らに知られていないのざ……だから!」

「しかし、何もぷち様に、こんな仕打ちを——」

「激ヤバ状態だと一目でわかる状況じゃないと、効果が薄い!
 やるなら徹底的に!」

「テェェン! せめて、縄を緩めて欲しいテ……いやあん! 吊り上げちゃダメテチ!
 えっちな所、見えちゃうテチィ!!」

 滑車で空中に吊り上げられていくぷちを見上げ、オルカは言葉を失う。

「もしかして、自分もされたいなんて思っちゃったざ……です?」

「ば、馬鹿を言え!」

 何故か頬を赤らめ、オルカは踵を返した。

「テェェン! オルカさんの嘘つきテチィ!
 全然助けてくれないテチィ〜!!」

 背後から響くぷちの叫びに、オルカはぐっと拳を握った。





 翌朝、午前9時。

 ミドリとぷちがジオ・フロントに戻らない事が、大ローゼン本部内で問題視され始めた。
 臨時捜索隊が組織され、人間居住エリアへ派遣される事が確定し、エルメスはその指揮に追われていた。

「よそ者共め、余計な手間を増やして!!」

 既にエメラルデス女王を更迭したエルメスにとって、彼女の客人であるミドリやぷちを捜す義理など、
本来はない筈だった。

 問題が二点ある。
 一つは、現状未だにMOTHERとのコネクションが途切れたままという点。
 どういうわけか、女王の呼びかけに、MOTHERが全く反応しない状態が続いているのだ。
 エメラルデス女王をはじめ、歴代の女王達は、体内にMOTHERとコネクト出来るハーネスを内蔵している。
 これは、歴代女王がMOTHERの意志を伝える「口寄せ」のような役割を果たしてきたからで、これにより、
MOTHERは神秘性と威厳を保てているのだ。

 しかしMOTHERの反応がないという事は、彼女にジオ・フロント内の状況変化を伝える術がない事と
等しい。
 それはすなわち、MOTHERにとっての時間が停止しているのと同じことだ。
 これでは、MOTHER更迭どころの騒ぎではない。

 エルメス達ジオ・フロントの実装石は、MOTHERが具体的に何処に存在しているのかを知らされていない。
 それは如何なる事態が起きたとしても、MOTHERの存在が脅かされることがないように配慮された結果だ。
 その為、物理的なアプローチを仕掛けることも不可能という状況なのだ。


 もう一点の問題は、ミドリが行方不明になっている点。

 エルメスは、ミドリの身体に異常事態が発生している事を知っている。
 ミドリの身体は、“最重要警戒態”と同じような反応を示し始めているのだ。

 つまり、現在この世界には、二体の最重要警戒態が居ることになる。
 ミドリ自身、まだ己の変化に気付いてないのが幸いだが、所在を掴めていないというのは無視し難い問題
だ。
 まして、ミドリの身体変化については、エルメス自身が箝口令を敷いている。
 後々、この点を幹部達に指摘された場合、MOTHER更迭後の自身の立場が危うくなる。

 このような状況のため、エルメスは、MOTHERからの反応があるまでは、これまで通りに振る舞う必要
があった。
 エルメス側の問題が一通りの解決に至らなければ、MOTHERへの交渉材料が揃えられない。


 だがその一方で、エルメスにとって都合の良い点もあった、

 それは、MOTHERが無反応になっている為、この間に彼女の居場所を捜索する事が出来る。
 MOTHERが長時間無反応であれば、彼女を心配した大ローゼンが特例的に所在を突き止めたとしても、
口実が成立する。
 仮に本当に所在を突き止めたなら、その時は武力交渉なり物理的破壊なり、何なりとすればいいのだ。

(MOTHERの反応がない理由は、分かっている。
 あの人間、弐羽としあきにかまけているからだ。
 滑稽だな、全世界を支配するほどの存在が、たった一匹の人間の為に、これほど大きな隙を作るとは)

 エルメスは、まだ当面、MOTHERの反応はないだろうと見込んでいた。

(どうやらMOTHERとは、物理的な交渉に発展しそうだな)
 
 金平糖カクテルを喉に流し込みながら、エルメスは、捜索隊の活動状況を示すモニタに見入っていた。

 ——ドン!

 と突然、背後で大きな音がした。
 口の中のカクテルを吹き出してしまったエルメスは、焦って振り返る。

 そこには、険しい顔付きで佇む、オルカの姿があった。

「オルカ?! 何故ここに居るのです!」

「お忙しい所、誠に申し訳ありません、エルメス様」

「貴方は、謹慎処分中の筈です。ここに立ち入ることは——」

「それより、大変なことが起こりました。
 どうか、これをご覧ください」

「——?!」

 オルカは、腕時計型のデバイスを葬さし、エルメスの端末にデータを送信する。
 データを展開すると、そこには——

「こ、これは?! ぷ、ぷち! ……様?!」

 それは、先程撮影された、ぷちの拘束写真だった。
 ご丁寧に、右下には日付と時刻まで表示されている。
 エルメスは、慌てて時計を確認した。

「こんなものを、どうして?! い、いえ、それ以前に、何故貴方が?!」

「申し訳ありません、無断で、虐待組織について単独捜査を行っておりました。
 これは、その際に発見したデータです」

「ま、また貴方は! なんという自分勝手なことを!」

「それより、今はぷち様の方が!」

「そ、そうですね! 貴方は、ぷち様とは会っていないのですか?」

「残念ながら」

 “会ってるけどね”と心の中で呟きながら、オルカは無表情を貫く。
 だが本心は、珍しく狼狽えるエルメスの様子が滑稽で、大笑いしたい心境だった。

 オルカは虚実織り交ぜた報告を行い、自分と“実を葬”の関わりには触れないよう、それでいてぷちが
捕らわれている状況について、細かく説明した。

 今のエルメスにとって、ぷちよりもミドリの所在の方が重要ではある。
 しかし、主賓のぷちが、よりによって虐待派に捕えられているとなっては、他の幹部達に向ける顔が
なくなってしまう。

 何としてもぷちを救出し、更にミドリも連れ戻す必要がある。
 そう判断したエルメスは、ぐっと息を呑み、改めてオルカに向き直った。

「状況は理解しました。
 オルカ、貴方の謹慎を一時的に解除します。
 大至急、Deceiveを率いて実装石虐待組織を追跡し、ぷち様を救出するのです。
 ——これは、特命です!」

「かしこまりました」

 憎らしい相手ではあるが、緊急時の判断と決断に関しては、さすがというしかない。
 オルカはそう思いながらも、心のどこかでほくそ笑んでいた。
 ここまでは、想定通りの流れだったからだ。
 彼女がエルメスに接近したのには、別な理由がある。

「どうしました? 早く行きなさい」

「エルメス様、今回の件で、一つ確認しておきたいことがあるのですが」

「何です?」

「任務行動中、もしも妨害を受けた際、或いは任務遂行に困難を来す障害が発生した時、これらの対処に
 関しては、どのレベルまで許容されますでしょうか?」

 漏れそうになる笑みを必死で抑えながら、オルカは極力冷静に語る。
 エルメスは、眉間にしわを寄せた。

「それくらい、状況判断で行えないのですか?」

 苦々しく答えるエルメスに、オルカは「待ってました」とばかりに、即答する。

「この度の任務は、これまでのような他世界の住人が相手ではありません。
 我々と同じ世界の住人が対象になる可能性もあります。
 ですから、慎重に事を運ぶ必要があるかと」

「む……確かにそうですね」

 少々むっとしたものの、エルメスはしばらく目を閉じ、熟考する。

「——わかりました。
 どうしても任務遂行に障害が生じると判断される場合に限り、妨害者または障害の排除を容認します。
 判断は、オルカ……貴方が行いなさい」

「了解。全ては、偉大なる大ローゼンの為に」

「い、偉大なる、大ローゼンの為に……」

 素早く踵を返すと、オルカは退室し、Deceiveの所へと向かう。
 ここからが、オルカの本当の目的遂行だ。

 手首に装着したデバイスで、今のエルメスとの会話は録音済みだ。
 これで、オルカの判断による“排除”行動に対する、エルメス認可の言質は取った。
 同時に、最後の呼称とその応答によって、この件は大ローゼンによる認可と同等の意味を成す。
 不可思議な理屈ではあるが、ここではそれが常識なのだ。

 Deceiveの待機室に飛び込んだオルカは、驚く隊員達が挨拶をするより早く、切り出した。

「緊急の特命だ。
 全員ただちに、フル装備!
 これよりジオ・フロントを出て、市街地に潜入する!」





 恥ずかしいM字開脚状態で荒縄拘束されたまま夜を明かしたぷちは、“実を葬”のアジト内で、晒し者に
されていた。

「テェェン……ヒック、ヒック……」

 彼女の周囲には、黒装束……否、もはやそれを脱ぎ去った者達が、集まり、視姦している。
 物珍しげに眺める者、物凄く嫌らしい表情で凝視する者、そして辛抱たまらず、下半身を露出し息を
荒げる者……反応は様々だ。
 既にぷちの周囲には、生臭い匂いを放つ液体が飛散しており、その一部は彼女の肉体を直接汚していた。
 屈辱と羞恥に晒され、既に精神状態が限界に近づいているぷちは、もうすすり泣くことしか出来ない。

「ククク、いい様ざ……です」

 そんな様子を玉座から眺めている仮面の人物は、大きくずれた両目を細め、キキキと嬉しそうな奇声を
上げた。

「おいおい、一体何をしてるです?
 虐待が高じてハードSM趣味にまで目覚めたです?」

 と、突然、空間を割って、お初さんが姿を現した。
 ぐにょ〜ん、という効果音でも聞こえてきそうな、空間の歪み。
 その不気味な気配に、ぷちはハッと顔を上げる。

「私は、ここまでしろとは言わなかったです?
 この娘に下手に怪我されると、こっちも色々困るです」

「キキキ……そうは言ってもね。
 こいつには、大きな恨みがあるからね」

「そういやそうです。
 しかし、約束は守って貰うです。
 約束を破ったなら、お前も奴らと同じ目に遭わせられるだけです」

「——チッ」

 軽く舌打ちすると、仮面の人物はのっそりと巨体を蠢かせ、玉座から降りる。

 部屋の奥にのしのしと歩いていくと、やがて、何かをぶら下げて戻ってきた。
 それは、全身メッタ打ちにされた成体実装……
 全身打ち身や切り傷だらけ、顔面はぼこぼこに変形し、服や髪など当然ない。

「グエェェ……」

 しかし、その股間には、とんでもない「異物」が付いていた。
 男性器——そこだけは何故か無傷で、しかも大きさが尋常じゃない。
 成体実装は、拘束されたぷちを一目見るなり、轟音を上げて「それ」を振るい立たせた。

「お、おほおぉぉぉぉ♪♪」

「おいおい、そいつはなんです?
 そいつにその娘を犯させたら——」

「こいつは、実装石愛護派の人間から切り取ったモノを移植させた“人造マラ実装”ざ……です。
 犯させるのがまずいなら、こうしてやるざ……です」

 そう言うと、仮面の人物は成体実装の首を掴み、アラぶった股間のソレを、ぷちの顔へと近づけた。

「ヒッ!!」

「ほぉら、たっぷりご奉仕するざ……です!
 上手く出来て、コイツを満足させられたら、その縄を解いてやってもいいざ……です」

「て、テチャアアア!! た、助けて! イヤあぁぁぁぁっ!!」

「やかましい! オラ、口を開け!」

 仮面の人物は、ぷちの鼻を掴みつつ、無理やり顔を上げさせる。
 そして、もう一方の手に掴んだ成体実装を、さらにぐいっと近づけた。
 いきり立ち、先端から生臭いものを垂れ流す巨根が、半開きになったぷちの口に、強引に押し当てられた。

「む、むぐぅ〜〜!!」

「デ、デ、デ、デスゥゥゥ〜〜♪」

 長さ三十センチは悠にある巨大な物体。
 子供の握り拳ほどもある亀頭が、とうとう、ぷちの唇の境界を乗り越えた。

「お、おぐ……えぇぇぇ……!!」

「キキキキキキキキキキ!! 無様ざます! 惨めざます!!
 さあ、もっと屈辱を味わえざますっ!!
 私が味わった、それ以上の屈辱を、貴様に食らわせてくれるざますっ!!
 キキキキキ——!!」

 狂喜する仮面の人物は、さらにぐいぐいと成体実装を押しつける。
 もはや、お初さんの声が届く様子はない。
 ため息を吐いて一歩踏み出そうとした時、お初さんはふと、入口の方に視線を向けた。





 装備を整え、移動用車両を発進させたDesieveの精鋭部隊は、数十分程度の移動で、人間居住エリア
のFブロック付近まで到達した。

 早速降車準備を始めようとする隊員達を、オルカが制止する。

「皆、任務(ミッション)に入る前に、説明しなければならない事がある」

 その言葉に、全員が不思議そうな顔を向ける。
 オルカは、一度深呼吸をすると、見慣れた部下達に、囁くような声で話し始めた。

「今回の任務は、このエリアに居る“人間”の保護及び、状況に応じての避難誘導だ。
 そして——その対象の中に、実装石は含まれない」

「「「 ええっ?! 」」」

 その言葉は、普段冷静沈着な隊員達も、声を上げて驚く。
 だがオルカは、「最後まで静聴せよ」と強く告げ、話を続けた。

「本日、大ローゼンは、この世界に於ける人類完全抹殺計画を考案し、即決定した。
 この計画には、長年机上理論とされた衛星兵器“DESU-EX”が使用される」

「衛星兵器で、私達を?!」
「何故、そんなことになったのですか?!」
「そんな、急すぎる」

 動揺を隠し切れない隊員達に、オルカは、これまで自分が知りえた情報とその経緯を簡単に伝えた。
 無論、「実を装」に勧誘された件は、伏せて。

 例のマンションで、お初さんが耳打ちで伝えた衝撃的な情報……
 それは、後にオルカ自身の手で、事実である事が確認されたのだ。

 誘拐した大ローゼンの幹部実装石に対する、激しい拷問によって。

「これまで我々は、実装石に付き従い、そして忠実に任務を遂行してきた。
 しかし、当の実装石は、そんな我々を含む人間を、己の身勝手な判断で壊滅させようと企んでいる。

 ——尚、この任務は強制ではない。

 そんな彼女達に今後も従い続け、無駄に命を落としたいという者が居れば、即刻この車両から降り
 Deceiveから抜けるといい。
 だが私の話に憤りを覚え、殺されたくないと願う者は、Desieveの精鋭としてこの私に続け!」

 オルカの気合がこもった締めの言葉に、誰一人として車を降りようとする者は居なかった。
 もしかしたら、彼らも彼らなりに、実装石に命令を下されるという現実に辟易していたのかもしれない。
 オルカは、ふとそんな事を考えた。

「——よし」

「隊長、この後我々は、具体的にどのような行動を?」

 隊員の一人が、冷静さを装って質問する。
 しかし、その表情から軽く興奮状態にある事は明白だ。
 オルカは、彼らのプロ意識の高さに敬意を表しながら、あえて優しい口調で念頭した。

「この先のマンションに、反実装石グループがアジトにしている拠点がある。
 そこへ行き、今後の対策を講じているグループと合流。
 その後は、状況に応じて、彼らと行動を共にする」

「「「 了解! 」」」

 隊員達は、声を揃えて合意した。

「ただし、留意点がある。
 MOTHER主賓のミドリ及びぷちの二名は、発見しても一切手出しはするな。
 彼女達の存在は、我々にとって切り札になる。
 決して傷つけたり、殺したりしてはならない。
 以上!」

「「「 はっ! 」」」


 いよいよ、オルカの暗躍が始まる。




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