タイトル:【虐怪】 想い
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作者:特売 総投稿数:41 総ダウンロード数:431 レス数:3
初投稿日時:2024/07/28-17:35:25修正日時:2024/07/28-17:35:25
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想い


テチテチ…テチテチ…

昼でもうっそうとした薄暗い森の中を仔実装の声がかすかに響き渡る

親とはぐれた仔が本能的に出す鳴き声は一刻も早く見つけてもらうるように
良く通る独特の発声をしている

だがこれは親に見つけやすくする一方で
あらゆる天敵を引き寄せてしまう

仔実装もその危険性は頭では理解していても
孤独と不安から声を出さずにはいられないのだ

どうしてこんな事になった?

何時もの通り巣から親と一緒に餌探しに出掛けただけなのに…

その日に限って天敵と鉢合わせてしまったばかりに

大きな体躯と牙と爪
その圧倒的な力の差にただ逃げるしか方法が無かった

過去にも何度か遭遇し
その度に姉妹の誰かが犠牲となり
残ったのは自分だけとなっていた

親と一緒に無我夢中になって駆けたのだが
気が付いたら自分だけになっていた

しかも今まで一度も来たことのない場所で巣がどこにあるのか
見当も付かなかった

幸いなことに天敵が追って来る気配はしなかった
ただ一匹だけという孤独が仔実装を苛んだ

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親とはぐれてからどれだけ歩いたのか分からないが
何時の間にか森を抜け
開けたところに出てしまった

もう歩き詰めでへとへとになり空腹感もするようになったので
近くの茂みに身を隠し座り込んで休息をとることにした

途中で拾った草の実を食べてじっとしていたら疲れもマシになってきた
暗くなる前に森に戻って一夜を過ごす場所を探さないと
そう思っていた時であった

背中に鈍い衝撃が走り勢いあまって地面に転がり出てしまった

何が起きたのかもわからず上を見ると
そこには自分達よりもはるかに大きなニンゲンが立っていた

最悪だ…

この森にいるあらゆる天敵に出会うよりも
ニンゲンに出会う事の方が酷い目にあう事になる

ただ殺されるだけでは済まないからだ

とことんまでいたぶられ苦しめられながら殺される
だからニンゲンには絶対近づくなと親に散々言われ続けてきた

恐怖のあまり全身から汗が吹き出し体がすくんで動けない

辛うじて手足は動いたので夢中で動かし何とかニンゲンから離れようともがき
周囲に助けを求めて泣き叫んだ

それが効いたのかニンゲンが小さな悲鳴を上げて怯んだ

だがその悲鳴を聞いて更に大きなニンゲン達がやってきてしまった

取り囲まれた仔実装は死を覚悟した

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絶望と恐怖のどん底に突き落とされた仔実装だったがニンゲン達は何もしてこなかった
そればかりか優し気な声で何かを語りかけてきた
意味は分からなかったが自分の事を心配してくれているのは
何となく分かった

そして小さな花を一輪摘み取って渡してくれた

花を手に取った瞬間
今までの恐怖心が消え体が動くようになり
仔実装は立ち上がると
その場を慌てて走り去った

茂みの中に隠れてニンゲン達の様子をうかがうと
何かを喋りながら立ち去っていくのが見えた
多分あれは家族でさっき花を渡したのは子供なんだろうと

「優しいニンゲンの子だったテチ…」

仔実装は何時までもニンゲン達の後姿をを見送るのだった

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結局仔実装は森には戻らず茂みの中に潜伏して一夜を明かした

日が昇る頃には茂みを出たが森へ戻ることをしなかった

昨日のニンゲンの子に貰った花を手に取り

(ママにだってこんなに優しくしてもらった事は無かったテチ…)

仔実装の親は仔を粗末には扱ったりはしてないのだが
一方で特別視はしないタイプだったので
甘えたい盛りの仔実装は何時も物足りない思いをしていた

だからあの子がしてくれた行為がとても嬉しかった
そして(お礼が言いたいテチ…)

そう思いまだかすかに残る匂いを辿って人里へと向かったのだ

他のニンゲンに見つからないように生垣づたいに移動する
移動するにつれあのニンゲンの家族臭いが徐々に強く感じるようになり
住んでいる家に近づいているという確信が強くなっていく

やがて最も濃く匂いがする家に辿り着いた

そしてためらいもなく家の庭先へと侵入した

まずは周囲の様子を伺おうと思い真ん中に置かれた石の上によじ登り辺りを見渡した

特に警戒すべき敵の気配はない
安心した仔実装は休憩も兼ねて石の上に座った

暫くすると家の方から足音が聞こえ
音のする方を見るとあのニンゲンの子がいた
向こうもこちらの事に気が付き目と目が合った

再会できて嬉しかった
だがここで仔実装は緊張してしまい声をかけるどころではなくなっていた
異様な様子に相手も気味悪がっているのが見て取れた

数分後怯えた様子で奥に駆け込まれ
マズい事になったと察した仔実装は慌てて庭から脱出した

「やってしまったテチ…明日改めて出直すテチ」

明日こそはお礼を言おうと誓いながら
その場を離れた

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翌朝改めて庭先の石の上に登ってニンゲンの子が出てくるのを待ち続けた
手に持っている花はもう萎れていたがそれでもあの時の繋がりを示す大切なものとして
強く握りしめていた

暫くして再び会うことが出来たのだが
また緊張して声が出せなくなっていた
そうこうしている内にニンゲンの子は助けを求める声を出し
駆けつけた大人のニンゲンが持つ物でで頭を殴られ
そのまま意識を失った

…イタイテチ…ワタチはまだイキテイル?…それにしてもナニカ変ダ…
辺りを見回すとそこには見慣れたものが頭から血を流して倒れていた
それは紛れもなく自分…こんな事になりながらもあの花だけは強く握りしめている

そう自分は死んでしまったのだという事を理解した

…イヤダ…イヤダ…マダ死にたくない消えたくない…
…何とか…何とかしなくては…

奇跡的に思念だけまだ残留していたが
このままでは消滅するのは時間の問題であった

その時死体の臭いに釣られたのか一匹の野良仔実装が現れたのだ

…ソウダ…コイツの体を借りよう…そうすれば消えずに済む

だがどうすれば良いのか分からない
分からないまでも野良仔実装に乗り移りたいという気持ちを強く念じてみた
すると吸い込まれるような感覚がしたと思ったら
野良仔実装の中に入り込めたのだ

…これは…ワタチは助かったのか?

試しに体を動かしてみるが違和感はない
頭の中に若干の自分が知らない記憶があるが差し障りはない
体の乗っ取りに成功したのだ

(今度こそお礼を言うテチ…)
誓いを新たにする仔実装だった

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翌朝再び庭の石の上に登ってまっていた
今度は見つかると同時にニンゲンがその場にへたり込んでしまった
その顔は青ざめ明らかにこちらに対しての恐怖に満ちていた

とてもお礼を言える雰囲気ではなくなっていた
このままだとまた捕まってしまうと思い逃げ出したのだがあっけなく捕まり
ずだ袋に放り込まれて何処かへと運ばれ
そこで首に固い物が打ち付けられる激痛を感じながら
また意識が途絶えた

再び意識が戻った頃に目にしたのは乗り移っていた野良仔実装の死体を
谷底に蹴落としている大人のニンゲンの姿だった

…ワタチはまた死んだテチ?…もうダメなのか?
イイヤ!まだテチまだ死ぬわけにはいかないテチ…
なにか憑りつく物は…あったテチ…

そこにはさっきまで放り込まれていたずだ袋があったのだ
乱暴に入れられたせいで血が所々に付いている

仔実装の思念はずだ袋にこびり付いていた血の跡に乗り移った

こうして元の家までなんとか戻ってこれたのだが
だが大分時間が経ったせいなのか
かなり記憶が削げ落ち意識が薄くなってきた

…イケナイテチ…このままではキエテしまう…代わりの…
代わりの体を早く探さないとテチ…

だが代わりとなる仔実装はなかなか見つけることが出来ず
ゴミ捨て場を漁っている親子連れを見つけた時には
もう意識のほとんどが消えていた

親から離れて遊んでいた個体に乗り移り再びあのニンゲンの子の
家に向かう頃にはもう自分が何なのかすら分からなくなってしまい
ただひたすらにあの子に会いたいというそれだけの事に突き動かされている状態だった

…あの子に…あの子に…会わなくては…そして…そして…そして…

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翌朝また石の上に座って待っていたがあの子は姿を見せなかった
代わりに大きなニンゲンが警戒しながら周囲を取り囲んでいたが
最早仔実装にはそんな事はどうでも良かった
ただひたすらにあの子に会いたいという妄執に囚われていた

しばらくして片手に木の棒を持ったニンゲンが現れた
そして棒の先で仔実装を抑え込むと
徐々に抑え込む力を強くしていった

最初の内こそ苦痛に耐えていたのだが
段々苦しくなっていき

棒の先をなんとかどかしたいと思った瞬間
棒の先に込められた力が一気に増して体が爆ぜた

クルシイ…この棒の先をどかさないと…クルシイ…

仔実装の思念は棒の先をどうにかしたいという事に囚われ
それ以外の事は既に忘れ去っていた

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夏も暑い盛りを過ぎ朝夕は過ごしやすくなってきた
日が落ち始めてヒグラシの鳴く声が聞こえだす頃

家の庭で護摩を焚く老婆の姿があった
何やらお経を唱えながら一本の白木の棒をそこにくべた

その後お経を一心不乱に唱え続け
終った頃にはすっかり空が暗くなっていた

「やっと終わった…」

そう老婆がつぶやき凝った肩を動かしてほぐしていると
家の方から老婆を呼ぶ声が響いていた

「バッチャン!もう終わったのか?
晩飯の用意はとっくにできているから早く済ませようぜ」

そう言いながら若い男が縁側に出て来る

気難しい性質の老婆ではあったが
帰省してきた息子の孫である彼には昔から甘かったので
こうして呼びに来させたのだろう

「バッチャンっ今回も悪霊をやっつけたのかい?」

無邪気に話しかけて来る孫に老婆は首を横に振る

「いいや…今回は違うよ
というかワシらのような祓い屋はなにも
悪霊をやっつけたり封印するばかりが生業ではないのだよ

今回の様に妄執に囚われた哀れな魂を浄化し浄土に送ってやることも
仕事の内なんだよ」

そう言って老婆は夜空を見上げた
そこには満天の星空が広がっていた

焚火の始末をしながら話を聞いていた孫は

「ふーん…そうなんだ無事に浄土に行けるといいね」
と言うのだった

そんな孫の言葉を聞き

「そうじゃな…無事に辿り着いて欲しいものだ」

老婆は何度も繰り返し呟き家へと戻って行った

                               終

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1 Re: Name:匿名石 2024/07/28-17:51:14 No:00009265[申告]
以前に投稿された「夏の思い出」の仔実装視点でのお話ですね
怪談らしい怖さともの悲しさが合わさって趣がありますね
2 Re: Name:匿名石 2024/07/28-23:41:50 No:00009266[申告]
想いで乗っ取れる実装石の躯に命の入れ物としての仮初の虚ろさを感じてなんとも不気味だ
そしてその想いも結局ただの妄執に成り下がる空しさ
3 Re: Name:匿名石 2024/07/29-06:07:17 No:00009267[申告]
1年越しの別視点すげえ
緊張せずちゃんとお礼言えてれば違ったのかな?
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