タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話04
ファイル:「実装石が支配する世界編」4.txt
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初投稿日時:2024/09/23-08:48:57修正日時:2024/09/23-08:48:57
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため強引に
異世界を旅行させられる羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミットの
中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 としあきと分断されてしまったミドリとぷちは、ジオ・フロントの外にある人間居住エリアに入り込む。
 しかし、とあるものを見てしまったため、ぷちは人間にさらわれてしまう。

 一方、ミドリとぷちを追跡しつつも見失ったオルカは、エルメスによって謹慎処分を食らってしまう。
 それでも意地で追跡を続けるオルカは、奇妙な雑居ビルに潜入する。

 そこは、“実を葬”と名乗る謎のグループのアジトだった。
 まんまと騙され誘導されたオルカを待ち受けていたのは、自らを“お初さん”と名乗る謎の女性だった。
 彼女はオルカに、エルメスへの復讐を持ちかけ——



【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。
 現在、マリアというメイドと共に、一人だけ豪邸住まいだが……

・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。

・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。

・オルカ・ベリーヴァイオレット:人間
 大ローゼンに属する特殊工作チーム「Deceive」の女性リーダー。
 エルメスの部下であり、任務失敗を理由に懲戒処分を下される。

・マリア:メイド
 としあきに尽くす謎の巨乳美人メイド。
 その正体は——?

・エルメス:実装石
 大ローゼンの幹部実装石の一匹。
 オルカの上司にあたるが、非常に当たりがきつい。

・エメラルデス42世:実装石
 “実装石が支配する世界”の女王で、シティ・ザ・エメラルディア王宮に滞在する。
 非常にブサイクだが、それを笑った相手をも快く赦すほど人(?)が出来た存在。



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    じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話 ACT-4 【 因子と因果 】

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 6月2日午後5時。
 ミドリとぷちがこの世界にやって来て、21時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと99時間——



「わ、私は! な、なんてことを!!」

 パチパチパチパチ

 突然、背後で無数の拍手が鳴り響き、オルカはびくっと身体を震わせた。

「おめでとうです! 虐待派デビュー!」

「な……?!」

「これでもう、お前は我々“実を葬”の新しい仲間になったです!」

「馬鹿な! これは、この実装石が——」

「そんな事、蹴飛ばす前から分かっていた事です?」

「うっ」
 
 顔だけ初期実装化したお初さんが、不気味なにやけ顔で迫る。
 その迫力と、実装石を蹴飛ばしたという後ろめたさが相まって、オルカは思わず息を呑み、
後ずさった。

「ほら、見るです。
 今お前が蹴飛ばした者を」

 言われた通り振り返ると、偽エルメス実装石は、部屋の奥の方で、何やらデスデスと
怒鳴っている。
 やがて、ブリブリと耳障りな異音が響き、猛烈な臭気が押し寄せた。

「何をしやがるデス!
 このクソニンゲン!! ドブス! 醜女!
 薄汚い奴隷の分際で、このワタシを足蹴にするとは、いい度胸デギャア!!」

 偽エルメスは、激しく脱糞を繰り返しながら、醜い顔を更に醜く歪め、吠えている。
 そのおぞましさは、気色悪いなどという言葉では収まらない、生理的嫌悪感を激しく煽り
立てる。

「さあ、次は、これです」

 お初さんの指示で、黒装束の一人が、再度バールを寄越してくる。
 
「……」

「安心するです、ここには大ローゼンの目は届かないです。
 お前がどんなに残虐非道な行いをしようと、誰も咎めはしないです」

 先程までのオルカなら、躊躇わずにバールを跳ね除け、彼らに銃を突き付けただろう。
 だが、今の彼女には、それが出来なかった。

 偽エルメスを蹴飛ばした時に感じた衝撃と重量感、爽快感、嫌悪感がごちゃ混ぜになり、
これまで感じたことのないような恍惚感を生み出していたのだ。
 事実、オルカの手は、震えていた。
 恐怖や後悔の念ではなく、身体の中でふつふつと煮え滾り始めた、抑え難い程の「衝動」
のために。

「さあ、取るです。
 そして、思い切り、そやつを叩き潰すです」

「一つ。質問に答えて欲しい」

 顔を向けないまま、オルカがお初さんに呟く。

「なんです?」

「最重要警戒態とはいえ、お前自身も、実装石の筈だろう。
 なのに何故、お前は、虐待を煽る?
 いわば虐待派は、お前にとって敵のようなものじゃないのか?」

 その質問に、お初さんは、初めて笑みを浮かべた。

「いい質問です。
 どうしても知りたいです? その答えが」

「ああ、知りたいな」

「私の最大の目的を果たすためです」

「最大の……目的?」

「そう、それを果たすためなら、手段を選ばないだけです」

「よくわからないけど……私が今ここであいつを叩くことは、いわばお前の目的を果たす
 手助けをする事になるわけか?」

 肩越しに睨みつけるオルカに、お初さんは、不気味なほど優しい微笑を浮かべた。

「そういうことです。
 でもそれは、お前の……いや、この世界を救うことにもなるんです」

「世界を……益々意味がわからない」

「耳を貸すです」

 お初さんは、すぅっとオルカに接近し、何やら耳打ちをする。
 その途端、オルカの顔が青ざめた。

「そ、そんな馬鹿な?!」

「紛れもない事実です。
 だから、お前をここに呼んだです」

「し、しかし、どうしてそんな話が急に?!
 というより、何故そんなことを、お前が知っている?!」

 激しく狼狽するオルカにお初さんは再び優しい笑顔を向けた。

「私には、あらゆる時空・時間軸に関係なく、事象を見る能力があるです」

「もはや、なんでもありだな」

「その通りです。
 でも、私の話だけでは、お前は信じられないです?」

「当然だな」

 少し落ち着きを取り戻したオルカは、ぐっとお初さんを睨みつける。
 そんな彼女の顎先に、お初さんは軽く指を添える。
 何故か、それを遮ることが出来なかった。

「大ローゼンの上層部に、我々のスパイがいるです」

「なんだと……?」

「お前は知っているです?
 お前の組織する特殊工作部隊……えっと、で、デブ……」

「Desieve、だ」

「ああそう、それそれ。
 その前身部隊が、とある世界で任務に失敗した事を」

「どうしてそれを」

 オルカは、お初さんの情報収集能力の高さに、徐々に恐怖を感じ始めた。
 確かに前身の工作部隊は存在し、それが「実装愛護の世界」の調査を行っていた際、任務
に失敗し、隊員のほぼ全員が実装愛護派に捕らわれてしまうという失態を演じた。

 彼らは実装石虐待派と断定され、無惨な死を遂げたという。

 幸い、実装石の隊員一名だけは、その状況を目の当たりにしながらも生き延びることが叶い、
元の世界に帰還することが出来た。
 だが特殊部隊全滅の責任を押し付けられ、厳しい処罰を受け、懲戒処分の上にジオ・フロント
を追放されてしまった。
 
 そこまで思い出した時点で、オルカは、ハッとして顔を上げる。

「ようやく、話が繋がったです?」

「……」

 オルカは、静かに呟いた。
 と同時に、先程から突き出されているバールに、そっと手を伸ばした。

 ——デギャアアァァァァァァァ!!!!

 悲壮な実装石の悲鳴が響き渡ったのは、その数秒後のことだった。





「オルカよ、お前に頼みがあるです」

「な、なんだ!」

「まあ、そう興奮するなです。
 大ローゼンの幹部会議が、恐らくもうまもなく行われると思うです」

「何故、判る?」

「私は、この世界の未来を見t——なんでもないです。
 とにかく、その会議の情報を知りたいです。
 どんな手段でも構わないので、会議に参加した幹部の実装石を、かっさらって来て欲しいです」

「タダで、やれというのか?」

「そいつへの尋問は、お前がやるです。
 どんな風に痛めつけても、構わないです。
 その権利を与えることが、報酬です」

「——考えておく」





 午後6時。


 ここは、大ローゼン本部中枢部にある、大会議室。
 エルメスが招集をかけ、大幹部達が大勢揃っている。

 しかし、その全員が実装石で、人間の幹部は一人も呼ばれていない。
 いつもなら、実装石達が座る席の向かい側に人間達も顔を揃えるのだが——

 幹部の誰かが理由を問うより早く、エルメスが切り出した。

「皆様、お忙しいところお集まり頂き、誠にありがとうございます。
 本日はMOTHERについて、報告と提案があります。
 またその内容に関して、皆様の意見を賜りたいとも存じております」

「MOTHERだと?」
「ならば何故、エメラルデス陛下がいらっしゃらない?」
「エルメス殿、一体どういうことかね?」

 実装石の幹部ともなると、さすがに全員それなりに年配者ばかりである。
 また、他世界の実装石より長生きになっているのか、かなりの老齢者ばかりが揃っている。
 その上、彼らの話す言葉や言い回しなどは、年を取った人間そのままであり、それだけ
聞いていると、もはや人間の発言と区別がつかない程だ。

 当然、彼らは全員それなりの……否、大ローゼン内でもかなりの有能者はかり。
 本来であれば、エルメスですら気後れしがちなほどの重鎮揃いなのだが、今日だけは違って
いた。

 ざわつく実装石達に静粛を求めると、エルメスは軽く息を吸う。

「エメラルデス陛下には、後程私からお伝えする所存です。
 それより、本題となりますが——」

 エルメスは空間投影プロジェクターを立ち上げ、映像を表示した。
 件の雑居ビル……オルカが報告時に撮影した映像である。
 実装石幹部達が質問するより早く、エルメスが切り出す。

「実は本日、人間居住エリア内にて、実装石虐待派の存在が明確に確認されました」

「なんだと?!」
「おい、それは本当のことなのか? 誤認では済まされないぞ?」

「はい、私の組織する特殊工作部隊の潜入調査で判明した、紛れもない事実です」

 エルメスはそう言いながら、心の中でオルカをあざ笑っていた。
 Deceiveのリーダーとしてのプライドから、オルカが報告した内容に嘘はないだろう。

 しかしエルメスは、その裏を取っていない。
 加えて、再調査や更なる広範囲調査を命じてもいない。

 それはつまり、不確実な情報の域を出ていない「話」に過ぎない事を意味し、幹部達に堂々と
公開出来る重要報告には、到底足りていないものの筈だ。

 だがエルメス自身、そんな事は百も承知で報告している。

 要は、人間であるオルカの口から、「人間の虐待派が居た」という情報が得られたという口実
さえあれば良いのだ。
 たとえそれが、実際は全くの嘘や誤認であっても構わない。
 いざとなったら、情報の発信者であるオルカを処分すれば、それで済む話なのだから。

 最も大事なのは、ここに居る実装石の幹部達に、揺さぶりをかけることだ。

 ざわめきを増す実装石達に再び静粛を求めると、エルメスは更に報告を続けた。

 ——以前から、実装石を虐待している人間達がいるのでは? という無根拠な情報は
出回っていた。

 何かしらの理由で、他世界から入り込んだ人間が暗躍しているのか、それとも先祖返りを
起こし、実装石への忠誠心に乏しい個体が発生したのか。
 しかし、明確な証拠は挙がっては居なかったため、検挙に至るケースは皆無だった。

 だが一方で、人間居住エリア内で、実装石の無惨な死体が発見されるケースも稀に発生
していた。
 訳あって、ジオ・フロントの住人はそれについて深く関与はしなかったが、それらの出来事は、
彼らの不安を煽る要素としては充分に機能していた。

 このような話の後に、オルカが報告した「雑居ビルの出来事」の詳細を加える。
 それに伴って、実装石の幹部達の声が、徐々に弱まって行った。


「これまで我々は、実装石の死体遺棄事件を“極刑に処された者”同士による紛争の一端と
解釈していました。
 ですが、この度の報告で、それに疑問を差し挟む余地があることを理解するに至りました」

「エルメス殿、報告の概要はわかった。
 これは確かに、重大な問題だ、検討の余地がある。
 だがその話と、MOTHERの話は、どう繋がるのだ?」
「ちょっと、話が回りくどくはないかね?」

 少々イラつき始めた幹部の一部が、食って掛かる。
 それに視線を返すと、エルメスは再びプロジェクターを操作し、新たな映像を開いた。

 ——弐羽としあきの姿を。


「皆様ご存じのように、MOTHERは、この人間の男性・弐羽としあきを保護する目的でこの世界
を構築され、また我々“大ローゼン”を組織されました。
 全ては、MOTHERの御意志によるもので、私達実装石は三百年にも及ぶ長い時間、疑問を
抱くこともなく、全てを費やして参りました」

「それは、わざわざ改めて言うほどの事ではないだろう」
「そうだ、我々にとっては常識中の常識じゃないか」

 エルメスの言葉に、実装石の幹部達は首を傾げる。
 年老いて皺の寄った首筋をぼりぼりと掻き毟りながら聞く幹部達に、エルメスは薄い笑みを
浮かべた。

「その通りです。
 しかし先程お話しした通り、MOTHERによる“改訂”を施されたこの世界の人間達は、未だに
 凶行に走ることが確認されたのです。
 これが、何を意味するか、お分かり頂けますでしょうか?」

「何が、言いたいのかね?」

「実装石は、この世界の支配者です。
 そして人間は、私達が支配・管理してこそ初めて生きることが出来る、下等にして低俗、そして
 脆弱な存在です。
 しかしてその一方で、あのような危険な一面をも内包しています。
 なのに何故、そのような愚劣な存在を守るため、この世界のあらゆる仕組みを作り変える
 必要があったのでしょう?」

 エルメスは、幹部達を睨みつけるが如き迫力で、語尾を強めて発言する。
 そう、これは、わざわざ言わずとも、ここに居る皆が内心考えている事なのだ。
 しかし、MOTHERの支配下に於いて、それを言葉に出す事は許されなかった。
 特に、何の罰則があるわけでもないのに……

「そ、それは……」
「昔からの……慣習とも言うべきか」

 幹部達が、ざわめき始める。
 想定通りの展開に、エルメスは非常に満足していた。

 全ての実装石の頂点に立つ存在「MOTHER」。
 誰もが敬愛し、尊敬し、服従する絶対の存在。

 そんなMOTHERが命じた、最重要命令。

 それを疑う態度を示すことは、MOTHERに対する反逆。
 それが、彼らの間に長年培われた“暗黙の了解”なのだ。

「ここで、皆様に提案いたします。
 MOTHER自体も含め、彼女が行おうとしている『特定の人間の守護』、そしてこの世界の
 人間達に対する考え方を、ここで改めようではありませんか?」

 強い口調で吠えるように唱えるエルメス。
 それに、幹部達は一瞬気圧された。
 しかし、

「それはつまり、MOTHERに対する反意という意味かね?」

「その通りです。
 私は、支配者MOTHERへの不信任案、加えて、この世界の支配権の奪回案、更には人間達
 への大規模な粛清案を提示いたします」

 エルメスの進言に、会議室全体がどよめいた。

「バカな! 大恩あるMOTHERに背こうなどと……畏れ多い!!」
「いやしかし、彼女の言う事にも一理あるのでは?」
「何があろうと、我らが大ローゼンは——」
「だがね、危険な存在を支配者自らが囲うという事実は……」

 幹部達の意見は割れたものの、誰もエルメス自身の拘束や提案取り下げを提示しない。

 それは、エルメスの思惑通りだった。

 この場に居る実装石幹部の全てが、大なり小なり、エルメスの提案内容に賛成しているのだ。
 ただ、あまりにも衝撃的過ぎる内容なので、動揺しているに過ぎない。
 また、これまでの体面を重んじているのだ。

 更にざわつきが増す中、一人の年輩の実装石幹部が、エルメスに話しかけた。
 
「具体的に、どうしたいと言うのかね、エルメス君?」

(よし、かかった!)

 心の中で手応えを確信したエルメスは、更に別な映像資料をプロジェクターに展開する。
 それは、人工衛星の完成イメージ画像である。

「これは、DESU-EX?」
「この探査衛星が、どうしたのかね?」

「はい、このDESU-EXは、皆様ご存じの通り、衛星軌道上に配置済みです。
 その目的は、世界各地の観測及び監視、各種情報の収集です。
 太陽エネルギーにより半永久的な稼動が実現しております」

 画面内でくるくる回転する人工衛星を見ながら、エルメスは目を細めた。

「だから、これが何だというのかね?」

「この衛星には“ライトニングソード”ユニットが、既に搭載済みです」

「な……! ら、ライトニングソード?!」
「馬鹿な! 何故そんなものを?!」
「待て、あれはあくまで想定上の兵器だ! 実在する訳が——」

「ライトニングソードは、完成しています。
 この世界ではなく、ディメンションコード52(実装人が戦争する世界)で」

「な……!!」

 ライトニングソード。
 膨大な太陽エネルギーを集約し、限りなく物理体に近い巨大な光弾を生成・射出し、衛星軌道
上から地表を超高速で刺し貫く兵器である。

 命中地点には、光弾接近時(の衝撃波)・光弾命中時・光弾破裂時の三回に渡り超々大規模
な被害が集中し、大陸すらも形状を変えてしまうほどの威力がある。
 にも関わらず、放射能汚染の心配がないため、核兵器以上の汎用性があると見込まれていた。

 しかし、肝心の光弾を物理化させる為には天文学的数値量のエネルギーが必要であり、また
それだけ膨大なエネルギーを管理・貯蔵するシステムは、この世界でもまだ発明されていない。
 そのため、これは正に机上理論の域を出ないものだった。
 その筈だったのだ。

「それだけではありません。
 DESU-EXには、ディメンジョンドライバーも搭載されています。
 これを用いれば、衛星そのものを他の世界に転送することも可能なのです」

 大ローゼンの、トップ中のトップしか知らない衝撃の事実。
 それを聞かされた幹部達は、更に動揺した。

「そうか、それで異世界の技術を導入出来たのか!」
「しかし待て! いつの間にそんな事が?
 どう考えても、数か月や数年単位の作業だろう?」

「簡単な話です。
 異世界から転送する際、移動開始の数分後に到着させればいいのですから」

「な、なるほど……」
「い、いやしかし! ライトニングソードのエネルギー問題はどう解決したのかね?
 異世界に行ったからといって、あの膨大なエネルギー量はどうにもならんぞ?」

「それもご心配なく。
 既にエネルギーチャージャーの強化も完了し、ライトニングソードのテスト運用も済ませて
 います。
 効果は絶大で、攻撃規模の微調整も設定済みです。
 これにより、ジオ・フロント以外の人間居住区のみを殲滅させられます」

 淡々と語るエルメスに、実装石幹部達は、戦慄を覚え始めた。

「い、いったい、何処で試したのかね?
 そのような破壊が地表で行われたら、さすがに隠すことはできんぞ?」

 年輩の幹部の質問に、エルメスは、待ってましたとばかりに返答する。

「大丈夫です、この世界ではありません。
 ディメンションコード22(実装人形の世界)及び3459(実装食の世界)にて、施行致しました」

 エルメスの言葉と同時に、プロジェクターに新たな映像が表示される。
 地表にとてつもなく巨大な大穴が開いた、大陸の上空写真。
 幹部達が、言葉を失う。

「これは、ディメンションコード22の日本という国に命中させた映像です。
 最大出力の30%程度で、周辺の大陸もろとも、完全に消滅しました」

 更に、ボロボロに形が崩れた大陸写真が表示されていく。
 
「四回の射出で、この世界の地球上全人口の87%の消滅を確認しています。
 これを参考に、出力を0.2%に調整した光弾を放てば——」

「ま、待ちたまえ!」

 別な幹部が、エルメスの解説を制止する。

「分かっているのか?! き、君は、勝手に他の世界を滅ぼしたのだぞ?!
 それを——」

「ディメンションコード3459は、実装石を食糧と見なす野蛮な人間の世界です。
 また22は、実装石を性的な慰み者として扱う卑劣な人間の巣窟です。
 よって、壊滅させても何の問題もありません」

「な……」
「なんという無茶な」
「だが、仕方ないか。そんな歪んだ世界なら、まあ」
「そ、そうだな……成るべくして成ったということか」

 その言葉を最後に、幹部達からの反論や指摘はなくなった。
 だが、科学者風の白衣を着た老実装石だけが、静かに訪ねて来た。

「君の意志の強さは、良く分かった。
 だが、最後に一つだけ、教えてもらいたい」

「どうぞ」

「ライトニングソードのエネルギーチャージャーシステムは、何処で構築したのかね?」

「はい、ディメンションコード888(ネガ実装人の世界)です。
 その世界で発明された“W.D.E.D”という、恒久的エネルギーサーキットを使用しているのです」

「確かその世界も、ユナイト現象の影響を受けた筈だね?」

「そうです。
 ですから、ワームホールそのものをエネルギー源として、活用出来たのです」

 誇らしげに胸を張るエルメスに、その老実装石は一言だけ呟いた。

「——素晴らしい」

「この衛星兵器は、MOTHERへの交渉材料としても機能します。
 皆様、どうか、MOTHER不信任及び支配権奪回案、ならびに、人類制裁案へのご賛同を、
 何卒よろしくお願い致します」

 エルメスの礼の直後、会議室内に、多数の椅子が動く大きな音が鳴り響いた。


 目障りで、忌まわしい人類を、この手で殲滅する!
 その野望と夢が現実に近づき、エルメスは激しい高揚感を覚えた。
 これにより、実装石は、本当に人間という存在を超える気がして、興奮が更に高まっていく。

 その思考、行動自体が、実装石という生き物の域を超えていない事に、気づくこともなく。

「で、デェ……デェェ! デェ……はぁ、はぁ……」

 会議終了後、個室に閉じこもったエルメスは、艶のこもった声を抑えようともせず、激しい
自慰に耽った。





 午後9時。



 突如現れた武装集団に、エメラルデス女王は虚を突かれた。
 武装した兵士達は、全員人間だ。

「何者です、お前達! 無礼ですよ、退室なさい!」

 女王の厳しい口調の命令にもたじろかず、部屋に入り込んだ兵士達は、微動だにしない。
 それどころか、銃口を突き付けてくる。

「わ、私を誰だと心得ます?!
 止めなさい! 止めるのです!」

 いつもなら絶対の力を発揮する女王の命令も、彼らに対しては何の効果も及ぼさない。
 銃を下すどころか、表情一つ変えようとしない兵士達に、女王は更なる御言葉を放つ。

「今なら、見なかったことにして差し上げます! だから——」

 しかし——

「女王更迭!」
「更迭!」
「更迭!」

 聞き覚えのある、何者かの指令が響く。
 と同時に、兵士達は無表情のまま、荷物でも片づけるかのような手軽さで、女王を捕獲・拘束
してしまった。

「だ、誰か!
 え、エルメス、エルメスは居ませんか?!」

「お呼びでしょうか、陛下」

 女王の呼び出しに、まるで待っていたかのようなタイミングで、エルメスが現れる。
 しかし、その表情には、嫌らしい笑みが浮かんでいる。

「この者達に、私を解放するように命じなさい!
 悪いようにはしませんから——」

「お断りいたします」

「?!」

 突然の臣下の暴言に、女王は一瞬、思考停止に陥る。
 
「エメラルデス“元”女王陛下。
 本日只今より、貴方のあらゆる権限は、全てはく奪されました」

「え……?」

「我々“偉大なる大ローゼン”は、これより貴方及び、MOTHERの支配下より脱却。
 新しい政権を掲げ、この世界を、実装石の住む世界を統治いたします」

「な、何を言っているのですか、エルメス?
 気でも狂ったのですか?!」

「元陛下。さあ、女王としての最後のお仕事を差し上げましょう。
 我々大ローゼンの意志を、MOTHERにお伝え願います。
 貴方の体内に埋め込まれている、専用の通信モジュールを取り除かれる前に、貴方の声でね」

 そう言いながら、エルメスは自分の側頭部を手で指し、すっと切り裂くような真似をした。
 途端に、女王の顔が青ざめる。

「ひ、ひぃっ?!」

 怯える女王に、エルメスは、勝ち誇った顔を近づける。

「本当に、醜い顔!」






 としあきは、ふと我に返った。

(あれ? 俺、今まで何してたんだ?)

 彼がいるのは、六畳間強くらいの広さの個室。
 限りなく白に近い薄青の壁色は清潔感が漂い、蛍光灯や通気口が全く見当たらないにも
関わらず、室内は明るく快適だ。

 窓は北側の壁に付いており、向かい合わせに出入り口がある。
 東側にベッド、西側には机と椅子、そして用途不明の四角いボックスが大小二つ備え付け
られている。
 窓は開け閉めが不可能な構造で、カーテンも付いてない。
 ドアにはノブはなく、見た感じ自動ドアのように思える。

 としあきは、この部屋に見覚えがあった。

(ここは……確か、ペガサスの中の……。
 どーして、こんな所にいるんだ俺?)

 そう、そこは、「ネガ実装人の世界」(※9話参照)にてとしあきが長い間暮らした、巨大移民船
「ペガサス」の一室だった。
 巨大マラゴンの襲来によって崩壊したが、としあきにとって、ここは異世界で最も長く滞在した
こともあり、思い入れも強かった。

(あ、そうだ。
 俺、ここで——)

 としあきは、徐にベッドの中をまさぐり始める。
 すると、中から小さな生き物が、ぴょこんと飛び出した。

 小さな小さな、手のひらサイズの実装石。
 エプロンがない、仔実装だ。
 それはかの世界で、としあきが出会った初めての「仲間」だった。
  
「君は……そう、マル! マルじゃないか!
 なんか、懐かしいな!」

 この仔実装は、としあきと行動を共にして、ペガサス内を探索した経験を持っていた。
 としあきは彼女に名前を付け、胸ポケットに入れて行動していたのだ。

 名前を呼ばれた仔実装は、とても嬉しそうに微笑んだ。

 テチィ♪

「なんだ、俺のところに帰って来たのか?
 つか、お前、あれから一体何処へ行ってしまったんだよ」

 テェ

「まあいいや! 俺はな、あれから……アレ?」

 ふと思い返したとしあきは、今自分がここに居る筈がない事に気付いた。
 そう、「実装産業の世界」から、大ローゼンの者達に助けられ、何かの機械で異世界移動を
した筈なのだ。
 以前訪れた、しかも、既に破壊された場所に戻れる筈がない。

 マルを手の上に載せたまま、としあきは、無言で眉をしかめる。
 立ち上がると、外に通じている自動ドアの前に立った。

「やっぱり、開かないか。
 おい、俺を閉じ込めてる“誰か”! いい加減にしろよ!
 何の目的で、こんなことをするんだ!」

 テチィ

 手のひらの上のマルが、寂しそうに鳴く。
 と同時に、ドアが突然、勝手に開いた。

「ん? なんだ突然——」

 ドアを潜り抜けたとしあきは、突然変化した状況に、思わず硬直した。

 そこは、山の中。
 先程まであった、白い壁の部屋は跡形もなく消滅し、手の上のマルも消えている。
 のどかに流れる川、静かで清らかな森林、大小様々な石が散りばめられた川岸、
 そして——小さな宿舎。
 周囲には誰も居なかったが、としあきは、そこが何処か瞬時に理解した。

「山実装の世界……だと?」

 嫌な予感に捉われ、としあきは宿舎へと走る。
 かつて、山実装達が集まってミーティングをしていた部屋に辿り付くと、そこには、一匹の
中実装が佇んでいた。

 テス……テスゥ

「君は確か、山実装のリーダー?」

 コクリ

 中実装は——否、山実装のリーダーは無言で頷く。

「おい、急にいなくなって心配してたんだぞ?
 いったい何処へ行ってたんだ?!」

 テスゥ!

 あの時と違い、リーダーの言葉はわからない。
 としあきは、ポケットの中の携帯が、作動していない事に気付いた。

 やがてリーダーは、としあきを導くように走り出し、奥のドアへ向かう。
器用にドアを開くと、身を翻すように、その向こう側に消えた。

「お、おい、待てって! ここは——」

 慌ててリーダーを追いかけたとしあきは、ドアを開けた瞬間、身を硬直させた。

「ここって?」

 そこは、また別な空間に変わっていた。
 照明のない、古びた木造の廊下、軋む床、すえた臭い、独特の実装臭……
 咄嗟に振り返ったとしあきの目に映ったのは、ドアの上のプレートに刻まれた文字だった。

 「102……。
 って、ここは、まさか!!」

 そう、視点が大きく変わろうと、この忌まわしき建物を忘れる筈がない。
 この古い木造アパートは、「アビス・ゲーム」と呼ばれる実装石同士の殺し合いが行われた
場所だ。
 
「実装産業の世界かよ、今度は」

 長き異世界巡りの中でも、トップクラスに危険だった「アビス・ゲーム」。
 だがこのステージは、としあきのせいで爆発炎上し、消滅した筈だった。

(さっきのといい、誰かが、俺に幻覚でも見せてるのか?)

 デス……

 ふと気づくと、二階に向かう階段の辺りに、実装石が居る。
 今度は、成体実装だ。
 首元のリボンが、青色のものに差し替えられている。
 これは、「アビス・ゲーム」の参加者である証拠だ。

「アオママ? あんたまで、どうしてここに?!」

 デス、デス

 アオママとは、「アビス・ゲーム」に参加したアオチームのリーダーだ。
 ゲーム中に突如消息を絶ち、最後まで誰も行方がわからなかったのだ。

 アオママは、としあきを導くように、階段を器用に上って二階へ移動する。
 些か疑問を抱きはしたが、としあきは、自分の身体が人間のままなのを確認すると、意を
決してアオママの後を追った。

「やっぱりな、だろうと思った」

 二階に上がり切った途端、またも景色が変化した。
 今度は、白い壁のベッドルーム……ついさっきまで、自分が居たあの場所だ。
 ベッドの脇には、物静かな巨乳のメイド“マリア”が立ち尽くしている。

 なんとなくだが、それはとしあきの予想通りだった。

『ご主人様……』

 寂しげな声で、マリアが呼びかける。
 一瞬その見事な巨乳に目を奪われるが、としあきは、慌てて頭を振った。 

「マリア、とか言ったっけ?
 そろそろ、本当に説明して欲しいんだけど。
 君は何者だ?」

『私は——ご主人様に、永遠の忠誠を誓った者です』

「それさ、ぶっちゃけ気味悪いんだけど。
 俺、ここに来てから、君と初めて出会ったんだぜ?
 それなのになんだよ、永遠の忠誠って。
 どこぞのエロゲじゃあるまいし」

 “初めて”の部分で、マリアの表情が露骨に曇る。
 今にも泣きだしそうな顔をするマリアに、としあきは、少しだけ罪悪感を覚えた。

「いったい、何を企んでる?」

『私は、何も企んではおりません。
 ただこの世界で、貴方をお迎えして、ずっと平穏無事にお過ごし頂きたいと願っているだけです』

「あいにくだが、俺はそんな悠長なことはしてられないんだ。
 初期実装って奴がいて、そいつの子供を捜してる。
 そいつを捕まえないと、俺は元の世界に戻れないんだ」

『それは、罠です!』

 としあきの言葉を遮るように、マリアは声を張り上げた。

「罠って、どういう意味だよ?」

『初期実装……私達は“最重要警戒態”と呼んでいますが。
 あの者は、ご主人様を罠に嵌めようとしているのです』

「だから、意味がわかんねぇんだけど?」

 だんだん苛立ってきたとしあきは、胸に向いていた視線をマリアの顔に写し、激しく睨みつける。
 一瞬たじろいだものの、マリアは、真顔でその視線を受け止めた。

『最重要警戒態は、確かに、いつかはご主人様を故郷の世界に戻すつもりです。
 ですがそうなった時、ご主人様の世界は滅ぼされてしまうのです』

「はぁ?」

『それが、初期実装の本来の狙いなのです!
 ご主人様をこの世界にお引止めしようとしているのは、それが理由で——』

「何を言い出すかと思えば、アホらしいことを」

 マリアの話を遮り、としあきは、やれやれのポーズを取った。

「あのなぁ、俺はな、自分の世界に帰るために、こんなくだらねぇ旅をしてんだよ。
 それなのに、こんな世界で留まることなんか、出来る訳ないだろうが!」

『信じてください! 最重要警戒態は、本当に——』

「いくらあいつがヘンテコな奴でも、世界を……滅ぼすだって? そんなド派手な事が出来る訳
 ないって」

 苦笑いを浮かべながら呆れるとしあきに、マリアは深いため息を吐く。
 だが、なおも食い下がろうと、キッと顔を上げた。

『いえ、ご主人様の世界を滅ぼすのは、最重要警戒態ではありません』

「へ? じゃあ誰なんだよ?」

『それは——弐羽としあき様、貴方ご自身です』





 6月2日午後10時。
 ミドリとぷちがこの世界にやって来て、26時間が経過した。
 残りの滞在時間は、あと94時間——


 もはや、周囲は暗闇に包まれている。
 街灯も少なく、所々に深い闇を湛えた街角で、たった一匹残されたミドリは、途方に暮れていた。

 ぷちはさらわれ、トラックで何処か遠くへ運ばれてしまった。
 行先は、分かろう筈もない。
 ましてぷちは、あの過剰な露出度である。
 性的な意味で危険が危ないことは、容易に想像出来る。
 早く何とかして、彼女を助けなければ! いやしかし……

 さんざん悩んだ末、ミドリは——

(デェ、ワタシじゃもう、どうしようもないデス。
 さようならぷち、お前との旅は楽しかったデス……グスン)

 あっさりと、諦めた。

 うなだれて裏通りを歩いていると、ふと、何かが視界の端を横切った。
 人間の、影。
 それが手に網のようなものを握り、こちらに向かってじわじわと接近してくる。

「デェ! なんだか、超アヤシイ雰囲気の奴が出たデス!」

「うおぉぉぉ〜?!?! 実装服のレア糞蟲、おいしくゲットぉぉぉぉぉ!!」

「デ、デギャアァ〜〜!!」

 黒っぽい服装の人間は、束ねた網をブンブン振り回しながら、全力疾走でミドリを追いかけて
来た。
 身の危険を感じたミドリは、それより若干早く逃げ出していたため、すぐには追いつかれない。
 しかし、それも時間の問題だった。
 そう、思われた。

「こら待てぇぇぇ〜〜!?!?!」ハァハァハァ

(デェ? あのニンゲン、思ったより足が遅いデス?)

 目測約50メートル程度、そんな距離がなかなか縮まらないまま、二人はしばし追いかけっこを
続ける。
 しかし、やがて息が切れたのか、黒っぽい服装の人間は立ち止まり、悔しそうな目でこちらを
睨みつけてきた。

「デシャシャシャシャ〜!! なんだぁ、からっきしデス? 情けない奴デスー!
 実装石にも追いつけないなんて、お前の運動能力は、コーヤコーヤ星人以下デスゥ♪
 ブシャシャシャシャシャ☆」

 尻を出してペンペン叩きながら、ここぞとばかりに挑発する。
 だがそれを見た人間は、表情を変え、爛々と目を輝かせ始めた。

「うおぉぉぉぉ!! す、すげぇ糞蟲っぷり!
 これが、レア実装かああ!! ヒャアァァァァァ!! ぎ、虐待してえぇぇぇぇぇぇ!!」

 訳のわからない興奮を始めた人間は、一気に体力を回復させたのか、先程以上の猛ダッシュ
で突進してきた。
 さすがのミドリも、その異常さに怖気を感じる。

「デェェェ?!?! か、火事場のクソ力発動デス〜?!?!」

 ミドリは、とにかく身を隠そうと、適当な路地に飛び込んだ。

「くっそぉ! 逃げてんじゃねぇ〜!!」ハァハァハァ

 咄嗟に逃げ込んだ雑居ビルの隙間は、人間の体格では思うように動けない。
 ミドリはもっけの幸いとばかりに、どんどん奥の方に進んだ。

「ふぅ、やれやれ、酷い目に遭ったデス。
 しかしアイツ、明らかに虐待派ニンゲンデス?
 この世界にも、ああいうのがいるデス?」

 しばらく宛てもなく路地を進んでいくと、ビルの奥の暗闇で、何かが蠢いているのを見つけた。
 それは、肌色の物体……ミドリは、無意識にそれを追いかけた。

「デ? お、おいお前! ちょっと待つデス!!」

 間違いない、肌色をした人型の物体は、ミドリに気付き逃げようとしている。
 しかし、本人は隠れようとしているのか、狭い隙間に必死で身体を押し込もうとしている。
 その様子はあまりにも滑稽だったが、ミドリは今はあざ笑う気にはなれない。

 その姿は、この世界で初めて見る——禿裸実装!

「な、なんでこの世界に、禿裸が居るデス?!」

 混乱したミドリは、禿裸を追い詰め、あっさりと捕まえた。

 デギャア! デギャアァ!!

「お、落ち着けデス! 別に取って食ったりはしないデス!!」

 じたばた暴れる禿裸に、ミドリは出来るだけ優しく声をかけた。
 本来なら罵倒して蔑むべき存在だが、今はそれどころじゃない。
 直接意思の疎通が可能な存在が居るというのは、今のミドリにとって重要な意味がある。

『お、お前! ジオ・フロントの者じゃないのか?!』

 驚いたことに、その禿裸は、人間の言葉で喋り出した。

「で、デェ?! ち、違うデス!」

『じ、実装語だと?! 何者だ一体?』

「デエェ〜、なんだか面倒な奴を捕まえちまったデス〜」





「どういうことだ、俺が世界を滅ぼすって?!
 俺、そんなつもりもないし、第一そんな大それた事、出来るわきゃあねぇぞ!」

 としあきは、マリアに掴み掛るような勢いで迫る。
 額に冷や汗を浮かべ、呼吸も荒く、興奮の絶頂にある。
 しかしそれは、マリアにとって想定内の事であった。

『それが、出来てしまうのです。
 ご主人様のご意志とは、全く関係なく』

 マリアは、先程より少し冷静さを取り戻し、淡々とした口調で語る。
 そしてそれが、としあきの神経を苛立たせた。 
 頭をぼりぼりと掻き毟ると、としあきは、怒気を吐き出すように大きく深呼吸した。

「そんな話で納得なんか、できる訳ないわな。
 ——よし、じゃあ百万歩譲って、君の話が本当だとしようか」

『はい』

 マリアの顔に、僅かに喜びの色を浮かぶ。
 だが、としあきは容赦せず、更なる言葉を投げつける。

「マリアは何故、そんな事がわかるんだ?
 つか、そもそも君は何者なんだよ?!」

『……』

「俺をこんな所に軟禁してさ、そんな大それた話を訊かせて。
 その目的が、この世界に留まってもらうため?
 俺そもそも、ここがどういう世界なのかすら、わかってないんだぜ?」

 話しながら、としあきは再び、この世界に来てからのことを思い返す。

 全く見た事も行った事もない建物の中に、身に覚えのない好接待。
 しかも、女性運のないとしあきには考えられないくらい、献身的に尽くす美人巨乳メイドの存在。
 その上、邪魔者のミドリや、ぷちも居ない。
 いつもちょっかいをかけてくる、初期実装すらも現れない。

 ——全てが、ありえないことだらけだ。

 溢れる程の疑問と不安を読み取ったのか、としあきを見つめるマリアの表情が、またも曇る。

『わかりました。
 確かに、説明を省いてご理解を促すのは、無理がありますね』

「ようやくわかったかy——ぐわっ?!」

 突然、マリアが凄まじい光に包まれた。

 瞼をも通り抜けてくるほどの眩しさに、としあきは思わず手で顔を覆う。
 と同時に、それまで自分の周囲にあった数々の物品が消滅していくような気配を覚える。
 よくわからないが、目が見えないのに、そんな感じがしたのだ。

 長いようで短いような、不可思議な沈黙の時間が訪れる。

 気が付くと、としあきは椅子のようなものに座らされ、些か肌寒さを感じる空間に居た。
 恐る恐る目を開くと、そこには予想外の光景が広がっていた。


 真っ白な壁と天井に覆われた、広大な空間(フロア)。
 一辺が何十メートルあるのかわからないが、とにかく「部屋」などと呼べる規模ではない。

 その白い壁や天井のところどころが透明になっており、そこから無数の機械が覗いている。
 良く見ると、足元の床は全て透明で、その下にも機械やケーブルがギッシリと詰まっていた。
 おっかなびっくり足を置くが、どうやら見た目よりもかなり丈夫な素材のようで、割れる気配は
全くない。

 部屋の壁や天井のそのものが光を発しているのか、照明らしきものがないにも関わらず、
フロア内は普通に明るくなっており、かなり奥の方まで見通せる。
 その奥の方は、一部が南米のピラミッドのような段々式の高台となっており、数メートルの
高さの頂上部に、何か蠢くものがある。

 どこからか響く電子音や駆動音を聞きながら、としあきは、ゆっくりとそのピラミッド状の高台
に近づいた。
 ふと振り返ると、今座っていた筈の椅子が消えている。

『——弐羽としあき様』

 突然、どこからか声が響いてきた。

「マリア?! どこに居るんだよ?
 ここは一体、何処なんだ?」

 フロア奥にあるピラミッド状の高台には、三メートル程度の高さの「堂」があり、神殿の一部の
ような妙に格調高い造りになっている。
 その堂の中、まるで浮遊するように、金属の「球」が浮いている。

 否、メタリックな反射をしているだけで、本当に金属球なのかはわからない。
 ふわふわと上下するその金属球の脇に、マリアが佇んでいる。

『私は、ここです』

 マリアのの声とシンクロするように、金属球の表面に波紋のようなものが浮かぶ。


「俺、今までこんなところに居たのかよ?」

『そうです。
 でも出来ることなら、このフロアをお見せしたくはありませんでした』

「まあ、それはいいや。
 マリア、この世界はいったい何なんだ?
 それと、お前は何者なんだ? 説明してくれ」

『かしこまりました』

 そう言うと、マリアは、虚空に向かって両手を掲げた。
 すると、周囲がだんだん暗くなり、空から写した街の映像が足元に広がっていく。
 それはまるで、空に浮かんでいるような光景だ。
 東京の夜景にも似た景色に、僅かながら懐かしさを覚えるが、遥か彼方に何か変な物が
見えた。

『これが、この世界の街の様子です。
 あちらをご覧ください』

 マリアの手の示す方向を向くと、大きな街の中心部辺りに、不自然なほど高い塔のようなもの
が建っているのが見える。
 更に良く見ると、それは塔ではなく、円状に何かを囲んでいる巨大な壁だとわかった。

「なんだこりゃ? すげぇ高さの壁だな」

『これは、シティ・ジ・エメラルディアの中枢部“ジオ・フロント”。
 私達が今居る所で、実装石達の居住エリアです』

「実装石なのに、専用の居住区を持ってるって?」

『そうです。
 この世界では、実装石が総てを統括管理しているのです』

「は……はぁっ?!」

『そして私は——この世界を統べる存在の“代弁者”です』

「代弁者? どういう意味だ?」

『まずは、この世界の構造について、ご説明いたします』

 マリアはそう呟くと、静かな、しかしはっきりとした口調で語り出した。

 ここは、「実装石が人類を支配している世界」。

 人類は、実装石に世界の運営を任せ、争い事も戦争もない平和な生活を営んでいる。
 ただし、実装石と人間の接触は極力避けるような社会構造となっているため、他の実装世界
のような虐待や悲劇は起こらない。

 人間はそんな世界の構造に誰も文句を言わず、実装石に対する反逆もなく、ここまで
約三百年以上に渡り、長い平穏な歴史が続いて来たという。
 また実装石は、武力や暴力で人間を支配したわけでもなく、無血交渉で人類の理解と賛同を
得た上で、現在の支配階級を築き上げた。

 その説明を受けて尚、としあきは腑に落ちなかった。

「なんで、そんなにアッサリ、人間が支配権を譲渡するのかわかんねぇな。
 この世界の人間が○○なのか? それとも実装石が凄いのか?
 全然理解出来ないぞ」

『この世界の実装石は、他の世界の実装石を……いえ、人間を遥かに超える知能と応用力、
 記憶力を持っています。
 例えば、生後半年の仔実装であっても、この世界の人間の20歳以上に相当する知能と理性
 を発揮します』

「なんだそりゃ。
 そんな奴らに乗っ取られた世界ってことかよ!」

『乗っ取ったわけでは——
 わかりました、どうしてそうなったのかも、ご説明しましょう』

 マリアは、更に説明を続ける。
 再び周囲の景色が変わり、今度は廃墟と化した都市の映像が浮かび上がった。
 至るところに、人間と実装生物の死体が散乱している、凄惨な光景だ。
 
「な、なんだ?!」

『今から約三百二十年前の、この世界の様子です』

「ええっ?!
 って、他実装とか、実装人みたいな連中までいるぞ?!」

『はい。
 この世界は、今から三百二十年前「因子」の影響によって、「ユナイト現象」を起こしました。
 その結果、一度は壊滅しかけたのです』

「ユナイト現象?」

『これを、ご覧ください』

 マリアの声で話す実装石は、再び両手を掲げる。
 今度はプラネタリウムのような星空に変わり、その中に、赤と青の大きな星が浮かんでいた。

『概略図です。
 青い星が、“この世界”だと思ってください』

「じゃあ、この赤い星は?」

『それは、こことは異なる“別の世界”です。
 青の星に住む者が、何かの理由で、別世界である赤い星に移動するとします』

 マリアがそう言いながら手をかざすと、青い星から青色の線がにゅーっと伸び、赤い星に
接触した。

「ああ、要するに俺みたいな奴のことだな」

『そうです。
 次に、更なる新しい世界へ移動します』

 今度は、別な方向に黄色い星が浮かび上がった。
 青の星から伸びた線は、赤の星を経て、黄色い星へ伸びていく。

 だが、赤い星から黄色い星へ伸びる線には、何故か赤色が混じっている。
 まるで床屋の看板みたいになった赤と青の線は、黄色い星に接触した。
 これで、青・赤・黄の星が線で繋がった状態となった。

『黄色い世界に行った者が、自分の世界に戻ります。
 色の変化に、ご注目ください』

 今度は、黄色い星から青い星に向けて、線が伸びて行く。
 だが今度の線は、青と赤、黄色が交じり合った太い線になっている。
 三色マーブル状態になった線が青い星に接触した途端……

「え? なんだ?!」

 目の前に展開する映像の変化に、としあきは思わず声を上げた。
 三色の線が接触した青い星は、赤と黄色がぐちゃぐちゃに交じり合った色に変化し、醜く
濁ってしまった。
 赤と黄色の星は、変化がない。
 ただ、青の星だけが変色してしまったのだ。

「なんか、パレットの上で絵の具が混じってしまって、ぐちゃぐちゃになったみたいだなあ。
 で、これが何だっていうんだ?」

『これが、ユナイト現象の概念です。
 青の星は「実装石がいなかった世界」で、赤と黄色の星は「実装石が住む世界」とします。
 ユナイト現象が起きてしまったため、青の星は、実装石のいる世界に変わってしまったのです』

「——は?」


『赤と黄色、両方の世界の実装石が、青の星に現れたのです。

 青い星から伸びた「線」は、世界を移動する者……これは「因子」と呼ばれます。

 そして、それぞれの世界から引っ張られた「色」は、「因果」と呼称します。

 「因子」は世界を巡ることで、各世界の「因果」を、自分の世界に呼び込んでしまったのです』


 「因子」と「因果」。
 その言葉は、としあきもどこかで耳にした記憶があったが、はっきりとは思い出せない。

『この場合、他世界の「因果」とは、実装石のことです。
 これで、おわかりいただけますか?』

「な、何が何だか全然わからないよ!
 今の説明と、この世界の昔の話が、何で関係あるんだよ?」

 困惑するとしあきに、マリアは尚も、優しい声で語り続ける。

『昔、この世界もユナイト現象のために、一度滅びかけました。
 この世界にも大量の実装生物達が押し寄せて、人間も、元々この世界に居た実装石も、
 その他の様々な生物も、壊滅に近い状態まで追い込まれました』

「なんで、実装石が呼び込まれただけで、その世界が壊滅しそうになるんだ?」

 次々に疑問が浮かび、としあきはマリアに尋ねる。
 
『その世界の生態系バランスが崩れるためです。
 百人しか入れない部屋に、後から千人入って来たらどうなるかを考えれば、お分かり
 いただけるかと思います』

「うげ……それは、やばいな」

 そんな状況に追いやられた世界で、最も早く生息数を回復させられたのが、元々この世界に
居た実装石だった。
 その結果、彼女達が自然にヒエラルキーの頂点に立たざるを得ず、他の既存生物を保護・
管理せざるを得ない状況となったことが、今の実装支配世界の根底となったのだと、マリアは
告げる。

 プラネタリウムのような映像が消え、再び元のフロアに戻った。
 
「よくわかんねぇけど、とにかく、実装生物が大量に入り込んだせいで、一度この世界が滅び
 かけたんだな?
 その隙に乗じて、実装石がこの世界を乗っ取ったと」

『些か表現が乱暴ですが、結果だけ見れば、概ねその通りです。
 しかし、その後約三百年間に及ぶ、過去にない程の絶対平和な世界が確立しました』

「何か納得できネェけど、そりゃあいいとして。
 じゃあなんで、この世界は滅ぼされずに済んだんだ?」

 としあきの質問に、マリアは少し表情を曇らせる。

『「因子」となった者は、この世界に「因果」が定着する前に、自らの存在を消し去りました。
 そのため、この世界における「因果」の定着が阻止され、実装生物の流入を食い止めたのです』

「消した? どういうことだよ」

 マリアは、やや躊躇うような仕草で、としあきに向き直った。

『「因果」は、自分の精神を電子化して保存し、肉体だけを異世界に追放しました。
 これにより、この世界は因果の定着を免れ、救われたのです』

「電子化?
 ちょっと待てよ、それってもしかして」

『この世界の支配者である、“MOTHER”のことです』

 マリアは、思い切ったような表情で、はっきりと告げた。

 「MOTHER」。
 としあきは、その名前に覚えがあった。
 「実装産業の世界」を脱出する直前、大ローゼンの工作員らしき男の話の中に出てきた名前。

 それがこの世界の支配者——としあきの背中に、冷たいものが迸る。

「じ、じゃあなんだ?
 この世界を滅ぼしかけたのは、要するに支配者自身だったってことか?」

 驚くとしあきに、マリアは、小さく頷いた。

『はい、その通りです』




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