■ ピンポーン。ピンポーン。 「ジッソーハピネスですー。納品お願いしますー」 「はいはーい……」 双葉は眠い目をこすりながらドアを開け実装石で満載のケースを受け取った。まだ朝。9時半。 いくら契約に納得しているとは言っても、こんなに入荷が不安定だとは思わなかった。 一日おきの時もあるし、週に一回か二回だけの時もある。時間も夜だったり朝だったり。 実装石の納品は本当にランダムだ。時間もだが、その数も、質も。 けれど、食べていける。贅沢をしなければ、生活できる収入だ。 双葉は新卒で早々にドロップアウトしていた。失業手当はとっくに尽きた。 コミュ障でバイトも長続きしない。なるべく外に出たくない。接客とかしたくない。 そんな双葉が唯一続いている仕事だった。 デジャアアアアアアア!! デジャアア!! デギャアアアアアア!! 狭いテチ! いっぱいいる糞蟲が邪魔テチ! 皆殺しテチ! ワタチ以外みんな死ねテチ!! 高貴なワタチに食べられて喜ぶテチ! モグモグテチ! 早くウンチを片付けるテチ! 風呂はまだかテチ! 金平糖を持ってくるテチ! 寿司もステーキもないテチ! クソニンゲンひざまずくテチ! 殴ってやるテチ!! ケースを軽く開け、チラ見する。糞蟲たちの威嚇がやかましい。大丈夫、部屋の壁はそこそこ厚い。 検品OK。というか、今まで突っ返したことはない。それで仕事を失うことが怖かった。 「よろしくお願いしますー」 ジッソーハピネスに委託された業者が去った。 今日の実装ケースの中は仕切りがなかった。 個別に収納ではなく、30匹が一緒くたに入っている。雑な業者だった。 ケースの隅や床にはすでに死んでいる実装が何匹も。 糞を塗りたくられていたり、共食いの形跡もあった。 デジャアアアアアアア!! デジャアア!! デギャアアアアアア!! 邪魔テチ! お前死ねテチ!! 食いちぎってやるテチ!! ウンコ食えテチ! クソニンゲンにみんな殺してもらうテチ! 服が汚れたテチ! さっさと着替えを持ってくるテチクソニンゲン!! 「糞蟲だなあ」 双葉の呟きに、糞蟲たちがますます激高し、威嚇を繰り返す。 双葉は椅子から立ち上がり、険しい顔で糞蟲たちを見下ろした。 それだけでかなりの圧を与えることができる。 エンピツサイズからせいぜいペットボトルサイズの実装たちにとって、ニンゲンがいかに巨大で恐ろしいか。 まずはそこから。 「ねえ。お前たちが元野良だったか飼いだったかは、もうどうでもいいんだ。 簡単に説明するね。これから、糞蟲は処分する。それ以外は飼い実装になれる」 テチャ? テチュ? 飼い実装テチ? ワタチはもともと飼い実装テチ。 飼い実装、というワードに反応した。 実装特有の幸せ回路が、処分という言葉をスルーしていることを強く感じた。 テッチィ! テチューン! クソニンゲン! 早くワタチを迎えに来るテチ! ここは狭くて臭くて最悪テチ!! お前でもいいテチ! ワタチのミリョクにメロメロになってさっさとドレイになるテチ!! 糞蟲が媚びだした。 糞食いの、共食いの汚らしいミツクチを笑顔のかたちに歪めて。 テッチュ! テチューン! 飼い実装テチュウ! 寿司とステーキと金平糖持ってくるテッチュウン! 「馬鹿だなあ」 仕事に必要だから、双葉はリンガルを常にONにしている。 いつ納品が来るかも分からないので。 リンガルで実装たちに言葉が伝わることはありがたいが、ほとんどの実装は糞蟲なので、 言葉が通じることと意味を理解できることの境界はまるで奈落のように深い。 これはかなりのストレスだった。 しかも、リンガルのせいで実装たちのつまらない妄言の数々も聞かねばならない。 「ねえ、今媚びた奴は糞蟲だね」 テチュ!? おあいそは可愛いはずテチ!? 「糞食いも共食いも糞蟲だよね」 テヒャアー!! 糞蟲を食べるのは権利テチ!! けれど、慣れだ。 それに、最近少し楽しく感じることも増えてきた。 「糞蟲は処分。処分って、殺すって意味だよ」 テヒャアアアアー!! テッチュウーン!! クソニンゲン! お前なんか返り討ちテチ! 怖かったら謝るテチ!! 今なら土下座してウンチ舐めれば許してやるテチ! 来るな来るなテチ! やめやめやめテチ! 双葉は両手に錐(キリ)とトングを装備した。 ブス。ブス。ブスブス。 テギャッ。 ヂッ。 ギャピッ。 さしあたって明らかな糞蟲たちの脳天から、錐をぷすぷすと刺して殺した。 死体はトングで掴み、すみやかに市の指定の実装ゴミ袋に放り込む。 「あはあー」 楽しい。すっきりする。 殺されたテチ!? 話が違うテチ!! 飼い実装になるテチ!! ニンゲンはギャクタイハだったテチィ!! 糞蟲が喚く。もう飽きるほど見た展開だった。 双葉はケースの中の糞蟲を一気に半分以上処理して、ニンゲンの圧倒的な武力を見せつけた。 ほぼすべての実装がパンコンしている。 もともと臭かったが、ケースからの悪臭はさらにたいへんなことになった。 「今からテストするね。糞蟲なら殺す。糞蟲じゃなければ飼い実装ね」 ■ 双葉の仕事は、表向きは保護実装や捨て実装の里親探しだった。 そんなはずがないだろう。 実態は、こうだ。 行政の管理からあぶれた実装をNPOが担当し、下請けの個人事業主と契約して、 毎日毎日、ケースに満載の実装を送り付けている。 表向きには保護実装だ。即処分などしていたら、市民の覚えが悪い。 いくらかの工程を経て、結果いなくなってくれればそれでいいのだ。 下請けの個人事業主である双葉は、納品された可哀想な実装ちゃんの行き先を決めてあげる。 まあ、出荷か廃棄かの判断だ。しかも、どちらにせよ、双葉がしなければならない。 汚ない仕事はいつも末端に押し付けられ、安く買い叩かれる。世の常だった。 テヒャアー。 テッチュ! テッチュウ! テチャアア。 テストって何テチ? ワタチは高貴テチ。糞蟲じゃないテチ。 飼い実装にしてテチ! 「めんどくさいなあ」 ブス。ブス。ブスブス。 デギャ。 デジャアア。 ヂャ。 双葉は錐を次々と刺す。死んだ実装をトングで掴んで実装ゴミ袋に入れる。それを繰り返した。 とりあえず、何か喋っていた糞蟲をぜんぶ殺した。 ケースの中の実装の生き残りはわずか四匹になった。 生き残りたちは皆怯えきっていて、いまだ一言も発せず、糞蟲かどうかも分からない。 「しまった」 テストどころではなかった。 うるさい糞蟲をみんな殺してしまったので、このままだと全部廃棄にしてしまう。 それはまずかった。 ネットで検索した噂だと、あまりにも廃棄率が高すぎると契約を切られてしまうという話だ。 「じゃあ、残りは出荷ね」 双葉はそう言うと、メルカリの封筒の在庫を引っ張り出し、生き残りの実装を梱包し……。 「3つしかなかった」 ヂッ。 一匹を錐で刺して殺した。 三匹の実装が入ったメルカリの紙封筒は、飢えた実装に一切餌も与えられないまま、 ジッソーハピネスの業者が来た時に「出荷」される。 廃棄27。出荷3。 ■ ピンポーン。ピンポーン。 「ジッソーハピネスですー。納品お願いしますー」 「はいはーい……」 イゴイゴ蠢く30匹の仔蟲たち。今回はちゃんと個別に仕切られていた。 立ったまま身動きもできないくらいの待遇だったが。これが行政の考える愛護だ。 双葉は錐とトングを持って仁王立ちして、ニンゲンの怖さをアピールする。 すでに死んでいたのは4匹。話が早い。死んだ実装だけが良い実装なのだ。 「今からテストするね。糞蟲なら殺す。糞蟲じゃなければ飼い実装ね」 26匹の仔蟲たちはそれぞれ個別に隔離され、同属の鳴き声こそ聞けどそれぞれ別々に孤独だった。 なので、どちらかと言えば今回は双葉の言葉をちゃんと聞いた。 「まず、媚びたら糞蟲。許可なく喋るのも糞蟲。わたしの質問にだけ答えなさい」 テチュウーン。 ワタチは糞蟲じゃないテチ! 今すぐ飼い実装にするテチ!! ブスっ。 ヂッ。 お約束だが、糞蟲はすぐに脳天から刺されて死に、ゴミ袋行きになる。 ほかの実装たちはそれを見ていた。聞いていた。 だから、今回のテストは簡単に済むと、双葉は期待した。 テプププ。 実装の嘲る笑いがあちこちから聞こえた。 糞蟲が死んでせいせいしたテチ。糞蟲が混じっているとワタチまでとばっちりテチ。糞蟲は死ねテチ。 「ああー」 めっちゃ糞蟲だった。双葉はすぐに無駄口を叩いた糞蟲を特定して、4匹を殺した。 テヒャアーー!! テジャア!! あえて見せしめのように殺したので、ほかの実装たちに恐慌が起こる。 もう本当に面倒臭い。うるさいし、漏らした糞の臭いがもうすごいし。全部廃棄してやろうか? けど、今は昼下がり、昨夜は珍しく熟睡できた。少し余裕があったので、テストを続けることにした。 「飼い実装に相応しいかの質問だよ。全員答えること」 「ひとつめ。飼い実装になって、絶対にしてはいけないことは何ですか?」 テッチ。 テチャア。 チャアアア、 テヒャアー。 クソニンゲンに上下関係を勘違いさせることは絶対にダメテチ。クソニンゲンはすぐに増長する糞蟲テチ。 トイレでウンチをしたら舐められるテチ。ウンチは塗りたくって投げつけて教育してやるものテチ。 飼い実装になったことがないから分からないテチ。ニンゲンサンは怖いテチ。 ママが来たら殺されたテチ。託児でみんな飼い実装になったはずなのに、こんなの絶対おかしいテチ。 質問に答えてない実装がいる。双葉は構わず続けた。 ログは取ってある。見返して今後の役に立てばいい。 「ふたつめ。カナシイコトについてどう思いますか?」 テッチ。 テチャア。 チャアアア、 テヒャアー。 糞蟲を間引くのは当たり前テチ。何がカナシイのか分かんないテチ。おいしかったテチ。 ママは糞蟲だからすぐ狂うテチ。3女チャンに成りすまさなかったら死んでたテチ。糞蟲テチ。 きょうだいを殺しちゃいけないテチ。悪い子だって殺してたらきっと誰も生き残らないテチ。 蛆チャンを食べたのはワタチじゃないテチ! 次女チャンテチ! ワタチを食べちゃいけないテチ! 「みっつめ。共食いをしたことはありますか?」 テッチ。 テチャア。 チャアアア、 テヒャアー。 質問の意味が分からないテチ。食事にフードも金平糖も糞蟲も関係ないテチ。 共食いはおいしいテチ。みんな餌探しなんて止めて共食いすればいいテチ。 ないテチ! ないないテチ! それは絶対にやっちゃいけないことテチ……。 蛆チャンは食べてもいい共食いテチ。そう決まってるテチ。これからも食べたいテチ。 「さいご。あなたの望みは何ですか?」 テッチ。 テチャア。 チャアアア、 テヒャアー。 当然、クソニンゲンをメロメロにしてセレブでラグジュアリーな飼い実装になることテチ! その資格があるテチ!! 目の前のぜんぶワタチのウンチの色に染めたいテチ。ワタチの縄張りテチ。そこでワタチは最強になるテチ! ママにまた会いたいテチ。でもママはもう死んでていないテチ。死んだらママに会えるテチ?(パキン) 蛆チャンをいっぱい持ってくるテチ! 蛆チャンをプニプニして食べるテチ! 蛆チャン大好きテチ!! 「そっかー」 双葉は全部の実装に同じ質問をし、回答を聞いた後、ほぼ全てを刺し殺した。 なんと、まだ話は続く。 ■ ピンポーン。ピンポーン。 「ジッソーハピネスですー。納品お願いしますー」 「はいはーい……」 「あのさー。ミドリ」 「デス」 キッチンの床にある実装ケースの3つのうちの一つの中の、成体実装ミドリに双葉は話しかけた。 納品の実装ケースは本当にゴミとして困っていた。業者も回収してくれないのだ。 この地域では、燃えないゴミは月に一回きり。 がんばって捨ててはいたが、残った3つのうちの一つの中に、双葉の飼い実装、ミドリはいた。 「糞蟲、選んでよ。今日は二日酔いでダメなんだ」 「デッスゥ」 嫌デス。 嫌デス。ご主人様がやるデス。それはワタシの仕事じゃないデス。 きっぱりと断るミドリ。 双葉は「そっかあ」と少し肩を落とした後、 「死ね!」 「デギャ」 つま先で手加減なしの蹴りをミドリに見舞った。 ミドリは死にはしなかったが、実装ケースの中を3回ほどバウンドした。 鼻から口から血を流し、禁じられてるはずの脱糞をしながらうつむいてゼエゼエと息をついているミドリ。 「うんこ漏らしたね。後でおしおきだね。何でわたしに逆らったのか言い訳でも聞こうか?」 錐とトングを持つ双葉。 脅しではない。めちゃめちゃに刺して、トングで掴んで投げて、壁や床に叩きつけて、 それを追いかけて、さらに刺して。 ミドリはデギャデギャと血涙を流し泣き喚き、これ以上刺さないでと両手で顔をかばっている。 「うるさいなあ」 双葉は構わずミドリの左目を錐で刺し貫いた。えぐり出した眼球を踏み潰し、荒く息をついた。 「何で、ご主人様に逆らったの?」 改めてミドリに問う双葉。 同属を選別する重圧が怖かったから? そんなニュアンスをこめつつ圧をかけたが、しかし。 「デスデスデス」 ご主人様は実装潰しを楽しんでいるデス。だからでしゃばらないデス。ていうか手伝うのは疲れるし面倒デス。 脂汗を垂らし、なんなら少し血涙を流しながらミドリはそう言った。正直か。 はいはいわかった。同属とか情とか一切なく、面倒だってこと分かった。 「三週間しか飼ってないのにこれかー。飼い実装気取りは本当に糞蟲になるよね」 ミドリ(7代目)はわりと見どころがある子だった。けど、ふと気づけばこうだ。 結局毎日ケースの中でフードを食べ、ウンコするだけの成体糞蟲だった。 「もう餌も水もやらない。そこでひからびて死ね」 「聞こえてた? 同じこと、グリンに聞きたいんだけど」 二つ目のケース。グリンは飼って一月目の仔実装だ。 毎日怯え、ガタガタと震えている。痩せ細って小さく、まるで親指のようだ。 「テッチュ」 選べないテチ。選べないテッチ。ワタチが選ぶと、オトモダチが死ぬテチ。 真っ青になってうつむいて、頭を振っている。 「いいんだよ。全部助けても。けど、その中に糞蟲がいたらもう全部終わり。 わたしはもう二度と仕事できないし、食べていけないし、グリンも死ぬけど」 「テッチュッ」 「グリンはさ、糞蟲じゃないし実装なのに頭いいよね。だから、教えて欲しいんだ。 わたしが処分するのは糞蟲だけ。ねえ、どれが糞蟲に見える……?」 グリンの頭と髪と喉を撫でながら、双葉は猫撫で声を出した。 しばらくして、グリンは30匹の納品実装の18匹を指さして、双葉を見上げた。 「うん。わたしの見立て通り。グリンは優秀だねー」 「じゃあ糞蟲の18匹は殺すから。そうだ、功労者のグリンの目の前で、処刑ショウを開催しよう!」 グリンの偽石が少し曇る。 とっくに摘出されて双葉の自室の中にあることはグリン本人は知らない。 まだ真っ黒にはしない。ちょっと弄った程度で崩壊なんてさせない。 ■ ピンポーン。ピンポーン。 「ジッソーハピネスですー。納品お願いしますー」 「はいはーい……」 繰り返す毎日。 収入はある。ご飯も食べれてる。なのに。 「ミドリ」 声をかけるが返事はない。そうだ。わたしが殺したんだった。 なにも殺すことはなかった。本当に後悔している。 ミドリは珍しく賢くて。わたしを諫めることさえしてくれたのだ。 「グリン?」 もう一匹の名を呼んだが返事がない。 ああそうだ、 わたしが癇癪を起こして殺したのだ。 わたしが悪い。 何もかも、ぜんぶ、わたしが悪い。 三つ目のケースは特別だった。 わたしにとって特別だった実装のなきがらが入っている。 歴代のミドリ七匹、 グリン四匹、 「ミドリ」 返事はない。 「グリン」 返事はない。 「わたしは、どうしたらいいのかな」 たまたま、たまたまだが、 今現在、わたしにはミドリもグリンもいなかった。 わたしは、ひとりぼっちだった。 ■ 納品された30匹を全て錐で刺して殺して、 わたしは声を上げて泣いた。 @ijuksystem
1 Re: Name:匿名石 2024/09/08-04:23:13 No:00009322[申告] |
一見地獄の獄卒に見えた双葉は糞蟲を潰す賽の河原に居るのかも知れない
救いの糸は欺瞞だ求められているのは人間社会のシステマチック |
2 Re: Name:匿名石 2024/09/08-04:49:58 No:00009323[申告] |
こんなんでいちいち悩んだり泣いたり壊れたりするのは
双葉クンがまともな人間である証拠よ 俺ならチャイルド・プレイのチャッキーもドン引きするような陽気さで 糞蟲どもを歌いながらハサミで切り刻むわ |
3 Re: Name:匿名石 2024/09/09-07:42:12 No:00009325[申告] |
ダメだ…こんな仕事してたらおかしくなる… |
4 Re: Name:匿名石 2024/09/09-19:44:28 No:00009326[申告] |
狂人にはなり損ねたって感じがね
言葉が通じるからって心が通じる訳ではない ましてや実装石なんぞに可能性を見るなんて |
5 Re: Name:匿名石 2024/09/11-03:19:23 No:00009328[申告] |
新卒ドロップアウトした程度の細い神経で実装虐殺できるわけない |