時期は冬。公園の門前で二匹の実装石が佇んでいた。一匹は成体で、もう一匹は仔実装だ。二匹は親子だった。 「……ママ」 「……ゴメンデス。着いてくるデス」 我が子に促される事で親が我に帰り、呆然と門を見上げるのをやめて公園へと歩きだす。 二匹は成体の歩幅一歩分の間を開けて門を潜り公園内を歩き続ける。 「………やったデス。やっと辿り着いたデス!オロロ~ン!」 感極まった親が足を止め、血涙を流しながら声を上げて泣く。 二匹は渡りを成し遂げたのだ。 一説には達成率小数点以下と言われる偉業を二匹は成し遂げたのだ。 「ママァ~~!」 「やったデス!よくやったデス!頑張ったデスゥゥゥ!」 抱き合い歓喜の涙を流しながらお互いを称え合う。 ここに来るまでは苦難の旅路であった。 慢性的な食糧不足により荒れ果てた元いた公園を後にしてからの一ヶ月間、一家は同族に、人間に、動物に、天候に、ありとあらゆるに翻弄されながら一匹、また一匹と数を減らしながらようやく目的地である隣街の公園へと辿り着いたのだった。 その代償として公園を出発した時に十匹いた仔実装も三女一匹を残して全滅している。 不慮の事故、襲撃で死んだもの、体力の尽きたものや怪我を負ったものを見棄て、驚異から逃れるために生け贄にされたもの。 死因は数多だが、一匹でも残ったのだから行幸という他ない。 苦難の旅を乗り越えた二匹には一時ながら歓喜の喜びにうち震える資格があった。 「お前達、何者デス」 突然声を掛けられ、慌てて振り向くとそこには見知らぬ成体の実装石が佇んでいた。恐らくこの公園の先住民であろう実装石の髪は砂や埃を噛んで痛んでおり、服は所々破れておりあちこちも血や土等で汚れている。 なんということはない。野良としては標準的な実装石だ。 「あ、怪しいものではないデスッ!ワタシ達は隣の公園から渡りをしてきたんデスッ!」 親が先住実装へと慌てて説明する。 余所者が無礼な態度を取るなど言語道断であることはあまり賢くない親実装でも理解していた。 その言葉に先住実装はほぅと驚いた様子。 渡りを敢行し、ましてや成功するものなど短い実装石の生涯で見る事などまず無い。 そんな存在が目の前に現れたのだから驚くのは当然だ。 「それは随分とご苦労デス。折角だからワタシの家に招待するデス。お話を聞かせてほしいデス」 「も、勿論デスッ!けどその、その代わりに…」 「ゴハンデス?大丈夫デス。御馳走するデス」 「ゴハンテチャァァ!」 ゴハンという言葉に今まで沈黙を保っていた仔実装が喜びの声を上げる。 何せこの親子は丸三日何も食べていなかったのだ。 「ワタシのお家はあの茂みの奥にあるデス。早速行くデス」 「ママッ!ママッ!早くするテチッ!」 言いながら仔実装が疲れを忘れたかのように親の手を引き進んでいく。 「慌てちゃダメデス。失礼のないようにするデス」 「ゴハンー!ゴハンー!テッチャァァァ!」 制止されながらも上機嫌の我が子に親もつい口許が緩む。 思えばこの子には苦労を掛けっぱなしだった。 産まれて間も無く愛護派が姿を消し始め公園が餓え食うや食わずの毎日。甘いものなど一度も口にした事がない。 そして挙げ句は公園以上に死と隣り合わせの渡りの敢行だ。 姉や妹が次々と命を落とす中で本当に頑張ってくれた。 恐らく自分一匹ではここに辿り着く前に死んでいただろうと親も思う。 この仔のおかげで渡りをやり遂げる事が出来た。 そう思うと、力強く手を引っ張る背中が本当に頼もしく思えてくる。 心が満たされ始め、ふと気になる事が生まれた。 この公園は静かなのだ。 といっても時期は冬。餌の収集率が落ちる季節の上に愛護派の姿もなく、外を遊び歩かせる実装石などいるはずもない。何の変哲もない日常と言えた。 だが親は先住実装に質問する事にした。 「さっきから視線を感じるデスけど、どうしてみんな出てこないデス?」 気付いたのは先程からだが、自分達は誰かに見られている。 恐らく他の先住実装達だろうが、最初に遭遇した一匹以外は姿を表そうとしない。 その事が奇妙に思えてきたのだ。 「考えなくても解るデス。見ず知らずの誰かを相手しようなんて物好きくらいのもんデス」 「なるほどデス。確かに怖い同族だったら嫌デス」 「まずは伺うんデス。…今と思う機会を」 親のデギャァァァァァァァァァァ!という悲鳴に仔実装は振り返った。 見れば先程の先住実装が親の首筋へと歯を立てているではないか。 噛みつかれた親の首筋からは噴水のように血が吹き出し、一目で重症なのが理解できた。 「ママァァァァァァ!」 「デヒャヒャヒャヒャ!馬鹿な親で助かったデスゥ!」 くず折れる親を前に先住実装が涙を流して大笑いしている。 何が起きたの?ママに何があったの?自分達は楽園に着いたんじゃなかったの? 一瞬のうちに様々な疑問が脳裏をよぎる。だがそのどれもに答えはない。 「逃げる…デス……」 首筋を押さえ、フラフラになりながら親実装が告げる。 「逃げるデスゥゥゥ!」 「…っ!テチャァァァァァァァ!」 再度掛けられた声で我に返り、進んでいた茂みへと走っていく。 逃げなきゃ。逃げなきゃ。何が起きたのか分からないけどとにかく逃げなきゃ!でないと自分もお姉ちゃんや妹達と同じになっちゃう! そんな恐怖から必死に走る。 だがその足も成体からしたら酷く緩慢なものだった。 「逃がさないデ~ス♪」 あっさりと先住実装へと捕まり摘まみ上げられてしまった。 先住実装は醜悪な笑みを浮かべながらよだれを滴らせる。 いとも容易く獲物が手に入ったのだ。喜ぶなというほうが無理であろう。 「な、何をするデス…!?約束したデス。お話して、ゴハンをくれるって…」 「嘘に決まってるデ~ス!馬鹿な親で助かったデスゥ♪」 首筋を押さえ、満身創痍のままに立つ親に無慈悲な言葉が投げ掛けられる。 「お前こそどうしてここが楽園と思ったデス?そっちの方が疑問デス」 「だって…ワタシ達の公園は餓えてて……お隣さんでも…家族でも殺し合いが始まってて…」 「それとこことは関係ないデ~ス訳分かんないこと言うなデ~ス」 舌を出して挑発しながら言う先住実装の言葉に親実装は言葉に詰まった。 渡りの先には楽園が待っている。それが根拠のない願望であったことに今更気付かされたのだ。 その事に気付き、項垂れる親をひとしきり笑った後、先住実装はしんみりと語り始めた。 「ワタシにも娘がいたデス。誰よりも可愛い。どの仔よりも可愛いワタシの宝物だったデス…でも食べられたデスッ!ニンゲンが来なくなって!食べ物がなくなって!殺し合いが始まってから!ワタシの目の前でっ!ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃって!痛いって言いながらっ!助けてって言いながら食べられたデスッ!」 「デ…ヘ……」 「ここは楽園じゃないデスッ!ここは地獄デスッ!でなきゃこんな事、起こるはずがないんデスゥゥゥゥゥ!」 突然血涙を流しながら吠える先住実装の言葉に絶句する。 ここは楽園じゃなかった。ここは自分達がいた公園と何一つ変わらなかったのだ。 「だから…これもありきたりな事なんデス…」 そう言って先住実装が仔実装を両手で抱き抱える。 「っ!ま、待つデス!」 「四日ぶりの飯デスゥゥゥゥゥ!」 そう言って仔実装の左足から脇腹近くまでを一気に貪った。 「テジュワァァァァァァァ!」 「さ、三女ぉぉぉぉぉぉ!」 「旨いデスッ!旨いデスッ!仔供のっ!プリプリの仔供の味デスッ!我が子の味デスゥゥゥゥゥ!」 三者三様に半狂乱になって叫び始める。互いの声など誰も聞いていない。 「娘…娘デスゥ…食べられちゃった娘デスゥゥゥゥゥ…今度は、今度はママが食べてあげるデスゥゥゥ!どうせ食べられるならママが食べてあげるデスゥゥゥゥゥ!そうしてまたワタシの仔として生まれ変わるデスゥゥゥゥ!」 「テジャァァァァ!やめテチッ!オバチャン食べないでテチッ!ワタチを食べないでテチィィィィ!!」 「三女ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「デシャァァァァ!またワタシの仔を奪う気デスねっ!そうはいかないデシャァァァ!」 親実装の顔面へ先住実装の拳がめり込む。とても絶食状態の続いたものとは思えない力強く鋭い一撃だった。 「デギュワァァァァ!」 「デシャァァァァァ!ワタシの仔は誰にも渡さないデシャァァァァァ!」 「テチュヴェェェェェ!」 もんどり打って倒れる親実装に威嚇する先住実装は半狂乱だった。 もはや現実と虚構の区別が付いていない。 そんな状態のまま半分残っていた下半身を噛み千切る。 「テジャァァァァァァァ!!」 「返してデス…ワタシの…ワタシの三女…」 「ワタシのデシャァァァァァ!」 なおも引き下がらない事に業を煮やした先住実装は更にその顔面を踏みつける。 何度も、何度も、何度も。餌となった仔実装を振り回しながら踏みつけていく。 それは親実装が力尽き、抵抗出来なくなるまで続いた。 「デシャシャシャシャシャシャ!ようやく娘を取り戻したデスゥ!これからワタシは娘と幸せに暮らすんデスゥゥゥ!」 既に上半身だけとなり事切れた仔実装を振り回しながら絶叫する。 そんな狂乱の宴の外から様子を窺っていたもの達がまだ僅かに息のある親実装へとにじり寄っていく。 親と子。苦難の渡りの報酬は新たな公園で過ごした五分間であった。 時に渡りの成功率は小数点以下の確率と言われている。 だが最も恐ろしいのはその小数点以下の確率で辿り着いた先がより深い地獄である可能性を確認できないことであった………。 ──なんとなく渡りは道中の脅威ばかり注目されてばかりに思ったのでゴールした後を書いてみたデス
1 Re: Name:匿名石 2024/08/28-21:39:46 No:00009304[申告] |
出発も地獄
道中も地獄 到着後も地獄 冬に飢えてるこの公園の行く末も… |
2 Re: Name:匿名石 2024/08/29-10:19:21 No:00009305[申告] |
逃げた先に楽園なんざありゃしねえのさ(逃げなくてもない) |