タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話01
ファイル:「実装石が支配する世界編」1.txt
作者:敷金 総投稿数:9 総ダウンロード数:126 レス数:0
初投稿日時:2024/09/22-15:31:57修正日時:2024/09/24-21:57:17
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 Journey Through The Jissouseki Act-13




【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を
捜すため強引に異世界を旅行させられる羽目になった。

 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間という
タイムリミットの中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 これまで12もの世界を巡ったとしあき達は、「実装産業の世界」で、仲間である
海藤ひろあきを失ってしまった。
 また、“偉大なる大ローゼン”と名乗る謎の組織の介入もあり、事態は益々混乱を
極めていく。

 次の世界は、果たしてどんなところなのだろうか——?


【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。

・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。

・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。







 待っててください、ご主人様

 私、早く大きくなって——

 必ず、貴方を迎えに行きます

 そして絶対に、貴方を救います


 だって貴方は、とても大事な人だから……





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   じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第13話 ACT-1 【 支配者は実装石! 】

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「ディメンジョンドライバー、シリアルナンバーDWI-P133、134、135。
 20:00、第3ゲートに到着しました」

「イセリアルフィールド再展開、エーテル体、アストラル体再構成完了。
 パイロットの脳波、体温、心拍数、共に異常なし。
 転送固定率いずれも100%を確認」

「イセリアルフィールドに異常反応一点確認、直後に消滅しました」

「ディメンションコード3028より移転完了」

『移転完了後、DWI-P133はエリアA-1へ転送。
 DWI-P134と135は、エリアC-2へ。
 いずれも細心の注意を払うこと。
 端末の回収も忘れないように』

「了解」

『デスゥタンガンは、どうなりましたか?』

「回収に成功しました。
 先程、臨時派遣工作部隊G班によりN倉庫への保管確認。
 直ちにカシス・ガーデンへ運搬、到着次第、分析・解体作業に入ります」

『よろしい』

 黒いスーツ姿の、背の低い“女性”は、大きく頷くと、先程からずっと背後に立っている者
に向き直った。


『お帰りなさい、オルカ・ベリーヴァイオレット』

 黒いスーツの女性に声をかけられ、やや疲れた表情を浮かべていたオルカは、びしっと
背を伸ばし敬礼した。

「エルメス様、Deceive帰還いたしました」

『ご苦労様。
 しかし、ミッション失敗とは、貴方らしくもない。
 出し抜かれたのですか? 最重要警戒態に』

「はい、誠に申し訳ありません」

 眼鏡の端をキラリと輝かせ、エルメスと呼ばれた背の低い“女性”は、少し嫌みのこもった
口調で続ける。

『最重要警戒態を、甘く見過ぎていたようですね。
 あれには、我々の常識は一切通用しません。
 油断は禁物です』

「はい」

『これまでの実績を評価して、私は、貴方にDeceiveを任せました。
 くれぐれも、私を……いえ、MOTHERを失望させないように』

「かしこまりました。次こそは、必ず」

『期待していますよ。
 ニンゲンとしては、あなたのチームはとても優秀なのですから』

 それだけ言い残し、エルメスは踵を返す。
 その後ろ姿を、オルカは黙って見守った。
 オペレーションルームのオペレーター達は、そんな彼女を一瞥すらしようともしない。

『全ては、偉大なる大ローゼンのために』

「全ては……偉大なる大ローゼンのために」

 再び出口に向かい歩き去ろうとするエルメスの姿を、オルカは憎々しげに睨み付けていた。





「ふわぁぁぁぁぁぁ〜〜。
 ……デェ? ここはどこデス?
 腹減ったデス、お〜い、クソドレイ〜?」

 大きな欠伸をしながら起き上がり、尻をボリボリと掻きながら周囲を見渡す。
 そこは、どうやら大きな公園のようだった。
 簡素な造りのベンチの脇に横たわっていたミドリの近くには、辺りを煌々と照らす街燈が
佇んでいる。
 街燈の光の届かない辺りは既にかなり暗くなっているようで、人の気配は全くない。
 いつものようにどこかの部屋の中に出るのではなく、いきなり外に居るため、ミドリは些か
違和感を覚えていた。
 ぴょんと飛び起き、ぐっと背伸びをしてみる。

「お〜い、クソドレイ?
 コラ、主人が呼んでるんだから、尻尾振りながら駆け寄ってくるが良いデス〜?!
 ぷち、ぷちもどこにいるんデス?!」

 ベンチの周りをぐるぐる回りながら呼びかけてみるも、全く反応はない。
 しばらくしてミドリは、前の世界からどのような経緯で移動してきたかを思い出した。

「あ、そうデス、今回はあのヘンテコな連中のせいで世界移動したんだったデス。
 おお?! リボンの色が緑のまんまじゃないかデス!!
 デェェ! これは恥ずかしいデス〜!」

 「実装産業の世界」から、ボロボロ状態のままこの世界に来た事を意識し、慌てて近くの
木の陰に隠れる。
 他の野良実装に発見されたら、えらい目に遭わされると考えたからだった。
 しかし予想に反して、野良実装が近づいてくる気配が全くない。

 しばらく木の陰に潜んでいたミドリは、小首を傾げながら、恐る恐るその場を離れてみること
にした。

「な〜んか……奇妙なほど静かデス。
 ワタシ以外、誰もいないみたいデス」

 ぐぅ〜、と鳴った腹を抱えながら、これからどこへ行って何をするべきかを考えてみる。

「でも、こうして生きてるということは、クソドレイも近くにいる筈デス。
 おのれ、さては主人を差し置いて、まだ呑気に眠ってるデス?!
 クキキキ、なれば、寝ている間にアイツのパンツを引き下ろし、銀河チョップのお仕置きデス〜♪」

 不気味に微笑みながら、ミドリは公園を徘徊し、茂みの裏やベンチの下、花壇の影や丘の上
などを捜し回った。
 しかし小一時間も歩き回ったにも関わらず、としあきやぷちの姿はおろか、他の生き物の姿
すら見つけることが出来なかった。

「デ、デェェ〜!? どういうことデス? どういうことデス?!
 なんでクソドレイが近くにいないのに、ワタシは元気なんデス?
 だんだん、わからなくなって来たデス〜!!」

 再び、腹がグゥ〜と情けない音を鳴らす。
 空腹感が限界に近づいて来たミドリは、ひとまず捜索を打ち切り、食料の確保を優先させる
ことにした。

 かつて公園に住み付いていたミドリは、長い経験により、どういう所に食べ物があるかが分かる。
 たとえゴミがきっちり分別管理されていても、大きな公園であれば食料になる実をつける樹木
が良く植えられているものだった。

 夜の暗がりではっきりはわからないが、ミドリは適当にアタリを付けて、実が落ちていそうな
木を目指して走り出した。

「この公園は、同族があんまりいないようデス。
 ということは、エサは楽に採れるということデス〜♪」

 喜びのステップを踏みながら、大きな木の周囲を巡ってみるが、実はおろかゴミ一つ落ちて
いない。
 まるで、几帳面な者が徹底的に掃除をしていったかの如く、完璧なまでに綺麗な状態だった。

「ど、どういうことデス?!
 実はともかく、葉っぱや小枝も全然落ちてないデス!
 この世界はいったいどういう所なんデス?! デェェェ……」

 自力でのエサの確保がダメなら、ゴミ漁りか、或いは愛護派人間による供給に期待するしか
ない。
 しかし、周囲には誰もおらず、加えてゴミ箱らしきものすら全く見かけない。
 ついに空腹感が限界に達したミドリは、その場にどさっと倒れてしまった。
 見上げる夜空は、街の光のせいで星が良く見えない。

(グロロロ〜、なんてこったデス。
 こんなことになるなら、前の世界に居る時に、実装フードをたらふく詰め込んでおくんだった
デス……)
 
 空腹で仕方ない時は、とにかく寝るべし。
 これが、亡き母親から教わったミドリの知恵だった。
 エネルギーの消耗を最小限に抑える最適の選択ではあるのだが、そのためにはもう一つ
やらなくてはならないことがあった。

「い、いかんいかんデス。
 寝るなら、誰にも見つからないような場所に移動しなきゃデス」

 何とか無理矢理身体を起こすと、ミドリは身を隠せそうな場所を求めてよろよろと歩き出した。
 再び夜空を見上げ、微かに瞬く星を眺めようとして——奇妙なことに気付く。

「デ? なんか、空が変デス?」

 先程は気付かなかったが、よく見ると、空の一部が黒い何かで覆われているようだ。
 真上は確かに星空なのだが、目線を下げていくと、何やら巨大な黒い壁のようなものが空の
一部を覆い隠している。

「……?
 まあ、よくわからんけど、ワタシにゃあ関係ないこっデス」

 独り言を呟きながらトボトボと公園を横切ると、少し離れた所に街の明かりのようなものが
見えた。

「デェ、公園の出口デス? もしかしたらエサを探せるかもデスー!」

 僅かな期待を込め、ミドリは小走りに街の方へと進む。
 ものの数分で公園を抜けたミドリは、繁華街の裏路のようなところに出た。

 そして、眼前に広がる光景に、そのまま硬直した。



 高級そうなスーツをビシッと決めた——実装石。

 軽やかなウェーブのかかった、たわわな髪をなびかせて街を往く——実装石。

 小型自動車のようなものを運転する——実装石。

 店の中に集まり、何やら美味そうな食事を楽しんでいる——実装石。

 実装石、実装石、実装石——



 そこには、大勢の実装石が居た。
 しかも、その全てが人間のような格好……否、ミドリの主観では「ニンゲンのコスプレ」をしている。
 あまりにも異様な光景を目の当たりにしたミドリは、その場に座り込み大爆笑した。

「ギャア〜〜ッハッハッハッハッハッ!!!
 なんデスこれ? 何デス? 何デス?!
 ここは実装のコスプレ会場デス?
 それとも、ハロウィンか何かのつもりデス?
 ギャハハハハハハ!! こいつは傑作デス〜!」

 道路にゴロゴロ転がりながら、ミドリは腹を抱えて爆笑を続ける。
 そんな彼女に、周囲の実装石達は冷淡な視線を投げつけた。
 軽く一分間は笑い転げたミドリも、周囲の冷え切った空気を察し、思わず立ち上がった。


 ヒソヒソヒソ……
 (おい、なんだアレ?)
 (もしかして実装服か? いい大人が……恥ずかしい)

 ヒソヒソヒソ……
 (何あれ? 浮浪者? 物乞い?)
 (いやだわ、信じられない、あの汚さ)

 ヒソヒソヒソ……
 (どっちがコスプレだよ……)
 (おい、目線合わすなよ、関わるとロクなことないぞ)

 ヒソヒソヒソ……
 (非常識だわ)
 (どこから来たんだ? アレは)


「デ、デデデ……?」

 裏路を行きかう実装石達が、まるでゴミでも見るような目つきでミドリの傍を通り過ぎていく。
 その誰もが、所謂「デスデス口調」の実装語を話しておらず、妙にかしこまったような口調の、
まるで無理矢理人間の口調を真似ているような話し方をしている。

 しかも、どうやら彼女達の格好は、コスプレの類ではない雰囲気だ。
 その証拠に、本来通りの実装石の格好をしている者が、有視界内に一匹もいない。

 厚顔無恥を極めたミドリでも、周囲から異端者扱いで見られていることは、さすがに理解出来た。
 そのうちの何人……否、何匹かは、あからさまに侮蔑を込めた嘲笑を投げかけてくる。

「ぅわ、恥ずっ……プッ」

 あからさまな嘲笑を投げかけながら、男性(風のスーツを来た)実装石が目の前を横切っていく。
 空腹感もあり、イライラが溜まり始めていたミドリは、その態度にカチンと来た。
 襟首を捕まえて、力任せに引き倒す。

「うわぁっ?!」

「この野郎! 何がおかしいんデス?! オラオラ!
 てめえらこそ、おかしな格好しやがって! デシャア!!」

 そう吼えながら、男性風実装石の腹の上にまたがり、顔面を思い切りぶん殴った。
 
「ひ、ひぃぃ! た、助けてぇ!!」

「啼くなら実装の言葉で啼きやがれデシャア!」ボカボカボカ!

「ぎ、ギャアア!! だ、誰かぁ!!」

 男性風実装石は、ろくに反撃も出来ぬままミドリに殴られ続けている。
 必死で救いを求めるも、周囲の実装石達はそれを遠目にみるだけで、誰も助けようとしない。
 目や鼻、口から大量に血が流れた辺りで、ミドリはニヤリと残虐な笑みを浮かべた。

「よぉし、だったらオマエを、ワタシよりも恥ずかしい格好にしてやるデス!」

 ガシ!

「ヒィ!」

 ミドリは、男性風実装石の七三分けの髪の毛を鷲掴み、思い切り力を込めた。

「ズラなんか被って、気取ってんじゃねぇデギャア〜〜!!」

 ズボッ!

 軽快な音を立て、七三分けの黒い髪が丸ごとスッポ抜ける。
 その下から出てきたのは、前髪も、後ろ髪もない、完全な「ハゲ」だ。
 ミドリは、間髪入れずに吹き出した。

「デギャ〜っハッハッハッ!! こいつ! ハゲ! デシャシャシャシャ!!
 めらっさ恥ずかしいデシャ! ざまぁみろデシャア!!」

「き、貴様……訴えてやる! 告訴だ、告訴!!」

「小糞? 濃い糞?
 なんデス、なんデス?
 今度は、ワタシのウンコがお望みデス〜?」

「ふ、ふざけるな! こんなことをして、タダで済むと思ってるのか!
 許さんぞ、絶対に許さないぞ!!」

「許さないから何だっていうデス?
 そぉれ、オマエのお望みを今スグお喰らいデッスン♪」ブリュッ

 軽やかなターンを決めながら脱糞し、ミドリはそれを全力で投げつける。
 遠心力も加わった至近距離からの糞弾は、男性風実装石の顔面を完璧に捉えた。
 ドボチャ、という耳障りな音が響く。

「ムゴッ?! ゴ、ゴバァァァァ?!」バタッ

「ゲヒャハハハハ! 偉そうなこと言って、あっさり逝きやがったデス!
 まぁ気が済んだし、このくらいで勘弁しちゃるデス!
 おぅお前ら! 何見てやがるんデス?!
 このミドリ様のおひり出しを喰らいたいデス?!」

 ウガァ! と牙を剥くような顔つきで、周囲を威嚇する。
 すると、あれだけ居た実装石達が、あっという間にその場から姿を消した。
 ミドリは自分の勝利を確信し大笑いしてはみたが、何か物凄く引っかかるものを感じてもいた。

(おかしい……デス。
 普通なら、喧嘩に負けた実装石を更に甚振ろうと、横から飛び込んでくる連中が一匹二匹は
いるもんデス。
 でも、こいつらの態度——まるでニンゲンそのものじゃないかデス?
 こいつら、本当に実装石デス?)

 気がつくと、ミドリの立つ交差点の周囲には、完全に誰もいなくなっていた。
 あのコスプレ実装石達は、建物の中に隠れ、窓からこちらを眺めてる。
 或いは、十数メートルほど距離を置いて、取り囲むように見ている。
 先程まで気分が高揚していたミドリも、さすがにこれは何かヤバイと思い始めた。

「こ、これじゃまるで、ワタシは犯罪者みたいデス?!」

 男性風実装石を解放すると、ミドリは今来た路を戻り始めた。
 路を塞いでいた野次馬実装達は、それを見て蜘蛛の子を散らすが如くに逃げ出した。

「た、助けてくれー!!」

「悪質個体だぁ——! 殺されるぞぉ——!!」

「デェェ?! こ、殺すなんて、さすがにそこまではせんデス!!」

 まるで鬼ごっこのように実装石達を追いかける形となったミドリは、ヘロヘロになりながら公園
に戻ってきた。
 だが、先程まで逃げていた者達が、今度は逆に後を追ってくる。
 だんだん気味が悪くなってきたミドリは、出来るだけ人気のなさそうな暗がりを目指して更に
走った。

「オネーチャ! こっちテチ!!」

 その時、聞き覚えのある声が、近くの暗闇から響いてきた。





 眩しい光が、瞼を通して目に入る。
 いつの間にか眠り込んでいたとしあきは、寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がった。

 柔らかなベッドから身を起こし、周囲を見渡すと、そこは白い壁紙の張られた寝室だった。
 大きな窓には白いカーテンがかけられ、朝の柔らかな陽射しが室内に差し込んでいる。
 フローリングに足を着くと、としあきはスリッパを履き、軽く背伸びをした。

 外は良い天気のようで、気分もすごく爽快だ。
 カーテンと窓を開けると、爽やかで新鮮な風が、優しく吹き込んできた。

「おはようございます、ご主人様」

 不意に、背後から声をかけられる。
 としあきは振り返り、少し照れくさそうに微笑んだ。

「やぁ、おはよう。
 今日もいい天気みたいだね」

「はい、とっても素敵なお天気です。
 今日も、きっと良い日になりますよ」

 そう呟きながら、“彼女”は、パジャマ姿のとしあきにそっと寄り添った。
 温かな肌のぬくもりが、衣服を通して伝わってくる。
 大きな乳房の感触が肘に当たり、としあきは思わず口元を緩めた。

「ご主人様、朝食をご用意しております。
 食堂でお待ちしておりますので、お早めにいらしてくださいね」

 “女性”の声は、とても穏やかで優しく、何より明確な好意が伝わってくる。
 メイド服のエプロンを翻し、軽く頭を下げると、“女性”は静かに退室した。

 それを目で追うと、いつのまにか、部屋の奥にあるテーブルの上に、着替えが用意されている。
 一枚一枚丁寧に畳まれ、皺一つないほど完璧で、おまけにとても良い香りが漂っていた。

 寝室を出て、“彼女”に招かれた食堂に赴いたとしあきは、感嘆の声を上げた。
 そこは少し広い造りのリビングで、所謂「向かい合える」キッチンが付いている、ちょっと良い
お宅の構図そのままだ。

 これまで、としあきが生活してきた環境とはまるで違い、非常に清潔感溢れる素晴らしい部屋。
 その真ん中には大きなテーブルと、それを囲む椅子が配置されており、卓上には美味しそうな
朝食が並べられている。

 ふっくらとして温かそうなフレンチトースト、新鮮な野菜をふんだんに盛り付けたサラダ、白い
陶器のカップに注がれた、クルトンの浮くポタージュスープ、そして黄白色のスクランブルエッグ、
少量のドライフルーツ入りシリアル、デザートの仮面ライダーガヴチョコスナック。
 コーヒーメーカーには高貴な香りを漂わせるモカブレンドが満たされ、温めたカップも用意
されている。
 特段変わったメニューこそないが、いずれもとしあきにとって程好い分量に整えられ、何より
バランスが美しい。
 そして何より、テーブルの脇に立ち、微笑んでいる黒髪のメイドの姿が、更なる色添えとなって
いる。

「ご主人様、どうぞ」

 黒髪のメイドは、そう呟くと椅子を引いて、としあきに薦める。
 その身のこなし、仕草、表情、共にベテランクラスの実力を感じさせる。
 としあきは、ぷちみたいな適当メイドとは別物だなぁと、反射的に考えた。

「——あれ?」

 としあきは、ここに至り、ようやく“彼女”の姿をまじまじと見つめた。

 ……えっと……ずっと俺の傍にいたのって、この女性だったっけ?
 はて?

「どうかなさいましたか? ご気分でもすぐれませんか?」

「あ、い、いや別に」

「そうですか。
 何かお気づきのことがありましたら、何なりとおっしゃってくださいね」

「ああ、ありがとう」

 黒髪のメイドは、ほっと息をつき、再び優しい微笑みを浮かべる。
 その自然な、それでいて常軌を逸した美しさに、としあきはしばし目を奪われてしまった。

「あ、あのさぁ、君」

「はい、なんでしょう?」

「俺、そういえば、なんでこんな所に?」

「さぁ、冷めないうちに、どうぞお召し上がりください」

「は、はい」

 黒髪のメイドに促され、目の前の朝食に手をつける。
 それぞれの料理は、としあきが想像していた以上に美味しく、食べるごとに身体に元気が漲る
ような気すらした。
 
 ああ、そうだった。
 俺は、この「屋敷」の主人なんだ。
 そして彼女は、メイド長の「マリア」。
 俺の身の回りの世話をしてくれる、最高のメイドだった——

 突然、薄ぼけていた記憶が復活する。
 としあきは、寝ぼけ過ぎだなと自嘲し、フレンチトーストに手を伸ばす。

 その横では「マリア」が、美しい顔を向けて静かに微笑んでいた。

「まあいいや、頂きます」

「はい、どうぞお召し上がりください」

 マリアは、としあきの様子を静かに見つめる。
 その表情は、愛しい者を見守る母性のようなものすら感じさせる。

 としあきは、至福の気分と奇妙な違和感を、同時に味わっていた。





「オネーチャ! あんなところで何してるテチ?! テェェン!」

「泣くなぷち、お前こそどこに行ってたんデス?」

「テェェ……」

 ミドリを保護したぷちは、公園の暗がりに移動していた。
 どうやらぷちは、街中のビルの隙間で目覚めたらしく、ミドリが来るより先に「異端視」され、
あの不可思議な実装石達に追われていたようだ。

「何なんデス? あいつらは一体?」

「オネーチャ、気付いたテチ?」

「何がデス?」

「さっきまで私達がいた所、お店とか建物とか、とっても小さかったテチ」

「デェ?」

 ぷちに言われて思い返すと、さっきの交差点周辺の店は、まるで実装石の身長に合わせて
造られたかのように、どことなくミニマムに思えた。
 普通の世界の、だいたい五分の三くらいだろうか?
 入り口の高さも、窓の位置や大きさも、何だか違和感が強かった。

「ここ、多分、実装石の街なんテチ。
 ニンゲンサンの街じゃないんテチ」

「デェ?! そんなバカな」

「だって、もう一時間くらい街の中を行ったり来たりしたのに、まだ一人もニンゲンサンの姿を
見かけてないテチ」

「デェ……じ、じゃあもしかして、この世界は」

「本当の意味で、実装石のための世界テチ?」

 二人は顔を見合わせ、続けて空を見上げた。
 巨大な黒い壁が覆う空を。

「オネーチャ、クソドレイサンを捜すテチ!」

「そ、それより、メシ……食い物を探すデス!」

「テェ、それもそうテチ」

 前の世界では長時間拘束されていたせいか、ぷちの空腹感も相当なものだった。
 としあきはあっさりと二の次に回され、まずは食料確保が優先されることとなったが、当てと
いえば先程の街しかない。
 二人は、そちらとは別な所へ向かうことにした。

 公園の外では、パトカーのサイレンのような音がしきりに鳴り響いている。
 二人は、先程のトラブルのことを気にして、その音から出来るだけ遠ざかるように移動した。

 更に一時間経ち、二人はいつしか、閉店したアーケード商店街のような場所に辿り着いていた。

「も、もうダメ、限界デス〜!」

「わ、わ、私も、もう動けないテチィ〜」

「く、クソドレイ〜! あいつさえいれば、何とかなったかもしれんのにぃ〜!!」

「テェェ、それよりココ、何処なんテチ?」

 二人が来たその場所は、良く見るとアーケード商店街ではないようだ。
 店のシャッターと思えたものはただの壁で、柱と共に等間隔に並べられている。
 高い天井には照明器具はなく、ただ端の方でオレンジ色の奇妙なライトが、これまた等間隔
で並んで輝いている。
 ここにも他者の気配はなく、どことなく不気味な雰囲気が漂っている。
 しばらく周囲をうろうろしていると、突然、ぷちが声を上げた。

「オネーチャ! これ見てテチ!」

「デェ? なんデス? ゴハンでもあったデス?」

「違うテチ! ほらコレ!」

「食い物じゃないなら、どうでもいいデ……デェ?」

 ぷちがしきりに指差しているのは、先程までシャッターだと思っていた等間隔の壁だった。
 良く見ると、その中央部には何かが浮き彫りにされている。
 否、それは浮き彫りではなく、金属製のエンブレムだった。

 浮き彫りのように見えたエンブレムの文字は——

「The Greatest BIG-Rosen……」

「ぷち、お前はいつからバテレンの言葉が読めるようになったデス?」

「インターネッツの成果テチ!
 って、そうじゃなくて! これ“偉大なる大ローゼン”って意味テチ」

「読めるだけじゃなくて意味までわかるなんて、さすがはワタシの……
 デェ? 大ローゼン?!」


 偉大なる大ローゼン

 それは、二つ前の世界から見かけるようになった、謎のキーワードだ。

 「山実装の世界」では、「大ローゼン」を名乗る者が山実装の密漁グループの暗躍を阻止し、
「実装産業の世界」では、アビス・ゲームに介入を図ろうとした。
 全く異なる世界にも関わらず、この「大ローゼン」という名称は、何故かミドリ達の目に触れる
ようになった。
 それがまた、こんな所で再び現れたのである。
 さすがのミドリも、これには驚きを隠せなかった。

「いったい何なんデス? この大ローゼンってのは?
 さすがにここまでしつこく出てくると、色々疑わしいデス」

「良くはわからないテチ。
 けど、少なくともクソドレイサンには良くしてくれてるような印象があるテチ」

「じゃあここに行けば、クソドレイの居場所もわかるデス?」

「そうかもしれないテチ!
 さすがオネーチャ、頭イイテチ!」

「デェ」

 本当ならここで照れるか喜ぶところだが、何故か今回はそういう気持ちが湧かない。
 ミドリは、何故こんな“実装石だらけの場所”に「大ローゼン」のエンブレムがあるのかが、
気になって仕方なかった。

「とにかく行ってみるデス。こっちに進めばイイデス?」

「よくわかんないけど、多分そうテチ」

 二人は、公園の方向に背を向けるように、そのアーケード街のような通路を奥へ奥へと進んで
いった。
 

 三十分ほど進んだ頃、先程まで二人が居た方向から、突然何かが迫ってきた。
 それはサイレンのような音を鳴らし、高速でやって来る。
 
「危ないテチ!」

「デギャ?!」

 咄嗟にミドリを通路脇に引き寄せたぷちは、目の前を通過していくトラックのような車両を見た。
 そのコンテナ部分には、先程見た「偉大なる大ローゼン」のロゴがある。

 それに驚く暇もなく、突如、トラック型車両が停止した。
 数メートル離れた場所で停まった車からは、警備員のコスプレをした実装石と、同じ格好を
した人間の男が降りて来た。

「おい、こいつらはまさか」

『特徴が一致しています。通報があったのはこの者の事ですね』

「おいお前たち!」

 警備員風の格好をした実装石が、偉そうな態度でズイと前に出る。
 人間の男はその後ろに立ち、まるで実装石に従っているように見える。
 タブレットのような物を持った人間は、画面と二人を交互に見つめ、改めて『間違いないです』
と呟いた。

「DWI-P134…お前がミドリか。
 そしてDWI-P135、ぷちだな」

「デェ?!」

「な、なんで私達の名前を知ってるテチ?」

 警備員風の実装石は、眉間に皺を寄せながら二人の顔を睨みつける。

「お前達については保護命令が下されている。
 さあ、この車に乗るのだ」

「デェ? こいつも似合わないコスプレデス?」

「お、オネーチャ!」

 ミドリは、またも似合わないニンゲンの格好をしている実装石と出会い、苦笑いを浮かべていた。
 だが当の実装石は、ゴホンと咳払いをすると、ミドリをキッと睨み付けた。

「我々の姿については、いずれ判る。
 とにかくこの車に乗るのだ」

「乗ったら飯食わせてくれるデス?」

「ま、まあ多分——それくらいならあるだろうな」

「ヤッター!! 乗るデス! 乗らせて頂きますデス〜!!」

「テェ……現金過ぎテチ、オネーチャは」

『GP-3128より本部へ。
 23時12分、DWI-P134とDWI-P135を発見、保護。
 これより、王宮にお連れ致します』

 人間の男が、タブレットのようなものに向かって通信を行っている。

(王宮……?)

 その内容に、ぷちは小首を傾げた。





「ご主人様」

「ん、どうした?」

「——愛しています」

「よ、よせよ。朝っぱらから。
 照れるだろ」

「すみません、つい」

「ありがとうな、マリア。
 俺も——アレ?」

「どうかなさいましたか?」

「い、いや」

 “俺も愛してるよ”と答えようとして、何故か言葉が詰まる。
 何か得体の知れない感覚が胸の中でぐるぐると渦巻き、言葉を封じたのだ。

 ここは、二階のテラス。
 大広間とも云えそうなくらい広い空間の真ん中で、としあきは白い長椅子の上にいた。
 傍に座るマリアの膝に頭を乗せ、耳掻きをしてもらっている。

 メイド服のスカート越しに伝わる柔らかな太股の感触とぬくもり、そして顔の横に乗っかる大きな
乳房の感触は、としあきを限りなく極楽に近い所へ誘っていた。
 マリアの巨乳を横目で見ながら、としあきは密かに胸をときめかせていた。

(やっぱ、マリアの胸はすげぇなあ。いったい何カップあるんだろ?
 EやFじゃあ、この迫力は出ないよなあ。
 もしかして、Gカップ?! いやそれ以上?
 あいつと、どっちがデカいんだろうなあ〜♪)

「アレ?」

 ふと、声を出してしまう。

 「あいつ」とは、一体誰のことだ?

 そんな疑問が、ふと湧き立った。

「いかがなさいましたか?」

「い、いや、なんでもないよ」

「もしかして、痛かったですか?
 申し訳ありません……」

「ぜ、全然そんな事ないって! 大丈夫!!
 ちょっと、考え事をしててさ」

 としあきの呟きに、マリアは不思議そうな表情で覗き込んだ。
 その顔は、美しさの中に幼さも内包しており、とても愛らしく思える。

「考え事? どんなことですか?」

 マリアは、としあきの手を優しく握りながら尋ねる。
 その仕草に、としあきの胸が高鳴った。

「ああ、え〜と……あれ? 何だったっけ?」

 たった今何を考えていたのか、もう思い出せなくなっている。
 どうせ大したことじゃないだろうと思い返し、としあきは、再びマリアに身を預けた。

「俺も愛してるよ、マリア」

「あ、ありがとうございます!」

 ポタリ

 としあきの頬に、滴が一滴落ちる。
 見上げると、マリアの目が潤んでいた。

「ど、どうしたんだ、マリア?」

「いえ、何でもありません。
 ただ、嬉しくて……」

「……」

「ずっと、その言葉が聞きたかった……」

 マリアの目から、大粒の涙が溢れ出す。
 その様子がとても愛おしく思え、身を起こしたとしあきは、そっとマリアを抱きしめた。





 「大ローゼン」のロゴがプリントされたコンテナトラックに乗せられ、ミドリとぷちは、地下通路と
思しきルートを移動した。
 二十分程度かかってトラックから下ろされた二人は、身なりをきっちりと整えた複数の紳士達
に出迎えられた。

『ミドリ様にぷち様、お待ちしておりました』

 黒服紳士達の中央に立つ、品の良さそうな初老の紳士が、優しい声で話しかける。
 ミドリとぷちは、予想外の展開に、思わず顔を見合わせた。

「お前達、この二人の世話を頼むぞ」

 警備員風の実装石は、そう紳士達に言い放つと、アシスタントの人間男性を導いてトラックの
中に消えた。
 呆然とその光景を見守っていた二人は、紳士達に囲まれ、手を取られる。

『さぞやお疲れでしょう。
 お部屋を用意いたしましたので、本日はごゆるりとお過ごしください』

「デ……デェ?」

「ど、どういう事テチ?
 なんでVIP待遇テチ?」

「VIP? VIPって何デス?」

「昔売ってた、生クリーム入りのチョコレートテチ」

「それが何の関係があるんデス?
 つうか、なんで仔実装のお前がそんな事知ってるデス?」

「さあ、ニンゲンサンの考えることはわからないテチィ」

「今日の夕飯はチョコレートデス?
 まあ、腹が膨れるなら何でもドンと来いデス」

 訳のわからない会話をしながら、二人は紳士達の導きで、廊下の奥へと誘導された。
 後から気付いたが、廊下は赤い絨毯が敷き詰められた白い壁と天井の豪華な造りで、壁に
均等感覚で飾られた燭台型の照明は、上品な雰囲気を作り出している。
 さすがのミドリも、歩みが進む度に、そこが普通の建物ではなく、とんでもなく特別な場所で
あることを察した。
 
 やがて二人は、客室と思われる部屋に導かれる。
 そこは、としあきの6畳アパートの十倍以上はあるだろう広さのスィートルームだった。

 寝室には大きなベッドが二つもあり、しかもそれぞれ天蓋まで付けられている。
 トイレや大きな浴室も付いており、その他の設備も充実しまくった、とんでもない豪華仕様だ。
 老年の紳士は、「明日の朝、10時にお迎えに上がります」と告げ、退室する。
 その他の若い紳士達も、二人から食事や必要品の要望を聞くと移動していった。
 入れ替わるように、今度は複数の若いメイド達が入室し、二人の世話を買って出る。

「な、なんという素晴らしい接待!
 こんな高待遇は、生まれて初めてデッスン♪」

「テ、テチャア!
 仮にもエロメイドなのに、メイドさんのお世話になっちゃったテチィ!」

 着替え、風呂、食事など、メイド達は手馴れた無駄のない動作で、ミドリとぷちを充分に持て
成していく。
 一時間ほどで一通りのことを終えると、メイド達は静かにかつ速やかに退室した。
 時計は既に日付が変わっていたが、あまりにめまぐるしい出来事の連続に、二人は眠気を
感じる暇すらない。

 いつもの衣服は、メイド達に回収されクリーニングをかけられている。
 そのため、二人はバスローブを纏い、柔らかなソファーの上でくつろいでいた。

「何がどうなってるデス?
 あいつら、ワタシ達の名前を知ってたデス」

「ここも、大ローゼンの人達の建物テチ?
 王宮と言ってたけど、そことは違うテチ?」

「さぁ〜何が何だかわからんちんデス。
 それより、せっかくいいベッドを用意してもらったデス。
 とっとと眠るデス〜」

 そう言うと、ミドリは大きくジャンプして、ベッドにダイブした。
 ボフッ! と軽快な音がする。

「?!」

「ん? ぷちどうしたデス?」

「え、えっと……目の錯覚テチ?
 今、オネーチャが空飛んだみたいに見えたテチ」

「んなわきゃねーデス。
 ぉほおぉぉぉ♪ なんというフンワリ体感デス!
 ぷち、お前も早くベッドインしてみるデス!」

「テェ?
 ——きゃあ! 本当テチ!
 うわぁぁ、やわらかーいテチィ♪」

 ふわんふわんな布団に包まれ、二人は瞬時に幸福な気分に満たされる。
 数々の疑問も頭から消え失せ、加えて今までの疲労が一気に襲い掛かり、ミドリとぷちは
あっと言う間に深い眠りに就いてしまった。




「——DWI-P134とDWI-P135の所持品分析が完了しました」

 先ほど、ミドリとぷちの世話を行ったメイドの一人が、薄いファイルを一枚差し出す。
 “背の低い女性”は、それを受け取り目を通すと、短く舌打ちをした。

『この分析結果は、よそに伝えてないですよね?』

「はい、真っ先にエルメス様にお渡ししました」

『結構。
 この内容に関しては、分析班に緘口令を敷きなさい。
 以降、私やエメラルデス様の指示があるまで、社内でも決して口外しないように』

「かしこまりました」

 メイドが退室すると、エルメスは再びレポートファイルに見入った。



“DWI-P134 MIDORI
 ・TYPE:UNIDENTIFIED ENTITY.

 衣服、頭巾の裏側に「最重要警戒態」と同様の斑紋を確認。
 毛髪の構成、体表分泌物の構成、各種反応、共に「最重要警戒態」サンプルと同様の反応あり。

・警戒レベル:C(未覚醒状態の可能性89%)

・備考:
 最重要警戒態と同様、突然変異個体と推測されます。
 現状、その行動からはカオス化の兆候は確認できず、無自覚の状態にあるものと思われます。
 しかし、斑紋が発生している以上身体も既に変貌しているため、個体の自覚の有無に関係なく、
実害発生の前に「追放」を前提とする対応を考慮するべきとご提案いたします。

 大ローゼン本社科学ラボ 責任者:蔵納戸”



『もう一人は——ふむ』

 レポートを近くのテーブルに投げ捨てると、エルメスは飲みかけのグラスを取り、中身の液体を
一気にあおった。

『うーっ。
 ぬくまったコンペイトウカクテルって、美味くないもんだな』

 三ツ口の端を白い絹のハンカチで拭うと、エルメスは椅子から立ち上がった。





「——ご主人様」

「ま、マジかよ……?」

「はい、私は——身も心も、ご主人様の物です」

「……」


 ここは、館の寝室。
 大きな天蓋付きベッドの上では、寝そべるとしあきと、その脇に佇むマリアの姿があった。
 マリアはメイド服を脱ぎ、下着姿になっている。
 薄暗がりでもはっきりとわかるくらい、マリアの目は潤んでいた。

 心臓が、激しく鼓動する。
 その意味を、としあきはこれ以上ないほどに理解していた。
 しては、いた。
 だが——まるで金縛りに遭った様に、動けずにいた。

「あ、あのさ、マリア」

「はい」

「あの、そのなんだ、俺達、そういう関係なの?」

「ご主人様……私は、貴方に永遠の忠誠を誓っています。
 ですから、貴方が望む通りに——」

「え、え〜っと、でも……」

 身体の一部は、正直すぎる程に反応している。
 ベッドに投げ出した身体も火照り、雰囲気だって最高に盛り上がっている。
 まして、目の前のマリアは、他のあらゆる女性が霞むほどに美しく、そして気高い。
 それが、今にもブラを外し、その大きな乳房をまろび出そうとしているのだ。
 にも関わらず、としあきは全く動けずにいた。

 拘束されているのではない。
 ただ単に、ビビっているのだ。

 これまで、なし崩し的に体験したエロい展開は何度かあったが、本格的に経験するという
シチュエーションは未経験だった。

 というか、そのものズバリ、としあきは「 童 貞 」だ。
 女性とまともに触れ合ったことなどなく、そんなチャンスすら皆無だった。


「あ、アレ?」

 そこまで思った瞬間、としあきは、強烈な違和感に襲われた。


「いかがなさいましたか? ご主人様」

「君、誰?」

「えっ?」

「ミドリは、ぷちはどこにいる?」

「……」

「マリア?
 って俺、マリアなんて人と会ったこと、今までないぞ?
 それに、ここ何処なんだよ?
 俺は確か、海藤の世界から移動して、それから——」

「……また、もう一度」

「へ?」

 マリアが、悔しそうな表情を浮かべる。
 その瞬間、周囲が凄まじい閃光に包まれた。
 余りの光量に、としあきは無意識に腕で顔を覆ってしまう。
 

「ぐぁ?! な、なんd……」














 いつの間にか眠り込んでいたとしあきは、寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がった。
 柔らかなベッドから身を起こし、周囲を見渡すと、そこは白い壁紙の張られた寝室だった。
 大きな窓には白いカーテンがかけられ、朝の柔らかな陽射しが室内に差し込んでいる。
 フローリングに足を着くと、としあきはスリッパを履き、軽く背伸びをした。

 外は良い天気のようで、気分もすごく爽快だ。
 カーテンと窓を開けると、爽やかで新鮮な風が、優しく吹き込んできた。

「おはようございます、ご主人様」

 不意に、背後から声をかけられる。
 としあきは振り返り、少し照れくさそうに微笑んだ。

「やぁ、おはよう。
 今日もいい天気みたいだね」

「はい、とっても素敵なお天気です。
 今日も、きっと良い日になりますよ」

 そう呟きながら、マリアは、パジャマ姿のとしあきにそっと寄り添った。
 温かな肌のぬくもりが、衣服を通して伝わってくる。
 大きな乳房の感触が肘に当たり、としあきは思わず口元を緩めた。


「ご主人様、愛しています——」

「ああ、俺も……」



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2014年10月更新以来、約十年という間を空けての続きとなります。
無沙汰にも程があり、誠に申し訳ありませんでした。
今回は全8エピソードとなり、順次続きを投稿してまいります(本編は完成済み)。


実は前作「実装産業の世界編」執筆完了直後、本作はACT-6まで完成しておりました。
しかし、書いた本人が「これ実装スクとしてアップしていいのか?」と思うような内容と
なってしまった為、長い間投稿を躊躇っておりました。

代わりに拙作サイト「敷金大遁走(※現在公開終了)」のみのアップにすることも検討して
おりましたが、なんとそこのサーバがサービス運営を終了してしまった為、これも
ままなりませんでした。
結果、今まで放置していたというのがぶっちゃけたところです。

今回、久々に白保を見に来たら、拙作にご反応を頂けていたのを確認したため、
長い間眠らせていた本作に十年ぶりの追記を行い、完成させた次第です。


そんなわけで、実装スクとはかなり毛色の異なる内容となりますが、一応これまで
投稿してきた作品の続きということなんで、今更ではありますが公開させて戴きました。

「じゃにじそ」をまだ覚えていてくださる方がもしおられましたら、宜しかったら
是非お付き合いくださいませ。


敷金


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